復讐異世界旅行記   作:ダス・ライヒ

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多分、これが最後の更新かも…?


ノィエハーゲン要塞

 ネプチューン・デイに向け、南欧で謎の勢力の終結まである中、シュンが属する第666戦術機中隊、通称シュヴァルツェ・マルケンは、療養を終えたアネットを戦列に加え、いつものように光線級吶喊(レーザーヤークト)に従事していた。

 

『第11戦術機中隊より救援要請!』

 

『無視しろ。我々の優先はレーザーヤークトだ。それまで無視しろ』

 

『助けないんですか? 味方ですよ!』

 

 無論ながら、レーザーヤークトを優先するので、他の部隊の救援要請は無視だ。これに二度目の経験になるカティアは、助けないのかと何度も上官であるアイリスディーナに問う。

 そんな問いに対し、アイリスディーナは決まった回答を出す。

 

『弾と推進剤の無駄だ。我々の任務はレーザーヤークト。それ以外の戦闘はしない。何度も言ったはずだが?』

 

『そ、そんな…』

 

『何も言い返せないのなら、無駄な質問はするな。我々の優先順位はレーザーヤークトだ。黙って集中しろ、シュヴァルツェ7』

 

「やれやれ、ギスギスしなきゃ良いだがな」

 

 その無線を聞いていたシュンは、アイリスディーナとカティアの関係が悪化し、カティアが独断でも起こすのではないかと心配し始めた。

 そんな不安定要素を考えつつ、中隊は光線級の盾となって襲い掛かるBETAの集団を避けつつ、標的の光線級まで迫る。

 敵の編成はいつもの戦車級と突撃級、要撃級だ。それらの背後には光線級が数体以上控え、こちらに迫る抹殺対象の人類が乗る戦術機を撃ち落とす。完璧な布陣であるが、オフェンス勢のBETAを突破してしまえば、鎧袖一触であり、容易に光線級を排除できる。

 だが、壁を突破するには、腕に自信のある衛士しか出来ない仕事だ。だからレーザーヤークトを専門とする第666戦術機中隊は、選抜中隊や死神中隊と友軍より揶揄され、最強の戦術機部隊とも呼ばれている。

 

『よしっ、突破した! 目玉を皆殺しにしろ!』

 

 先陣を切るアイリスディーナが壁を突破すれば、一同も揃って壁を突破し、彼女が指示した通りに光線級に向けて攻撃し始める。シュンが初めて来た時は補充兵三名と、一人の部隊の古株が戦死したが、カティアが来てからは損傷程度で済むようになり、脱落者は居なかった。

 そのまま中隊は光線級を全滅させ、残りのBETAを火力支援や増援の戦術機部隊と共に掃討を開始する。

 

『今回は呆気なかったな…ん、司令部より新たな命令だ。総員、その場で待機』

 

 戦闘が終わった所で、一息つこうとした中隊であったが、第666戦術機中隊が属している第五軍管区司令部から所属連隊や大隊を介さずの新たな命令が出された。

 司令部からの通信は隊長のアイリスディーナと、政治将校であるグレーテルの機にしか繋がらず、他の隊員機には全く聞こえない。脱走を警戒しての事だろうか。

 それから暫く何か言い争った様子だが、数分程で、アイリスディーナは司令部から出された新たな指令を中隊全機に向けて読み上げた。

 

『総員傾注! 第999戦術機中隊のレーザーヤークトは失敗した! 中隊は一機残らず全滅。我が中隊を二つに分けろとの指示が出た。もう一方はノィエンハーゲン要塞の陣地支援、オーデル川付近の戦術機連隊の撤退支援を同時に敢行せよとのことだ』

 

「おいおい、要塞の支援はシュタージにやらせれば良いんじゃねぇか?」

 

 中隊を分散させ、二つの支援を敢行せよとの司令部からの指示を聞いたシュンは、中隊やハンニバルの大隊が属する戦術機連隊の予備となっているシュタージの戦術機大隊にやらせれば良いと意見を出したが、アイリスディーナは件のシュタージの大隊は既に連隊の所属から消えていると返した。

 

『シュヴァルツェ9、その意見は尤もだが、先日、件の大隊は連隊の予備大隊から外れ、ベルリンの駐屯地へ帰った。我々でやるしかあるまい』

 

「ちっ、ビビッて逃げたか。で、誰を向かわせるつもりですか?」

 

『それについては、シュヴァルツェ2と7、9の貴様らで臨時の小隊を組み、要塞陣地の支援として戦区に残れとの司令部からのご指名だ。お前も指名の内に入っている。私と残りは撤退支援に向かう。(ツヴァイ)、済まないが、新米の7と問題児の9を頼むぞ』

 

『了解しました!』

 

 シュタージの戦術機大隊が駐屯地へと帰ったことに、シュンは怯えて逃げたと言えば、次に要塞陣地の支援に誰を向かわせるのかを問う。

 この問いに、アイリスディーナは司令部が指名したシュンを含む隊員三名、移民のファムと西側からの亡命者のカティアに支援を向かわせろとの命令を受けたことを答えた。

 これに人種差別と、信用ならない亡命者に対する軍管区司令部の意図を感じたシュンだが、今さら抗議したところでどうにもならないだろう。部隊のナンバー2のファムを小隊長に、臨時の小隊を編成し、要塞陣地の支援に向かう。

 

『聞こえていたな! 指名以外の者は私に付いて来い! 行くぞ!!』

 

『おかしいとは思わないのか…?』

 

『エーベルバッハ少尉、黙って司令部の命令に従え!』

 

『クッ…! どう考えても酷い命令じゃねぇか…!』

 

 指名を受けていない隊員等に向けて、アイリスディーナが指示を出せば、カティアを陣地支援に指名した司令部に疑問を抱くテオドールはそれを口にしたが、グレーテルに黙らされる。

 かくして本隊は、指名を受けた隊員三名の臨時の小隊を残し、味方部隊の撤退支援に向かった。残された臨時小隊は、要塞陣地の支援に向かう。

 

『さ~て、私たち三人で小隊を組んだからコールサインじゃなくて、名前で呼び合いましょうか。カティアちゃんにバートル曹長』

 

『は、はい! ファム中尉!』

 

「了解だ、中尉。(かたっ苦しいのは苦手なタイプか。それに良い姉ちゃんタイプ。嬢ちゃんらには好かれるが、一番指揮官からすれば駄目なタイプだ)」

 

 隊長が離れたところで、シュヴァルツェ・マルケンのナンバー2で次席指揮官であるファム・ティ・ラン中尉は、戦術機の技術や状況判断、分析能力も高いレベルを備えている衛士であるが、温厚篤実な人物である。

 しかしシュンはファムが駄目なタイプの指揮官であると判断する。何故なら戦場での下士官や士官、元ワルキューレとしての経験からして、幾度かファムのような温厚な女性指揮官の配下には、必ず命令違反を犯す者や従わない者が居た。その所為で全滅した隊を見た事がある。小隊から連隊に至るまでだ。

 更に自分の僚機には、西側のドイツ連邦共和国で博愛精神に溢れるカティアが居る。

 三回ほど任務で共に行動した経験があるが、BETAに襲われている味方機を放ってはおけず、幾度か命令違反をしている。その都度、下士官であるシュンや、面倒を見ているテオドールがフォローしなくてはならなかった。

 

「(この場には面倒ごとを押し付けられる赤毛の小僧もいねぇ。クソッ、餓鬼の面倒なんぞ、孤児院だけで十分だ)」

 

 都合の良いテオドールが居ない上、期待できないファムの代わりに、カティアを自分一人でフォローしなくてはならないことに、シュンは心の中で悪態を付いた。

 

『それじゃあ私が前に出るから…』

 

「待ってくれ中尉。口が悪いと思うが、前に出るのは俺だ。経験豊富な中尉を失う訳には行かねぇ。消えるのは俺みたいな下っ端だ。嬢ちゃんと一緒に俺の背後や側面、あんた等に近付いてくる化け物を潰してくれ」

 

 ファムは早速指示を出そうとしたが、彼女の実力だけは認めているシュンは、自分が前に出ると告げてカティアと共に背後に側面、小隊長機の護衛を頼む。

 

『確かに一理あるわね。でも、指揮官が部下の後ろに立つなんて指揮官としてはどうかと思うけど。まぁ、貴方の方が実戦経験豊富みたいだし、私なりにアレンジさせてもらうわ』

 

『そいつで良い。あんたは指揮官としても頭が切れる。俺は、前に居る邪魔な奴らを片付ける。嬢ちゃんは俺の背後と小隊長殿の護衛を頼むぞ』

 

『はい! 曹長の背後と中尉は私が守ります!!』

 

 その頼みに対し、ファムは自分なりのアレンジを加えることを条件にした。これにシュンは同意すれば、カティアに背後とファム中尉の直援を頼めば、彼女は元気よく答えた。

 これでカティアはファムの護衛に専念する事だろう。

 そう胸をホッとなでおろしたシュンの機体のレーダーに、BETAの反応が現れる。要塞の戦区へ辿り着いたと言う事だ。味方の反応もかすかに見えるが、BETAの数の多さで押し潰されるだろう。

 

「ほらっ、お出でなすったぞ!」

 

『曹長を援護するわ! カティアちゃん、援護お願いね!』

 

『はい!』

 

 目前のBETAを確認したシュンがファムやカティアに知らせれば、手順通りに自分が前に出て、突撃砲で邪魔なBETAを排除する。側面や背後より迫るBETAが居れば、直ぐにファムとカティアが排除してくれた。

 

「(最初は上手くいったな。だが、あの嬢ちゃんが変な気を起こさなきゃ良いんだが)」

 

 最初の連携は上手くいった。初めて小隊を組んでの連携にしては、良くできた方であるが、カティアが妙な気を起こして連携を崩さないかどうかをシュンは心配になる。

 数十体ほどのBETAを掃討したところで、シュンは前方に見える突撃級の集団を無視すると判断した。ファムも同様に無視したが、ここに来てカティアの悪い癖が出る。

 

『見逃せない!』

 

「おい! 馬鹿! 止せ!!」

 

 確かに突撃級の突進は要塞に取って危険な物であるが、陣形を離れて単独で集団を倒しに行くのは愚の骨頂だ。

 言うまでも無くカティア機は包囲され、リンチにされようとしている。即座にファムはカティアの救出へと向かう。

 

『わぁぁ…!?』

 

『カティアちゃん!』

 

「クソッタレが! 嫌なもんを思い出せやがって!」

 

 普段のシュンなら見捨てて行くはずだが、カティアを見て彼女と似た性格の部下の事を思い出してしまった。

 その部下は戦場で孤立した味方を助けようとして瀕死の重傷を負い、上官であるシュンが解釈したが、死に際に謝りながら放った遺言が頭から離れず、情に着かれて今度は助けようとした。

 そんな経験も、過去のトラウマもあってシュンはカティアを見捨てることなど出来ない。

 ファムと共にカティアを取り囲むBETAに向けて突撃砲を浴びせ、退路を作ろうとする。

 

『さぁ、カティアちゃん! 今よ!!』

 

『は、はい!』

 

 シュンの援護の元にファムはカティアの退路を開いた。

 ファムの必死の叫びに従い、カティアは包囲網から出ようとしたが、シュン機は目前の突撃級に気を取られていたのか、背後より迫って来た要撃級には気付かず、強烈なパンチを受けて雪原の上に叩き付けられる。

 

「この、サソリ野郎!」

 

 衝撃でコックピット内は揺れ、シュンは頭を打って負傷したが、何とか気を失わずに反撃に出て、自機を攻撃した要撃級を排除した。

 

『えっ?』

 

『危ない!』

 

 即座に上体を起こしてシュンは二人の元へ救援へと向かおうとしたが、もう遅かったのか、カティア機の背後より迫って来た要撃級の攻撃を、ファム機は庇って行動不能になった後だった。

 

『あ、あぁ…』

 

「しっかりしろ! そいつを担いで要塞まで撤退だ!!」

 

『は、はい!』

 

 小隊長であるファムが負傷を負って意識を失った為、カティアはパニック状態であったが、シュンが出した指示で何とか気を取り直し、動かないバラライカを担いで要塞まで撤退を開始する。

 それを見ていたのか、要塞より増援であるT-72戦車を中心とする戦車部隊が現れ、主砲でBETAを牽制しつつ、シュンら臨時小隊の撤退を支援する。

 

「ようやく来たようだな! よし、急げ! 二人とも食われるぞ!!」

 

 戦車部隊に合わせ、シュンもファム機を抱えるカティア機を援護し、同じく要塞へと一歩ずつ退いて行く。

 やがて要塞付近まで後退すれば、BETAは諦めたのか、元の巣へと帰って行った。戦車部隊もそれを確認すれば、要塞へと撤退を始める。損害は軽微だ。

 こうして、臨時の小隊長であるファムが意識を失ったままの臨時小隊は、経験の無いシュンを代理の隊長として、ノィエハーゲン要塞へと撤退した。

 

 

 

 ノィエハーゲン要塞。かつては迫り来るソ連赤軍より首都であるベルリンを守る為、ナチス政権のドイツ国防軍が建設した要塞の一つであるが、今はBETAからの防衛施設として再生と改造を施され、国家人民地上軍に運用されていた。

 他の要塞陣地と独立しているが、BETAの攻勢に耐えられるほど強固な要塞であり、内部は強大な迷路となっており、小型のBETAを引き入れて遊撃戦闘が可能な構造となっている。

 長時間の戦闘の末、要塞周囲は小康状態となり、次のBETA攻勢まで一息つくことが出来た。ここにシュンたち臨時小隊は収容され、傷付いたファムを要塞の一室へと寝かせていた。損壊した機体から出され、応急処置を施されたが、彼女は一向に目覚めない。

 そんなファムを、自分の責任で傷付けてしまったカティアは罪悪感を覚え、心配そうに彼女を見つめていた。シュンもその場に居るが、カティアを責めず、壁に寄り掛かってただスキットルの中にある飲料水を飲むだけだ。

 

「で、俺たちをすり潰したのはどいつだ? まさか、そのメソメソしてるお嬢ちゃんか?」

 

 そこへ救援に来た戦車部隊の指揮官であるクルト・グリューベル曹長が挨拶へ来た。

 その容姿は東側戦車兵のトレードマークである戦車帽を被り、長期間に渡って髭を剃っていないのか、年齢よりかなり老けて見える。だが、徴兵されたか志願したのか、長年戦場に居たのか、ストレスでかなり老けてしまい、実際の年齢はカティアの二歳上である。

 仲間を犠牲にしてまで自分等を救出した価値があったのかを問う歴戦の戦士に対し、同じ歴戦の戦士であるシュンは、クルトの気持ちを理解してカティアの代わりに応える。

 

「いや、俺だ。俺らの所為で、あんた等の仲間を死なせちまって済まなかったな」

 

「わ、私です! ごめんなさい! 私の所為であんなことに…」

 

「おい、こら!」

 

 クルトを落ち着かせようとするシュンであるが、火に油を注ぐようにカティアが出て来た。

 これにシュンは抑え込もうとしたが、必死に謝るカティアを見て怒る気が失せたのか、懐から煙草の箱を出し、一本取り出してから口に咥える。

 

「…そうか。あんた達を何としても助けろとの命令だ。まぁ良い、それが任務だからな。上の都合で人が死ぬのは慣れている」

 

「そいつには同感だ。連中は下のことや現場を理解してない奴が多い」

 

 上層部の命令で助けたと答え、それを命じた上層部に不満を口にするクルトに対し、シュンも同情して再びスキットルの中に入っている酒を一口飲んだ。

 更に罪悪感を覚えたのか、カティアはクルトに向かって謝罪し始める。

 

「すみません! 本当に、本当にすみません! 私の所為で、傷付いた人や死んだ人を出してしまって…!」

 

「もう良い、続けるなら、俺はあんた等を殴らなきゃならなくなる。殴るのはこのドデカイのだがな。今回だけじゃない。俺たちは何度も第666に見捨てられ、仲間も何人も死んだ。そんな時は決まって命は選別だ、我々はより多くの命を救うことを選ぶと言われて」

 

 これについては、シュンもクルト等の末端の兵士たちに同情を覚えるほかなかった。

 かつての自分もクルト等のように末端の兵士であり、何度も味方に見捨てられた経験があるからだ。

 だが、これについては仕方の無い事だ。弾薬も推進剤も限られている。無限に湧き出るBETAを相手にそれらを消費するのは、より脅威であるレーザーヤークトに支障を来す。

 それを理解しているクルトは、必死に謝るカティアの肩を叩いて謝罪を止めさせる。

 

「だから何も言うな。俺もあんた等も任務をしただけ。本音は別でも、それが全てだ」

 

「軍人の鏡だな。流石はプロセイン軍人だ」

 

 十八歳と言う若さで、上層部の命令に疑問を抱きながらも実行するプロの軍人として素晴らしい発言をしたクルトに感心したシュンは、共産主義陣営にも関わらず、西側のドイツ連邦軍が誇りとしているプロセイン軍と褒め称えた。

 これにクルトは周囲を確認し、その褒め方は違うとシュンに告げる。

 

「おいおい、俺たち国家人民軍は大昔のドイツ農民軍の祖先だぜ。西と一緒くたにしないでくれ」

 

「おぅ、悪かったな。共産主義だったな、悪ぃ、悪ぃ」

 

 それに謝罪しつつ、次にシュンは要塞司令官が何所に居るのかを問う。

 

「で、要塞司令官は? 将校はどうした?」

 

「あぁ、それについてだが、要塞司令官は俺だ。将校は…みんな引き上げた。俺以外の階級が上なのは、そこの嬢ちゃんと寝ている姉ちゃんだけだ」

 

「クソッタレ、それでもドイツ軍将校か。将校が兵隊を見捨てて逃げるなんざ」

 

 その問いに対し、クルトは自分が要塞司令官であり、将校はこの要塞にはカティアかファムしか居ないと答えた。

 ノィエハーゲン要塞の現状と、東ドイツ軍の将校としての誇りの無さを知ったシュンは、悪態を付いた。全くの同意見だが、国家人民地上軍はクルトの言った通り西側のプロセイン軍を伝統とするドイツ連邦軍では無い。

 故に、将校が衛士であるファムとカティアしか居ないことを考えれば、既にこの要塞の放棄は決定しているのだ。ここに居る者達は捨て駒にしか過ぎない。将校が居ないと知った時点で、シュンは捨て駒として要塞に送り込まれたと即座に理解した。

 

「それが国家人民地上軍さ。見てくれだけはナチ時代の軍服だが、中身は誇りなんぞ毛頭も無いさ。それじゃあ、気晴らしに要塞の案内でもしてやるか。ついてこい」

 

 悪態を付いたシュンに、気晴らしとしてなのか、クルトは要塞内を案内すると告げて手招きした。これにシュンとカティアは応じて、臨時要塞司令官であるクルトの後へついていく。

 最初に訪れたのは、即席の救護所だ。元々は広間であったが、度重なる戦闘で大多数の負傷兵が出たのか、救護所として使われている。

 

「さっきも言ったが、要塞にやって来たあんた達以外、将校は一人も居ない。当然負傷兵の中にもな。数週間前なら居たんだが、将校だけ召集命令が出たのか、負傷している奴も含めてみんな後方へと下がって行った。暴動が起きそうだが、シュタージの連中や憲兵共に銃口を向けられて抑え込まれた。俺たちと自力で歩ける奴なら逃げれるが、歩けない奴は置いて行くしかない」

 

 負傷兵等を見ながら、クルトは負傷兵の中にも将校が居ないことを知らせた。

 シュンも治療を受けている負傷兵等を見れば、重傷の者が多い事が分かる。酷い時には手足を失った者まで居る。これでは要塞を放棄して撤退する際に、満足に動けない彼らをBETAの餌にしなくてはならない。もっとも、そうなる前に施しをしなければならないが。

 

「そうか。武器弾薬はどれだけ残ってる?」

 

 重傷者が多く、全員で逃げ切れない事が分かれば、シュンは弾薬がどれだけ残されているのかを問うた。

 

「たんまりあるぜ。この要塞を二回ほど吹き飛ばせる程の爆薬もな。将校たちが全てこの要塞から撤収した後、いつもの倍以上の大量の弾薬と医薬品、食料が贈られた。この意味は分かるな?」

 

「あぁ、あれだな」

 

「なんですか?」

 

 将校が全て引き揚げた後、補給品として大量の弾薬と医薬品に食料が届けられた。

 この意味を理解しているシュンは、それをあえて口にしなかったが、カティアは理解できなかったようだ。少尉と言う士官の階級であるカティアが理解できないと言う事に、シュンはため息をついた。

 

「はぁ、鈍いな、嬢ちゃんは。それでも士官か?」

 

「私は、衛士なので…」

 

「なら俺が教えてやる。つまりここで死ねってことだ。それで分かるだろ?」

 

 どうやらカティアは、ドイツ連邦陸軍では衛士としての訓練しか受けていないようだ。

 そんなカティアに対し、クルトは頭を書きながら答えを告げた。

 

「そんな! そんなの間違ってる! どうして援軍も送ってこないんですか!?」

 

「嬢ちゃんよ、この国の軍隊のお偉いさんは元お前の国のプロセイン貴族様じゃねぇんだ。共産主義に妄信的な奴らだ。西の方ならプライドを掛けて将校様が残るだろうが、人民軍の将校様は皆腰抜けってわけよ」

 

「おいおい、腰抜けは言い過ぎだろ?」

 

「おっと、スマン!」

 

 要塞に残留する兵や下士官らに死ねと言う上層部の決定に納得できないカティアは、自分の思いをぶつけたが、シュンはここが西ドイツでは無い事を告げ、更には国家人民軍に対する悪態までついた。

 これにクルトからの注意を受けたが、シュンは悪びれる様子も無しに謝った。

 

「さて、政治将校の居ないうちの党への悪口はその位にして、次へ行こう」

 

 政治将校もこの要塞の放棄が決定したと聞いて、将校らと共に逃げていたのか、先の党への批判の言葉は聞かれることも無かった。

 それを良い事に、シュンは党を批判する言葉を散々吐いたが、これ以上は止しておくようにまたクルトに注意され、次の場所へと案内された。

 暫く要塞を案内される中、カティアは自分と歳が同じヴィヴィエン・シュヴァインシュタイガーと言う少女の下士官と意気投合し、友達となった。

 既に彼らは、ベルリンを見渡せるほどの高さを誇る要塞屋上の展望台へと辿り着いていた。

 後方へ見えるまだ戦渦に晒されていないベルリンを見つつ、クルトは向こうで一体どんな時を過ごしているのか想像を膨らませる。

 

「今ごろ、ベルリンは暖かな食事を取ってることだろうな。温かい部屋の中で」

 

「上の奴らもそうだろうな。でっ、俺たちは寒い中、化け物共に殺されるのを待って、冷えた不味い飯を食っている」

 

 そんな羨む気持ちを口にしたクルトに対し、シュンは自分等に置かれた悲観的な状況を口にする。それにクルトは、仲良く雑談を交わすカティアと妹分のヴィヴィエンを見ながら煙草の紫煙を吐きながら否定できないと返す。

 

「否定したいが、あんたの言う通りだ。ところで言うのもなんだが、あんた歩兵上がりか? BETA、いや、爺さんたちのように前大戦の生き残りのようだが…?」

 

「そう見えるか? まだ二十六歳だけどな」

 

「俺もまだ十八歳だ。長い間に戦場に居すぎた所為で、こんな形だ」

 

 目前の男は生身で戦場を自分より潜り抜けていると見抜いたクルトは、本当に自分と同じ人間かどうか怪しくなり、何者であるかを問うたが、シュンはこれには一切答えなかった。

 

「さて、ノィエハーゲン要塞の案内はここまでだ。後は、上層部からの指示があるまで何処かで寝ているんだな」

 

「そうさせて貰うぜ。でっ、この要塞に酒はまだあるか?」

 

「あぁ、ある。将校が残して行ったもんだ。政治将校のもある。勝手に飲んでも文句は言われねぇだろう。食料庫にある」

 

「ありがとよ」

 

 要塞内の案内は一通り終えたので、後は勝手に休むようにクルトは告げた。

 これに応じてシュンは、要塞内に酒はまだあるかどうかを問えば、クルトは将校たちが残して行った物があると答えた。酒がある事が分かれば、先のストレスを発散するために食料庫へと向かった。

 

 

 

『最後の連隊は撤退完了をしたようです』

 

「総員、良くやった。長居は無用だ、基地へと帰投しよう」

 

 一方で撤退支援に向かった第666中隊の本隊は、クリューガーの知らせで最後の歩兵連隊が撤退したのを確認すれば、隊長であるアイリスディーナは隊員全員に帰投命令を出した。

 

『待ってくださいよ! ファム中尉とカティア、ゴリラはどうするんです? まさか放っておく気ですか!?』

 

『私も同意見です! このまま要塞救援に向かっても…』

 

 無論、これにカティアやファムの身を案じるテオドールは異議を唱えた。彼だけでなく、ファムを姉のように慕っているアネットも異議を唱え始める。

 

『貴様ら、上層部の命令に…!』

 

「6に8、それは私も考えている。だが、今は弾薬と推進剤が足りん。時を待て。待てば必ず‟チャンス‟は訪れる」

 

『チャンス…?』

 

 異議を唱える二人に対し、グレーテルは注意しようとしたが、アイリスディーナは‟チャンス‟を待つように二人に告げた。

 

「そうだ、チャンスだ。今は次の出撃に備えて休んでおけ」

 

『…了解しました。指示に従います』

 

 チャンスの意味を理解したテオドールとアネットは帰投命令に従い、部隊と共に基地へと帰投した。

 それを無線で聞いていたクリューガーは、そのチャンスとやらが来る瞬間かどの場面であるかを問う。

 

『隊長、そのチャンスとは?』

 

「それか。私の予想だが、近々BETAが大規模な攻勢を仕掛けて来るとされる。あくまでも予想だ。それに伴い、隊の僚機が更に二機ほど減ることになる」

 

『二機減る? なるほど、そう言う意味ですか』

 

『何を話している? 勝手な行動は許さんぞ!』

 

「3、ここまでだ。では、三人の無事を祈りつつ帰ろう」

 

『っ? まぁ良い、何かあれば党へ報告するからな!』

 

 チャンスの答えは、近々BETAの大攻勢が来る予兆があると言う事だった。

 無論、それが起これば、第666中隊にも召集が掛かり、レーザーヤークトで二機を離脱させることとなる。

 その意味を理解したクリューガーは、事が起これば厳しくなると分かり、それをあえてグレーテルに聞かれないように口には出さなかった。

 案の定、グレーテルは食い付いて来たが、何をするのかを悟られずに済んだ。

 結果的にまた疑いの目を向けられたものの、彼女なら行動に移しても何の問題も無い。

 事態が行った時に備えるべく、部隊は基地へと帰投した。

 

 

 

 要塞内で次なるBETA攻勢に備え、飲めるだけの酒、蒸留酒であるシュナップスを飲んで床で寝ていたシュンの元へ、クルトが大急ぎで急用を知らせに来た。

 

「おい、起きろ!」

 

「ん、どうした!?」

 

「軍管区司令部からの報告だ! BETAがこの要塞に押し寄せて来る!!」

 

「来やがったか!」

 

 アイリスディーナの予想通り、BETAの大攻勢が始まった。

 それを聞いたシュンは、酔いなど当に醒めていたのか、飛び上がって近くに置いてあるMPi-K突撃銃を手にして食料庫を飛び出し、M56ヘルメットと言うキノコ型ヘルメットを被りながら慌てて飛び出す兵士等を掻き分けて進むクルトの後へ付いて行く。

 廊下を全力疾走しながら進む中、クルトはレーダーがある要塞司令室へと滑り込み、この要塞に迫りくるBETAの数を確認した。

 

「BETAの数はどれくらいだ!?」

 

「五万以上…その殆どが要撃級! メイルシュトローム現象です…!」

 

「メイルシュトローム現象!? おいおい! こんな要塞踏み潰されちまうぞ!」

 

 レーダーを見ているヴィヴィエンに数を問えば、返って来た答えにクルトは顔を真っ青にした。

 メイルシュトローム現象とは、大型BETA、それも要撃級が爆発的大量発生を示す現象だ。堅物の粉砕に特化している要撃級の大量発生は、どのような強固な建造物を、海の厄災に例えられるようにその津波で破壊してしまう。

 

「おいおい、あんなサソリが津波のようにわんさか押し寄せて来るのか!? 冗談じゃねぇ! 流されるどころか要塞ごと挽き肉だぞ!!」

 

 要撃級が大量発生したと聞いてか、シュンはもはや生き残れはしないと嘆いた。

 

「増援はどうなってる!? 俺たちだけじゃ持たないぞ!」

 

「軍管区司令部はほぼ全ての戦術機をレーザーヤークトで使うために防衛には回せないと言う事です! それが完了するまで、守備隊のみで維持せよと…」

 

「畜生! 俺たちに死ねってことかよ!」

 

 要塞の戦力だけでは持つはずが無いと判断してクルトは増援が来るかどうかをヴィヴィエンに問うたが、メイルシュトローム現象発生に伴って光線級も多数出現したのか、戦術機部隊は要塞への防衛には一切回せず、守備隊のみで防衛せよとの司令が来たと、顔を真っ青にしながら答えた。

 戦闘可能な戦車は五両で戦術機が一機だけ。重装備はある物の、長時間の防衛戦の末に限界寸前。津波のように押し寄せて来る要撃級の前には、一瞬のうちに呑み込まれてしまうだろう。

 軍拡司令部からのここで死ねと言わんばかりの指示で、クルトは怒りに任せて机を叩いた。

 

「(こうなりゃあ俺が変身して…いや、数が多過ぎる。あんな馬鹿デカくて気持ち悪いサソリを全部ぶっ殺す前に、こっちが食い殺される。俺だけでも逃げるか…?)」

 

 この時にシュンは、デバイスを起動してあの甲冑を見に纏ってBETA挺団を大剣(スレイブ)で食い止める案を思い浮かべたが、数が多過ぎて逆に八つ裂きにされるのがオチだった。こうなれば自分だけ逃げると言う案も思い浮かんだが、BETAの波に飲み込まれると聞いて絶望的な表情を浮かべるカティアを見て、後者の案を頭から捨てる。

 

「(ちっ、あの嬢ちゃんの情でも移ったか? 畜生が)」

 

 前の自分ならここで逃げていたが、カティアと出会ってからは奇妙な情が移ったと思ってか、心の中で悪態をつきながらヴィヴィエンに視線を向ける。

 

「で、後どれくらいで津波は来るんだ? それまでに防波堤を拵えねぇと」

 

「え、あ、後五時間ほどです、同志曹長。弾薬や爆薬はありますが…」

 

「畜生、最高だな。レーザーヤークトが終わるのは多分、良くて六時間後。それまでに防波堤がどれくらい持つかどうか…もう詰みだな」

 

 BETAの大攻勢を津波に例えてあと何時間で来るかを問えば、ヴィヴィエンは五時間ほどで来ると答えた。

 そう聞けば、シュンは苛立ちを抑えながら、この防衛戦は‟詰み‟であると表した。

 

「あんた程の男がそう言うなら、ここはもうお終いだ。あんたら衛士だけでもここから逃げてくれ」

 

「おい、そう言うな。必ず…」

 

「お世辞は止してくれ。あんたも見ただろう? 案内されている時に見た防衛用の重火器を。動く戦車は五両だけ。一個小隊程度じゃ積極的な攻勢も仕掛けられねぇ。後は要塞内部に引き入れて、施設を利用してゲリラ戦で出来る限り叩く。どれくらい持つか分からねぇが、もしもの時は…」

 

 シュンが言った通り、クルトらはもう詰みであると分かっていた。それを理解して、クルト等はシュンやカティア、ファムだけでも要塞から脱出するように告げた。それを聞いてシュンは諦めないように言うが、今のクルト達には気休め程度の慰めにしかならないようだ。

 悲し気な表情を浮かべながら、部下たちや要塞と共に運命を共にすると告げる。

 

「後は出来るだけ中に誘い込んで自爆する。みんな覚悟は出来ている」

 

「クルトさん…」

 

 一匹でも多くのBETAを道連れにする。その覚悟を聞いたカティアは、悲しげな表情を浮かべ、どうにかならないかをシュンに視線を向けて問う。

 

「そんな目で見たって、俺一人じゃどうにも出来ねぇよ。第一、俺の戦術機はお釈迦だ。お前一機は動くと思うが、一機じゃどうにもならねぇさ。まぁ、俺は恩を仇で返すような真似はしねぇ。出来るだけBETAをぶっ殺して、頃合いを見計らって逃げるさ。嬢ちゃんは、姉ちゃんを連れてここから逃げな」

 

「…嫌です、私も残ります!」

 

 少女の悲しい瞳で問われたシュンは、後頭部を搔きながら自分はここに出来る限り残ることを告げ、カティアにはファムを連れて脱出するように告げた。しかし、カティアの性格からして自分とファムだけでここから逃げるはずが無い。カティアも要塞に残ると言い出したのだ。

 言うことが分かっていたシュンは、ここで気絶させて彼女とファムだけでも逃がそうと考えたが、戦術機を動かせる衛士は自分も含めて三人しかいない。シュンが乗れば解決だが、それでは死にゆく要塞の面々に申し訳ない。

 どうすれば良いか悩むところだが、あのアイリスディーナが優秀なナンバー2と次期エースのカティアを放っておくはずが無い。必ずや助けを寄越すだろう。

 

「分かったよ。その代り、曹長の足を引っ張るなよ?」

 

「はい!」

 

 アイリスディーナが助けを寄越すと信じ、シュンはカティアの残留を許した。

 そうと決まれば、シュン達は五時間後に押し寄せて来るBETAの迎撃準備に入った。

 

 

 

 BETAの死骸や使える物をバリケードとして使い、迎撃準備を整えた後、遂に要撃級を中心とするBETAの大群は、メイルシュトローム現象のように、大津波となってノィエハーゲン要塞に押し寄せた。

 向かって来るBETAを少しでも減らそうと、要塞内にあるT-72戦車を含める全ての火砲が火を噴き、砲弾が雨あられと撃ち込まれるが、全く効果が無い。本当に迫り来る波を撃っているかのようだ。

 カティアもまだ動けるバラライカに乗り、シュンやファムの機体より頂戴したありったけの弾薬を撃ち込んでいるが、焼け石に水であり、BETAの津波を止められるはずも無かった。ただ弾薬を消耗するだけ、もはや悪足掻きだ。

 

『駄目です! 敵が怯みません!』

 

「ちっ、焼け石に水か。もっと火力が必要だな」

 

 名一杯に突撃砲を撃ち込むカティアからの無線報告に、双眼鏡から目を離してから、シュンはこれだけの戦力で津波のように押し寄せて来るBETAからこの要塞を守るには、もっと火力と戦力が必要であると分析した。

 事実、要塞の残された将校も居ない兵力で、増援が来るまで維持しろと言うのは不可能だ。

 要塞死守命令が出たのに、将校が一人たりとも要塞から消えた時点でその命令は玉砕命令に等しかった。

 そんな絶望的な考えが更に脳内を支配する中、恐ろしい速さの光線がカティアのバラライカに命中した。

BETAの集団の中には、光線級まで存在しているようだ。これでこちらの勝機は完全に失せた。

 

「嬢ちゃん!?」

 

 爆発が起こり、破片が飛び散る中、シュンは損傷したカティア機を見て耳に付けてあるヘッドフォン型の無線機で無事を問う。

 幸い、コックピットではなく、頭部を損壊しただけで済んだようだ。物の数秒後で、無事であることを知らせる無線連絡が入る。

 

『大丈夫です! でも、機体が…それに光線級まで居たなんて…!』

 

「畜生、マジで詰みだ!」

 

 大量の要撃級と戦車級のみならず、光線級まで居る。

 これをどうこの戦力で覆せと言うのか?

 そうこうしている間に、光線級は要塞の火砲にまでレーザーを撃ち込み、要塞の将兵らを絶望的などん底へ突き落す。

 

「何所に行くんです!?」

 

 このままでは波に飲み込まれる。この状況を覆せる力を持つ自分がなんとかせねば。

 そう思ったシュンは、RPG-7ロケットランチャーやPKM機関銃を持って要塞から出ようとする。そんなシュンを、戦闘不能となった戦術機から降りたカティアは何所へ行くのかを問う。

 

「ちょっと暴れて来るだけだ! 心配すんな、目ん玉を全部ぶっ殺してから合流する! お前は姉ちゃんを安全な場所まで運べ!」

 

「ちょっとって…一人じゃ!」

 

 単独で、しかも生身で大多数のBETAと戦おうとするシュンを呼び止めたカティアだが、無謀にも挑む大男は階級が上の少女の呼び止めには応じず、要塞各所の段差を降りながら雪原の上へと降り立った。

 それから機関銃とロケットランチャーを雪原の上に刺し、カティアが言われた通りに、意識不明のファムを安全な場所まで安全な場所まで運んだのを確認すれば、この世界では一度も使っていない待機状態の大剣(スレイブ)を取り出して元の状態へと戻し、右肩を傷付けないように刀身を担ぎ、同じく一度も使っていないベルトを腰に装着する。

 

「あの嬢ちゃんは行ったようだな…さて、久しぶりに血を吸わせてやる。化け物の血だがな…」

 

 コインを挿入口へ入れ込みながらスレイブに語り掛ければ、シュンはデバイスを起動してあの漆黒の甲冑を身に纏った。

 この世界で禁じ手であるデバイスを起動したシュンは、裸眼より迫り来る戦車級や突撃級、要撃級を見渡して少し震えたが、要塞の兵士たちと中隊の戦友達の事を思い浮かべ、それを打ち消して軽口を叩く。

 

「画面越しよりも、生で見れば迫力満点だな…! さぁて、目玉は津波の後ろか…俺の得意技の強行突破だ…!」

 

 大剣を背中へ戻し、雪原に突き刺してある機関銃とロケットランチャーを手に取れば、少し空を飛んでBETAの津波に単独で突っ込んだ。

 狙うは光線級。あのレーザー攻撃は最強の対空兵器であり、これを無力化せねば、特殊な防御手段を持たない全ての航空機は、近付くだけで即座に撃ち落とされる。

 おそらくこの混乱に乗じて、アイリスディーナは救援の戦術機を二機ほど送るはずなので、その為に制空権の確保と光線級の無力化は必須だ。

 そう考えたシュンは、一人で光線級吶喊(レーザーヤークト)を敢行した。

 BETAは何の装置も使わずに空を飛ぶ人間を前にしても、何の意思も無いのか、ただひたすら殲滅対象である人類を抹殺しようと、いつものように突っ込んで来る。

 まずは壁となっている戦車級の集団に向け、機関銃を弾切れになるまで撃ち続ける。

 次にロケットランチャーを撃ち込み、複数の戦車級を吹き飛ばす。ロケットランチャーは要塞級や要撃級に対して有効だが、代えの弾頭は無いので、使えない発射器は背後から来る戦車級に向けて投げ付け、銃身が焼ける勢いで機関銃を撃ちながら前進する。

 高度を上げれば、直ぐに真上から襲えるが、この際は光線級から雨あられとレーザーを撃たれて近付けない。ここはレーザーヤークトのように、前衛のBETAを盾にしながら突き進む。

 戦車級の波を突破すれば、機関銃は弾切れを起こした。当然ながら使えないので、他のBETAに向けて投げ付け、今度は更に強力であるプラズマ式ボウガンを左腕のガントレットに着けて連射し始める。

 

「トリケラトプスにも有効か!」

 

 プラズマ式ボウガンは戦術機の突撃砲の滑走砲並みに貫通力が高いようで、一瞬で突撃級がハチの巣になった。大半を占める要撃級も同様で、撃つだけで殺せる。

 

「ちっ、こうも湧いて出てきちゃな…! やっぱりこいつが有効だぜ」

 

 このままプラズマ式ボウガンで一掃してしまえば良いが、五万以上のBETAを相手にするには数が多過ぎる。

 そこで自分の得意分野である大剣を抜き、周囲から襲い掛かる戦車級を回転切りで一掃した。

 血の雨が降り、白い雪原が真っ赤に染まる中、シュンは間髪入れずに大剣を振って目前のBETAを斬り殺しつつ、光線級が居る後方を目指す。

 数体、数十体、少ない突撃級や多数の要撃級も含め、無我夢中でBETAの波の中を掻き分けながら進む。その度に返り血を浴び、白い雪原を真っ赤に染めながらも、地に足を付けずに進み続ける。

 

「グッ…!?」

 

 ここに来て、背後から要撃級の一撃を受けて雪原の上に叩き付けられたが、シュンにとっては前々の世界で受けた駆逐艦の主砲や、プレシアの大魔法に比べれば痛くは無い。

 とどめを刺そうと掴み掛って来た戦車級の頭部を掴んで握り潰し、再び大剣を強く振って道を開けて波を抜けようとする。

 

「見付けたぞ…! 目玉ァ!」

 

 雪原を真っ赤に染め、返り血を浴びながら進む中、シュンは光線級が居る後方まで突破することに成功した。

 光線級はシュンを見るなり、レーザーを撃ち込もうと眼球にエネルギーを溜め始めたが、撃つ前にシュンのプラズマ式ボウガンを撃ち込まれて肉塊にされる。

 

「後はこっちのもんだ…!」

 

 プラズマ式ボウガンを元の位置に戻し、再び大剣を握れば、邪魔なBETAを斬り殺しつつ、生身でのレーザーヤークトを行う。

 光線級を排除するのに使うのは、自分の得物である大剣だ。撃つ前に全速力で近付き、巨大な二つの眼球に向けて巨大な刃を振り下ろして斬殺する。

 時には放った瞬間を見計らって斬り殺せば、光線級はレーザーを撃ちながら死ぬ。そのレーザーは決して誤射しないはずの大型の要撃級に命中し、物言わぬ屍へと変える。

 

「うぉ!?」

 

 夢中で目に見える光線級を斬り殺し続ける中、側面からレーザー攻撃が来た。

 これを寸での所で回避したシュンは、今度は跳ね返してやろうと思い、レーザーを撃ってくるまで他のBETAの攻撃を回避しながら待つ。

 

「オラっ!」

 

 レーザーが来たタイミングを逃さず、当たる寸前でレーザーに向けて大剣を振れば、放たれたレーザーは別の要撃級に命中した。

 ここでシュンは、このスレイブが光線級のレーザーを跳ね返せることが分かり、更に飛んでくるレーザーを他のBETAに当てながらレーザーヤークトを続行する。

 返り血を浴び、少しのダメージを受けながら殺し続ける中、やがて全ての光線級を狩り尽しのか、後に残るのは無数のBETAのみだった。

 

「よし、目玉狩り完了だ。後は要塞に戻って、救援が来るまで嬢ちゃんたちを守らねぇとな…!」

 

 レーザーヤークトを成功させれば、シュンは制空権が確保された空を飛び、救援が来るまでカティアとファムを守るべく、全速力で要塞へと戻った。

 シュンが相手に舌BETAは五万体以上であるが、自分の方へ来たのは恐らく千体ほどだろう。大多数は要塞へと向かい、少数だけをシュンの方へ向けた様だ。おそらく既に要塞内に侵入され、中に居る兵士たちは小型BETAに虐殺されている頃だろう。

 カティアとファムも殺される危険性もあるので、シュンは地上のBETAを無視しながら全速力でノィエハーゲン要塞を目指した。

 

「…っ! やっぱり来たな。それもヘリ付き、って、攻撃ヘリ(ガンシップ)かよ」

 

 生身によるレーザーヤークトのおかげか、アイリスディーナの送った戦術機二機の救援部隊が来た。機体の肩に付いてある番号からして、アネットとテオドールだろう。

 要塞の兵士たちを乗せるためのヘリも来ていたが、ヘリの機種はMi-24ハインドと言う東側諸国の戦闘ヘリだ。

 一応、兵員輸送能力はあるが、一個分隊程度しか乗せられない。つまり、カティアとファム以外は助けるつもりは無さそうだ。これにシュンは悪態を付いたが、もうクルト達は助からないだろう。

 そんなクルト達に申し訳ない気持ちになりつつ、シュンは要塞へと着けば、壁を体当たりで破壊し、内部に侵入した小型種のBETAを殺しながら二人の元へと向かった。

 

 

 

「こいつはどうなって…!? 光線級だけが死んでる!?」

 

 アイリスディーナの命と、行方知れずの義妹の面影を残すカティアを救いたいと言う気持ちで、仲間と姉のように慕うファムを助けたいと言う気持ちから同じく志願したアネット共にノィエハーゲン要塞へと来たテオドールは、真っ白な雪原が赤く染まり、近接武器で殺したかに見える光線級の死骸を見て、驚きの声を上げた。

 自分等がここで滞空できるのは、光線級が排除されているからだが、それを誰が戦術機無しでやったことに、テオドールは驚きを隠せなかった。アネットも同様で、救出を忘れる程であった。

 突撃砲の空薬莢は、要塞内に放棄されているカティア機の周囲にしかない。

 

「神の使いでも来たか…?」

 

 テオドールはこの世界の誰にも起こせない所業を起こした者は、神の使い以外考えられなかったが、ここに来てカティアの事を思い出し、センサーをフル稼働させて彼女たちが要塞内に雪崩れ込んで来るBETA相手に抵抗している場所を特定する。

 

『居た!?』

 

「あぁ、居たぞ…! カティア!!」

 

 アネットの問いにテオドールはそう返答すれば、天井を戦術機の拳で突き破り、カティアを見付けた。

 既にカティアと意識の無いファムを残し、要塞の兵士は全てBETAに殺され、残りは瀕死のクルトだけだ。彼女を見付けたテオドールは迷わず周囲に居るBETAに向けて突撃砲を放ち、周囲のBETAを一掃した。

 一掃すれば、テオドールは要塞内へと入り、アネット機もこれに続いて要塞内に居るBETAに向けて突撃砲を浴びせる。

 

「カティア! 無事か!?」

 

「だ、大丈夫です! エーベルバッハさん! はやくラン中尉を!」

 

「あぁ、分かった! それとあのゴリラは!?」

 

 周囲の確保をアネットに任せ、コックピットのハッチを開けて直接カティアの顔を見て無事を問えば、彼女は泣き顔を浮かべながらも無事であると答え、担架の上で寝ているファムを乗せるように必死で告げる。

 これに応じれば、シュンは何所に居るのかを問う。

 

「そ、それが、一人でBETAを足止めに…!」

 

「あいつ、馬鹿か!? クソッ、どうせ死んでいる! おっさん! あいつはもう…!」

 

 これにカティアは、先ほどのシュンが一人で無謀にBETAを足止めに向かったと答えれば、テオドールは既に死んだと確定して、ハインドに乗っている男に死んでいることを無線機で告げる。彼らは知らないかもしれないが、光線級を排除して制空権を確保したのは、デバイスを起動し、スレイブを持っているシュンである。無論、信じられないが。

 ヘリの兵員室に居る男は、シュンは死んでいないと否定した。

 

『いや、奴は不死身だ! 何所からか来るさ! 取り敢えず坊ちゃんはお嬢ちゃんと白雪姫を運べ!』

 

「何言ってんだ!? あの状況で…」

 

『おーい! 待ってくれぇ!!』

 

 あれだけのBETAを相手にシュンが死んでいないと告げる男に、テオドールはヘリに乗る男は狂っていると思ったが、噂をすればと言わんばかりに件の男は彼らの前に現れた。

 

「バートルさん!? 生きていたんですね!」

 

「おいおい、マジか!? 冗談だろ!?」

 

『言ったろ。奴は不死身だと』

 

 件の男とはシュン。それが若干の軽傷だけで、小型BETAを持っている突撃銃で殺しながらこちらへ来た。これにカティアとテオドールが驚きの声を上げる中、ヘリの男はハッチを開けて梯子を降ろした。ちなみに、デバイスは解除してスレイブも待機状態にしてある。

 

「お前、どうやって…!?」

 

「バートルさん! 心配したんですよ!? あんなことは…」

 

「今は質問している場合じゃねぇ! とっとっとズラかるぞ!」

 

 これにシュンを質問攻めにしようとした二人だが、彼はそれを無視して投げられた梯子を掴んで、ヘリに乗り込もうと上がり始めた。

 

『エーベルバッハ! もう持たないよ!』

 

「まぁ、後で基地に帰ったら答えろよ! カティア、中尉を機体の左手に!」

 

「はい!」

 

 それは後で聞くとして、テオドールたちは急いで要塞内から撤収し始めた。

 

「おっと、解釈は居るか…?」

 

 その際にシュンは、瀕死のクルトに向け、拳銃の銃口を向けて解釈は居るかどうかを問うたが、彼は首を横に振って煙草を口に加え、先端に火を付けてからいらないと告げた。

 

「いや…自分の始末くらいは、自分で出来る…あんたは、生きてあの娘を守れ…! 俺が言えるのはそれだけだ…!」

 

「そうかよ。約束は守れないと思うが、出来る限りそうするぜ」

 

「是非ともそうしてくれ…それじゃあ、あばよ、神の使い様…」

 

 煙草を吸いながら、クルトはカティアを守るようにシュンに告げた。死に際の戦士に対し、シュンは出来る限りのことは約束すると答え、梯子を上がった。

 これにクルトは最期の笑みを浮かべ、シュンがこの世界の人間ではないことを見抜いた発言を交えながら別れの言葉を告げた。

 ヘリと二機の戦術機が要塞内から離れるのを見送った後、クルトは無数のBETAが近付いてくる前に、吸い終えた煙草を穴が開いている燃料缶に向けて投げた。

 火が点いた吸い殻が当たった燃料缶は、空いた穴から漏れ出している燃料に引火し、そのまま近くにある爆薬に引火して周囲のBETAを巻き込んだ。無論ながらクルトもそれに巻き込まれ、先に戦死した戦友達と共に炎に呑まれた。

 

「曹長…」

 

 空いた天井から彼が爆発の炎に呑まれたのを見逃さなかったシュンは、命懸けで戦った兵士に対する敬意として、敬礼を行う。

 

「あいつは残念だったな」

 

「お前、いつの間にここへ?」

 

 数秒間行った後、自分を助けた男の方へ視線を向ければ、意外な人物であることに驚く。

 その男はガイドルフ。この世界に来てからは、第666戦術機中隊の基地で顔を合わせて以降だ。どうやって戦闘ヘリをチャーターしたのか、シュンはそれをガイドルフに問う。

 

「社会主義国家で、軍用ヘリをチャーターするのはヤバいと思うが?」

 

「大丈夫だ。このヘリを所有する連隊長に小遣いを渡してある。更に連中の密告者達にも小遣いを渡した。シュタージには密告されないさ。パイロットも含めてな」

 

「なるほど…」

 

 連隊長や軍にも居る密告者等にも‟小遣い‟を渡してチャーターしたと答えるガイドルフに、シュンは納得して近くの席へ腰を下ろし、懐に仕舞ってあるスキットルを取り出して要塞を見た。

 ガイドルフも懐から煙草を取り出して、一本口に加えながら先端に火を点け、同じく要塞を見る。

 それから物の数秒後に、既に陥落したノィエハーゲン要塞へ向け、凄まじい砲弾とロケット弾の雨が降り注いだ。

 もはや要塞を完全に消滅させる勢いの砲撃だ。既に生存者がいないと分かっていての砲撃であり、内部や要塞周囲に居るBETAを殲滅している。

 

「やれやれ、これじゃあ生き残っていても、砲撃で始末されてただろうな」

 

「それが奴らのやり方さ。精々、頑張るこった」

 

 猛烈な砲撃を受けるノィエハーゲン要塞を見ながら、シュンはあの場に留まっていれば、味方の砲撃で消されていたと口にすれば、ガイドルフは紫煙を吐きながら、国家人民軍の非人道的なやり方を口にした。

 かくしてシュンは、カティアと共にシュヴァルツェ・マルケンの戦列へと戻る事となった。




怖い! 生身で大剣をぶん回しながらレーザーヤークトをする男!

まぁ、みんなは魔法やらなんやらで生身でBETAと戦いますが、俺は男らしく大剣と銃火器のみでやりました。

そんで柴犬のアニメからもう二年が経つんだな…早いな…

次回からはオリジナル回です。
何が出るかは、それは見てからのお楽しみ。

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