復讐異世界旅行記   作:ダス・ライヒ

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これで串刺し世界編は終わりです…でも、まだ終わってないんだよな…


ワラキアの領主 後編

 

 

 

『ルカ様、お母さまがお見えになります』

 

 シュンが秘密の脱出路を使って本丸まで忍び込んでいるとは知らず、この星の領主で母親であるショアラと、今は亡き兄であるイオアンに大切に守られているルカと呼ばれるまだ十代前半の少女の部屋の硬い扉が開き、母が部下たちと共に入って来た。

 数名の召使と共に入って来た母親に、ベッドの上に座っていたルカは、ずっと外へ出ていなかったのか、苛立ちでも晴らそうとするかのように問い掛ける。

 あの堅い扉は、ルカを惑星に侵攻してきた集団や人質として狙う賊から守るために、外側から鍵で固く閉ざされているのだ。ショアラが娘を守るため、こうしてこの部屋に閉じ込めている訳だ。

 

「母様、いつ賊は居なくなり、私は自由に外へ出られるのでしょうか?」

 

「ルカ、ごめんなさい。賊の男はこの城に侵入している可能性が高いですわ。先ほどの爆発は聞いたでしょ? 賊が何らかの手を使って侵入し、私を殺そうとしているのです。そんな危険な男がうろついている城の廊下に出す訳にはいけません。貴方には悪いようだけど、安全になるまでこの部屋に居てちょうだい。これが終われば、二度とこの星に侵略者はいれませんわ」

 

 何度も言い聞かされたことなのか、ルカはそれに反発する。

 

「もう何度も言ってることでは無いですか! これで何度目なんですか!? 母様! もう嫌ですわ、侵攻や賊が城下町に侵入するたび、こんな部屋に毎度閉じ込められる! 一体いつになれば、私は自由になるのですか…? 母様…!」

 

 瞳に涙を浮かべながら自分はいつ自由に外へ飛び出せるのかを問うルカに、母親は申し訳なさそうな表情を浮かべ、謝り始める。

 

「ごめんなさい…次こそは、もう何者もこの星には近付けないから…!」

 

「…」

 

 謝罪する母親を尻目に、ルカはずっと俯いたままだ。

 これ以上いれば、娘の心を傷つけると思い、ショアラはドアの外に数名の護衛を残すと告げて部屋を出て行こうとする。

 

「では、失礼しますわ。数名の護衛をドアの外に残します。ずっとこの部屋に居るのですよ?」

 

「はい、お母さま…」

 

 数名の召使と共に出て行く母親の背中を見ながら、ルカはシーツの上で横になる。

 それから暫くベッドの屋根を眺めていると、外から何か物音が聞こえて来る。

 

「なに…?」

 

 その奇妙な音に、ルカは部屋の外に居る護衛を呼ぼうと思ったが、自分をここから出してくれるかもしれないと思い、部屋に一つしかない窓に近付いた。

 窓の大きさは、成人男性が通れるほどであり、内側から開けられる仕込みだ。それをルカは躊躇いも無く開き、窓の外を覗いてみた。

 

「っ!?」

 

「シー…」

 

 そこに居たのは、口元に人差し指を添えて静かにするように告げるマスターチーフの姿があった。

 彼の姿を見たルカは、驚きの余り声を上げてしまいそうになったが、チーフは危害を加えないようと無言で告げ、その場を後にしようとする。だが、緑のアーマーを着たチーフに興味を示したルカは、彼を部屋に招き入れようとする。

 

「俺に来いと言うのか?」

 

「えぇ、ちょうど話し相手が欲しかったところなの」

 

「少し付き合おう」

 

 この久しぶりに話し相手に会えて喜びが耐えない少女の誘いに、チーフは罠の可能性が無いと認知し、誘いを受けて開けられた窓から入り込む。

 部屋に入り込んだチーフは、用意された椅子にも座ることなく、その場に立ち尽くして外に居る衛兵に通報しないのかを問う。

 

「外に居る衛兵に通報しないのか?」

 

「そのつもりは無いわ。だって、折角の話し相手が来たもの。ここに閉じ込められている間は話を聞いてくれるのはお母様とお兄様だけだもん。たまに召使の人が来るけど、みんな怯えた表情で無視してくるし…退屈だったわ」

 

 母と兄とは違う話し相手に、ルカは不満を漏らす。

 そして、城に侵入した賊は、目前に居るチーフなのかを問う。

 

「ねぇ、賊ってあなたの事?」

 

 無邪気な少女からの問いに、チーフは身に覚えが無いので、思い当たる人物がシュンであるため、侵入した賊が彼であることを告げる。

 

「それは多分、俺の仲間である瀬戸だろう。奴は単身で城下町に乗り込み、一騒ぎ起こした様子だ」

 

「まぁ、とっても野蛮な人なのね。そのセトって人は」

 

 チーフが街でシュンが暴れたことを話せば、ルカは彼が野蛮な人物であると認識する。

 それに対し、チーフはシュンがそのような行動に出るのかが、ネオ・ムガルに対する復讐であることと告げる。

 

「あの男は復讐心で動いている。この星の領主であるショアラがそれに関係しているからだろう」

 

「母様がそのセトって人の復讐に関係してる…? もしかして、母様を殺すつもり…?」

 

 更にショアラがネオ・ムガルと関係しているとされると告げれば、ルカはシュンが自分の母親を殺すのではないかと、暗い表情を浮かべながら問う。

 その深刻な表情を浮かべる少女の問いに、チーフはどう答えていいか分からずにいた。

 

「(コルタナが居ればな…)」

 

 そう今は居ない相棒のことを心の中で悔やみつつ、ルカの事を安心させるため、暗殺目標であるショアラを、なんとシュンから守ると言う約束をしてしまう。

 

「いや、殺しはしない。ただ会って話をするだけだ。仮に瀬戸が君の母親を殺すような事であれば、俺が全力で彼女を守ろう」

 

「まぁ、貴方は騎士なのね。連邦や同盟なんかに騎士なんて居ないって、母様と兄様は言っていたけど、騎士は何所かに必ず居たのね!」

 

 出来もしないような約束して期待させたがため、ルカはチーフの事を自分が良く知る騎士だと思う。

 

「騎士…?」

 

「だって、その格好、貴方も騎士なんでしょ? それに色んな敵から味方を守ってそうだし…」

 

「あぁ、俺は騎士じゃないが、確かに色んな敵から味方を救って来た。だが、騎士と呼べる者じゃない…」

 

「でも、貴方は私が見て来た今までの騎士よりも騎士らしいわ」

 

 彼女が思い描いている騎士とは正反対な物であると告げるが、ルカは今まで会って来た騎士よりも、チーフこそが真の騎士だと言い張る。これには流石に、似たような人物と相手をしてきたチーフでも、頭を抱えてしまう。

 

「で、貴方は何所の出身なの? この星には色んな人たちが来るけど、何所もこの星のような生活をしている人ばかりだし…貴方も似たような場所で生活してたの?」

 

「あぁ、それは…」

 

 この無邪気に自分の過去を問い掛けて来る少女に対し、チーフは少し対応に迷ったが、長らく自分の相棒であるAIのことを思ってか、軍事機密が漏れないような形で過去の事を話す。

 

「四歳の頃からずっと軍に居た。両親は居ない。家族は同期の訓練生だけだ」

 

「そ、そんな幼い頃から軍属に!? 連邦の騎士は厳しいのね…」

 

 真実であるが、スパルタンとしての軍事機密は明かさなかった。

 それから足りないと思ってか、ルカは全身をアーマーに包んだ男からもっと聞き出そうとするが、大きな扉の向こう側から声が聞こえて来る。どうやらここまでのようだ。

 

『お嬢様、一体誰を話していらっしゃるのですか?』

 

「どうやらここまでのようだ。失礼する」

 

「そ、そんな…私を連れだして!」

 

「駄目だ、連れて行けない」

 

 このまま居れば、敵に見付かってしまうため、チーフは窓を開けて出ようとするが、ルカが彼の手を取って自分もこの部屋から連れ出してくるようせがみ始める。

 人質にすれば良いが、一々少女を守っていられないチーフはそれをきっぱり断り、窓の外へ出て、目的地へと目指そうとする。それでもルカは、自分をこの世界から連れ出してくれるかもしれない存在であると信じ、チーフの手を離さない。

 

「お願いよ!」

 

「良く聞け、俺はこれから激戦区へ行く。君を守りながら戦うことが出来ない。君はこの部屋に居るんだ、銃声が聞こえなくなるまで…」

 

「母様と同じこと言わないで! お願い!」

 

 母親と同じような言葉を言ってしまったがためか、ルカは泣きじゃくりながらチーフに連れ出してくるように駄々を捏ねるが、彼は母親が部屋に居るように言い聞かせる理由を告げる。

 

「母親が何故、それを言うか、君には分からないか? 君のことを心配しているからだ。だからこの部屋に君を閉じ込めている、酷いようだがそれは君のためだ、ルカ。君が傷付けば、母親は悲しむだろう。俺もそれは悲しむ。だから、ここに居てくれ。お願いだ」

 

「は、はい…」

 

 チーフに頼まれたルカは、母親のショアラの事も考え、彼の言う事を聞いた。

 丁度その時、使用人が駆け付けて扉のドアを開けた為、チーフは別れを告げてから窓を閉めようとする。

 

「それじゃあ、また会う時まで」

 

「あぁ、また会える時を願おう」

 

 そう別れを告げれば、チーフは窓を閉じた。ルカが鍵を掛けたのを確認すれば、チーフは再び城を上ってショアラが居るとされる領主の間に向かう。

 

「女の子に過度な期待をさせちゃあ、駄目だと思うな。俺は」

 

「誰だ?」

 

 領主の間に向かっている最中、ここには自分以外居ないはずなのに、男の声が聞こえたので、チーフは声がした方向へ向け、背中のライフルを構える。

 ライフルの照準を向けた先に居たのは、あのガイドルフ・マッカサーであった。

 

「何故ここに居る?」

 

「少しあんたに頼みたいことがあってだな」

 

 自分にとっては正体不明な男、それも自分と数名の海兵隊員しか居ないはずのブラン城の屋根に立っている男に対し、チーフはライフルの銃口を向けながら問う。だが、ガイドルフは銃口を向けられているにも関わらず、まるで自分が撃たないと分かっているかのように、自分の要件を告げようとして来る。

 

「安心しろ、あんたに危害を加えるつもりは無いよ。まずは銃口を下ろしてくれ。あんたと早撃ち対決は、こっちがごめんだからな」

 

 チーフと戦っても勝てないと豪語するガイドルフに対し、彼はライフルの銃口を下げて自分の質問に答えるように告げる。

 

「敵意は無いようだな。要件の前に、お前は何者だ? 何故ここに居る?」

 

 この問いに対し、ガイドルフは葉巻を加え、先に火を点けて中の煙を吸った後、紫煙を吐きながら答えた。

 

「俺はしがない情報屋だ。それとここに居るのは、あんたに頼みがあってからだ」

 

「それだけか?」

 

「あぁ、それだけだ。で、聞いてくれるか? 俺の頼みを?」

 

「出来る範囲ならだ」

 

 見知らぬ男に他の問いを仕掛けたが、彼は答えるつもりは無かった。それからガイドルフは、自分の頼みを聞いてくれるかどうか問い掛けて来る。それに対し、チーフは出来る範囲の事であれば聞いてやろうと思い、目前の怪しい男に答える。

 

「あぁ、あんたならできる事だ。少し危険な女の相手だが…幾度も死地を乗り越えて来たあんたなら容易い筈だ」

 

「俺にやらせてあんたに何の得がある? それとなぜ知っている?」

 

 自分が幾度も死地を乗り越えたことを知っている情報屋の男に対し、チーフは警戒心を増させ、ライフルの安全装置を外す指に手を掛ける。それを見逃さなかったガイドルフは、余裕の表情を見せながら答える。

 

「そりゃあ、俺が情報屋だからだ。あんた等がこの星に来る前から、知っていたさ。諜報員よりも先にな」

 

 意気揚々とする男に対し、チーフはこれ以上の相手はしていられないと思い、立ち去ろうとする。

 

「早速聞いてくれるのか?」

 

「あぁ。だが、お前の言う通りに動くとは限らない」

 

「いや、行くね。俺の勘は良く当たるのさ」

 

 立ち去る際に、壁にもたれ掛かりながら葉巻を吸う男の相手が言えば、チーフはこの場を去った。

 その様子をガイドルフは見ながら、すった紫煙を吐き出し、夜空に浮かぶ月を眺めた。

 

 

 

 一方、ブラン城の本丸まで侵入したシュンは、領主の間の通過点であるマリが居る客人の間の近くまで来ていた。

 

「どうやら、あの婆の元まで行くには、ここを突破しなきゃならねぇらしいな」

 

 通過点の大きな扉の前に居る衛兵二人と、マリのために果実の類を乗せたカートを引く銃を背負った兵士二名を見付ければ、身を隠している柱から飛び出し、ゆっくりと歩み寄る。

 

「おい、一つくらい良いだろ?」

 

「駄目だ、あの女の物をつまみ食いした奴が殺されたんだぞ。命が欲しくば…」

 

「おい、誰だお前は!?」

 

 近付いてきた鎧に投げナイフ数本をぶら下げたベルトを着け、背中に大剣とUNSC正式採用のバトルライフルを背負った重装備のシュンを見た四名は、直ぐに各々の武器を構える。 銃を持つ者は即座に安全装置を外していつでも撃てるようにし、槍を持つ二名は刃先を外敵に向ける。見事な動きだが、ルーマニアモデルのモシン・ナガンライフルを持つ二名が、素早く投げられた二本の投げナイフによって命を絶たれた。

 

「ぐぇ!?」

 

「ガアァ!?」

 

「こ、こいつ!」

 

「俺は警報装置を!!」

 

 死んだ二名の死を無駄にしないように、もう一人が注意を引いて、もう一人が警報装置を押しに行くが、再び投げられた投げナイフによってあっと言う間に全滅する。

 

「な、なんて奴だ…!」

 

 まだ息のある兵士が、刺さったナイフを抜いて死ぬ気で警報装置を押しに行こうとしたが、シュンが懐から抜いた消音器付きの拳銃でとどめを刺される。残る一名も蹲っている所で頭を撃ち抜かれ、息絶える。

 数秒足らずで四名の番兵を全滅させたシュンは、マリが待ち構える通過点のドアを、カートの上に乗せられて手に取った一つのリンゴをかじりながら開けた。

 

「女の用心棒か…おい、バラバラにされたくなかったら去りな」

 

 ドアを開けた先に、椅子に座り、スイーツの類を食べながら待ち構えていたマリを見たシュンは、その彼女の外見さ故か、直ぐに何処かへ立ち去るように告げる。

 無論、彼は彼女の恐ろしさを知らない。それに闘技場であった事があるのだが、どうやら別の女と思っているようだが、良く顔を見てそのことを思い出す。

 

「お前、闘技場の…?」

 

 闘技場での一件を思い出し、そのことを問い掛けて来るシュンに対し、覚えてすらいなかったマリは、食べ掛けていたタルトを皿の上に置き、椅子から立ち上がる。

 

「あんたが侵入者? じゃあ、早速…」

 

 椅子から立ち上がった彼女は、自信の背後の空間を歪ませ、ありとあらゆる武器を召喚した後に、それを見て大剣を抜いて警戒するシュンに向けて言い放とうとする。

 あの連邦軍の部隊を全滅させた武器による波状攻撃だ。これを見たシュンは、即座に退避行動に移ろうと、ありとあらゆる遮蔽物となる場所を探す。

 

「死んで」

 

 その言葉を放った瞬間、召喚された武器が、一斉にシュンに向けて放たれた。

 

「マジか!!」

 

 今まで魔法の類は見たことがあるシュンであるが、このマリの常識外れの魔法は見たことが無いので、飛んでくる武器を回避しながら遮蔽物へと向かう。

 

「やべぇ用心棒だな! 全く!!」

 

 遮蔽物として使った柱に身を隠しながら、シュンはひたすら武器だけを召喚して放ってくるマリを見て、雇ったとされるショアラに対して悪態を付く。

 背中のライフルに切り替え、攻撃が止んだ隙を伺って銃弾をマリへと浴びせる。だが、まるで見えない壁に守られているかの如く、彼女には一発の銃弾も届かなかった。

 

「バリアか!」

 

 それをバリアと察知したシュンは、ライフルを背中に戻し、再び武器を放ってくるマリの攻撃をかわしつつ、徐々に距離を詰めようとする。無論、それは彼女に見抜かれており、床から鋭利な針が何本も突き出て来た。

 

「ぐっ!?」

 

 前に出した左足を掠めて痛覚を感じたシュンは、即座に床から次々と生えて来るように出て来る針を回避しながら逃げ回る。

 

「しつこい…」

 

 逃げ回っている男が中々死なないことに苛立ったのか、更に武器の本数を増やし、同時にマスケット銃や小銃などの古い銃火器まで召喚し、シュンをハチの巣にせんと放つが、あの体格では出せるとも思えない脚力で回避され、同時に飛ばした一本の槍が大剣で弾かれる。

 

「あんた、何者?」

 

 続けて床から続々と突き出て来る針と、召喚されて一斉に発砲された銃弾を回避し、飛んでくる武器を弾いたシュンに対して、マリは一旦攻撃の手を止めて問い掛ける。この問いにシュンは走るのを止め、大剣を構えながら問いに答える。

 

「知るか。それよりこっちは急いでんだ、退かねぇならただじゃ済まさねぇぞ」

 

「へぇー、誰相手にしてるか、分かってる訳?」

 

 到底勝てないとされる相手に、戦意を損失せずに余裕で答えるシュンに対し、マリは誰を相手にしているかを問うた。無論、シュンが返した答えは、彼女が想定する愚か者や身の程知らずの物だが。

 

「ただのパツキンの姉ちゃんだがな」

 

「もっと卑猥な答えだと思ったけど。まぁ、良いわ。取り敢えず、これで相手してあげるから。さっさっと来て死んで」

 

 どうせあの大剣の男は自分には勝てない。

 返って来た答えでマリは、背中のバスタードソードに似た片手半剣の得物を抜き、剣先をシュンに構えながら剣での勝負を言い渡す。これに対し、シュンは相手のペースに乗ってやると思い、その勝負を受けて立った。

 

「良いぜ、その勝負、受けて立ってやる。ハンデは必要か? アンタの華奢な手とバスタードソードじゃ、俺の馬鹿デカいのに耐えられねぇだろ?」

 

「ハンデの必要? 面白い事言うわね。もうめんどくさいから、早く来なさいよ」

 

「後悔すんなよ!」

 

 マリの誘いを受け、先攻を取ったシュンは、スレイブで斬り掛かる。

 しかし、ただ斬るわけでは無い。相手に斬ると思わせ、至近距離で自動拳銃を発砲する戦法だ。刃を振り下ろせる距離まで来た時、左手で拳銃を抜き、身構えている相手に向けて撃ち込んだ。

 

「っ!?」

 

 消音器に押し殺された銃声が響いたが、マリは発射された銃弾を左手で受け止めた。

 

「こんな手を使うなんて、あんた、剣士じゃ無いわけ?」

 

「でたらめな魔法に続いて能力者の類かよ…!」

 

 自分の策に感付き、更に銃弾でさえ軽く受け止めたマリに、シュンは目前の女が絶対に勝てない相手だと認知する。

 だが、戦い用はある。周囲を見渡せば、暫くの間にこの女を動けなくさせる物が溢れている。相手が受け止めた銃弾を手放し、それが床に落ちて音を立てた瞬間に、シュンは片手で大剣の刃を相手に向けて素早く振り下ろした。

 かなり強く振り降ろした所為か、床が割れ、周囲に亀裂が入るが、彼女の姿は目前には見当たらない。目で追おうとした時、マリの姿が上空に見えた。

 

「っ!?」

 

 彼女の姿を見た瞬間、シュンは即座に反撃しようとしたが、マリは刀身の刃の上に両脚を付けており、手に持った剣で素早い突きを放ってくる。これをシュンは避け切れず、左肩を刺される。

 

「くっ!」

 

 相手の左肩に剣を突き刺したマリは、そのまま傷口を抉ろうとするが、シュンは相手の剣の細い刀身を掴み、動けないようにする。

 

「馬鹿みたい…」

 

 自分の剣を掴んだシュンに対し、マリはそのまま引き抜いて相手の右手の指を引き千切ろうとしたが、剣はまるで固定器具に固定でもされたように動かない。

 

「なに…これ…!?」

 

 引き抜こうにも全く動かず、マリは予想外の出来事に驚きを隠せず、先程見せていた余裕を失い、やや動揺を相手に見せる。そんな倒せないと思っていた相手を、正攻法以外で負かしたシュンは、その訳をマリに告げた。

 

「済まねぇな、俺の手の皮は厚いんだ。あんたの手の皮は薄そうだが」

 

 そうマリに告げてから、シュンは痛みに耐えながら左手を動かし、バトルライフルで相手を射殺しようとしたが、銃口を向けた彼女の表情が変わったことに気付いた。

 顔付きが悪魔のような笑みに変わったため、シュンは掴んでいる相手の剣の刀身を離し、上半身を動かして剣を左肩から引き抜き、相手からの距離を離す。シュンはこのような行動を取ったが、相手のマリは大剣から降り、構えもせずに棒立ちのままだ。

 

「なに企んでやがる?」

 

「なにも?」

 

 ライフルを構えながら問うシュンに対し、マリは何も考えて無い事を告げる。確実に嘘であることは間違いないだろう。そう考えるシュンは、相手が何かする前に、銃の引き金を引いた。

 一度トリガーを引けば、一度に三発の銃弾が鳴り響き、三発の銃弾がマリに向けて放たれる。これをマリは、あのバリアを張って全て防ぎ切る。防がれることが分かっていたシュンは、相手に引き続き銃弾を浴びせる。それでも怯ませることは出来ない。

 ならば、高火力をぶつけるまで。そう思ったシュンは、小道具入れの鞄から擲弾発射器を取り出し、安全装置を即座に解除してマリに向けて放った。

 

「ちょっと!?」

 

 これには流石のマリも予想外なのか、視界からシュンを外して防御態勢を取る。発射された擲弾はバリアに命中して爆発し、粉塵が巻き起こり、視界が塞がる。その隙にシュンは手早く擲弾発射器の再装填を終わらせ、それを鞄に戻してから、大剣を回収した。

 突き刺さった刃を引き抜き、直ぐにマリが居る場所へ向けて大剣を振るい、幾度もこの大剣で殺してきた者達と同じ運命を辿らせようとするが、彼女の剣に防がれてしまう。

 刃と刃が当たり合う音が鳴り響けば、既に煙が晴れた後であり、睨み合うシュンとマリの姿が見える。数秒ほどにらみ合いを続けた後、両者とも次なる手を打とうと互いに刃を離し、同時に打ち込む。数回、数十回、一分も経たないうちに疾風のような打ち合いが行われ、火花が飛び散る。

 両者とも同時に打ち合っているように見えるが、二分ほど打ち合っていれば、マリの方が優勢となり、シュンの方は防戦一方となる。

 

「(なんだこの女の速さ!? 今までの打ち合って来た連中とは段違いじゃねぇか!)」

 

 マリと剣を混じり合わせるまで、化け物を含めて数々の敵と戦って来たシュンだが、彼女はそれを遥かに上回る程の段違いの強さであり、力こそ常人以下であるが、その速さは対応しきれるかどうかの物であった。

 凄まじい速さで放たれる剣戟にシュンは対応しきれず、遂に一太刀をその巨体に受けた。

 

「ぐぁ…!」

 

 腹を少し切られたシュンは後ずさり、直ぐに体勢を立て直して大剣をマリに向けて構える。

 自分を相手にして負けを認めない相手に対し、マリは構えることなく剣の刃を斬らないようゆっくりと刃の部分を肩に置き、なぜ勝てない自分に負けを認めずに挑んで来るかを問う。

 

「ねぇ、なんでそんなに戦えるの? 詰んでるってこと、理解して無いわけ?」

 

「詰んでるか…あぁ、確かにトンデモねぇ連中相手にしてるだけであって詰んでるがな…でもよ、こっちは藁にも縋る思いで戦ってんだ。それにあんたに勝とうとなんて微塵も思っちゃいねぇ。ここを通り抜け、あんたの雇い主の串刺し婆をぶっ殺す。ただそんだけだ!」

 

「ぷっ、あははは! くっだらなーい、馬鹿みたいじゃんその答え。もう飽きたから、死んで」

 

 決して諦めない意思を告げてから、シュンは大剣で斬り掛かってくる。

 そんなまるで自分を少年漫画の主人公だと思っているシュンの答えに、余りのくだらなさに笑い、マリはカウンターを狙って片手だけで剣を構える。前と同じくシュンが小細工を使っていることも予想し、空いている左手でSIG P228自動拳銃を召喚する。それを握って背中に手を回して隠し、相手の小細工の対策を行う。

 

「オラァ!!」

 

「(来ない…)」

 

 何の小細工も無しに斬り掛かって来たシュンに、マリは少し呆れ、召喚した銃を消し、目前の大男の力を後ろへ受け流した。それから剣先を相手の大剣の刀身を掠れさせながら、相手の顔を斬ろうとする。

 

「ぐっ!?」

 

 確実に殺される!

 シュンがそう思った瞬間、天井が砕けた音が鳴り響き、外の月の光が屋内へと入って来た。

 

「なに?」

 

 これにマリは反応し、刀身をシュンの鼻先の寸での所で止め、天井を見上げる。

 相手の注意が天井に向いた所で、シュンは反撃に転じようとするが、彼女の注意は逸れておらず、鼻先に突き付けられている刃が少し前進する。もう少し動いていれば、確実に鼻を斬られていただろう。

 この状態が少し長く続くかと思ったが、解放されるときは来たようだ。

 

「痛っ!?」

 

 突如となく銃声が鳴り響き、マリが剣を握っている右手を抑え、剣を手放した。何者かが空いた天井から彼女の右手を狙撃し、剣を弾いたようだ。右手から弾かれた剣は、床に突き刺さる。自分の手を抑えながら、やや怒りに燃えるマリは、天井へ向けて再び召還した自動拳銃を撃ち始める。

 数発ほど撃った後、余り効果が無いと分かったのか、拳銃を下げ、右手を見て傷が無いかどうか調べる。傷が無い事を確認した後、拳銃を消して床に刺さっている剣を取り、敵に備える。その敵は、空いた穴から降りて来た。

 

「マスターチーフ…!」

 

「なに、この緑の?」

 

 シュンを助けたのは、屋上でショアラが居る領主の間を目指していたあのマスターチーフであった。その姿を見たマリは、剣を構えながら疑問に思う。シュンの元へ現れたチーフは、ガイドルフに頼まれて来たと言う事を伝える。

 

「奇妙な男にお前を助けろと言われた。そのまま無視して行けばよかったが、来てみれば女一人相手に苦戦しているとわな」

 

「奇妙な男? ガイドルフの野郎か? 苦戦してねぇ、女相手に本気を出せないだけだ」

 

「苦戦? 本気出してたじゃん」

 

 チーフに頼んだ男が、ガイドルフであることが分かれば、シュンは彼が助けに来たことに納得が行く。それと同時に女相手に苦戦していることを指摘されれば、本気を出せないと強がる。それを聞いたマリは、その挑発には乗らず、最初からシュンが本気を出していたことを指摘する。

 

「うるせぇ女だ、今はあんたと戦う時じゃねぇ。そんじゃ、チーフ。頼んだぜ」

 

 そのことを指摘されれば、今は戦う時ではないと恥でも隠すかのように答え、シュンはマリの相手をチーフに任せてこの部屋を後にした。

 

「待て、俺はやると…あぁ、聞いていないか…」

 

 後退するつもりは無かったチーフは、颯爽と去って行くシュンを呼び止めようとしたが、彼は声も聞かずにショアラの元へ向かった。せっかく助けたのに、自分の相手を押し付けられたそんなチーフを見て、マリはシュンよりも危険な相手だと認識し、先ほどの‟お遊び感覚‟を捨て、剣を背中の鞘に戻してから、両手にSG551突撃銃を召喚して安全装置を外す。

 

「まぁ、あいつはどうでも良いし。この緑の方が滅茶苦茶あいつより強そうだし」

 

「9mmの拳銃弾で効かないことは分かっているだろ? 5.6mm弾でもこのアーマーは貫けない。その銃で良いのか?」

 

 召喚されたライフルを小口径弾の物と見抜いたチーフは、使用する弾丸では自分のアーマーを貫くことすら出来ないことを指摘すれば、マリはこれで良いと告げる。

 

「これで十分よ。魔法で補強するから!」

 

 チーフからの指摘に、マリは弾倉を握る左手に魔力を込め、答えると同時に引き金を引いた。発射された弾丸は魔力を帯びており、これを受けたチーフのアーマーは、強力な攻撃と判定し、シールドを展開した。

 

「なるほど、魔法を使えばいいのか」

 

 自分のアーマーは弾くことだと思っていたチーフは、一発撃たれてから自分に取って脅威な攻撃であると弾指定し、遮蔽物へと走り出した。

 

 

 

「来たぞ! 撃ちまくれ!!」

 

 チーフにマリの相手を押し付けて領主の間前まで来たシュンは、待ち構えていた銃火器を装備して現用個人装備を身に着けた部隊が張る最終防衛ラインまで到着したのか、盛大な歓迎を受けていた。

 出入り口のドアを開けて中に入ろうとした時に、無数のAIMS-74突撃銃の7.62mm弾を浴びせられているのだ。

 直ぐに遮蔽物に身を隠して小物袋からスタングレネードを取り出し、安全ピンを抜いてから扉越しから投げた。投げ出してから直ぐに擲弾発射器を取り出して、擲弾が装填されていることを確認してから、爆発するのを見計らって飛び出す。

 

「ぐわっ!?」

 

「スタングレネードだ!」

 

 投げ込まれたのがスタングレネードであると敵は分かっていたのか、直ぐに遮蔽物へ身を隠そうとしたが、その前にシュンが擲弾発射器(グレネードランチャー)を撃ち込み、数名の兵士を吹き飛ばす。

 

「グワァァァ!!」

 

「出て来たぞ!」

 

 生き残った兵士が直ぐに目を抑えながら射撃を再開しようとしたが、シュンが瞬時に切り替えたバトルライフルを取り出し、三点バーストを射撃に切り替え、頭を出している兵士等に向け、正確に撃ち込む。

 一人、二人、三人と次々と倒れ、シュンがバルコニーに素早く上がり込めば、まだ戦闘に復帰できてない兵士らに向けて容赦なく銃弾を撃ち込んで殺していく。弾が切れれば、落ちている銃器を拾い、復帰して撃って来ようとする兵士らを引き続き撃ち殺していく。全員が動かないことを確認すれば、持っているAK系統のライフルを捨て、次の部屋へ進む。

 

「ま、まさかもうやられたのか…!? あれだけの贅沢な装備をした二個分隊を!! お、恐ろしい男だ…! 鉄衛騎士団、総意を持って奴を排除しろぉ!!」

 

「了解! 鉄衛騎士団、総力を挙げて領主様をお守りしろ!!」

 

 待っていたアントネスクは、現用装備の部隊を全滅させたシュンを恐れ、銃弾を弾く鎧に身を纏った鉄衛騎士団に命じて全力で領主を守るように指示を出した。

 これに応じて団長は、配下の兵士等に命じ、全力でシュンを排除するよう伝達する。弓兵等は一斉にボウガンを構え、標的に向けて一斉に矢を放つ。雨のように放たれた矢に対し、シュンはライフルを背中に戻し、大剣を構えて矢を弾いた。

 

「う、うわぁ! 矢を弾いた!?」

 

「なんて化け物だ!」

 

「こっちに来るぞぉ!!」

 

 一斉に放たれた矢を全て弾き、なおかつ接近してくるシュンに弓兵等は恐れ、護身用の剣を抜いて身構えたが、向かってくる大男が振り翳した大剣で纏めて斬り殺された。数名が一気に肉塊と化す中、他の弓兵等は直ぐに距離を取ろうとするも、シュンが見逃すはずが無く、次々と大剣で斬り殺されていく。

 

「弓兵は退避せよ! 歩兵は直ぐに攻撃だ!!」

 

 目前で次々と肉塊へと変えられる弓兵等に対し、団長は退避を命じて近接武器を持った兵士らにシュンの排除を命じた。だが、結果は弓兵等と同じく、斬り殺されていくだけであった。

 

「な、なんて恐ろしい奴だ…! 五十人は居るんだぞ…!?」

 

「ひっ、ヒィィィ!! 化け物だぁ!!」

 

 目前で繰り広げられる殺戮ショーに、団長は戦意を損失し、アントネスクは恐怖の余り叫び出す。やがて向かってくる兵士全員を皆殺しにしたシュンは、顔に付いた返り血を左手で拭い、団長とアントネスクが居る場所まで一気に近付こうとして来る。生き残る兵士が止めるべきだが、十数名の仲間を殺されて殆どの者は戦意を損失しており、戦えるほどの結城は残っていない。

 

「き、来たな! この鉄衛騎士団の団長シマが直々に相手をしてくれる!!」

 

 恐怖で震える心を奮い立たせ、団長は自分の兜を被り、得物であるモーニングスターのスパイクを振り回し、それをシュンの頭に叩き付けようと待ち構える。だが、振り下ろした瞬間に大剣で弾かれ、逆に自分の頭に巨大な刃を叩き付けられてしまう。衝撃で兜の目元から目玉が飛び出している。それを見たアントネスクは恐怖の余り声が出ず、更に失禁までしてしまう。

 

「ひっ、ひぃぃ…!」

 

 怯えるアントネスクをよそに、シュンは団長の頭に突き刺さっている刃を引き抜き、領主の間に続く廊下のドアを開き、廊下へと入る。殺して来た兵士たちの返り血が床に落ちる中、先行していた二個分隊程の海兵隊員等が見え、シュンを見るなり声を掛けて来る。

 

「チーフはどうしんただ? ここにはお前じゃなくて、チーフが来るはずだが…」

 

 彼らの予定では、チーフと共にショアラを暗殺する予定であったようだ。だが、当の本人はショアラより驚異的とも言えるマリと絶賛戦闘中であり、絶対に来られない。代わりと言うより信用できないシュンに対し、彼らが疑問の目を向ける中、彼はそんな海兵等を無視しながら領主の間を目指す。

 

「無視かよ!」

 

「こんな奴無視して進もうぜ! 俺たちがあの串刺し婆を殺すんだ! 今まで殺されて来た奴らの仇をこの俺が取ってやるぜ!!」

 

 無視しながら進むシュンに対し、海兵隊員らは自分等でショアラを倒そうと意気込み、彼より先に領主の間のドアを蹴破り、内部へと突入する。

 

「なんだこりゃあ!?」

 

「城の内部までファンタジーだな、全く!」

 

 内部へ突入した海兵隊員らは、目前に広がる正確に立てられた無数の支柱を見て驚きの声を上げる。その後でシュンが領主の間に足を踏み入れれば、玉座に座るショアラが立ち上がり、領主の間に入って来た彼らを歓迎する。

 

「ようこそ、堕落した文明を持ち込んだ侵略者たち。そして、元ワルキューレの大剣使いよ…」

 

「このアマ、誰が堕落した文明を持ち込んだ侵略者だ!!」

 

 海兵隊員等を堕落した文明を持ち込んだ侵略者と蔑み、シュンのことを調べ上げたのか、元ワルキューレの将兵であると告げる。蔑んだことに腹を立てたのか、一人の海兵隊員が銃の安全装置を外し、怒り任せにショラアに向けて発砲した。

 しかし、銃弾は目標に届かず、目前に魔法で張られたバリアの前に止まり、床に落ちる。

 

「こ、この女! 魔法を使いやがった!」

 

「下がれ。お前らじゃ勝てねぇよ」

 

 魔法を使ったことに、海兵隊員等が驚く中、シュンは彼らに下がるように命じる。

 

「うるせぇぞ、お前の方が下がれ」

 

「クソ野郎共が…」

 

「フフフ、流石は堕落した文明に汚染されていることはあるわ。では、この城が汚染される前に、貴方たちを串刺し刑に処しましょう」

 

 だが、彼らは下がらず、最悪なことにシュンに向けて銃口を向ける。これにシュンは怒りを感じ、それを見ていたショアラは銃口を向けられているにも関わらず、嘲笑い始め、左手で指を鳴らそうとする。

 

「おい、へんな真似をすんじゃねぇ! 射殺するぞ!!」

 

「射殺? 罪人風情が戯言を…死ぬのはお前たちの方だ!!」

 

 動かないように告げる海兵隊員であったが、ショアラは聞かずに指を鳴らした。

 その直後、シュンと海兵隊員等の足元から尖端が鋭利に尖った棒が突き出て来た。これに気付いたシュンは、即座に大剣を抜いて串刺し棒を回避する。他の海兵隊員たちも、何とか回避することに成功したが、半数の者は串刺しにされて絶命する。

 

「う、うわぁ…!?」

 

「こ、この婆!」

 

 串刺しにされた戦友を見て、何名かは怯え、怒りを覚える。そんな銃を撃ってくる海兵隊員等の銃撃を魔法の障壁で防御しながら、ショアラは更なる手を使う。

 

「さて、雑兵風情には少しやり過ぎかと思いますが、我が究極形態でお相手しましょう」

 

「そうさせると思ってんのか!」

 

 そう言うと、彼女は何かの液体が入っている注射器を懐から取り出し、それを首に差して中の液体を体内に注入した。これをかなり危険な物と判断したシュンは、ショアラが中の液体を注入した直後から大剣で叩き斬ろうとしたが、既に遅く、彼女の身体が光り出した所で、柱まで吹き飛ばされてしまう。

 

「な、なんだ!?」

 

「とにかくロケットランチャーを! あれなら…!」

 

 光の眩しさに海兵隊員らは目を覆い、良からぬ物が出て来ると思い、ロケットランチャーを持ってくるよう指示を出す。だが、光が晴れて周囲の煙が晴れる頃には、そのロケットランチャーが効くかどうか分からない‟物‟がそこにあった。

 

「あ、あれ…!」

 

「ど、ドラゴンだ…! デッカイ角が生えた…!」

 

 そこに居たのは、ショアラの姿では無く、巨大なコウモリの翼を持ち、赤い皮膚で覆われた巨大なトカゲの肉体を持つ鋭利な角を生やした巨大な一角竜であった。

 姿形も変わったショアラの姿を見た海兵隊員らは恐れおののき、人生で初めて見た竜の姿を見て驚きの声を上げる。

 

『堕落した文明に毒された者達よ、括目せよ! これが我が究極形態にして我が故郷の守護神である竜の姿である!!』

 

 その声も口調も、肉体を竜の姿と同じく変わっていた。この声と聴いた海兵隊員らは、不安な気持ちを抱き始める。

 

「か、勝てるのか…?」

 

「ロケット弾が効くかどうか分からねぇぞ…あの皮膚じゃ…」

 

「けっ、たかがでけぇ角を生やしたトカゲになったくらいじゃねぇか…」

 

 対処法を思い付かない相手を目にして恐怖する海兵隊員等であったが、柱に叩き付けられていたシュンは起き上がり、竜に変身したショアラに対して何の恐怖も抱かず、更に煽るような言葉を吐き捨てる。それに反応してか、一角竜となったショアラはシュンの方へ視線を向ける。

 

『なんだと…?』

 

「だから、でけぇ角生やしただけのトカゲだって言ったんだよ、婆! 図体までデカすぎて耳まで遠くなっちまったようだな!! 串刺し婆!!」

 

 大剣を杖にしながら立ち上がれば、怒鳴り声でショアラを再び煽った。

 

『戯言を…! そんな姿で依然としてまだ我に挑もうと言うのか? 人の姿として』

 

 シュンの挑発に乗らず、ショアラはその状態で自分に勝負を挑む大剣の男に問い掛ける。

 人の言葉を喋る一角竜に対し、シュンは更に平静を奪うべく、どうして自分がここまで潜入できたのかを相手に問うた。

 

「俺が本丸まで一気に入れたか知ってるか?」

 

『ピッキングか、あの医者が知っている裏口で忍び込んだのであろう?』

 

「違うね、俺があんたの息子をぶっ殺して奪ったこいつがあるからさ」

 

『そ、その鍵は…!? き、貴様…やはり…!!』

 

「そうだよ、俺が殺したんだ。あんたの大事な息子をな!」

 

 問いに対してショアラは、ピッキングか自分の知らない潜入ルートでこの城に忍び込んだと思っていたが、シュンは否定してイオアンから授かった鍵を懐から取り出し、それを彼女に見せびらかす。その自分と息子のイオアン、娘のルカしか持つことが許されない鍵を見たショアラは、自分の息子を殺した正体がシュンであることを知り、怒りを覚える。

 

『やはり貴様がイオアンを…! おのれぇ、貴様だったのか…!!』

 

「最愛の息子を殺されて怒り心頭の様子だな。怒りに任せて、そのでけぇ角で俺を串刺しにしてみな!」

 

 シュンは大剣を構えながら、怒りに燃えるショアラを更に煽る。それに応じてか、ショアラは自慢の一角でシュンを貫こうと、大きな翼を羽ばたかせて空に上がる。

 

『その言葉通り、貴様を息子の手向けとしてくれる!!』

 

「良いぜ、来な!」

 

 怒りに満ちたショアラが自分の言った通りの行動を取れば、シュンは大剣を構えながら相手に先攻を譲った。

 

「奴が飛んだぞ!」

 

「ロケットランチャーをぶち込め!」

 

 シュンの言葉を受けたのか、海兵隊員らは何らかの勝機を見出し、持ち込んだロケットランチャーでショアラに向けて攻撃を開始した。一度に複数のロケット弾が一角竜に向けて放たれて命中したが、大したダメージを与えることは出来なかった。

 

「ひっ!?」

 

『我が皮膚は貴様らの文明の産物であるビーム兵器すら防ぐ! 故に、貴様らは我に勝つことなど不可能なのだ!!』

 

 ロケット弾すら防ぐ一角竜の皮膚の厚さを見た海兵隊員らは恐れおののき、銃を握る手を震わせる。しかし効果はあり、その自慢の一角でシュンを一突きにする勢いを殺されたようだ。腹いせに先に邪魔者を排除すると考えてか、ショアラは彼らを排除せんと襲い掛かる。

 

『まずは雑魚共からだ!!』

 

「こっちに来るぞ!」

 

「撃ちまくれ! 目玉に当てるんだ!!」

 

 自分等に襲い掛かって来た一角竜に対し、海兵隊員らは持っている銃火器で竜の目に向けて乱射するが、全く当たることなく、空中より落下してきた竜に数名程が下敷きにされる。

 

「う、うわぁぁぁ!!」

 

「怯むな! 第二射発射!!」

 

 数名が潰されたのを見て、一人の海兵が叫び声を上げたが、下士官は恐れずにロケットランチャーを持っている隊員に第二射目の発射を指示する。それに応じて二射目が発射されたが、今度は右手の振り払いで防がれる。

 

『無駄だと言っている!!』

 

 第二射目を全て防いだショアラは、自分等に向けて銃を撃ち続ける海兵等に向けて突進を行った。それを咄嗟の判断で回避する海兵たちであるが、連続した突進が行われ、一人が柱に叩き付けられ、とどめに尻尾で叩き潰されて死亡する。

 

「こいつ等が敵を引き付けている間に、必要なもんを集めるか」

 

 海兵隊員等がショアラを引き付けている間、シュンは串刺しや死んでいる海兵隊員等から使える武器や装備を回収するべく、急いで手近な死体に近付き、必要な物を取る。それと同時に一角竜の弱点も見分することも忘れずにしておく。

 その間に海兵隊員たちは、一角竜となったショアラによって一方的に嬲り殺され続けていた。

 ある者は竜に身体を噛み千切られて絶命し、ある者はショアラが素早い速さで詠唱した串刺し棒を召喚させる魔法で他の戦友達と共に串刺しにされ、ある者は体当たりで突き飛ばされて全身打撲を負って重傷の身となり、ある者は大きな手に掴まり、その強大な握力全身の骨を握り潰されて絶命する。

 

「ひ、ひぃぃ! し、死にたくねぇ!!」

 

「お、おい逃げるがっ!?」

 

 一人の海兵隊員が戦意を損失し、出入り口へと逃げる中、下士官は止めようとしたが、一角竜に上半身を噛み千切られた。何名かは怯まずに戦闘を継続していたが、全員纏めて尻尾で吹き飛ばされて皆殺しにされる。

 

『誰も逃がしはしない…!』

 

 逃げる者に対し、ショアラは容赦なく追撃を仕掛ける。その頭の一角で貫くつもりだ。翼を羽ばたかせて空を舞えば、一角で逃げる海兵隊員の背中に狙いを付け、勢いを付けてから一気に逃げる海兵に向けて突っ込む。その速度はレシプロ機の戦闘機並であり、一瞬のうちに逃げる海兵の背中を貫いた。

 

「ぐぁぁぁ…!」

 

 自分の腹まで貫いた一角を見て、自分が串刺しにされたことを理解した海兵は、苦しみながら息絶える。

 標的を貫いて串刺しにすることに成功した一角竜は、自分の一角に串刺しにされている遺体を勢いよく付けて振り払ってから抜けば、最後の標的であるシュンを探し始める。

 

『あの男は何所に居る…?』

 

「ここだ! トカゲ婆!!」

 

 出入り口を塞ぐ形でシュンを探すショアラの背後から、その標的の声が聞こえた。即座に振り返り、素早い詠唱で唱えた串刺し魔法で串刺しにしてやろうかと思ったが、相手は既に死体より頂戴したロケットランチャーを頭部に向けて構えていた。直ぐに回避行動を取ろうとするショアラであったが、シュンはそれよりも早く引き金を引き、ロケット弾を発射した。

 放たれたロケット弾は標的の頭部に命中したが、分厚い皮膚のおかげでほぼ無傷だ。だが、それなりの効果はあり、相手の目晦まし程度にはなった。

 

『おのれぇ…! 味な真似を…!!』

 

 着弾の影響で出た煙を振り払い、苛立ちながらシュンを探すショアラであったが、自分の顔にロケット弾を撃ち込んだ男の姿は何所にもない。代わりにあるのは、撃ったばかりで砲口から煙が出ている捨てられたロケットランチャーがあるだけだ。

 

『出て来なければ、これを使うまで!』

 

 何処かに身を潜めていると思い、ショアラは串刺し魔法を素早い詠唱で唱え、自分の見える範囲一帯に串刺し棒を召喚した。

 

「そこか!!」

 

 鉄が何かを弾く音が聞こえれば、ショアラは聞こえて来た柱へ向け、頭の一角を前に突き出して突進した。目前にある柱を潰しながら突っ込めば、そこには大剣で自分の攻撃を防ごうとするシュンの姿があった。彼は防御態勢を取っていたが、防ぎ切れずに怯んでしまう。

 

「ぐぉ!?」

 

『死ねぇい!』

 

 怯んだところをショアラは右手で掴み、一気に捻り潰そうとしたが、シュンはこのことを予想してか、左手に握られた擲弾発射器を向け、引き金を引いて一角竜の顔面に向けて撃ち込んだ。

 

『グォォォ!!』

 

 顔面に擲弾を至近距離で撃ち込まれたショアラは叫び声を上げ、思わずシュンを手放してしまう。擲弾を撃ち込まれて出血する顔面を両手で抑えるショアラに対し、シュンは容赦なく大剣の刃をビームすら効かぬ皮膚を斬り付けた。確かに刃は食い込んで出血はしたものの、皮膚は分厚く、その切り傷は浅かった。

 

「なんて分厚い皮膚してやがる…!」

 

 シュンは刃が余り食い込まないことに焦り、巨大な刃を引き抜こうとする彼に向け、痛みの怒りでショアラは左手の振り払いで吹き飛ばす。凄まじい勢いで吹き飛ばされたシュンは、最初に吹き飛ばされた時と同じく、近くの支柱に叩き付けられた。

 

「ぐはっ!」

 

 背中から来る凄まじい痛覚と衝撃に、シュンは思わず胃の中の物を吐いてしまう。それから床へと落下し、また大剣を杖代わりにして立ち上がり、再び大剣を構える。

 そんなシュンを見て、ショアラは先ほどの大剣の刃が、自分の分厚い皮膚を斬れないことを分かっているのかを問う。

 

『先ほどので分かっている筈だが。貴様のそのご自慢の得物でも、この我の分厚い皮膚は切れん。何故そうまでして無敵にも近い我を相手に戦意を損失せんのだ?』

 

「うるせぇ、今のが確かな証拠だ! 頭に榴弾をぶち込めば血が出た、刃が食い込んで血が出た。血が出るならどんな奴でも殺せるんだよ、串刺し婆!!」

 

『ふん、強がりを。ならば泣いて喚くまで痛め付けるまで!!』

 

 自分に勝てないと分かっていながら、それでも挑んで来るシュンの答えに、ショアラは鼻で笑いながら、相手の戦意を挫くべく、更に攻撃を強めた。

 先ほどと同じく、一角で串刺しにするほどの勢いで突進を行う。無論、同じ手は通じないはずなので、避けられてしまうが、ショアラもそれを承知しており、避けてワザと相手に背後を取らせたところで、巨大な尻尾をシュンに叩き付ける。これをシュンは防御しようとしたが、勢いは止められず、またも吹き飛ばされてしまう。

 直ぐに立ち上がって側面から大剣で叩き付けようと走るシュンであったが、この部屋に来る前に行ったマリとの戦闘で左肩を刺されており、更にショアラとの戦いで強い打撲を受けているため、満身創痍な状態で戦っているのだ。故に走る速度は低下しており、容易に相手に対応され、再び柱へと叩き付けられる。

 

『他愛も無い。あれ程の口を叩いていながら…』

 

 柱にまた叩き付けられ、血塗れになりながらも立ち上がってくるシュンを見ながら、ショアラは呆れ返る。直ぐにでもとどめを刺してやろうと、串刺し魔法を唱えようとしたが、シュンは何を思ったのか、小物入れの袋からあの男の煙球を取り出し、それを地面に叩き付けて姿をくらました。

 

『また小細工か…全く、手間の掛かる男よ…!』

 

 また小細工を使うシュンに対し、ショアラは呆れながらも彼の姿を探した。

 

「(クソッ、出血がひでぇ…! 頭がクラクラして来やがった…!)」

 

 煙幕で姿をくらましたシュンは、自分の頭を抑えながら、一角竜のショアラに対しての対応策を考えていた。だが、出血が酷過ぎて余り思考が回らず、その対応策が余り思い付かない。煙が晴れるまでにありとあらゆる対応策を考えるが、どれも通用するか分からない。

 

「ん?」

 

「ひっ!?」

 

 そんな対応策を考えるシュンの前に、あのアントネスクの姿があった。どうやら、物音が気になって調べに来た様子だ。そんな彼を見たシュンは、ある名案を思い出し、逃げようとする彼の胸ぐらを掴んでから、自分の黒いマントを外す。

 

「は、離…!?」

 

「こっちこい、おっさん」

 

 抵抗すれば殺されると思ってか、アントネスクは大人しくシュンの言う事に従った。

 

 

 

 数秒後、煙は晴れ、ショアラは主に出入り口を中心にシュンの姿を探した。

 

『ん、黒マントの端…馬鹿め』

 

 よく目を凝らして探して居れば、柱からはみ出ているシュンの黒マントの端が見えた。

 それを目にしたショアラは即座に体当たりを行い、柱ごと彼を叩き潰した。だが、死体を確認してみると、それは自分が良く知る人物であった。

 

『アントネスク…!? ぬぅ、またも小癪な真似を!』

 

 叩き潰されて舌を出しながら死んでいるアントネスクを見たショアラは、直ぐにシュンをいぶり出すために全体攻撃である串刺し魔法を唱えようとしたが、唱えている左手を、近くの柱の陰から出て来たシュンに斬りおとされてしまう。

 

『ぐ、グァァァ!?』

 

 斬りおとされて勢いよく切り口から出血する左手を抑えながら、ショアラは獣らしい叫び声を上げる。

 

「やっぱり不死身じゃねぇなぁ!!」

 

 竜の左手を斬りおとしたシュンは、追撃を掛けるべく、体勢を屈ませて左手で床を掴み、両脚でちゃんとブレーキを掛ければ、右足で床を勢い良く蹴り込み、大剣の柄を両手に持って、今度は首を落としにかかる。だが、怒りに燃えるショアラの一角の振り払いによる反撃を受け、また吹き飛ばされる。今度は柱に当たらず、床を数回跳ねてから擦れながら止まる。

 

『ぬぉぉぉ…左手をよくも…!! 今度こそこの一角で貴様を貫いてくれるぅ!!』

 

 自分の左手を落とされ、未だに怒りが耐えないショアラは、今度こそシュンを串刺しにするべく、まだ無事な翼を羽ばたかせ、勢いを付けて串刺しにしようと一角を前に突き出し、勢いよく彼に向けて突進する。

 

「く、クソ…身体が…動かねぇ…!」

 

 突進してくる一角竜の姿がスローモーションに見えたシュンは、避けようと身体を動かそうとしたが、全く体に力が入らず、満足に動くこともできない。辛うじて大剣の柄を握る手は、依然としてそれを手放さず、しっかりと握ったままだ。それに、大剣(スレイブ)に潜む魔の声まで聞こえて来る。

 

『ゆだねろ…ゆだねろ…』

 

「(クソが…こんな声まで…! 畜生…)」

 

 魔の声まで聞こえて来れば、自分もそれまでだと思ったのか、シュンは自分がここで死ぬ運命だと思ってしまう。だが、その声に従えば、助かるかもしれない。そう自棄を起こしたシュンは、聞こえて来る声に耳を貸した。

 

「言う事を聞いてやろうか…」

 

 そう呟けば、右手から今までに感じて来た奇妙な力が伝わってくる。それに反応してか、身体の力がみるみる戻って行き、直ぐに立ち上がれるようになるまでに回復する。それを見ていたショアラは驚いた様子を見せたが、依然として一角でシュンを貫くことは止めず、突っ込んで来る。そんな一角竜に対し、大剣に潜む魔に身をゆだねたシュンは大剣を構え、相手が大剣を叩き付けられる距離まで近付くまで待つ。

 

『死ねぇ!!』

 

 相手の声が聞こえた直後が、大剣を振り翳す時であった。中半暴走状態なシュンは、迷い無しに大剣の刃を一角に向けて振り下ろした。

 大剣の刃と一角が互いにぶつかり合った瞬間、凄まじい衝撃が巻き起こり、周囲の城が揺れ始める。周囲の支柱は衝撃の影響で全て吹き飛び、その衝撃を作り出した両者もまた、その影響で吹き飛ばされた。




次回で終わります。そして次の世界へと行きます。

ホント、マジで。

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