ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――貴様ら「創る者」がいれば、「壊す者」もいるという事だ


第26話 破壊の腕

 

「さて、とりあえず、【一は全、全は一】っと」

 

 魔法を詠唱し、両手を合わせる。視線は決して目の前の二体の猛獣から逸らさぬようにした。

 

「あー、リリ……――――――危ねえから下がってろ」

「へ? って、きゃああああ!?」

 

 地面に手をつき、リリの足元を巨大な手に錬成して、問答無用で『剣姫』の方に吹っ飛ばした。

 

「なにすんですか、エド!?」

「おお、戻ったのは分かったんだな。言った通りだ。さっきの石の破片での怪我もあるし、お前は一時保護してもらえ」

「ふざ――――――ぅ、ぐぅ……!」

 

 再度叫ぼうとした瞬間に、リリがふらついた。出血も酷いし、血が足りてないんだろう。

 

(まー、俺も女が死ぬのは趣味じゃねえからいいが、ますます勝ち目ねえんじゃねえか?)

「……ま、何とかするさ」

 

 そう言って、懐を探り二本の回復薬(ポーション)を出す。虎の子の、二本の精神力回復薬(マジック・ポーション)。その内の一本を口に含みつつ、靴先で地面に錬成陣を描く。

 

「【一は全、全は一】――――【ホーエンハイム】!!」

 

 体内の魔力をいつもより念入りに練り上げ、地面の錬成陣を両手で叩く。すると地面がせり上がり、一つの形を形成し始めた。

 

(……オイ、どうする気だ? この階層の地面じゃ金属の含有率が低すぎて、攻撃に使えねえんじゃなかったか?)

「――ああ。だから土中から、金属成分だけ念入りに取り出して、『合金』に変えられれば……!」

 

 今、目の前で起こっている錬成反応は、何時もよりも遥かに長い。その上精神力回復薬(マジック・ポーション)で回復した精神力が、ガリガリと目減りするのが嫌でも感じ取れた。

 

 時間をかけた甲斐があったのか、目の前にやがて一つの構造物が形成された。

 

(って、オイオイ。見たことあんぞ、コレ)

「あー、だろうな」

 

 グリードの反応に受け答えながら、脇腹の服にこびりついた血液で、両手の掌に錬成陣を描く。今度描くのは、円の中に、矢印か楔のような幾何学模様。さらに、最後の精神力回復薬(マジック・ポーション)を流し込みながら、目の前のものの首を外し、内側に一応の保険として『血印』まで描いた。

 

(お前、正気か……?)

 

 ここまで来てようやくオレの意図に気付いたようだが、当然正気だ。戻って来る算段だって付いている。

 

(アイツの、弟の『()』じゃねえか)

「大正解♪」

 

 パン、と両手を合わせ、その『鎧』の背中に触れる。精神力が目に見えて減っていき、やがて、ぶつりと意識が飛んだ。

 

「――……へっ、いいのか? ()に身体丸ごと預けちまったら、もう戻れねえかも知れねえぞ」

 

 口調が変わり、グリードが出てくる。そのままグリードはつかつかとライガーファングへと近づき、徐に『硬化』させた左手を思い切り顔面へと叩きつけた。

 

「こっちの虎は、俺が相手しといてやらぁっ! お前もしくじるんじゃねえぞ!」

 

 吼えるグリード。それに反応し、バグベアーものっそりとそちらへ移動しようとしたが、鎧の目の前を通ったタイミングで、横から思い切り殴りつけた。

 

『ああ――――』

 

 金属で出来た手足が、ギシギシと軋む。中身の無い身体に、言いようのない不安感が宿る。今すぐにでも、元の身体に戻りたい気持ちが芽生える。身体が無いというこの状態に、長い間耐えきった『彼』がどれほど強かったか、今ようやく分かった。

 

 けれど、今だけは。仲間に託された、今だけは。伽藍堂だった瞳に、灯が燈った。

 

『わかってらァ!』

 

 目の前の熊を見据え、鎧の腕を構える。仲間と一緒に、地上に胸を張って帰るために。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 戦いは、三局に別れた。ベルはミノタウロスを相手取り、大剣をナイフで弾き、その厚い皮膚を僅かずつではあるが傷つけていた。何者かも分からない偽エドは、真っ黒に染まった左腕で、ライガーファングの牙と爪を凌ぎ、その巨体を殴りつけていた。そして何故か『鎧』の姿になったエドは、その鎧の長い手足を使って、バグベアー相手に肉弾戦を繰り広げていた。

 

 そんな三者の様子を、リリは手当をしてくれた≪ロキ・ファミリア≫副団長、『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴの傍らで見ていた。

 

「さっきから、何なンだ、あのナイフは……ッ!」

「もー、ベート、そればっか。それより鎧が動いてるよ! アレ、どうなってるんだろね!」

「……僕としては、あの同胞の黒く染まった左手も気になるけどね」

 

 周りにいるのは、都市の中でも最高の派閥、≪ロキ・ファミリア≫の幹部メンバー。この間まで、≪ソーマ・ファミリア≫の下で、サポーターとして底辺を這いずるしかなかった彼女にとってみれば、雲上人にも等しい存在だった。もっとも、彼女は周りのそんな豪華なメンバーに、少しも気持ちが浮き立つことは無かったが。

 

(…………なんで……私は、あそこにいないんですか……!)

 

 今彼女は、視界に広がる三局の戦いしか頭に無かった。自分は、確かに非力で戦闘力皆無のサポーターだ。戦闘なんて行おうにも、ボウガンで援護するのが精々だ。その援護にしたところで、中層下部に生息するあの三体のモンスターには通じることは無いだろう。

 

(なにか……出来ることは…………!)

 

 少しでも、ほんの少しでも、大事な仲間の力になろうと、辺りを見回す。手元に今あるのは、ボウガンが一丁、解体用のナイフのみ。ならばと地面を見渡し、ふと最初にミノタウロスに断ち割られたバックパックが目に入った。

 

「!!」

 

 後ろからかかる静止の声を振り切って、バックパックへと走り寄る。大きく裂かれた布をひっくり返し、中身を全て床に開けていく。そうして中のものを急いで選り分け、目当ての物を探した。

 

「違う、これじゃ無い、違う、無い、無い、無い………………あった!」

 

 探り当てたのは、一枚の真新しい布。見つけた瞬間にその布を持ち、一番近かった偽エドのところへと走る。走りながら、右手のサポーターグローブを外し、手に持っていた布をはめ込んだ。

 

 脳裏によみがえるのは、数日前、この『錬成』を教えてくれたエドの言葉。

 

『――――なんなんだろうな、お前の錬成』

 

 いつも通り悪態をつきながら、彼は彼なりの不器用な口調で、こう言ってくれた。

 

『鉱物も生物も、錬成は今一つなのに………………モンスターを使った錬成だけは、オレを越えてるな』

 

 右手を包む新品の『サポーターグローブ』。肘まですっぽりと覆うそれは、お気に入りのブラウンの生地の上に、地を走る『龍脈』を司る蛇体が描かれていた。

 

(この錬成陣を作った人が、どんな人かは知らない――)

 

 彼女は知らない。その錬成陣は、ある男の執念の結晶だと。

 

(けど、今の私にはこれ以外の力がない!)

 

 彼女は知らない。それは、ある国で虐げられながら、なおその国に住む人々を救おうとした男の成果だと。

 

(だから、お願い。その力を貸して!)

 

 彼女は知らない。その腕を受け継いだ男は、かつて迷いながらも、最後には国の人々を救い、同胞を救うことに残りの生涯を捧げた男だったと。

 

(『分解』の錬成陣!!)

 

 ――それは、『錬金術』と『錬丹術』が交わって生まれた、最強の破壊の右腕。

 

「偽エド!」

「ん?」

 

 息を切らせながら、目の前のよくわからない偽物エドに話しかける。その右腕を確実に当てるために。

 

「そのライガーファングの、爪と牙を地面に押さえこんで下さい!」

「ああ? まあ、いいけど、よッ!」

 

 左腕を真っ黒に染め上げた偽エドが、上からライガーファングを殴りつけ、そのまま首を羽交い絞めにする。左手の爪は地面にめり込ませ、拘束が万一にも緩まないようにしている。

 

「背中借りますよ!」

「? ――ふっ?! げっ!」

 

 ライガーファングを押さえつける偽エドの背中を勢いのまま踏んづけ、ライガーファングの真上へと飛び上がった。

 

「う――――――わぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 力も速度も、一般的な下級冒険者に劣る自分の出せる、最高速度・最大威力の攻撃。『自由落下』。その勢いのままに右手を槍のように突き出し、ライガーファングの背中側から、触れる毛皮も肉も骨も、何もかも同じ『灰』へと帰し、胸に存在する『魔石』を掴み取った。

 

「終わり――――です!!」

 

 身体中の力を使って右腕を引っこ抜き、そのまま『魔石』も奪い取る。核となる魔石を失ったライガーファングの身体は、やがて全体が崩れ、太い棒状の骨が一本残っていた。

 

「――! でかした!!」

 

 その崩れ去った灰を目にした偽エドは、すぐさま身を翻し、鎧の姿のエドの方へと向かった。見るとエドは、バグベアー相手に力比べをしており、相手の動きは封じているものの、肝心の攻撃が出来ていなかった。

 

「お前も、押さえ込んどけよ!!」

 

 その声にエドは一度こちらを振り向き、バグベアーの脇を抱え込むように拘束する。

 

「おおおおおおおおらァッ!!」

 

 黒く染まった左腕が、分厚い肉で作られた熊の胸板へと深々と突き刺さり、その魔石を砕いた。さらさらとバグベアーだったものがほどける中、背中辺りの広い真っ赤な毛皮が地面へと落ちた。

 

「はぁはぁ…………」

 

 極限状態の緊張が解けて、その場にへたり込む。視線を巡らせると、向こうのミノタウロス戦もまた、ベルの勝利。立ったまま気絶したベルを心配する声が少し聞こえてくる。

 

「はぁーー…………あ。偽エド、いい加減エドを元に戻しなさい」

「あぁん? んなコト言っても俺も知らね――――ダイジョブだ。時間が来たら戻るように、錬成の時にオレが調節した」

 

 話の途中で口調が元に戻る。もっともウチのファミリア構成員じゃないと分からないくらい些細な差だ。

 

「……まあ、いいです。エド」

「ん?」

 

 とりあえず、生きていられたことを喜ぼう。

 

「………………おかえりなさい」

「オウ、ただいま」

 




エドとリリの『切り札』登場!でも、やっぱり全部リリが持ってったなぁ……

エドの『切り札』は、アニメ第一期劇場版の『シャンバラを征く者』からアルフォンスが使ってた『魂の一時的定着』です。原作沿いの第二期なら出来るのか?という疑問は残りますが、バリーみたいに魂を別のところに移すだけなら、原作でも代価なしに可能ですwその後戻すのは、『精神』が繋がってるからより簡単。

そして、リリの『切り札』は、言わずと知れたスカーの『分解』の錬成陣!これで彼女はゴッドフィ○ガーも、ヒート○ンドも可能にwもっともサポーターの長年の経験が下地なので、今のところモンスター限定です。

……さて、二人の二つ名どうするか…………

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