ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
――先に行っているぞ。必ず追いついてこい!
第35話 運命の別れ道
13階層、上り階段入口前。ダンジョン攻略において、上層とは比べ物にならない危険度を伴い、また冒険者の実力を示す一つの目安ともなる階層、『中層』。ついにベル、エド、リリ、そしてヴェルフはその入り口に立つこととなった。
そして、そのまましばらく全員が口を閉じて歩いていく。
「…………そ、それにしても、中層って言っても余り上層と変わらないんだね」
しばらくして沈黙を破ったのはベル。その口調は若干固くなっており、やはりこの中層という空間に緊張していることが目に見えた。
「そう簡単に変わりゃしないだろ。なに、そのうち牛が百体くらい出てくるだけじゃねえか?」
「あ~、聞いたらベル様はミノタウロスにご縁がお有りのようですし、有り得るかもしれませんねぇ」
「いや、そんなことないよ!?」
「あの牛、兎が大好物なんじゃねえか? エサとして」
「餌を強調しないでよ!」
軽口で緊張を解していると、ふとそれまで黙っていたヴェルフが小さく吹き出す。
「ははっ、お前ら、つくづくいいパーティーなんだな」
「ええ、確かにいいパーティーですね」
「やっぱ、冒険の合間に弄り甲斐のあるメンバーがいるとパーティーは良くなるよな」
「弄られるメンバーって、僕だよね!?」
そうこうしていると、ふと視線を向けた道の先に…………
「ベルだ」
「ベルだな」
「ベル様ですね」
「アルミラージだよ!」
さらに道の先から、一体、二体、三体……たくさんの
「ちっ! ベルの奴、
「徒党を組んでるし、物騒だな、あのベルは!」
「突っ込んできてますし、積極的ですね、ベル様は!」
「アルミラージだってばぁ!!」
たちまち乱戦へと発展した。アルミラージはその見た目に反し、
その集団を何とか倒してすぐ、今度は別のモンスターに出会った。
「ヘルハウンドです! 全員防御!」
道の先に現れたのは、三体のヘルハウンド。たちまちこちらの攻撃が届かない距離で、口から焔を吐きかけられた。
「みんな、大丈夫!?」
「問題ねえ!」
「大丈夫です!」
「これが『サラマンダー・ウール』か! 羨ましい性能だな!」
『サラマンダー・ウール』、それは火の精霊の加護を得て、焔への耐性を高めた装備。下級の鍛冶師では決して出せないその性能に、思わずヴェルフが愚痴る。全員が態勢を立て直す中、真横を焔が駆けた。
「任せとけ。あれくらい焼き尽くしてやるさ」
左手に発火布をつけ、奔らせた焔で一気に焼き尽くす。以前から比べると
「……それが、エドの取った『錬成』の効果ですか」
「どうも、そうらしい。Lv.1に比べると、そうだなぁ……前の半分くらいしか、疲れないか」
「つまり
リリが使うダンジョン用の錬成陣と、【ホーエンハイム】じゃ
その後、何度も敵に遭遇し、何度も敵を倒し、少しずつ少しずつ進んでいったが、徐々に疲れが溜まって来た。
「右翼後方から、アルミラージ第三陣来ます!」
「くそっ、休むひまがねえ……!」
「キリがねえぞ!」
「うん……!」
後から後から湧いてくる敵を捌き、次の敵へと向かう。それを何度も繰り返したあたりだった。
「ん…………?」
ふと視界に入ったルームの脇道から、いくつか人影が走って来る。それをよく見ようと目を細めると、そのうち何人かが知った顔だった。
「タケミカヅチ様の所の、桜花じゃねえか? おーい、桜花!」
「――! エドか!?」
やって来たのは特徴的な和服の集団。極東出身の≪タケミカヅチ・ファミリア≫。≪ミアハ・ファミリア≫で一年半過ごすうちに、何度か店番の時に顔を合わせた相手だ。こちらが顔見知りだと分かると、全員に動揺が走る。
「桜花殿!」
「ッ、分かってる! お前ら、反転だ! このルームで迎え撃つぞ!!」
そう言って桜花や
「!
「え?!」
「おい、ちょ――」
『豪腕』の錬成陣で周囲の敵を可能な限り多く串刺しにし、敵の間に空いた穴に走り込み、桜花たちと合流した。
「ふっ!!」
再び地面を錬成し、桜花たちが来た穴を塞ぐ。その前に一瞬だけ見えたが、やはり何体ものモンスターに追われていた。トゲで一時的に塞ぐことでインターバルを作り、桜花に向き直った。
「桜花、背中の千草を降ろせ。今この場である程度治療しないと、間に合わない可能性もある」
「…………分かった、頼む……」
地面に横たえられた千草は背中に
「~~~~~~ッ!」
痛みで声にならない悲鳴を上げる間、ずっとその手を桜花が握ってやっていた。やがて、錬成は終わり、
「血が足りてないんだろうな。急いで地上に戻って
「ああ、分かった。しかし…………」
そこで言葉を切った桜花の視線は、塞がった通路へと向かう。その向こうからは、今もガリガリと引っ掻く音や、爆発音が響いている。ここで桜花たちが地上へと逃げれば、ただの
「エド。僕らが囮になればいいんだよね?」
その言葉を放ったのは、ベル。振り向くと、ベルは一切迷いのない瞳で、こちらを見据えていた。
「人の命がかかってるんでしょ? だったら、囮役くらい、引き受けようよ」
「……はぁ~、ベル様も、エドも、相変わらずお人好しなんですから」
ベルのその言葉に呆れ返りながら、リリが朱色の液体を湛えた試験管を投げ渡してきた。
「増血剤です。桜花様でしたか? 地上に戻るまでの道すがら、飲ませてあげて下さい」
「……! すまん」
オレ達の対応を見て、最後にヴェルフは少しだけ肩を竦めた。
「行くんなら、そのコの具合が悪くなる前にさっさと行け。地上に戻ってから、酒でも奢れよ?」
「分かった。とびっきりの奴を奢ってやる!」
そう言って桜花とそのパーティーは、地上へと通ずる通路の方へと走った。最後尾の
「
「言いっこなしだよ」
「で、俺達はどっちへ逃げるんだ?」
「では、右から二番目の横穴に参りましょう。少し遠回りですが、上り階段の近くのルームに出られる筈です」
リリがそう言うと同時、桜花が逃げてきた通路のトゲが崩れ、そこからヘルハウンドの群れが姿を現した。それを視認するとすぐ、見せつけるように横穴へと向かう。
「まったく気が休まる暇もないな!」
「これが『中層』ってことだろうな!」
「お二人とも、まだまだ余裕ですか?」
「そんなことも――――『――ピシィ』――な、い?」
走りながらの会話で不意に、天井から響いた音に、視界が上を向く。すると、天井一面にヒビが入り、今まさにバッドバットの大群が生まれようとしていた。
「ま、ず――――――」
それが言葉になる前に、天井は大規模な崩落を起こし、大量の土砂がパーティー全体へと降り注いだ。
「ぐ、あぁああああああ!!」
「キャアアアアアアアア!!」
酷かったのはヴェルフとリリだった。巨大な岩の直撃を受け、ヴェルフは足を潰され、岩の影へと飛ばされた。そしてリリは崩落の衝撃で飛ばされた先に、『縦穴』が空いていたのだ。
「リリッ!!」
咄嗟にリリの腕を捉えるが、背中の荷物の重量もあり、自分まで穴に引きずり込まれた。
「エド、リリ!? 待ってて、今助けるから――」
「ッ、来るな! ヴェルフはどうなってる!?」
その言葉に、一瞬ビクッと反応し、向こう側を確認した後、告げた。
「…………ヴェルフも、他の縦穴に落ちた。まだ向こうも入口は開いてるけど……」
「オレ達を引き上げてたら、間に合わなくなるかも、か……」
ダンジョンの縦穴は自動的に開閉を繰り返している。もし一度閉じてしまえば、二度と合流することはかなわない。そこまで考え、片方の腕に未だにぶら下がっているリリと視線を合わせる。それだけでこちらの意図を察したように、頷いてくれた。
「ベル様!!」
下にいるリリが、ベルの近くの壁に向かってボウガンを撃つ。それには、数枚の羊皮紙と、布の袋がぶら下げられていた。
「
「オレ達との合流地点は下の18階層だ! 縦穴と下り階段を使え! いいな、18階層だぞ!!」
そこまで言うと、崖にくっついていたもう片方の手を放し、暗闇の広がる穴の中へと身を躍らせた。
「エドッ!! リリッ!!」
後には、ベルの慟哭だけが響いていた。
さあ、パーティー分断です!
モルブルない分、エドとリリがかなりヤバくなりますw