ロリータ・コンプレックス   作:茶々

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S4 決戦
第二十五Q よかったらどうぞ


 

―――ビーーー!!

 

幾度目かのブザー音が鳴り響き、会場のあちこちから歓声や嘆く様な声と共に拍手が巻き起こる。

既に試合は本日予定されている分の凡そ四割を終え、殆どの学校が一回戦を終了させている。

 

「それにしても、珍しいよね」

 

会場の外に附設されている公園で昼食を取る事にした慧心の面々がそれぞれに昼飯にかぶり付く中、葵がふと呟いた。

 

「珍しい?何がだ?」

「だって普通、小学生のやるバスケってミニバスが主流でしょ?けどこの大会は、普通の……私や昂が普段やるバスケと同じ方式を採用してるじゃない?」

「ああ……そういえばそうだな」

 

と、葵に同調する様な事を言いながら昂は手近な所にあった握り飯を咀嚼する。

塩加減の程良さと具の昆布が素晴らしい調和を奏で、作り手の技量の高さを知らしめた。

 

「にしても、葵の作った握り飯は旨いな」

「えっ?そ、そう……?」

「ああ、マジで旨いよ」

 

そう言って昂が破顔すると、一瞬パァっと顔を綻ばせておきながら次の瞬間には何が不服なのか急にそっぽを向く。心なしかその横顔は無理やりに引き締めている様にも感じられ、頬に血の気が集まっている様子がその紅さからもありありと窺い知れる。

 

幼馴染のそんな様子に昂が小首を傾げていると、葵とは真反対側の自身の隣から「うぅ~……」と何やら恨めしそうな声が聞こえた。

視線を其方にやれば、それまで自分の事を見ていたのであろう智花が途端にばつが悪そうに慌てて手元のサンドウィッチに目線を落としその先っぽを咥える。

 

どうしたんだろう、と疑問符を浮かべた昂に、そして黙々と咀嚼を繰り返す智花の姿に眼鏡をキュピーンッ!と、直射日光も当たっていないのにレンズをいきなり光らせた紗季がずいっと昂に詰め寄った。

 

「長谷川さんっ!」

 

何事か、と思わず後ろに退く様にたじろいだ昂は、眼前に紗季が差し出したバスケット―――の中に沢山作られたサンドウィッチを見て、差し出してくる紗季を見て、何やら「さ、紗季っ!?」と吃驚した様に声を上げる智花の姿を視線を向けずとも把握して紗季と目線を合わせた。

 

「ど、どうしたの?」

「長谷川さん!サンドウィッチがあるんですが、如何ですか?」

 

それは見ればわかる。

どうしてそんな一世一代の大勝負をかける様な眼力でいらっしゃるのですかと思わず心中の呟きすら下手になりながら問いかける様な視線を向けるが、紗季はただ押し黙って「さぁ!」とひたすらバスケットの中身を差しだしてくる。

 

このままだと永遠にこの状態が続くのではないかと思った昂は、取りあえずその言に従ってサンドウィッチを一つ手に取った。

形こそ多少は不格好だが、手作り感満載なそれを口に含むと途端に口の中に瑞々しいレタスの歯ごたえとハム、マヨネーズの絶妙なハーモニーが大合唱を奏でた。

 

「うん、旨いな!これ」

「そうですか!?そうですよね!よかったねトモ!長谷川さん美味しいって!」

「え?これ智花が作ったのか?」

「ふぇっ!?は、はい……」

「合宿の時のおにぎりも美味しかったけど、やっぱり智花はいいお嫁さんになれるな」

「お、お嫁っ!?」

 

恥じらう様な仕草を見せる智花に特大級の爆弾を無自覚にシュートした昂は、そのまま軽く悲鳴染みた声を上げた智花が胸中で妄想開始のブザービートを鳴り響かせてそのままとんでもない暴走に奔っている事などまるで気づかず、もう一つ食べようとバスケットの中身へ手を伸ばした。

そんな様子に今度は昂を挟んで智花の反対側に座っていた葵が不機嫌そうに頬を膨らませて、幼馴染が絶賛するサンドウィッチが如何程のものかとひょいと手を伸ばす。

 

と、

 

「「あっ」」

 

期せずして二人の手が同じサンドウィッチへと伸びてしまい、触れた手に静電気でも発生したのかと思えるくらいの速度で手をひっこめた葵は、隣で「どうした?」と心配する様な声を掛けてくる昂の方を向く事も出来ずに触れた手や頬に急速に集まる熱の扱いに困惑していた。

昂は昂で、そんなにこのハムマヨサンドが食べたかったのかなぁと全然見当違いな事を考えており、そしてその思考回路が、

 

「ほら、葵」

 

手ずからサンドウィッチを取ってあげるという――乙女にとって――特大級の爆弾を投下させた。

見様によってはそれは恋人同士でやる定番イベント『はい、あーん(はーと)』に見えなくもない訳であって、

 

「えっ……えっ!?」

「ふぇっ!?」

「おー?」

「にゅわっ!?」

「と、トモ!?ぶっ飛んでる場合じゃないわよっ!?」

「あ……そんな、駄目ですよぉ昂さぁん…………えへへ……」

 

周囲は一気に色めき立って上から下の大騒ぎ。

そのまま葵の口へとゲームを決めるダンクシュートが叩き込まれるかと思われたが―――

 

「……いちゃつくなら余所に行って貰えませんか」

 

最早提案ではなく要求に近い声音でばっさり斬り付けたその一言は嫉妬とかそんな感情から出たんじゃないと進は後に語る。

 

 

 

ひなたから貰ったご飯で夏陽が気合いを充分過ぎる程に充電している様を尻目に、進は黙々と自身の弁当を片付けていた。

消化に良く、直ぐに試合に赴く事も可能とする様に計算し尽された献立は傍目からすれば随分とあっさりしたもので、特に男の子はもっと沢山食べるものだと自身の兄からしてそれが当然だと信じて疑わない愛莉などは、下手をすれば自分と同量かそれ以下しかない進の昼食を見て目を大きく見開いた。

 

「水崎くん、それで足りるの……?」

「ん」

 

相変わらず、何かを食べている時の口数の少なさが凄まじい進は周囲のざわめきを何処吹く風と言わんばかりに無口なまま食事を続けた。

見れば男バスの面々は特大のおにぎりやいつもより大きめの弁当を持ってきているというのに、この食事量は流石に少なくないだろうか。

 

「……あ、あの。水崎くん」

「ん?」

 

咀嚼していたおにぎりを呑みこんで、進は片手でペットボトルを手繰り寄せながら返事を返す。

と、幾度か視線をあっちこっちに彷徨わせた挙句、まるで一世一代の告白でもするかの様に思いっきり意気込んだ様相で愛莉がずいっとバスケットを差しだして、

 

「こ、これ!よかったらどうぞ!」

「お、サンキュー」

 

予想に反してあっさりと感謝の意を示された愛莉はぱぁっと顔を上げると―――横合いからひょいと手を伸ばした美星が差し出されたバスケットからサンドウィッチをパクリと食べている様が映った。

当の進はペットボトルを傾けて喉を鳴らして水分を補給し、愛莉の様子には欠片も気づいていない。

 

「……………………ふぇ」

 

数秒後、周囲の視線を根こそぎ集める様な少女の泣き声が公園に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

午後から合流した美星を含め、女バスの面々が愛莉を宥めている様子をチラリと見て、眼前でまるで何が起きたのかまるで理解していない、というより理解するつもりもなければ何が起きたのかそもそも分かっていない様子の進に心中でため息を洩らしつつ、気持ちを切り替えて昂は口を開いた。

 

「まずは一回戦突破、おめでとう」

「ありがとうございます」

 

柔軟を繰り返しながら、昂の方を見ずに進は返す。

 

「俺なりに試合のデータとか、出来る範囲で集めた情報は役に立ったかな?」

「さっきの試合でそれを役立てている様に見えたんですか?」

 

吐き捨てる様に進は呟く。

 

「……なら、もう少し周りを頼ってもいいんじゃないか?」

「分かってますよ。そんなこと」

「だったら、」

 

「けど」と、昂の言葉を遮る様にして、進は柔軟を止めて昂の方を向いた。

 

「俺は勝ちたいんです。例えどんな事をしても、勝ち続けたいんです。勝ち続けなくちゃいけないんです。誰に何と言われようと、俺は」

 

力を秘めて、心から渇望する様な声音で、

 

「夏陽と一緒に、もっとバスケを続ける為に勝たなきゃいけないんです」

 

それが己の存在意義の全てであるかの様に。

 

「夏陽と一緒にもっと高みへ昇る為に、俺は勝つんです。どんな事をしても」

 

それが己の生涯唯一の願いであるかの様に。

 

「―――それが、俺に出来るたった一つの償いの方法なんです」

 

進は、一言一句を噛み締める様に言いきった。

 

 

 

 

 

―――芝浦小学校、ロッカールーム。

まるで軍隊の整列であるかの様に規律正しく揃えられたメンバーを前に、顧問である横山HCは手元のボードを見ながら口を開いた。

 

「では、次の試合のオーダーを発表します」

「横山コーチ」

 

と、話の腰を折る様に結菜が口を挟んだ。

 

「鈴本キャプテンがいません」

「彼なら、今はウォームアップの最中です。次の試合では最初から出ますから」

 

その言葉に、俄かに芝浦の面々はどよめいた。

 

彼らの様子に油断はない。

ただ歴然たる力量差を鑑みて、当然の様に一軍控えや二軍で相応だろうと思っていた相手に対して、最初から全力でぶつかると宣言したと同義の発言である。

 

これが昨年の秋の王者・私立三草小ならまだ分かる。

だが今回の相手は殆どノーマークと言っても過言ではない慧心学園。

 

何故か、と誰かが口を開く前に横山は視線を部員達に戻す。

ただそれだけでざわめきはピタリと止み、生徒達は続くであろうスターティングメンバーの発表を待った。

 

「今回、我々の相手は予想に反して慧心学園です。あそこには数か月前まで君達と同じユニフォームを着ていた水崎くんがいる事を思えば、ある意味では当然とも取れる結果ではあります―――が、だからといって何かを憂慮する必要は全くありません」

 

横山の涼やかな声音が黙祷の様に静まり返ったロッカールームの中に響く。

 

「相手が誰であれ、君達がする事はただ一つ。『勝利する』事です。昨年の全国大会準決勝敗退、そして秋の新人戦における決勝敗退。これらの雪辱を果たす為にも、常勝と謳われる芝浦小バスケ部の名に恥じぬ戦いを期待します」

 

全員が一斉に「ハイ!」と大きな声で返事を返す。

一糸乱れぬその様子に横山は僅かに目を細めて頷くと、メンバーの発表へと移った。

 

 

 

―――勝つという事は、自分にとっては酷く当たり前の事だった。

 

滴る汗を拭う暇さえ惜しんで、憲吾は身体を動かし続けた。

 

―――今年こそお前と一緒に全国を制覇出来ると思ったのにな。

 

あの準決勝。

直前の試合で疲労しきってしまったが為に途中交代を余儀なくされた自身の不甲斐なさを悔いて、周囲が危惧するくらいに憲吾は自身を鍛え続けた。

その隣には当然の様に彼がいて。その光景はこれまでも、そしてこれからも続くものだと思っていた。

 

ずっと、ずっと一緒にバスケを続けて。

もっと高みを目指せると、そう思っていた。

 

「―――ッ!!」

 

今、彼は自分と戦う『敵』として再び合見えようとしている。

 

その事に対して、自分の胸中に浮かんでいる想いは?

 

怒り?

悲しみ?

 

それとも―――喜び、だろうか。

 

「……ハッ」

 

口元がつり上がるのを感じる。

表情が歪に笑みを浮かべるのが分かる。

 

楽しみで、愉しみで、堪らない。

 

『俺はお前と安条の間に何があったのかは知らんし詮索するつもりも全くない。それが例えどれだけお前や安条にとって重大な事でもだ、だ』

 

傍観を貫いたが為に、結果として彼を引き止める事をしなかったが為に、彼は芝浦から消えてしまった。

だが、憲吾は心の何処かで確信していた。

 

―――必ず、進はコートに帰ってくる。

 

奇しくもその予想がこんなにも早く、こんなにも『喜ばしい』形で実現しようとは、流石に思いもしなかったが。

 

「……嗚呼、楽しみだよ。進」

 

『敵』となったお前が。

『障害』となった俺が。

 

今までぶつかった事のない全力でぶつかった時、どんな戦いになるのだろうか。

どんなプレイで、どんなテクニックで、どんなスピードで、どんなパワーで。

 

その全てが、堪らなく待ち遠しい。

待ち遠しくて堪らなく、愛おしささえ浮かんでくる。

 

「始めよう進……俺とお前の、戦争(たたかい)を」

 


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