ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
戦端を開いたのは、エドの錬金術だった。
「……【ホーエンハイム】」
詠唱の完了とともに、
「う――――おぉおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
咆哮とともに地面が隆起し、ライガーファングとバグベアーへと多くのトゲが殺到する。その様子はまさに圧倒的。上層の並みのモンスターならば一撃で葬れるだけの威力があった。
だがそれも、ブルブルと二体が身体を振るうと砂糖細工のように崩れ落ちた。
(……前の時もそうだったが、コイツ等は生まれた階層によって、力だけじゃなく、耐久力も違いすぎる。多分、金属の含有率のせいだな)
このダンジョン内で生まれるモンスターは、その身体に
以前、ミノタウロスに攻撃が通じなかったことから、改めてダンジョンについて調べたところ、錬成の材料だった地面の硬度が、彼らの皮膚を貫けなかったのが原因だったと分かった。そしてその硬度の著しい差異の原因として上がったのが、金属の含有率だったのだ。
「――だったら!!」
『――――――ァッ!!』
通路に響き渡る大音声とともに、焔が一瞬で霧散した。
「『
本来冒険者を威嚇するのが精々の『
「――――――う……?」
後ろで気絶していたリリが、身じろぎする音がした。無事意識を取り戻してくれたことに、僅かに安堵する。
「――よー、リリ。起きて早速で悪いが、焔も物理攻撃も効かない相手に、打開策思いつかないか?」
いつも通りの軽口を言いながら、背中の槍を構える。現状、錬金術では手詰まり。通じる可能性のあるのは、もう肉弾戦だけだった。視線を横に流しても、ベルは必死になってミノタウロスの攻撃を凌ぎ、ただ死なないようにもがいているような状態。絶体絶命とはまさにこのことだった。
「とにかく、なんとか隙を見て、逃げ出すしか――」
「――エド!!」
言葉の途中で叫んだリリに、視線を今まで合わせていたライガーファングから、後ろのバグベアーへと移す。そいつは地面から突き出ていた折れたトゲへと近づき、確かに
そして、その折れたトゲを、周囲の地面ごと爪で殴り飛ばしてきた。
「なッ…………!」
「きゃあ!?」
咄嗟にリリの手を取り、飛ばされてきた地面の塊から必死になって逃げる。直撃は避けたが、砕けた破片が身体中を強かに打った。
「! エド、前!」
「!」
飛来する岩に意識を奪われた瞬間に、
――――その爪で、右側の
「げっ、ブゥッ!!」
「エドぉっ!!?」
その傷の余りの痛みと、焼けつくような熱さに、喉奥から駆け上がった胃液と血液を吐き出した。後ろに庇っていたリリに怪我こそなかったが、状況は最悪。自分が倒れれば、サポーターの彼女は為す術なく、目の前の大虎に喰われるだろう。
「ぐ、ぐぐ……………………ぐお゛お゛お゛おおおぉぉぉぉぉぉ!?」
震えながら合わせた両手を、地面へと叩き落す。その瞬間地面に大穴が空き、目の前のライガーファングは階下へと落ちていった。
「エド、エド?! しっかりしてください、気をしっかり持って!!」
「だ、い゛、丈夫…………じゃ、ねえ゛な、こりゃぁ…………」
体勢を変えようと、四苦八苦していると、階下に落ちたはずのライガーファングの姿が見えた。そいつはなんと空中でトンボを切り、荒く崩れた壁面に貼り付くと、まるで慣れた道のように壁面を登り始めたのだ。離れていたため大穴から免れたバグベアーも、のっしのっしと穴を回り込むために歩いてくる。
ポーチから、非常用の
(……どうする? 状況は最悪だ。傷が治らねえと逃げられねえし戦えねえが、
そこまで考えて、気付く。自分にはまだ、『禁忌』の手段が残されていることに。その血にまみれた両手に、それはまだ残っているということに。
「……リリ」
「エド、今は喋るより傷を治してください! 錬丹術かなにかで――」
「今からオレは゛、……っ、『人体錬成』を、行う」
その言葉に、傷口を抑えようと、周囲に散らばっていた布きれをかき集めていたリリの手が、一瞬止まった。
「…………え?」
「こ゛の……ゲフッ! 傷は、もう錬金術でも錬丹術でも治らない。傷口が深すぎるし、内臓を治すには゛代価が足りない」
「それで何で『人体錬成』を?! それは禁忌だって言ってたじゃないですか!」
「オ゛レの『魂』を『賢、者の石』に見立て、健康な内臓へ錬成……最悪゛、他の場所を
「………………」
その言葉に、リリは唇をかむ。分かっているのだ。
「……分かりました。けど、絶対に死なないでくださいね」
「わが、ってるさ……」
そのままエドは両手を上へと持ち上げる。震える手。これから自分が行うこと、失敗した場合の
けれど、隣で不安そうにしながらも、自分を信じる強い瞳に、震えはいつの間にか止まっていた。
「ッ!!」
パアンッ、と両手を音高く合わせ、自分の脇腹へと振り下ろす。意識は、かつて見た場所へと飛ばされる感覚を味わった。
◇ ◇ ◇
そこは、白一色の空間だった。
扉から投げ出されたエドは、目の前に佇む、『右手』と『両脚』だけが生身の、その存在と出会った。
『――久しぶり』
まるで旧知の友人に出会ったような軽い口調。その口調へのイラつきを無視し、こちらの要件だけを告げる。
「脇腹の傷を、『人体錬成』で治しに来た! 代価は――――」
『いらないよ、そんなの』
代価を告げようとした時、目の前の『真理』から告げられた事柄に、思わず言葉が止まった。
「………………は? なに…………?」
『だから、いらないって。傷を治す? そんなのさぁ…………』
言葉を途中で切り、『真理』が『右手』で指さす。エドを通り抜け、
『
振り返った先、『扉』の向こうに、巨大な顔が覗いていた。
『――――――とっとと戻ってきな。ションベンガキ』
「お前は――――――!!」
◇ ◇ ◇
閃光が、奔った。光源となったのは、先程まで腹に負った傷で地に伏せっていたエド。その傷口から、迸るかのように、『紅い雷光』が漏れ出ていた。そして、明らかに重傷だった腹の傷は、まるで巻き戻すかのように、その痕を消していった。
「………………エド?」
その光景の異常さに気付いたのは、リリ一人のみ。曲がりなりにも錬丹術の教えを受けてきたからこそ、その現象の有り得なさに気づく。知らない。あんなものは知らない。あんな『紅い』錬成光なんか知らない。あんな、等価交換を無視した錬成なんて知らない……!
だけど、目の前のエドは、答えない。こちらの呼びかけに答えず、ただ一度天を仰いだ。
「――――――くっ。がっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
呵呵大笑。その聞いたことも無い笑い方に、リリの背筋がざわついた。
「はっはっ…………あー、ようやく外に出られたぜ」
――――……違う。これは、違う。
「ちぃと尺は
エドが、こんな風に喋るはずがない。こんな風であるはずがない。
「
目の前の存在は、『エド・エルリック』じゃない!
「――――――誰ですか、あなた」
絞り出すようにそれを口に出来たのは、自分でも意外だった。それくらい目の前の出来事は衝撃的だったから。
こちらの疑問に対して、目の前のエドの顔をした誰かは、ただ口元をクッと上げた。
「――――――――……
笑みを浮かべた顔で、その髪を一度『左手』でかき上げる。その手の甲に刻まれているのは、ウロボロスの刻印。
「『強欲』の、グリードだ!!」
其れは、全てを欲する、飽くなき欲望。大罪を象徴する者は、長き流転の果て、欲望渦巻く
ようやく出せたハガレン唯一の原作キャラ、『グリード』!どうやってダンまちに来たかは、次回やります。
彼が来たおかげで、作者が当初から考えていた、『鋼の錬金術師のどの世界も知っているファンである』というオリ主の『切り札』も出せます。この『切り札』、原作ハガレンとは少し違う発想なのでw
※nasyen様のご意見により、感想の一部を活動報告に移しました。