復讐異世界旅行記   作:ダス・ライヒ

28 / 118
Gジェネ面白すぎて執筆進まない…


犬の化け物

「ちょっと、道開けなさい!」

 

 シュンが既に牢から脱獄し、装備を探し回っている頃、彼と戦った経験のある桃色の髪の少女は、ルリが着ているような武偵の制服を着て、聖ヴァンデミオン騎士団の野営地に、仲間である彼女を助けようと押し掛けていた。

 出入り口を固めるリーエンフィールドNo4小銃を持つ番兵たちは、その少女が話す言語を全く理解できず、首を傾げていた。

 彼女らは後方に居るような二級戦部隊であり、装備も古い物ばかりで移動手段はトラックでは無く自転車で済まされている。

 高卒か中卒である物の、ワルキューレの公用語である英語を全く話せず、古ノルド語以外しか話せない。

 

「?」

 

「もぅ、あんた等じゃ話にならないわ。士官を呼びなさい、士官を!」

 

 言語力がある将校を呼ぶように少女はジェスチャーで告げるが、番兵はそれを理解できず、無線機で「異常者が出て来た」と本部に報告し始める。これを少女はようやく理解したと思っていたが、不審者として扱われるとは思いもしなかった。

 

「ようやく理解できたのね。さぁ、早く…」

 

 士官が来ると思いきや、銃剣が付いたステンMkⅤにスターリングMk3短機関銃、L1A1自動小銃を持った兵士らが来て、自分に向けて銃口を向けていることに驚き、思わず太腿のホルスターにあるコルト・ガバメント自動拳銃に手を伸ばしてしまう。

 

「(こ、こいつ等…!)」

 

『何をしている!? 貴様ら!!』

 

 一戦交える覚悟で、ルリを助けようと思ったが、ヘンマの声が聞こえ、自分を捕らえるか、もしくは殺そうとした兵士らを一喝して止めさせた。

 

「【ヘンマ殿だ! 総員整列!!】」

 

 その一角で自分等の最高クラスの上官であるヘンマが来たのが分かった兵士らは、直ぐに横隊で整列し、左手で銃を持ち、やって来る聖ヴァンデミオン騎士団の参謀に向けて陸軍式の敬礼を行う。

 自分に向けて横隊で整列して敬礼を行う兵士らの中で、一番階級の高い者に、古ノルド語で何をしていたのかを問い掛ける。

 

「【で、伍長。ここで何を騒いでいた?】」

 

「【そこの少女が訳の分からぬ行動をしたので、異常者だと思って捕らえようと思いました!】」

 

「【そうか。そう言えば貴様らは誰一人英語ができんかったな、代わりに私がそこの幼き少女に問い掛けてやろう】」

 

 少女を見ながら伍長階級の兵士が答えれば、ヘンマは自分が代わりに問い掛けるため、その少女の元へ近付く。

 

「おい、小学生の娘。貴様、ここはキャンプ地では無いぞ。大人しく親の所へ帰れ」

 

「なっ!? なんでこうも私の事を…!!」

 

 またしても自分の歳を外見で判断する相手に、少女は怒りを隠せないでいるが、ここで仕掛ければ、横隊を組んでいる兵士等に撃たれる可能性が高いため、そこは抑えて自分の名を名乗り、ルリを返すように告げる。

 

「私は神崎・H・アリア、東京武偵学校高等部の二年A組、強襲科(アサルト)所属。単刀直入に言うけど、あんた等の行動は拉致その物よ。何所の国か組織の連中か知らないけど、今すぐ私の仲間で高等部一年の冴島瑠璃を返しなさい。じゃなきゃ、厄介なことになるわよ?」

 

 そう自分の名を明かし、直ぐにルリを返すように告げるアリアであるが、ヘンマはそれを鼻で笑う。

 

「ふん、子供が。直ぐに返さないと厄介なことになる? 小娘が、それはこっちの台詞だ。我々はどの国家や組織よりもこの世界を自由に出来る権限を持っているのだ。貴様程度の小娘、簡単に捻り潰せるわ」

 

 自分等は、この世界のどの国家や組織よりも更に上の権限を持っている。

 それを聞いて怯んだアリアに向けて告げるヘンマは、更に追い込むために腰の剣を抜き、剣先を彼女に向けて突き付けながら続ける。

 

「それにあの少女は我らが求めし乙女! そう易々と渡すわけにはいかん! 命が欲しくければその少女の事は諦めることだな。もし、無理に連れ帰ろうとするなら、貴様は蜂の巣だ。その防弾制服など、小銃弾では防ぎようは無いだろう。大人しく帰るんだな」

 

 真面に手を出せないアリアに向け、ルリの事を諦めるように告げた後、ヘンマは周囲の兵士等に彼女を野営地から追い出すように指示を出した。

 

「【衛兵! この小娘を野営地から追い出せ! 殺すんじゃないぞ!】」

 

『火事だぁ!!』

 

 古ノルド語で指示を出すヘンマであったが、その時にシュンがルリを解放し、自分等の上官であるミルドレッドを浚い、天幕に火を点けたことを知らせる大声が響いた。

 

「何事!?」

 

「(今ね!)」

 

 その声に、衛兵や番兵を含めるヘンマたちが一斉に後ろへ振り返ったのを確認すれば、好きを見逃さず、アリアは番兵の銃剣付きのリーエンフィールドNo4小銃と予備弾倉が詰まったポーチを奪い、野営地の中へ入り込んだ。

 

「ぬぉ!? 小娘めぇ!! 追え、追うんだ!!」

 

 自分等が火の点いた天幕がある方向へ振り向いた瞬間に、野営地へ入り込まれたため、ヘンマは怒り心頭になり、衛兵や自分の部下たちに番兵から奪った銃を持って野営地の中に入り込んだアリアを追うように告げた。

 

『あっちの方へ逃げたぞ!!』

 

「ルリは、こっちのようね」

 

 他の天幕に燃え移るのを防ぐため、もしくはシュンが逃がした馬を捕まえるために右往左往する将兵や女騎士たちを避けつつ、アリアは彼らが逃げた方向へ指差す女騎士を見て、そちらの方向へ逃げたと確信した。

 

「この!」

 

 背後より女騎士が捕まえようと飛び掛かって来たが、アリアには既に気付かれており、地面を強く蹴って高く飛んだ彼女に、コイフを被った頭を小さな足で蹴られ、顔面を地面に叩き付けられた所で逃がしてしまう。

 それから追い付いてきた数名がアリアを捕まえようとしたが、相手をその外見故に子供と思って舐めて掛かり、返り討ちにされて逃がすばかりだ。

 

「ようやく捕まえた…」

 

「あれが良さそうね」

 

 追ってくる女騎士や兵士らを打ち倒して行く中、逃げた馬を捕まえることに成功した姫騎士を見付けたアリアは、彼女が捕まえた馬を奪うべく、持ち前の運動神経で馬に飛び乗り、手綱を握って馬を走らせる。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 せっかく捕まえた馬を、見ず知らずの幼い少女に奪われたため、姫騎士は必死で追おうとするが、馬術に優れているアリアが走らせる馬に、徒歩で追いつけるはずも無く、奪われてしまう。

 

「居た!」

 

 実家仕込みの馬術を巧みに使い、奪った馬を走らせてルリを探す中、彼女と気絶させて浚ったミルドレッドを前に乗せて黒馬を走らせるシュンを見付け、一気に近付き、彼から彼女を奪い返そうとする。その時、ドミニクの隣に通り過ぎた。

 

「だ、誰だ…? ぬぁ!? 子供ではないか!? 幼き少女よ! これは遊びでは無いぞ!!」

 

 彼女は自分の存在を知らなかったらしく、子供が捕まえた馬に勝手に乗って走っていると勘違いした様子だ。

 またも自分を子ども扱いする者に対し、アリアはシュンと同じ反応を見せる。

 

「子供じゃない!」

 

 そう遠くなる長身で筋肉質の女騎士に吠えた後、アリアはルリと浚った女騎士団長を馬に乗せて逃走するシュンを捉えた。

 

「リーエンフィールドのNo4Mk1モデルね。なんでこんなの持ってるか分からないけど、第23連隊に属してる頃に散々触り尽してるから問題ないわ」

 

 自分の祖国であるイギリスでは、軍用銃から退役して今は猟銃として使われている古い小銃に少し驚きつつも、訓練生時代に散々使って来た経験があるためか、余りに気にせず、ラダーサイトを開いて照準器に馬を走らせるシュンを捉えようとする。

 

「待ってなさいよ。直ぐに助けてあげるから」

 

 そうシュンがルリを浚ったと勘違いしているアリアは、揺れる馬の上で引き金に指を掛け、しっかりと銃身を左手で掴み、ストックを肩に押し付けつつ、照準がターゲットに重なるのを待った。

 

「(ライフル何て久しぶりに使うけど、感覚は覚えているわ)」

 

 ボルトアクション式ライフルを長らく触れていないアリアであるが、感覚は覚えているため、しっかりと安定した構えが出来ていた。

 

「今…!」

 

 照準がシュンに定まれば、アリアは迷いなく引き金を引いた。

 

 

 

 銃声が鳴り響いた直前、自分に銃口を向ける存在をシュンは感じ、直ぐに身を屈んで飛んできた銃弾を咄嗟に躱した。

 

「(あのお嬢様騎士団で出来る奴、あの男女か!?)」

 

 あの状況で自分に追いつけるのは、ノエミただ一人と思っているシュンであったが、いざ振り返ってみると、そこには懲りずに立ち向かって来たアリアの姿があった。

 

「あの小学生、どういうつもりだ?」

 

「あっ、アリアちゃん! おーい!」

 

 馬に跨りながら小銃をしっかりと構えるアリアの姿を見て、シュンは何故、自分に挑んで来るのかを疑問に思っていた。アリアと友人なのか、ルリは身を乗り出して彼女に手を振る。

 撃ってくる相手に向け、手を振るルリを見たシュンは、即座に彼女の頭を引っ込める。

 

「馬鹿、頭下げてろ! 撃たれてんだぞ!!」

 

「ふぇ!?」

 

 助けに来たと思われる友人に自分の無事を知らせようとするルリの心理を知らないシュンは、強引に頭を引っ込めさせた。それがアリアの誤解を招くことになり、更に追撃の手が強まる事とは知らずに…。

 

「あいつやっぱり…! ルリ! 頭引っ込めときなさい!!」

 

「えっ、違う…」

 

 その行動でシュンがルリも浚ったと勘違いしたアリアは、彼女に向けて頭を下げている様にボルトを引いて空薬莢を排出してから告げ、ボルトを押し込んで次弾を装填して再び大男に向けて射撃を続ける。

 一発、二発、正確な射撃が続き、飛んでくる銃弾がシュンの頬を掠める。

 

「クソッ、45口径を馬鹿みてぇに撃ちまくってた前とは大違いじゃねぇか!」

 

「アリアちゃんは、イギリスの義勇軍に居たって言ってた」

 

「イギリスの義勇軍? 国防義勇軍って奴か。多分、第21か第23だな。通りで他の奴らとは違って動きが良いわけだぜ」

 

 先ほど45口径の自動拳銃を二挺で撃っていた小柄な少女とは違い、小銃で正確な射撃を行うアリアに対しシュンは毒づいたが、それを聞いてルリは彼女がイギリスの第23SAS連隊に属していた時を相手に告げる。

 それに納得したシュンは、アリアは実戦経験のある軍人から訓練を受けたと認識し、ジグザグに動いて照準を絞らせないようにする。

 

「ちっ! 定まらない!」

 

 五発目を撃ち込んだところで、照準が定まらないことに苛立ちながら、先読み撃ちを行おうと、その先を撃ち込もうとするが、それを読んでいるシュンは一定の一に留まらず、一秒足らずで動かす。

 

「ふぁ!? なんだここは!? どうなっている!?」

 

「おぅ、お目覚めか。あんまり動くなよ」

 

「こんばんは、お姉さん。あんまり暴れない方が良いよ」

 

 そんな膠着状態が続く中、気絶していたミルドレッドは目覚め、知らぬ間に馬に乗せられ、銃撃を受けていることに驚き、混乱して暴れ回ったが、いつの間にかいるシュンに声を掛けられ、ルリに挨拶されて身体を落ちないように抑えられる。

 

「離せ! 私を犯す気であろう! その前に死んだ方がマシだ!!」

 

「だ、駄目…」

 

 漆黒の剣士であるシュンに掴まれば、犯されると思ったミルドレッドは暴れ始める。

 ルリは止めようとするが、シュンがその手を払い、暴れる彼女のズボンを掴み、地面すれすれまで顔面を落とす。

 

「ひぃぃぃ!?」

 

「死にたいんなら、今すぐここで死ね。お前見てぇな奴なんざ、足手まといだ」

 

「嫌…死にたくない! 死にたくありません!!」

 

 凄い速さで通り過ぎて行く堅い地面を見て悲鳴を上げるミルドレッドに対し、死にたいと告げる彼女に対し、シュンはルリを払い除けながら無慈悲に落とそうとするが、彼女は目前に迫る死に恐怖して、上げてくれとせがむ。

 

「よし、それで良い。大事な人質だからな、あんたは」

 

 それに応じてシュンはミルドレッドを上げ、元の位置に置き、大切な人質であると告げる。そんなミルドレッドを人質に使うシュンの非道さに、ルリは治安を担う組織に属している故か、それに反発して彼に異議を唱える。

 

「人質って、酷いよ。この人は命令されてやっただけだよ! 悪いのはこの人に命じた…」

 

「うっせーぞ! そいつ等がどうなろうが俺の知っちゃこっちゃねぇ。俺が本気なら、あの野営地の連中なんぞ皆殺し出来たんだぜ。例え嬢ちゃんが居てもな!」

 

「や、やはり禍々しい男…! その魔剣に持つ黒き悪魔…!!」

 

 少女の異議にシュンは一睨みで黙らせ、あの場で装備を取り戻した後、直ぐに野営地の将兵らを皆殺しに出来たとルリに告げた。

 それを聞いてか、両手を後ろに縛られているミルドレッドは、シュンは漆黒の剣士では無く、悪魔その物であると自覚する。

 

「ちっ、あの餓鬼。金魚のフンみてぇにしつけぇな。いっそ、落馬させてやる…」

 

 そんなシュンは、背後より小銃を撃ってくるアリアを黙らせようと、肩に掛けてあるL1A1を取り、安全装置を解除し、落馬させようと片手で撃とうとしたが、ルリにその手を掴まれる。

 

「なにしやがる!?」

 

「駄目! 友達も、追ってくる人たちも誰一人!!」

 

「んなこと言ってる場合か!? ここでやらなきゃ…」

 

 銃を持つ手を小さな両手で必死に撃たせないようにするルリに対し、シュンは払い除けようとしたが、彼女は両手で銃を握る手に掴まって必死に撃たせないようにしている。

 強引に振り解こうとしたシュンであったが、アリアでも無く、ノエミでも無い不気味な存在を感じ、左手でFNハイパワー自動拳銃を素早く抜き、数発ほどその方向へ撃ち込んだ。

 

「おいおい、どうなってんだ? この世界はファンタジーでも地獄じゃねぇ世界のはずだろ…?」

 

「なに…これ…?」

 

 その方向に居た不気味な存在を銃で排除した後、シュンはこの世界に居ないはずの敵に驚き、思わずここがまだ幽鬼や魔物が存在する類の世界であると思ってしまう。

 それを見たことが無いルリは、周囲に居るシュンが撃った物と同様な物が旋回しているのを見て、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる。

 

「な、なんだこれは…!?」

 

 ミルドレッドに関しては完全に混乱しきっており、ただ周囲を旋回する未知の存在に怯えるしかない。追撃しているアリアにも見えているようで、彼女は銃を構えるのを止め、辺りを旋回する物に釘付けになっている。

 そんな二人に対しシュンは、右手に掴まっているルリを元の位置に降ろし、自動小銃を肩に掛け直してから、大剣(スレイブ)を引き抜いた後にその正体を告げた。

 

「こいつ等は幽鬼だ。本来なら魔物とか居る世界しか居ねぇ筈だが、どうなってんのか知らねぇが、突然出て来て襲って来やがった…マジでどうかしてるぜ、この世界」

 

 そうルリやミルドレッドに、この世界には存在しないはずの周囲に居る敵について説明した後、背後より襲って来た幽鬼を大剣で切り裂いた。

 

「この大剣、幽鬼も斬れんのか。なんでも斬れるんだな」

 

 実体化していない幽鬼を容易く切り裂いて消滅させたスレイブに、シュンは驚きながらも次から次へとくる幽鬼を斬って行く。

 

「頭下げとけ、誤ってぶった斬っちまうぞ!」

 

「ひっ!?」

 

 馬を走らせながら大剣を片手で振り回すシュンは、前に座るルリと乗せているミルドレッドに頭を伏せているように告げ、襲い掛かる幾多の幽鬼を斬り続ける。

 追撃してくるアリアにも見えているのか、彼女は驚きながらも襲ってくる幽鬼に向け、所銃を撃ち込んでいた。通常の実弾でも、幽鬼に効果があると分かったシュンは、前に座って悲鳴を上げるミルドレッドの身体を掴んで落ちないようにしているルリに、持っている小型短機関銃で幽鬼を撃つように命じる。

 

「銃も効くみたいだな。おい、嬢ちゃん、スターリングMk7(そいつ)をぶっ放して排除しろ」

 

「え? オバケに効くの?」

 

「後ろ見て見な」

 

 幽鬼に実弾が有効であることを知らないルリは、それを疑問に思って問えば、シュンは顎で後方を見るように告げる。

 

「あっ、効くんだね」

 

「そうだ、早くぶっ放せ。空薬莢が馬に当たらねぇようにな」

 

「うん!」

 

 アリアが小銃で幽鬼を撃ち抜いて消滅させたのを確認すれば、ルリは実弾が有効であることを知り、持っている銃紐で吊るしてある短機関銃を手に取って向かってくる幽鬼を撃ち始める。

 これで襲ってくる幽鬼の数は更に減るが、進む度に結城は増えており、更には犬の化け物のような魔物まで現れた。

 

『グォォォ!!』

 

「犬の化け物まで出てきやがったか。どうなってんだこの世界は?」

 

「知らないもん! 私、この世界に来てまだ日も浅いし!」

 

 襲い掛かってくる犬型の魔物を切り裂きつつ、魔法も無い世界なのにありえない現象の連続にシュンがどうなってるのかを問えば、ルリはこの世界に来てまだ日が浅い事も告げ、目前で起こっている怪奇現象は全く知らないと答える。

 

「そうかよ! なら、あの屋敷に逃げ込むぞ!」

 

 その答えを聞いたシュンは、目前に見える屋敷に逃げ込むため、馬を全力で走らせた。

 

「何よこいつ等!? こんなのが日本に居たわけ!? 科学的根拠も無いわ!」

 

 一方でルリや女性を浚ったと勘違いしているシュンを取り逃がし、行く先を恐ろしい風貌の敵に阻まれたアリアは、馬から飛び降り、集団で襲ってくる神話や悪夢でしか出てこない不気味な敵を排除しながらも混乱していた。

 彼女が言う通り、襲ってくる犬の化け物や幽鬼には科学的根拠は一切ない。

 根拠があるとすれば、この異形の化け物たちが敵であり、特に犬は口から湯誰を垂らしながら自分を殺しに来ていると言う事だけだ。

 

『子供ノ肉ゥ…!』

 

『噛ミ付ク! 食イタイ!!』

 

「気持ち悪い奴らね…良いわよ、みんな纏めて風穴開けてやるわ!」

 

 周囲を囲み、肩ことながら人の言葉を喋る犬の異形の化け物たちに対し、アリアは小銃を肩に掛け、両脚の太腿にあるホルスターから抜いた二挺のコルト・ガバメント自動拳銃を抜き、自分のお決まりの台詞を言って恐怖を打ち消した後、向かってくる三匹の犬型に向けて発砲した。

 二匹目を同時の発砲で仕留めれば、中央の犬の頭を蹴り上げ、それから宙を舞っている間に二発撃ち込んで仕留める。完全に動かなくなったのを確認した後、次から次へと襲ってくる犬型の魔物を二挺の拳銃で仕留め続ける。

 弾が無くなれば素早く二挺の拳銃を太腿のホルスターへ戻し、今度は背中の二本の太刀を引き抜き、向かってくる犬型の魔物を引き続き殺し続ける。

 

「はぁ、はぁ…キリが無いわね…!」

 

 既に数十匹の魔物を一人で排除したアリアであるが、減るどころか増えており、涎を垂らしながら食欲旺盛に向かってくる。

 生き残るため、必死に太刀を振るい、的確に排除して行くアリアであるが、数が多過ぎたためか、懐に一匹が入り、小さな腹を食い千切らそうになる。

 

「しまった!?」

 

 懐に入った一匹に気付き、アリアは魔物の獰猛な牙で自分の腹が食い千切られると思ったが、聞き慣れた銃声が鳴り響き、自分を噛み千切ろうとした犬型の魔物は血飛沫を上げながら地面に倒れた。

 

「C8A1カービン!? 一体誰が!?」

 

 聞き慣れた銃声でその銃を即座に判別すれば、銃声がした方向へ振り向いた。

 そこに居たのは、自分と同じくシュンを追跡していたノエミだ。彼女も幽鬼や魔物に阻まれ、到着が遅れたのだろう。馬より飛び降りた彼女は、アリアの周囲に居る魔物の頭を正確に撃ち抜き、的確に排除して行く。

 

「貴女は!?」

 

「今は生き残る事が先決だ。世界に雄飛せよ。人種、国籍の別なく共闘すべし」

 

 問い掛けるアリアであるが、ノエミは自分が知る武偵憲章の九条のことを告げれば、彼女が銃の再装填をしている間の時間を稼ぐため、左腰の細身の剣を抜き、襲い掛かる魔物を排除する。

 

「それ、武偵憲章九条…!? どうしてあんたなんかが!?」

 

「お前たち武装探偵の資料を読ませてもらった。だが、今は生き残る事が先決だろ? 朝まで粘れ! こいつ等は夜明けと共に消える!」

 

 拳銃と小銃の再装填をしながら問えば、ノエミは武偵についての資料を読んだと答え、今は生き残る事が先決である事と、夜明けまで粘るように告げ、細身の剣を振るいつつ、カービン銃を撃つ。

 

「確かにそうね。今は、共闘の時!!」

 

 銃の再装填を終えたアリアはその答えを聞き、ノエミと共に襲い掛かる魔物を排除し続けた。

 

 

 

「クソッ、近付く度に増えてやがる!」

 

 アリアやノエミが多数の魔物と交戦を開始した後、シュンとルリ、ミルドレッドは屋敷の手前まで来ていた。だが、屋敷に近付くにつれて犬型の魔物が増え、対応しきれなくなる。

 向かってくる無数の魔物を斬り続けるも、減るどころか増えるので、徐々に対応しきれなくなり、乗っている馬が魔物の攻撃を受け、バランスを崩す。

 

「わっ!?」

 

「(落ちる!?)」

 

 その衝撃でルリとミルドレッドは落馬し、硬い地面に落下しようとしていた。

 硬い地面の上に落ちれば、体格の小さいルリや半裸状態のミルドレッドは無事では済まないだろう。

 そんな二人の身代わりとなる為、シュンは馬から降り、素早く二人を抱き抱え、受け身を取って落ちた。

 

「あ、ありが…」

 

「礼なんて言ってる暇あったら、このワン公共をぶっ殺してからにしろ」

 

 身代わりとなってくれたシュンに礼を言おうとするルリであるが、彼はそんな暇は無いと答え、二人を立たせてから周りを包囲する魔物に向け、見張りより奪った自動小銃で向かってくる敵から排除する。

 ルリもまた持っている小型短機関銃を連射して排除するが、反動を無反動に近いくらいに軽くするため、元の9mmパラベラムよりも重量と火薬量が低い拳銃弾である25ACP弾を使っているため、群がる犬型の魔物一匹を倒すのに、三発以上の弾丸が必要であった。

 弾倉が三十四発以上で一匹倒すのに三発必要であるなら、倒せるのは十一匹以上だ。

 先の幽鬼との戦いで一つの弾倉を使い切っているので、搭載している弾倉を除き、予備の弾倉二つを含め、後、三十体以上しか殺せない。

 結論から言えば、シュン頼りの戦闘になる。ルリも剣も持っているが、周囲を包囲する犬型の魔物と戦えるとは思えない。

 結局のところ、シュンが一人で戦うしかないのだ。

 

「キリがねぇな。おい、早くそこの女を屋敷に入れろ!」

 

「えっ、でも…」

 

「良いから早くしろ!」

 

「う、うん!」

 

 群がってくる犬を幾ら倒してもキリが無いと判断したシュンは、ルリにミルドレッドを屋敷に入れるように指示する。これに口答えするルリであるが、凄い剣幕で言われ、恐慌状態のミルドレッドを先に空きっ放しの屋敷の玄関に入れる。

 自分が最後に入り、玄関を大剣で壊して屋敷に立て籠もることが出来る。

 

「何やってんだ馬鹿! 馬なんかほっとけ!」

 

「でも、可哀想だもん!」

 

「ちっ、仕方ねぇな!」

 

 そう自分が即行で考えたプランを実施しようとするシュンであったが、あろうことかルリは乗ってきた馬を屋敷の仲間で引っ張って入れた。

 これに腹を立てるシュンであったが、馬を屋敷の外へ出している暇は無いので、向かってくる魔物を排除しつつ、ルリが馬を屋敷内に入れたのを確認してから、自分も屋敷に入り、限界を大剣で破壊し、出入り口を塞いだ。これで朝までは立て籠もることは出来る。

 

「ふぅ…」

 

「余計な事やってくれたな」

 

「だって、私達を乗せて走ってくれたんだもん! お礼しなくちゃ…」

 

 安全な場所に着き、一息ついてからシュンは余計な行動に出たルリに先ほどのいら立ちをぶつければ、彼女は自分らを乗せてくれた馬に礼をしなくてはならないと反論する。

 

「何言ってやがる、馬なんかに礼を…」

 

「きゃっ!?」

 

「なんなのだあれは!? 何故幽鬼や魔物の類はこの世界に居るのだ!? あれは本来、魔力が存在する世界にしか存在しない物のはずだぞ!?」

 

 それに反応し、何か言い返そうとするシュンであったが、パニック状態のミルドレッドが隣に居るルリに近寄り、彼女に先ほどの魔物たちは何故この世界に居るか理解できず、強く問い掛ける。

 

「魔法が存在すんだろ、この世界に。だからあんな化け物共が出る。それが理由だろ」

 

「…っ!? そ、それが理由になる物か! 例え魔法が存在しても、あのような化け物は異常だ! あのような物が現れるのは、邪悪な魔力が溢れている証拠だ! 何故、あの文明にあのような物が存在するのだ…!?」

 

 魔法があるから存在する。

 簡単に物を言うシュンに対し、ミルドレッドは理由にならないと反論して今起こっている現状から逃れたい気持ちとなり、両膝を床に付ける。

 

「何故、私がこんな目に遭うのだ…」

 

 そう辛い現実を前にして泣き崩れるミルドレッドを他所に、シュンは辺りを見渡す。

 エントランスであったらしく、壁にはこの屋敷の主であろう人物が仕留めたとされる雄鹿の首の剥製が飾られていた。

 

「可哀そう…」

 

 同じくエントランス周囲を見渡していたルリも、遊び半分で仕留められ、その上に首を切断されてホルマイン漬けにされ、剥製として飾られている鹿たちの末路を哀れみ、悲しげな表情を浮かべ、自分が思っていることを口にする。

 

「いや、こいつ等よりももっと性質の悪い物もあるぜ」

 

「これって…!?」

 

「この屋敷の主さんは、恐ろしい趣味の持ち主な様子だぜ」

 

 シュンが中央階段の中頃にある壁に、上半身だけの少女の剥製が飾られていることを知らせれば、ルリの表情は絶望的な物となる。

 そればかりか、シュンは自分が居る階の周辺に積み上げられた物や、床に散乱している物まで告げる。

 

「床に吸い殻が大量に、積み上げられた人骨の類…おまけに火薬と煙草の匂いまでしやがる。どうやらここで一戦あったみてぇだな。それにあの人骨から、まだ胃液の匂いまでする…外の犬どもの親玉が居となりゃあ、俺らはそいつ等の巣に入っちまったようだ」

 

 どうやら、あの魔物たちの親玉の巣に入ったようだ。

 そう告げるシュンに、ルリとミルドレッドは表情を青ざめさせる。

 

「ひっ!? じょ、冗談じゃない! こんな所へいられるか!! 私が逃げる!!」

 

「えっ!? ちょっと! 待って!!」

 

「ちっ、パニックになりやがって」

 

 自分等が魔物の巣に入ったと聞いて更にパニックになったミルドレッドは、恐怖して近くの出入り口に走って行った。それを追うようにルリが後を追うが、シュンは面倒くさがり、周囲に使える物が無いか探し始める。

 

「死にたくない、死にたくない!」

 

「待ってってば!」

 

 泣きながら半裸で走るミルドレッドは、追ってくるルリを振り切る勢いで廊下を走る。

 

「明かり!? あそこに…!」

 

 そんな彼女の目の前に、自分から見て右側の部屋から明かりが漏れているのが見えた。

 そこに自分を助けている者が居るかもしれない。

 そう思ってそこへ駆け寄ろうとすれば、その部屋から人が現れた。

 

「何(もん)だぁ、おめぇ?」

 

 部屋から出て来た男は、あの化け物に変貌する醜い男であるが、ミルドレッドは知らず、問い掛けて来たその男に助けを求める。

 

「はぁ、助かった! お前、この屋敷の者だな? 私はお前たちで言えば、この屋敷と同等、否、少し格上の位を持つ。今はわけあってこの格好であるが、私を助ければ、それなりの褒美はやるぞ! 早くお前の持っている連絡手段を寄越せ!」

 

 問い掛けには応じず、ミルドレッドは自分を助ければ褒美をやると告げ、直ぐに電話の類を寄越すように告げる。だが、男はそれには応じず、携帯すら持ってないと告げる。

 

「オラ、そんな物持ってねぇダ。ガラケーとかスマホなんてこれっぽっちも分かんねぇダ」

 

「何を言っている!? お前は携帯電話の類を持ってないと申すのか!?」

 

「はぁ…追い付いた…」

 

 持っていないと答える男に対し、ミルドレッドは血相を変えて怒鳴り散らす。

 そんな時に、ルリが追い付いたが、彼女はお構いなしにこの洋館、屋敷の主は何所に居るのかを問う。

 

「大分寂れているが、お前の主は何所だ!? 直ぐにその者へ…」

 

「食ったダ」

 

 その問いに対し、男は「食った」の一言だけを返した。

 これには意味を理解できず、どういう意味なのか問いを掛ける。

 

「っ? 食った? 何を言って…」

 

 二度も問い掛けるミルドレッドに対し、男は嘘も言わずに正直に答える。

 

「食ったダ。旦那様も、奥様も、オラのこと馬鹿にするメイドも執事達も、料理長も、庭師も、オラに優しくしてくれたお嬢様もみーんな食っちまったダ。だからオラ一人しか居ねぇダ。さっき、鉄砲持った奴らが押し掛けた挙句、オラの友達イジメて蹴り殺したダ。だからそいつ等もみんな食ったダ。ともて不味かったダ。だから、美味い豪富娘のお前も食ってやるダ」

 

 お前を食う。

 そう言ってから男は、大日本帝国と呼ばれるテロ組織の構成員達を食い殺した化け物へと変貌した。

 その恐ろしい姿を見た二人は驚愕し、現実とは思えない光景に固まってしまう。

 

『…っ!?』

 

 風貌は化け物になる前の男の醜さが可愛く見える程であり、もはや嫌悪感すら抱くほどの物であった。頭には無数の触角が見え、胴体は不気味に大きく、足が六本以上見え、大きな手が二本ある。それに触手まで生えており、うねうねと蠢いている。

 その化け物は、恐怖して固まっているルリの匂いを嗅ぎ、興奮し始める。

 

『そこのチッコくてメンコイ娘は…た、堪らねぇ…! ほっぺが落ちそうダ…! 半分食ったら、剥製にしてお嬢様の隣に飾るダ! これでお嬢様も寂しくねぇダ!』

 

 あの少女の剥製は、この屋敷の主の娘であり、目前の化け物に下半身を食われ、残った上半身はホルマイン漬けにされ、屋敷に飾られたようだ…。

 そう聞いてか、ルリは少し怒りを覚え、何とか恐怖に打ち勝って数発ほどの拳銃弾を目前の化け物に浴びせたが、軍用のライフル弾ですら効かない化け物に、非力な小口径県銃弾が通じる筈も無い。

 

『そんな豆鉄砲、オラには効かねぇダ!』

 

 効かないと言う化け物に対し、次にルリは何所からともなく、自分が選ばれた物として渡された剣を出した。

 身体が覚えている構え方をし、剣先を化け物に向ける。

 勇気を振り絞って化け物に挑んだのは良い物の、床に着けている両足は小鹿のように震えており、剣を握る手も震えていた。

 

『んん? 震えているゾ…? 怖いのカ…?』

 

「こ、怖く…ないもん…!」

 

 化け物に問われ、震えながらも怖くないことを告げるが、唯一自分を守ってくれる少女の頼りなさを見たミルドレッドは更に不安になり、余りの恐怖に失禁してしまう。

 

『まぁ良い、一思いに食って…!?』

 

 恐怖する二人に化け物は一思いに触手で捕まえて食そうとしたが、向かわせた触手全てが‟駆け付けて来た者‟によって切り裂かれた。

 

『グギャァァァ! な、何者ダァ!?』

 

「お前がワン公共の親玉だな?」

 

 触手を斬られて痛がる化け物を見て、シュンは外に居る犬型の魔物の親玉であるかどうかを問う。それを聞いてか、シュンを自分の友達である犬を大量に殺した者であると知り、怒りを露わにする。

 

『オメェカァ!? 外で犬たちをイジメタのァ!? 犬をイジメル奴は旦那様でも神様でも許されねぇダ!!』

 

「あん? お前、あれが犬か? 俺には害虫にしか見えねぇけど、なぁ!!」

 

 怒りを露わにしながら問い掛ける化け物に対し、シュンは逆なでするに答え、背後から迫って来た二匹の魔物を振り返り際に大剣で仕留める。

 

『だから犬イジメルナァ!!』

 

 魔物が大剣で切り裂かれて肉塊にされたのを見た化け物は更に怒り、ルリとミルドレッドを放置し、シュンに絞って襲い掛かる。

 初めに飛ばしたのは触手であり、弾丸のようなスピードで来るが、今までの戦いで身に着けて来た反射神経が役に立ち、瞬時に向かって来た触手を全て切り落とす。

 

「こっち!」

 

「なにを!?」

 

 化け物がシュンに気を取られたのを見逃さなかったルリは、戦いに巻き込まれないようにするため、ミルドレッドの手を取って屋敷の奥へと逃げた。

 

『ヌァァァ! お、オノレェ!! 叩き潰してヤルゥ!!』

 

 触手を斬りおとされた化け物は余りの痛みに血が頭に昇り、シュンに向けて体当たりを仕掛けた。

 

「クッ、避けきれねぇ!」

 

 ギリギリ入れるほどの廊下で突進してくる化け物に対し、シュンは逃げるスペースが無いと判断し、防御するために大剣の刀身を化け物に向ける。ルリとミルドレッドの方は、隣の部屋へ逃げ込んでおり、回避することに成功した。だが、シュンの方は体当たりを受け、エントランスまで突き飛ばされる。

 

「ぐぅ!?」

 

 エントランスまで突き飛ばされたシュンは壁に激突し、口から血反吐を吐き、床に倒れ込んだ。鎧を身に着けていないため、ダメージが大きいシュンだが、大剣を杖代わりにして立ち上がり、それを構えて次なる攻撃に備える。

 

『オメェ、なんで生きてんダァ?』

 

「なんでだろうなぁ…?」

 

『フザケヤガッテ! ぶっ殺してヤル!!』

 

 何故、あの体当たりで生きているのかを問い掛ける化け物に対し、シュンは逆なでするような口調で答えた後、化け物はその挑発に乗って両手の拳で殴ってくる。それを防ぐ見事にシュンであるが、一発、一発が重く、足が踏ん張れない。このまま受け続けていれば、いずれ耐え切れずに腹に拳を打ち込まれてしまうだろう。

 

「(仕方ねぇ)」

 

 このまま攻撃を防ぎ切っていても埒が明かないので、強めの攻撃を利用して中央階段まで吹き飛ばされる。

 

「(よし)」

 

 自分が睨んだ通りの場所へ吹き飛ばされたのを確認すれば、直後に受け身を取り、即座に階段の下に隠れた。

 

『そこへ行ったな!? 踏み潰してヤル!!』

 

 自分が階段の下に隠れたのを見た化け物の声が聞こえれば、シュンは初めてこの世界に来たときに調達した火炎瓶を鞄から取り出し、布に火を点けてから、化け物が自分を踏み潰そうとして階段を上がったのを確認すれば、天井に向けて大剣を突き刺した。

 

『グェァァァァ!?』

 

 大剣の刃を頭に突き刺された化け物は余りの痛みに悲鳴を上げて、後退り始めた。

 そんな化け物にシュンは大剣を引き抜き、階段の裏側から飛び出し、容赦なく追撃の手である火炎瓶を化け物に向けて投げ込む。

 

『ヒギャァァァ!? あ、熱ィ!?』

 

 火炎瓶を投げ込まれ、全身に火を浴びた化け物はのた打ち回る。肉が焼ける音が鳴る中、シュンは容赦なく燃え上がる化け物に大剣を振り下ろし、左腕を斬り落した。その際に大剣を持っている右腕から血が噴き出たが、そんなことは関係なしに、二撃目を入れ込む。

 

『ホゲヤァ! い、イテェ…イテェヨォ…!』

 

 燃やされて左腕を斬りおとされた挙句、更に右目まで斬られて潰されたので、余りの激痛に化け物は泣き始める。

 そんな化け物に容赦なく三撃目を撃ち込もうとしたが、化け物が振るった右腕の拳を腹に受け、再び壁に打ち付けられる。

 

「がっ!?」

 

 またしても血反吐を吐き、シュンは地面に倒れる。

 直ぐに立ち上がろうとしたが、化け物が待っている訳が無く、直ぐに近付かれ、大きな口から出た舌で身体を掴まれ、食べられそうになる。

 火は消えていたが、あの火傷ようからして、もう一度火炎瓶を投げ込めば、殺すにはいかずとも、かなりのダメージを与えられそうだ。

 

「クソ…がっ!!」

 

 口の中に放り込まれる直前、シュンは大剣を床に突き刺して何とか耐え切ろうとする。

 

『諦めの悪い餌ダベェ、大人しく食ワレロ!!』

 

「ガァァ…!?」

 

 そんな諦めの悪いシュンに対し、化け物は彼の左足に噛み付き、歯を食い込んで食い千切ろうとした。自分を食おうとする化け物に対し、余裕を崩さず、痛みに耐えながらシュンは直ぐに離すように告げる。

 

「俺は不味いぞ…早く離せよ…!!」

 

『いいや、あの娘たちで口直しするから別に良いダ』

 

「そうかよ…」

 

 右手で必死に床に突き刺した大剣を掴みながら、シュンは左手で鞄から手榴弾を取り出し、それの安全ピンを親指のみで外した。

 

『自爆する気カァ?』

 

「違うね、死ぬのは…テメェだ!!」

 

 シュンが取り出して安全ピンを抜いた手榴弾を見た化け物は、一緒に自爆すると思っていたが、彼はそれを後方に投げた。これを無意味な行動と捉える化け物であったが、暫く時間の空いた手榴弾は空中爆発し、破片が撒き散らされる。

 

『グァァァ! い、イテェェェ!!』

 

 近くで爆発したためか、化け物は激痛の余り、シュンの足を噛んでいる口を離してしまう。

 その隙を逃さず、シュンは大剣を急いで引き抜き、左足から伝わってくる激痛に耐えつつ、少女の剥製が飾られている中央階段の壁まで走る。

 中央階段へと逃げたシュンに対し、更に怒りを積もらせた化け物は食すことを止め、潰して殺す事にする。

 

『ゆ、許さネェ! 犬までイジメタ挙句、焼いたり爆弾を投げ付けやがっテ! もう許さネェ! ズタズタに引き裂いてヤル!!』

 

「そうかよ。なら、やってみな!」

 

『っ!?』

 

 怒りに燃える化け物に対し、シュンは少女の剥製を左拳で叩き潰した。剥製とはいえ、大男が小柄な少女の頭を強く殴れば、骨が砕けて潰れることは確実だ。目前で自分のお気に入りである剥製、否、少女が砕かれたのを見た化け物は絶望した。

 

『お嬢様ァァァ!!』

 

「やっぱりな、この嬢ちゃんの剥製、お前のお気に入りなんだろ? その様子だと、図星のようだな。趣味の悪い野郎だぜ、全く」

 

 剥製が砕かれて絶望して泣き崩れる化け物を見たシュンは、この剥製が化け物の弱点だと判断し、絶望の余り泣き崩れている化け物に向け、火炎瓶を情け容赦なく投げた。

 

『グアァァァ! 殺してヤル、殺してやるゾォォォ!!』

 

 再び燃え上がる化け物は再び火傷を負ったが、痛みよりも怒りが勝ったのか、全身火達磨になりながらもシュンに向けて突っ込んで来る。

 これにシュンは臆することなく大剣の刃を上げ、相手が一定の位置に来るまで待つ。

 

「三、二、一…!」

 

『シネェェェ!!』

 

 シュンの予想通り、化け物は叩き潰せる位置まで来てくれた。空かさず大剣の刃を、相手の頭に向けて思いっきり振り下ろした。

 

『ブヘァ!?』

 

 巨大な刃を頭部に受けた化け物は、血飛沫を上げながら床に叩き付けられる。

 

「オラァァァ!!」

 

 空かさずシュンは燃え上がる化け物の肉体へ向け、二撃目や三撃目を入れ、動けない程の大ダメージを負わせる。

 

『グッ、グアァァ…! や、止めてクレェ…! そ、それ以上やったら、オラ死んじまうダ…!!』

 

「そうか…! なら、なんでお前は化け物になれる? そう言うのになるための薬とか、誰から貰ったんだ? 言うなら助けてやっても構わねぇぜ」

 

 四撃目を入れようとしたところで、化け物は適わないと判断してか、シュンに向けて命乞いする。それを聞いてか、シュンはどうやって化け物になったのかを問うため、助けることを条件に問い掛ける。化け物になれる理由を言えば助かると思ってか、化け物の男は正直にその手段を手に入れた方法を話し始める。

 

『あ、あれは、半年前にオラが執事やメイド、旦那様に奥様にイジメられて犬たちに慰めて貰っていた頃ダ! 不気味な男が突然現れて、こんな姿に慣れる薬をくれて…』

 

「不気味な男だと!? そいつは白衣を着てたか!?」

 

 不気味な男が化け物に慣れる薬をくれたと聞いたシュンは、それに反応してネオ・ムガルのドクターなる人物であるかどうかを問いただす。

 

『いや、執事が着る見てぇな服を着てたダ! 後、顔が不気味だった! そいつから貰った薬を使って、オラが醜いからってイジメて馬鹿にしてた旦那様や奥様も含めた連中を食って、一度は優しくしてくれたお嬢様も拒絶してから上半身だけ残して剥製にしたダ!!』

 

「そうかよ。でっ、その男は何所に行っていつ来たか分かるか? あぁ!?」

 

 ドクターなる人物で無い事が分かった後、目前の化け物にその姿となるための薬を渡したのがドクトルであると分かれば、シュンは件の人物が様子を見るために定期的に来ていたどうか問い掛けるため、化け物の身体に大剣の刃を突き刺しながら問い掛ける。

 

『ヒギャァァ! い、一度しか来てねぇダ! 渡された後は隙にしろって言われただけで、それ以降は会ってねぇダ! ほ、ホントの話ダ!!』

 

「そうか…」

 

 一度しか会ってない。

 拷問してでも問い掛けたのに、違った答えが返って来たので、シュンはネオ・ムガルに関する情報が聞き出せなかったのか、大剣の刃を引き抜き、化け物に何の介抱もせず、その場を後にしようとする。

 

『お、オイ…! 助けてくれるんじゃなかったのカ…!? このままだと、オラ…死んじまうダ…!』

 

「ゆっくり死にな、死は逃げないぜ」

 

『そ、そんな…死ぬのは嫌ダ…母ちゃん…オラ、死にたくねぇダヨ…!』

 

 化け物は立ち去ろうとするシュンを呼び止めたが、死は逃げないと告げられ、そのまま放置される。ゆっくりと死にゆく中、化け物は母親の名を口にしながら助けを求めるが、誰も助けてくれない。

 

「か…あ…ちゃん…」

 

 エントランスからシュンが姿を消した後、化け物は元の姿へと戻り、最期に母の名を口にしながら息絶えた。

 そんな化け物を放置して、ルリとミルドレッドを探すシュンは、彼女らが居るとされる左廊下へ進む。

 

「何所行ったんだ、あいつ等」

 

 大剣を背中の鞘のラックに戻し、二人が元居た場所へ行ったが、そこに二人の姿は無かった。少し独り言を呟いてから、その場で左足の応急処置を済ませれば、二人を探し始める。辺りは明かりが無いために暗かったが、夜間戦闘の訓練を受けているためか、慣れているので、灯りが無くとも探査は可能だ。

 敵が居る可能性が高いので、臨戦態勢のために大剣を抜き、肩に刃を乗せながら探し回る。

 

『や、止めろ!』

 

「向こうだな」

 

 そんな二人を探し回る中、ミルドレッドの声が耳に入ったので、シュンは声がした方向へ急いで向かう。

 

「何やってんだあの嬢ちゃん」

 

 そこへ向かえば、ルリが拘束しているミルドレッドに馬乗りになって、襲っている様子であった。

 小柄な少女に襲われているミルドレッドは必死に嫌がっているが、頬が赤らんでいるので、若干喜んでいるように見える。

 

「仕方ねぇな」

 

 そんなミルドレッドを助けるべく、シュンは彼女に馬乗りになっているルリの頭を軽く叩いた。

 

「へふ!?」

 

「なに女襲ってんだ。って、気絶…じゃねぇ、寝てるだけか」

 

 軽く叩いたつもりだが、ルリは気絶してミルドレッドの胸の上に落ちる。気絶したと思っていたが、睡魔に襲われて寝ているだけであった。これにシュンは呆れ、彼女の制服の襟元を片手で掴む。

 

「起きろ、もう直ぐ夜が明ける」

 

「ま、待て! 何所へ行くのだ!?」

 

 倒れているミルドレッドにそう告げれば、シュンはその場を後にする。そんな彼女は大げさに怒り、彼の後を追う。

 

「さて、明け方になれば、消えてるか…?」

 

 窓を覗いてもう直ぐ明け方が来るのを確認すれば、シュンは窓から離れた。

 その瞬間、背後からついてきたミルドレッドが両手の拘束を解いて、突然自分を押し倒した。

 

「おい、何しやが…っ!?」

 

 押し倒したミルドレッドを押し退けようとするが、彼女の顔を見て、ルリと同等の目をしていることが分かった。

 それに彼女は大剣の刃の上に股を乗せており、引けば直ぐにでも殺せたが、彼女を拘束していた紐で首を締め付けられている所為か、それに先の戦闘でやや疲労していたのか、力が入らない。左腕も同様に力が入らない。

 

「(このアマ、そこの嬢ちゃんと同じく憑り付かれやがったか!)」

 

 目付きがやや死んだような感じであると分かれば、この屋敷に潜んでいる幽鬼か悪霊に憑りつかれたと分かったが、今のシュンにどうする事も出来ない。ルリが起きればいいのだが、彼女は爆睡しており、到底起きそうにないだろう。

 

「(だがな、もうじき朝だ。直ぐに憑りついた霊は離れる)」

 

 しかし、日の出は近く、暫く耐えていれば窓から日が差し、彼女に憑りついている悪霊は日の光を浴びて何処かへ消え去る。

 

「っ!? な、なんだこれは!? どうして大剣の上に!?」

 

 悪霊が離れた途端、彼女は自分の意思を取り戻し、知らぬ間に大剣の刃の上に股を乗せていることに驚き、紐を握る手を放してから立ち上がり、頭を抱えて混乱状態になる。

 

「どうなっている!? 何故ズボンまで脱いでいるのだ…!? お前が脱がせたのか!?」

 

「そんなわけねぇだろ。お前はこのぐっすりと寝てる嬢ちゃんと同じく悪霊に憑りつかれてたんだよ。仕方ねぇことだから忘れろ」

 

 自分が一糸纏わぬ姿となっていることを慌しく問いただすミルドレッドに対し、シュンは適当に答えてから、壁に向けて大剣を叩き込み、破壊して外へ出る。

 

「朝になったら影も形も無くなりやがった」

 

 壁を破壊して外へ出れば、数えるのが嫌なほど居た犬型の魔物は、嘘のように消えていた。

 存在していた痕跡はあったが、それは雑多な種類の犬の屍であり、それが怨念となってあの異形の魔物となって襲ってきた様子だ。その根源を、シュンは先ほど倒した化け物であると思う。

 

「怨念って奴だな。根源は…あの化け物だな」

 

「あの化け物が…か?」

 

「多分、そうだろうな」

 

 後から屋敷から出て来て、周囲に転がっている犬の屍たちの怨念を動かしていたのはあの化け物であると問い掛けるミルドレッドに対し、シュンは適当に答え、こちらに来る三人の人影を確認する。三人中、二人は馬を連れていることが分かる。

 

「追って来た小学生と男女か? いや、一人多い。誰だあのキザ野郎は?」

 

 見覚えのある人影は、アリアとノエミであると分かったシュンだが、もう一人の如何にも気取っていて自分にとっては気に障るような服装をした男が居ることに、不快な気持ちを覚える。

 

「ご無事でしたか、ミルドレッド様」

 

「の、ノエミ! そうだ! 今すぐこの男を! この男を殺しなさい!!」

 

 一番初めに来たのはノエミであり、無事を問われたミルドレッドは、化け物の戦いを終えた手負いの男を殺せる彼女に、直ぐにシュンを殺すように命じる。だが、ノエミは自分が属する騎士団の団長である彼女の命には応じない。

 

「残念ですがそれは騎士道に反する事であり、出来ません。貴女と予言の乙女を守ったのは、そこに居る男です。その男が居なければ、貴女と予言の乙女は、今ごろ、禍々しい魔物たちに食い殺されていた事でしょう」

 

「っ!? 何故だ!? 何故わたしの命令が聞けぬ!?」

 

 自分の上司と、確保予定のルリを魔物たちから守ったシュンを殺すのは、騎士道に反するので出来ないと答えるノエミに対し、ミルドレッドは怒りをぶつける。そんな彼女にシュンが嫌うタイプ男が割って入り、宥めようとして来る。

 

「まぁまぁ、お嬢さん。ここは落ち着いて。それと…そんな恰好では、風邪をひきますよ?」

 

「っ…?」

 

 彼は全裸のミルドレッドに自分が羽織っているマントを着せた。言い方に腹が立つシュンであるが、敢えて手を出さずに様子を見る。

 彼女にマントを着せれば、ノエミに視線を向けて手を退いてくれないかどうか頼む。

 

「して、そこの中性的な女性よ。ここは両者、退かぬか? 我々もあなた方も魔物どもとの戦いで疲れ果てている。これ以上争えば、共倒れは確実だ。そう言う事で、痛み分けと言う訳で」

 

 シュンが腹を立たせる用の口調で告げる男に対し、ノエミは両腕を組んで暫し目を瞑った後、開いてから決断を決めた。

 

「良かろう、我も騎士。ここは自らの騎士道精神に従い、貴殿らを見逃そう。何よりその男には、我が騎士団長をお守りしてくれた恩義がある」

 

「ノエミ!? 貴様…!」

 

「騎士らしい答えだ…正々堂々としたその姿はまさに騎士の鏡! では、我々も去るとしよう」

 

 その決断は上司であるミルドレッドの怒りを買ったが、ノエミの決断は固く、それを見たキザな男は彼女の騎士道精神を称賛した。

 そしてルリも連れて自分の潜伏地に戻る為、彼女を物のように掴んでいるシュンに、直ぐに手放してこちらに引き渡すように告げる。

 

「おい、そこの薄汚い男。今すぐその汚らわしい手から、未来の絶世の美女を離せ。貴様持っていては、汚れてしまう」

 

「てめぇ…いきなり現れてそれが人にものを頼む態度か…? ぶっ殺すぞ!」

 

 先ほどのノエミに頼んでいた口調とは一変、シュンを腹立たせるような口調へと変わる。

 これにシュンは怒り、大剣の剣先を向けながら口調を変えるよう脅す。

 

「ほぅ、今の状態でこの私と戦うと? 止めておけ、今なら見逃しても…」

 

 今の状態のシュンを見て、自分には勝てないと思っている男に対し、彼はその男が言い終える前に、大剣を振り下ろした。

 

「っ!?」

 

「だから言っただろ? 大人しく私の言う事を聞け。今ならあの女性を裸にして歩かせた罪、見逃してやるぞ?」

 

 だが、巨大な刃は目にも止まらぬ速さで避けられ、首先に彼が抜いたとされるサーベルの剣先を突き付けられた。今の状態では勝てないことが分かっているシュンは、その要件を呑むしかない。

 

「ちっ、分かったよ。持ってけ」

 

 要件を呑んだシュンはルリを手放せば、彼は一瞬の内で彼女を抱き抱え、美少女を雑に降ろそうとする目前の大男を睨み付ける。

 

「貴様、女性を雑に降ろすとは…恥は無いのか…?」

 

「けっ、まだ餓鬼だろ? それと小学生、俺に銃(チャカ)を向けんのは止めとけ。弾なんか入ってないんだろ?」

 

 少女とはいえ、女性を雑に扱う自分を睨み付けるキザな男に挑発するように答えれば、自分に弾切れの自動拳銃を向けるアリアに、弾切れであることを告げる。

 

「ちっ、ならここであんたを逮捕って…!? 何すんの!?」

 

「アリア嬢、徹夜明けでしょう。早く寝なければ成長に悪い。さっ、早く寝るために帰りましょう」

 

「子ども扱いするなァァァ!!」

 

 弾切れであることを見抜かれたアリアは、それを太腿のホルスターに戻し、手錠を取り出してシュンを逮捕しようとしたが、キザな男に首根っこを掴まれ、彼の馬まで引き摺られる。

 

「なんだあいつ?」

 

 ルリとアリアを連れ去って馬に乗せるキザな男に対し、シュンは疑問に思って声に出した後、自分も先に立ち去るノエミとミルドレッドと共に、この不気味な屋敷から立ち去ろうとする。

 そんな時に、二人を先に乗せて自分の馬に跨ったそのキザな男から声を掛けられた。

 

「今度会えば、容赦はせぬぞ?」

 

 去り際にそう言われたシュンは、それに挑発を交えて返す。

 

「あぁ、こっちも容赦しねぇよ」

 

 そう答えたシュンは大剣を鞘に戻し、屋敷を後にした。




新キャラがまた登場…つっても、書く予定の外伝のレギュラーキャラだけど。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。