魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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第五十九話 ペルセウス座の魔眼

朝。

まるで嵐にあったかのように散乱した部屋の中で、一人の少女が同い年の少年の胸に抱かれていた。

その状況を第三者が見たとしたら、間違いなく事が起こった後だと断言するだろう。それどころか、当人でさえそうだと思ってしまったぐらいである。

 

少女(リーナ)は、一糸纏わぬ生まれたままの姿なのだから。

 

「こんの——」

 

ギシィ、と顔を朱に染めたリーナは固く拳を握り……

 

「エロナギィーーーーッ!!」

「パルプッ?!?!」

 

ゼロ距離から放たれた見事なアッパーカットは吸い込まれるようにナギへと突き刺さり、きれいな放物線を描いてその体を殴り飛ばした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「で、何か言い訳はあるかしら?」

 

頚椎骨折で死んだダメージから復活した——"死ぬような"ではなく"死んだ"である——ナギが再びリーナの秘部を直視してしまい、キツめのオシオキを受けてから数分後。

最低限の下着だけ身に纏ったリーナが、とてもイイ笑顔で正座中のナギを見下ろしていた。

 

「あ、あのー……目のやり場に困るから、服を着ない?」

「あら、どの口が言うの? 寝ている女の子を脱がして襲ったHENTAI」

「ぐっ」

 

あまりの視線の鋭さに、冷や汗を掻いてたじろぐナギ。その様子に、リーナはさらに眉尻を釣り上げて言葉の槍を突き刺す。

 

「信頼してたのに」

「うぐっ」

「初めてだったのに」

「ぐはっ!」

「ちゃんと言ってくれたら、その、()()()()()()()()()()

「え、なんて?」

「うるさいバカ! この鈍感!」

 

赤くした顔を隠すように、手元にあった枕を投げつける。それは、「もごっ」という唸り声と共に、ナギの顔面へクリーンヒットした。

とはいえ今のは、別にナギが難聴系主人公というわけではなく、実際にリーナが口の中でモゴモゴ言っていただけで他人へは全く聞こえなかった所為なのだが。

 

「むぅ……ホントにどうしたのよ。ワタシを脱がして何がしたかったの?」

「え?」

「別に違和感も痛みも怠さもないわけだし、その、されちゃった訳じゃないのはなんとなく分かるわよ。……経験ないのは本当だから断言もできないけど」

 

流石に肌寒くなってきたのか、ベッドの下に落ちていたシーツを取り上げて体に巻きつける。その時、ヒラヒラと花弁が幾枚も舞い落ちた。

 

「それに、なんで部屋がハリケーンに遭ってるのとか、この花びらがどこから来たのとかも気になるし。ワタシが着てたパジャマも見当たらないし……、誰かに襲われたとか?」

「え、えーと……」

 

さっと、視線を逸らす。まるでどう言い訳しようか考えてますと言わんばかりの態度に、リーナは不満を抱いて近づいた。

 

「ナギ」

「な、何かな!?」

 

サッ。

 

「何を隠してるの?」

「い、いや〜なんでだろうね!不思議だよね!」

 

ササッ。

 

「…………」

 

顔を合わせようとすると、逃げられる。それに合わせて位置を変えても、首を動かされる。

煮え切らない態度に痺れを切らしたリーナは、ガッとナギの両頬を抑えて真正面から視線を合わせた。

 

「ナギ、そんなにワタシが信用できない?」

「そ、そんなわけじゃ……」

「確かにハニートラップを仕掛けようとしたワタシの信頼がないのは分かってるけど、ワタシももう、ナギのことは友達だと思ってるのよ。もし何か秘密にしなくちゃいけないことなら、二人だけのヒミツにすると誓うわ」

 

聞かない、という選択肢はない。こうして巻き込まれた以上は問いただす権利があるし、聞かずに放置するなんてことはできない。

でも、それを上に報告するかどうかは話が別だ。今回の任務で「必ず聞き出す責務はない」と言われている以上、個人的な感情に従って黙っていても大丈夫……なはずだ。たぶん、きっと。

 

「……実はね……」

 

ナギも、息と息が混ざり合う距離で見つめてくる瞳から、その不退転の決意を読み取ったのか。堪忍したように口を開いた。

 

「ボクの使う魔法って、昔は錬金術がメインだったらしいんだ」

錬金術(アルケミー)? でもアレって、一部を除いて否定された魔法体系でしょ?」

 

錬金術とは、魔法発見以前の世界で、あらゆる魔法体系の中でも知名度では一、二を争ったと言われる魔法体系の一種である。「ホムンクルス」や「賢者の石」など、有名な用語も多い。

そして、錬金術は主に、「不完全なものを完全なものに変質させる」ことを目的とした魔法であり、ある二つの究極目標が知られている。

 

一つは、原点にして人類の究極の願望、不老不死。主に水銀を使った霊薬とされ、秦の始皇帝もそれを信じて水銀を愛用し中毒死したとされるほど、有名で夢に溢れた願い。

一つは、俗欲にしてその名の源、金の練成。正確には非金属や卑金属を貴金属に変えて売り、資金源として活用されたと言われる、権力者に取り入る手段。

 

この考え方の世界規模での流行から様々な実験が繰り返され、その過程で塩酸や硫酸、硝酸などの化学薬品や様々な実験器具が発明されたとされる、名実ともに(ケミス)(トリー)の基礎を築いた魔法の一つ……と、今世紀初頭までは考えられていた。

しかし、現代魔法理論の構築が進むにつれ、幾つもの矛盾が生じた。

 

まず一つ。不老不死の存在は、初期の現代魔法学の段階で否定された。魔法というものが表舞台に返り咲いてからまず初めに取り組まれたテーマの一つであり、世界各国が試行錯誤を繰り返しても不可能と言わざるを得なかったものだ。

そしてもう一つ。錬金術最大の特徴である物質変換魔法は、現代魔法学で不可能とされている魔法の一つだ。貴金属の練成自体は核融合反応などを使えば現代科学でも再現不可能ではないはずだが、魔法にしろ科学にしろ、核融合に伴う放射線だけはどうしようもない。魔法を使えば一時的に遮断し閉じ込めることはできるが、放射線が質量を持つ以上、"なかったこと"には出来ないのだ。

 

つまり、『本物の錬金術』が持つとされる二大特徴が否定され、そこから芋蔓式に幾つもの伝承が現代魔法学によって否定された。

今や、錬金術は化学文明の発展の起点()()()()()、魔法としては認められていない、もしくは決定的な「何か」が失われてしまった空想上の存在である、というのが世間一般の認識だ。リーナが胡散臭いものを見るような目になったのも致し方がない。

 

「正直信じられないんだけど……じゃあナギは、不老不死とか金の練成の方法だとかを知っているの? まさかぁ——」

 

 

「知ってるよ」

 

 

あまりにも、あっさりと。

そう告げた少年の目には、嘘はなかった。

 

「流石に、金の練成はコストが高すぎてやっても意味ないし、不老不死は偶然以上の奇跡が必要だけどね。それでも、方法は知ってる」

「……う、っそぉ……」

 

ポカンと口を開けたまま、リーナが心の底から言葉を絞り出す。同時に、どこか納得のいったところがあった。

それは、明らかに必要以上に警戒していた、使用魔法の理論の公開に関してだ。

確かにそんな天地をひっくり返すような情報が発覚したら、まさしく驚天動地の大騒ぎだ。ナギ一人をめぐって、四度目の世界大戦が勃発しても何も不思議はない。

 

「話を戻すよ。ボクが使う魔法の一つに、(エク)装解(サルマティ)(オー)って魔法があって——」

(エク)装解(サルマティ)(オー)? ちょっと待って、どこかで見覚えが……」

 

そう、確かあれは、日本の魔法学校で起こったテロに関する報告書を読んでいた時に……

 

「あーーっ!? 脱げ魔法(キャストオフ・マジック)!!」

「あ、あはは……。一応、目的は敵の武器を吹き飛ばすことで、服が脱げるのは副作用みたいなものなんだけど……」

 

ナギが視線を泳がせる。つまり、それが脱げ魔法だという自覚はあるのだろう。自分の目が、ジトッとしたものになっていくのが分かる。

 

「そ、それで!4月に使った氷属性のものとは違って、装備を花弁に錬金するっていう風属性のものもあって……」

「それで?」

「……ボクが一番適性がある魔法なんです。くしゃみをすると抑えがきかなくなって暴発しちゃったり……」

 

実にツインテールのお姫様を思わせる笑顔のリーナに、思わず昔のように敬語が出るナギ。

互いのまつ毛の本数すら分かるような超至近距離で見つめ合うこと数分。能面のような笑顔のリーナは、引きつった顔のナギの前でプルプルと震え出し……

 

「くしゃみをするだけで暴発とか何よそれーーーッ!!?!」

「ハ、ハイッ!! ごめんなさーーい!?」

 

実に懐かしいような大爆発を起こした。

ナギの頬に添えていた手を肩に移動させ、ガックンガックンと前後に大きく揺さぶる。その顔には、もはや形容しがたい混沌とした感情の渦が露わになっていた。

 

「たしか、服を花弁に変えたとか言ってたわよね!? じゃあワタシのパジャマはこの花びら?! どうするの元に戻せるのお気に入りだったのよ!!」

「ごめんなさい!弁償するから——」

「あったりまえでしょう!! だいたい、いままで何人脱がしてきたのよ!?」

「え、えっと、4月の時を除いたら、昔、真由美お姉ちゃんと香澄ちゃんと泉美ちゃんと一緒に寝た時に……」

「そりゃそうでしょうねぇ!! くしゃみをするだけで脱がせるならそれでも少ないぐらいよ!」

「ふ、普段は自分を縛って出来るだけ抑えてるんだけど、緊張するとどうしても出ちゃうんですーー?!」

 

ピタリと、リーナの動きが止まった。そのままグイッと顔を近づけ、ぐわんぐわん目を回しているナギを覗き込む。

 

「緊張すると?!今緊張するとって言った!?」

「え、う、うん。昔から緊張するとくしゃみが出ちゃう体質で……」

「な、なんで緊張したの?!」

「だ、だって、リーナみたいな可愛い子とこんなに密着して寝て、緊張しないわけがないです、よ? もう子供じゃないし……」

 

それこそ、前世で家族のように過ごしたネカネだったり、実は叔母だった明日菜みたいに、家族だったら話は別なのだが。たぶん、香澄と泉美の二人が相手だったら今でも一緒に寝ても大丈夫なはず……真由美は色々とあったので怪しいが。

 

「か、可愛い……? ワタシが……ふふ」

 

そんなナギの思考を放っておいて、先ほどまでの怒りはどこでやら。リーナはだらしなく口元を蕩けさす。

直後、目の前に当のナギ本人がいることを思い出したのか、表情を作って一つ咳払いして立ち上がった。……幸せそうなオーラは隠し切れていないが。

 

「んんっ! そ、そういうことなら仕方ないわね! ワタシにも責任はあるみたいだし? ち、ちゃんと埋め合わせしてくれたら許してあげるわ」

「本当に?ありがとう、どうすればいいですか?」

「え、えっと、その……デート、してくれない……? か、代わりのパジャマを探すついでに!ね!?」

 

もじもじと、恥ずかしそうにリーナが告げる。

その態度に気がつきながらも、ナギはにっこりと笑顔で返した。

 

「そんなことなら、喜んで」

 

リーナの顔がパアァと明るくなる。

と、そこで漸く理解が追いついてきたのか、急転直下、サアァと顔から血の気が引いていった。百面相さながらの様相に、ナギの首がコテンと倒される。

 

「ね、ねぇナギ。さっきの話、教えて良かったのよね?」

「う、うーん……ダメだね。今、広まっちゃうと……」

 

先ほどまでの怒りが霧散しているとわかったナギは、敬語を止めて言葉を濁した。しかし、リーナはそれが示す未来を正確に予測していた。

 

「やっぱり、戦争よね……」

 

あ゛ーー、と頭を抱えてしゃがみこむ。すっかり忘れていた、というか思い当たらなかったというか……とにかく今がまずい状況というのは理解できた。

 

「ど、どうしたのリーナ?」

「ナギ……こんな噂を聞いたことがあるのよ。USNA軍には、読心術師(サイコメトラー)を集めた部隊があるって」

 

その職務上の都合だろうか、具体的な情報はシリウスであるリーナにも入ってきていない。が、統合参謀本部直属の部隊の一つにそのような部隊が居るというのは信憑性の高い情報だ。

読心術(サイコメトリー)というのは、比較的に発現率の高い超能力の一種だ。もちろん『超能力の中では』なので、一つの国家に何千人も居るわけではない。が、それでもシリウス権限でアスセスできるUSNA軍の正規部隊の中に"一人もいない"というのは、少しばかりおかしいものがある。

『火のない所に煙は立たない』という日本の諺の通り、リーナはその噂を信じている人間の一人だった。

 

「あぁ〜……。言わなければバレない、じゃないわよ……あの時の自分をぶっ飛ばしてやりたいわ……」

「えーと、読心術への対抗手段、かぁ……」

 

ナギの脳裏には、ある少女の姿が浮かんでいた。本を浮かべ、耳に羽根飾りをつけた少女がリーナの心の中を覗く光景を思い浮かべ、彼女はそんなことをしない、と頭を振ってイメージを追い出した。

 

「一応、方法はあるけど」

「ホント!?」

 

目を輝かせて縋り付くリーナに両手を向けて、どうどうと声をかけ制止する。

 

流石に『いどのえにっき』クラスのアーティファクトを持ち出されたら、ナギにも対抗手段はないに等しい。だが、そうでないのなら方法はいくつかある。

 

まず間違いなく効く方法に、魔法無効化能力がある。が、こればっかりは天性のものであり、無い物ねだりをしていても仕方がない。除外する。

次に、頭の中を別の思考で埋めてジャミングする方法。強い感情だとなお良いが、これで完全に防ぐには四六時中頭を回転させ続ける必要がある。これも中々に難しい注文だ。

他にも、専用のジャミング魔法もあるが、中位の魔法のため一朝一夕には習得できるものではない。ナギがリーナに掛けたとしても、効果時間など高が知れている。

となると、取れる方法は一つだけだ。

 

「リーナ、ボクの目を見て」

「え? 何?何かある、の……」

 

目線を合わせてから数秒で、リーナの目は焦点が合わなくなった。ぼんやりとした視界の中、たった一つ、ナギの目だけがジッとリーナを覗き込んでくる。

綺麗な目だなぁ、とそんなことを思った瞬間、世界が破裂した。

 

「はっ!? わ、ワタシは何を……」

「気がついた?」

 

頭を振って声の方を見ると、柏手を打ったような格好のナギが笑っていた。

 

「ナギ、何をしたの?」

「魔眼でちょっとした暗示を、ね?」

「魔眼?……まさか、ルーナ・マジック!?」

 

月の魔法(ルーナ・マジック)。精神攻撃系()()()()『ルナ・ストライク』に名前の由来を持つ、精神干渉系魔法を示す単語だ。

精神干渉系魔法は生来の適性が強く出るため、起動式によるプロセスが組まれているルナ・ストライクですら使用者によって大きく威力が変わる。ましてや暗示などは、現代魔法では先天性スキルなしではまず扱える者の居ない魔法で……

 

「って、そういえばナギは"魔法師(現代)"じゃなくて"魔法()使い()"だっけ」

「まあ、そういうこと。効果は、指定の記憶に関しての想起の制限と、その記憶の外部からの閲覧の妨害。正確にはその記憶を検索対象から外す魔法だね。

これでリーナはさっきの情報を思い出すことはなくなったし、誰かに知られることもなくなったよ。ボクから『鍵』を渡さない限りね」

 

これは『読心術の制限』ではなく『記憶の改竄』に当たる魔法であり、ナギたち"魔法使い"が最も最初に習う魔法の一つでもある。これなら、ほぼ永続的に持続させれるし、弱いとはいえ魔眼も併用したことで効果も上げられた。

また、そもそも検索対象から外れているので、『何かがあるけどロックが掛かっている』と気付かれる可能性も少ない。その記憶を想起できないために情報を奪わせない、単純にして効果の高い対読心術効果を持つ魔法でもある。

 

「っと、時間がもったいないし、そろそろ片付けようか」

「もったいない、って?」

 

首を傾けるリーナに、ナギは苦笑して答えた。

 

「行くんだよね、デート?」

 

それを聞いた直後、リーナの顔が再び赤く染まったのは言うまでもない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『じゃあ、そろそろお昼にしよっか』

『そ、そうね!』

 

時は過ぎ、太陽が中天に登った頃。ナギとリーナの姿は、ボストンの市街地にあった。その様子を見た人からはデートを楽しむカップルにしか見えず、事実デート中なので間違いではない。

一見、日本人であるナギがエスコートしているのは違和感があるかもしれない。しかし、全国を飛び回るリーナもあまりボストンの地理に詳しいというわけではなく、基本端末での検索任せなために、事情を知っている側からしたらそこまでおかしいというわけでもなかった。……()()シリウスがデートで頬を緩めていることを除けば、だが。

 

「こちらマーキュリー・ファースト。各自状況を報告してください」

 

もちろん、USNA軍もただ放置しているわけではない。リーナにばれないよう、監視技能を持つ惑星(プラネット)級や衛星(サテライト)級のスターズが配置されている。

(マーキ)(ュリー)一号(ファースト)であるシルヴィアもその一人で、今回の任務に当たる人員の中では一番階級が高い。

だが、彼女がリーダーに選ばれた理由は別にあった。

 

『こちらアマルテア、ターゲットと総隊長の後方20mに続いて監視中』

「了解。しかし、誰に聞かれているかも分かりません。現在は総隊長ではなく(ビー)と言うように」

『こちらプロメテウス。ターゲットが(クイ)(ーン)と手を繋ぎました』

「ですから貴女も(ビー)と……ちょっと待ってください、なんですか(クイ)(ーン)とは!?」

『あ、そうですね。(クイ)(ーン)ではなく姫君(プリンセス)の方がいいですか』

「いえ!そういうことではなく——』

『あー、こちらエンケラドス。イケ面(ターゲット)(つまず)いた(マイ・エ)使(ンジェル)を抱き寄せやがったんだが、暗殺(ヘッドショット)していいか? いいよな』

「ダメです!! というか貴方もですかエンケラドス! いい歳して(マイ・エ)使(ンジェル)とか気持ち悪いですよ!」

 

まただ。シルヴィアは痛む頭を押さえる。

リーナはアレだけの美少女だ、良い意味で非常に目立つ。しかも、基本的に任務中は変装しているとはいえ、訓練や兵舎の中ではあの姿をさらけ出しているのだ。

もはや彼女はスターズの総隊長兼アイドル的な扱いというのは公然の秘密であり、秘密裏に作られているというファンクラブ(年会費無料、ただしスターズとして性を尽くして働くこと)の会員はスターズの実に七割に上るという噂まであるぐらいだ。

 

「エンケラドスだけじゃありません! 皆ほとんどが成人して子供がいる人もいるでしょうに、(ハイ)(・スク)(ール)と変わらない年齢の総隊長に欲情して恥ずかしくないのですか!?嘆かわしい!」

『准尉!私は邪な気持ちではなく、妹を応援する姉のような気持ちで影ながら支えているのであり……』

「そういうことを言っているのではありませんプロメテウス!」

『しかし准尉!今の我々の幸せは姫君(プリンセス)の笑顔を見守り、寝る前に姫君(プリンセス)のプロマイドを見ることでありまして、その為に国を守っていると言っても過言ではありません!』

「過言です! っていうかプロマイドってなんですか!?」

『ファンクラブ(非公式)の会員宛に週に一度送られてくるものであります! 女子寄宿舎の会員が許可を得て撮っているものです!盗撮ではありません!』

「それが配られることを総隊長が知らなければ立派な犯罪ですよ!!」

『落ち着いてください、部隊長』

「ミシェル……」

 

貴方だけが最後の砦だ、と込めた願いは、すぐに裏切られることとなった。

 

『アンジーちゃんがスターズに入隊した3年前から、脱走兵の数が八割減したというデータもあったりします。それだけ皆に愛されているということではないでしょうか』

「黙って下さいミシェル!貴方もですか!?マーキュリー・セカンドである貴方も!? 大体なんですか"アンジーちゃん"とは!? 今は任務中で、彼女は監視対象の一人です!!」

『『『『しかし、彼女は我々のアイドルです!』』』』

「総隊長です!!!」

 

USNA軍統合参謀本部直属、魔法師部隊スターズ。

今日も元気に、総隊長(アイドル)の追っかけやってます。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その頃、件のリーナは。

 

「————!?」

「リーナ、どうしたの?」

「なんでもない。ただちょっと、寒気がしたような気がしたから」

「風邪かなぁ? ちょっとゴメンね……」

 

テンプレ通りに、イチャイチャとデートを楽しんでいた。

額に手を当てて体温を測られるなど、少女マンガでしか見たことないような展開に少し血の巡りが良くなった気がする。むしろこの程度で済んでいるのは、ナギの性格はこういうものなのだと少し慣れ始めてきた結果だ。

 

「うーん……少し熱いけど、熱はなさそうだね」

「大丈夫よ、ナギは大袈裟なんだから」

「あはは……心配にもなるよ。朝、あんな格好だったら……ねぇ?」

 

ボクの所為なんだけど、と自嘲気味に笑うナギと、少し思い出してまた頬が薄く色づくリーナ。

また気まずい(あまい)空気が流れそうになったが、しかし、今は街中を歩いているのだ。変える話題には事欠かない。

 

「あ、着いたわよ」

「ここが?」

「そうよ、知り合いにランチに良いって勧められたカフェ。なんでも退役軍人がやってるらしくて、お客も軍に勤めてる人が多くて比較的安全なんですって」

 

今、東海岸の治安は、徐々にではあるが日に日に悪化の一途を辿っている。俗に人間主義者と呼ばれるものたちによる魔法師排斥運動が強くなっていっているためであり、USNAの現代魔法学の中心であり近々魔法競技の国際大会も開催されるボストンは、今やいつ火が点いてもおかしくない状況だ。

もちろん、USNA政府も街中に軍や警察を配備したりすることで対策に乗り出してはいるのだが、まだ大会まで2週間近くある中では、予算などの都合上どうしても警備が緩くなっている部分が出てしまう。過激派としてブラックリスト入りしている人間主義運動の幹部もやって来ているという噂もあるぐらいだし、少しでもリスクを避けるのは賢明な判断と言えた。

 

扉を開けて、二人は中に入る。そして、その光景に目を奪われた。

木製の内装が暖かみを醸し出し、落ち着いたBGMが心安らぐ空間を演出する。

USNAというよりもナギ()の前()世の()故郷()にありそうな、古き良き喫茶店がここにはあった。

 

「懐かしいね、なんとなく」

「ええ、一度も来たことないのにそう思っちゃうのはなんでかしら」

 

寒冷期や森林伐採の制限などの影響で、今の世の中では木材の値段が高騰している。それをここまでふんだんに使うとなると、今の時代ではなかなかお目にかかれるものではなかった。

 

そんな風に、珍しいが懐かしい空間に二人が心奪われていると、奥の座席の女性が立ち上がり、驚いた表情でこちらを見つめてきた。

 

「あっれーー? ナギ君じゃん!!」

 

リーナは首を捻りどこか不満げに、ナギは目を見開いて驚いたように、その女性を見る。

後ろで跳ねるように纏められた赤毛に、快活そうな雰囲気。ワイシャツとスラックスというラフにも見えながらも最低限どこでも通用する格好。そしてこちらも今の時代はなかなか見ない、首から下げたコンパクトカメラ。

 

「あ、赤水さん!?」

 

そう。ここで彼らを待っていたのは、フリー魔法ジャーナリスト、赤水さくらとの遭遇だった。




今日の星座。

ペルセウスはギリシャ神話の英雄の一人であり、女怪メドゥーサ退治やアンドロメダ姫との結婚などで知られています。
ペルセウス座はメドゥーサ退治の様子を模しており、その左手にはメドゥーサの生首を掲げているとされます。この魔瞳と視線を合わせるとたちまち石に変えられてしまうとされ、古くから魔除けなどにもあしらわれました。


登場、魔法記者! 大スクープをすっぱ抜きだーーッ!!
ちなみに、『赤水』という苗字の方は日本には居ないそうです。ありそうな感じなんですけどね。

次の話は、ネタバレ防止のため四話ぐらいの同時更新になります。だいぶ時間が空くかもしれませんが、お待ちください。

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