復讐異世界旅行記   作:ダス・ライヒ

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スターリングラードと言えばこのアパート。

共闘すると言ってましたが、次話でやりまする。


パブロフの家

 マリがバーバ・ヤガーを追う中、シュンはこのスターリングラードの攻防の象徴であるアパートがある1月9日広場の近くまで来ていた。水晶がある先は、1月9日広場の先だ。

 広場は死体と鉄屑があり、悪臭が漂っており、ドイツ軍が歩兵部隊や戦車部隊を持ってアパートを攻撃している。

 

「大分、ヤバそうな場所だな。よし、時間を進めるか」

 

 ドイツ軍が全力を持って攻撃しているアパートを見たシュンは、ソ連赤軍が反攻を開始した時期まで時を進めた。

 11月25日になってもまだドイツ軍は攻撃を続けていたが、反攻が開始された時点でその攻撃はなし崩しになっていた。

 

「まだ攻撃しているようだが、もう途切れるだろう」

 

 隙を窺って広場を横切ろうとしたシュンであったが、背後から来た何者かに声を掛けられる。

 

「おい、何をしている? 敵前逃亡罪で撃ち殺されるぞ」

 

「俺はソ連赤軍じゃ…いえ、なんでも」

 

 声を掛けて来たのは、顔を覆うほどの髭を生やしたウンシャカを被ったソ連赤軍の下士官に呼び止められた。

 自分は民間人だと言おうとしたが、彼が率いている分隊を見て、逃げれば即座に殺されると思って、PPSh-41短機関銃を何所からともなく出してソ連兵のふりをした。

 

「さぁ、あのアパートに立て籠もっている同志を助けに行くぞ! 本隊はその後から来る! 行くぞ!!」

 

 下士官はシュンに向けて言えば、部下たちを率いてドイツ軍の攻撃を受けたアパートに向かった。

 シュンを新たに加えた分隊は、ドイツ軍に見付からぬようにアパートの補給路として使われている塹壕まで近付く。

 近付いてくる数十名に対し、見張りに立っていたボロボロの冬服を着た兵士は手にしている短機関銃を向ける。銃を向けて来る友軍の兵士に対し、下士官は自分達が味方であると答える。

 

「落ち着け、同志。俺たちは味方だ。もう直ぐ増援が来る。飯と水、弾薬を持って来たぞ」

 

「あ、ありがとうございます同志。ですが、弾薬は十分にあるので必要ありません。食料と水、連隊以上の人員が欲しいところですが…」

 

「済まなかったな、一個分隊程度で。では、パブロフ軍曹の所へ案内してくれ。代わりの奴に見張らせる」

 

「分かりました。どうぞこちらへ」

 

「スミルノフ、アポジ、お前たちは見張りを行え。ファシストを見たら、遠慮なしにぶっ放せ」

 

 顔が裾だらけのボロボロの兵士は、下士官とシュン達を自分の隊長が居る場所へと案内した。代わりに下士官は二人の部下を見張りに残し、このアパートの防衛を行っている指揮官の元へ向かった。

 

「食料や水、弾薬は置いて行け」

 

 最上階に居る指揮官の元へ向かう中、下士官は背嚢を降ろすように部下に命じれば、部下たちはそれに従って持って来た食料や弾薬、医療品が入っている背嚢を床に降ろした。

 すると、アパートに防衛に当たっている十数名ほどが直ぐに群がり、食料や水だけを持っていく。

 

「同志軍曹、連中、食料と水だけ持って行きましたよ」

 

「よっぽど腹が減っていたんだな」

 

「その割に弾薬はたんまりあるな」

 

 部下がアパートの防衛に当たっている兵士等が食料と水だけを取って弾薬や医療品に目もくれないと言えば、下士官は防衛に着いている兵士たちが絶え間ない戦闘の影響で飢えていると判断する。

 シュンは食料と水が不足しているのに対し、武器弾薬だけは豊富にある事を皮肉る。

 一同は一番上の階にあがれば、このアパートの防衛の指揮している軍曹、ヤーコフ・パブロフ軍曹と目を合わせ、挨拶を交わした。

 そう、このアパートは、スターリングラード攻防戦に置いてソ連赤軍の抵抗の象徴である有名なパブロフの家なのだ。

 

「ようこそ、同志。このオンボロアパートへ。俺はヤーコフ・パブロフ先任軍曹だ」

 

「ヴィクトル・レズノフ軍曹だ。噂は聞いているぞ同志。ここがスターリングラード抵抗の象徴だと」

 

「あぁ、そうなっているらしいな。で、同志。増援はお前たちだけか?」

 

「いや、もうじき増援が来る。戦車を伴った旅団規模の部隊がな。我々は少しでも君たちが持ち堪えられるように先行して来た」

 

「あと一個中隊は欲しかったな。それに食料と水だ。弾薬は十分に揃っている。なのに、師団本部の奴らは弾薬しか送ってこない! ファシスト共から奪うにしても、余り持って居ない! おまけにベッドも届けに来ないとは! いや、これ以上は止そう。茶は出せないが、感謝するぞ同志」

 

 下士官はヴィクトル・レズノフと名乗って英雄に祭り上げられているパブロフ軍曹と握手を交わしたが、当の本人は僅かな増援を歓迎していなかった。

 上層部に対して文句も言っていたが、それでも来てくれたことには感謝して、次のドイツ軍の攻撃が来ることを知らせる。

 

「来て早々に悪いんだが、再びファシスト共が攻撃を仕掛けて来る。性懲りもなく戦車を伴った歩兵大隊だ。対戦車銃と機関銃の弾は十分だが、迫撃砲はお釈迦にされている。俺が言った通りに配置に着いてくれ」

 

「了解した。我々もファシストを殺しに来たところだ。早速、同志の言う通りに行こう」

 

 パブロフが指示を出せば、レズノフは現場の指揮官の指示に従い、言われた配置に着いた。

 

「そこのデカいモンゴル人は、対戦車銃を使え。シモノフPTRS1941だ。前に撃っていた奴は、肩が外れて撃てなくなった。イワノフのあとについていけ」

 

了解(ダー)

 

 シュンは何所か適当な場所へ行き、隙を窺って逃げ出そうと思ったが、パブロフに呼び止められ、対戦車銃を撃つように命じられ、彼の部下の案内に従って対戦車銃がある階へ向かった。

 その階につけば、広場を見渡せる位置に対戦車銃は置いてあった。弾も予備の同じ対戦車銃が置いてある。PTRS1941対戦車銃は何度も使ったことがあるので、シュンは扱いを熟知している。

 ちゃんと整備され、弾も全部装填されていることを調べれば、寝そべって構える。

 

「ちゃんと整備されているな。新品同然だ」

 

「当たり前だ! 広場には一日に何両ものファシストの戦車が通る! 一両でも見逃せば、榴弾を叩き込まれるからな」

 

 整備されていると口にすれば、案内した兵士は一日に何度も攻撃を受けるので、いつでも整備していると答えた。

 

『ファシストだ! 二個大隊と戦車一個中隊が来る! 迎撃準備!!』

 

「おいでなすったようだな。戦車を見付けたら対戦車銃をぶち込め! 装甲車でもだ! 特に突撃砲は直ぐに撃て! 屋根を撃てば直ぐに火を噴く!!」

 

「分かった」

 

 ドイツ軍の攻撃開始の合図を知らせる大声が聞こえて来れば、案内役は戦車の弱点を教えて出て行った。

 一人、部屋に残されたシュンは対戦車銃を構え、有効射程範囲に入るまで照準器を覗きながら待つ。

 照準器に歩兵の前を前進するⅢ号戦車L型の車体が合えば、射程距離に入り次第、直ぐに引き金を引く。

 

「っ!? 増加装甲か!」

 

 発射された弾丸は砲塔前部の装甲に当たったが、増加装甲を施した型であったのか、貫通できなかった。

 射撃命令も無しに勝手に撃ったとして、パブロフより怒鳴り声が聞こえて来る。

 

『バカ野郎! 今までとは違うんだ! もうちょっと来てから撃て!!』

 

 その怒鳴り声に従い、シュンは榴弾が飛んで来ないうちに対戦車銃を持って、別の射撃地点へ移動する。

 物の数秒ほどで、戦車からの榴弾が先程いた部屋に飛んでくる。

 別の部屋へ移動したシュンは直ぐに対戦車銃を窓に置き、そこからエンジン上部を狙える位置に敵戦車が来るまで待つ。

 既に尖端が開かれていたのか、最初の機関銃が火を噴いて戦車の脇から突撃してくるドイツ軍の歩兵を排除していた。下の階にも対戦車銃はあったのか、幾つか放たれており、履帯をやられて先頭の戦車が止まっている。弱点であるエンジン上部が狙える。潰すなら今だ。

 直ぐにシュンは対戦車銃の照準をエンジン上部に向け、固定砲台となっているⅢ号戦車を撃破した。

 

『気を抜くな! 次が来るぞ!!』

 

 一両目を撃破したが、向かって来る戦車部隊は十四両編成の中隊規模だ。直ぐに対戦車銃を次なる標的に照準し、エンジン部が狙える角度まで来るのを待つ。

 だが、敵は馬鹿では無い。煙幕を周囲にばら撒いて自分等の動きを隠し、アパートに突撃して来る。

 

『煙幕で見えない!』

 

『手当たり次第に撃ち込め! 戦車の残骸を盾に前進してくるぞ!!』

 

 投げ込まれた数が多いのか、煙が直ぐに辺りに充満し、突撃して来るドイツ軍の姿を覆い隠した。

 何も見えず、機関銃手は機銃掃射を止めてしまったが、レズノフの怒号で手当たり次第に撃ち込む。何故なら、戦車や戦闘車両の残骸を伝ってドイツ兵がアパートに接近して来るからだ。一応、地雷は張り巡らしているのだが、匍匐前進で迫るドイツ兵は、手榴弾を投げ込んで地雷を潰していく。

 

『下だ! 下を狙え! 這って向かってくるぞ!』

 

『対戦車兵! 早くぶっ放せ! 戦車が近付いて来てるぞ!!』

 

「この煙だらけを、何所をどう狙えって言うんだよ」

 

 怒号が飛び交う中、短機関銃を乱射しているパブロフ軍曹よりシュンに指示が来る。

 煙が充満しきっており、戦車の弱点である上部は狙い辛く、この視界でどうやって狙えとシュンは悪態を付く。

 

「奥の手を使うか」

 

 煙で戦車が全く見えないので、シュンはまたしても禁じ手を使った。

 周囲には自分以外の兵士は居ないので、遠慮なしにベルトのコアから赤外線スコープを取り出し、戦車のエンジンから出る熱を頼りに、対戦車銃で狙っていく。

 

「こいつはすげぇ。まるで七面鳥撃ちだ」

 

 この時代では、ドイツが二年後に開発する赤外線スコープ、それも頭に着けられるほど小型化と軽量化された物をシュンは使っているのだ。

 大量の熱を発する第二次世界大戦の戦車は真っ白な煙から丸見えであり、特に熱を排出しているエンジン部は直ぐに分かり、面白いように当てることが出来た。

 続けてⅢ号突撃砲のエンジンを撃って撃破したところで、シュンは圧倒的な力を得たことに対する喜びを口にする。

 

「ハハハ、こいつは面白いぜ。セコイがな!」

 

 撃った分だけの戦車を破壊した後、直ぐにシュンは再装填を行い、続けて目に見える戦車のエンジン部に向けて対戦車用の徹甲弾を放ち続ける。

 二度目の再装填を行う頃には、敵戦車中隊の殆どが火を噴いていた。

 まだ煙幕は晴れていないが、動いている戦車は後からやって来た五両編成中、三両を失った突撃砲小隊を含め、五両くらいだろう。

 

「もう一丁!」

 

 更に破壊しようとしたが、敵歩兵が手榴弾を投げ込めるまでの位置に来ていたのか、柄付き手榴弾がシュンの居る階に投げ込まれて来た。

 

「罰が当たったか!」

 

 投げ返せる分だけ投げ返し、直ぐにその部屋から対戦車銃を持って離れようとしたが、出入り口に辿り着いた所で、ドイツ軍の突撃砲の榴弾が撃ち込まれ、部屋を吹き飛ばされる。

 逃げ切れなかったのか、撃ち込まれた砲弾の衝撃で吹き飛ばされ、壁に激突したシュンは脳震盪と耳鳴りを起こす。

 

「分かった、フェアプレーを尊重する…」

 

 幾度も強い衝撃で吹き飛ばされているシュンは、頭を抱えながら立ち上がり、今後、時代に合わせた装備を使用することを誰かに約束した。

 既に敵兵がアパート内に侵入しているのか、kar98k小銃やMP40短機関銃の銃声が聞こえ、パブロフ軍曹の声も聞こえて来る。

 

『ファシストがアパート内に乗り込んで来たぞ! お前ら、とっとと追い出せ!!』

 

「さて、室内戦だ」

 

 パブロフ軍曹の怒号が聞こえれば、シュンは対戦車銃をその場に置き、ここで一番威力を発揮するPPSh-41短機関銃を手に取り、下の階で奮闘する味方を助けるべく、階段を下った。

 既に一階に一個分隊の歩兵と、火炎放射器を装備した戦闘工兵が侵入していたのか、激しい白兵戦が繰り広げられていた。

 

「わぁぁぁ! わぁぁぁぁ!!」

 

 先に突撃したM41火炎放射器を持つドイツ兵に、三名以上の味方が焼き殺されていた。

 焼き殺される前に、シュンは短機関銃を乱射して火炎放射兵を射殺する。

 弾は人体を貫通して背中に背負っている燃料タンクに引火し、敵の火炎放射兵は爆発した。

 

「機関銃や対戦車銃には近付けるな! 一気に雪崩れ込まれるぞ!」

 

 ドイツ兵を二名ほど撃ち殺したレズノフは、周囲の味方に聞こえるような大声で、機関銃を死守することを伝える。

 命令が伝わったのか、機関銃がある部屋を守る様に、味方が集結して乗り込んで来るドイツ兵を迎え撃っていた。

 

「ここに陣取るか」

 

 固まっていては、手榴弾で纏めて吹き飛ばされる可能性があるので、別の部屋に隠れ、そこから乗り込んで来るドイツ兵を撃ち殺す。

 時に接近され、ライフルの銃剣で突き刺されそうになるが、ライフルの銃身を掴んで敵兵の顔面に肘打ちを食らわせ、腰に吊るしてある銃剣を素早く引き抜いて腹に突き刺して無力化する。

 その次に自分が潜んでいることを感付かれたのか、三個の柄付き手榴弾が飛んでくる。最初に手榴弾を投げ込んで、排除する気だ。直ぐにシュンは爆発の範囲内から避けられる位置に伏せ、爆風より身を隠した。それから突撃して来るドイツ兵等に向け、短機関銃の弾丸を浴びせる。

 

『ファシストが塹壕からも! ぎゃっ!』

 

『こっちにも来たぞ! 二階に退却しろ!』

 

 少しばかり敵歩兵部隊の侵入を抑えていたシュンだが、やはり一個中隊規模の侵入を防ぐのは無理なのか、パブロフより二階への退却の命令が出た。

 直ぐにシュンは、乗り込んで来るドイツ兵を撃ち殺しつつ、二階へ素早く駆け上がり、短機関銃の弾倉を再装填して、二つばかりのF1手榴弾の安全ピンを外して投げ込む。

 悲鳴が聞こえれば、自分が上がってきた場所へ短機関銃を構え、乗り込んで来る敵兵に備えた。

 他の者達も、幾人かを犠牲にしつつ、二階へと退却することに成功したようだ。

 背後から聞こえて来たロシア語に反応して視線をそこへ向ければ、レズノフが腰のナタを引き抜いて二人のドイツ兵を斬り殺しているのが見えた。

 

「クソッ! どんどんと入り込んで来やがる! 援軍はまだか!?」

 

 三階へと続く階段の近くまで来た後、一人のソ連兵が援軍はまだ来ないのかと叫んでいた。

 頼みの援軍が来ない中、ドイツ兵は続々と階段を上がっている。

 なんとか階段越しで足止めは出来ているが、補給を円滑にするために空けた床の穴からも上がって来るので、対応に追われる。

 負傷兵も増え、徐々に追い詰められていく中、近くの建物よりMG42機関銃による機銃掃射が行われ、一人の兵士が胴体に何発も受けて死亡した。

 

「ヤーコフ、やられたのか!?」

 

 パブロフが床の穴から上がって来たドイツ兵をSVT-40自動小銃で撃ち殺した後、機銃掃射を放っている近くの建造物を見て、付近の味方は全滅したと思い、そこを陣取っていた味方の名を口にする。

 それと同時に右側の建物に陣取っていた味方も、突撃砲の砲撃で吹き飛ばされたのか、その肉片がパブロフの家の二階にまで飛んでくる。

 

「くそっ、右翼もやられたか! 敵がこっちに集中して来るぞ!」

 

 飛んできた味方の兵士の肉片を見て、パブロフは全員に敵兵が集中してこちらに来ることを知らせれば、TT-33トカレフ自動拳銃で撃ち殺す。

 一階へ続々と突入され、尚且つ二階へ榴弾を撃ち込まれる中、遂に維持が出来なくなったのか、一同は三階へ退いた。

 

「二階で迎え撃つのは危険だ! みんな三階へ下がれ!!」

 

 手榴弾を投げ込んだ後、パブロフは三階への後退を命じ、先に三階への階段を上がり、そこから部下たちとレズノフ、シュンの後退を支援した。

 

「ここが最後の砦か」

 

「何してる!? 早く来い! 一緒にぶっ殺されたいか!?」

 

「了解!」

 

 殿となったシュンは、最後の砦が三階であると呟いたが、パブロフにどやされ、急いで三階へと上がり、そこからアパートを占領しようと死力を尽くすドイツ軍の迎撃に当たった。

 弾薬類については、この状況を予想して十分に持ち込んでいたが、死傷者は想定の範囲を超えており、雪崩れ込まれれば一溜りも無い。

 こちらも死力を尽くし、ドイツ兵の侵入を全力で抑える。

 

「弾は!?」

 

「まだあるぞ! 銃身を過熱させるなよ!」

 

 持っている短機関銃の全ての弾倉を使い果たした後、シュンは近くの者に弾を要求した。

 コアから出せばいいのだが、ここで出せば殺され掛けないので、敢えてシュンは要求したのだ。

 これにパブロフは新しい弾倉を投げ、銃身を過熱させないように慎重に撃てと言ってから、三階にある対戦車銃で、榴弾を放とうとするⅢ号突撃砲を撃破する。

 

「さっさと出て行け! 蛆虫共が!!」

 

「手榴弾が!」

 

「なにっ!?」

 

 レズノフは短機関銃を乱射していて飛んできた柄付き手榴弾に気付かなかったのか、仲間の声で気付いたが、既に遅かった。

 もうじき爆発する柄付き手榴弾を見たレズノフは死を覚悟したが、負傷した彼の部下が突き飛ばし、その身を挺して上官を守ったのだ。周囲に爆風が広まらないように、手榴弾に自分の身体で覆い被さり、爆風を抑え込んだ。

 結果、爆風を周囲に広げずに済んだが、彼の人体はズタズタに引き裂かれ、周囲に肉片を撒き散らす。

 

「アプラモヴァ…! くぅ!」

 

 自分を守った部下の名を口にしながら、見開いた彼の目を閉じ、それから近くの家屋から銃撃して来るドイツ兵に向け、短機関銃から切り替えた自動小銃を持って応戦した。

 敵も味方も死に続けるアパート内での激しい戦闘が行われる中、遂に三階まで侵入を許したのか、中世の戦いのように近接武器による白兵戦が始まった。

 シュンも含める皆がスコップかナイフ、あるいは角材や手製の凶器を持って銃剣やスコップで迫るドイツ兵等を戦い、部屋中を血で赤く染め始める。

 負傷兵はまだ動く両手か片手で銃を撃ち、続々と三階へと侵入して来るドイツ兵に向けて銃撃を行う。

 

「ここまでか…!」

 

 これ以上侵入されれば、もう占領されるのは時間の問題かと、パブロフは思ったが、ようやくの所で自分が所属している第13親衛狙撃師団の歩兵や戦車を含めた旅団規模の増援が来た。

 有象無象にやって来るソ連赤軍の旅団に対し、残って居る歩兵と戦闘車両だが、圧倒的な物量を前にしては蚊ほどのような物であり、無数の火砲で吹き飛ばされ、撤退を余儀なくされる。

 アパートに居るドイツ兵等も、負傷兵を連れて1月9日広場に押し寄せて来るソ連赤軍の増援から逃げた。

 

「遅かったじゃないか…もう少し、早く来てくれれば良い物を…!」

 

 遅れてやって来た増援に、パブロフは僅か四名しか残らなかった自分の部下と、増援が来るまでに見える限りの死んだ部下たちの遺体を見て、後からやって来たドイツ軍を蹴散らした増援部隊を恨む。

 レズノフの部下も、シュンを含めた十四名ほどが居たが、残りは彼も入れて三人程度だ。これほどに、後にパブロフの家と呼ばれるアパートの戦いは激しかったのだ。

 

『おーい! 大丈夫か!?』

 

 アパートの外から、前線指揮官である将校が大声でパブロフに無事かどうかを問うてきた。

 これにパブロフは無事であると答え、どうして遅れたのかを問う。

 

「大丈夫です同志大佐殿! 何故これ程までに遅れたのです!?」

 

「地雷に阻まれて遅れたのだ! 済まないと思うが、これでも急いだ方だ! 本当に済まない!」

 

「そちらも大変でしたな! 我々は全滅寸前です! 救援を感謝します!」

 

 増援が遅れたのは、ドイツ軍が撤退の際に仕掛けた対戦車地雷とブービートラップだ。

 市内のあちらこちらに戦闘工兵らが仕掛けた罠や地雷が張り巡らされ、それで損害を出し、罠の排除に時間が掛かったそうだ。

 遅れた理由が分かった後、パブロフは救援に駆け付けた大佐に礼を言った。

 

「さて、俺はそろそろお暇するか」

 

 ここでシュンは、パブロフとレズノフに別れの言葉も告げず、水晶を探すためにアパートから姿を消した。

 

「むっ? あいつは何所へ行った?」

 

「さぁ、酒でも飲みに行ったのでは?」

 

「そう言えば、奴の口からウォッカの匂いがしたな。何処かで見付かるだろう」

 

 シュンが消えたことに気付いたレズノフであったが、気にも留めず、次なる戦いに赴くべく、外に出て弾薬と休憩を取った。

 

 

 

 パブロフの家から離れたシュンは、タイムピースの針を動かし、ドイツ軍が包囲された第6軍を救出しようと冬の嵐作戦を起こった時期である12月23日まで時を動かした。

 冬の嵐作戦には、高町なのはを救うため、共に肩を並べて戦ったエンルスト・フォン・バウアーが参加していたが、この時のシュンは全く知らない。彼もまた、第6軍の工兵少尉として従軍している弟を助けようと作戦に参加したが、その願いは叶わなかった。

 それに23日は第6軍に取って悪夢の日だ。救出目標の第6軍は燃料不足で脱出できず、更に救出部隊は第6軍よりも多い百万の戦友を救うために割かれ、救出作戦は中止された。

 包囲下にある第6軍の将兵らは絶望の中で、ささやかな補給品で最後のクリスマス・イブを祝い、少しでも、極寒のような寒さと飢えと言う悲惨な現実から目を背けようと努力した。

 クリスマスツリーをありあわせの物で作り、讃美歌を唄い、聖母像を紙に書いて現実を忘れようとする。

 そんな中へ、シュンは時間を遡ってやって来た。

 

「やれやれ、嫌な時期に来ちまったな…」

 

 寒さから身を守ろうと穴に籠り、ドイツ軍の将兵等のこの世の終わりかのような声量で唄う讃美歌を聴いたシュンは、陰鬱な気分となり、時間を進めた。

 寒さと飢えで絶望に打ちひしがれた彼らと戦うのは、余りにも可哀想だと思ったのだろう。

 彼らの大多数が祖国の地に戻れぬまま死ぬことを知っているシュンは、タイムピースの針を動かして、年が明けた43年の1月へと針を進める。

 

 

 

「ここも酷い状況だな…」

 

 時を刻む針を動かし、年が明けた43年の1月のスターリングラードへとやって来たシュンであったが、悲惨なスターリングラードよりも酷い状況であった。

 通りは戦死したドイツ兵では無く、餓死か凍死した遺体が散乱していた。ソ連兵の遺体もあったが、余りに数は少ない。周辺の方が多いのだ。

 ここに居ては、直ぐに撃たれる可能性があるので、直ぐに身を隠してコンパスの針を頼りに水晶を探す。

 巡回するドイツ兵の目から逃れつつ進んでいけば、水晶が動いてもいるのか、針はソ連軍陣地の方へ視線を指した。

 

「誰か持ち出したか?」

 

 針が動いているので、直ぐにシュンは針が指した方向へ進んだ。

 周囲にはドイツ兵が居たが、ここでソ連軍が攻勢を始めたのか、銃声が聞こえて来た。シュンの事など誰も見ず、迎撃へ向かう。これを好機と捉えたシュンは、急いで水晶の方へ進んだ。

 

『前方一時方向よりファシストだ! ぶっ殺せ!!』

 

 周りを気にせずに進んだために、前進するソ連赤軍の歩兵部隊にドイツ兵と勘違いされ、凄まじい小銃と短機関銃による弾幕を浴びせられる。

 この弾幕を浴びれば流石に肉片となるので、バリアジャケットを発動させ、弾丸の雨の中を全速力で突っ切る。

 この時代でバリアジャケットなど纏えば、歴史に何らかの影響を与えるが、目標である水晶が盗まれる可能性があるので、背に腹は代えられない。

 

「邪魔だぁ! アカ共ぉ!!」

 

 雄叫びを上げながら数名を吹き飛ばし、赤軍の歩兵部隊の中を突っ切れば、歩兵部隊の後から来たT-34/76中戦車に向けて体当たりし、全面装甲をへこませて砲身を捻じ曲げ、そのまま水晶の元へと急ぐ。

 後方から凄まじい銃弾の雨が浴びせられるが、バリアジャケットを纏っているシュンには全く効かない。榴弾なら吹き飛ばす程度は出来そうだが、味方が集中し過ぎたのか、不用意に撃ってこなかった。シュンはそれを狙って敢えてソ連軍が集中している方へ突っ込んだのだ。

 

「退け!」

 

「ぬわぁぁぁ!!」

 

 戦車部隊を抜ければ、後続の歩兵部隊がシュンの行く手を阻んだ。目前に迫る無数のソ連兵に対しシュンは、強引に突っ込んで吹き飛ばす。

 赤軍将校の一人が拳銃を撃って来たが、シュンに顔面を掴まれ、そのまま握り潰されて絶命した。これを見ていた数名の兵士が、悪魔が来たと言って戦闘を放棄して逃げ出し始める。

 この後も幾度か妨害があったものの、シュンはなりふり構わずに強引に突破し、水晶の元へと急いだ。

 

「やれやれ、刀剣男子が来ても知らんぞ」

 

 軽戦車を拳で吹き飛ばし、全力疾走で水晶の方へ駆けるシュンを見ていたナハターは、その強引ぶりから時代の修正者達が来てもおかしくないと口にして、筆を進めた。

 そんな強引と言うか、後先考えなさ過ぎる無茶な行動のおかげで、なんとか水晶の元へ辿り着くことが出来た。

 して、その水晶をこの戦場となったスターリングラードより持ち出そうとしていたのは、あのマリが追うバーバ・ヤガーであった。その証拠に、マリより奪ったメダルが腰に吊るされている。

 ロシア語は喋れるシュンであるが、ロシアの民謡は知らない。シュンとバーバ・ヤガーが居る場所は、尋常じゃない戦場であるスターリングラードなので、ドイツ兵とソ連兵の死体だらけであった。

 直ぐに水晶を渡すように、突っ込んで吹き飛ばしたソ連兵より奪ったSVT-40自動小銃の銃口向けて老婆の魔女に脅す。

 

「おい、婆さん! そいつをそっちに寄越しな! 占いだか何に使うか知らねぇが、今の俺には必要な物だ。代わりはどっかで買いな!!」

 

 銃を突き付け、弱い老婆を脅す彼の姿は、さぞ悪党その物だろう。

 しかし、バーバ・ヤガーである老婆は銃口を向けられているにもかかわらず、水晶を手放さずに絵に描いたような魔女の笑みを浮かべつつ、脅しに屈しなかった。

 

「ヒッヒッヒッ、嫌だね。この水晶は特別なもんさ。あたいはこれが無ければ、生きて行けないのさ。絶対に渡すもんか」

 

「ちっ、なんにせよ、ここの世界の住人じゃないことは確かだな。場違いには大人しく退場させて貰うぜ」

 

 銃口を向けられても、何の動揺もしない老婆がただ者ではないと判断したシュンは大剣では無く、ドイツ軍かソ連軍から盗んだ火炎放射器をコアから取り出した。それと同時に、マリもこの場に現れる。

 

「っ!? まだ居たのか!」

 

「こいつ…!」

 

「ヒッヒッヒッ、こりゃあ傑作だ。それじゃあ、あたいは…」

 

 バーバ・ヤガーを追ってこの場に来たマリに、シュンは驚いたが、直ぐに火炎放射器を彼女の方へ向ける。一色触発状態となるが、この隙にバーバ・ヤガーが逃げ出そうとした。

 無論、自分が追っている者をみすみすと逃す間抜けな二人では無い。直ぐに拳銃を撃ち込んで老婆の魔女の逃走を止めた。

 

「ヒッ!?」

 

「待ちな、婆さん。まだその水晶を貰ってないんでな」

 

 シュンは火炎放射器では無く、懐から素早く抜いたコルト・ガバメント自動拳銃であった。

 マリはワルサーPP自動拳銃であり、バーバ・ヤガーを撃ち殺せなかったことに苛立つ。マリの方は本気でバーバ・ヤガーを殺そうとしていたようだ。

 

「せっかく封印から抜け出せたのに、ここで殺されてたまるかい!」

 

 二人からは逃れられないと分かったバーバ・ヤガーは、遂に立ち向かうしかないと判断してか、水晶とメダルの魔力を使って魔法を唱えた。

 すると、周囲に転がっている両軍の戦死者の遺体が起き上がる。バーバ・ヤガーはネクロマンサー系統の魔法を使うようだ。

 

「ちっ、第二次世界大戦で魔法にゾンビかよ! てっ、ことは地下水路の騎士はあの婆か!」

 

 次々と起き上がる戦士者達の遺体を見て、シュンは皮肉った後、地下水路で戦った巨漢の騎士は、バーバ・ヤガーが蘇らせた物と判断する。

 

「んん? あの騎士の事かい? あれは試しに蘇らせた者なのに、まさかこんなに上手く行くなんてね! そのままそこらの死体に食われちまいな!」

 

 どうやら、巨漢の騎士を蘇らせたのはバーバ・ヤガーであったらしい。

 自分の試しに唱えた蘇生魔法が上手くいったことに喜びつつ、民謡の魔女は周囲の屍に二人を食わせようとした。

 周囲から続々と蘇ってゆっくりと襲って来る死体に対し、シュンは火炎放射を放ちつつ、拳銃を撃っているマリに、殺される覚悟で共闘を持ち掛ける。

 

「おい、協力した方が良いんじゃないか?」

 

「…良いわよ」

 

「嘘だろ…? 良いのか?」

 

「良いって言ってんでしょうが!!」

 

 眉間を撃ち抜かれるかと思ったが、驚いたことにマリは了承したので、シュンは思わず、嘘か冗談であるのかを問えば、彼女は激怒しながら共闘すると答える。

 

「よし、悪い魔女の婆さんを対峙してやる!」

 

 あのマリと共闘が許されれば、シュンは燃料切れとなった火炎放射器を捨て、大剣を引き抜いてバーバ・ヤガーに立ち向かった。

 思いも知らぬ共闘に、ナハターは興奮して下書き用の書物を書く筆を走らせた。


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