復讐異世界旅行記   作:ダス・ライヒ

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色んなことしてるから、更新が遅れちまうよ。


アリス・スプリングス

 前回の戦闘で、一機しか撃破できなかったシュンは十分な睡眠を取り、軽食と珈琲を嗜んでいた。

 これからもあのような腕前を持つ敵と、良くない腕前で交戦しなければならないと、先が思いやられるが、ネオ・ムガルとの戦いに比べれば、まだ序の口だ。

 シュンが憎む勢力は、おそらくパイロットとしてかなりの技量を持つ咎人を次々と甦らせ、戦線へ投入してくることだろう。

 生身でも機械の中でも、そんな強敵に勝つ他に復讐を成し遂げられない。

 このMSの修行の場を設けてくれたアウトサイダーに、シュンは感謝しつつ、腕を磨くためにシミュレーターに行こうとする。

 

「さて、シミュレーターでもすっか」

 

「残念だが、腕磨きは実戦でして貰うことになった」

 

「どういうことですかい?」

 

「出撃命令だ。俺たちはアリス・スプリングス奪還の支援を行う」

 

 行こうとした時に、オアシスから出たレイヤーは出撃命令が出たと告げた。

 その出撃命令は、アリス・スプリングスの奪還を行うレッドポッサム本隊の支援だ。

 

「実戦で慣れて行くしかないか」

 

「そう言うことになる。死なないように慎重に当たってくれ」

 

 出撃命令とならば、応じる他ない。実戦でMSの技量を磨くため、出撃前のミーティングにレイヤーと共に向かった。

 

 

 

「スタンリー大佐からの指令だ。レッドポッサムの被害を最小限に食い止めるため、我々ホワイト・ディンゴは先行してアリス・スプリングスに入り、敵トーチカ群並び対空砲を破壊する」

 

 ミーティングを始めたレイヤーは、一同に向けてスタンリー大佐より受けた指令を部下たちに説明した。

 

「へぇ、先に入るんですか。だったら、遠距離から貯水タンクを潰してジオンの奴らを干上がらせてやりましょうよ」

 

 先にアリス・スプリングスに入ると聞いたマイクは、先に貯水タンクを破壊してジオン軍の水を断とうと提案した。だが、この提案を、オーストラリアの状況を知る直ぐにレイヤーは却下する。

 

「良い手だな、だが駄目だ。水はこのオーストラリアで入手するのは至難の業だ。それに砂漠化が進行していると言っただろう? 市民の生命線である貯水タンクの破壊は厳禁だ。それに、スタンリー大佐より敵の軍事施設は吹き飛ばしても構わないが、市街地では窓ガラス一つ割るなとの厳命を受けている。あとは言わなくても意味は分かるな?」

 

「くぅー、なんとも制約が多い作戦ですね。俺たちにマーケット・ガーデンの連合軍の二の舞になれとでも言うんですか?」

 

「マイク、マーケット・ガーデンはドイツ本土に近かったオランダの解放作戦だ。奴らの本土は宇宙のサイド3だ。地球上に置いて、V1やV2ロケットなどの報復兵器が無い限り、俺たちが負ける心配はない」

 

 貯水タンクはオーストラリア市民に取って生命線であるので、絶対に破壊してはならないと釘を刺した後、更に窓ガラス一枚も割るなとも釘を刺す。

 かなり難易度の高い任務であるため、マイクは唸って第二次世界大戦のマーケット・ガーデン作戦を例えに出した。

 マーケット・ガーデンはナチス・ドイツに近かったオランダの解放作戦であり、それを例えにしたマイクに、レオンはこの一年戦争には関係ないと注釈する。

 

「負けたよ、レオン。俺の勉強不足だよ。ここはオランダでもオーストリアでも無く、オーストラリアだ。ただし、連中には脱出手段のHLVがあるがね」

 

「雑談は良いか? そろそろ抵抗組織から情報提供にあったトーチカと対空設備の位置を言いたいんだが?」

 

「失礼しました! レイヤー中尉殿!」

 

「座れ。いつも通り隊長で構わない」

 

「ありがとうございます!」

 

 これに自分の勉強不足であり、負けたことを認めたマイクだが、今度はオーストラリアのジオン軍には宇宙への脱出手段であるHLVがあるとレオンとまだ張り合う気であった。

 ミーティングを行っているレイヤーが注意すれば、マイクは慌てて椅子から立ち上がり、直立不動状態になって謝罪する。

 無駄な時間を取っている暇はないので、レイヤーが座るように言えば、マイクは敬礼してから席に座る。

 マイクが静かになったのを確認すれば、レイヤーはジオン軍の抵抗組織からもたらされたトーチカや対空設備の位置を伝えるべく、ボードにアリス・スプリングス郊外の地図を張り、赤と青のペンを持ってその位置がある場所をまるで囲った。

 赤はトーチカで、青が対空設備の位置だ。それらがある場所は、こちらが真正面から攻撃しなくてはならない位置にある。

 

「まさか、真正面から突っ込むなんて話は無いでしょうね? そうすれば、俺たちは一足早いクリスマスの七面鳥ですぜ」

 

「あぁ、普通はそうなるだろうな。だが、七面鳥になるつもりは無い」

 

 トーチカの位置が分かれば、マイクは蜂の巣にされると言い出したが、レイヤーは何か策があるらしく、そうなるつもりは無いと答える。

 七面鳥と例えたマイクに、アニタは茶化し始める。

 

「マイク、貴方の七面鳥なんてジオン軍は願い下げじゃないの?」

 

「俺だって七面鳥になりたくて言ったんじゃないさ。この俺にも策があるのさ」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

 アニタの茶化しに、自分も策があるとマイクが口にすれば、レイヤーはその策を問う。

 

「この俺が全周波数を使って歌を歌うんですよ。そうすれば、ジオンの奴らは感動して降伏するはずです」

 

「マイク、あんたったら…」

 

「怒られて連中に消し炭にされるんじゃねぇのか?」

 

 マイクの策は自分が歌を歌い、ジオン兵を感動させて投降させると言う物だった。

 これにアニタは呆れ、黙っていたシュンは逆に相手を怒らせて潰されると言う。

 

「たく、この部隊には芸術を理解できない奴が多いな」

 

「済まなかったな。では、一時間後に出撃だ。解散!」

 

 自分の策を笑いものにされたマイクは、不貞腐れながら文句を言えば、レイヤーは少し笑いながら謝った後、一時間後に出撃すると伝えてから解散を命じた。

 

 

 

 一時間後、ホワイト・ディンゴはオーストラリア方面軍司令官の命に応じてアリス・スプリングス攻略の本隊であるレッドポッサムより前に出撃し、敵トーチカ群の前まで来ていた。

 本格的に量産されたジムやジムキャノンはトーチカの集中砲火を受ければ一溜りも無いので、機動性はやや劣るが、装甲面では勝るシュンの陸戦型ジムを前衛にしてトーチカの射程距離まで前進する。

 少しでも生存確率を上げようと、部隊の整備長であるボブは、シュンの陸戦型ジムに一般的なジムの装備である大型のシールドを装備させている。

 

『もう直ぐトーチカの射程圏内だ。各機、手ごろな岩場を遮蔽物にしつつトーチカを破壊。並びに対空設備を破壊し、友軍の航空機への脅威を排除せよ』

 

 トーチカの射程圏内まで入れば、レイヤーは各機に細心の注意をするよう指示を出す。

 そんな隊長であるレイヤーに向け、レオンはある情報を上官に伝える。

 

『小耳に挟んだんですが、このアリス・スプリングスに、ジオン軍の輸送列車が向かっているようです。相当、重要な物資を積んでいるそうです。どうします?』

 

『その話、何所で聞いた?』

 

 それにレイヤーは、何所でその話をレオンに問う。

 

『さぁ、何所だったか…? 輸送隊の誰かの話を聞いたんです。ただ、アリス・スプリングスは交通の要衝。輸送列車が通過する可能性は否定できません』

 

『重要と聞けば、どんな物資を積んでいるか気になる所だが、スタンリー大佐の命令を無視してまでその列車に構う事は無いだろう。その重要な物資は、負傷兵かもしれない。輸送列車の事は忘れろ』

 

『ですが、念のために線路だけでも破壊しておかなくては!』

 

 レオンは輸送隊の誰かから輸送列車のことを聞いたと答え、破壊しておくには越したことがないとも言ったが、アリス・スプリングスを戦場にしたくないレイヤーは忘れるように告げた。

 それに食い下がることなくレオンは線路だけでも破壊しようと提案したが、それもレイヤーは認めなかった。

 

『バカを言え、線路は味方も使うんだ。それより突撃する。この話は忘れろ、言いな!』

 

『了解しました。ファング2、任務に徹します』

 

 味方も使うことになるので、レイヤーはレオンに厳しく言えば、彼は観念して任務に集中した。

 そうこうしている内にトーチカの射程圏内と警戒線に入ったが、敵はまだ気づいていないのか、トーチカからの発砲は無かった。

 

『トーチカの射程圏内に入りました。敵はまだ気付いていないようです』

 

「ふぅ、ハチの巣にされなくて良かったぜ」

 

『よし、一つは潰せるな。ファング3、近い距離にあるトーチカに砲撃だ』

 

『ファング3、了解。一つ潰せば、二つ目をやります!』

 

 敵が撃ってこない内に、レイヤーがマイクにトーチカの一つ目を破壊するように命じれば、彼は意気揚々とジムキャノンのキャノン砲を近くにあるトーチカに向けた。

 狙いが定まれば、即座にキャノン砲を発射し、一つ目のトーチカを破壊した。放たれた弾頭は榴弾であり、弾薬庫に誘爆でもしたのか、凄まじい大爆発を起こす。

 

『ハハハ! 大当たりだ! デカい花火を上げてやったぜ!』

 

 トーチカの爆発ぶりにマイクが興奮する中、敵陣から凄まじいサイレンが鳴り響き、残りのトーチカがこちらに向けて一斉に火を噴き始める。

 その狙いは真先に、前衛に立っているシュンの陸戦型ジムに集中する。飛んでくる無数の砲弾に対し、シュンは大型のシールドで防ぎながら前進する。

 

「撃って来たぞ! 早く次を撃ってくれ!!」

 

『お前のシールドが半壊する前に、全て潰してやるぜ!』

 

 連続した砲撃を盾で防ぎながらシュンが無線で叫ぶ中、マイクは次のトーチカに照準を向け、キャノン砲を発射する。

 

『よし、このまま前進するぞ。盾を構えながら前進だ!』

 

『ファング2、了解!』

 

 マイクがトーチカを破壊する中、レイヤーとレオンは前進した。

 依然とトーチカの砲火はシュンの陸戦型ジムに向いており、早くしなければ彼のジムは集中砲火に晒されて破壊されてしまう。

 耐え切れなく前にホワイト・ディンゴの面々はトーチカに接近し、ハンドグレネードを投げ込んで三番目のトーチカを破壊する。二番目はマイクが仕留めた。

 

『敵の増援! 戦車と戦闘ヘリ、ドップの編隊です!』

 

『流石にマゼラアタックの175mmは不味いな! トーチカを全滅させるまで持ってくれよ!』

 

 突撃してトーチカを順調に破壊していく中、索敵していたアニタはジオン軍の戦車と戦闘ヘリ、それに戦闘機の増援を知らせた。

 ジオン軍の戦車であるマゼラアタックは、砲塔が旋回せず、何故か砲塔が飛行機能を持っていると言う珍妙な機能を持っているが、主砲は175mmと強大だ。当たればMSとで持たないだろう。

 

『トーチカ撃破!』

 

『トーチカの反応なし。マイクが破壊したのが最後です』

 

『ファング4、良く持ち堪えた! では、マゼラアタックの破壊だ』

 

 最後のトーチカをマイクが吹き飛ばせば、レイヤーは次なる標的であるマゼラアタックとドップの排除に移行した。

 

「盾要員はこりごりだぜ」

 

 ボロボロになったシールドを捨て、背中に着けてあった陸戦型ジム用の予備の短いシールド取り出し、向かって来るドップを撃ち落とし始める。

 ドップは飛行力学を無視したような形をしているので、意図もたやすく落とされていく。

 地上からもマゼラアタックによる砲撃が来るが、MSを有し、練度の高いホワイト・ディンゴの敵では無い。次々と撃破されていく。

 

『隊長、敵軍はMSを投入してきました! ザクだけでなく、グフも居る模様です!』

 

『ようやくMS戦か。今度こそ撃墜スコアの更新だぜ!』

 

『油断するな! 前とは違って十機以上は居るぞ!』

 

 敵戦車部隊や航空機部隊を排除する中、索敵を続けていたアニタは敵MS部隊の接近を知らせた。

 彼女の報告通り、ザク系統を初めとしたMS部隊がホワイト・ディンゴの迎撃に向かって来る。その中で指揮官機なのか、グフが居るとも報告する。

 街に被害を出さないため、ホワイト・ディンゴは敢えて街へは前進せず、この場で敵MS部隊と交戦を行う。遮蔽物に隠れつつ、向かって来るザクを攻撃した。

 

「あのグフ、やけに早いぞ!」

 

『気を付けろ、グフの乗り手はエースだ!』

 

 素早く動くグフに気付いたシュンは、それを無線で全機に知らせれば、レイヤーは注意するように告げ、一機目のザクの足を破壊して転倒させてから両腕を撃って戦闘力を奪う。

 なぜ胴体を狙わないかは、爆発して街に被害を及ぼさないためである。ビームサーベルを持っているレオン機も同様に、接近戦を挑んで来たザクを蹴り、サーベルで手足を切り落し、戦闘不能状態にして次の敵機の攻撃に当たる。

 

「ドナヒュー隊長、すみません!」

 

 戦闘力を奪われたザクのパイロット達はコックピットから飛び出し、アリス・スプリングスへと一目散に逃げて行く。

 一方でマイクの方は過剰だったのか、キャノン砲でザクを吹き飛ばしてしまった。

 

『ははは! こちらファング3、大当たり!』

 

『マイク、キャノン砲での撃破は過剰だわ! スプレーガンだけにしなさい!』

 

『そんな! 命のやり取りなんだぜ! これくらいは許容範囲…』

 

『ファング3、キャノン砲は使うな!』

 

『隊長まで…! クソッ、このビームの豆鉄砲でなんとかするしかないか!』

 

 これをレイヤーとアニタから注意され、マイクは主兵装であるスプレーガンで、次のザクを攻撃する。

 陸戦型ジムに乗るシュンは、一機目のザクをマシンガンで沈黙させ、二機目の側面からミサイルを撃ち込んで来たザクの攻撃を避けてから、足を撃って戦闘不能にした。

 更に接近戦を挑んで来たザクの左腕をビームサーベルで切り落とし、ヒートホークを持つ右腕をシールドでタイミングよく弾き、コックピットに突き刺して撃破する。

 

「連続で三機相手はキツイな…!」

 

 三機のザクを相手にしたシュンは、流石に疲れて額の汗を拭おうとした時、あのグフが襲い掛かって来た。シールドに眼帯を着けた髑髏と稲妻をモチーフにしたマークを付けている。やはりエースの様だ。

 

『ほぅ、連邦にも中々の手練れが居るようだな!』

 

『あれは、荒野の迅雷!』

 

「いきなりエースだと!? 冗談じゃねぇぞ!」

 

『先に先行型からやらせてもらおう! そいつは硬くて厄介でな!』

 

 レイヤーから荒野の迅雷と呼ばれたグフのパイロットは、先にシュンの陸戦型ジムに向け、右腕に搭載されたヒートロッドを放つ。

 飛んでくる鞭に対し、シュンはマシンガンの銃身を向けたが、相手はそれが向けられることが分かっていたのか、鞭を銃身に絡ませた。

 

「なっ!?」

 

『掛かったな!』

 

 鞭が銃身に絡みつけば、直ぐに高圧電流を送る。凄まじい電流を感じたシュンは、直ぐにマシンガンを手放させ、爆発寸前のマシンガンに向けて盾を構える。

 内部に満載された弾薬は電流の影響で爆発。他の弾薬にも誘爆し、マシンガンごと爆発して破片を周囲に撒き散らす。

 それらの破片から盾で防いだシュンであるが、そのこともグフのパイロットは予期していたのか、一気に近付いてヒートサーベルを振り落とそうとしていた。

 

『パターン通りだな!』

 

 グフのパイロットはそう言いながら高熱の剣を振るい、敵方の陸戦型ジムを破壊せんと振り下ろすが、それに乗っているシュンは盾で防いだ。

 それからビームサーベルで反撃するため、右の脹脛からビームサーベルを取り出そうとしたが、相手の方が一枚上手だった。

 

『良い反射神経だ。だが、グフにはフィンガーマシンガンがある!』

 

 ヒートサーベルを盾で防いだシュンに対し、グフのパイロットは自機の搭載射撃兵装である左手のフィンガーマシンガンを撃ち込む。

 ビームサーベルを取ろうとした右腕を撃たれ、取り損ねるも、装甲の厚さのおかげか、破壊されずに済んだ。

 次なる反撃を行うべくシュンはシールドを切り離し、落ちたサーベルを拾うことなく左脚のビームサーベルを取り出して構える。

 

『先行型には頭にバルカン砲は無かったな。こちらも接近戦と行こう』

 

 ビームサーベルを構えるシュンの陸戦型ジムに対し、荒野の迅雷と恐れられるグフのパイロットはヒートサーベルを構え、接近戦に備えた。

 

『ファング4! 奴と単機で、ぐっ!』

 

『ドヒュナー中尉殿の元へは生かせんぞ!』

 

 エースと単機で戦おうとするシュンを助けようと、レイヤーはそこへ向かおうとするが、あのエースの部下たちなのか、抑え込まれる。

 一方で先に斬り掛かったのはシュンの方であり、ビームサーベルで切り裂こうとした。

 その斬撃はあっさりと避けられ、ヒートサーベルで胴体を裂かれそうになったが、左腕を犠牲にして防いだ。

 

『ほぅ! 左腕を犠牲にするとは、思い切りの良いパイロットだ!』

 

「死ねやぁぁぁ!!」

 

 機体の左腕を犠牲にして、サーベルを敵機の胴体に突き刺そうとしたシュンであったが、グフのパイロットは左腕に刺さっているヒートサーベルを捨て、ビームサーベルを持つ右腕を掴み、相手の勢いを利用し、背負い投げを行った。

 

『背負い投げか!?』

 

『なんて操縦技術だ! ガンダムだって出来やしないぞ!』

 

『これは夢なのか!?』

 

 MSでの背負い投げは、かなりの操縦技術を要する技だ。これを行った荒野の迅雷に、ホワイト・ディンゴの面々は驚きの声を上げる。

 地面に倒れたシュンは機体を起こそうとしたが、既にグフのフィンガーマシンガンがコックピットの部分に間近に向けられており、これが放たれれば直ぐにあの世に送られることだろう。

 

『ファング4!』

 

「くそっ、こんな所で死ねっか!」

 

 フィンガーマシンガンが放たれる前に、シュンはバリアジャケットを身に纏おうとしたが、グフのパイロットは撃つ気は無く、拡声器でこちらに告げる。

 

『連邦兵に告ぐ! 私はこの町の防衛の指揮を任されているヴィッシュ・ドナヒュー中尉だ! 諸君らに戦友を思う気持ちがあれば、我々の条件を聞けるはずだ!』

 

『ちっ、人質を取りやがって! 迅雷だか雷電だか知らないが、何様のつもりだ!?』

 

 シュンを人質に条件を呑むように告げる荒野の迅雷との異名を持つドナヒューに対し、マイクはキャノン砲の照準を向けたが、レイヤーに止められた。

 

『止せ。奴は荒野の迅雷、ヴィッシュ・ドナヒューだ。このジムで戦うには分が悪過ぎる』

 

『どうして!? 俺ならバートルの奴を殺さずに…』

 

『まぁ待て。奴も軍人だ。その条件を聞こう』

 

『隊長、バートルも兵士です。覚悟は出来ている筈…ですが、私は貴方の指示に従いましょう』

 

 マイクは自分の腕なら確実にドナヒューのグフを撃墜できると過信するが、レイヤーはこちらでは分が悪いと言って止めさせる。レオンは列車の件もあったが、隊長であるレイヤーの指示に従うことにした。

 ドナヒューの条件に応えるべく、レイヤーも拡声器を使って返答する。

 

『こちらは部隊指揮官のマスター・ピース・レイヤー中尉。よし、貴官の条件を聞こう!』

 

 レイヤーも拡声器を使って条件を聞くと告げれば、ドナヒューも拡声器を使って返答する。

 それと同時に、レオンの言っていた輸送列車が現れ、このアリス・スプリングスに停車した。

 

『うむ、良い心構えだ。諸君らも知っての通り、このアリス・スプリングスにはまだ多くの民間人が残って居る。これ以上の戦いは悲劇を生むだけだ』

 

『貴様! 人質を取っただけでなく、民間人を盾にするつもりか!?』

 

『慌てるな! そうではない。我々には、この町を明け渡す用意があるのだ。それに私の足元に居る君の部下も捕虜として連れ行かず、ここで解放しよう』

 

『…なんだと?』

 

 ドナヒューが出した条件とは、シュンの解放とアリス・スプリングスを明け渡すことであった。

 だが、ジオン側の条件はまだ出していない。レイヤーが驚きの声を上げた直後で、ドナヒューはその条件を出す。

 

『交換条件は、我々の撤退を黙認することだ。輸送列車と我が軍の撤収を見逃してくれれば、町は君たちの物だ。もちろん、君たちが戦闘を継続するなら、全力で相手をさせてもらおう。部下を思う貴殿なら、この提案を必ず受け入れると思うが?』

 

 その条件は撤退を黙認する事であった。

 無論、戦闘を継続するなら相手をすると言っているが、それでは部下の命は無くなり、町の無血解放を望むスタンリー大佐の意に反する。

 そんなうまい話があるわけが無いと、マイクは突っかかる。

 

『そんなうまい話があるもんか! 罠に決まってる!』

 

 マイクは罠だと疑うが、レオンとアニタは冷静になって条件のことを考える。

 

『しかし、本隊が突入すれば、バートルの奴は死に、民間人にも被害が出る』

 

『当然、本隊にも被害が出るわね。本当なら条件は悪くない…』

 

「決めるのは隊長。あんただ」

 

 二人が冷静に考えたことを述べる中、シュンはレイヤーに決断を委ねる。

 なぜレイヤーに決断を委ねるかは、彼が部下を大事にする上官であるからだ。故郷の大地の被害を悪化させる戦闘を継続するような判断はしないだろう。

 暫く悩んだ後、レイヤーはドナヒューに返答した。

 

『…貴官の名誉を信頼し、提案を受けよう』

 

『レイヤー中尉、貴官の決断に敬意を表す』

 

 レイヤーが提案を述べた後、戦闘の意思をない事を示す為に主兵装であるマシンガンを地面に捨てた。

 提案を呑んでくれたレイヤーに対し、ドナヒューは敬意を表してシュンに向けていたフィンガーマシンガンを下げ、左腕に刺さっていたヒートサーベルを回収する。

 輸送列車に街の防衛に当たっていた将兵らが乗り込み、ザクが撤収を始める中、ドナヒューはレイヤーに対し改めて礼を言う。

 

『貴官の賢明な判断に改めて礼を言う。いつかまた機会があれば会おう。願わくば平和な時代でな』

 

『こちらも平和な時代での再会を希望する…』

 

 ドナヒューが礼を言ってそれにレイヤーが返答してから数分後、ジオン軍は完全に撤退した。

 

「上官に助けられたな…」

 

 アリス・スプリングスからジオン軍が完全に撤収した後、シュンは機体を起き上がらせて遠ざかるジオン軍の部隊をメインカメラで確認した。

 

『敵部隊撤収を確認。よろしかったのですか?』

 

『あぁ、奴らは負けを認めた訳はない。何を目論んでいるかは知らんが、お互い街を戦場にしたくないことだけは確かだ』

 

『大陸中央を奪還できた意味は大きい。連邦に取って一切の不利益は無いはずだ。隊長の判断は正しかったと自分は思います』

 

 アニタからの問いに、敵も町を戦場にしたくなかったとレイヤーが答えれば、あの判断は正しかったとレオンがフォローする。

 

『まっ、今後の戦略方針は、スタンリー指令殿が上手く組み直すさ』

 

『マイク…あんた、何所までお気楽なのよ?』

 

 このマイクの発言に、アニタは呆れたが、レイヤーは彼の言う通りであると告げる。

 

『いや、マイクの言う通り。俺たちは出来るだけのベストを尽くすだけさ。さぁ、本隊の到着後、状況を報告し、俺たちは撤収する』

 

『そう言う訳さ! 帰ったらジャクリーンちゃんのラジオでも聞くとしますか!』

 

『はぁ…了解です、隊長』

 

 自分たちは与えられた任務のベストを尽くすのみ。

 そう答えたレイヤーに共感したアニタであったが、最後のマイクの発言でまた呆れて頭を抱えつつも、命令に従って後からやって来た本隊の報告に入る。

 一方でシュンは、ドナヒューに勝てなかったことに、自分もまだまだMSの操縦では弱いと感じ、操縦訓練により一層に精を出すと決めた。


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