ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
そこは、何もない空間だった。何も無く、何も見えず、何も聞こえない、茫漠たるセカイだった。
「――――――んあ?」
そんな中で、一人の人間が目を覚ました。
「……何だよ、ここ」
何も、見えない。何も、聞こえない。何も、感じない。
常人の感覚なら、すぐに気が狂ってしまいかねないほどの圧倒的な『無』。そんな中でなぜ自分は平気なのか。なぜ自分はこんなところにいるのかが不思議だった。
(……確か俺は、家から出て、コンビニ行って――――ああ、そうか)
記憶をたどり、ようやく
「死んだ、のか。俺……」
最後の記憶は、視界いっぱいに広がるトラック。何ともあっけない最期だった。
「にしても……ここが死後の世界ってやつか……?」
余りにも殺風景な景色だった。もっとも見えてはいないから、景色と言うのもおかしいが。
「…………ん?」
洪水に浮かべられた一枚の葉っぱのように、ぷかぷかと流されていると、やがてさらに先に、巨大な渦のようなものを感じ取った。
「…………」
見えてはいない。見えてはいなかった。
「………………」
ただ、感じた。感じてしまった。
「……………………!」
「っ、嫌だ! 嫌だァッ!!」
暴れた。恥も外聞もなく暴れた。そこから、抜け出そうと。
ふと、目の前の『扉』に気が付いた。
「……………………え?」
間抜けな声が、喉から出た。ついさっきまで周りには何も無かったはずだ。いや、何も見えなかったはずだ。それなのに、どうして目の前の扉は、
『――――――へえ、珍しいな。お客さんか』
正面から、男なのか、女なのか、若者なのか、老人なのか、まったく判別し難い声が響いた。
『ここに来る奴ってのは、大抵自我が無くなってるもんだけど、未だに記憶も人格も『洗浄前』だなんて。よっぽど生き汚いのか、はたまた悪運が強いのか。――――あるいは、不運なのかもな?』
そこには、確かに誰かいた。けれど誰なのか、どんな姿なのか、一切わからなかった。
「…………オイ……ここは……」
『お察しの通り、『死後の世界』って奴さ。お前さんはこれから魂を洗浄され、とある世界に新たな生命として生まれ変わる』
「魂を、洗浄?」
『そう。前世で犯した罪も、功績も、記憶も、人格も、全てまっさらにして、生まれ変わるのさ。お前さんは……そうだなあ、天井のシミでも数えてれば、終わるぜ?』
目の前の存在は、表情も分からない。けれどどこか、ニヤニヤ笑みを浮かべているように感じた。洗い、流される?罪を、功績を、記憶を、人格を、何より自分自身を?
「……………………いやだ」
そうだ。そんなのは嫌だ。何も残せなかった人生だったけど。何も為せなかった自分だけど。それだけは絶対に嫌だ。
『――――ふーん。まあ嫌なら嫌で、自分を残す方法もあるぜ?』
目の前の存在が、ゆっくりとその場を退いた。
『この扉を開け放ちな。そうすればお前さんは、得ることができる。ここから自分のまま出る資格と――――――かつて狂おしい程に、求めていたモノを』
その言葉に従い、フラフラと扉の前へと近づいた。そうして、扉に両手をつき、ギイ、とほんのわずかに隙間を空けたところで、ふと気が付いた。
「なあ! アンタは一体――」
扉に手をかけたまま振り返る。そこにいたのは、相変わらずどんな姿なのか分からない――――けど、確かに『嘲り』の笑みを浮かべている存在だった。
『俺は、お前たちが『世界』と呼ぶ存在――』
その口上を聞いた瞬間、背筋をゾッと悪寒が走り抜けた。
『あるいは、『宇宙』。あるいは、『神』』
そうだ。何故気が付かなかった?
『あるいは、『真理』。あるいは、『全』。あるいは、『一』。そして――――』
前世で知りたいと願った、見てみたかった。大好きだったあの世界、あの存在――。
『俺は――――『お前』だ』
『――――ようこそ。身の程知らずの、バカヤロウ』
扉がひとりでに開き、手足が、胴体が、得体の知れない『なにか』に捕まれた。
「う、うあ! うあああッ!!」
『うるさいなあ、お前がかつて欲しがってたものだろう? もっとも半端に魂を洗浄されてたせいで、気付かなかったみたいだけどな?』
身体が浮き、抵抗など意に介さず、無理やり扉の向こうへ押し込まれた。
『見せてやるよ。――『真理』を』
そこは、膨大な知識の奔流だった。
「あ、が、ああああああッ!!?」
ソレは
「あ――あああ――――――ッ――」
ありとあらゆる知識を叡智を叩き込まれ、刷り込まれ、唐突に理解した。
「――――、――――――!」
そんな中、正面に人影を見て、自然と手が伸びた。
「あ――――、……? あ、れ……?」
そこで、頭のどこかが警鐘を鳴らした。慌ててその手を引っ込め、周囲を漂っていた黒い霧のようなモノを思わず掴み、身体の周りを
ガチリ、と意識が外に戻ってきた。
「――――! はあ、はあ…………」
気付けば、元の場所へと戻っていた。
『よお。知りたいことは知れたかい?』
「…………ああ。今まで知らなかったはずの、錬金術や、錬丹術に連なる知識、技術、錬成陣……それに、
『そうかい。お前さん、錬金術だけじゃなく、あの鋼の腕にも憧れてたもんなあ?』
目の前のソレ――『真理』は、相変わらず表情が分からない。けれどニタニタと笑っていることだけは分かった。
『さて、これで、『錬金術関係の知識』、『
「っ、待て、ちょっと待ってくれ! お願いだ、もう一回見せてくれ! もう一回、もう一回見れば、もっといろんなことが分かるんだ! そう確信できるんだ! きっと忘れてしまった大事なことだって! だから――」
そう、懇願した。知りたいという欲求だけが先走り、目の前の存在へと縋りついた。
『駄目だね。これだけの『通行料』だと、ここまでしか見せられない』
ニタニタ笑いを止め、目の前の存在が立ち上がる。先程までとは違う、どこかで見たことのある、『裸足の両足』で。
「通行、料?」
『そ、『通行料』』
目の前の奴が、ぽん、と『肌をさらした右腕』で肩を叩く。それだけで自分の右腕と両足が
『『等価交換』だろ? 新たなる錬金術師』
そうして、意識が消失した。
◇ ◇ ◇
「ぐ、が、ああ゛あ゛ああああああああああッ?!!」
意識が戻ったとき、右腕と両脚を刺す焼けつくような痛みと、猛烈な寒気が自分を襲っていた。
「あ゛あ゛あ――――ああああああああッ!?」
痛い、痛い。痛い痛い、痛い痛い痛い、痛い痛い痛痛痛痛――――……!
地面を引っ掻き、痛みに叫び。泣いて、泣いて。叫んで、叫んで。そうして声が枯れ、ただ猛烈な寒さに瞼が重くなったころ――
「――――――これは、ひどい傷であるな。
――
皆さんお待ちかね、『真理の扉』と真理クン登場回ですw
鋼の錬金術師とのクロスゆえ、無制限のチートなど有り得ない――主人公の代価は『右腕』と『両脚』となりました。その代わり、『錬金術・錬丹術の知識』と『機械鎧(オートメイル)の知識』をGET!扉も開いたので、手合せ錬成が可能となります。
実は代価以外にも、主人公は色々失くしてますが、それは次回でw