ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――わかった。見捨てて行く。
――先に行っているぞ。必ず追いついてこい!


六章
第35話 運命の別れ道


 13階層、上り階段入口前。ダンジョン攻略において、上層とは比べ物にならない危険度を伴い、また冒険者の実力を示す一つの目安ともなる階層、『中層』。ついにベル、エド、リリ、そしてヴェルフはその入り口に立つこととなった。

 

 そして、そのまましばらく全員が口を閉じて歩いていく。

 

「…………そ、それにしても、中層って言っても余り上層と変わらないんだね」

 

 しばらくして沈黙を破ったのはベル。その口調は若干固くなっており、やはりこの中層という空間に緊張していることが目に見えた。

 

「そう簡単に変わりゃしないだろ。なに、そのうち牛が百体くらい出てくるだけじゃねえか?」

「あ~、聞いたらベル様はミノタウロスにご縁がお有りのようですし、有り得るかもしれませんねぇ」

「いや、そんなことないよ!?」

「あの牛、兎が大好物なんじゃねえか? エサとして」

「餌を強調しないでよ!」

 

 軽口で緊張を解していると、ふとそれまで黙っていたヴェルフが小さく吹き出す。

 

「ははっ、お前ら、つくづくいいパーティーなんだな」

「ええ、確かにいいパーティーですね」

「やっぱ、冒険の合間に弄り甲斐のあるメンバーがいるとパーティーは良くなるよな」

「弄られるメンバーって、僕だよね!?」

 

 そうこうしていると、ふと視線を向けた道の先に…………白兎(ベル)がいた。

 

「ベルだ」

「ベルだな」

「ベル様ですね」

「アルミラージだよ!」

 

 さらに道の先から、一体、二体、三体……たくさんの白兎(ベル)があらわれた!

 

「ちっ! ベルの奴、天然武器(ネイチャーウェポン)持ってやがるぞ!」

「徒党を組んでるし、物騒だな、あのベルは!」

「突っ込んできてますし、積極的ですね、ベル様は!」

「アルミラージだってばぁ!!」

 

 たちまち乱戦へと発展した。アルミラージはその見た目に反し、天然武器(ネイチャーウェポン)を使い集団攻撃を仕掛ける非常に厄介な敵。その小さい体躯を生かし、スピード重視の戦いだから、色々ベルに通じるところがある。

 

 その集団を何とか倒してすぐ、今度は別のモンスターに出会った。

 

「ヘルハウンドです! 全員防御!」

 

 道の先に現れたのは、三体のヘルハウンド。たちまちこちらの攻撃が届かない距離で、口から焔を吐きかけられた。

 

「みんな、大丈夫!?」

「問題ねえ!」

「大丈夫です!」

「これが『サラマンダー・ウール』か! 羨ましい性能だな!」

 

 『サラマンダー・ウール』、それは火の精霊の加護を得て、焔への耐性を高めた装備。下級の鍛冶師では決して出せないその性能に、思わずヴェルフが愚痴る。全員が態勢を立て直す中、真横を焔が駆けた。

 

「任せとけ。あれくらい焼き尽くしてやるさ」

 

 左手に発火布をつけ、奔らせた焔で一気に焼き尽くす。以前から比べると精神力回復薬(マジック・ポーション)が必要になる規模だというのに、一向に疲れを感じない。

 

「……それが、エドの取った『錬成』の効果ですか」

「どうも、そうらしい。Lv.1に比べると、そうだなぁ……前の半分くらいしか、疲れないか」

「つまり精神力(マインド)の消費も、半分になってるんでしょうね。エドの魔法は私も持っていませんし、現在の私に比べると、4倍、効率がいいことになりますか」

 

 リリが使うダンジョン用の錬成陣と、【ホーエンハイム】じゃ精神力(マインド)の消費量が倍は違うからな。こうなると、錬金術師や錬丹術師を志望する人間に、『錬成』アビリティは必須か。

 

 その後、何度も敵に遭遇し、何度も敵を倒し、少しずつ少しずつ進んでいったが、徐々に疲れが溜まって来た。

 

「右翼後方から、アルミラージ第三陣来ます!」

「くそっ、休むひまがねえ……!」

「キリがねえぞ!」

「うん……!」

 

 後から後から湧いてくる敵を捌き、次の敵へと向かう。それを何度も繰り返したあたりだった。

 

「ん…………?」

 

 ふと視界に入ったルームの脇道から、いくつか人影が走って来る。それをよく見ようと目を細めると、そのうち何人かが知った顔だった。

 

「タケミカヅチ様の所の、桜花じゃねえか? おーい、桜花!」

「――! エドか!?」

 

 やって来たのは特徴的な和服の集団。極東出身の≪タケミカヅチ・ファミリア≫。≪ミアハ・ファミリア≫で一年半過ごすうちに、何度か店番の時に顔を合わせた相手だ。こちらが顔見知りだと分かると、全員に動揺が走る。

 

「桜花殿!」

「ッ、分かってる! お前ら、反転だ! このルームで迎え撃つぞ!!」

 

 そう言って桜花や(みこと)がくるりと振り返り、今出てきた道に対して武器を構える。その時になって初めて、桜花が重傷を負った千草を抱えてるのが目に入った。

 

「! (わり)い、お前ら! 少しの間、こっちはオレ無しで持ちこたえてくれ!」

「え?!」

「おい、ちょ――」

 

 『豪腕』の錬成陣で周囲の敵を可能な限り多く串刺しにし、敵の間に空いた穴に走り込み、桜花たちと合流した。

 

「ふっ!!」

 

 再び地面を錬成し、桜花たちが来た穴を塞ぐ。その前に一瞬だけ見えたが、やはり何体ものモンスターに追われていた。トゲで一時的に塞ぐことでインターバルを作り、桜花に向き直った。

 

「桜花、背中の千草を降ろせ。今この場である程度治療しないと、間に合わない可能性もある」

「…………分かった、頼む……」

 

 地面に横たえられた千草は背中に天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧が突き刺さったままで、呼吸も細くなっていた。斧を抜かないように気を付けながら、錬丹術の錬成陣を描いた場所へと移動させる。そして高等回復薬(ハイポーション)を振りかけながら石斧を引き抜き、傷口の組織を一気に錬成した。

 

「~~~~~~ッ!」

 

 痛みで声にならない悲鳴を上げる間、ずっとその手を桜花が握ってやっていた。やがて、錬成は終わり、高等回復薬(ハイポーション)の効果もあって、傷口は綺麗に塞がった。それでも彼女は起き上がることが出来ない。

 

「血が足りてないんだろうな。急いで地上に戻って摩天楼施設(バベル)で治療した方がいい」

「ああ、分かった。しかし…………」

 

 そこで言葉を切った桜花の視線は、塞がった通路へと向かう。その向こうからは、今もガリガリと引っ掻く音や、爆発音が響いている。ここで桜花たちが地上へと逃げれば、ただの怪物進呈(パスパレード)。後の迷惑は、全てこっちのパーティーが被ることになる。……正直、自分一人ならまだしも、パーティー全員を巻き添えにしかねないことに躊躇する。その時後ろから声がかかった。

 

 

「エド。僕らが囮になればいいんだよね?」

 

 

 その言葉を放ったのは、ベル。振り向くと、ベルは一切迷いのない瞳で、こちらを見据えていた。

 

「人の命がかかってるんでしょ? だったら、囮役くらい、引き受けようよ」

「……はぁ~、ベル様も、エドも、相変わらずお人好しなんですから」

 

 ベルのその言葉に呆れ返りながら、リリが朱色の液体を湛えた試験管を投げ渡してきた。

 

「増血剤です。桜花様でしたか? 地上に戻るまでの道すがら、飲ませてあげて下さい」

「……! すまん」

 

 オレ達の対応を見て、最後にヴェルフは少しだけ肩を竦めた。

 

「行くんなら、そのコの具合が悪くなる前にさっさと行け。地上に戻ってから、酒でも奢れよ?」

「分かった。とびっきりの奴を奢ってやる!」

 

 そう言って桜花とそのパーティーは、地上へと通ずる通路の方へと走った。最後尾の(みこと)が通り抜けたところで、道を完全に塞がない程度にトゲを錬成し、障害物とする。

 

(わり)いな、皆……」

「言いっこなしだよ」

「で、俺達はどっちへ逃げるんだ?」

「では、右から二番目の横穴に参りましょう。少し遠回りですが、上り階段の近くのルームに出られる筈です」

 

 リリがそう言うと同時、桜花が逃げてきた通路のトゲが崩れ、そこからヘルハウンドの群れが姿を現した。それを視認するとすぐ、見せつけるように横穴へと向かう。

 

「まったく気が休まる暇もないな!」

「これが『中層』ってことだろうな!」

「お二人とも、まだまだ余裕ですか?」

「そんなことも――――『――ピシィ』――な、い?」

 

 走りながらの会話で不意に、天井から響いた音に、視界が上を向く。すると、天井一面にヒビが入り、今まさにバッドバットの大群が生まれようとしていた。

 

「ま、ず――――――」

 

 それが言葉になる前に、天井は大規模な崩落を起こし、大量の土砂がパーティー全体へと降り注いだ。

 

「ぐ、あぁああああああ!!」

「キャアアアアアアアア!!」

 

 酷かったのはヴェルフとリリだった。巨大な岩の直撃を受け、ヴェルフは足を潰され、岩の影へと飛ばされた。そしてリリは崩落の衝撃で飛ばされた先に、『縦穴』が空いていたのだ。

 

「リリッ!!」

 

 咄嗟にリリの腕を捉えるが、背中の荷物の重量もあり、自分まで穴に引きずり込まれた。

 

「エド、リリ!? 待ってて、今助けるから――」

「ッ、来るな! ヴェルフはどうなってる!?」

 

 その言葉に、一瞬ビクッと反応し、向こう側を確認した後、告げた。

 

「…………ヴェルフも、他の縦穴に落ちた。まだ向こうも入口は開いてるけど……」

「オレ達を引き上げてたら、間に合わなくなるかも、か……」

 

 ダンジョンの縦穴は自動的に開閉を繰り返している。もし一度閉じてしまえば、二度と合流することはかなわない。そこまで考え、片方の腕に未だにぶら下がっているリリと視線を合わせる。それだけでこちらの意図を察したように、頷いてくれた。

 

「ベル様!!」

 

 下にいるリリが、ベルの近くの壁に向かってボウガンを撃つ。それには、数枚の羊皮紙と、布の袋がぶら下げられていた。

 

安全地帯(セーフティーポイント)の18階層までの地図と、ミアハ・ファミリア特製のモンスター避け臭い袋、『強臭袋(モルブル)』です! それを持ってヴェルフ様と合流してください!!」

「オレ達との合流地点は下の18階層だ! 縦穴と下り階段を使え! いいな、18階層だぞ!!」

 

 そこまで言うと、崖にくっついていたもう片方の手を放し、暗闇の広がる穴の中へと身を躍らせた。

 

「エドッ!! リリッ!!」

 

 後には、ベルの慟哭だけが響いていた。

 




さあ、パーティー分断です!

モルブルない分、エドとリリがかなりヤバくなりますw

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