ロリータ・コンプレックス   作:茶々

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第五Q 『初めまして』の方がいいかな?

 

レギュラーユニフォームというものには、言い知れぬ『重み』がある。

幾代にも渡って受け継がれてきた背番号があり、何代にも渡って受け継がれてきた伝統と共にそれを示すものがある。

 

だから、この背番号4のユニフォームの重みもまた、それと同等―――否、それ以上のものである事を進は感じ得た。

 

(……大丈夫だ。落ちつけ)

 

結局あの後、夏陽の事もあって試合は十分程の休憩を取る事になった。

試合時間は、残り後半の十五分弱。

 

(これは俺が幸せになる為じゃない。俺が喜ぶ為じゃない。……あのバスケバカにあてられて、あいつの猿真似が下手くそ過ぎて見てられなかったからであって、俺自身の為じゃない)

 

自分に言い聞かせる。思い込ませる。

所詮言い訳でしかないそれを、しかし何度も懸命に、必死になって身体にしみ込ませる。

 

歓喜するな罪人よ。

興奮するな咎人よ。

 

お前にその権利はない。

ただ行為として、基礎代謝として消費しろ。

 

「………………よしっ」

 

背番号4を身に纏う。

夏陽の代わりとして、お手本として。

 

『次は俺達が勝って、全国に行くんだ!』

 

―――ロマンチストな彼の妄言を現実とする、その第一歩の為に。

 

 

 

 

 

十分間の休息は、後半になって体力が目に見えて落ちていた女バスの面々にとっては幸福だった。その原因が怪我人の発生、という事では素直に喜べないが、女バス存続の為には形振り構っている暇はないし、それで罪悪感を覚えてもいられない。

 

「柔軟と水分補給はしっかり行って。筋肉を固まらせない様に、あと疲れない様にゆっくりとね」

 

小学校教諭を務める叔母の美星に乗せられる形ではあったが、この試合に向けて女バスのコーチを任された長谷川昂の指示に皆はしっかりと柔軟を繰り返す。

だが幼馴染が怪我をしたという事態に、人一倍感情が表に出やすい真帆は正に心ここに非ずといった雰囲気でしきりに男バスサイドのベンチで休んでいる夏陽の事を気にかけていた。

 

「真帆、今は試合に集中して」

「……ッ、うん。分かってる」

 

紗季の言葉に一応は頷いて見せたものの、やはり何処となく落ち着きがない。

声をかけるべきかと思った矢先、

 

「昂、ちょっといい?」

「何だよミホ姉?」

 

ちょいちょい、と手招きする美星に従って、昂は体育館の外に連れ出された。とはいっても扉を隔てたすぐ向こう側にはベンチがあり、戻るのに五秒とかからない場所だ。

 

照りつける太陽がやたら眩しい外で一体何事かと昂が顔を顰めるが、くるりと向き直った美星の表情に顔を引き締めた。

 

「あの助っ人、正直言って最悪の相手だよ」

「助っ人って……さっきの?」

 

昂の脳裏に浮かんだのは、頭を打った怪我人を殴ってベンチに引っ込ませた黒髪の少年の姿。休憩に入った直後に智花に聞いた限りでは、自分達と同じC組の生徒で、以前はバスケの強豪・市立芝浦小に在籍していたらしい。体育の時間に行われたバスケの試合ではパスを中心とした動きで味方のアシストを徹底し……そう言えば、男子生徒数名を相手取って揉めたというエピソードもあったか。

 

「あの子はパサーなんてアシスト系じゃない。バリバリでガチガチな超攻撃型のワンマンフォワードタイプの選手なの」

「……どういう事だよ?」

「…………『水崎』進。それがあの子の名前」

 

聞いた瞬間、昂の表情が凍りついた。

 

一陣の突風が舞い、木々を揺らして虚空に消えていく。

春先の柔らかな日差しは燦々と大地に降り注ぎ、鳥の声が酷く遠く聞こえる。

 

「……みず、さき?」

「春先に転校してきたばっかりの子でね。今も実家じゃなくて、叔父夫婦の家から通っているの。元の家族構成は兄一人を含んだ四人家族。その兄の名前が……」

 

水崎新(みずさきあらた)。

元七芝高校三年、男子バスケットボール部部長。部の顧問の娘である11歳の少女と関係を持っていた事が発覚し、自主退学扱いで退学処分。

 

「……こんな事、大事な試合の合間に言う様な事じゃないってのは分かってる。だけどそれよりヤバいのは、あの子のプレイスタイルの方」

「…………チームメイトを、自分と同等の域に引き上げるゲームメイクテクか?」

 

『桐原中の知将』

万年一回戦負けの弱小校を県大会ベスト4にまで上り詰めらせた、徹底したデータ理論と卓越した戦術眼を以てその名を響かせた昂の、その最も根本となる部分に影響を与えてくれた稀代の名選手。

個のセンスも然ることながら、自身と同等の域にまでチームメイトを引き上げ、最大限に生かすそのプレイスタイルは、昂に多大な影響を与えたものである。

 

「や、そっちはまだ全くの未知数。アタシが視たのは夏陽とのタイマンだけだったからさ」

「……1on1の事か?」

「そ。そん時さ、アイツはただの一回も夏陽に防がれなかったし、ただの一回も夏陽に抜かれなかった」

 

今度こそ昂は驚きを隠せなかった。

先程の試合でも、何度も智花からボールを奪った夏陽ですら、ただの一度も抜けなかった相手?

 

そんなとびっきりの規格外な選手が、そうゴロゴロいるものなのか?

 

「それにさっきの試合で最後に夏陽が見せたフォーム無視の無茶苦茶なシュート。あれも一回だけ、夏陽相手に進が見せた奴なんだよ」

 

もう何に驚けばいいのか分からなかった。

自分の先輩であり目標であった人物の実弟がこの学校にいた事を驚くべきか、高校生の自分ですら躊躇う様なあんな現代スポーツ理論に真っ向から喧嘩売る様な直感的シュートを小学生の身の上で放つ進に驚けばいいのか、そのシュートを一回見ただけで真似てしまう夏陽のセンスに驚いたらいいのか。

 

「……でも、バスケは個人技じゃない。チームでのプレイが重要なんだ」

「そう、バスケはチームでやるもの――――――そしてそのチームプレイで県大会に進んだ男バスを捻り潰したのが、進のいた芝浦小バスケ部」

 

何時になく鋭い美星の声音に、僅かに昂がたじろぐ。

 

「気をつけて昂。あの子は『まだ』何かを隠し持っている」

 

 

 

 

 

 

コートの中央に、進と智花は向かい合った。

一度中断した試合の、ジャンプボールからのゲーム再開の為である。

 

「『初めまして』の方がいいかな?クラスメイトの、湊智花さん」

「…………」

 

ゲーム開始前だというのに、既に汗を滲ませながらもお手本の様な笑顔を湛えて進が口を開く。

 

「さっきは夏陽相手に随分と頑張ってくれたみたいで、お陰さまでいい試合を見させてもらったよ」

「…………」

「そのお礼、っていうのも変な言い方だけどさ……」

 

―――ピッ!

 

ガッ!キュキュキュキュィ!キィ!キッ―――パサッ。

 

 

 

「……えっ?」

 

何が起こったのか。

目の前にいた筈の進がジャンプボールを取ってコートに足をついた瞬間に目の前から消え、振り返った時にはゴールネットの下をてんてんとボールが転がっていた。目で捉えるのもやっとだったという感じで、コート内にいた人間――女バス、男バスの別なく――は誰一人としてロクに動けず、

 

「…………何も負けらんないのは、君達だけじゃないんでね」

 

不敵な笑みを湛えた進が、コート全体を見下す様にその双眸に輝きを映す。

 

「―――半端な希望も持てないくらい、全力で叩き潰してやるよ」

 


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