ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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何かを得ようと欲すれば、必ず同等の代価を失う――


第2話 真理の扉

 

 そこは、何もない空間だった。何も無く、何も見えず、何も聞こえない、茫漠たるセカイだった。

 

「――――――んあ?」

 

 そんな中で、一人の人間が目を覚ました。

 

「……何だよ、ここ」

 

 何も、見えない。何も、聞こえない。何も、感じない。

 常人の感覚なら、すぐに気が狂ってしまいかねないほどの圧倒的な『無』。そんな中でなぜ自分は平気なのか。なぜ自分はこんなところにいるのかが不思議だった。

 

(……確か俺は、家から出て、コンビニ行って――――ああ、そうか)

 

 記憶をたどり、ようやく理解(わか)った。自分がこんなところにいる理由(ワケ)が。

 

「死んだ、のか。俺……」

 

 最後の記憶は、視界いっぱいに広がるトラック。何ともあっけない最期だった。

 

「にしても……ここが死後の世界ってやつか……?」

 

 余りにも殺風景な景色だった。もっとも見えてはいないから、景色と言うのもおかしいが。

 

「…………ん?」

 

 洪水に浮かべられた一枚の葉っぱのように、ぷかぷかと流されていると、やがてさらに先に、巨大な渦のようなものを感じ取った。

 

「…………」

 

 見えてはいない。見えてはいなかった。

 

「………………」

 

 ただ、感じた。感じてしまった。

 

「……………………!」

 

 そこ(・・)に行けば、自分という人格は、存在は、『消えて無くなる(・・・・・・・)』と。

 

「っ、嫌だ! 嫌だァッ!!」

 

 暴れた。恥も外聞もなく暴れた。そこから、抜け出そうと。それ(・・)から、逃れようと。暴れに暴れ、もがきにもがき。泣き、叫び、叫んで。

 

 ふと、目の前の『扉』に気が付いた。

 

「……………………え?」

 

 間抜けな声が、喉から出た。ついさっきまで周りには何も無かったはずだ。いや、何も見えなかったはずだ。それなのに、どうして目の前の扉は、こんなにも(・・・・・)はっきり見えている(・・・・・・・・・)んだ?

 

『――――――へえ、珍しいな。お客さんか』

 

 正面から、男なのか、女なのか、若者なのか、老人なのか、まったく判別し難い声が響いた。

 

『ここに来る奴ってのは、大抵自我が無くなってるもんだけど、未だに記憶も人格も『洗浄前』だなんて。よっぽど生き汚いのか、はたまた悪運が強いのか。――――あるいは、不運なのかもな?』

 

 そこには、確かに誰かいた。けれど誰なのか、どんな姿なのか、一切わからなかった。

 

「…………オイ……ここは……」

『お察しの通り、『死後の世界』って奴さ。お前さんはこれから魂を洗浄され、とある世界に新たな生命として生まれ変わる』

「魂を、洗浄?」

『そう。前世で犯した罪も、功績も、記憶も、人格も、全てまっさらにして、生まれ変わるのさ。お前さんは……そうだなあ、天井のシミでも数えてれば、終わるぜ?』

 

 目の前の存在は、表情も分からない。けれどどこか、ニヤニヤ笑みを浮かべているように感じた。洗い、流される?罪を、功績を、記憶を、人格を、何より自分自身を?

 

「……………………いやだ」

 

 そうだ。そんなのは嫌だ。何も残せなかった人生だったけど。何も為せなかった自分だけど。それだけは絶対に嫌だ。

 

『――――ふーん。まあ嫌なら嫌で、自分を残す方法もあるぜ?』

 

 目の前の存在が、ゆっくりとその場を退いた。

 

『この扉を開け放ちな。そうすればお前さんは、得ることができる。ここから自分のまま出る資格と――――――かつて狂おしい程に、求めていたモノを』

 

 その言葉に従い、フラフラと扉の前へと近づいた。そうして、扉に両手をつき、ギイ、とほんのわずかに隙間を空けたところで、ふと気が付いた。

 

「なあ! アンタは一体――」

 

 扉に手をかけたまま振り返る。そこにいたのは、相変わらずどんな姿なのか分からない――――けど、確かに『嘲り』の笑みを浮かべている存在だった。

 

『俺は、お前たちが『世界』と呼ぶ存在――』

 

 その口上を聞いた瞬間、背筋をゾッと悪寒が走り抜けた。

 

『あるいは、『宇宙』。あるいは、『神』』

 

 そうだ。何故気が付かなかった?

 

『あるいは、『真理』。あるいは、『全』。あるいは、『一』。そして――――』

 

 前世で知りたいと願った、見てみたかった。大好きだったあの世界、あの存在――。

 

『俺は――――『お前』だ』

 

 ここ(・・)は、『真理の扉』だと。

 

『――――ようこそ。身の程知らずの、バカヤロウ』

 

 扉がひとりでに開き、手足が、胴体が、得体の知れない『なにか』に捕まれた。

 

「う、うあ! うあああッ!!」

『うるさいなあ、お前がかつて欲しがってたものだろう? もっとも半端に魂を洗浄されてたせいで、気付かなかったみたいだけどな?』

 

 身体が浮き、抵抗など意に介さず、無理やり扉の向こうへ押し込まれた。

 

『見せてやるよ。――『真理』を』

 

 そこは、膨大な知識の奔流だった。

 

「あ、が、ああああああッ!!?」

 

 ソレは人類(ヒト)が歩んだ歴史。世界の歴史。星の歴史。

 

「あ――あああ――――――ッ――」

 

 ありとあらゆる知識を叡智を叩き込まれ、刷り込まれ、唐突に理解した。

 

 これ(・・)が『真理』だと。

 

「――――、――――――!」

 

 そんな中、正面に人影を見て、自然と手が伸びた。

 

「あ――――、……? あ、れ……?」

 

 そこで、頭のどこかが警鐘を鳴らした。慌ててその手を引っ込め、周囲を漂っていた黒い霧のようなモノを思わず掴み、身体の周りを(くる)んだ。

 

 ガチリ、と意識が外に戻ってきた。

 

「――――! はあ、はあ…………」

 

 気付けば、元の場所へと戻っていた。

 

『よお。知りたいことは知れたかい?』

「…………ああ。今まで知らなかったはずの、錬金術や、錬丹術に連なる知識、技術、錬成陣……それに、機械鎧(オートメイル)の製作技術まで」

『そうかい。お前さん、錬金術だけじゃなく、あの鋼の腕にも憧れてたもんなあ?』

 

 目の前のソレ――『真理』は、相変わらず表情が分からない。けれどニタニタと笑っていることだけは分かった。

 

『さて、これで、『錬金術関係の知識』、『機械鎧(オートメイル)の知識』は渡した。それにそれらの知識を定着できる、向こうの種族としての『肉体の再構築』も請け負ったぜ』

「っ、待て、ちょっと待ってくれ! お願いだ、もう一回見せてくれ! もう一回、もう一回見れば、もっといろんなことが分かるんだ! そう確信できるんだ! きっと忘れてしまった大事なことだって! だから――」

 

 そう、懇願した。知りたいという欲求だけが先走り、目の前の存在へと縋りついた。

 

『駄目だね。これだけの『通行料』だと、ここまでしか見せられない』

 

 ニタニタ笑いを止め、目の前の存在が立ち上がる。先程までとは違う、どこかで見たことのある、『裸足の両足』で。

 

「通行、料?」

『そ、『通行料』』

 

 目の前の奴が、ぽん、と『肌をさらした右腕』で肩を叩く。それだけで自分の右腕と両足が崩れた(・・・)

 

『『等価交換』だろ? 新たなる錬金術師』

 

 そうして、意識が消失した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ぐ、が、ああ゛あ゛ああああああああああッ?!!」

 

 意識が戻ったとき、右腕と両脚を刺す焼けつくような痛みと、猛烈な寒気が自分を襲っていた。

 

「あ゛あ゛あ――――ああああああああッ!?」

 

 痛い、痛い。痛い痛い、痛い痛い痛い、痛い痛い痛痛痛痛――――……!

 

 地面を引っ掻き、痛みに叫び。泣いて、泣いて。叫んで、叫んで。そうして声が枯れ、ただ猛烈な寒さに瞼が重くなったころ――

 

「――――――これは、ひどい傷であるな。怪物(モンスター)にやられたか?」

 

 ――一柱(ひとり)のカミサマに出会った。

 




皆さんお待ちかね、『真理の扉』と真理クン登場回ですw

鋼の錬金術師とのクロスゆえ、無制限のチートなど有り得ない――主人公の代価は『右腕』と『両脚』となりました。その代わり、『錬金術・錬丹術の知識』と『機械鎧(オートメイル)の知識』をGET!扉も開いたので、手合せ錬成が可能となります。
実は代価以外にも、主人公は色々失くしてますが、それは次回でw

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