九校戦9日目。
前日に新人戦が終わり、本戦残り二種目が行われた日だ。
『行われる』ではなく『行われた』と言っているのは、真実それが過去の話だからだ。今は日も沈み、時計も夕食時に相応しい時間を指し示している。
朝の時点で、現在1位の一高と現在3位の三高の得点差は20pt。本日の成績によっては最終日を待たずして一高の優勝が決まるとあり、会場内は熱気が渦巻いていた。
しかし、それでは面白くない者たちがいた。
否、自業自得とはいえ、それでは人生を閉ざしてしまう者たちがいた。
度重なる妨害に失敗し、もはや窮地に追い込まれた彼らには良識というものなど欠片もなく。冷徹かつ残酷に、手を出せる全ての試合で可能な限りの妨害を行うよう手配した。
結果、第一高校ミラージ・バット代表の一人で本戦バトル・ボード三位の小早川景子の魔法が不発。地上10m以上から落下する事故になった。
不幸中の幸いか、ナギの警告で妨害を強く警戒していたこともあり、完全に魔法力を失うには至らなかった。しかし、それでも一時的に精神が不安定になり、彼女は棄権を余儀なくされた。
……だが、結果は『それだけ』だった。
ミラージ・バットに出場する深雪ともう一人も、十文字たちモノリス・コード代表も、他には一つの妨害も受けなかった。
その立役者は達也だ。
達也は、前日のミーティングで度重なる妨害の多くがCADの故障によるものを指摘。自身でも警戒を怠らず、結果、深雪の使うCADに細工をした大会委員を、現行犯で取り押さえることに成功する。
また、その場に九島烈が居合わせたこともあり、達也の行動の正当性が証明され、妨害に関係していない大会委員が次がないよう警戒を強めたため、他に潜り込んでいたスパイの活動を防止したのだ。
尤も、妨害の指示がそれだけだったわけではない。
無頭竜は、電子機器を故障させる精霊魔法『
……しかし、それは叶わなかった。
とはいえ、それは最早達也には関係なかった。知らなかったこともあるが、知っていたとしても無視を決め込んでいただろう。
今、達也の感情を占めるのは、逆鱗に触れられたような、燃え上がるような怒りだけ。
——深雪に手を出した。
理由など、それだけで良かった。それだけが重要で、それ以外など瑣末なことだった。
例えそれが未遂であろうと、達也の思考を染めるには十分すぎることだった。
—◇■◇■◇—
夜。適当な理由をつけて食事会を抜け出した達也は、ホテルの敷地を抜け出して基地の士官が使う駐車場へと来ていた。そのうちの一台に歩み寄ると、手をかける前に扉が開かれた。
「お待たせしました」
「あら、天才エンジニアのお出ましね。いいの、友達のところにいなくて?」
「疲れて寝ていることになってますから」
中にいたのは、二十代半ばほどの女性だ。とはいえ、逢い引きなどではない。
彼女の名は藤林響子。達也も所属する独立魔法大隊の女性士官で、階級は少尉。
「相変わらず冷めてるわね。妹が優勝したんだから、普通の高校生ならもう少し浮かれてるわよ?」
「自分が普通じゃないのは自覚しています。それで、どうでしたか?」
拙速に本題に入る達也に藤林は肩を竦めると、車に搭載されているディスプレイを指し示した。
「見つけたわ。ここね」
「ここですか……」
映し出されていたのは、中華街のある地点にマーカーが付けられたマップだった。達也がそのマーカーをタップすると、建物の詳細な図面が表示される。抹消されているはずの隠し部屋のデータも含めてだ。
「さすがですね」
「そうでもなかったわよ。今回は珍しく上からのバックアップがあったから出来たけど、いつもみたいにやってたらもっと時間がかかったわね」
「メンツの問題か、もしくは公安や国際警察に借りを作れると考えたのでしょう。それに、『人形使い』に先を越されるわけには行きませんから」
『人形使い』が襲っている裏組織の交友関係などを考えると、まず間違いなく無頭竜が最終的な狙いだと推測される。特にここ数日活動が活発化しているようで、本丸へ辿り着くのも時間の問題だとみられている。
警察や公安も負けじと行動しているようだが、今のところ全て後手に回っている状況だ。この状況なら、無頭竜の本拠地の情報には政治的にも交渉カード的にも、もちろん値段的にも高い価値がある。藤林のバックアップをしたのも、それに値するだけの価値があると判断したためだろう。
「じゃあ、時間もないし向かおうかしらね」
「ええ。竜狩りの時間です」
動き出した大型電動車は、静かすぎるほどに音を立てず夜の暗がりへと消えていった。
◇ ◇ ◇
同時刻。
正史なら、まだ彼らは諦めてはいなかったはずだ。深雪のミラージ・バット優勝により、最終日を前にして一高と三高の点差は70ptに広がっている。だがこの点差なら、翌日のモノリス・コードの準決勝で一高を『敗退』させ四位にすれば、まだ三高にも逆転の目はある。
しかし、十師族を擁する一高チームを脱落させるには、電子金蚕などの直接的な妨害が必要だ。そして、つい先ほど、それらの手を使うことが不可能になったのだ。
「くそ!大会委員め、思っていたより動きが早い!」
「明日さえ乗り切れれば良かったものを。まさか半日で洗い出されるとはな」
深雪に手を出そうとした内通者は達也に捕らえられた。だが、スパイはそいつだけではない。大会委員の内部にはまだ多くの手の者がいた。その者たちに指示を出せば、一高チームを棄権へと追いやることも簡単だと踏めるほどには。
しかし、今回ばかりは相手が悪かった。大会委員ではなく、手を出そうとした相手が。
当主代理の十文字克人。
真由美経由で七草弘一。
将輝経由で一条剛毅。
さらに達也の捕り物に居合わせた九島烈。
実に十師族のうち四家が、相次いで今回の問題に対する早急な調査を要求し、師補も含めた他の二十四家や多くの百家もそれを支持した。さすがに国防軍主体の大会委員といえども内容が内容だったため無視できず、わずか半日ばかりで内通者の大半を炙り出したのだ。
焦りを浮かべ、不当な苛立ちに拳を握りしめる幹部たちを目の前に、東日本支部の実質的なトップが口を開いた。
「まあ待て、落ち着くのだ」
「ダグラス」
「この国の魔法師に対する復讐は後でどうにでもなる。今の問題は、如何にボスに気付かれずに身を隠せるかだ」
目の前に迫る命の危機を思い出したのか、悪態によって止まりかけていた動きが元に戻る。撤退作業と並行しながら、ジェームス=
「逃げるのは構わんが、その後どうするのだ? 組織の力は強大だ、いつまでも逃げ切るのは不可能だぞ」
「そこは考えてある。まず、南へ向かい身を隠し、ほとぼりが冷めた頃を見計らって再びこの国へと戻る」
「戻ってどうする」
「戦果を上げるのだ。できることなら十師族の直系が好ましいが、今回の新人戦で煮え湯を飲まされたあの二人でも充分だろう。それでこの国の力は確実に削がれる。そうなれば、ボスも今回の失態を帳消しにしてくれるだろう」
「なるほど。司波達也と『最若』の首を対価として献上するわけか」
伊達に組織に長く勤め、ボスの右腕の一人の呼ばれているわけではない。そう他の幹部は尊敬した。こうした不慮の事態で、どれだけ綿密に新たな計画を練れるかが、裏社会で生き残っていくコツなのだろう。
冷静に重要書類を束ねる男に一種の憧憬を抱きながら、幹部たちも手早く必要なものを纏めようと、手を伸ばしたその時、——
「——ふ、面白い計画だな。頭がない竜にしてはよく考えているじゃないか」
——美しく、妖艶で、だがどこまでも
幹部の動きが止まる。
部屋の奥、死角となる暗がり。そこから、金色の髪を靡かせて、あまりに女の理想的すぎるスタイルの女性が現れる。
危機感。
この女は何者だとか、誰も居るはずのない部屋の奥からどうやって現れたとかよりも先に、幹部たちの背筋を駆け抜けたのはそれだった。
濃密な死の恐怖。
圧倒的な絶望。
底の見えない、深遠なる闇。
漠然としたイメージながらも、忌避すべき存在だということは生物の本能が訴えてくる。
その感覚に逆らわず、逆らおうという考えすら浮かばず、壁際に控える
「十四号——」
「させると思うか?」
無慈悲に、冷酷に。
乾いた指の音が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
達也と藤林が横浜ベイヒルズタワーに着いたのは、短針が頂点を回る少し前だった。
眼下に望む
今世紀初頭は『港の見える丘公園』と呼ばれた土地に建つこの三棟一体の建造物は、ホテルや様々な商店や企業、テレビ局なども入る大型複合施設という『建前』になっている。だが、日本魔法協会の関東支部や、表向きは民間企業に偽装した国防海軍と海上警察のオフィスがあるなど、その実態は日本政府による東京湾の監視拠点といってもいい。
しかし、そんな施設を何てこともないようにハッキングし、藤林は監視カメラも電子ロックも無力化していく。そのまま五秒も立ち止まることなく、達也たちは北翼タワーの屋上に辿り着いた。
「奴らの拠点は……あそこですね」
「ええ。ちょっと待って……よし、掌握完了。無線は全部こっちに繋げたわよ」
「流石ですね。有線は真田大尉によって無力化済みでしたか?」
「ええ。これで敵はどこにも連絡できない。これより作戦を開始します」
独立魔法大隊のオペレーター的役割を持つ藤林の合図を聞き、達也は左脇のショルダーホルスターからロングタイプのCADを取り出す。
『トライデント』。人体を構成元素単位まで分解する同名魔法の起動式を内蔵したCADを、およそ1km離れた無頭竜の拠点へと向け——
「————」
体を捻り、藤林の方へと構え直した。
「た、達也、くん……? 何してるの、目標は逆——」
「出てこい、隠れても無駄だ」
必死の魔法を放つ銃口に狼狽する藤林を無視し、達也はその背後、ちょうど機械の影になっている場所に向けて声を発した。
達也もその例外ではなく、自身が潰れないよう、本能的に情報の取得に制限をかけている。深雪の情報は刹那の開きもなく観測し続けているが、それ以外となると、自身が取得しようとした情報か、もしくは達也自身か深雪に向けて因果を繋げている相手のみとなる。
例えばそれは、自身に強い悪意を向けている相手だったり、深雪を傷つけかねない物体だったり——
——
「ほう。この私の隠業を見破るとは、中々いい眼をしている」
現れたのは、女だった。
顔立ちは欧州系。金糸のような長髪に、モデル顔負けに整ったパーツ。スラリとした長身で、黄金率を体現したかのようなグラマーな体型を、教師のようなワイシャツとタイトスカートで包んでいる。
身内贔屓が激しい達也をしてもこちらに軍配を上げざるをえないほど、完成された美しさを誇っている。深雪が『人の身で持ち得る美しさ』だとするなら、この美女は『人が理想とする美しさ』と言ったところか。声に振り返った藤林ですら、口を開けて固まるぐらいだ。
と、達也が相手を観察し終えたその時。女は達也から視線を外し、藤林の方を向いた。
「看破した褒美は、看破した者だけの特権だ。悪いが眠っててもらうぞ」
そう呟くと同時、藤林の体から力が抜け、その場に倒れこむ。呼吸はある、死んだわけではない。単に
(魔眼……それも光波振動系の紛い物ではなく、精神干渉系の本物か)
藤林が倒れた時、達也の『視界』には何も映らなかった。逆に言えば、その現象はイデアを介したものではないということである。そして、
「……っ!」
一瞬の間、魔法の解析に気を取られていた為か、それとも万全の状態でも防げなかったか。耳につけた通信端末に冷気を感じた瞬間、通信が途切れノイズで満たされる。内部を凍結され破壊されたのだと、一瞬遅れて気がついた。
見れば藤林の端末も壊されている。ここでの会話を他の人間には聞かれないようにするためだろう。
「さて。この私の存在を見破った特権だ。なんでも一つ、質問を聞いてやろう。もっとも、それに答えるかどうかまでは約束しかねるがな」
果たしてその予想は正しく、女は達也と会話をする気のようだった。襲いかかるわけでも殺しに来るわけでもないが、その不遜な態度こそ相応しいと感じたのは、達也がすでに女の正体を掴んでいるからか。
「これは質問ではなく要求だが。会話をするというのなら変装を解くのが礼儀だろう『
「……ほう?」
女——エヴァンジェリンの目が変わった。
「よく私の名が分かったな。小僧、たしか司波達也とかいったか?」
美女の輪郭が解け、一秒を待たずして可憐な少女の姿になる。それでも百人が百人、美少女——もしくは美幼女—と答えるであろう見た目には違いなかったが。
「あれだけ堂々と人形を使って、ましてやその関係者最有力候補のナギが
もっとも、確証を掴んでいるのは俺だけだ。他の人間はそんな御伽噺染みた考えなど、一笑に付しているだろうがな」
腕を組むエヴァンジェリンは、達也の言葉に眉を吊りあげる。
「なぜだ? 貴様もどこぞの組織の一員なら、情報の秘匿がどれだけ重い罪かは知っているだろう?」
「知っているが、俺にとってより優先すべき対象が『平和な学校生活』ということだ。口を滑らして、余計な火種など撒きたくはない。それはそちらも同じだろう?」
「……なるほど、互いに他言無用だということだな? いいだろう」
これにて交渉成立。となれば武器など不要と、達也はCADを仕舞った。無謀すぎるように見える行動だが、こと
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの伝承として、『女子供は殺さない』というのがある。その確証は藤林を『眠らせただけ』で放置した点から得られているし、達也に対して『小僧』という呼称を使ったことから彼女にとって子供のカテゴリーに入っていることは分かるのだ。ならば、殺し合いになる確率は極めて低いと推測できる。
「さて。今までのは『要求』だったな。質問に答えると言ってしまった以上、聞かれないとこちらも困るわけだが?」
エヴァンジェリンも
とはいえ、達也としてはエヴァンジェリンに関して問いただす必要がある疑問はない。ナギとの関係も、深雪に害が及ばないのなら別に気にすることではないからだ。
よって、その権利を非常に実益的な質問に使うことにした。
「なら質問だ。
「……そんなものに使っていいのか? これでも数百年分の叡智は重ねているんだぞ?
……まあいい、貴様にも貴様なりの考えがあるのだろう」
そうだな、と言葉を選ぶように呟き、ニヤリとイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「直接見たほうが早いだろう。連れて行ってやる」
「は?」
パチンと指を鳴らす。一瞬何事かと思ったが、足が地面に
「転移、だと——!?」
それは、達也の『眼』から見て異常に尽きた。
達也の足元の影を起点に、達也側の平面領域をA、地面側の平面領域をA'とする。同様に、アジト内の天井にある影のうち、天井側をB、室内側をB'とする。あとは、A'にB'の、B'にA'の空間情報を
たがそれは、言うに易し行うに難し。『AとA'は繋がっている』という情報は残し、『A以外のA'と隣接している空間』の情報は『B以外のB'と隣接している空間』という情報へ書き換えなければならない。しかも、僅かでも情報が欠けたり矛盾したりすれば、たちまち修正力によって霧散してしまうだろう。
全情報コピーですら達也の『再生』レベルの魔法なのに、その上適切な情報のみを書き換えるとなると、もはや人間業ではない。いくら『眼』で原理を理解できたとして達也には決して真似できない技だ。もちろん、それは深雪にも、そして他の魔法師全てにも言えることであるが。
「コレが経験の差だよ。たかだか百年足らずのお前たちに出来ないからといって、その数倍を生きたこの私に出来ないとは限らないだろう?」
だが、それを行っているのは人間ではない。ならばこんな離れ業も可能なのだろうと、影に沈みゆく達也は着地の姿勢をとった。
「ぐっ」
ドサッという音と共に床へと着地した達也の目に入ってきたのは、豪華絢爛に装飾された大陸様式の部屋だった。今は様々なモノが散乱しているせいで乱雑な印象を受けるが、普段ならこの部屋は高級感あふれる場所だということは推測できる。
次に感じたのは、湿気と匂いだった。夏ということを考えれば湿度があっても不思議ではないが、それにしても高すぎる。それに、この匂いは……
「汗、それに尿か?」
立ち上がって見てみると、十人に満たないぐらいの男たちが、ある者は床にへたり込み、ある者は壁にもたれ、ある者は力なく倒れこんでいる。
共通して言えるのは、皆一様に目を見開き、恐怖と絶望に染まった表情で、全身をグッショリと濡らしていることだけだ。
「どういう状況だ、これは」
「悪夢を見ているのさ、終わらない悪夢を」
背後から聞こえた声に振り返ると、予想通りの
「悪夢?」
「ああ。夢の中で私に何度も何度も嬲り殺されて、その度に生き返る。その繰り返しだよ。ざっと一万回ほど繰り返せば解けるだろうが、体験してみるか?」
「……いや、遠慮しておこう」
さすがの達也と言えど、一万回も連続で殺されては正気を保っている自信はない。まだ一息に殺してしまった方が良心的だとすら思える仕打ちに、跡形もなく消すつもりだった達也も溜飲を下げる。もっとも、もう一つの目的もあったのだが……
「俺達としてはこいつらのボスの情報を聞き出したかったところだが、出来るのか?」
「人格が崩壊しようとも知識は残る。エピソード記憶と意味記憶、手続き記憶とかいうやつの違いだな。喋れて図体がデカイだけの赤ん坊と変わらないから、むしろ色々と聞き出したいのなら好都合のはずだ。そこの
少女が指差す方向を見てみると、装飾と思っていた透明な柱の中に人間の姿を確認できた。水晶ではなく、氷の塊だったようだ。
「
「一度死体にして肉体を加工し、その後器の中に魂を込め直して使役する外道の術だ。地域によってはゾンビだとかキョンシーとも言うな。昔は人形使いの一種だとか言われていたが、私に言わせれば同じにするなと言いたいところだ」
達也がその言葉を理解するのに、実に五秒もの時間を有した。
それだけ衝撃的で、それだけ起きてはならないことだった。
「……なんだ、それは……!」
達也は、深雪が絡んでいないにしては珍しく、明らかな怒りの表情を見せる。
それだけ、この術は人道に反しすぎていた。死後になってまで誰かの意思で使役されるなど、死者に対する冒涜以外の何物でもない。
『枷』を大いに揺さぶり漏れ出すほど、その怒りは強烈だった。
「こいつらはほぼ魂が死んでいるせいで、いくら幻術に嵌めようとしても掛からんかった。諦めて冷凍したが、コールドスリープに近いから氷を剥がして温めてやれば復活するだろう。調べたければ好きにしろ」
「術者は消していいんだな?」
「当たり前だ。むしろ、この世からこの魔法は根絶やしにしろ。私は制約の問題で自由に動けん、貴様から上司とやらにも言っておけ」
操り人形にされた死者を、いや、その術者を想起してか、少女の目には強い怒りと嫌悪が燃えていた。悪の魔法使いと呼ばれようと人道は理解できるのだな、と同じ感情を抱く達也はエヴァンジェリンに対する評価を変えた。
そして、五秒ほど経った後、嫌悪感を抱かせるオブジェを一刻も早く視界から外したいのか、少女は再び影を使った転移を展開する。今度は達也は置いていくようだが。
「ではな。一つ言っておくが、もし私のことを話したなら、貴様も貴様の妹もただでは済まんぞ。魔物と契約を結ぶということはそういうことだ」
「ああ。誰に明かすつもりもない。俺のことを黙っていてくれるのならな」
「ふん。
そう言い残すと、少女は達也の前から姿を消した。
同時に、自分があの少女に心を許していたことに気づき、達也は微妙な表情になる。どこか他人の気がしなかったこともあるだろうが、案外良識のある人物(?)だったことが大きいだろう。
なんにせよ、収穫の多い時間だった。
深雪に手を出そうとした奴らを殺すことは叶わなかったが、死よりも辛い目にあっているのだから個人的には納得できる。欲を言うならば、自分の手で行いたかったところだが。
さらに、生きたまま『捕獲』したことで情報のロスがなかったことも大きい。これなら、公安にも大きな借りを作れるだろう。
そして、何より——
(誰だか知らないが、この術者だけは必ず殺す。この術は、これからの世界には必要のないものだ)
新たな敵の存在を強く確認し、達也は真田を呼びに部屋を後にした。
仕方ないんです、エリカとかレオに捕まって気の早い祝勝会に強制参加してたんですよ(言い訳)
あと一、二話で九校戦編は終了の予定です。
その後、アンケート①の返信を進めつつ、間章2「世界大会編〜迫り来る異邦の手(仮)〜」を書いていきます。
すみませんが、新章に入ったら私的な事情でだんだんペースが落ちるかもしれません。ですが、エタらないようには進めるので、どうぞ気長にお付き合いくださると幸いです。