復讐異世界旅行記   作:ダス・ライヒ

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これでスターリングラード編は終わりです。

タイトルが被ってたので、修正。


極寒へ…

 バーバ・ヤガーな魔法で甦らされ、襲い掛かるドイツ兵やソ連兵を大剣で薙ぎ倒しつつ、斬り掛かるシュンであるが、魔法による衝撃波で吹き飛ばされる。

 マリの方は邪魔な死者を倒してから、何所からともなくPTRS-1941対戦車銃を取り出し、それをバーバ・ヤガーへ向けて放つが、放たれた徹甲弾は魔法障壁で防がれた。

 

「徹甲弾も防ぐのかよ」

 

 放たれた徹甲弾が魔法障壁で防がれたことに、シュンは持っている銃は全て効かないと判断して、周囲に居る蘇った戦死者達を大剣で薙ぎ払い、マリが次の攻撃に出るまでチャンスを窺う。

 当のマリも銃は効かないと分かったのか、この冬季に威力を発揮する氷魔法を唱え、無数の氷の矢をバーバ・ヤガーに放つ。

 しかし、氷魔法が来ることがバーバ・ヤガーは知っていたらしく、炎の壁で全て溶かされてしまう。

 

「ヒッヒッヒッ! その魔法は織り込み済みなんだよ。なんたってここは雪が降り積もっているからね。それにその魔法は私が上なのさ!!」

 

 マリの攻撃を防いだ後、バーバ・ヤガーは猛吹雪を起こす魔法を唱えた。

 凍てつく吹雪が吹き荒れる中、シュンは死んでいる兵士の上半身だけの遺体を持ち上げ、バーバ・ヤガーの視線がマリに向いている隙に背後へ回ろうとする。

 周囲に居る無理やり生き返らされた兵士たちが凍てつく吹雪で凍り付く中、マリは魔法の障壁を張って吹雪を防ぎつつ、地面に片手を着け、同じ氷魔法を唱える。

 唱えたのは氷柱を建たせる魔法だ。これをバーバ・ヤガーの足元に出るように唱えたが、読まれていたのか、簡単に避けられてしまった。

 

「おやおや、おバカさんなのかい? あたしに氷魔法は効かないって言っただろう? 二回も言わなきゃ分からないのかい、お嬢ちゃん?」

 

 そう同じ氷魔法を二回も唱えるマリに向け、効かないと二度も告げたバーバ・ヤガーの背後から、シュンは大剣の刃を叩き込んでやろうかと思って振るったが、魔女の老婆は背後から来ることも予期していたのか、氷の障壁で大剣の刃を止めた。

 

「おっと、全く背後から襲うなんて、やっぱりモンゴル人は野蛮だね!」

 

「この婆! ぐほっ!?」

 

 大剣の刃を引き抜いて攻撃を避けようとしたシュンだが、氷の鉄球を腹に打ち込まれて吹き飛ばされた。

 直ぐに体勢を立て直し、追撃を躱しつつ、プラズマ弾を掃射するボウガンを取り出して左腕のガントレットに装着して撃ち込む。

 マリの方も攻撃の手を緩めず、雷魔法を唱えてシュンと共にバーバ・ヤガーに集中砲火を浴びせる。

 だが、ロシア民謡の老婆はどの方角から来る攻撃も防ぐことが出来るのか、魔法の障壁を唱えて余裕で攻撃を防いだ。

 

「そっちのお嬢ちゃんはあたいの美容のために食うとして、そこの大男はモンゴル人だけど、良く見れば良い男じゃないか。後でたっぷりと味わうとしよう」

 

 戦いの後のことを下衆の笑みを浮かべながら口にした後、バーバ・ヤガーは同時にシュンとマリを氷魔法で攻撃する。

 足元からの氷柱だ。それらの攻撃が来ることが分かっていたのか、二人は直ぐに移動して射撃系統による反撃を行う。

 

「ちっ、同じ手は食わないってかい。なら、凍り付いちまいな!!」

 

 自分を相手にしてまだ生きている二人に対し、バーバ・ヤガーは更に吹雪をさらに強めた。

 氷河期とも言うべき程の寒さであり、蘇った周囲の死体は完全に凍り付き、全く動かなくなった。全ての物を凍り付かせるような絶対零度だ。

 

「なんて寒さだ! 動けな…」

 

 絶対零度の攻撃を受けたシュンは何とか抵抗したが、徐々に全身が凍り付いて行き、やがて完全に動かなくなって氷漬けになった。

 マリの方は何とか魔法で耐えていたようだが、彼女も周囲の物と同様に氷漬けとなり、動いているのはバーバ・ヤガーのみとなる。

 自分以外の物が動いていないことを確認すれば、バーバ・ヤガーは魔法を解いて氷河期を終わらせた。

 

「よし、みんな氷漬けになったね。さて、まずはあのお嬢ちゃんから! うへへ、涎が出る程の美味そうな娘だよ!」

 

 全ての脅威がいなくなれば、氷漬けになっているマリを、自身の若返りのために食おうと近付く。

 その手を触れようとした瞬間に、不思議な事でも起こったのか、シュンが自力で氷漬けから抜け出し、バーバ・ヤガーの背後から大剣の刃を振り下ろした。

 

「なっ!? ブギャァァァ!」

 

 シュンが自力で氷漬けから抜け出せると思ってもみなかったのか、回避が遅れた。

 足音のおかげでなんとか致命傷は避けられたが、右肩を抉られ、血飛沫を上げながら地面に転がって悶え苦しむ。

 

「ぐぇぇ…い、一体どうやって…!?」

 

「さぁ、気合いだろうな」

 

「気合いでどうにかなるか! ぼけっ! ぶっ殺してやる!!」

 

 血が噴き出す切り口を抑えながら問うバーバ・ヤガーに対し、シュンは氷漬けから抜け出したのは気合いだと答えれば、真面な答えになってないと怒鳴り、怒り心頭になって様々な魔法で攻撃して来る。

 氷を初め、炎、雷、土、風、闇と光以外の魔法で攻撃して来た。水晶かメダルから出る魔力に寄って出来る無茶な連続魔法攻撃だ。

 その恐ろしい攻撃を、シュンはバリアジャケットの飛行機能を使って避け続けるが、余りの攻撃の多さに避けきれないのか、竜巻の魔法に呑み込まれ、更に土魔法に寄って召喚された岩石に背中を打ち込まれ、雪原に強く叩き付けられる。

 

「死ねよやぁーっ!!」

 

 雪原に強く叩き付けられ、激痛に耐えながら立ち上がろうとするシュンに向け、バーバ・ヤガーは跡形もなく消す勢いでやっているのか、自分が唱えられる属性魔法による怒涛の攻撃を仕掛けた。

 

「っ!? こいつは…!」

 

 シュンは反撃もする間もなく、その怒涛の魔法攻撃に呑み込まれた。

 凄まじい土煙が上がり、相手の生死が確認できない程の物であったが、バーバ・ヤガーは相手が死んだと思い、息を切らせながら勝利を確信した。

 

「ははは! ざまぁないよ! あたいの怒らせるからさ! 大人しく従っていりゃあ良い物よ!」

 

 確実にシュンが死んだと思ったバーバ・ヤガーは、高笑いしてから氷漬けになっているマリに振り向き、舌舐めづりしながら近付く。

 肉切り包丁を懐から取り出し、それで氷漬けになって動けないでいるマリに向けて振り下ろそうとしたが、何者かに足元を掴まれ、バランスを崩して雪原に倒れる。

 

「ごべっ! な、何者…っ!? お、お前は…!?」

 

 顔から雪原の上に倒れ込んだバーバ・ヤガーは、直ぐに自分を転ばせた者を自分の魔法で消し去ろうとしたが、その正体を見て驚愕した。

 全身がボロボロのシュンの姿がそこにあった。自分の全力を持って跡形もなく消し去った筈のシュンが、あろうことか五体満足で生きていたのだ。彼をありとあらゆる攻撃から守っているはボロボロだが、それを身に付けている本人はまだ戦闘は可能だ。

 殺したはずの大男の姿を見たバーバ・ヤガーは恐れおののき、シュンの手を自分の足から降り払い、一定の距離を取ってなぜ生きているのかを問う。

 

「な、なんで生きてんだい!? あたいの魔法で消滅したはずじゃ…?」

 

「死体を確認するまで警戒は保つべきだったな。おばはん! こっちはボロボロで寒くてしょうがねぇんだ。ぶっ殺して温かい食事にさせて貰うぜ!」

 

 その問いにシュンはバーバ・ヤガーに致命傷を与えられる大剣を構えながら答えた後、魔法を唱えようとする老婆の魔女に斬り掛かった。

 敵が生きていることに動揺していたバーバ・ヤガーであるが、まだ手数は残っているので、遠慮なしに使う。

 

「はっ! あの攻撃を受けて生きていることに驚きだけど、この街は戦場だよ! それもあたいが生きていた頃も、生まれる前も戦場だったのさ! 死体なんぞ幾らでも出て来るのさ! そのまま死体に呑まれて食い殺されちまいな!!」

 

 バーバ・ヤガーの切り札とは、第二次世界大戦のスターリングラードの至るまでの戦死者達の復活であった。

 この街は血と死で満ち溢れた街だ。1943年までに、この街で死んだ兵士の数と巻き込まれて死んだ民間人の数は膨大である。老婆の魔女の言う通り、幾らでも死体は掘り出せるのだ。

 

「ちっ、こんなに死体を掘り出しやがって! 死者を冒涜し過ぎだろ!」

 

「喧しい! こいつら人間はいつの時代もあたいを迫害して来た奴らさ! こうなって同然の奴らなんだよ!!」

 

 魔法で有象無象に湧いてくる1943年までの戦死者や巻き込まれた民間人の死体の数々に、流石のシュンも相手は出来ないようだ。

 自分一人では、バーバ・ヤガーの元までは行けないのか、コアより出した火炎瓶を使い、氷漬けになっているマリの方へ投げる。

 下手をすれば、丸焼けになって死ぬが、マリが不死身と知っての手だ。火炎瓶の炎で氷が融け、マリは自由となる。

 

「戻った!? てっ、わたし燃えてる!?」

 

「起きたか! さっさっと戦え! 婆をぶっ殺して取り返すぞ!」

 

 氷漬けから火炎瓶で解放されたマリは、その余波で自分の衣服が燃えていることに気付き、慌てて脱ぎ始める。

 そんなマリに、シュンは遠慮なしに戦えと、周囲の魔法で甦らされた戦死者や死んだ民間人の遺体を大剣で切り裂きながら告げる。

 燃えている防寒着を脱ぎ捨て、下着姿になったマリは、魔法で新たな防寒着を身に付けてから、周囲の動く遺体を火炎魔法で焼き払い、無言でシュンに言われた通りに戦い始めた。

 マリが戦闘に加わったおかげか、バーバ・ヤガーが蘇らせた過去から現代にいたるまでの遺体の掃討は恐ろしい速さで進み、魔女の老婆から戦意を奪っていく。

 

「な、なんてことだい! このままじゃ全滅だ…! に、逃げなくては…!」

 

 自分が勝てると思って蘇らせた凄まじい数の死体がただ倒されていくのを見て、バーバ・ヤガーはこのままでは自分が殺されると思い、二人の注意が襲い掛かる死体に向いている間に、遠くへ逃げようとした。

 無論、無事で逃げられるはずが無い。シュンは死体だけに任せて逃げようとするバーバ・ヤガーを逃さず、周囲の遺体を大きく振った大剣で一掃した後、プラズマボウガンを左腕のガントレットに付け、直ぐに逃げるバーバ・ヤガーの背中に向けて放つ。

 射線上に遺体が重なるが、問題なく発射して細切れにし、必死に逃げる老婆の背中に向けて撃ち続ける。

 

「ぎやぁぁぁ! あ、足が!? あたいの足が!」

 

 高速で放たれたプラズマ弾は射線上に居る遺体を引き裂きつつ、遂に逃げようとするバーバ・ヤガーの右足を引き裂いた。足をプラズマ弾で引き裂かれたバーバ・ヤガーは雪原の上に転び、引き裂かれた右足を抑えながら悶え苦しむ。

 この攻撃が来ることを予期していれば、得意の魔法障壁で防げたはずだが、逃げるのに必死で、自分が蘇らせた死体が防いでくれると思っていたようだ。

 その目論見は外れ、こうして地を這いながら逃げている。瀕死のバーバ・ヤガーだが、見逃してやるほどシュンは甘くはない。

 何故なら起き上がり、魔法で飛ぼうとする可能性があるからだ。魔法を唱える前に殺す必要がある。

コアよりドイツ・ソ連のどちらの収束手榴弾を複数も取り出し、マリが居るにも関わらず、周囲に投げてバーバ・ヤガーの追撃に入る。

 

「逃がすか!」

 

「えっ!? ちょっと! 私ごと!?」

 

 投げ込まれた収束手榴弾を見て、マリは急いで自分だけの周囲に魔法障壁を張り、対戦車用に起爆部分だけを撒かれて強化された爆風より身を守った。

 背後で大爆発が起こる中、シュンは立ち上がろうとした老婆の背中に向け、躊躇いも無しに大剣を突き刺した。

 

「ぶばぁぁぁ!!」

 

 背中に巨大な刃を突き刺され、串刺しにされたバーバ・ヤガーは絶叫する。完全に殺す勢いのシュンは、そのまま大剣の刃を動かして完全に息の根を止めた。

 バーバ・ヤガーによって蘇らせた遺体は、全て糸が切れた人形のように倒れる。

 完全に息絶えたバーバ・ヤガーの懐から、仕舞ってあった水晶とメダルが人知れずに落ち、シュンとマリの視線に入る。

 ようやくシュンは水晶を手に入れることができ、マリはメダルを取り返すことが出来た。

 

「たくっ、てこずらせやがって」

 

 直ぐにシュンは水晶を足で割り、その水晶が秘めている能力を自分のデバイスに吸収させる。

 

「衝撃波か。特に意味は無いな。精々、ドアか邪魔な物を吹っ飛ばす程度か」

 

 手に入れた能力は、周囲に衝撃波を放つ物だ。大剣を持って敵陣に突っ込むシュンにはお誂え向きの技だろう。だが、当の本人は気に入らない様子だ。使い道はドアか邪魔な物を吹き飛ばす程度だと口にする。

 この激戦区に来て、水晶の力で強敵となったロシア民謡の魔女と戦って手に入れたのが、期待していた物とは違って少し落胆したシュンだが、少しずつ力が身に着いていることを実感している。

 次は自分が気に入る程の能力であると期待し、シュンはバリアジャケットを解除してから落ちているメダルを拾い上げ、自分を睨み付けるマリに向けて投げた。

 

「ほらっ、共闘の礼だ。そいつでチャラにしろ」

 

 先の事を無しにしろと告げるシュンより投げられたメダルを受け取ったマリは、ちゃんと件のメダルであるかどうかを確かめてから懐へと仕舞った。

 それからシュンに近付き、自分よりも背の高い男を見上げ、笑みを浮かべる。

 

「どうした?」

 

「ありがとう」

 

「意外だな、あんたがありがとうだなん…がはっ!?」

 

 予想していたのとは違うマリの行動に、シュンは一瞬、油断してしまった自分を呪った。

 彼女はシュンに礼を言った後、大男の長年鍛え抜かれた腹筋に向け、何所から取り出したのか、何かの合金でできたメリケンサックを強く打ち込んだ。

 ここに至るまでシュンは休みなしに戦い続けており、バーバ・ヤガー戦でかなりの魔力を消費し、疲労も溜まっていたので、マリの思いがけぬ行動に対応しきれず、こうして腹に金属を叩き付けられたのだ。

 凄まじい激痛が全身を走り、シュンは雪原の上に両膝を付いて反吐を垂らし、薄れゆく意識の中でマリを睨み付ける。

 

「ありがとうの後に…これは…無い…」

 

「大丈夫、殺さないから」

 

 シュンが完全に意識を失い、雪原の上に倒れ込んだ後、マリは毛布を被せてから何処かへと姿を消した。

 

 

 

 1943年1月31日。

 既にドイツ軍の第6軍は限界であり、遂に耐えられなくなった第6軍の司令官であるフリードリヒ・パウルス元帥は、ソ連軍に降伏した。

 司令部のみの降伏であり、それから軍団、師団ごとにソ連軍に降伏していく。だが、傷病兵たちは敵軍に治療されることなく、病院ごと焼き払われた。

 それを聞きつけた将兵達はトラクター工場に立て籠もり、頑固な抵抗を続ける。

 一部の動ける兵は小隊ごとに集まり、このスターリングラードより脱出しようとする者達が居た。

 

「おい、起きろ! イワン!」

 

 マリからの不意打ちを食らい、気絶していたシュンは、集められる限りの装備を集めてスターリングラードより脱出しようとするそんな一団に見付かり、蹴り起こされていた。

 蹴られた痛みで目を覚ましたシュンは、やつれた表情で自分を見るドイツ兵たちを見て、両手を挙げる。

 脱出部隊の指揮官は陸軍の中佐で、周囲に居る動ける六十名ほどの将兵の階級は、大尉から少尉、下士官の准尉から伍長、兵は兵長から二等兵まで居る。

 だが、彼の部下は恐らく二十名ほどであり、殆どの兵士は脱出を志願した同じ連隊所属の部隊か、他の部隊の将兵らが混じっていた。同じく第6軍と共に包囲された枢軸国の将兵が幾人か見える。

 

「よし、起きたな。俺たちは気が短いんだ。腹も減っている。包囲下に穴があるはずだ。そこを案内しろ」

 

 ここで下手な真似をすれば、直ぐに撃たれかねないので、シュンは言う通りにして起き上がり、彼らの脱出路を案内する。

 自分の覚えている限りであり、ソ連軍に見付かる可能性は高いが、腹が減っているドイツ兵等が役に立たないと分かれば即座に撃ち殺されないので、取り敢えず、ソ連軍の野戦厨房へと案内した。

 

「おい、イワン。貴様、何所に案内をした? 露助まみれじゃないか!」

 

「いや、待ってくれ。中佐。このドでかいの、俺たちが腹を空かしているのをしってのことですぜ」

 

「良く見れば、敵の野戦厨房だな。しかも呑気に温かい飯を食って勝ったつもりでいやがる」

 

「はい、中佐殿(オーバースト・ロイトナント)。こっちはもう我慢できません。乗り込んで根こそぎ奪いましょうぜ!」

 

 陸軍中佐は給食を受理するために列をなしているソ連赤軍兵が大勢いる野戦厨房に案内したシュンに、ルガーP08自動拳銃を突き付けた。

 だが、部下である陸軍曹長は、自分たちが腹を空かせていると知って案内させたと告げてシュンを延命させる。

 これを中佐は受け止め、勝ったつもりで安心して温かい食事を取っているソ連赤軍の将兵らを睨み付ける。

 部下たちも目前にある温かい食事に我慢できないのか、乗り込んで食料を奪いたいと騒ぎ始める。

 

「ええい、俺も我慢できん! 手榴弾を投げ込んだ後、一気に突入する! 敵が体勢を立て直す前に、出来るだけ食料を奪え! 食っても良いが、二口だけだぞ?」

 

了解(ヤヴォール)! はやいとこやりましょうぜ!」

 

 部下の気持ちと飢餓に押されてか、中佐は攻撃を決め込んだ。

 

「で、どうしますこいつ?」

 

「ツェザール上等兵、お前はそいつを監視しつつ我々に続け。食っても良いが、目を離すなよ?」

 

「了解であります!」

 

 副官からのシュンをどうするかの問いに中佐は、若い兵士に監視させろと命じ、自分たちは直ぐに奇襲攻撃の準備を行った。

 若い兵士に監視されたシュンは、その兵士に武器は無いかと問う。

 

「おい、坊主。武器はあるか?」

 

「ドイツ語!? なぜ喋れるかは知らんが、共産主義者(コミュニスト)お前にやる武器は無い!」

 

 流石に武器は貰えなかった。

 それと同時に攻撃が始まり、同時に若い兵士に銃剣が付いたkar98k小銃を突き付けられ、無理やり移動させられる。

 ここが安全だと思って暖かい給食を受けていた敵軍の兵士らは奇襲攻撃を受けて混乱し、真面な反撃が出来ず、散り散りになって逃げ始める。

 敵が体勢を立て直す前に、脱出部隊の兵士たちは温かい食事にありつき、出来る限り食べて持ち出せるだけ持ち出し、その場から逃げようとする。

 

「後ろだ!」

 

「なに!?」

 

 シュンを監視する若い兵士も食事に夢中になり、背後からナガンM1895回転式拳銃を撃とうとする炊事兵に気付かなかった。

 そこを同じくパンを取っていたシュンが注意したが、彼の反応は遅かった。仕方なくシュンは、パンを斬る為のナイフを投擲して敵の炊事兵を殺害して彼を救う。

 

「お、お前…!?」

 

「何ぼさっとしてんだ? 飯は敵を一掃してからにしろ」

 

 敵であるはずのアジア系の大男に救われた若い兵士であったが、シュンは気にすることなく落ちている拳銃を拾って、戦おうとする敵兵を撃ち殺す。

 奇襲の効果もあり、野戦厨房に居た敵兵は全て何処かへと逃げ去った。数分後か数十分後に体勢を立て直して反撃してくるだろう。直ぐに、脱出部隊は持ち運べるだけの食料を、持って来た背嚢に詰め込む。

 

「余り食い過ぎるな! それに詰め込み過ぎるな! 重くなって走れんぞ!」

 

 暖かいシチューを少し食べつつ、中佐は部下たちにこれからの逃走を考えてあまり食べ過ぎないように注意した。その他にも食料を余り詰め込まないように注意し、自分はパンを頬張る。

 一方のシュンも野戦食を一気に平らげ、殺した敵兵が持って居たSVT-40自動小銃と予備弾倉が入っているポーチを拾い上げて武装する。

 彼を監視する若い兵士は、中佐に直ぐに報告してどうするかを問う。

 

「あいつ、どうしますか? 味方を平気で撃ちましたよ?」

 

「おそらく、無理やり徴兵された者だろう。連中に恨みがあると言う事だ。それに我々をここまで案内した。つまりは味方と言う事だ」

 

「しかし中佐殿。一度裏切った奴は、また裏切る可能性が…」

 

 若い兵士の問いに、中佐はシュンが味方であると答えれば、それに異議してか、副官はこちらを裏切る可能性があると告げる。

 

「裏切るか。ふん、その時は殺せば良い。それより敵が集まって来る前に早く安全な場所へ行くぞ。そこで飯をゆっくりと食えば良い。ここは敵地の後方だ、飯など幾らでも手に入る」

 

「まぁ、一理ありますな。お前らもう行くぞ! グズグズしてると、飯の邪魔をされたイワンに八つ裂きにされるぞ!!」

 

 それに中佐は裏切れば殺せば良いと答え、出発すると言った。

 これに副官は同意し、敵から奪った給食を食っている部下たちに出発すると告げてから、先に行く中佐の後に続いた。

 

「異常無し!」

 

「よし、ゆっくりと飯にしよう。一カ月ぶりの真面な食事だ。温かくはないがな」

 

 数十分後、野戦厨房を移動して安全な場所である廃屋を見付けた一同は、ゆっくりと食事を取った。見張りもパンをかじりつつ、周囲に目を配る。

 シュンも腰を下ろし、銃の整備を行う。

 そんなシュンに中佐は近付き、敵の将校より奪った地図を懐から出し、何所に包囲網の穴があるかどうかを問い詰める。

 

「銃の整備中に済まないが、ドイツ語を喋れるらしいな? この包囲網に手薄な場所は何処か知っているか?」

 

 地図を見せられたシュンだが、スターリングラードの包囲網を敷いているソ連赤軍の布陣など全く知りもしない。

 この巨大な共産主義国家の独裁者の名を持つ都市の戦いについては知っているが、流石に何所に包囲網が手薄な場所なのかさえ分からないのだ。

 取り敢えず、自分が指揮官なら何所の戦力を削ぐかを考え、適当な場所へ指差す。

 

「俺は上等兵だから、多分、ここが手薄だと思う」

 

「なに、ドイツ語が出来るのに上等兵だと? それに何処か手薄な場所だと分からない? 見た目からして、下士官だと思ったが、どうやら捨て駒だったようだな」

 

「中佐殿、そいつを殺しちまおうぜ。俺たちを罠にハメるつもりだ」

 

「黙れ! とにかく、偵察をすれば分かるはずだ。五分後に出発する。それまでに腹を満たして置け」

 

 シュンが適当に出した答えに、中佐はドイツ語を喋れるから下士官だと思っていたようだ。

 更に上等兵だと言えば、別の兵士が殺せと食べながら言って来る。この部下を中佐は黙らせ、五分後に出発すると告げる。

 それを聞いてか、一同は急いで奪った食料を頬張った。

 

「そろそろだな。腹は満たされただろう、行くぞ!」

 

 腕時計を見ていた中佐は、腹を満たした部下たちに出発の指示を出せば、シュンを先に行かせて一同と共にこの場を離れた。

 未だ周囲からは銃声や爆発音は聞こえているが、徐々に減りつつある。軍団から師団、連隊ごとに降伏しているのだろう。一番はトラクター工場の方より聞こえて来るが、長くは続かないだろう。

 一人が工場の方へ行かないのかと、先頭を歩く中佐に問う。

 

「中佐、工場に居る友軍とは合流しないので?」

 

「カール・シュトレッカー閣下の第11軍団だな。あそこに行った所で、対して何も変わらんぞ。我々は一刻も早くこのコミュニストの巣窟から抜け出さねばならんのだ。無駄口を叩いている暇があったら周囲に露助が居ないか目を配り、足を動かせ!」

 

 その部下に対し、合流しても無駄であると答え、脱出に専念しろと告げた。

 歩くこと十数分、ここまでは敵と遭遇せずに来られたが、いざシュンが指差した包囲網が手薄な場所へ行けば、第11軍団が未だに抵抗を続けるトラクター工場へと向かう敵部隊が居た。

 

「なんてこった。敵の移動が激しい! 貴様!」

 

 予想よりも敵が多い事に、中佐はシュンにルガーP08を向ける。

 

「嘘じゃねぇ。俺は知らされていなかったんだ」

 

「だから言ったんだ。殺しちまおうってな!」

 

「黙れと言っている! とにかく、ここを突破する以外、方法は無い! 何か手は…」

 

 シュンが言い訳をする中、一人が殺した方が良かったと主張し始めた。それを中佐は黙らせ、周囲を見回して何処か突破できる場所が無いか探し始める。

 何所を探しても、何所にもない。薄いとされている場所は歩兵と戦車で一杯だ。ここを抜け出すには、あの道しかないのだ。

 

「(どうする…? ここで降伏するか…?)」

 

「俺が暴れてやろうか?」

 

「なに、今なんと言った?」

 

「いかれてるのか? 映画じゃないんだぞ」

 

「これ以上、おかしなことを言えば、ぶっ殺すぞ」

 

 投降と言う手段が中佐の脳内に浮かぶ中、シュンは先の詫びとして一人で突っ込んで注意を引き付けようかと提案した。

 この馬鹿げた提案に、正気なのかと中佐は問い詰め、部下たちは早く殺した方が良いと口々にし始める。

 部下たちの不満の通り、馬鹿げた提案であるが、一人の敵か味方かも分からない男を突っ込ませるだけで、敵はそちらに集中し、自分たちはその間に脱出できるかもしれない。

 

「よし、奴を突っ込ませる。PzB785対戦車銃を奴に渡せ」

 

「正気ですか? 裏切るかもしれない」

 

「奴も裏切り者さ。安心しろ、この狙撃銃で妙な動きをすれば、直ぐに狙撃する」

 

 それに掛けた中佐は、シュンに敵戦車と遭遇した際に使用する予定だったゾロターンS-18対戦車銃を渡した。

 シュンを暴れさせる案を実行した中佐に、部下たちは異議を唱えるが、彼は狙撃銃でいつでも撃てると言って納得させる。

 

「その対戦車銃は20mm弾を十発も撃てる。その分とてつもなく重い。運用に手間が掛かるが、貴様のような大男は楽に振り回せるだろう。予備として二十発を渡す。軽戦車や装甲車くらいは直ぐに破壊できるだろうが、T-34やKV1戦車には豆鉄砲も同然だ。考えて使え」

 

「分かった」

 

 PTRS-1941対戦車銃よりも一回り大きい対戦車銃を受け取ったシュンは、中佐から中戦車や重戦車には使わないようにと注意された後、使い方の説明をされた。

 渡されたゾロターンS-18対戦車銃はシュンが良く使うロシア製の対戦車銃よりも大きくて重く、使い方も違っていて構造も製造元であるスイスであってか、精密である。

 一度、構えてみれば、使い慣れた対戦車銃よりも重い。反動も比べ物にならないであろう。

 そんな銃を受け取ったシュンは、予備弾倉が入ったポーチを肩に掛け、取り回しづらい自動小銃を捨て、代わりに短機関銃を持った。

 装備の点検と確認が終われば、準備が整ったと中佐に告げる。

 

「準備は良いぜ」

 

「よし、こちらは援護する。お前はその間に出来る限り暴れろ。幸い、T-34やKV1などの強力な戦車は余りいない。だが、脅威なのは変わりないがな」

 

「まぁいい。じゃあ、援護よろしくな!」

 

 敵部隊にT-34やKV1などの強力な戦車が余りない事が分かれば、シュンは対戦車銃の安全装置を解除した後、移動を始める敵部隊の方へ隠れながら進んだ。

 対戦車銃の有効射程内に敵の軽戦車や装甲車が入る位置まで来れば、二脚を立て、手近な距離に居る装甲車のエンジン部に照準を向け、引き金を引く。

 凄まじい銃声が響いた後、右肩に凄まじい反動が襲った。発射された20mmの機関砲弾は、BA-64装甲車のエンジン部に命中して爆発を起こす。自軍の装甲車が奇襲攻撃で破壊されたことで、ソ連軍は直ぐに警戒態勢に入る。

 

「ファシストのネズミが居るぞ! 警戒態勢に入れ!!」

 

 襲撃を受けてやや混乱する兵士たちに対し、指揮官は警戒態勢に入る様に指示を出すが、中佐の狙撃で頭を撃ち抜かれ、周りの兵士たちは動揺し始める。

 そんな赤軍兵士たちに対し、狙撃で遮蔽物に逃げた政治将校は、そこから動揺する兵士たちに銃を向けて戦闘に戻す。

 

「貴様ら、逃げれば分かっているな!? 車両部隊は三両ほどを残して予定通りトラクター工場へ行け! 貴様ら歩兵はネズミをあぶり出せ!!」

 

 その指示に歩兵部隊が応じれば、戦車を初めとした車両部隊は二両ほどの装甲車とT-34中戦車一両を残し、トラクター工場への攻撃に向かう。

 残って居る歩兵部隊と二両の装甲車は、対戦車銃を撃ったシュンを探し始める。T-34は直ぐに旋回して敵が襲撃して来るとされる場所を陣取って動かなくなる。

 暴れて自分に注意を引き付ける事が目的なので、シュンは場所を移動してから二両目の装甲車を対戦車銃で破壊した。

 この隙に、ドイツ軍の脱出部隊は移動を始めた。

 

「あそこにいるぞ!」

 

 流石に見付かったのか、シュンが居る場所へ向けて無数の銃弾が飛んできた。

 雨のような銃弾から身を守るために地面に伏せ、腹ばいになって匍匐前進し、廃墟へと移動する。

 敵は先ほど自分が居た場所へとずっと撃ち続けているので、榴弾を撃ち込まれないうちに廃墟へ入り込み、そこから三両目の装甲車を破壊した。

 そこからT-34を狙撃しようとしたが、勘の鋭い狙撃兵が居たのか、自分が居る場所へ向けて手榴弾が飛んでくる。

 

「くそっ!」

 

 複数の手榴弾が一度に投げ込まれたので、シュンはその場から広い場所へ逃げ、腰だめで対戦車銃を乱射する。

 七発分も一機に撃ち込んだおかげで、二人くらいの兵士を殺害することが出来た。一人は頭が吹き飛び、もう一人は胴体を裂かれて死んだ。

 放った一発はT-34の側面に命中したが、斜面装甲の所為で弾かれる。

 物の数秒で倍返しの反撃が始まり、シュンは遮蔽物となるドイツ戦車の残骸に隠れ、対戦車銃の再装填を行い、連射の効く短機関銃に切り替える。

 シュンが暴れ始めたので、脱出部隊は直ぐに行動を始め、自分たちの邪魔となる敵だけを片付けて一気にスターリングラードからの脱出しようと全力で走り始める。

 機銃掃射の援護射撃で突っ込んで来るソ連兵等に対し、シュンは遮蔽物越しから短機関銃を乱射する。

 適当な乱射なので、敵兵に当たることなく、数個の手榴弾が飛んでくる。

 直ぐに幾つか投げ返し、残骸より離れて突っ込んで来るソ連兵たちに向けて短機関銃を弾切れになるまで乱射した。

 それから弾切れになった短機関銃を捨て、近くの爆撃機の残骸に逃げ込み、コアよりMG42機関銃を取り出す。

 

「見てないよな?」

 

 脱出部隊は数名の犠牲者を出しつつ、こちらを助ける素振りも見せないので、シュンはそれを良い事に、回復した魔力を使って気休めのバリアを張ってから飛び出し、MG42を乱射する。

 銃身を分厚い手袋で掴み、強烈な反動を左手の腕力のみで抑え付けながら撃てば、機銃掃射の援護で突撃して来た歩兵はバタバタと倒れる。

 目立つ場所で撃っているので、必ず小銃や狙撃銃で撃たれるが、気休めのバリアが飛んでくる弾丸を全て防いでくれた。

 あと三発も撃ち込まれるとバリアは解けるが、銃弾が当たらないことに敵は驚いているので、何発も飛んで来ない。

 シュンは敵の動揺を利用し、銃身が焼けるまで乱射した後、残骸に退き返して焼き付いた銃身を排出し、新しい銃身を差し込み、弾切れとなったドラムマガジンを捨て、新しいのに交換する。

 

「あの戦車には、こいつだ」

 

 再装填を終えれば直ぐに機銃掃射を再開しようと思ったが、T-34中戦車がやって来たので、シュンはコアより無反動砲であるM1バズーカを取り出す。高熱ガスから顔を守るためのマスクも忘れない。

 使用するロケット弾は、魔力を少々込めて貫通力を強化した物だ。それを装填して安全装置を外し、発射器の安全装置も解除して前面斜面装甲の敵戦車に照準を向ける。

 後方を確認して高熱ガスが充満しないように注意すれば、直ぐに引き金を引いて発射する。

 シュンが魔力を込めて強化したロケット弾は、KV1重戦車の正面を撃ち抜けるほどの徹甲弾であり、ドイツ戦車の75mmの長砲身に易々と貫通されるT-34の前面装甲を貫通し、後ろのエンジン部まで達すれば、T-34は大爆発を起こした。

 

「よし、連中と合流するか」

 

 強力な戦車がやられたことで、ソ連軍が一時後退を始めれば、シュンは米国製の無反動砲をコアに戻し、電気のこぎりのように肉を裂く機関銃を背負って脱出部隊の合流に向かった。

 敵の思わぬ反撃に、市内に居るソ連軍はやや混乱しているようで、反撃は遅れていたが、上空の航空機は地上の支援要請を受けてか、空から脱出部隊に機銃掃射を浴びせていた。

 全速力で走っていれば、YaK-7戦闘機の機銃掃射を受ける脱出部隊が見える。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「足を止めるな! 走れぇ!!」

 

 数名の部下が機銃掃射で倒れる中、中佐は怒号を飛ばして先頭を走っていた。

 そんなスターリングラードより脱出しようとする決死の枢軸国軍の兵士たちに対し、ソ連兵たちは容赦なく銃弾を浴びせる。

 地上と空からの攻撃を受けた脱出部隊は次々と倒れて行き、徐々に数を減らしていく。

 シュンは地上から重機関銃で機銃掃射をしている敵兵等をMG42で撃ち込んで倒し、出来るだけ脱出部隊の脅威を排除するが、敵の数が多過ぎた。

 何十人もの犠牲を出しながら走る中、ようやくの所でスターリングラードの外へ出ることが出来た。

 

「しっかりしろ、ハンス! くたばるような傷じゃないぞ!」

 

「…中佐、こ、これを…」

 

「止せ! 生きて渡すんだ!」

 

「もう駄目です…中佐、楽にしてください…」

 

 残ったのは、シュンと負傷している副官を除いて僅か八名。当初、六十人も居た脱出部隊は僅かな人数となり、数十名はソ連軍の攻撃で死亡し、数名は外れて行方知れずとなった。

 背中に銃弾を受けて虫の息の副官は、早く楽にしてくれとせがみ始める。

 

「くっ…」

 

 副官の願いに、中佐は拳銃の銃身をタオルで何重にも包み、それを副官の頭部に向けて撃ち込んだ。

 銃声は全く聞こえることなく、副官は中佐に介錯されて息絶えた。

 

「残って居るのは、ドイツ人が私を含めて五名に、イタリア人が二名、ハンガリー人が一名か…」

 

 その場に居る人数を確認した中佐は、次に残弾を確認する。

 

「弾薬は僅か。それに食料も殆ど無い…味方の戦線までどれくらいか…」

 

 弾薬の残りを確認した後、僅かながらの食料を確認して、この極寒の中で味方の戦線まで辿り着けるか心配になる。

 ここでじっとしていてもしょうがないのか、中佐は全員に味方の戦線まで徒歩で向かうと告げる。

 

「諸君、ここでグズグズしていれば、連中に見付かる。直ぐに移動しよう」

 

「しかし、この極寒の中で、コンパスの針だけで徒歩なんて…」

 

「なら、ソ連軍にバギーでも頼むか? 収容所へ連れて行かれるが」

 

「それは…」

 

「ならグダグダ言わずに歩け! 連中は我々が徒歩で味方の戦線まで向かうなど思っていないはずだ。大陸横断して我が東部軍に加わった日本の兵士が居る。我々もそれに倣おうでは無いか」

 

 徒歩で遠い味方の戦線まで戻ると言った中佐に対し、部下の一人は懸念を抱くが、実在する満州の関東軍から大陸横断してドイツ軍の東部戦線に加わった日本兵の話を引き合いに出して足を進めた。

 そんな上官に、部下たちとついてきたイタリア兵やハンガリー兵も続く。シュンもまた拳銃を突き付けられながら、ソ連軍の警備網の穴の方へ案内させられる。

 ソ連軍に強制徴兵されたモンゴル人の一人が、ドイツ軍の捕虜となった後にドイツ軍の兵士に志願してはるか遠くのノルマンディーでイギリス軍の捕虜になった実話があるが、残念ながら、そのモンゴル人はシュンでは無い。

 真っ白な雪原の上で、先頭を歩かされる中、シュンは脱出の機会を伺っていたが、付近にソ連軍の狙撃兵が居たのか、肩を撃たれる。

 

「伏せろ!」

 

 叫んだ中佐であるが、狙撃兵は自動小銃を使っていたのか、胸を撃たれて倒れた。

 直ぐにシュンは中佐が持って居たスコープを付けたモシン・ナガン小銃を持ってスコープを覗き、スコープの光が見える場所へ向けて銃弾を撃ち込んだ。

 連続で三発ほど撃ち込めば、観測手の胴体に当たり、狙撃手は負傷した相方を引き摺ってその場から退避した。

 狙撃銃を捨てた後、中佐の周りに集まる部下たちと共に彼の傷の具合を確かめる。

 撃たれた個所は肺の辺りであり、もう既に助からない状況であった。

 

「中佐!」

 

「は、肺を撃たれた…もう私は助からん…! 少尉、君が指揮官だ…隊を率いて、味方の戦線へ…」

 

「そんな…! どうすれば…? 」

 

「こ、これを…! これを私の妻に…!」

 

 数秒後、中佐は自分の妻に遺品となる物を少尉に渡してから息を引き取った。

 頼るべき上官が息絶えた後、階級が上で隊の指揮権を受け継ぐこととなった少尉は頭を抱える。

 おそらく補充の小隊長か、連絡将校だったのだろう。この状況下での指揮の仕方を知らないようだ。

 そんな彼に対し、シュンはコアより出した地図を出して、一同に見えない場所で何かをパネルを見ながら地図を書き始める。

 

「おい、これは…!?」

 

 少尉は手渡された地図を見て、驚きの声を上げる。

 それは自軍の陣地までの安全なルートであった。そこに沿って行けば、陣地まで行けるほどだ。

 これをどうやって知ったのかをシュンに問えば、彼の姿は何所にもなかった。他の者達と共にシュンを探すが、何所にも彼の姿は無い。

 

「まさか幽霊なのでは…?」

 

 地図を渡された少尉は、シュンのことを幽霊だと考えた。

 だが、その当の人物は彼らに気付かれないうちに逃げただけであり、ひっそりと近くの廃屋にある椅子に腰を下ろし、ウォッカを嗜んでいた。

 

 1943年2月2日、トラクター工場で抵抗を続けていたカール・シュトレッカー将軍率いる第11軍団が投降すれば、第6軍の抗戦は終わり、スターリングラードの戦いは終結した。

 生き残って捕虜となったドイツ将兵らは大半が収容所までの雪道の移動で死亡し、収容所に辿り着いても、チフスで死亡する。生存者は他の収容所にも送られ、過酷な労働で更に多くの物が命を落とした。

 終戦後に祖国に生きて帰れたのは、僅か六千名であった。

 将軍を初めとした幹部将校らは、ソ連が立てた反ナチス組織であるドイツ将校同盟に入り反ナチス活動を続けた。兵や下士官、協力を拒んだ尉官や佐官とは違って優遇されながら。

 彼らは後に、ドイツ民主共和国の軍隊である国家人民軍の将校となる。

 

 ナチス・ドイツの宣伝大臣、パウル・ヨーゼフ・ゲッペルズはラジオで第6軍の将兵は全員戦死したと伝えたが、対するソビエト連邦は捕虜達が生きていると事実を外国放送で伝え、その捕虜達に家族宛ての手紙を書かせ、ドイツ東部軍の前線にばら撒いた。

 これをナチス・ドイツは認めず、回収した手紙は全て焼却処分したが、彼らが生きていることを家族に知らせたい心優しき兵士たちは、その手紙を隠し、自分の手紙と共に投函した。

 

 スターリングラードからの脱出部隊はどうなったのかと言えば、幾度か凍傷の危機に遭いつつ、なんとか敵に遭遇することなく味方の戦線へと辿り着けた。シュンが見ていた地図のおかげで。

 忠実なら彼らは収容所に連行され、過酷な労働を強いられても運よく生き延びて祖国へ帰れたが、この俺、ナハターは味方の戦線まで歩いて帰る方を選ぶだろう。その方が地獄を見ずに済むからだ。

 

 スターリングラード会戦、いや、攻防戦から二年と四カ月後に、ヒトラー率いるナチス・ドイツは降伏し、第二次世界大戦が終わるが、それは復讐を目的とする男とは別の話だ。




忠実より四カ月早く終わったべ。

次回は歴史や二次創作では無く、オリジナルで行こうかなと思います。

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