第一高校本部テント。
仮眠を終えて足を踏み入れた達也とほのか、スバルの新人戦ミラージ・バット代表は、その張り詰めた空気に何かが起きたと確信した。
と、それと同時、達也たちに気づいた深雪と雫に近づいてくる。
「深雪、雫。何があった?」
「お兄様、それが……」
「第四高校の
「病院?!ナギくんたちは大丈夫なの!?」
「大丈夫だ……春原はな」
「委員長」
摩利が横から入り、安心をさせるようにほのかの肩に手を置く。だが、達也はその言葉の裏の意味を読み取った。
「ナギは。ということは、森崎たちは無事ではないんですね?」
「……ああ、まだICUにいる。命に別条はないようだが、魔法治療込みでも全治まで十日間はかかるそうだ。丸二日から三日はベッドの上から動けないと見るしかない。
春原の方は、見た目は怪我一つないが、一応巻き込まれてはいるからな。明日まで病院で様子見だ。真由美もあっちに付いている」
「……ナギが無事なのはナギだからとして、その状況を起こす魔法なら殺傷性ランクAはあるはずです。何があったんですか?」
達也は、再度同じ問いかけをする。だが、そこに込められた意味は違うものだった。
「破城槌だよ。廃ビルの中で開始直後に食らったんだ」
「……それは……屋内に人がいる状況での破城槌は、文句なしの殺傷性ランクAです。
「ああ。四高代表は、軍に捕まって事情を聞かれているようだ。加えて、電波には乗っていなかったが春原が事前の知覚魔法の使用も察知していてな。悪質なルール違反として、以降の試合は不戦敗だ」
こっちもどうなるか、と呟き、摩利は舌打ちをする。
その言葉に、達也は首を捻った。
「ウチは棄権にはなってないんですか?」
「一応、前例のない悪質な行為、という事だからな。こちらは被害者なんだからと、明日に試合を回す事は取り付けられた。ただ……」
「……選手の交代は認められない、ですか?」
モノリス・コードのルールでは、負傷者が出て試合に出場できなくなった場合でも、選手の交代は認められていない。他の競技とは違い、
「ああ。不謹慎なのは分かっているが、全員が続行不可能になっていれば、まだ前例がない事を理由に変更できた可能性はあったんだがな……。
春原はあくまで医者命令での様子見だ。容体が急変でもしない限り、戦闘続行は可能だと判断されるだろうな」
「つまり、これ以降の試合はナギ一人で戦わなければいけない。そういう事ですか」
「そんな!無茶ですよ!?いくらナギくんでも三対一だなんて!!」
「それは私達全員の総意だ。特に、春原個人はモノリス・コードのレギュレーションでは戦闘力が低い。単独で出場しても勝ち目は薄いだろう。
そう考えて、今も十文字が交渉しているが……」
歯切れの悪い言葉に、達也たちは現状を察した。つまり、雲行きは限りなく怪しいのだろう。
「それよりも。達也くんには後で頼みたい事がある。もちろん、ミラージが終わってからでいいが……」
「事故の解析、ですよね?」
「ああ。……そうだな、先に概要だけ説明しておくか。こいつを見てくれ」
摩利は一台の携帯端末——今世紀初頭ではノートパソコンと呼ばれていたタイプだ——を引き寄せ、ある映像を流す。それは、どうやらビルの一室の様子を録画したものらしかった。
「監視用兼中継用カメラの映像だ。春原が窓から飛び出した直後、この部屋の五階上の天井に破城槌が投射された」
「この映像からは分かりませんが……それがどうかしたんですか?」
「ちょっと待て……ここからだ」
スロー再生に切り替わる。
天井に罅が入り、森崎たちの表情に恐怖が浮かぶ中、窓から砲弾のように何かが突っ込んできた。それは、減速せずに床へと直撃し、天井の崩落と同時に床を破壊する。
「これは?」
「さらにスローにすると分かるが、春原だ。上からの瓦礫にただ押し潰されるよりも、先に落下させ始めて少しでも相対速度を下げるため……だろうな」
「それに、床という固定された場所と挟まれるよりも、空中で瓦礫に包まれた方が少しはマシだと考えられますね。五十歩百歩ですが、それが生死を分けたかもしれません。
それで、調べて欲しい事とは?」
「この映像を見て、五十里や中条はヘルメットの防護機能、つまり、上から一定以上の質量を持つ物体が降ってきたときに自動発動するはずの加重軽減魔法が発動していない可能性を指摘した。その裏付けが欲しいとの事だ」
言われて、達也はもう一度映像を見直す。今度は床ではなく、上の天井の動きを注視して。
「……たしかに、瓦礫に魔法特有の不連続性は感じられませんでしたね。ですが、可能性こそ低いもののポリヒドラ・ハンドルのような魔法が使われていたなら、見た目上の運動は自然なものになることもあり得ますが?」
「それは分かっている。今、中条は
「なるほど。ポリヒドラ・ハンドル系列の判断なら、
「引き受けてくれるか?」
「はい。まずは、二人を勝たせてからですが」
「ああ。それでいい」
摩利は一つ頷くと、ポケットから端末を取り出してどこかに連絡を取り始めた。会話の内容から察すると、どうやらグループ会話で複数人と同時に連絡を取り合っているらしい。
とはいえ、今、達也には他にするべき事がある。そちらを疎かにするのは、事故にあった三人に対して申し訳が立たないだろう。
「ほのか、スバル。確かに事故は悲惨だったが、委員長たちが命に問題はないと言っている以上、俺たちは切り替えていこう。
あの三人が戻ってきたときに『お前たちのせいで負けたんだ』、なんて言わない為にも、必ずワンツーフィニッシュを取るぞ」
「……ハイッ!」
「そうだね。僕たちに出来るのは、勝って、三人に負い目を与えないことだけだ」
——だが、終ぞ達也たち三人は気が付かなかった。
——『ナギ』の名が出たとき、彼と関わりの薄い一部の生徒が、恐怖の表情を浮かべていた事に。
—◇■◇■◇—
さて。その当人であるナギだが、与えられた病室には姿がなかった。
かといって、院内を探索しているわけでも、ICUにいる仲間のところに居るわけでもない。
そもそもの話、真由美とともに
—◇■◇■◇—
「
もはや巨大な光の柱としか見えない、幾条もの豪雷が天から降り注ぐ。
それらは木々を薙ぎ倒し、大地を抉り、地盤を融かす。
天災と呼ぶのすら躊躇うほどの、例えるなら、そう、まさしく雷の到達点。
そして、そんな光景を……真由美は山の頂上から、遠い目で見ていた。
「…………ナギくん、荒れてるわねぇ」
「いやいやいや!荒れてるのはウチの世界やで!? いくら指先一つで元通りっちゅーても、無限プチプチ的なストレス発散に使わんといてぇな!」
涙目で破壊されていく大地を指差し訴えてるのは、この世界の主、木花咲耶姫。自称コノカ様。
真由美は、持ってきたペットボトルを一口含むと、ジトッとした目で女神を睨む。
「ナギくんもストレス発散できて満足、私もナギくんが辛いものを抱え込まなくて満足。ほら、何も問題ないじゃない」
「大有りやで!?ウチには大迷惑や!」
「……自分からここを提供したくせに」
ジトッとした目力が強くなり、コノカは冷や汗をダラダラとかきながら、ポツリとつぶやいた。
「だって、あのときのナギくん、すっごい怖かったんやもん……。
ウチは神様とはいえ戦えんし、あのまま放置しとったら
「……この状況見てると、あながちあり得ないとも言えないのが辛いわね……」
『——黒龍来迎×2ッ!!!』
遠くで、黒い雷が落ちる。それも同時に二つであり、人(?)一人の破壊の結果と言うよりも、1年分の天変地異をこの場所に濃縮したと言われた方が納得できるような有様だった。
「まあ、元気出しなさいよ。ほら、今度ウチの学校に分社を建てるって計画あるから、それについて話しましょう?」
「うう、ひどい、ひどすぎるで。久し振りの出番やのにこない扱い……仮にも神様に失礼やろ……バチ当たりや……」
「……出番って何?」
「あれ? コノカさんどうかしたんですか?」
横から聞こえた声に、少女二人が振り向く。どうやら、少し目を逸らしている間に戻ってきていたらしい。
「うん、まあ、きっと神様にも色々とあるのよ。私たちには分からないことが。
それで、どう? 少しはスッキリできた?」
「うん。本気の全力を出せたのなんて久し振りだしね、だいぶ落ち着いたよ。少し鈍ってたのが気になっちゃったけど」
「そ、そう……アレで鈍ってたのね……」
真由美の感覚が正しければ、国の一つや二つ軽く滅ぶような感じだったと思うのだが……
「ところで、やっぱりそのカッコがナギくんの本当の姿なの?」
「ん? んんー……あっちもあっちでボクなんだけど……。人としてはあっちで、魔物としてはこっち、かな?」
キチキチと硬い音が鳴る指……ではなく爪を見ながら、自分のことだというのに首を捻るナギ。本人として自覚が薄いというか、どちらも自分だと思っているから人目以外を気にしていないのだ。
「ふーん……? どれどれ〜?」
「へ? うひゃっ?!」
「……意外と柔らかいわね、見た目こんなに硬そうなのに。でも、すべすべして気持ちいい〜〜!」
「な、なんで尻尾?! って、んっ!」
「自分が持ってないものが羨ましくなるのが人なのよ。
だいたい、この爪どうなってるの? こんなに大きくて硬くて黒いもの、握ったら刺さっちゃうでしょ」
「そ、それは、きゃうっ?!」
「あら?尻尾の付け根が弱いのね……うふふ」
「あ、あくどい笑み……うわぁあああっ?!」
キャイキャイと、努めていつも通りの行動をしようとする真由美。だが、彼女もそれに気がついていた。
確かに、触れるだけで暴発しそうな、張り詰めた雰囲気は薄くなった。
しかし、未だナギの目の奥に、
おそらく、今のナギは、勝つためならあらゆる行動を辞さないだろう。
あくまで"試合に勝つ"ためだから、反則を取られる行動はしない。だが、反則にさえならなければ、それがたとえ自らに禁じた行為だろうとしてみせるはずだ。
そして。優勝した先には……
「ねぇ、ナギくん?」
「あ、はははっ! な、何?!」
「……っ、」
尻尾を弄んでいた手を離し、華奢のようで鍛え上げられている背中に顔を埋める。
恐怖に震える手を隠すように、回した身体の前面で、ギュッと硬く握った。
「ちゃんと、帰ってくるのよ?」
真由美は、ナギの人間離れした力に怯えているのではない。それはとうの昔に知っていて、それを受け入れて愛することに決めたのだから。
真由美が怯えているのは、ナギが、このままどこか遠くに行ってしまいそうだったから。
独りでどこまでも抱え込む性格だとは知っていたが、今回、あの時の表情を見て、痛感した。
——
——道を踏み外そうとした時。誰かを大切に思うが故に消えようとした時。それでもなお引き止められるだけの、強い
まだ、自分はその立ち位置には居ない。鎖の一つには成れていても、動きを止められるだけの強さはない。
大切に思ってくれていることは確かだが、寿命
あの目を見て、そうだと分かってしまった。
それは、真由美にとって、とても不本意なことだ。
だから…………
「……好きよ、愛してるわ。未来永劫、ずっと先まで。
だから……お願いだから、必ず、私の側に帰ってきてね」
「…………うん。分かってる。今のボクの居場所は、真由美お姉ちゃんたちの側だから」
「…………」
——また、"
でも、——まだ、芽がないわけじゃない。
きっと、いつか。絶対に解けない
——だから。"今は"、——
腕の下を潜るように、真由美はナギの正面に回り——
————これくらいは、してもいいでしょう?
燃える木々の放つ光が、一つの影を映し出していた。
◇ ◇ ◇
時は流れ………
◇ ◇ ◇
『第一高校代表対、第八高校代表! 予選第三試合——』
木々が生い茂る森林ステージの中、ぽっかりと空いた空間に佇むナギ。
——準備は万全。体調も良好。覚悟は……出来ていないわけがない。
その視線の先に、きっといるであろう対戦相手を見据えながら、ナギは胸に手を当てる。
——八つ当たりだとは分かっている。恨むべきも、叩くべき相手も彼らではないことも。
状況は一対三。大部分の魔法はルールによって封じられ、近づいて直接攻撃もできない。こちらに圧倒的に不利な状況。
——でも。だけど。それでも『勝つ』と約束したのだ。口先だけでも、確かに誓い合ったのだ。
だが。ポケットに入れた二人の
——ならば、負けるわけにはいかない。
その為なら、多少の理不尽だろうと押し通そう。無理を通して道理を打ち払おう。
ならば、負けるわけにはいかない。
彼らの為にも、再戦を誓ったライバルの為にも、そして、こんな自分を信じてくれる姉の為にも。
——さあ。準備はいいか、英雄候補生。お前たちが戦うのは——
さあ。全力で来い、強敵たち。君たちが戦うのは——
『試合、開始ィッ!!』
————掛け値なしの、
—◇■◇■◇—
九校戦7日目(新人戦4日目) 結果
・第一高校
ミラージ・バット優勝(光井ほのか):25pt
ミラージ・バット準優勝(里見スバル):15pt
・第三高校
ミラージ・バット第三位(
新人戦モノリス・コード 予選状況
第1位:第三高校(4戦4勝0敗)
第2位:第八高校(3戦3勝0敗、不戦勝1)
第3位:第九高校(4戦2勝2敗、二高に勝利)
第4位:第二高校(3戦2勝1敗、九高に敗北)
第5位:第一高校(2戦2勝0敗、失格勝ち1)
第6位:第六高校(4戦1勝0敗、五高に勝利)
第7位:第五高校(4戦1勝0敗、六高に敗北)
第8位:第七高校(4戦1勝0敗、不戦勝1)
第9位:第四高校(2戦0勝1敗1失格、以下棄権)
残り二試合(一高vs八高、一高vs二高)
予選上位4校が決勝リーグへ
累計成績
・第一位 : 第一高校……485pt
・第二位 : 第三高校……465pt
・第三位 : 第二高校……145pt
というわけで、竜も鼠も獅子もリストラです。ナギ一人に頑張ってもらいます。
ナギ「ん?何か忘れてるような……?」(ラブコメ中)
???「ええもん。ウチなんてだだっ広い庭持ってる便利なおねーさんポジションでええもん……出番あるだけマシやもん……」
※
九高と二高の成績が逆だったので修正