イサム・ダイソン再登場回です。
あなた達では、ネオ・ムガルには勝てない。
そう青い10m級の小型ロボットから降りて来た青い髪の青年に第666中隊の面々と共に告げられたシュンは、東ドイツを救おうとしているアイリスディーナの心境に気にしつつ、既にネオ・ムガルがシュタージと結託して東ドイツの中枢に居ると分かり、やや勝てる気が失せて来た。
ワルキューレが居るはずだが、海王星作戦でかなりの損害を受けているらしく、今回のネオ・ムガルの襲撃も合わさって損害が増えるばかりだ。近いうちに撤退するだろう。
ネオ・ムガルの事だから、必ずや海王星作戦に参加している欧州連合軍と米軍を背後より襲ってくるだろう。否、それだけでなく、BETAを洗脳してこの世界を支配するかもしれない。
願いに応えてやって来た英霊たちが頼りだろう。
助けに来てくれたのは良いが、勝てないと言われたので、ネオ・ムガルに対する復讐を目的とするシュンや、東西ドイツ統一を目指すアイリスディーナ等にとっては歯痒い。
確かに戦術機よりも遥かに優れる多数の機動兵器を持ち、尚且つ無限とも言える無人兵器や兵力を持っている彼らには、今の自分たちでは敵わない。だが、シュンや東ドイツの面々はここではい、そうですかと引き下がるわけには行かない。
そんな気持ちを思い浮かべつつ、基地への帰路へとついて飛んでいる最中に、クーデターに成功して政権を武力で乗っ取ったシュタージの新しい国家元首による演説が無線機より流れて来る。
『前線の国家人民軍の将兵諸君、私はエーリヒ・シュミット。私は国家保安省の長官の身であるが、無能なるドイツ社会主義統一党に代わり、今日より私が国家評議会議長となった。諸君らは国家元首が突然変わったことに困惑しているかと思うが、慌てることは無い。私は前議長とは違い、前線で無限とも言えるBETA相手に奮闘する諸君らに更なる支援を行うつもりだ。諸君らはこれまで通り、否、更なる国家総出の支援を受け、我が祖国ドイツ民主共和国に迫るBETAの撃退に勤めて欲しい。諸君らは恐るべき要塞級や重光線級すら退けた世界最強の軍隊だ。次なるBETAの侵攻も必ずや撃退できるだろう。諸君の双肩には全て社会主義者だけでなく、全人類の期待が掛かっている。諸君らの奮闘で、いずれは反撃の準備が整い、BETAを宇宙へ押し戻すことが可能になるだろう。その時まで耐え忍ぶのだ』
新しく国家元首、国家評議会議長となったエーリヒ・シュミットの演説は更に続くが、シュンは聞いていられないのか、無線を切って不適切な発言を呟いた。
「演説がしたくてクーデターでもおかしたんじゃねぇのか、この禿は」
『議長の悪口はそこまでにしておけ…と、言いたいところだが、不味いな。シュタージが先に国家を掌握してしまった。ハイム少将がいるとは言え、革命は至難の業だ。近いうちに来るだろうな…』
「やれやれ、あの青毛の坊ちゃんの言う通り、国外に逃げた方が良いんじゃないか?」
演説をまだ聞いているアイリスディーナであるが、彼女もシュタージが国家を掌握したことで、革命がより困難となって次の策を考えている。それにいつシュタージが自分等を国家転覆罪で身柄を拘束してくるか分からない。
そんな彼女に告げ、シュンはエイジが告げた通り、西側辺りに亡命した方が良いのではと提案する。
『お前と言い、余所者達は私たちのことを見誤った目で見ているのだな。カティアと同じく、東西統一を見るまで私はこの戦いを止めるつもりは無いぞ』
「おっ、愚問だったな。なぁに、あんた等なら必ずやれるさ。ネオ・ムガルのクソッタレ共は、俺に任せておけ」
『助かるな』
『…!? あぁ、良いって事よ。そもそも、連中に復讐をすることが俺の目的だからな』
その提案は愚問であったようだ。持ち帰った金塊の時のように、アイリスディーナはこの戦いから逃げるつもりは無いと答える。
二度も同じ回答を聞いたシュンは、必ず東西統一を成し遂げる事が出来ると告げ、ネオ・ムガルの事は自分に任せるように言う。
ガサツでやや乱暴な男だが、心強い味方を引き入れたことを後悔せずに済んだアイリスディーナは、シュンに向けて礼を言った。
礼を言ったアイリスディーナの表情が、一瞬だけマリに見えたので、少し身震いを覚えたシュンは、自分の目的を告げてから一口酒を飲み、独り言が聞こえないように無線を切る。
「クソッ、こいつを飲んでもあの女の顔が忘れられねぇ」
スキットルに入っているウォッカを飲んで気分を落ち着かせようとしたシュンであるが、前の世界でマリに与えられた絶望感とトラウマに似た感覚は、振り払えないようだ。
それから数分後、前線の戦術機用の基地では無く、所属する大隊本部のあるヴィスマール基地へと帰投し、次の出撃に備えての整備に入った。
「おい、酒臭いぞ」
「体を温めたんだよ。お前、見ない顔だな? こいつを飲むか?」
「いらねぇよ! 早く出ろ!」
基地へと帰投し、機体の整備に入った中隊は、次の出撃まで束の間の休息に入った。
整備兵等にコックピットから叩き出されたシュンは、見ない顔の整備兵に酒を進めたが、断られ、スキットルを片手に機体から離れて辺りを見渡す。
この世界から来てより見慣れ始めた光景だ。
BETAと言う脅威に晒され、切羽詰まった状況であるが、シュンにとってはワルキューレに所属してからそんな状況は飽きるぐらい経験して感覚が鈍った為、日常風景に見える。
だが、シュンは長年の感なのか、妙な感覚を覚えて辺りを再度見渡す。
「(誰だ、この殺気を放ってる奴は? まさか、ゲシュタポ共が…!)」
シュンは整備場の何所からか感じる殺気で、既にこの基地がシュタージの手に落ちていると悟り、それをアイリスディーナに向けて知らせようとしたが、既にシュタージの構成員らが第666中隊を捕縛しようと動いている頃だった。
「動くな! 第666戦術機中隊、全員を国家反逆罪で逮捕する!! 抵抗する場合は…ぐぁ!?」
「逃げろ! ゲシュタポ共だ!!」
コートを着た将校が拳銃を片手に降伏勧告を終える前に、シュンは近くに会った工具を投げ付けて気絶させ、機体に近い隊員に基地から逃げるように告げた。
それを聞いたテオドールは直ぐに理解し、近くで襲撃されて茫然としているカティアの手を取って自分のMiG-21に乗り込もうとする。
「撃て! ただし殺すな! あの小娘だけは絶対に殺すな!! 他は射殺して構わん!!」
工具を頭部に受け、出血している将校は何とか立ち上がり、MPi―K突撃銃を持つキノコ型ヘルメットを被った部下たちに射撃を命じる。
だが、今度は拳銃を隠し持っていたアイリスディーナがその拳銃を抜き、テオドールらを撃とうとした兵士らを撃つ。
「ここは私が食い止める! 早く逃げろ!」
拳銃を撃ちながらアイリスディーナは、銃弾を避けるために身を屈んでいるテオドールとカティアに必死で叫ぶ。それに応じ、テオドールはカティアの手を引っ張り、自分の機体のコックピット中へ彼女を押し込み、停止状態であった機体に火を入れ始める。
それを援護しようと、シュンも腰のホルスターに差しこんであるPMマカロフ自動拳銃を引き抜き、テオドールとカティアを止めようとする突撃銃とPM-63RAK短機関銃を持った集団に向けて撃とうとしたが、背後よりあの見ない顔の整備兵に工具で殴られる。
「ぐっ!? おらぁ!!」
一瞬ふらついてしまったが、直ぐに体勢を持ち直して整備兵の顔面に強力な右拳を食らわせ、そのまま追撃を掛けて下へと叩き落とした。
戦術機のコックピットに位置する高さから落ちた為、一応は生きているようだが、彼は二度と歩けないだろう。だが、シュンにとっては知った事では無い。
即座に彼は自分に向けて銃を撃ってくる三名の兵士を手慣れた手つきで全員撃ち殺し、自分の機体に再び乗り込もうとしたが、軽機関銃を持った敵兵に妨害される。
無数に飛んでくる銃弾で、こちらに危害を加えない整備兵の一人が負傷した。
「畜生、これじゃあ満足に…」
弾が当たらないように床に伏せ、機関銃を撃ってくる敵兵を見ながら悪態を付く中、テオドールが皆を助けようと外へ出ようとするカティアを無理やり機内へ押し込み、機体を動かして格納庫から出ようとしていた。
その際に前から自機に向けてRPG-7を撃とうとする兵士らが居たが、テオドールはお構いなしに跳躍ユニットのジェットを吹かして跳ね飛ばし、格納庫から脱出する。
「坊主と嬢ちゃんは脱出したな」
「グァ!?」
「大尉!? ちっ、ここに来てか!」
テオドールらが脱出したのを確認すれば、シュンはこの革命とカギとなるアイリスディーナだけでも連れて脱出しようとしたが、彼女はコラボレイターであるリィズに側頭部を撃たれて倒れた。
遂に本性を現したと、シュンは再装填中の機関銃手に向けて数発ほど撃ち込んで負傷させ、リィズを撃とうとしたが、ここに来て手が震え始める。まだ十八歳にも満たない少年少女を殺害することに対するトラウマが原因だ。
「死ね!」
そんなシュンにお構いなく、リィズは手にしている拳銃を撃ち込む。それも何発も。
飛んでくる銃弾をなんとか避けつつ、シュンはもうここで正体を隠す必要も無いと判断してベルトを出し、コインを挿入口に入れ込み、バリアジャケットを起動させてそれを身に纏った。
「な、なんだ!?」
「何でも構わん! 撃て!」
強化装備のシュンが突然に黒いマントと甲冑と言う姿に変わったため、周囲に居る敵兵等は困惑するが、将校の一声で冷静になり、再び銃弾の雨を浴びせる。アネットを初めとする隊員等は、アジア系の男の姿が、黒い光を発しながら変わったことに動揺を覚えているが。
銃弾を半永久的に防げる魔法の甲冑を纏ったシュンは、驚愕して震えているリィズの前に居るアイリスディーナだけでも助け出そうと、一気に近付こうとしたが、目前にバリアジャケットすら貫くほどの徹甲弾が来ると警告がデバイスから出され、急停止する。
『警告、対バリアジャケット用の徹甲弾!』
「っ!?」
物の数秒後で警告通りに徹甲弾は目前から来た。警告に従っていなければ、真っ二つにされていた事だろう。
『外に対戦闘局員用の徹甲弾を使う狙撃手が居る』
「おいおい、なんでアカが魔法を使ってんだ!? 非科学的な物は抹殺対象じゃねぇのか!?」
『そんな物は知らん』
避けた後、デバイスより管理局の局員が身に纏うバリアジャケットを貫通する徹甲弾を使う狙撃手が居るとの報告を受け、シュンは共産主義なのに非科学的な物を使うことにツッコミを入れる。
この対バリアジャケット用の徹甲弾はワルキューレが魔法の力を使って開発した物だ。
それを共産主義の組織が使っていることに矛盾を感じたが、それらを使うネオ・ムガルがシュタージと手を組んだと判断し、納得して自分を狙撃した狙撃手の元へ、待機状態のスレイブを元の状態に戻してから接近する。
「う、うわぁぁぁ!?」
「撃たせねぇよ!」
狙撃手は急接近して来る大剣を持った男に怯え、狙撃銃を再び構えるが、ボルトアクションのために次弾装填が遅れ、振り下ろされた大剣で無残な肉塊と化す。
「ひっ!?」
「何を怯えておる! 奴は化け物だ! 突撃砲やレーザーをありったけぶち込め!! SPT部隊を回せ!!」
味方が大剣で惨殺されたことに、周囲に居るネオ・ムガルの咎人を含める敵兵等は恐怖したが、一人の咎人が将校に射殺されて我に返り、指示通りに機動兵器の攻撃を標的に浴びせる。
格納庫の壁を突き破り、SPTと呼ばれる機動兵器の数ある中で一般兵士用であるブレイバーが現れ、シュンに向けて手にしているレーザーライフルを乱射する。
流石に銃弾を防いでくれるとは言え、レーザー攻撃は別のようだ。更に二機目が現れてレーザーの弾幕を浴びせて来る。
『このままレーザーを浴び続ければ、お前は死ぬ』
「クソッ、諦めるしかねぇのか!」
このままレーザー攻撃を受け続ければ、バリアジャケットは砕けると警告を受けたシュンは中隊のメンバーを助けられないことを無念に思い、自分を捕獲しに来たスタンディングトータスの胴体を大剣で裂き、それからアイリスディーナ等を助けられなかった悔しさを抱きつつ、敵の手中に落ちた基地から脱出した。
「クソッ、なんだこいつ等は!?」
先に戦術機で基地より脱出したテオドールとカティアは、自分たちの知る戦術機とは違う別の機動兵器、
追撃して来る敵機の数は、空に居る六機のソロムコと三機のブレイバー、地上の四機のドトールを含めて十三機。こちらに手加減はしている筈だが、レーザー攻撃を受ければ、一撃で撃破されてしまう。
機体の背中にあるラックに戦闘用で付けていた突撃砲で迎撃を試みるが、敵機の機動性が高過ぎて全く当たらない。
「一体あの小ささでそんな機動が!?」
「大丈夫ですよね…?」
「大丈夫だ! 俺たちはこれまでどんな状況でも助かって来たんだ。きっと生き残れる!」
小型で推進剤が少なさそうなのにSPTやMFの機動性の高さに驚く中、隣にシートに掴まっているカティアは不安そうな表情を浮かべながら大丈夫なのかを問う。
その問いにテオドールは必死で敵の攻撃を避けながら答え、三時方向より迫るドトールに向けて突撃砲を浴びせる。
だが、相手は銃口を向けた瞬間に急停止して突撃砲の弾丸を避けた。
「昨日の陸戦機もか!」
昨日の激戦で交戦したドトールですら当てられないことに、テオドールが苛立ちを覚える中、機内が揺れた。
「この揺れは!?」
「捕まった! クソッ、離せ!!」
空を飛んでいるブレイバーに掴まれたようだ。直ぐにテオドールは操縦桿を動かし、抵抗を試みるが、二機に掴まれているために上へと挙げられていく。
このままだと謎の軍隊に囚われ、手を組んでいるシュタージに捕まるだろう。
そう思った時に、目前から飛行物体がミサイルらしき物を撃ちながら近付いて来た。
飛行物体の正体は物の数秒後で確認できた。可変式の両翼が前進翌であり、機体の腹にはガンポッドを抱えている。
そしてカーキ色。これは間違いなくあの海王星作戦の時に要塞級を難なく撃破したあの可変戦闘機だ。
『ヒャッホーイ! 居るじゃねぇか! 飛んでる奴がよ!!』
聞き覚えのある声が無線機から聞こえて来れば、自機を拘束して基地へ連行しようとしていた二機のブレイバーを一瞬でこちらに当てずに撃墜した。
「こちらレッド5、西ベルリンの陸軍の軍集団本部を襲った正体不明機を装備した敵部隊と
『レッド5、待て! 僚機が来るまで…』
「うるせぇ、折角飛んでる奴が居るんだ。久しぶりのドックファイトを邪魔されてたまるかよ」
テオドールとカティアが乗るMig-21バラライカを鹵獲し、二人を基地へと連れ去ろうとした二機のブレイバーを難なく撃墜したVF-19Aエクスカリバーを駆るイサム・ダイソンは、管制官からの指示を無視して単独で敵部隊と交戦を始めた。
「おっ、戦闘機か? 手足が生えててまるでガウォークみてぇだな」
二機の人型の敵機を撃墜した後、ソロムコが編隊を組んでレーザー弾幕を浴びせて来た。
この弾幕をイサムはまるで見えているかの如く避け、余裕を持って手近な敵機三機に照準を合わせてからマイクロミサイルを十数発ほど放つ。
放たれたミサイルで敵編隊は散会し、ミサイルに追われている敵機は飛んでくるミサイルを必死に迎撃する。その隙を窺い、イサムはガンポッドでミサイルの迎撃に必死な敵機を撃墜する。
「三つ目!」
撃墜した三機目を数えれば、地上や空からの攻撃を避けながら即座に四機目を撃墜する。
そんな単独で襲って来る可変戦闘機に対し、敵部隊はミサイル攻撃を始める。
「来た、来た。久しぶりのミサイルだ。派手に踊るぜ!」
自機を追尾して来る無数のミサイルにイサムは操縦桿を巧みに動かし、ミサイルから逃れようと上昇する。
その際に身体に凄まじいGが掛かるが、重力下での無茶な機動は既に経験済みであり、背後より迫って来る無数の死のミサイルに対してスリルを抱き、レーザー攻撃を避けながら空高く上昇してから機体をバトロイド形態に変形させる。
「こんな弾幕じゃ、俺を落とせないぜ!」
機体を人型形態へと変形させたイサムは、向かってきたミサイルに向けてガンポッドや頭部のレーザー機銃で全て迎撃する。
全てのミサイルを迎撃した後に下に居る敵部隊が居る高度へ降下しようとしたが、左右より二機のソロムコが現れ、レーザー機銃の銃口を向けていた。
「けっ、誤射が怖くないのか?」
左右に居る二機の敵機に向けてそう吐き捨てた後、イサムは素早く機体をガウォーク形態へ変形させて降下させ、レーザー攻撃を避けた。
渾身の二正面による攻撃を避けられた二機のソロムコは、お互いに撃ったレーザーが頭部のコックピットに当たり、火を噴きながら地面へと墜落していく。なんとも間抜けな最期だ。
「まるでギャグマンガみたいな死に方だぜ」
降下する際にキャノピー越しより見えた二機の敵機の残骸が墜落していくのを見て、敵のパイロットを貶すような言葉を吐き付ければ、仇討ちと言わんばかりに上昇して攻撃して来るソロムコやブレイバー、ドトールをガンポッドやピンポイントバリアパンチ、マイクロミサイルで次々と撃破する。
「やれやれ、久しぶりの飛んでる奴だってのに。手応えのねぇ連中ばかりだ。こんな奴らに軍集団本部がやられたのか?」
戦術機やMS、バルキリーやゾイドを圧倒するほどの戦闘力と機動力、空戦能力を持つSPTやMFであるはずだが、神の領域とも言える操縦技術を持つイサムを満足させるものでは無かった。それどころか、呆れさせる物であった。
余りの手応えの無さに呆れ、地上のドトール一機を除く十二機の敵機を撃墜か撃破した後、戦意を損失して逃げるドトールにガンポッドの照準を向けず、地上にバトロイド形態で降りて敢えて見逃す。
「腕を磨いてから出直して来な。たくっ、期待して損したぜ」
そうガンポッドを雪上の上に突き刺し、機体の右手で去れと言うジェスチャーを逃げる敵機に向ける。
『す、すげぇ…! 戦術機が全く相手にならなかった連中を…!』
イサムに助けられたテオドールは、たった一機で敵部隊を壊滅状態に追い込んだ彼とVF-19Aに驚愕する。
ここでテオドールは気付いたのか、戦術機の突撃砲を逃げるドトールに向けて数十発ほど撃ち込んだ。
その行為は、敢えて見逃したイサムと人を殺めることを嫌うカティアより非難の声が浴びせられる。
「お、おい! あいつは!!」
『テオドールさん! 逃げる敵に何で!』
『ここで逃せば、さっきの倍の数を連れて来る! だから逃すことは出来ない!』
非難の声を上げる二名に向け、テオドールは自分のやった行為は戦術的にも戦力的にも正方であると主張し、敵機が動かなくなるまで突撃砲を単発で撃ち続けた。
やがて動かなくなるのを確認すれば、突撃砲の銃口を下げる。
「おいおい、ありゃミンチよりひでぇな。やれやれ、今度はマシな相手を連れて来るかと思って逃がしたのに」
『冗談じゃない! あんなおっかない連中にこれ以上来られて溜まるか! それと、遅れたが…感謝する…! あぁ…?』
「俺か? 俺はハイスクールの暴れん坊将軍様よ。軍事機密だからこれだけしか言えねぇ。坊主と嬢ちゃん」
敢えて逃がしたのはマシなパイロット引き連れて戻って来ると思ってやったとイサムが答えれば、テオドールは溜まらずにご免被ると告げる。
それから救出されたことに感謝の言葉を告げれば、イサムは昔の渾名で名乗り、本名と所属はワルキューレの守秘義務により言えないと答える。
「で、なんだかこの東ドイツってとこは、シュタージやら何やらがクーデター起こしたり、さっきのエイリアン共がそこらで現れてかなりヤバそうだが。これからどうすんだ? 逃避行でも楽しむ気か?」
次にイサムは、テオドールたちにこれからどうするのかを冗談を交えつつ問う。
『逃避行じゃない! 西の方へ行けば、反体制派の部隊が居る。そっちへ合流し、アイリスディーナと仲間たちを救出する。それからは戦力を整えてシュタージを叩き、ドイツ東西統一を果たす』
「やれやれ、革命かよ。興味ないね。そんで、西の方に行くにはかなりの距離があるが、補給はどうすんだ? 味方に頭下げるか、それとも盗むか?」
『そ、それは…』
『あの、助けて貰って失礼なんですが。貴方たちの基地で補給は受け入れられませんか?』
『おい! カティア! お前、なんてことを!?』
「ぶったまげたぜ、こいつは。まさかこんなに堂々と言うとは」
この問いにテオドールは、ハイム少将率いる反体制派の西部方面軍と合流すると答え、その後の計画もイサムに答えた。
返してきた答えに、そこまでの補給はどうするのかを問えば、カティアがイサムの基地で補給をさせて貰えないかどうかを申し訳なさそうに聞いて来た。
他国の基地に対して補給を要請するなど、本来ありえないことだが、イサムはそれを頼んだカティアの事を気に入り、基地まで案内することにした。
「嬢ちゃん、肝っ玉が据わってると言うか、何と言うか。すげぇことを言うな。気に入ったぜ。とにかくお前らも怪しいから、基地の連中に調べて貰うか。ついてきな」
『わぁ…! ありがとうございます! ハイスクールの暴れん坊将軍さん!』
「おいおい、俺はそんな名前じゃねぇぜ。ご褒美に名前だけは教えてやるぜ。イサム・ダイソンだ」
礼としてか、自分の名を名乗ってからテオドールとカティアを基地まで案内した。
『レッド5! これは何の真似だ!? 東ドイツ軍機を基地へ入れるなど!!』
イサムがテオドールとカティアを基地へと招き入れれば、案の定、基地司令官よりお叱りの通信が入って来た。
「なぁに、スパイかどうかは調べれば分かるこったよ。んじゃ、着陸するぜ」
この基地司令官に対し、イサムは詫び入れる様子も無く基地の滑走路へ東ドイツ軍機を着陸させる。
自身もVF-19Aをガウォーク形態へ変形させて滑走路へと着陸させれば、Mig-21にガンポッドの砲身を向ける。
銃口を向けているのはイサムだけでなく、基地の警備兵らや他のバルキリーも主兵装を向けていた。怪しげな真似をすれば、即座にハチの巣だ。
機体から降りたテオドールとカティアは、警備兵らの銃口による手厚い歓迎を受ける。
「俺たちはシュタージじゃない! 連中に追われているだけだ!」
「そうです! だから銃口は向けないでください!」
機体から降りた後、二人は両手を上げながら必死に敵ではないと訴えるが、警備兵らはドイツ語が分からないのか、容赦なく二人を拘束する。
ただコックピットから見ているイサムに、何か弁明するようにテオドールは訴えかける。
「あんたも何か言ってくれよ!」
「あぁ、そうだな。あれが自演かもしれねぇ。俺は騙されるのは嫌いなんだ。話は基地の連中に出もしてくれ」
拘束された二人は、敵の工作員である可能性もあるので、イサムはそのことを考えて敢えて警備兵や憲兵らに引き渡した。
それをテオドールらに告げれば、イサムは機体をファイター形態へ変形させ、機体から降りて温かい室内へと向かった。
基地の建造物内に連行された二人は、身体に何か隠していないか強化装備の上から身体検査を受ける。
「何かあればとっくに使ってるさ」
裸にされて身体検査を受ける中、テオドールは何か持っていれば使っていると身体検査を行う憲兵に告げたが、彼は無視して作業を続ける。
強化装備に至るまで隅々を調べられ、囚人服を着せられた二人は、憲兵隊の将校の前に引き出された。これから尋問を行う様子だ。
「何もありません。武器と言えば、護身用のマカロフ自動拳銃とサバイバルナイフだけです」
「ご苦労。下がって良し」
何も無いことが分かれば、憲兵隊の将校は鋭い視線をテオドールの方へ向け、共産テロをしに来たのかと問い詰める。
「共産主義者め、我が軍の基地にも仕掛けに来たか?」
「違う。俺たちは基地から逃げて来ただけだ。推進剤だけ分けてくれれば、直ぐにここから出て行く」
自分等をシュタージの手先だと思っている将校に対し、テオドールはそれを否定して、戦術機の推進剤を渡してくれれば直ぐに立ち去ると答える。
「ほぅ、推進剤だけを。まぁ、良いだろう。もう撤収する予定だからな。だが、我々にそれを提供して何の得があるんだ? ここはガソリンスタンドじゃないんだぞ。それに貴様らが敵の偵察隊である可能性がある。早々と渡すわけにはいかんな」
「ちっ、こっちは急いでるってのに」
推進剤をくれれば直ぐに立ち去ると答えたが、ワルキューレ空軍側に推進剤を提供して何のメリットがあるのかと将校は問い掛けて来る。
これに早くハイムの部隊と合流し、仲間を助けに行きたいテオドールは苛立ちを覚える。
そんなテオドールに対し、将校は笑みを浮かべながらテオドールとカティアが命辛々逃げて来たヴァスマール基地が、ワルキューレ陸軍の一個旅団の攻撃目標になっていると告げる。
「確か、ここの近くに東ドイツ軍の基地があったな? そこが陸軍の攻撃目標になったようだ。なんでも一個軍団の指揮官の独断らしい。理由はシュタージなどと言う共産主義者共のクーデターにより、我が軍の犠牲者のための報復だそうだ。既に一個旅団規模の部隊が向かっている。助かったな」
「なんだと…!?」
自分達を逃がしたアイリスディーナ等が捕らえられている基地が攻撃を受ける。
そう聞いたテオドールは直ぐに部屋を飛び出そうとしたが、脇を固めている二名の憲兵に抑えられる。
「離せ!」
「無駄だ。まぁ、共産主義者が何名死のうが知った事では無い。せめてもの情けだ。西へと亡命するための駄賃でも出してやろうじゃないか」
「そんな…これじゃあベルンハルトさん達は…!」
助けに行こうにも、将校から無駄と言われ、更には亡命資金でも出してやるとまで言われる。
そんなショックを受けるテオドールとカティアの元へ、イサムがドアを開けて尋問室へと入って来る。
「憲兵隊少佐殿、基地司令官より伝言です。撤収予定時間を繰り上げます」
「ん、早いな。まだ時間はあるはずだが?」
「アカ共の対空ミサイルの射程距離に入るそうなので」
「そうか。では、この二名の亡命軍人の機体に推進剤でもいれておけ」
あのイサムが伝令をするなど、信じられないことだが、意外な人物が伝令に来たので、憲兵隊の将校は部下たちを引き連れて尋問室から出て行った。
三人だけになったところで、イサムはあるメモ用紙をテオドールに手渡す。
「これは…?」
「プレゼントさ。まぁ、行けば分かる。みんな行った後で確認しな」
メモを渡されたテオドールはそれに目を通そうとしたが、イサムは彼の肩を叩いて止め、それから尋問室を後にした。
彼が出て行った後にメモに目を通せば、どうやらカティアのために用意した物だが、何を意味しているか分からない。それに自分等が乗って来た戦術機を保管してある格納庫の地図でもある。
「なんでしょうか、これ?」
「さぁな。取り敢えず、基地の連中が撤収した後に確認するか」
メモの意味が理解できないカティアはテオドールに聞いてみたが、彼は分からないと答え、この基地の部隊が撤収するまで待った。
撤収は物の数十分で終わり、イサムが属する新型バルキリーを保有する大隊は、そのまま宇宙へとファイター形態で飛び立っていく。大気圏突破能力を持っているからだ。
突破能力を持たない機体は、基地の資材や物資、車両を初め、整備兵に職員、警備兵らを乗せている輸送機の護衛として随伴して飛ぶ。
その撤収の速さにテオドールは茫然とするしか無かった。
「なんなんだ、あいつ等は?」
西側へと飛び去って行く飛行部隊と宇宙へと飛んで行く可変戦闘機部隊を見て、テオドールは疑問に思う中、遅かったカティアが彼の元へ現れる。
彼女の格好はバルキリー専用のパイロットスーツであった。見たことも無い格好をしたカティアに、テオドールは何なのかを問う。
「なんだその格好? あいつ等の強化装備か?」
「いえ、対Gスーツとかそう言うのらしいです。恥ずかしくないし、結構動き易いです」
「やれやれ、こっちでもそう言うのにして欲しいな」
ワルキューレ空軍が使うパイロットスーツに、テオドールは自分の強化装備を見て憧れを抱く。
そんな二人はワルキューレ空軍が撤収した後に、イサムの言う通りに放棄された格納庫のドアを開いた。
「バラライカは何も手は付けられていないな。それと隣に戦闘機…? あのロボットとかに変わる奴か!」
指定された格納庫には自分の戦術機が手も付けられず、推進剤だけ補充された状態で駐機されていたが、その隣にVF-1バルキリー一機が駐機されていた。機体下部にあるレーザー機銃が二門ある事から、日本の企業で製造されたJ型である。
イサムのプレゼントと言う言葉からして、どうやらカティアのために用意された物だ。近くに忘れ去られたカートの上にマニュアルが残されている。それを読んで操縦方法を学べと言う事だろう。
「これなら、行けるはずだ…!」
自分の機体には手を付けられていなかったが、バルキリーの性能差を海王星作戦時に間近で見ていたテオドールはアイリスディーナ等を助けられると思い、希望を膨らませた。
唯一の心配は、カティアがバルキリーを乗りこなせるかどうかだが、東側の戦術機を短期間で乗りこなした天才的技量の持ち主なので、必ず乗りこなしてくれるだろう。
「行くぞ! カティア!」
「はい! テオドールさん!」
救出の準備が整った二人は、自分の機体へと飛び乗った。
「探せ! 近くに居るはずだ!!」
一方でテオドールとカティアが脱出して数分後に、形勢不利のためにバリアジャケットを纏って脱出したシュンは、雪の下に身を潜め、スノーモービルに乗っている追跡隊をやり過ごそうとしていた。
バリアジャケットを纏えば、魔力に反応するレーダーがあると思ってか、纏う前の強化装備のままだ。
強化装備には暖房機能が備わっているが、雪を被ること自体想定していないのか、恐ろしい寒さが巨体を襲う。
「ここは見付からん! 一人残って他を探せ!!」
逃げたシュンが見付からないのか、追跡隊はこの場に一人を残して別の場所の探索へと向かった。
一人残された白い防寒着を纏っている男は、AKM突撃銃を右肩に抱えながら欠伸をする。近くに追跡目標が潜んでいるにも関わらず。
敵が一人だけとなったのを確認したシュンは、物音を立てずに雪の中から這い出て、なるべく足音を立てないように当たりを警戒する敵兵に近付く。
その敵兵を殺すためにシュンが右手に握っている凶器は、近くの廃屋より取った氷柱だ。シュンはそれを鋭利に尖らせ、自分に背を向けている敵兵に忍び寄る。
「ん、誰だ?」
雪を踏む音は完全に掻き消せなかったのか、近くまで来たところで気付かれた。
敵兵が振り向いた瞬間にシュンは直ぐに距離を詰め、敵兵が声を上げる前に喉元に氷柱を付き刺し、敵兵の息の根を止めた。
定期連絡をする可能性があるので、急いで敵兵の死体を廃屋へと持って行って隠し、服装や装備を剥いで死体をその中へと放棄する。念には念を入れ、無線機を破壊しておく。
「よし、寒くねぇぞ」
仕留めた敵兵は自分と同じ大柄な男であった為、何とか防寒着を身に着けることが出来た。
「銃は万全、拳銃も手榴弾も申し分訳なしだ」
装備を整えたところで、アイリスディーナ等を救出するために基地へと戻ろうとする。
「一人で行くつもりか?」
「っ!? あんたは何所にでも現れるな」
いざ向かおうとした時、何者かが背後より声を掛けて来た。背後より聞こえた声に対し、シュンは突撃銃の銃口を向け、意外な人物なことに驚いて銃口を下げる。
その人物とは、シュンに無償で情報を提供する謎の情報屋であるガイドルフだ。
彼はシュンが一人でアイリスディーナ等を救出すると知ってか、ある情報を持ってくる。
「そうじゃなけりゃあ情報屋は務まらない。お前が襲撃する予定の基地は、ワルキューレの陸軍の機甲旅団に攻撃されるようだ。歩兵連隊にAH-1コブラ戦闘ヘリやレオパルド戦車を持っている機甲部隊だ。他にMSやバルキリーの部隊の約一個大隊相当が支援に回るらしい。基地を吹っ飛ばす勢いでな」
「総攻撃じゃねぇか。なおさら急がねぇと」
「待て待て。逆にこれをチャンスにしないか?」
持って来た情報は、ワルキューレの空軍基地の憲兵隊将校がテオドールに話した物と同じだが、情報屋であるために運用している兵器が分かった。更に一個大隊相当の支援部隊が加わると聞いて、救出するはずの仲間が巻き込まれる可能性があるので、直ぐに向かおうとしたが、ガイドルフはこれをチャンスだと言う。
「チャンス? おぉ、攻撃している間に仲間を救出か。だが、至難の業だぞ。俺も巻き込まれて殺されちまう」
「何度も地獄を経験したお前なら出来るだろ。それに、助っ人が二人加わる。まぁ、頑張りな」
しかし、戦闘に巻き込まれる可能性がある。
それをガイドルフに告げるが、彼は何度も地獄を経験したお前なら出来ると返し、更には助っ人まで来ることも告げる。
「助っ人ね。頼りになれば良いがな」
助っ人と聞いて、ガイドルフは分かっていたが、シュンはその助っ人が誰かは分からない。
正体も分からない援軍を信用できないシュンに向け、ガイドルフは期待に添える人物であると言って、基地への攻撃が行われる時間を伝える。
「まぁ、期待には応えてくれるさ。攻撃は夜に行われる。その隙にこの世界のお前の戦友達を助けるんだ」
ガイドルフは基地の攻撃が夜であると告げれば、シュンの肩を叩いて自分の使命を果たすように親友のように言った。
ヤンデレ義妹による元戦友隊の拷問スルーェ…!
次回からは大規模戦闘回です。
物語は終盤に近付いております。三月には終わらせる予定です。
取り敢えず、リィズにはサイコガンダムMk-Ⅱに乗せようかと思う。
それとカン・ユー大尉やゴステロ様も出したい。
えっ? こんなの柴犬じゃねぇって?
他のSS見ても、ガンダムとか、ゲッターロボとか出してアカをイジメてるじゃないか。
別にリィズにサイコガンダムMk-Ⅱを乗せても問題ないだろ?