—◇■◇■◇—
——
『——!————!』
『————!————!!』
——
『何故だ!?何故君までもがこんなことを!?』
——
『貴様には分からないだろうさ!後塵を浴びるしか出来なかった俺の気持ちが!他の研究員の恨みが!』
——
『クフッ、ハハ、ハハハハハッ!!最期にここも道連れにしてやる!ハハハハハッ!!!』
——
『くっ、中将!これ以上は!』
『しかし!』
——
『ほら、早く逃げたらどうだ? 先が短い老害でも、息を引き取る場所ぐらい選ぶ権利はあるだろうからな!』
『……っ!』
——
『……駄目です!破壊できません!』
『——君!こっちだ、緊急用の脱出装置がある!』
——
—◇■◇■◇—
「……間違いないわね。あそこは基地がある場所よ」
頭の中の地図と照らし合わせ、向いている方角やおおよその距離からリーナが断言した。
ナギは視線を外さずにそれを聞き、リーナに問いかける。
「ハンスコム基地は、半分以上が競技目的の基地だって言ってたよね。狙われる理由は何かあるの?」
「少なくともテロを起こして得をするような施設はなかったはずだし、今は何の競技もやってないから国賓や他国の代表レベルの人材もいないはず。……地上には、ね」
そう。考えられる可能性はそれしかない。
視線の先で、小さな、しかし実際は巨大な爆炎が上がるのを見つめながら、二人は状況を分析していく。
「地下には、何があるの?」
「ワタシも知らないわよ。でも、ボストンはUSNAの現代魔法研究の拠点都市なのに、近くの軍事施設にはその手の軍の施設がないってこと、USNAでは結構有名なのよ」
「それを隠してあったのが、ハンスコム基地の地下ってこと」
「たぶん。国内大会や国際大会が開かれることが多いあそこなら、他の非軍用目的の基地と比べて比較的警備が厳しくても不自然に見えない。それを利用したのか、もしくはその為に上に競技施設を乗っけたのかは分からないけど」
そこで、1分と3秒遅れて、爆音が追いついた。
先ほどの一回目と比べるとわずかに大きいが、ともすれば街音に消えてしまいそうなほど小さな音だった。そのお陰か、眼下に見える人の流れは平和に、いつもと同じであろう営みを繰り返している。
「良かった、混乱は起きてないみたいね。軍も警察も向こうに手一杯になるだろうから、こっちまで二次被害が出たらどうしようか分からなかったわ」
「…………」
隣で、ギリッとナギが歯噛みする音が聞こえ。リーナは横目でその悔しそうな顔を盗み見て、ナギらしいな、とその左手を握った。
「ナギ。分かってると思うけど、日本の魔法師であるあなたがUSNAの基地に無断で立ち入ることは許されない。たとえそれがテロで傷ついた人を助けるためだったとしても、軍はあなたを拘束して、決まり切った裁判であなたを"裁く"わ。他国の魔法師である、あなたを」
そうなれば、もうナギの人生は終わり。拷問、尋問、薬物、催眠。ありとあらゆる手段を用いて絞り出せるだけ情報を搾り取った後、良くて種馬にでもされるか、悪ければちょっと高価なモルモットだ。
だから、リーナはナギを止める。その手を離さないよう強く握って、今にも飛び出しそうな彼をこの明るい街に繋ぎ留める。
「……分かってる。分かってるよ!だけど……ッ!!」
「大丈夫よナギ。USNA軍だってそんな簡単にやられるほど弱いわけじゃないわ。きっと、ナギが行かなくてもすぐに鎮圧されるわよ」
違う。そんな言葉をかけて欲しいわけじゃないのは、リーナも分かっていた。
ナギが気にしているのは、死者が出ることだ。それは基地に勤めている人だけじゃなく、テロリストも含めて。心優しき少年は、たとえ敵だろうとも救いたい。その思いが伝わってきた。
だが、USNA軍はテロリストに容赦などしないだろう。今以上の被害を防ぐために、そして面子を守るために。確実最短で敵の命を奪いにかかる。誰も死ぬことを望まないナギとは一生合わないであろう、合理性のみを求めた考え方。
だけど、リーナはそう言うしかなかった。リーナが軍属の兵士だからではなく、現実問題として。
今の彼女は、シリウスの名を失ったただの少女。持っている権力などナギと大差ない。そんな彼女に今できることは、ただ行く末を見守ることだけだ。ナギを送り出す手助けも、直接駆けつけて誰かを救うこともできない。
「……くそっ!」
「ナギ、落ち着いて——」
「こんな状況で落ち着いていられるわけないッ!!」
ナギが初めて見せた平静を失った怒号に、リーナはビクンと跳ねて、顔を俯かせた。
「ごめんなさい……」
「っ! ……ボクの方こそごめん。リーナが悪いわけじゃないのは分かってるんだ。ボクのために言ってくれてるってことも。ただ、誰か一人でも救えるかも知らない力があっても、ここでこうやって、何も出来ない自分が情けなくて……」
悔しさを滲ませるように、ナギはリーナと逆の拳を強く握る。だが、いくらこの手に力があろうと、彼は部外者だ。この国の中の問題に、首を突っ込める立場ではない。
何もない二人の、空虚な瞳は。
ただただ、自罪の色を浮かべ、燃ゆる彼の地を見つめていた。
—◇■◇■◇—
——
『ハ、ハハハ……ゲホッ。俺もここで終わりか……』
——
『どこにでも逃げればいいさ、クソジジイ。もう、この国は終わりだ……。これで……やっ、と——』
——
—◇■◇■◇—
直後、光が生まれた。
それは天井を貫き、上層階全てを穿ち、
柔らかな大地も、緑萌ゆる林をも吹き飛ばし、
透明の大気を灼き、白色の雲を蒸発させ、
天までの道に立ち塞がる物全てを、その光はただ真っ直ぐに破壊し尽くし——
—◇■◇■◇—
その極光は、14マイル以上離れた二人にもハッキリと見えた。
「何よあれ!?」
リーナが混乱の叫び声をあげる。それに答える者は、誰もいない。
眼下に広がる街の人々も、夜明けを思わせるその光にはさすがに気付いたのか、立ち止まり基地の方を向く。そして視線が通る極一部の人は、空気に焼き付き残る光の筋に、本能的な恐怖で息を止めた。
「——ッ!! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」
そしてナギは、これから起こりうる現象まで瞬時に想起し、時が止まるボストンの街で唯一人、行動を起こす。
「——対衝撃屈折魔法障壁術式、五重展開! 範囲最大、固定……出力、最大!!」
「ナギ!? 何を——」
「リーナ!耳を押さえて!——来る!!」
光の柱が世界に刻まれてから、1分、1分1秒、1分2秒——
そして1分3秒。極光より放たれた衝撃波が、街を包み込む障壁へと牙を剥いた。
「ぐ、ぐうゥゥゥゥッ!!」
全ての音を飲み込み、破壊の限りを尽くそうとする破滅の津波。それを、四半球状に展開された魔法の壁が受け止める。
一瞬で一枚、二枚と粉砕された。ただの余波だということを忘れるほどの大火力に、ナギは強く歯を嚙みしめる。
三枚目は、それなりの威力を障壁表面に沿って逸らすも、しかし食い止めきれず破壊された。
そして四枚目。幻想を結び成した盾は、大きく罅をいれられながらも、形のない矛を受け流しきった。
「きゃあっ!?」
しかし、防げたのは破壊をもたらす衝撃派のみ。衝撃未満の爆音は盾をすり抜け、夜が更け始めようとしていたボストンの街を蹂躙する。
街中の人が耳を押さえ、ボストンの街がビリビリと悲鳴を上げた。
「ッハ!はぁ、はぁ、はぁ……」
「っ、ナギ! 大丈夫!?」
逆に言えば、ナギのお陰でその程度で済んだということだ。もし彼が、あの桁外れという言葉すら生温い障壁を張っていなかったら、窓ガラスは割れ、扉は吹き飛び、脆い建物なら砕け落ちていただろう。
彼が何万もの人の命の危機を救ったということを、その隣に立っていたリーナだけは正しく分かっていた。
「だ、大丈夫。——
ホテルの方へ手を翳し、呪文を叫ぶと、一本の杖が闇夜を切り裂いて飛んでくる。ナギは指輪を嵌めた手でそれを掴み、流れるような動作で跨った。
「リーナ! ボクはあそこに行く!一緒に行くなら後ろに乗って!」
今すぐにでも飛び出して行きそう顔でこちらに叫ぶ彼の腕を、慌ててリーナは両手で掴む。
「ちょ、チョット待ってよ! あそこはUSNAの基地なのよ! いくらあんなことがあっても、ナギが行ったら——」
「大丈夫、今なら!」
「なんで!?」
「一緒に行くなら途中で説明する!行かないなら帰ってきたら! 今は行くか行かないかだけ答えて!」
「——ああもう!どうなっても知らないわよ!!」
ガリガリと髪が乱れるのも構わずに乱暴に頭を掻き、リーナはナギの後ろにしがみつく。それを確認した瞬間、ナギは勢い良く飛び出した。
「で!なんで今なら行けるのよ!?」
ぐんぐんと急速に上がる速度。風景は高速で後ろに流れ、小さなフィギュアのようだった基地が目に見えて大きくなっていくのが分かる。それを行っているのが杖などという不安定にもほどがある乗り物だというのがまた、リーナの恐怖心を煽った。
それを奮い立たせるように、ついでに風圧をモロに受けているであろうナギに聞こえるように、叫ぶような大声で問いかける。
「リーナもあの光の柱は見たよね!?」
「当たり前じゃない!だからどうしたっていうのよ!?」
「光る、柱だよ!? 真っ直ぐに伸びる光の線!」
「だ・か・ら!それが——っ!?」
リーナもそこで気がついた。
そもそもアレはどのようなものなのだ?、という疑問があった。それを考えれば、自ずと答えは見えてくるのだ。
あの現象を起こし得る可能性としてあるのは、よほど画期的な新研究の産物でもない限り、三つの『
そして、
この内、
だが、実はこの方式では、通常の大気の中を進む場合では肉眼で観測できない。拡散を防ぐということは、それだけその光線から逸れて目に入る光が少ないということなのだから。空気中に細かい粒子があって初めて、それに反射した光が横から見る人の目に入るようになる。
先ほどの状況では、空気には火事で出た煙の粒子が浮遊していたため、光の筋が現れる可能性はあった。だがそれはあくまで地表付近に限った話であり、『天まで一直線に伸びる光』になることはまずあり得ないのだ。
となると、残るは最後の一つ。
その中でも特に重粒子線と呼ばれるものは、がん治療などにも使われている。
この『
だが、それを言い変えたなら、聞き覚えのある人間は多いだろう。いや、この世界の大半以上の人間が知っているはずだ。
——『放射線』、という言葉は。
「まさか!ナギはアレが核兵器だって言いたいの!?」
「分からない!さすがにないとは思いたいけど、でも
ナギが他国の軍事基地の中に入っても咎められないと言ったのは、それが理由だった。
国際魔法協会が提唱した『国際魔法協会憲章』により、熱核兵器の使用阻止が、世界中の魔法師にとって
それにより全ての魔法師は、放射汚染兵器の使用を阻止するという目的に限り、属する国家の軛を離れ、紛争に実力で介入することが許されている。また、それがたとえ戦争中であろうとも、直ちに戦闘を止め、自国・他国を問わずに熱核兵器の使用阻止に協力するという旨が明記されている。
つまり、熱核兵器が使用された可能性が十分にあるこの状況で、その確認と再発阻止の為にナギが軍事基地内に突入したとしても、それは国際魔法協会が定めた魔法師の義務に則った行動をしただけ。その行動は、世界中の魔法師が認めている物ということだ。
もし仮にそんなナギを拘束・処罰した場合、USNAは自国の魔法師も含めた全ての魔法師を敵に回すことになる。そうなれば、半年と経たずに世界地図から『USNA』の文字が消えることとなるだろう。
「リーナも中性子線バリアとか、放射線対策は今の内から常駐させておいて!」
「っ、了解っ!」
リーナも色々と言いたいことはあるが、ナギの指摘も一理あることは事実だ。CADを操作し、自分とナギを包み込むように障壁を張る。
「これで大丈夫!」
「分かった、飛ばすよ!」
180kmを超えてまだ加速し、二人は流星となって軌跡を刻んでいった。
◇ ◇ ◇
「これは……」
「なんてひどい……」
二人が爆心地上空に着いた時、目に入ったのは『穴』だった。
隕石が衝突したような、大きく抉れ溶けたクレーター。マグマのような地面から蒸気が立ち登り、高温による蜃気楼でぐにゃりと世界が歪む。
地獄の様相をみせる大地に、同時に息を呑んだ。
「ここで、いったい何があったのよ……」
「…………」
ナギにも、それは答えられなかった。彼がこれと同じだけの破壊を起こそうとしたなら、『千の雷』を一点集中で二発は打ち込む必要があるだろう。それだけ、この惨状は酷すぎた。
「生存者は……」
「……ここはもう絶望的よ。外周部を探しましょう」
「……うん」
ナギにもそれは分かっているのだろう。焦熱渦巻く溶岩沼を抜け、下を向いて負傷者を探しつつ方針を決める。
「リーナ。ここも軍施設ってことは、どこかに治療できる場所があるよね?」
「えっと、爆発が吹き飛ばしたのは演習林の中央だから……あっちの方向に軍病院があるはずよ。手前の屋内競技場の陰になって衝撃波の被害は少ない、と思う」
「なら、軽傷者はそこに向かうはずで」
「一番情報が集まるのもあそこね」
とりあえず、ほぼ方針は定まった。ナギはリーナが示した方向へ杖の石突きを向け、リーナは動く前にぐるりと視線を回す。
「……ちょっと待って、あそこ!」
それが功を奏したのか、リーナはそれを見つけた。
ナギもその指がさす方へ視線を移すと、放射状に薙ぎ倒された木々の一角に、不自然に流れが違う一角があった。まるで衝撃波になんとか抵抗したかのように、僅かばかりのスペースが出来ている。
「爆心地から1キロも離れてない! あの規模の爆発の衝撃波を防げるなら、
「…………」
ナギはその眼を凝らす。近くに熱源があるため多少歪んでいるが、この距離なら細部を確認できる。
「……いる、人影が二つ!一人は倒れてる!」
「ナギ、行って!」
言われるまでもないと示すように、リーナが口を開く前に旋回していた。そのまま数秒でトップスピードを叩き出し、1分もかからずに急停止して着地する。
「大丈夫ですか!?」
「動くな!両手を掌が見えるように挙げろ!」
だが相手にしたら、この場において突然現れた人影は危険因子の可能性を否めないのだろう。拳銃をこちらに向けて投降を叫ぶ。その声に、リーナはとても聞き覚えがあった。
「ベン! 待ってくださいワタシです!」
「そっ……いえ、シールズさん?なぜ貴女がここに?」
やはりそうだった。リーナがナギの後ろから飛び出して見たのは、信頼する部下の姿だった。
「ボストンの街で
「……なるほど、あれを見ていたのですか。失礼しました、ナギ・バルバラ殿」
状況を理解できたのだろう。カノープスは銃口を下ろし、謝罪の言葉を口にする。それを見てナギも、そうとは分からないように取っていた戦闘体勢を崩した。
「いえ、この状況では仕方がありませんよ。SSボード・バイアスロン日本代表、日本国立魔法大学付属第一高等学校第一学年所属、春原凪です」
相手も知っているようだが、一応こういった場の手順として自らの身分を開示する。カノープスもそれに応じた。
「USNA軍統合参謀本部直属、スターズ第一部隊隊長のベンジャミン・カノープスだ。シールズさんとは、3年前からの知己にあたる」
「え、ええそうよ」
本来の関係ではない紹介に若干リーナが詰まりかけたが、3年前に知り合ったという言葉も嘘ではない。慌てて取り繕った。
ナギもこんな場所の動転はあまり気にかかることはなかったのか、カノープスに情報を求める。
「この状況は一体どういうことでしょうか?」
「……我が基地にテロリストが侵入して破壊工作を仕掛けてきたのです。幸いすぐに無力化したのですが、どうやらそちらは囮だったようで、内通者が実験中の装置……いえ、この状況では誤魔化せませんか。開発中の兵器を暴走させ、現在に至ります」
「被害者の推定人数は?」
ナギの一番聞きたいのはそこだ。この爆発で何人が犠牲になったのか
「テロリストが10名ほどと、我が軍の職員及び戦闘員合わせて4名までは把握していましたが、爆発以降は不明です。ただ、暴走開始から爆発まで15分ほどありましたので、皆この付近からは脱出できていると推測しています。死者は三桁には上らないかと」
「そう、ですか……」
「15分? その間ずっと放置していたの!?」
ナギが救えなかったことで力不足に嘆き俯く一方、リーナの叫びは怒りを多く孕んでいた。そのせいでボストンの住民何万人の命が脅かされたのだ。ナギの尽力によって防がれたとはいえ、怒りが湧かないわけがない。
「いいえ。私も10分ほどは破壊は試みたのですが、全く歯が立たず、忸怩たる思いでしたが脱出せざるを得ませんでした。このような結果になったのは、私の力不足によるものです」
だが、カノープスの台詞に一転、驚愕の表情で固まった。
カノープスは実働部隊スターズのNo.2だ。その実力はリーナに次ぎ、特に分子間結合反転術式である『分子ディバイダー』の腕ではリーナに匹敵、もしくは上回るだろう。
その彼が破壊できないとなると、それはもはや既存の兵器、いや、既存の物質の枠に止めていい物なのか。
リーナが得体の知れない恐怖に体を硬直させていると、復活したナギがカノープスへと問い直す。
「その兵器のスペックは?」
「それは……」
「機密に該当することで答えづらいのも分かります。ですが、せめて核エネルギーを使っているかどうかだけでもわからないと、放射能による二次被害を防ぐことすら出来ません」
「……いいよカノープス君。わたしから全部説明する」
カノープスが言葉に詰まっていると、その背後、地面から声がした。それにナギとリーナは驚く。
いや、人が倒れていることは気がついていたのだが、力なく横たわっているため、重傷か、もしくは……と思っていたのだ。まさか話せる力があるとは、という意味での驚きだった。
「しかし……」
「カノープス君、わたしはこの言葉をあまり使いたくはないのだが……命令だ。仮にも上官の言うことには従ってくれないか」
「……了解です、中将殿」
カノープスが場所を譲り、ナギとリーナにもその人物が見え、固まった。
そして、リーナが上擦りながら悲鳴に近い声をあげ、ナギはあんぐりと口を開けたまま見つめる。
「ゲーテ中将殿!?」
ゲーテ・トルルク。九島烈が『最巧の魔法師』と称されるのなら、彼は『最巧にして最新の魔工技師』と謳われた伝説的存在だ。
なぜなら、彼が一番初めにCADの原型を作り上げ、その後もその発展に大きく貢献した、彼は拒否したが本来ならば『原初の魔工技師』とでも言うべき存在だからだ。その功績を称えられUSNA軍でも数少ない中将に任命されながらも、後進を育てつつ今なお現役で現場に立ち続けていると噂される変わり者でもある。
ここ10年以上は目立った発表をしていないが、彼一人の研究で現代CADの開発は半世紀分は推し進められたとまで言われ、彼が世界中に与えた影響力は計り知れない。
また、その功績にはたとえ敵対国の魔法師であろうとも尊敬の念を抱き、どの国の教科書でも現代魔法史のページには顔写真が必ず載っている。ナギも彼の顔を知っていたのはそのためだ。
「し、失礼しました!」
ほぼ反射的に姿勢を正し、リーナは上体を起こすゲーテより身を低くするため、低く低く跪く。そのままポロリと階級を口にしそうになったところで、柔らかな声がそれを止めた。
「そこまでしてくれなくてもいい。わたしは立場を振りかざすのがあまり好きになれなくてね、そんなことをされると罪悪感で胸が苦しくなる」
「は、ハッ!了解しました!」
リーナとしては軍の教育で詰め込まれた『常識』がそれを拒むのだが、それよりも『上官の言葉は絶対』という大原則の方が勝ち、立ち上がった。姿勢は正したままなのは、自分の中でのせめてもの折り合いだ。
「ゲーテさん」
「なんだね?」
「もし、USNA軍の機密に深く関わることであれば、ボクは席を外しますのでリーナだけに教えてください。ボクは後で、彼女から必要なことだけを聞きます」
「いいや、その必要はないよ」
やんわりと否定され、ナギは戸惑う。
どう考えてもナギは部外者だ。後々、もしくはもうUSNA軍に入るリーナはまだしも、ナギがすべてを聞くのはUSNAにとって痛手なはず。ナギとしては、そしてUSNAとしても『核兵器かどうか』と『何をすればいいのか』を
「それに、君は部外者ではないしね」
「え? どういうことでしょうか?」
「——
「————!?!?」
絶句という言葉では生温い衝撃が、ナギを襲った。
「アラ……?」
「
リーナもカノープスも、何故その言葉でナギがそのような顔をするのか、そして何故ゲーテがそれを知っているのかが分からずに混乱する。
だが、一番混乱しているのはナギ自身だった。
「な、ど、どこでそれをっ!?」
「——ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル」
ナギはその言葉を聞き、今度こそ完全に動きを止めた。
同時に、昼間赤水さくらから聞いた噂の大部分が、尾ひれこそついていたものの正しかったと気づく。
ナギの、いやネギ・スプリングフィールドの始動キーに酷似したその言葉は、同時にある少女の始動キーでもある。
『未来』の『火星』、そこにある『異世界』出身の、『平行世界の住民』。タイムマシンを発明した文句なしの『天才』。
そして——
「
——
—◇■◇■◇—
ズルリと、《セカイ/ナニカ》が動く音がした。
・今日の星座③
くじら座は、「私は
しかし、英雄ペルセウスがメドゥーサ退治の帰りに偶々立ち寄り、生贄にされようとしていたアンドロメダの救出に動きます。彼は怪物に手に持ったメドゥーサの首を見せ付け、その眼と視線を合わせたケトースは石になり死にました。それが切っ掛けでペルセウスはアンドロメダと結ばれることとなります。
『カシオペイヤ』が原因で巻き起こされる大災害。それがくじら座が示すものです。
死人は出ない(ナギの手の届く範囲では)。
予言しておきます。次の星座は『カシオペヤ座』です。