復讐異世界旅行記   作:ダス・ライヒ

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タイフーン作戦

 西暦1941年11月中旬、第二次世界大戦真っただ中のソビエト社会主義連邦の地にて、バルバロッサ作戦でソ連領内深くまで侵攻したドイツ国防軍陸軍の中央軍集団が、共産主義の総本山であるソビエト連邦の首都、モスクワの攻略を目的とした作戦「タイフーン作戦」を実行している時期であった。

 タイフーン作戦開始から一カ月目となる十月中旬でトゥーラ近外まで辿り着いたドイツ国防軍であるが、天候が悪化して雨が多くなると、舗装されていないソ連の道は泥沼と化し、その影響下で当時のドイツ国防軍の電撃的スピードだった進撃は停止する。無限軌道の足を持つ戦車とは言え、泥沼の中ではあまり身動きが取れないのだ。

 更に道が泥沼と化しているため、前線に送られる武器弾薬や食料などの物資も泥沼で足止めを食らい、前線で戦う部隊は苦汁を強いられた。

 ドイツ軍の参謀本部の予想では、十月の下旬にはモスクワを占領し、アメリカに次ぐ巨大な国家であるソ連を打ち破っている筈であったが、ぬかるんだ道の所為で予想を大きく狂わされ、例年より早く到来したナポレオンを撃退したロシアの冬将軍と戦う羽目になってしまう。

 十一月に入り、冬将軍との苦しい戦いになると思ったが、雪が降って路面状態が良くなったため、前線部隊に真面な補給が行われたが、前線の部隊に冬季戦用の装備は運び込まれてはこなかった。進撃スピードは回復したものの、補給線はそろそろ限界に達しようとしていた。

 冬季戦を予想していないがために、戦車や航空機の冬季用のオイルも無く、ソ連軍はドイツ軍に物資を渡さないがために焦土作戦を決行する。現地調達もままならず、ソ連領内に奥深くに侵攻したドイツ軍は窮乏に瀕し、進撃スピードは再び停滞する。

 だが、敵の首都を目の前にして尻込みをしている訳にもいかない。

 そう心に決めたドイツ国防軍中央軍集団の指揮官たちは、十一月十五日に寒さに苦しむ将兵らに向けて、モスクワに対する攻勢を開始するよう命じる。

 早くソビエトとの戦争を終わらせたい前線に居るドイツ軍の将兵らはその命令を実行し、凍てつく寒さに耐えつつ、強固に守られたモスクワへと進軍した。

 

 

 

 一方、激戦区の近くで、先の未来と言うよりか、別世界より人為的な火炎地獄から逃げて来た大剣を背負ったアジア人の大男が転移してきた。

 

「ぐわっ! クソッ…熱いの次は死ぬほど寒ぃ…! 何所だ、ここは!?」

 

 その男の名は瀬戸シュン。

 偶然にも仇であるネオ・ムガルの侵攻部隊が潜む世界へ転移し、指揮官であるテドッテと部下たちの戦意を奪うことに成功したが、突如となく飛来した連邦軍の爆撃隊による焼夷弾爆撃を受け、仇の基地にある次元転移装置を使って、この地へ降りて来たのだ。

 無論、転移座標は適当に決めた為、モスクワ攻防戦が行われている極寒のロシアの地へと来たわけだ。

 

「おまけに戦場かよ! たくっ、前のヤク中共の街と言い、地獄の二連続だぜ全く!」

 

 周囲から聞こえて来る銃声と砲声、そして爆音でここを戦場と分かったシュンは、この凍てつく寒さから逃れられる家屋を探すべく、深い雪の中を移動する。

 彼の服装は常温の気温で着られる戦闘服であり、二回に及ぶ激戦でボロボロになり、更に焼夷弾による爆撃で少し焦げている。半袖にタクティカルベストを身に着けているような感じだ。そんな薄着で凍てつくような寒さを耐えながら、シュンは寒さを凌げる家屋を必死に足を動かし、周囲に目を向けて探し回る。

 だが、ソ連軍は侵略者であるドイツ兵等に温まる場所を一切提供しなかった。どの家屋もが焦土作戦により破壊され、とても寒さを凌げそうな家は無い。

 

「クソッタレ! 焦土作戦後かよ! なんて運がねぇんだ俺は!」

 

 何所を見渡しても破壊された家屋のみであるため、シュンは寒さに負けないために、一人で悪態を付きながら、素手で雪に触れ、どういうわけだか日本の秋田県や新潟県の伝統行事である「かまくら」を作り始めた。

 かまくらとは、雪で作った家の事だが、使用目的は祭壇を設けてそこに水神を祀る物であるが、シュンはこれを雪原地帯で遭難した時のシェルターと捉えた様だ。

 手の皮が寒さの余りに破けて血塗れになりながらも、自分が入れるほどのかまくらを拵えたシュンは、そこへ入って寒さを凌ごうとする。だが、寒さに耐えるためには火が必要だ。幾らかかまくらの中とはいえ、中の気温は外とほとんど変わりない。

 

「せっかく地獄の業火から逃げ出したかと思えば、今度は極寒の中で凍死か…クソッ、俺はどれだけ神様に嫌われてんだ…」

 

 寒さの余り唇を紫色に変わり、肌の色も死人のように白くなってきた。身体は寒さの余り、必死で温めようと彼の意思に反して勝手に震え始める。このまま凍死するのかと思い、最後の抵抗の如く悪態を付き続けるシュンであったが、力尽きるのは時間の問題である。

 このかまくらを作るために使って皮が千切れて血で真っ赤になった手は、凍傷にやられ、徐々に感覚を失いつつある。更には足も冬用の靴を履いていないがために、冷気が伝わって足の感覚も徐々に無くなってくる。

 ここで終わりか…。

 そう心に思うシュンであったが、薄れゆく意識の中で、見覚えのある声が聞こえた。

 そちらの方へ視線を向けてみると、見覚えのある男が自分に語り掛けて来る。微かであるが、男の発する声が耳に入ってくる。

 

『ここに居たか…全く、こんな薄着で良くもまぁこんな冷凍庫みたいな激戦区に来たもんだ…』

 

 声が聞こえなくなった後、シュンは完全に意識を失い、かまくらを見付けた謎の男に抱き抱えられ、何処かへと連れ去られた。

 

 

 

 シュンが謎の男に抱き抱えられて何所かしらに連れ去られている頃、モスクワ郊外では、ドイツ軍とソ連赤軍による激戦が繰り広げられていた。

 零下三十度から五十度まで低下し、ドイツ軍が使用する火器の殆どは故障を起こした。対するソ連赤軍の火器は、この環境に応じて開発された物ばかりなので、故障は滅多に起きない。

 だが、戦闘で興奮状態に陥っているドイツ兵たちは、凍てつくような寒さを物ともせず、銃火器の代わりとなる軍用スコップや柄付き手榴弾を駆使し、決死の防衛線を張るソ連兵等を圧倒する。

 ドイツ将兵等が早くこの状況を打開しよう必死にモスクワを目指しているのなら、温かい防寒着を与えられているソ連将兵たちもまた、必死の思いでモスクワを守っていた。

 理由は何故か?

 それは、当時のソビエト社会主義の二代目最高指導者であるヨシフ・スターリンによって恐怖で統括されたからだ。

 スターリンが何故このような手段に出たのかは、モスクワの陥落を防ぐためであろう。

 督戦隊配置の成果もあり、ソ連赤軍の防衛線の秩序は辛うじて保たれた。

 

「目標、十一時方向のT-34! 距離200m、弾種徹甲弾! 履帯をやれ!!」

 

「了解(ヤヴォール)!」

 

 Ⅲ号戦車J型の車内にて、四十二口径5㎝型砲塔のキューボラから、冬季迷彩が施されたT-34/76中戦車を確認し、砲手に履帯を攻撃するように命じ、砲手には徹甲弾を装填するように命じた。

 戦車なら正面切って殴りあると言うのが決まりだが、相手のT-34/76中戦車が格上であり過ぎ、Ⅲ号戦車では60口径の長砲身でなければ、火力的にも余り太刀打ちできない。

 

「装填完了!」

 

「照準良し!」

 

「停止! しっかりと狙え、カール!」

 

はい(ヤー)!」

 

 目前の強力な戦車の足を止めるため、操縦手に停止させるように命じて射撃を安定させた後、戦車長は砲手の腕を信じて射撃命令を出した。

 これに応じ、砲手は照準器をやや斜め上にしてから発射ペダルを強く踏んでソ連中戦車に対しては貧弱な徹甲弾を目的に向けて発射する。砲声が鳴り響き、放たれた砲弾は見事、標的にした右側の履帯に命中し、自分等にとっては強力な敵戦車の足を止めることが出来た。

 

「命中!」

 

「よし、後は歩兵の仕事だ! ズらかるぞ!」

 

「ヤー、コマンダ!」

 

 敵戦車の履帯に命中して足を止めたのを確認すれば、反撃を受けないうちに移動するよう操縦手に命じ、この場から離れ、再び同じような事をモスクワから湧いて出て来るT-34中戦車に対して行う。

 Ⅲ号戦車の戦車長の言う通り、足が止まった敵戦車を仕留めるのは歩兵の仕事であった。

 三人ほどの爆薬部分を巻き付けた柄付き収束手榴弾を持ったドイツ兵が現れ、機銃の射程内に入らないよう移動しつつ、戦車の弱点となる後部にあるエンジン排出口の上部に向け、三つの大きな柄付き手榴弾を一斉に投げ込んだ。投げられた三つの手榴弾のうち一つは見事に上部に乗り、数秒後に爆発して敵戦車を吹き飛ばした。

 

「ワァァァァァ!!」

 

「あ、熱い! 誰か火を消してくれ!!」

 

 吹き飛んだ戦車は炎上し、車内から全身火達磨となったソ連赤軍の戦車兵たちが飛び出してくる。もがき苦しむ戦車兵等に対して三人のドイツ兵等の取った行動は、MP40短機関銃を数発ほど撃ち込んで撃ち殺すと言う実に無慈悲な物であった。だが、ある意味彼らを救ったかもしれない。

 戦車兵たちを炎から救った彼らは、他の味方戦車を支援すべく、その場を他の将兵と共に後にする。

 

「死ね! ゲルマンスキー!!」

 

「くたばれイワン!」

 

 モスクワまで後20㎞となった地点では、激しい白兵戦が繰り広げられていた。

 当時の戦争では銃や砲撃、航空戦に爆撃と言うのが主流であるが、先ほども言った通り、双方の将兵はスコップで殴り、銃剣とナイフで敵を突き刺し、木製のストックで敵を殴ると言うまるで中世か近代のような戦いであった。手榴弾も少なからず使用されたが、味方を巻き込むことを嫌ってか、余り使用されていない様子だ。その所為か、近接武器を多用した戦闘が行われていた。

 

「グァァ…母さん…」

 

 一人の若いソ連兵がドイツ兵に胸を銃剣で突かれ、母の名を口にしながら息絶える。

 

「死ね、死ね! 死ね! 死ね!」

 

 あるソ連赤軍の新兵は、既に息絶えたドイツ兵に向けて何度もナイフを突き刺している。

 他には首を鋭利なスコップで斬り落とされて横たえる死体や、腕や脚を切断され、伝わる激痛で叫び声を上げる兵士たち、敵と間違えられて殺される将兵らも少なからず存在した。

 そんな阿吽絶叫な戦場にドイツ軍の装甲部隊が到着し、増援としてやって来たソ連赤軍の装甲部隊と砲撃戦を開始する。双方が味方の部隊が乱戦状態になっているにも関わらずだ。これにより。双方の犠牲者はかなり増大し、見るも無残な死体が増えて行く。

 

「後退しろ! ここは持ちこたえられん!!」

 

 この地獄の戦場の中で、先に手を引いたのはソ連赤軍であった。

 返り血塗れの白い冬季用戦闘服を着て、TT-33自動拳銃を右手に握るトカレフ赤軍将校の指示で、ソ連赤軍の将兵達はドイツ兵等との白兵戦を止め、次の防衛線まで後退し始める。味方の誤射を気にして銃を撃たなかった将兵らは、この指示を聞いてお構いなしに追おうとして来るドイツ兵等に向けて引きながら発砲する。

 

「追うな! 一度再編成を行う!!」

 

 追撃を仕掛けようとした数十名の味方の兵士が撃ち殺されるのを見たドイツ軍側の指揮官は、追おうとする味方の兵士等を必死の声を上げて静止し、同時に再編成を行うことも告げる。そのおかげで味方の歩兵の損害もある程度は減る。

 壮絶な白兵戦に残った物は、双方の将兵の無残な形となった死体ばかりと負傷したドイツ兵達だけであった。まだ元気な兵士は負傷兵を担いで後方へ戻り、モスクワまでの全身を当時のドイツ軍の花形である戦車や突撃砲を中心とした装甲部隊に任せる。

 先頭を行くのは、Ⅲ号突撃砲B型を主力とする中隊だ。車体のキューボラから上半身を出した中隊長が、配下のⅢ号突撃砲に手で指示を出す。中隊長車が前進すれば、中隊所属の突撃砲がその後へ続く。

 

「死体は踏むなよ。後で整備の連中に文句付けられるからな!」

 

「はい、はい」

 

 先頭の中隊に属するⅢ号突撃砲B型の車内にて、戦車長であるエアハルト・ハーゲンと呼ばれるドイツ国防軍陸軍の軍曹が、操縦手に目前に転がっている死体を踏まないように注意した。ちなみに、ハーゲンが乗る車両は全てフェンリアと言う愛称がつく。

 彼は勝手に好敵手だと思っているアナートリイ・ゴロドクと二度の対決を行っていたが、どれもが引き分けに終わっている。一度目は零距離射撃で撃退し、二度目は未来からやって来た二人に助けられる形で助かる。流石に三度目のゴロドクとの対決は期待できないが、シュンが目覚めるまでハーゲンの活躍を見てみよう。

 

「鹵獲したフランスの重戦車まで投入か…」

 

 後のキューボラの窓を覗き込み、後からついてくる数量の先のフランス侵攻でフランス軍より鹵獲したルノーB1重戦車を見て、残念そうに呟く。これが聞こえたのか、砲手は自軍の戦車が以下にソ連戦車の前では無力なのかを車長である彼に告げる。

 

「まぁ、我が軍の戦車でソ連の戦車に対応できるのは、Pak38か大口径の榴弾砲、88mm高射砲、それにフランスから分捕った戦車だけですからね。こうなるんだったら、侵攻前にもっと火力の高い大砲を付けた戦車が欲しかったですよ」

 

「そうだな。もし、俺がこの戦闘で勲章でも取れば、将軍にでも掛け合ってみよう」

 

 砲手からの不満の声を聞けば、ハーゲンは冗談で返した。これに対して砲手も、笑みを浮かべながら冗談を交えながら返す。

 

「頼みますよ、軍曹殿」

 

「あぁ、もちろんだとも」

 

 砲手からの願いに答えれば、前方の窓を覗いてヘッドフォンに耳を澄ませ、中隊長からの伝わってくる次の指示を待つ。車内の騒音を聞き、前方を見据えて待つ中、待っていた中隊長からの指示が、ハーゲンの耳に響いた。

 

『ヴァイマルから各車両へ! 散会せよ! 二時方向より一ダース分のT-34だ!!』

 

「早く移動しろ! やられちまうぞ!」

 

「あいさ!」

 

 中隊長の指示でハーゲンは操縦手に散会するように命じた。これに応じ、操縦手は他の僚車と共に散会する。ハーゲンの目は、二時の方向から来る十二両以上のT-34中戦車に向けられていた。

 

「正面に向けろ! 弾種徹甲弾、目標はⅡ号を追い回してるT-34だ! 履帯をやれよ!」

 

「ヤー、コマンダ!」

 

 砲塔は前面に固定されているので、操縦手は車体を正面に向け、装填手は砲弾の尖端が黒く塗られている徹甲弾を装填する。先ほどのⅢ号戦車と同様に砲手は、囮役として前に出て来たⅡ号戦車に気を取られている敵戦車の履帯に狙いを定めてから、徹甲弾を履帯に向けて撃ち込んだ。

 しかし、敵戦車も移動しているので、砲弾は狙いが定めた履帯には当たらず、T-34の前面装甲は傾斜状に当たり、弾かれてしまう。砲弾が弾かれたことを、砲手は直ぐにハーゲンに知らせる。

 

「クソッ、前面に当たりやがった!」

 

「次だ、急げ!」

 

「はい!」

 

 ハーゲンが言えば、即座に装填手は新しい徹甲弾を装填する。砲弾が装填されたのを確認すれば、砲手は直ぐにこちらに気付いて砲身をゆっくりと向けるT-34の履帯に向け、装填された徹甲弾を撃ち込んだ。今度こそ砲弾は履帯に命中し、履帯を引き千切って動きを止めた。

 

「命中!」

 

「こっちでとどめを刺せ! Pak38を待っている暇は無い!」

 

「ヤヴォール!」

 

 動きを止めて後は、60口径の対戦車砲であるPak38か、歩兵の収束手榴弾でとどめを刺すところだが、待っていては自分達がやられるので、ハーゲンはとどめを刺すように命じる。これに応じ、砲手はT-34のエンジンに向けて装填されたばかりの徹甲弾を容赦なく撃ち込んだ。エンジンに徹甲弾を受けたT-34は爆散し、砲塔は空高く吹き飛んだ。

 

「敵戦車撃破!」

 

「よし、他の僚車と一緒にあのT-34を集中砲火だ!」

 

 砲塔が雪中に上に落ちて数秒後、ハーゲンは僚車と同じように、自分が知らぬ間にチェコから接収した38t軽戦車を撃破した一両のT-34に前面を向け、同じ中隊の車両と共に集中砲火を浴びせた。この集中砲火に、同じ75mm短砲身だが、回る方の搭載している後続のⅣ号戦車E型も参加している。

 合計にして八両もの戦闘車両から集中砲火を受けたT-34は何発か砲弾を弾くが、Ⅲ号突撃砲かⅣ号戦車が放ったか分からない一発の徹甲弾が前面にある機銃口に命中し、爆散した。一時期、この敵戦車を誰が撃破したか通信で喧嘩になったが、今の手持ちの火力では全く太刀打ちできない当時のドイツ軍戦車では脅威とも言える重戦車の出現で中断となる。

 

『うわっ! KV-1だ!!』

 

「KV-1! 化け物だ、化け物が来たぞ!」

 

「クソッ、こっちには88mmが無いんだぞ!」

 

 誰かも分からない無線で、KV-1重戦車が現れたのを知ったドイツ戦車兵たちは慌て始める。砲手からその重戦車の存在を知ったハーゲンは、自分等の火力ではかなわないことを悔やむ。

 そんな悔しがるハーゲンを更に追い詰めるように、KV-1は目に付いたドイツ戦車に向けて手当たり次第に砲弾を撃ち込む。狙われたドイツ戦車はひとたまりも無く、一発で大破して爆散する。対するドイツ軍の戦車部隊も何発かを撃ち返すが、KV-1重戦車が誇る重装甲に徹甲弾は通じず、次々と弾かれてまた一両、また一両と撃破されていく。

 

「ふ、フランスの重戦車ですらこの有様か…!」

 

 フランスの重戦車はドイツ戦車とは違って奮闘するも、搭載している砲では歯が立たず、側面に徹甲弾を撃ち込まれて撃破される。この圧倒的なKV-1の強さに、思わずハーゲンも固唾をのんでしまう。

 してKV-1重戦車とは、大口径の76.2mmの砲身を搭載し、当時では破格の重装甲を誇る重戦車であり、独ソ戦当初のドイツ戦車が放つ砲弾をことごとく弾いたため、ドイツ軍からは「怪物」と言わしめた。更に恐ろしいことに、KV-1とは比較にならない巨大な砲と重装甲を誇るKV-2と呼ばれる重戦車も存在する。

 しかし、KV-1とKV-2は機械的信頼と品質が欠けており、更に重装甲で重量が増加していることもあって、余り速度は出せない。後に、重量を計量したKV-1Sタイプが製造されたが、この時なるとドイツ戦車の火力も高くなり、最後にKV-85が生産されたのを機に、後続のIS重戦車シリーズに座を譲ることとなる。

 目に見えるドイツ戦車をある程度を破壊したKV-1は、自車に向けて砲弾を撃ち込んで来る対戦車砲を榴弾で吹き飛ばした後、ハーゲンのフェンリアに向けて大口径の砲身を向けた。それを確認したハーゲンは、直ぐに操縦手に向けて移動するよう右肩を強く蹴る。

 

「化け物がこっちに砲身を向けているぞ! 早く動かせ!」

 

「今やってる!!」

 

 操縦手は荒々しく答えた後、回避行動を取る。素早く動いたおかげか、敵からの攻撃を回避することに成功した。当たった雪で覆われた地面がはじけ飛び、泥に混じった雪が空高く舞い散る中、ハーゲンは何とかKV-1を撃破する手段を、その化け物戦車をキューボラの窓から見つつ考える。

 しかし、自分等がKV-1を撃破するのよりも先に、空より現れた者によって撃破される。

 

「目標、大破しました! 空軍の奴らです!」

 

「スツーカか! こんな悪天候で良く飛べたな!」

 

 KV-1が上から落とされた爆弾によって撃破されたのを確認したハーゲン等は、大いに喜んだ。キューボラから上半身を出したハーゲンは、この悪天候の中でやってきてくれたJu-87スツーカに向けて手を振る。

 それに答えてか、スツーカのキャノピーからパイロットらしき者が手を振っている様子が伺える。爆弾を全て投下し終えたのか、スツーカは威嚇用サイレンを鳴らしながら基地へと帰投した。

 このJu-87スツーカとは、ドイツ国防軍空軍創設時から存在するベテランの急降下爆撃機だ。実験として、スペイン内戦にもコンドル軍団の主力機として参加していた事もある。

 しかし、41年当時は既に旧型機であり、大戦時に開発された航空機群に徐々に圧倒され始めていた。43年に旧式化したスツーカを対戦車攻撃機として改造し、30mm機関砲を搭載したG型の投入を始めている。

 ちなみに、この急降下爆撃機でギネス記録の撃破数を打ち立てたパイロットが存在する。

 

「さて、前進再開だ!」

 

 脅威はこの悪天候の中で航空支援に来てくれたドイツ空軍が排除してくれたので、中央軍集団は立ち向かう敵を排除しつつ、モスクワへと目指した。

 その隊列に混じるように、ハーゲンのフェンリア号も後へ続いた。

 

 

 

「ん…何所だ…ここは…?」

 

 して、ドイツ軍の中央軍集団がモスクワへと進撃中の頃、謎の男に助けられたシュンは、奇跡的に焦土を免れた家屋にて、凍傷の治療を受けていた。

運び込まれた数日か数時間なのか、気を失っている時間も分からぬまま、温かい部屋の中に居るシュンは、ベッドの上で目覚める。直ぐにここが何処なのかを周囲に目を配って分かった後、上半身を起こしてベッドから起き上がろうとする。しかし、身体が思うように動かず、それにばかりか両手は凍傷で包帯にぐるぐる巻きになっている。

 そんな彼を目覚める時を待っていたのか、近くの椅子に腰かけていた男が声を掛けて来た。

 

「おい、動くなよ。ここで死なれちゃ困る」

 

「あ、あんたは…!?」

 

 その聞き覚えのある声を聴き、シュンは声がした方向へと視線を向け、驚きの声を上げた。

 

「探したぜ、まさか歴史の世界に居るとは驚きだ」

 

 シュンが驚きの声を上げる程の人物とは、自分を自由の身にしてくれた恩人であるガイドルフ・マッカサーであった。直ぐにシュンは、どのようにしてこの世界に来たのかを問う。

 

「お前、一体どうやってここに来た!?」

 

「答えを出さないと、両手を切断する羽目になっちまいそうだから教えてやろう。俺は、各世界を渡る能力を持っている」

 

「世界を渡る能力だぁ? んな能力は聞いたことないぞ」

 

 世界を渡る能力と答えたガイドルフに対し、幾らか特殊な能力を知っているシュンは、初めて聞いた能力に首を傾げる。そんな首を傾げるシュンに対して、ガイドルフはその訳を告げる。

 

「能ある鷹は爪を隠すって奴だ。俺は情報屋だが、この能力だけは信頼に値する奴にしか明かさないって事にしている。この能力を明かすってことは、俺はあんたを信用してるって訳だ」

 

「おいおい、こんな直ぐにクタバリそうな馬鹿を信用するとは、お前、やきでも回ってんじゃねぇのか?」

 

 ガイドルフが世界転移の能力を明かすことを、信頼に値する人物であると告げれば、余り彼の事を信用できないシュンは見誤ったのではないかと答える。

 

「いや、俺の目に狂いはない。現にこうしてお前は幾つもの修羅場を潜り抜けている。これほど死神からの死の宣告を逃れている男はそう居ない。俺が今まで会った男の中ではな」

 

「単に運が良かっただけだろが」

 

 シュンの状態を見て、ガイドルフは一目で自分が知らないうちに幾多の修羅場を潜り抜けて来た男であると見抜いたが、当の本人は運が良かっただけであると返した。それから、この世界がどのような世界なのかをガイドルフに問う。

 

「で、俺が今いる世界は何所だ? 見たところ、馬鹿デカい戦争が起こってるって感じがするが」

 

「あぁ、お前の言う通り、ここは馬鹿デカい戦場の真っただ中だ。そして、歴史の世界でもある。そして、俺たちが今いる時期は、第二次世界大戦の独ソ戦初期のモスクワの戦いが行われている最中だ。歴史の中の戦場に居る感想はどうだ?」

 

「そういや、士官学校で歴史の授業で習ったな。補給不足で攻めた側のドイツ軍が途中で力尽きたっていう大戦場だ。歴史の中に居るって感想は、よく分からねぇって感じだ」

 

「そうだ、俺たちは歴史の真っただ中にいる。俺たちの行動の一つで、歴史が変わっちまうかもしれねぇ」

 

 今、自分が居る世界は歴史の第二次世界大戦の激戦の一つであるモスクワの戦いの中に居ることが分かれば、シュンは記憶を辿って士官学校で習った戦争歴史の一つであることが分かり、それをガイドルフに告げた。それに答えてか、ガイドルフは自分等の行動一つで、歴史を変えてしまう恐れがあることを告げ、シュンに下手な行動に出ないよう注意する。

 

「さぁ、手を出せ。凍傷の早期治療に入るぞ」

 

 そのやりとりの後、ガイドルフは凍傷の治療のため、42℃程はある湯が入った桶を持って来て、シュンに凍傷である両手を湯に漬けるように告げた。彼の言う通りに、シュンは両手の包帯を口では外し、両手を湯の中へ突っ込む。

 

「グッ…」

 

 両手と神経が解凍される伴い、激しい痛みが伝わってくるが、シュンはこの程度の痛覚は幾度も感じて慣れきっているため、余り大した痛みでは無い。湯が温くなったのを確認して両手を湯から離せば、即座にタオルを両手に包み、手を凍らせないように温もりを維持しようとする。その間に、ガイドルフが代わりの湯を持って来て、またそこにシュンが両手を突っ込み、加温による凍傷治療を続ける。

 

「よし、感覚が戻って来た」

 

 それを小一時間ほど続けていれば、シュンの両手に感覚が戻り、ある程度は動かせるようになった。両手を振るって立ち上がろうとするが、ガイドルフは許可を出さない。

 

「待て、まだ治ったばかりだ。それにまた外に出れば、切断する羽目になるぞ」

 

 治った傷口を再び再凍結すれば、今度は切断する事態になるかもしれないが為、ガイドルフはシュンの外出を許可しなかった。これにシュンは、代わりに出された熱い珈琲カップを手に取り、熱い珈琲を口に含み、それで身体を温める。数分ほどでコーヒーを飲み干せば、今度は温かいスープが出された。それもガイドルフの分まである。

 

「今度は飯か…つか、肉が少ねぇな。野菜屑ばっかだ」

 

「肉はそんくらいしか盗めなかったんだ、我慢してくれ」

 

「あぁ、悪いな」

 

 スープの具を見て肉が少ないことを指摘すれば、ガイドルフは軍の物資集積所からそれくらいしか盗めなかったことを告げれば、シュンは礼を言いながら、彼と共に温かいスープを啜った。雑談を交わしながら温かい食事を終えれば、本題に入る。

 

「でっ、お前さんはこれからどうやってこの世界を出るつもりだ? 言っておくが、俺は俺自身しか、異世界転移しか出来ないぞ」

 

 最初に口を開いたのはガイドルフであった。シュンに対してどのようにこの世界から別の世界へ行くのかを問うた後、シュンが自分に連れてって貰おうと予測してか、自分だけしか転移できないことを告げる。そんなに都合が良いことが起こらないことを予想していたのか、シュンは苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、そんなに都合のいいことが立て続けに起こるもんじゃねぇしな。こんな世界じゃ転移装置何てそんな物を置いてる訳でもねぇし、ご都合主義的にわざわざこの世界に転移装置持って来るなんてあり得ねぇ。もしかすれば、一生ここで暮らす羽目になるかもな」

 

 奇跡でも起こらない限り、自分は一生この世界で暮らすかもしれない。

 そう発言するシュンに対し、ガイドルフは軽く肩を叩いてから、ある地図をシュンに手渡す。

 

「なんだこれは?」

 

「その奇跡ってのが起こる場所が示された地図だ」

 

「マジか…!」

 

 手渡された地図で、‟奇跡‟と言う物が起こる場所が示された地図を取り、それが示されている場所を凝視した。

 

「その奇跡が起こる場所は、今から五時間後に陥落するソ連赤軍の左から数えて四番目の機関銃陣地だ。目印はマキシム機関銃が六丁ばかりがあること。今からそこに行くのは、二時間の有余がある。その間にお前はどうするんだ?」

 

 地図を凝視しているシュンに、ガイドルフは笑みを浮かべながら奇跡が起こるまでの有余の時間をどう過ごすか問う。

 

「決まってる、この真冬の戦場を突っ切れるだけの装備と準備運動だ!」

 

「中々の答えだ。だが、これは歴史の中の世界だ。それに介入するって意味は、分かっているか?」

 

 意気揚々と答えるシュンに対し、ガイドルフは歴史に介入することがどれくらい危険な事なのかを問う。

 

「あぁ、分かってるぜ。だが、銃や砲火、戦車や航空機を使う戦場だ。このモスクワの戦いは規模のデカい戦場で、行方不明者なんか何百人もいやがるんだろ? 俺が五、六十人をぶっ殺したり、戦車を数台スクラップにしたくらいで、対して歴史はそう変わらねぇと思うがな…!」

 

 恐ろしい笑みを浮かべて答えるシュンに対してガイドルフは少しばかり冷や汗を掻きつつ、復讐のためなら歴史すら変える事すら顧みない彼に感動し、両肩を叩きながら褒め称える。

 

「中々面白いことを言うじゃないか…! そうだ、一々歴史を気にしちゃ、目的は達成できない。全く、恐ろしい男だぜ、お前は」

 

「何とでも言え。どうせ復讐が終わったら死ぬつもりだ。歴史やら時間がどうとか知った事か」

 

 シュンは両手を払い除けた後、スクワッドなどの準備運動を始めた。それからガイドルフに雪中の戦場を突っ切れるほどの装備を用意するよう頼む。

 

「装備の用意でもしてくれ。俺は準備運動してからっよ」

 

「もう出来ている」

 

 その言葉に準備運動を止め、ガイドルフが指差した方向にある部屋を覗いてみれば、モシン・ナガンM1891/30小銃と、ソ連赤軍歩兵の白い冬季用戦闘服を初めとする冬季戦闘セットが置かれていた。冬季用のブーツは、雪に足を奪われないような特注品となっている。これを見たシュンは、ガイドルフに対して礼を言う。

 

「気が利くじゃねぇか。これほどの装備があれば、一日中だって戦えるぜ」

 

 そう礼を言えば、シュンはそれらの装備を身に纏い、軽く飛んで装備に脱落が無い事を確認し、腕や脚などを伸ばす。

 異常が無い事が分かれば、小銃用のポーチを付けるためのベルトを着け、そこに五発の対フル弾がセットされたクリップを入れて行く。弾薬を入れ終えれば、最後に残ったクリップを小銃のボルトを引いて開き、そこへクリップをセットして弾を入れ込み、ボルトを戻して初弾を薬室へ送り込む。

 照準に狂いが無い事を確認すれば、銃底を床に着け、左腰にぶら下がっている銃剣の鞘からスパイク状の銃剣を抜き、それを小銃の銃口の下にある取り付け具に付けて着剣する。

 銃剣のセットを終えれば、モシン・ナガンM1891/30小銃の銃紐を左肩に掛け、大剣を引き抜いてからその鞘を背負ってから、鞘にある付け具に大剣をセットした。

 これで準備は完了だ。シュンはいつでも戦場へ出て、敵を撃ったり斬ったりすることが出来る。

 しかし、まだ予定まで時間がある。その間に準備運動でもしようと思うシュンであったが、ガイドルフは銜えた一本の葉巻の尖端をマッチで火を点けつつ、ウォッカが満タンの瓶を投げた。

 

「おっ、助かるね」

 

「あんまり飲み過ぎるなよ」

 

 ウォッカの瓶を見たシュンが礼を言えば、余り飲み過ぎないよう、ガイドルフは紫煙を吐きながら告げる。そんな彼の左手にも、ウォッカの瓶が握られていた。

 

「では、この世界から脱出を祝って」

 

「乾杯!」

 

 この世界からの脱出を願いつつ、シュンとガイドルフはウォッカで乾杯した。

 一口で三分の一ほどを飲み干せば、シュンの身体は大分温かくなった。二口目を飲もうとした時、ガイドルフに止められる。

 

「それ以上は行けない。途中で飲めるように鞄に仕舞っておけ」

 

「そうだな」

 

「ちょっと待て。忘れもんだ」

 

 彼の言う通りにウォッカの瓶を鞄に仕舞えば、貰った腕時計を見て、‟奇跡‟が起こる時間帯が迫っていることが分かれば、ドアノブに手をやろうとしたが、ガイドルフが忘れた者があったのか、小さな物を投げ渡した。

 

「これは?」

 

「超小型の無線機だ。幾つかサポートする」

 

「これだけハイテクなんだな…」

 

 手渡された小型無線機を右耳に付けた後、腕時計を見て時間が迫っていることが分かれば、再びドアノブを握り、開けようとする。その際にシュンは、ガイドルフの方へ視線を向けた。

 

「そろそろ時間だ」

 

「あぁ、また別の世界へ会おう」

 

「応よ!」

 

 最期の別れは出なく、再会の約束をしてから、シュンはドアノブを捻って真冬の外へ出た。

 ドアを閉める際に、ガイドルフが手を振っているのを確認すれば、シュンはドアを閉めて目的地へと装備を揺らしながら走る。目的地へと向かって走るシュンの瞳には、何者でも排除せんとする志が見えていた。

 数十分ほど雪中を進むこと数十分ほど、爆発音や銃声が良く聞こえることから戦闘が近いことが分かり、遠くの方で炎上する残骸が出す煙が幾つか見える。シュンは一度足を止め、双眼鏡で目的地である左翼の四番目の機関銃陣地を見据えた。まだ機関銃のマズルフラッシュが幾つか見えることから、健在の様子だ。

 

「予定よりまだ時間があるらしいな」

 

 左腕に付けてある腕時計の針を見ながら呟いた後、背後から近付いてくる無数の足音とキャタピラ音に気付き、聞こえて来る方向へ振り向いてから大剣を抜いて構える。

 その方向から来る正体は、ソ連赤軍の一個大隊程の歩兵とT-34やKV-1を主力とする戦車部隊だ。前線に送られる増援部隊であろう。増援部隊はシュンの存在を無視し、前線へと向かう。このまま行ってくれれば良いが、政治将校と配下の督戦隊の何人かがシュンに銃口を向けながら問うてきた。

 

「おい貴様! そこで何をしている? 敵前逃亡者か? それにその馬鹿デカい剣は何だ?」

 

 ナガンM1895回転式拳銃を突き付けながら問うてくる政治将校に対し、シュンは分かるようにロシア語で悍ましい笑みを浮かべながら答えた。

 

「お前らみたいな、邪魔なアホ共を叩き斬る得物だ」

 

「貴様、何を言って…」

 

 政治将校が銃の安全装置を外して引き金を引こうとした時、その男はシュンが振るった大剣で胴体を斬り落とされて絶命した。これを目撃した配下の督戦隊の隊員等が持っている銃の安全装置を外して直ぐに撃とうとしたが、彼らが構えるよりも先にシュンが素早く動き、大剣で次々と斬り捨てて行く。

 一人目は上半身を斬りおとされ、二人目は右半身を斬りおとされ、三人目は四人目の近くに居たために纏めて両断される。残りの数名は、銃を撃つ暇も無くシュンに近付かれ、秒単位で全滅して無残な死体へと変わり果てた。

 生きている人間を斬殺したことにより、斬られた根元から勢いよく血が噴き出し、シュンの白い冬季用戦闘服を返り血で赤く染める。

 

「う、うわぁぁぁ!?」

 

 全員が最初に斬られた政治将校と同じような末路を辿り、残っているのは大剣を持った男を見るために足を止めた歩兵数名だけであった。彼らは悲鳴を上げれば、自分の身を守るために持っているPPsh41短機関銃の安全装置を外してシュンに向けて無数の拳銃弾をばら撒く。これにシュンは素早くその場から移動して遮蔽物となる残骸に身を隠し、即座に肩に掛けてある小銃を手に取り、自分に向けて発砲してくる一人の兵士を撃ち殺す。

 一人目の兵士が被るヘルメットが弾き飛んで死んだのを確認すれば、ボルトを引いて空薬莢を排出して、同じ小銃を持つ味方を殺されて浮ついている二人目の頭に向けて直ぐに撃ち込む。これで、自分に向けて銃を撃ってくる奴は居なくなった。

 

「敵のスパイだ! 撃ち殺せ!」

 

 しかし、これで自分が脅威であることを相手に知らせてしまう。増援部隊が余分の歩兵二個分隊をシュンに差し向けて来た。先頭に立っている政治将校が短機関銃を数発撃った後に叫べば、二個分隊程の火力がシュンの身を隠している遮蔽物を襲う。

 今自分が隠れている場所へ火力を集中しているため、敵歩兵から見えないように別の場所へ移動し、まずは円形の弾倉が特徴的なDP28と呼ばれる軽機関銃を持つ兵士からだ。差し向けられた二個分隊には、二挺のDP28がある。残り三発で、彼らを先に仕留める必要があるのだ。

 銃剣が付いた小銃や短機関銃を持つ兵士達が、自分が居ないことを確認して仲間に知らせる前に、二脚を立てた機関銃を撃ち続けている兵士の頭部に向け、ライフル弾を撃ち込む。銃声が鳴った後に放たれた弾丸は首に当たり、首にライフル弾を受けた兵士は自分の血で溺れながら息絶えた。仲間が撃たれたのに気付き、他の兵士らがシュンの隠れている場所へ銃弾を浴びせようとする。

 

「あそこだ! あそこに居るぞ!」

 

「ぐぇ…!」

 

 その前に、シュンは機関銃の銃口をこちらに向けようとする敵兵の胸に銃弾を撃ち込み、分隊の火力を低下させた。最後の一発は、棒立ちになって短機関銃を乱射する政治将校の胸に向けて撃ち込む。これで指揮力は低下したに見えたが、まだ分隊長が残っている。彼らは政治将校より指揮力が長けて、末端の兵卒とは違ってそれなりに強いので要注意だ。

 遮蔽物に身を隠したシュンは小銃の再装填を行い、側面から上半身を出し、目に見えた手榴弾を投げようとする敵兵に向けて銃弾を撃ち込んだ。胸に銃弾を受けた敵兵は倒れ、持っていたF1手榴弾を下に落とし、爆発に巻き込まれて完全に息絶える。手榴弾を持った敵兵を始末すれば、遮蔽物から飛び出して手近な距離に居る分隊長に向けて小銃を撃つ。

 

「ぐぅ!?」

 

 太腿辺りに銃弾を受けた分隊長は、余りの激痛に足を止めてしまう。シュンはその隙を逃すことなく、三発目となる銃弾を胸に撃ち込み、一人目の分隊長を射殺する。ボルトを引いて空薬莢を排出して移動しつつ、トカレフM1940半自動小銃を撃ってくる二人目の分隊長の頭に狙いを定め、照準が合い次第、直ぐに引き金を引いた。放たれた四発目は見事に頭部に命中し、敵部隊の士気をある程度は挫くことに成功した。

 今度は班長である四人の伍長だ。彼らが階級的に分隊を引き継ぐのは当然の摂理。五発目の弾丸を一人目の伍長に撃ち込んで始末したのを確認すれば、近くに倒れている敵兵の死体からナガンM1895回転式拳銃を奪い、安全装置を外して短機関銃を持つ二人目の伍長を射殺し、続けて遮蔽物から上半身を出している三人目の伍長を撃ち殺した。

 

「ご、伍長が…!」

 

「う、うわぁ…!?」

 

「落ち着け! 俺がお前らの分隊の指揮を執る! 逃げる奴は敵前逃亡罪でこの場で銃殺だ!!」

 

 一つの分隊の兵士らが士気を低下させ、混乱状態に陥った様子を見せたが、生き残りの伍長が代わりに指揮を執ると怒鳴って彼らを落ち着かせようとした。しかし、シュンは敵部隊を立ち直らせる暇は与えない。拳銃を捨てて、背中に戻してある大剣を再び抜き、手近な兵士に斬り掛かる。

 鉄塊のような大剣を持ってオリンピックレベルの瞬発力のあるダッシュを見せたために、遮蔽物から味方に斬り掛かるところを見ていた伍長は、思わず驚きの声を出す。

 

「なっ、早い!?」

 

 大剣を抜いてからコンマ単位で近い距離に居る敵兵に瞬時に接近し、横に勢いよく大剣の刃を振ってその兵士の身体を上半身と下半身に分断した。上半身を失った下半身が地面 に倒れ、上半身が宙を浮く中、シュンは宙を舞っている敵兵の上半身を左手で掴み、それを盾にしながら伍長が居る遮蔽物へと走る。

 前方に見える敵兵等がシュンに向けて小銃や短機関銃を撃つが、死体と大きい背嚢が銃弾を殆ど防いでいるおかげで被弾せずに済む。左右や背後から過ぎ去った敵兵が銃を撃ってくるも、重量に似合わない程の素早さでシュンが動くために、掠れる程度にしかならない。

 

「こ、この! っ!? こんな時に!」

 

 伍長が遮蔽物から飛び出し、シュンに向けて短機関銃を乱射したが、肝心な時に弾切れを起こしてしまった。即座に遮蔽物に引っ込み、空の円形型弾倉を外してカバンに入ってある予備の弾倉に交換を行う。右側のレバーを引いて初弾を薬室に送り込んだ後、遮蔽物から上半身を出して、シュンに向けて再び銃弾の雨を浴びせようとしたが、味方の上半身だけの死体がいきなり目の前に飛んできた。どうやらシュンが投げた様子だ。

 

「ぐわっ!?」

 

 飛んできた死体を回避できず、そのまま受けてしまった伍長は雪の上に倒れる。

 そこへシュンは容赦せずに大剣の刃を振り下ろし、遮蔽物の太い倒木ごと伍長を叩き斬った。倒木が真っ二つに斬れれば、上半身だけの死体と一緒に伍長も倒木と同じように左右に別れた上端で分断される。切断面から血が勢いよく噴き出す中、シュンは周りに居る敵兵等に目を配った。

 

「ば、化け物だ…!」

 

「ま、魔女の婆さんの使いだ…!」

 

 最後の指揮官を倒し、更に戦意を削ぐことに成功したため、残っている敵兵等はシュンに向けて銃を撃とうとしなかった。前の世界に居たネオ・ムガルの将兵らと同じだ。誰もがシュンに対して、死の恐怖を抱いている。

 

「俺に頭をカチ割られたきゃ、銃口を向けな」

 

 そうロシア語で告げれば、士気が低下している敗残兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 

「さて、大分時間を食っちまったな。急ぐか」

 

 二個分隊を倒すのに数十分は要したので、シュンは急いで目的地である四番機関銃陣地まで走る。

 道中、何名かの赤軍兵士と遭遇し、何発か撃たれたが、素早く動いているために掠れる程度で済む。進路上に立っている敵兵に対しては、容赦なく大剣の錆として、無残な死体へと変える。

 まだドイツ軍も到達してないのに、斬られた赤軍兵士の飛び出た真っ赤な血が白い雪を赤く染め上げる中、更なる障害が現れる。それは前方十二時方向正面に居るT-34/76中戦車1941年生産型だ。F-34 76mm戦車砲をシュンに向け、砲弾を発射した。

 

「うぉ!? 今度は戦車が相手か!」

 

 放たれた砲弾をギリギリのタイミングで回避したシュンは、再装填を行っているとされる敵戦車に向けて凄まじい速さで接近する。この装備に似合わない素早さを見せるシュンに対し、戦車の乗員らは驚きの声を上げたが、鉄塊のような大剣で斬り掛かってくるので、どうせ斬れないと判断し、機銃も撃たず、近付いて刃が折れたところで踏み潰そうと嘲笑い、彼が至近距離に近付いてくるまで待つことにする。

 

「効くわけがねぇとでも思ってるな…だったら、戦車でも斬れるかどうか試してやる!」

 

 相手がその気であれば、自分もそう出ることにしよう。

 そう思うシュンは、前方から向かってくるT-34に向けて雄叫びを上げながら斬り掛かる。

しかし、自信が無かった。確かにこの大剣は凄まじい切れ味を持つが、分厚い鉄板のような戦車を本当に斬ることが出来るのだろうか?

 そんな考えが、シュンの脳内を支配する。

 だが、ここで足を止めている時間は無い。一か八かだ、戦車やなんであろうが叩き斬ってやる!

 そう心に決めた頃には、戦車にまで刃が届く距離に居た。シュンは迷い無しに大剣の刃を、目の前の戦車に向けて振り下ろした。

 

「馬鹿め、鎧を着た騎士じゃねぇんだぞ」

 

 大剣を振り下ろすシュンの姿を砲の照準器から見て戦車長が嘲笑ったが、結果は彼の予想を大きく上回る結果となった。

 

「そんな馬鹿…」

 

 なんと、T-34がまるで温かいバターのように斬れたのだ!

 装甲を易々と切り裂いた刃は、砲手も兼ねる戦車長をも斬り、左前面に大きくて綺麗な切断面を残してT-34は沈黙した。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「や、ヤリーロだ! 神が俺たち共産主義者に天罰を加えに来たぞ!!」

 

 生き残った三名の乗員らは、悲鳴を上げながら斬られた戦車のハッチを開けて逃げ出し始める。一人の装填手がスラブ神話に登場する一人の男性神の名を口にしながら逃げれば、シュンは戦車の装甲すら容易く斬る今持っている大剣を見ながら、改めてその切れ味に驚きの声を上げる。

 

「やべぇーな、この大剣。戦車をバターみたいに斬っちまったぞ」

 

 大剣を戦車から引き抜き、刃に付いた戦車長の返り血を振り払った後、シュンは目的地に向けて再び走り始めた。

 戦車を叩き斬ったおかげか、迷信深いソ連赤軍の将兵の何名かは、シュンのことをこの場に召喚された悪魔か、自分ら共産主義者に天罰を迎えるために人間界に降り立った神だと思っており、銃弾が効かないとでも思って立ち向かおうともしなかった。完全なる共産主義者である政治将校が勇敢にも立ち向かったが、一発撃って外した後に直ぐに返り討ちにされた。

 自分に立ち向かってくる敵兵のみを大剣や小銃で排除しつつ、今度は進路上に現れ、こちらに気付いていないT-34に向け、気付かないうちに前輪部分と砲身だけを斬り、動かなくなったのを確認してから目的地へと走る。

 前輪を斬られて行動不能にされたT-34の操縦手は、直ぐに戦車長へ知らせた。

 

「う、動きません! 行動不能です!」

 

「なんだ、なんだ一体。今度こそハーゲンの野郎を仕留めてやろうと言うのに」

 

 操縦手の知らせに、強面で大柄な戦車長は砲塔上部のハッチを開け、外の様子を確認した。

 彼の目には、先ほどシュンに斬られた前輪部とすっぱりと斜めに切られた砲身が見えた。当然の如く、彼は驚きの声を上げた。

 

「い、一体何がどうなってるんだ!? これは魔女の婆さんの呪か!?」

 

 驚きの声を上げる彼は、自分の戦車を行動不能にした正体を、自分が知るスラブ民話のバーバ・ヤーガだと思う。

 ちなみに、シュンが行動不能にしたT-34の戦車長を務める男は、エアハルト・ハーゲンの好敵手とされるアナートリイ・ゴロドクだ。無論、シュンは彼の事を知る由も無い。ただ進路上に居て、邪魔だと思って彼の戦車を斬っただけである。

 そんなことはいざ知らず、シュンは進路上の邪魔となる敵を排除しながら、目的地まで進んだ。

 

「ん、ドイツ軍のようだな…? でも関係ねぇ、どうせ失敗に終わるんだ。俺の邪魔をする奴は、何でやろうとぶった切るまでだ」

 

 暫く敵との交戦を避け、銃弾が飛び交う戦場を駆け抜けていれば、ドイツ軍の中央軍集団の最先端を務める部隊が見えた。部隊規模は連隊単位だ。しかし、何が来ようと、シュンには関係ない。自分に気付いてないMP40短機関銃を持つ先遣隊の兵士を斬り、残る数名を浮ついている間に斬り捨て、ひたすら目的地に向けて邪魔な敵を排除しながら走る。

 

「イワンだ! 大剣を持ったイワンが連隊本部まで突っ込んできたぞ!!」

 

 一人の兵士が叫べば、残る数名の歩兵がシュンに向けて集中砲火を浴びせる。

 ソ連赤軍の銃火器とは違い、ドイツ軍の銃火器は精度が高いので、危うく被弾しそうになる。だが、何とか行動に支障が出るような被弾はしなかったので、ソ連赤軍と同じように、進路上の邪魔となる敵を排除しつつ、ひたすら目的地に向けて走り続ける。

 目前にドイツ軍の連隊長が乗る連隊本部仕様のSd kfz 251に居ようが関係ない。背後からソ連軍の強襲部隊が来ようとだ。

 

「連隊本部車両に近付けるな! 撃ち殺せ!!」

 

 連隊本部中隊を護衛する部隊がシュンやソ連赤軍の部隊に向けて激しい弾幕を浴びせるが、シュンは怯まずに突っ込んで来る。この時、不思議とシュンには一発の銃弾が当たりもしなかった。何かの加護を受けているかのように見えるが、そんな物は一切受けている様子に見えない。ただし、背後から人海戦術で押し寄せて来るソ連軍歩兵は別だが。

 これだけ撃ち続けても怯まず、弾幕が一発も当たらない大剣を持った一人と、敵強襲部隊が突っ込んで来るため、連隊本部車両に乗る連隊長は恐怖に駆られて車両を飛び降り、連隊の指揮を放棄して自分一人だけで逃げた。

 

「シュタイナー大佐! 一体何所へ!?」

 

 一人の兵士が逃げる連隊長を呼び止めたが、彼はその声を無視して自分一人だけ逃げた。

 

「連隊長が逃げた!」

 

「嘘だろ!? これじゃ…」

 

 これにより、連隊の将兵らはパニックを起こし、前線は崩壊の一歩を辿った。その様子はシュンにも見えており、彼はこれを好機と捉える。

 

「ドイツ軍の連中がパニックを起こしてるな。好都合だ、一気に突破させてもらうぜ!」

 

 ドイツ軍の連隊の将兵達がパニックを起こす中、シュンは戸惑うドイツ兵を押し退けつつ、目的地まで一気に走り抜ける。

 後に、この連隊の生き残りで編成された懲罰大隊に遭遇しようとは、シュンは夢にも思うまい。

 混乱状態に陥っている連隊の居る前線を突破すれば、既に陥落している四番機銃陣地が見えた。一っ走りすれば、手が届きそうな距離にある。あれ程にドイツ軍が前進しているので、既に目的地である機関銃陣地は陥落していた。

 

「後もう少しだな」

 

 少し足を止め、目的地である機関銃陣地が陥落しているのを確認すれば、そこへ向けて一気に走った。前進してくるドイツ兵等がシュンを見るなり手に持っている銃を撃ってきたが、今は彼らに構っている暇は無い。張り巡らされている大柄な男が入っても大丈夫な塹壕に入って銃弾を避けつつ、四番機関銃陣地を目指す。

 頭上で銃弾が飛び交う中、シュンが耳に付けている超小型の無線機から、ガイドルフの声が響いてくる。

 

『聞こえるかシュン。随分と派手にやったそうだな、グレムリンの塔から見えていたぜ』

 

「あぁ、そうかよ。それで、あの機関銃陣地に現れる次元のヒビに飛び込めば良いんだな?」

 

『そうだ、飛び込むだけで良いんだ。それでこの世界から脱出が出来る。だが、行く先は神のみぞ知る。激戦区の世界で無い事を祈ってから飛べ』

 

「あぁ、色々と楽できる世界であることを祈るぜ」

 

 通信を掛けて来たガイドルフに、奇跡である次元の亀裂に対して問えば、極単純に飛び込めば良いと言う答えを聞き、シュンは安心して機関銃陣地へと走る。

 途中、後ろを振り返れば、先ほどの連隊の将兵らが敗走して味方の陣地へと後退するのが見えた。先ほど数が減っているからして、混乱の末に大半の将兵を減らしたようだ。それに、逃げた敗残兵たちを追うソ連軍の追撃部隊も見える。

 

「さっさと行った方が良さそうだな」

 

 背後に見える反撃に出るソ連赤軍の部隊を見て、シュンは目的地まで更に足を速めた。

 狭くて双方の将兵の遺体が転がる塹壕の中を、頭上に飛び交う銃弾や砲弾を避けながら進んでいけば、ドイツ軍によって破壊された目的地である四番機関銃陣地へと辿り着くことに成功した。周りには機関銃手達の遺体が転がっており、無残に破壊されたPM1910重機関銃が何丁もある。それに、中央にはこの場には似合わない次元の亀裂が見えた。

 いざ、そこへ飛び込もうとした時、凄まじい砲声と爆破音が近くに聞こえて来る。何事かと思って音の近くを通っていたⅣ号戦車D型が敵の砲撃でも受けたのか、大破して炎上していた。

 

「う、うぅ…」

 

 まだ生存者が居たのか、腹に破片が突き刺さった黒衣を纏ったドイツ戦車兵が自力で炎上する戦車から飛び出し、破片が突き刺さっている左脇腹を抑えながら雪中の上へと倒れ込む。

 これを見ていたシュンは、何を思ったのか、次元の亀裂から離れ、雪の上で横たえて苦しんでいる彼の元へと駆け寄る。その様子をそこが見渡せる場所へ居るガイドルフが目撃でもしたのか、耳に付けている無線機で、無関係な人間を助けない筈のシュンに対して問い掛けて来る。

 

『おい、何をしている? お前は人助け何てしないかと思っていたが…残念だよ』

 

 重傷なドイツ人の戦車兵に近付き、左脇腹に突き刺さっている破片を抜くシュンの行動に、ガイドルフは期待外れな行動に出た彼に対し、失望感を抱くような言葉を通信越しに投げ掛けて来る。それに対し、シュンは傷の具合を確かめた後、カバンに入ってあるウォッカの瓶を取り出して、それを重傷な彼に一口ほど飲ませた後、自分の治療用に取っていた包帯を傷口に当ててから答える。

 

「さぁな、俺にも良く分かんねぇ。だが、なんかこうな…」

 

『まぁ良い、お前の中に残っている微かな善意がそうさせたんだろうな。そいつは後から来るドイツ軍が回収してくれるだろう。お前はさっさっと次元の亀裂へ飛び込め。時間が無いぞ』

 

「そうするよ。ほら、それで傷を抑えてろ。凍傷になる前に味方が治療してくれるだろうぜ」

 

「だ、ありがとう(ダンケ)…」

 

 重傷を負った戦車兵を介補してやった後、彼からお礼の言葉を貰ったシュンは、次元の亀裂に向けて全速力で走る。

 後ほど彼とこの世界の一年後辺りに再開するとは、まだ思っていない。

 

「今度はマシな世界で頼むぜ…」

 

 そう呟きながら次元の亀裂の一定の距離まで近付けば、地面を蹴って亀裂の中へと飛び込んだ。

 今度はどのような世界が待っているのだろうか?

 それともこの世界よりも厳しい世界なのだろうか?

 そんな自分には似合わない不安を抱きつつ、シュンは行く先を運命に任せた。

 

 この日、1941年11月30日。

 先頭を立っているドイツ軍中央軍集団の先頭工兵部隊が、グレムリンの尖塔を目撃した。モスクワまであと少しであったが、これが限界であった。

 その二日後である十二月二日に、中央軍集団の主力が30㎞まで近付いたが、もはやドイツ軍中央軍集団は限界を達しており、所有する七十個師団は半数の三十五個師団まで減少し、作戦継続は困難となる。それを見計らってか、モスクワ前面に配置されているソ連赤軍は冬季反攻作戦を開始する。この敵の総反撃を迎撃しきれず、ドイツ軍中央軍集団はモスクワから手を引き、西方へと撤退した。

 こうして、タイフーン作戦は完全なる失敗へと終わり、終戦まで続く泥沼な独ソ戦が開かれる事となった。


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