「いやー、ほんと奇遇だね!まさかナギ君とこんなところで会うなんて!」
「ボクもビックリしましたよ。いつこっちに?」
「今朝よ今朝。そういうナギ君は一昨日追い出されたんだっけ? 災難だったわね〜」
笑いながら談笑する二人。その仲の良さそうな雰囲気は周囲を明るくさせるものだったが、一人だけ例外がいた。
「…………」
デートを邪魔された形になったリーナである。
『たしかに知り合いと異国で会ったら盛り上がるのも分かるケド、だからと言って置いてきぼりはないんじゃないの』と、ムスッと頬を膨らませる。何より、その仲の良い知り合いが女、それも人目を惹きつけるような明るさを持つ美人となれば、嫉妬の渦が巻き始めても仕方がない。
そんな感情から段々と不機嫌になってゆくリーナに最初に気がついたのは、その原因である女性だった。
「で、ナギ君。その子は?」
「あ、そうですね、先に紹介しとくべきでした。えっと、こっちで通訳をしてくれてるリーナです。リーナ、こちらは赤水さくらさん。フリーのジャーナリストで、魔法のことを主に扱ってるんだ」
「アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。よろしく」
実に分かりやすい猫を被って、笑顔で手を差し出すリーナ。対するさくらは、笑みを浮かべてそれをとった。
「ナギ君から紹介されたけど、赤水さくら、一応魔法ジャーナリストをやってるわ。ナギ君との関係は……そうねー、オトナの関係ってとこかな?」
「な————ッ!!」
その釣り上げられた唇に気づくことなく、一瞬で顔を紅潮させたリーナは、ギン、と鋭い目でナギを射抜いた。
睨みつけられたナギはナギで、冷や汗を垂らしながら引き攣った笑みでさくらにツッコむ。
「赤水さん! 誤解を招くような言い方をしないでくださいよ!」
「ははは、ごめんごめん!」
「リーナ、ボクと赤水さんはただの仕事仲間で、それ以上のことは何もしてないからね!」
ナギにそう言われ、ようやくリーナは揶揄われたことに気がついた。タレントとジャーナリスト、それも共に魔法を主戦場にしてるとなれば、自然と同じ仕事も多くなるのは自明の理だ。
見れば女は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。たったこれだけの邂逅で理解した。この女は相性が悪い、一方的に弄られる未来しか想像できない、と。
「いやー、それにしてもナギ君も隅に置けないわね!こんな可愛らしい現地妻作ってデートとか、お邪魔しちゃ悪いからオバさんはサッサと退散する——」
「「ちょっと待って(ください)!!」」
二人の声がハモる。デートしていたのは否定できないが、まずリーナは現地妻ではない。まだ関係は持っていないし、リーナ個人の感情としても、成るなら成るで『現地』の言葉を外したいのが本音だ。
それに、ただの知り合いならまだしも、
「ここで会ったのも何かの縁ですし、一緒にお昼でも食べましょうよ!」
「いやー、でも私お邪魔っぽいですし? あとは若い二人に任せて、ね?」
「ワタシ、日本でのナギのこと教えてもらいたいわ! いっつも主導権握られてるから、偶には見返したいもの!」
「ほうほう、たった3日で二人はもうそんな関係になっていると。これは速くまとめなくちゃ——」
「「だから違うのよ(んです)!」」
二人揃って顔を真っ赤にして否定する。根が真面目なところが共通している二人には、掴みどころのない性格をしているさくらは正に天敵と言えた。
が、流石にこれ以上やると冗談で済まなくなると直感したのだろう。くるりと、若干涙を浮かべている二人へ振り向いた。意地の悪さはそのままだが、悪意は消えた笑顔で。
「たははー、冗談よ冗談! 記事にするつもりなんてないわよ」
「「……はぁ!?」」
「私も大人だからねー。高校生の色恋で食べさせてもらうほど貧しい生活はしてないわよー」
「「…………。はぁ……」」
やーねー、と手をヒラヒラさせる
「ま、でもナギ君? あっちこっちで女の子を毒牙にかけるのは、オネーさんどうかと思うわよ〜? 告白されたばかりなんでしょ、義理のお姉さんに」
「ブーーーーッ?! ど、どどどどこでそれを!?」
「ははは、記者が自分のコネクションを教えるわけないじゃない!」
「……ナ〜ギ〜〜〜!!?!」
「ひぃっ!リーナ!?」
「本当なの一体どういうことよ説明しなさいよまさか付き合ってるの!?」
「ギ、ギブギブ!! くびっ、首絞まってるからっ!?」
「あはははっ!」
そして、再び場は混沌とし始めた。
赤水さくら。基本騒がしくて笑える状況が好きな、どこぞの麻帆良パパラッチを彷彿とさせるトラブルメーカーである。
◇ ◇ ◇
「そーいえばナギ君。『USNAの七不思議』って知ってる?」
結局その場は、老いてなお屈強なマスターが気迫を飛ばしたことで強制的に収束した。……入店した時と比べて、若干ナギとリーナの間が開いているのはご愛嬌だ。
それでも追い出されもせず、ちゃっかり二人と同席しているあたりに、さくらの話術の巧みさが伺える。自分の1,000倍ハニートラップに向いてるんじゃないか、とはリーナの心の弁だ。
「『USNAの七不思議』、ですか? いいえ、知りません。リーナはどう?」
「アンジー・シリウスの正体は誰か、とかああいうのでしょ?」
ここにいるんだけど、と心の中で呟くも、リーナは内心ビクビクものだ。ボロを出さないか心配で仕方がない。
とはいえ、必死に隠したリーナの心中は流石に察せなかったのか、さくらはフォークをくるくる回しながら話を続ける。
「そそ、そういうやつ。私がここにいるのは、まあ今度の大会に向けて色々撮らなくちゃいけないものもあるんだけど、それのうちの一つについて調べるのもあるのよ」
まだめぼしい成果は出てないんだけどねー、と苦笑いするさくらに対し、リーナはジトッとした視線を向ける。
「ニホンの記者は暇なの? 別にUSNAじゃなくても、どこにでもある噂じゃない」
「まあ、七不思議なんてお約束だよね」
「七不思議とか言っといて20個ぐらいあるのもねー。でもね、私が調べてるのはそんじょそこらの七不思議とは違うわよー! 題して、『USNA軍の魔法技術はどこから来たのか!?』」
さくらは、これまた今時大変珍しい紙の手帳を広げて突き出してくる。それを受け取ると、ナギとリーナは肩を並べて覗き込んだ。
「今、CADの世界市場のうち、ドイツの『ローゼン・マギクラフト社』とUSNAの『マクシミリアン・デバイス社』が九割近くを占めてるのは知ってるわよね? ま、最近はFLTが色々と注目されてて大躍進中なんだけど。
で、そのマクシミリアン・デバイス社なんだけど、USNA軍で型落ちになったものを大量生産してるんじゃないか、って噂が前々からあるのよ」
「型落ち品を、ですか?」
ナギが首を捻る。確かに通常の企業だったらそこまでおかしなことではないが、これが魔法機器メーカーとなれば話は別だ。
魔法が表舞台に出てから100年足らず。ましてやその補助製品ともなれば半世紀に届くか届かないかぐらいの歴史しかないほどの、まだまだ未開拓の市場である。そもそも明確な『型落ち品』が出るほど、最新技術と現行品の間に差はないはずなのだ。
もちろん、魔法は戦力と言われる時代。あえて型落ち品を世に流通させるメリットもないわけではない、が、そんなことをするぐらいなら最新版を世に出して世界市場を独占してしまった方が遥かにメリットがある。市場を独占するということは、それだけ他国の技術の発展を遅らせることに繋がるのだから。
「でも、じゃあその『最新版』をどうやって開発しているか、って所がなかなか掴めなくてねー。開発者はご存知の通りだとは思うけど、その発想の源は絶対にあるわけじゃん? ここなら軍関係者が多いって聞いて、色々聞き出せるんじゃないかって張り込んでたんだけど……」
「その結果が、これですか……」
意外と綺麗な字で手帳に書かれている文字を読むと、『UFOの残骸を解析しているらしい』『古代遺跡のオーパーツを集めていると聞いた』『未来予知の能力者を囲っている』『異世界人とコンタクトが取れた』『いやいや平行世界だ』『我々は神の加護を受けている』『ダ・ヴィンチのような天才に決まってるだろう』、などなど……
「見事にオカルト系ばっかりね」
「そーなのよー。ソッチ系ってこと以外統一性もなくてみんなバラバラ。ここまで来ると逆に感心するというかねー。調べ甲斐はあるけどいつまでかかることやらって感じなのよー」
机の上に突っ伏し、うーうー唸る『オトナ』の女性。実に大人気ない体勢なのだが、その前に座る二人は彼女に対して内心戦慄していた。
さくらは、今朝この国に入国したと言っていた。つまり、そこから僅か半日足らずでこれだけの話を聴き集めたということになる。プロの諜報員顔負けの恐ろしい話術だ。この人ならそう遠くない日に真相に辿り着くのではないか、そう思わずにはいられない。
「ねーねー、リーナちゃんは何か聞いてないのかなー? それ、マクシミリアンのでしょ?」
「そうだけど……ワタシもそこまで詳しくないし、噂で聞いた感じでも似たようなものよ」
ダミーとして渡されたマクシミリアン社製のCADの撫でながらリーナは答えたが、これは事実である。
『シリウス』は実働部隊の総隊長。確かに現在市場に出回っているものよりも遥かに優れたCADを使っているが、開発部隊や実験部隊はまた別にあり、CADの開発や新魔法の研究などには一切関わっていない。
ましてやリーナは正規軍人になってから三年、『シリウス』に任命されてからは僅か一年だ。戦闘訓練やその他職務に必要なことを覚えるだけで手一杯であり、自分が使う武器はどうやって開発されているのか、なんてことまでは気にする余裕もなかった。
……否。気にかかったことはあったのだが、彼女の権限ではどうしようもなかった。USNA軍のCAD開発部門は軍内でもトップ3を争うほど高い
と、ここまでが実情なわけだが、そんな超重要機密事項を馬鹿正直に話すわけがない。適当にごまかしつつ、自分も知らない旨を説明する。
「そんなわけだから、力にはなれないわね」
「そっかー……ん〜〜!よし、切り替えよう!いつまでもウダウダやってるぐらいなら一人でも多くから聞けってね!
というわけでリーナちゃん!デート中に悪いんだけど、ちょっと時間貰っていい?」
「なにがどうなったらそうなったのよ!?」
いつの間にやらマイク片手にインタビューの姿勢に入っているさくらにリーナがツッコむ。気がつけばそうなっていたのだ、電光石火の早業とはこういうことを言うのだろう。
「えーと、リーナちゃんのミドルネームは『クドウ』ってことだけど、それはあの『九島家』と何か関係があるのかな?」
「スルー!? ……はぁ、もういいわ、疲れるだけだし」
肩をすくめ、やれやれといった様子で首を振るリーナ。この短期間のうちに、この快楽主義の記者に対する対応をだいぶ心得てきた。……それが自分にはどうしようもない、という事なのはどうかとも思うが。
「そうね、サクラの言う通り、ワタシの母方の祖父が九島
「つまり、リーナちゃんは九島閣下の
「「テッソン?」」
コテンと首を倒すリーナ。それだけでなく、ナギも同じ動きをしていた。
「ああ、さすがに知らないわよね。えーと、甥とか姪の子供のこと。こっちだと"grand-niece"って言うのかな」
「へぇ、そんな言葉もあるのね」
「あんまり使われないけどねー。私も言葉を商売道具にしてなくちゃ知らなかったと思うし。
じゃ、あと二つだけ。リーナちゃんは九島閣下にアポイントメントお願いできる? 私、一度あの方にインタビューしてみたかったんだけど」
「無理よ。ワタシ、会ったことも話したこともないし」
薄情なようにも聞こえかねないが、それが今の世界情勢だ。それが分かっているナギもさくらも、何も口を挟まなかった。
「それに、ワタシの血は4分の1が日本人だけど、ワタシとしてはこの国で生まれ育った
「ふむふむ、なるほどねー。じゃあラスト、ナギ君とはどこまでヤったの?もしかしてもう生d……」
「なんで突然ソッチに行くのよっ!?」
リーナがダンッ、とテーブルを叩いて立ち上がる。その顔は、一瞬で湯上りのように火照っていた。
「いやー、記事にはしなくても、個人的には聞いとかなくちゃいけないっていうかー。将来、スピーチすることになるかもしれないんだし、出来るだけ情報は知っておかなくちゃパパラッチの名折れってもんよ!」
「折れてしまえばいいと思うわよそんなもの。っていうかスピーチって何のよ」
「もち、披露宴」
「「披露……モ゜っ?!」」
先ほどから、「赤水さんに関わると弄られる」と敢えて我関せずを貫いていたナギだったのだが、こればっかりはリーナと同時に声を上げざるを得なかった。二人して真っ赤に顔を染める。
そんな二人を見て、さくらはカラカラと声を転がした。
「だってねー、二人が結婚するとなったら、付き合って初めてあった知り合いが私になるわけでしょ? だったらスピーチは任せてくれるわよね!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!ワワワタシとナギが結婚だなんて出来るわけないじゃない!」
「なんで?」
「なんでって、ワタシはUSNAの魔法師で、ナギは日本の魔法師だし!」
「さーて、そんな素直になれないリーナちゃんに、いい言葉を教えてしんぜよう!」
あ、これ多分、聞いたらダメになるやつだ。
リーナより人生経験豊富なナギは、その見覚えのある表情に一瞬で悟ったという。
「……愛は、国境を越えるのだよ」
「な————っ?!」
「二人の間に立ちはだかる数々の障害!その壁が高ければ高いほど、その道が険しければ険しいほど、互いに惹かれる
「そ、そんな……でも、確かに……」
「USNAと日本の間で揺れる純愛、実に結構じゃない! よく頭の固いお年寄りは『お国のために〜』とか言うけど、アレ間違い。誰か愛する者を守るからこそ人は強いのよ! 愛する者が居ない国に、誰かを愛することさえ認めてくれない上司に、忠誠を誓えるわけがないっ!!」
「そう言えばベンも奥様ができてから一層って……だ、だけど!ワタシはこの国を裏切るわけには——」
「それに、私は前々から変だと思ってるのよ。USNAと日本は前の大戦で直接ぶつかり合ったわけでも、銃を向けあったわけでもないのよ? ギクシャクしてる方がおかしいわけ。今、事務次官レベルで有耶無耶になってた友好条約の再締結が検討されてるって噂もあるし、そう遠くない未来に二国間での魔法師の国際結婚も認められるようになるはず!」
「な、なんですって!?」
「さあ! そうと決まれば邪魔者が入らないうちに既成事実を作るのよ! 大丈夫、ナギ君は押しに弱いっぽいからこっちから行けば一発や二発はヨユーヨユー!」
「ゴクリ……な、ナギ!ワタシ、ナギのこと——」
「リーナストップ!! 待って待ってください!? 何ですかこの急展開!?」
僅か2分。間髪なく撃ち込まれたマシンガントークに、リーナが陥落するまでの時間だ。ナギはあまりの展開の速さに、開いた口が塞がらなかった。
どこか某歩くゴシップ誌に似ているな、などと過小評価をしていた過去の自分に忠告してやりたい。この魔法ジャーナリスト、他人を煽る才能に関してはあの麻帆良パパラッチをも上回るかもしれないぞ、と。
「リーナ、ひとまず落ち着こう! 赤水さんもあんまりからかわないでください!!」
「えー、別にからかってないんだけどなぁ〜。いーじゃん、『恋に生きる乙女』って、ある意味女の子の究極の夢のひとつよ?」
「そうかもしれないですけどっ!!」
悪びれもせず、そもそも悪いなどとは欠片も思っていない顔で言うトラブルメーカー。しかも、実際、別に悪い事をしているわけじゃないのがタチが悪い。
ナギはぐるぐると目が虚ろなリーナを宥めながら、昔懐かしい溜息を吐いた。
◇ ◇ ◇
と、なんとかリーナを落ち着かせることに成功して数分。
顔を真っ赤にして俯いていたリーナが、ようやく元凶に鋭い視線を向ける。
「サクラ! 一体何がしたいのよ! もしかしてワタシを日本へ連れて行くため!? アナタはスパイだったの!?」
「いんや、別にそんなつもりは全くないけど?」
心底不思議そうに首をかしげるさくら。それを見て、リーナの中に更に苛立ちが募る。
「じゃあ何で、ワタシを煽ったのよ!?」
「私が記者だから」
全く繋がっていない話に、ついにリーナは「誤魔化すな!」と叫びそうになった。だが、さくらの顔を見て、喉元まで出かかっていた怒声が詰まる。
その瞳は、先ほどまでの人をからかう輝きとは違う、真剣そのものを宿した光だったから。
「リーナちゃん。私たち『記者』って、何のためにいると思う?」
「唐突に何よ。それに、何のためって、そんなこと決まってるじゃない。情報を民衆に届けるた——」
「ブー、ざんねん、不正解」
わざわざバッテンを作ってまで、言い切る前のリーナを止める。その動きに神経を逆撫でされながら、リーナは刃のような視線だけで説明を要求した。
「うーんとね、ただ起きた事実を伝えるだけなら、今の世の中ニュースでいいっしょ。不正や汚職をスッパ抜くのを仕事みたいに言う人もいるけど、それも本来は警察や司法の仕事。別にそんなくっだらない事のために、
「じゃあ、何のためよ」
「そんなの簡単。——人を、笑顔にするため」
簡潔に、しかし単純がゆえに強い意志を以って、大前提を口にする。
その目には、煌々と輝く太陽のような炎が灯っていた。
「記者はね、起きた事実を伝えなくちゃいけないのに、その中身を自分の裁量で切ったり増やしたり出来る……いや、紙面は限られている以上、そうする
「…………」
事実のみを伝えなくてはいけない、でもそこには個人の色眼鏡がかかる。確かに大きく矛盾している。
これが産業革命以前だったらいざ知らず、今の世界には映像という、事実を何よりも雄弁に語る物があるのだ。究極的に言えば、報道なんてものはその事件の録画映像を流すだけで事足りる時代である。
では、そんな時代の中で、記者という職種が生き残っている理由とは? その答えを、さくらは口にした。
「じゃあ何で記者っていう職業は無くならないのか。
それは、私たちが書いたくだらない記事一つで、読んでくれた人が笑ってくれるから。誰かを励ますための記事一つで、悲しみに暮れる人たちを勇気付けられるから。
そうやって笑ってくれた人たちのおかげで、
思えば、初めからそうだった。リーナは気付く。
スクープを撮りたいだけなら、わざわざナギに話しかけなどせずに、気配を消していればよかったのだ。
話しかけた後にしてもそう。この女性の話術なら、話の流れを上手くスクープのことから避けられたはず。わざわざ自分から口にして、止めさせる必要もなかった。
つまり、あれらの行動はすべて、こちらを笑顔にするためだけにやっていたのだ。初対面のリーナの緊張をほぐすために、自分自身を道化にしてまで。
そして。そんな彼女だからこそ、魔法というものを追いかけている。
「でも、今の世界では魔法師たちが
「……魔法は軍事力よ。仕方ないじゃない」
リーナは否定する。その否定の言葉に、さくらの原動力があるとも知らないで。
「仕方ない。そう、『仕方ない』って、魔法師たちは諦めてる。その本質も忘れて、その感情も隠して。それがバカみたいだって言ってるの」
「……何を忘れてるって言うのよ」
もはやこれは、リーナだけに向けられた言葉ではない。これは、一個人による社会に対する宣戦布告だ。
「魔法が表舞台に立ったのは、テロを止めたある超能力者から始まった。そうして魔法師たちは、先の大戦で、核戦争を防ぐために国境を越えて力を合わせてみせた——」
本人の意図はどうであれ、この店にいる全員が耳を傾け、きっと状況を確認しているであろうスターズのメンバーも聞いているはずだ。魔法師も、非魔法師も同じように。
しかし、その誰もが聞き入ってしまっている。避けてきたことを、目を逸らしてきたことを、忘れようとしてきたことが浮き彫りされるのを、心のどこかで望んでしまっている。
だから、彼女は誰に止められることもなく、躊躇することもなく。世界の決定的な矛盾を突きつけた。
「魔法師が振るう、魔法という力は、そうやって
「っ!!」
それはきっと、『魔法に関わる非魔法師』という、第三者の目で見てきたからこそ直視してきた矛盾。
魔法の恩恵にあずかり、だけど一般人の域を踏み出さず。魔法師という『人間』と向き合ってきた彼女だからこそ強く受け止めていた、大きく捻れた悪意。
「魔法はたしかに強い力。それは認める。その力があれば、一人で一万の人を殺すことが出来るのも理解してる。時にはそれが必要だってこともね。
でも、かつて魔法師たちは、それを自分の意思で振るっていた。大きな力を持つからこそ、自分で責任を持って、自分で罪を背負う覚悟があって、それでもそれが誰かを守るためになると信じてその力を使っていた」
正当防衛、という言葉がある。自分、もしくは近くにいる人間が害される状況で、自分が法を犯せばその誰かを救える時、その行動はたとえ違法であろうとも人道に
「だけど今の魔法師は、その手綱を、その責任を、顔も見えない『国のみんな』という
それが、本質を見失ってないって言うなら何と言うの? 」
しかし、その大前提にあるのは「人の道を踏みしめていること」だ。誰かを傷つける目的ではなく、守るために行動し、結果傷つけることになってしまったから許されるだけなのだ。
戦争は、その大前提にすら当てはまらない。最初の理由はどうであれ、初めから殺すために動き、初めから相手を救うつもりなどない。それは、決して「防衛」ではない。どんなに言い訳を尽くそうと、それはただの「暴力」だ。
ましてやそれが、自身で何も考えず、ただ上の指示に従っただけなどという言い分が通用するほど、人道というものは軽くない。
「誰かを守るため、という『目的』が先にあって、その『結果』、戦争を左右するだけの影響を与えた。それが最初の魔法の在り方だった。
でも時代はいつからか、戦争を左右できるという『結果』ばかりに目が眩んで、誰かを助けるという『目的』を失わせてしまってる。その『結果』さえ手に入るのであれば、魔法師という"人間"の人権なんて踏み倒してね」
魔法師を"人間"と断言する。それができる人間は、今の世の中どれだけいるのだろうか。当の魔法師を含めたとしても。
だが、さくらは迷いなく断言してみせる。彼女は一切の混じり気なく、そう信じているのだから。
「どんな人間でも、苦しければ喚くし、悔しければ歯をくいしばるし、悲しければ涙を流す。嫌だったらもちろん拒絶する。
逆に、楽しければ笑って、嬉しければ喜んで、友達とバカやってふざけ合って。誰が好きとかで盛り上がる。それは当たり前に認められるべき人としての生き方よ。
……でもおかしなことに、今の腐った世の中は、魔法師にそんな当たり前のことすら認めていない。それは絶対に許されないこと。だから私は、小っぽけでも、1人だけになろうとも叫び続けるの。『こんな世界は間違ってる!』ってね。
魔法は『救うための力』になり得る。そんな、どんな兵器でも替えの効かない尊い存在に戻ってもらう為に。いつか、魔法師という私たちと同じ人々に、私の記事で笑ってもらう為に。私は今を生きて、私は出来る全てを出し尽くしてる」
はっきりと、強い覚悟が込められた言葉を紡ぎきる。
同時に、リーナは理解した。
「って、あー……長くなっちゃったし話が逸れちゃった気がしなくもないけど、それが私の信じる『記者』で、私の信じる道。ってことかな!」
(ああ……)
そうやって、重い空気を払拭するように、人に安心感を与える顔で朗らかに笑った。
その姿が、リーナにはとても眩しく見えて——
(きっと、
リーナの人生において、初めて心の底からそう思った瞬間だった。
・今日の星座①
ギリシャ神話では、古くはカラスは白い鳥で人語を話し、太陽神アポロンの報告者として過ごしていたとされています。
しかしある日、アポロンの恋人であるコローニスが別の男性と密会していたという誤った情報を渡してしまい、それが元でコローニスは死んでしまいます。アポロンは怒り、カラスを黒く染め言葉を奪い夜天に追放し、それが後にからす座となったと言われています。
その『瞳』で真実を暴き、記者という『人見』として報告する彼女は、まさに古き世の