ロリータ・コンプレックス   作:茶々

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第二十二Q 勝つのは俺達だ

 

―――世の中には、選ばれるべき天才とそうでない雑種しかいない。

 

鈴本憲吾は、小学校低学年の頃に既に自身の異常性を自覚していた。

それは自身が世俗一般でいう所の『天才』的才能を持った人間であり、それをどの様に生かせばよいかという事実を知覚した事に端を発する。

 

教育に一際厳格な、郊外にかなり豪奢でありながら純和風の趣がある武家屋敷の様な邸宅に住んでいた祖父の元で育てられたという教育環境がそれに拍車を掛ける様に、本人の預かり知らぬ所で彼の天才ぶりを加速させていった。

入園当初から世の中に圧倒的多数を占める雑種と遊ぶ事よりも厳格な祖父によって選び抜かれた教育者に英才教育を施される事がむしろ当たり前であると叩き込まれ、幼稚園を出る頃にはその才能が最も比重を占めるスポーツ、即ちバスケットにおいてトップを勝ち取る事を強要された。

 

だが、憲吾が自身を異常だと自覚したのは、その強要すら彼にしてみれば『当然』でしかないと納得していた事実だった。

 

自分は選ばれた天才で、圧倒的多数を占める雑種を導かなければならない。その為には自分が最も優れているスポーツにおいてトップを勝ち取る事、そして勉強においてより優秀な結果を出し続ける事が必然であり当然である、と幼心に彼は思った。

 

だから、彼は、

 

『―――お爺様』

『何だ、憲吾』

『僕のお父さんとお母さんはどこにいるんですか?』

 

本来であれば絶対にあり得ない反応を以て、

 

『……もうこの世にはおらんよ』

『何故ですか?』

『――――――鈴本の血筋に、劣等種は要らぬ』

 

絶対にあり得ない認識を以て、

 

『お前は下らぬ感情に溺れた幸枝やあの雑種とは違う。生まれながらにして鈴本の才に恵まれた、私の本当の後継者だ』

『―――分かりました、お爺様』

 

ただ淡々と、その事実を受け止めた。

 

 

 

 

 

バスケットをやるのなら、より優れた者の元で指導を受けるのは当然利点である。

だからこそ、授業料免除の特待生入学を提示した三草小よりも元全日本の選手である横山HCを迎えていた芝浦小を憲吾は選択した。

県下でも屈指のバスケの強豪校として名を馳せているこの場所で、まずはトップに立つ。

 

その為に憲吾は入学し、そして入部テストの折に―――

 

『はへぇ…………君、すっごいおっきいね』

 

一年生ながら既に身長が160cmを超えていた憲吾に気押されて近づけない周囲の雑種を余所に、ひょうひょうと近づいてきた少年がそんな事をのたまった。

 

思えば、それが始まりだったのだろうか。

 

『僕、水崎進って言うんだ!君は?』

『すっげー!やっぱそんだけ背が高いとバスケも有利だよね』

『憲吾憲吾!横山コーチが来るまで1on1やろう!!』

 

気が付けば何時の間にかその少年は自分に付き纏う様になり、何時の間にか自分と同じ様にレギュラーから背番号を奪っており、何時の間にか自分を脅かす程に恐るべき成長を遂げていた。

思えば入部当初からレギュラー候補として騒がれていた気もしたが、入部直ぐにレギュラー組となった憲吾には他の雑種の事はどうでも良く、故に余り覚えていなかった、というのが実は正しい。

 

だが、憲吾は後に彼の名前を魂魄に刻みつける程に鮮明に覚える事となる。

その事実を、その時はまだ知る由もなかった。

 

 

 

「……あ、三草がタイムアウトを取りましたね」

「妥当な判断だろうな。ここまで進一人に20点以上も得点を許しておいて、漸くといった感もあるが」

「あのデカブツで『私の』進を止められるとか馬鹿げた事でも考えていたんじゃないんですか?ホント、身の程を弁えないお馬鹿共はこれだから」

「…………安条」

「何ですかキャプテン?私は今、汗をタオルで拭う進を見つめるという重大且つ重要な任務があるのですが」

 

息を一つ零して、淡々と憲吾は紡いだ。

 

「進を『物』の様に言うのは止めろ」

「何でですか、キャプテンには関係ない事じゃないんですか?私と進の愛の繋がりには、キャプテンは口出ししないんじゃなかったんですか」

「貴様のその自意識過剰さなどどうでもいい。だが進は貴様ら『雑種』とは違う、『人間』だ」

 

唐突に語調の変わった憲吾の様子に、それまで嬉々として進をねぶる様に見つめていた安条がギロリ、と擬音が聞こえそうなくらい剣呑な瞳を憲吾に向けた。

 

敬意も何も存在しない、明確明瞭な敵意のみを浮かべた瞳を、しかし憲吾は真正面から叩きつける様に睨みつける。

 

「進が幾ら貴様を殴ろうと罵倒しようと挙句殺そうと知った事ではないが、貴様の様な『雑種』の所為で『人間』の進が満足にバスケを出来ない等不条理極まりないだろう。進は選ばれた、選び抜かれた『天才』だ。この俺が生涯で唯一好敵手と定めた『人間』だ。その進の足枷にしかならん貴様など『雑種』以下、存在する事すらおこがましい塵芥に過ぎん。そんな分際で進を『物』扱いなど、図々しいにも程がある」

「……随分な言い様ですねぇ。雑種だの塵芥だの、キャプテン実は私の事を知らないんじゃないですか?」

「市立芝浦小学校女子バスケットボール部キャプテン、安条結菜。去年の県大会MVPで女子の得点王。逆らう者には容赦しない、最強最悪の女帝(ロード・オブ・ミネルバ)」

 

淡々とした口調で目の前で睨みつける様にその双眸を向ける『雑種』にチラリと視線を向け、憲吾は鼻を鳴らした。

 

「それが何だ?所詮は『雑種』の中で毛一本ほど秀でただけの事。その程度で俺や進と並び立ったつもりでいるなら早々にその脳みそを捨ててこい」

 

心底侮蔑した様な声音が吐き捨てる様にして結菜の鼓膜を打つと、憲吾の視線はコートへと戻った。

 

「『天才』とは即ち『異常』だ。故に異質、故に異物なそれを大多数の『雑種』はただ恐れ、敬い……まるで災害であるかのようにそれが過ぎ去るのをただ待つ事しか出来ん。慕われもしない、話題の中心になろうと話に加わる事は絶対にない。恐れられ、怖がられ……その孤高の渦中で『天才』は輝き、飛び立ち―――歴然たる力の差をただ示す」

 

目に怨恨の炎を宿し、射抜かんばかりに自身を、そして隣の雑種を睨みつける進に正面から憲吾が対する。

 

「覚えておけ。貴様ら『雑種』がどれだけ賢しい小細工を弄しようと」

 

嘗て雑種によって折られかけた最強の存在が、今再び大衆の前にその眠りを覚まそうとしていた。

 

「『天才』は、その障害を全て捩じ伏せる」

 

――――――ピッ!!!

 

 

 

 

 

 

―――キュキィキキキィ!!!

 

それは暴力でしかなかった。

それは暴虐でしかなかった。

 

―――ダムダムッ!!ガッ!!

 

三草小の猛攻を防げない自分達を嘆く暇さえ、彼は与えない。

相手が自身の優位を保つ事を、彼は許さない。

 

―――キュキキキィ!!

 

スコアは差が詰まらない、開かない等と云った単純な話で済む様な問題ではない。

殆ど1対5で試合をやっている様な状況で、僅差のまま試合が進行しているというのが問題なのだ。

 

―――ダンッ!!ガコッ!!

 

相手の強面な11番がシュートを決めれば、すかさず進がパスボールを奪い相手ゴールに叩きつける。

チームワークだの協調性だの、そういった単語の一切が欠落した傲慢で不遜なプレイは、しかしその実力のほどをまざまざと見せつける様に相手を翻弄し、観客を魅了している。

相手の執拗なマークも堅牢なディフェンスも、何もかもを強引にこじ開けて無理やり捩じ伏せる。

 

最早何度目か数えるのも面倒なくらいに進がゴールネットを揺らした頃になって、漸く前半戦終了を告げるブザーが夏陽の鼓膜を打った。

 

だが、会場を埋め尽くす大衆とは裏腹にコート上の選手たちに笑顔はない。

それは緊張だとか接戦故の緊迫感だとかそういったものでは一切なく、三草小は焦りが、そして慧心学園は部員の沈黙と夏陽の苛立ちが子供達から笑顔を奪っていた。

 

「ハァ……フゥ…………」

 

これから折り返しだというのに既に汗でぐっしょりと濡れたタオルを鬱陶しそうにベンチに置いて、進はドリンクを呷る。

その肩をやや乱暴に掴んで、夏陽は問うた。

 

「おい進」

「……何?夏陽」

「何、じゃねぇよ。何だよあのプレイは!」

 

苛立ちを隠そうともせず、夏陽は進に詰め寄った。

 

「試合はお前一人のもんじゃねぇんだよ!!勝手な事ばっかやってんじゃねぇよ!」

「勝手……?何寝ぼけた事言ってんの夏陽」

 

夏陽の苛立ちにつられる様にしてか、普段の彼にしてみれば実に『らしくない』様相で進が夏陽の手を払った。

 

「高々去年の新人戦で一位になった『だけ』の相手にビビってロクに攻められないのは誰?あんなデカブツが突っ立っただけのド下手糞なディフェンスを満足に抜けないのは誰?ビビって腰抜かしてるだけしか出来ないならベンチにすっ込んでろよ!んな奴がレギュラーユニフォームなんて着てんじゃねぇ!!」

「んだとぉ!?」

 

突っかかる様な彼の言葉に夏陽は詰め寄ろうとするも、それを見止めた周囲が慌てて止めに入ろうとする、が、

 

「こんなチンケな試合でけっ躓いていられる程、俺はお前らと違って暇じゃねぇんだ!!!」

 

その一言を聞いた瞬間、夏陽の中で何かが音を立てて切れた。

 

―――ドゴッ!!

 

誰かが叫ぶ様にして制止する声すら掻き消す程に鋭く、そして何かを抉る鈍い音が響いた。

その音の元凶が自分の右の拳だと気づいたのは、盛大に音を立ててベンチに突っ込んだ進を視界に収め、右手が異様なくらいに熱量と鈍痛を訴えた頃になってからだった。

 

そうして、立ちあがって何かを言おうと上体を起こしかけた進を見て、

 

「―――いい加減にしやがれっ!!!」

 

衝動のままに夏陽は叫んだ。

 

「試合はお前一人の為のもんじゃねぇんだよっ!!チームメイトってのはお前にだけ都合のいいもんじゃねぇんだよっ!!俺達だって足掻いてきたんだ!!這いあがってここまで来たんだ!!それを全部否定するみたいに……見下して寝ぼけた事言ってんじゃねぇ!!!」

「タケッ!!落ちつけ!!」

「夏陽ッ!!」

 

慌てて菊池と戸嶋が夏陽を抑え込む。

怒りに我を忘れたのか、その夏陽に詰め寄ろうとした進を呆然としていた部員達が慌てて止める。

 

突然の出来事に騒然となる観衆を余所に、二人の叫びが会場に轟いた。

 

「テメェ一人の身勝手に俺達を巻きこむんじゃねぇ!!」

「身勝手結構!!それでテメェらがおまけで勝てるんだから上等じゃねぇかっ!!」

「ふざけた事抜かすな!!そんなんで勝ってうれしい訳がねぇだろっ!!」

「実力も半端なくせに妄想抜かしてんじゃねぇっ!!!」

 

夏陽の怒りに上乗せする様に進の激昂が響いた。

 

「県大会出場が何だ!?全国大会出場が何だ!?世界から見ればんなもん何の価値もねぇ小せぇ目標じゃねぇかっ!!何で頂点(てっぺん)を目指そうとしないんだ!?何で世界を目指そうとしないんだ!?行けるとこまで行きたい、そう思う事が悪いのかよっ!?」

「それが仲間を無視した独断プレイをしていいって理由にはならねぇだろうがっ!!」

「勝てなきゃ何の意味もねぇんだよっ!!勝たなきゃ―――勝ち続けなきゃならねぇんだよっ!!だって!!」

 

堰を切った様に、進が叫ぶ。

 

「―――だって俺には、初めっからバスケしか残ってねぇんだっ!!!」

 

 

 

 

 

 

「あー……何か凄い事になってんな、慧心」

「そりゃあんなワンマンプレイ延々やられたら、誰だって嫌になるって」

「だよなー、ウチは確かにワンマンっぽい奴はいるけどどっちかっていうとボールは回す方だし…………」

 

チラリ、と一人が視線をベンチに向ける。

 

「―――ろす、殺す、ぶっ殺す、ぶっ壊す、ぶち壊す、ぶち殺す…………!!」

「……こーなると、俺らがフォロー回らなきゃだし」

「前半あれだけ抜かれまくったら、そら颯太だったら殺したくもなるか」

「殺すのは流石に不味いけどな……」

「ア゛ァ゛!?」

「何でもありませんよだからその目をそらして下さい拳を収めて下さい怒りを抑えて下さいお願いしますぅぅぅっ!?」

 

呆れた様にいつもの光景を眺めながら、各々にベンチから立ちあがる。

 

「……ま、後半はキリキリ締めていきますか」

「だな。流石にこれ以上は許してやれないし」

「つぅか俺らのプライド的な問題でな」

「そそ。ほら颯太、行くぞ」

「アイツは俺が殺す……!!ぶっ殺してやる……!!」

「…………何か、今日はいつにもまして怒り狂ってるな」

「試合前に何か言われたんじゃね?ほら、颯太が何か自分から絡んでたし」

「あー……かもな」

 

間の抜けた会話だが、その瞳は真剣そのもの。

自分達だって、昨年の秋の新人戦優勝という看板を引っ提げて望んでいるのだ。たかが初戦で負ける訳にはいかない。

 

「じゃ、チームワークもばらばらな所から切り崩していきますか」

「だな。少なくとも後半開始直後はあの二人は滅茶苦茶になるだろうから、そこを狙って行くか」

「うーっし、じゃあ締まって行くぞー!」

 

 

 

「……試合の最中に、一体何をやっているのやら」

「ま、あれは怒りたくもなるって。けどどっちの子の言い分もわかっちゃうんだよなー…………」

「勝利に徹する為に最善の選択がワンマンプレイだった、それだけの事でしょ?明らかに自分よりレベルの低いチームメイトなんて足手まといでしかない。仲良しこよしのままで勝てる程、試合というのは甘くはないのに……」

「や、きっとあの子が怒ってるのはそっちじゃないんじゃないか?」

「じゃあ何?」

 

麻奈佳の言葉に初恵が小首を傾げる。

「だってさ」と前置きしてから、麻奈佳が口を開いた。

 

「勝つ為だからって友達が一人で何でもかんでも背負い込んだら、そりゃ男の子なら怒りたくもなるでしょ?」

 

『―――お前は一人じゃねぇだろっ!!』

 

会話を断ち切る様にして夏陽の絶叫が二人の耳にも入る。

 

「ほら」

「……そんな感情論、全くの無意味よ」

 

ばつが悪そうにそっぽを向く初恵に、麻奈佳は仕方ないなぁとでも言いたげな笑みを零して視線をコートに戻した。

その表情はさながら、不器用な弟を見る姉の様な笑顔だった。

 

「熱血だなぁ、あの子」

 

 

 

 

 

 

騒然と唖然が同居した体育館に後半開始を告げるブザー音が響くと、鼻息荒く息まいて颯太は慧心の選手を睨み―――然る後、自身の前に立ちはだかる様にしてサークル内に立つ少年にその目を細めた。

 

「アァ?誰だテメェは」

 

嘲笑う様な口調に、眼前に立った少年―――夏陽はその様相を見、そしてニヒルに笑みを湛えた。

 

「アンタ相手に態々進が張り合う必要もないんでな、俺が相手になってやるよ」

 

夏陽の発言に一瞬呆気に取られた様に目を見開いた颯太は、しかしその表情を怒気に染めて口を開いた。

 

「舐めてんのかテメェ!?この俺を誰だと―――」

「アンタが誰でも、前に何のタイトルを取ったのかも関係ねぇよ」

 

審判がボールを構える。

グッと膝に力を込めて、呟く様に夏陽が宣言する。

 

「勝つのは俺達だ」

 

射抜く様な双眸に睨まれ、そして颯太は本能的に理解した。

今目の前に立つこいつは、邪魔者であると。

 

「―――ハッ!ならテメェをぶっ壊して、あの野郎を引きずりだしてやる!!」

「やってみやがれ電柱野郎」

 

一触即発。

正に今か今かと弾け飛ぶ瞬間を待ち侘びる緊張感は、張りに張り詰めて―――

 

――――――ピッ!

 

開始の笛の音と共にコートに轟いた。

 




誰得な個人情報・その五

[名前] 安条結菜
[生年月日] 4月4日
[血液型] AB型
[身長] 147cm
[ポジション] PG
[二つ名]最強最悪の女帝(ロード・オブ・ミネルバ)

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