今回、ナギがキレます。ガチギレします。
かなり思考回路がヤバい方向へ飛ぶので違和感を持たれるかもしれませんが、これが私なりに考えた○○らしさです。
状況が状況なのでキャラ崩壊には当たらないと考えていますが、癇に障った方がいらっしゃいましたら先に謝っておきます。すみませんでした。
『
それを挙げるのは、そう難しいことではないだろう。
多数の強力な魔法を操れる。
歳に見合わない交渉力を持っている。
学力も、筆記でならトップクラス。
顔も性格も良く、芸能人として活躍している。
その他にも多くあるだろうが、一つ共通して言えるのは、多くの人間が、彼は凄い存在だと認識していることだ。
では逆に、そんな彼らに一つの質問をしてみよう。
『
もしもそう問われたなら、彼らは頭を悩ますことだろう。
表面上だけを見ていては、弱点などない、完璧な存在だと勘違いしてしまうほど、ナギは多くのことが出来るのだから。
……吉祥寺真紅郎は、その魔法の多くが物理攻撃、それも風と電気を操るものであることに
……一高の生徒なら、義理の姉に頭が上がらないのを思い浮かべるかもしれない。
……もしくはその真由美なら、多くを一人で抱え込む性格を挙げるだろう。
確かに、それらも一つの正解だ。その全てがナギにとって、ある種の弱点となっている。
だが、現在行われているモノリス・コードの一回戦において足を引っ張っているのは、そのどれでもなかった。
……春原凪の、いや、彼の扱う魔法の弱点。
……それは——威力が高すぎて、レギュレーションに多くの魔法が引っかかってしまう、ということだった。
—◇■◇■◇—
「
上空100mから、無数の弾幕が降り注ぐ。
そのどれもが、一発でも当たると動きを止められ魔法が使えなくなる、現代魔法師的には強力な魔法だ。
——だが残念なことに、この魔法に火力はない。
この岩場ステージのように、盾となる遮蔽物が多いと効力は1%も発揮できない。精々が、少し足止めできるぐらいだろう。
そして。今のナギには、その遮蔽物を壊す威力の魔法が使えない。正確には、そんな魔法を使ってしまったらレギュレーション違反を取られてしまう。直接改変に寄らず巨岩一つを壊す魔法は、人一人を殺すのに十分すぎる可能性があるためだ。
——だが、今の彼は、決して一人で戦っているわけではない。
——自分一人で勝てないのなら、仲間の力を借りればいいのだ。
(森崎くん。右前方60°、100m先に一人近づいてる。気をつけて)
(了解!返り討ちにする!)
(鷲輔くんは、そのまま右回りで背後に回り込んで。視線はボクが引き付けるから)
(わ、分かった)
一高一年、モノリス・コード代表チーム内でのナギの役割は、偵察と遊撃。
森林と市街地ステージを除き、ほぼ全てのステージは上空から見渡しやすい。空を飛べるということは、それだけで大きなアドバンテージになる。
そのうえ念話で情報共有まで出来るとなると、一高は圧倒的に優位に立てる。例えナギの戦闘能力の多くが封じられ、実質的にまともな直接戦闘が出来るのが二人だけだとは言ってもだ。
「ん? わっ、と!」
『チクショウ!当たらねぇ!』
また、実は現代魔法師は地対空攻撃を苦手としている。それは、多くの魔法師がその目で見た情報をもとに標的を照準しているためだ。
空中には、比較対象となる物体が存在しない。よく、上にある太陽と地平線にある太陽が同じ大きさだという話で驚くのと同じように、人は何かと比較しないと正確な大きさや距離は掴めないのだ。
ナギの前世の『魔法使い』は、弾幕を張ったり広範囲を巻き込むことで、多少の誤差を無視して攻撃するようになっていった。
だが、魔法師たちは飛行魔法に触れて日が浅い。そのような対処法など、まだまだ思い浮かぶ者は少なかった。
「ダメだよ。攻撃するのはいいけどすぐに隠れなきゃ——『石蛇』」
『なにっ!』
石蛇——岩石に精霊を取り憑かせ、石柱状の一定範囲を一体の擬似生命体と定義。それを操る精霊魔法の一種だ。
熟達した使用者——例えば彼の前世のライバルの一人のような——なら、地形変動レベルの大魔法になる。しかし、土属性の適性が低いナギにそこまでの力は出せない。
だが、今のように足に絡ませ、動きを止めるぐらいはできなくもない。
「クソッ、石が巻きついてッ!!」
「ま、別に気絶はさせてないけど……ヘルメットを脱がせば『戦闘不能』なんだよね」
かなり近くから聞こえた声に、七高の選手はギギギと上を向く。そこにあったのは、七高の校章が入ったヘルメットを手に持って、ぷらぷらとこちらに見せつけるナギの姿だった。
「へ、あ、いつの間に?!」
「いつの間に、って、上下移動するだけだよ? 空飛んでるから足音も障害物も関係ないし。
……じゃ、そういうことで!」
「あっ!待ちやがれ!」
後ろから何か叫ぶ相手を無視し——手を出したら七高の反則負けなので安心して無視できる——、再び上空100mに戻るナギ。
さて、と再度状況を確認しようとしたところで、試合終了のブザーが鳴った。どうやら、二人もほぼ同時に倒したようだった。
「んーー!! これでまずは勝ち星1。さ、次も頑張ろう!」
◇ ◇ ◇
『……………………』
横浜、某所。
無言が続く室内で最初に口を開いたのは、この場で最も権力がある男、ダグラス=
「……では、新人戦モノリス代表に"蚕"と"落盤"を使用する。異論はあるか?」
「……やはり、リスクが大きいのでは? 下手に使って気付かれては、最も重要な本戦で使用できなくなるぞ」
「だが、点差は僅かに10ptだ。このタイミングで追いつかれるのは士気的によろしくない、叩き潰す必要がある。
なに、要はバレなければ問題ないのだよ」
「では、モノリスだけにしてミラージで使わないのは何故だ? あちらは完全な一高優位だろう?」
「そちらは、強力な技術者が付いているために優位だからだ。例の男の知識量によっては発覚する可能性も否定できない。まだ様子を見るべきだ。
対してモノリスの方は、一番厄介な最若がCADをほぼ使わないのが面倒だが、少なくとも他の選手は無力化できる。流石に三対一ともなれば、一条含む三高はおろか予選突破ですら難しくなるだろう」
「そうなればこちらの思い通り。例えミラージで1、2位を独占されても、さらに10ptは引き離すことができるな」
「少々危険な橋ですが……ここは賭けに出るしかありませんな」
反対意見を述べていた男も、認めざるをえなくなったのだろう。静かに頷き、ダグラスに視線を送る。
「よし。これで決定とする。ジェームス、すぐにでも内通者に連絡を送れ」
「ハッ!」
命令を受け、ジェームス=
——それが、決して触れてはいけない悪魔の尻尾を鷲掴みにする行為だと、知ることもないまま。
◇ ◇ ◇
「市街地ステージ、ねぇ……」
10階建てのビルの中程の窓から周囲を見渡しながら——尤も、ガラスは入っていないただの枠組みなのだが——、ナギはポツリと呟いた。
ここは、ひどく見覚えがある光景にそっくりだった…………前の世界で心を痛めた、荒廃したスラム街の一角に。
結局、どうなったのかを見ることはできなかったなぁ、なんて思っていたら、背後から声をかけられた。どうやら聞き取られたらしい。
「どうした春原。まさか五十嵐みたいに緊張したとか言うんじゃないよな?」
「き、緊張はするだろ誰だって! 一高の看板背負ってるんだぞ!?」
「するにはするが、そこまでガチガチになったら逆効果だろう。適度に気を抜くのが良いんだよ、相手は最下位の四高だぞ?」
「ぐっ……そ、それはそうだけど!」
「それに、裏では
仲間割れ……のように見せかけた緊張を解くテクニックだ。森崎も、五十嵐鷲輔という緊張しやすい仲間のことをよく分かっているようだ。
その光景に頬を緩めた瞬間、ナギの背にぞわりとした予感が通り過ぎる。
「————ッ!?」
——見られている!
理屈ではなく、戦士としての直感でそれを感じ取った。
前世で魔法世界に行った時に巻き込まれたテロの時と同じ、時折こういった勘が働くことがある。どんな時でも分かるわけではないが、これを感じたらほぼ100%何かが起きる。ナギは経験則でそれを理解していた。
「森崎くん!鷲輔くん!誰かに見られてる!」
「見られてる、って、中継されているから当たり前だろ」
「違う!もっと、こう、敵意があるんだ!」
「……まさか、四高がフライングを!?」
「四高の一回戦は草原ステージだったから分からなかったが、たしかに感知系能力者が居る可能性もある……が、いくらなんでもそこまでするか? バレたら棄権になるかもしれないんだぞ?」
「それは……分かんないけど、確かに視線は感じるんだよ!」
ナギは窓から身を乗り出し、周囲を隈なく警戒する。
あと1分もしないうちに試合が始まるが、それまでこの部屋から出ることはできず、魔法も使えない。ルールという鎖で縛られた今、己の無力さを強く感じていた。
「……まあいいだろ、もうすぐ開始だ。位置バレ程度、最下位相手には丁度いいハンデだろ」
「でも、開始直後に魔法を使われたら……」
「なら情報強化を待機させておけ。投射さえしなければ、頭の中で組み立てておくのはルール違反じゃない。改変しない魔法ならCADなしでも今から間に合うだろ?」
「そ、そうだね……!」
「春原は外の警戒を頼む。窓から飛び出せるお前が適任だ」
「……わかった」
森崎の方針も悪くなく、また、自分は"魔法師として"は落第ギリギリだ。まだ悪い予感は拭えないが、ここは魔法師として優れている仲間の指示に従おうと、瞬動でいつでも飛び出せるように待機しておく。
——それが決定的なミスだと誰も気が付かないまま、試合開始を告げるブザーが鳴り渡った。
「勝つぞ!」
「おう!」
「……うん!」
開始と同時に、森崎と五十嵐は自分に情報強化を掛ける。それを横目に、ナギは窓からビルを飛び出し——
「——————」
——己の間違いを悟った。
それは、魔法力が弱いナギでも感じ取れるほど、強い魔法だった。
種類は加重系、効果時間は約1秒。
——効果対象は森崎たちがいる、ビルの
「も————ッ!!」
叫びを上げようとする口を、理性で閉ざす。
今必要なのは、状況の理解。そして、最適な対処に移ることだ。
思考だけ雷化したかのように引き伸ばされる世界の中、ナギは必死に頭を回転させる。
外に出たナギの目には、屋上の床が崩れ、さらにその下の階の床も巻き込んで落盤していく様子が映っている。このままだと、そう遠くない時間に、森崎たちは数十トンのコンクリートに押し潰されるのが確実だ。
既にナギは、虚空瞬動の体勢に入っている。瓦礫の山が落盤してくる前には、部屋に飛び戻ることも可能だろう。
(……でも、助け出せない!)
飛び込む時間はあるが、そこから飛び出る時間は残っていそうにない。
しかも運の悪いことに、中にいる二人の距離が離れている。これではどちらも救うことなど到底不可能だ。
千の雷を解放して雷化出来れば、まだ話は変わったかもしれない。
あるいは、五百柱ほどでもいいから光の矢を待機させておけば、落盤してくる瓦礫自体を吹き飛ばせただろう。
だが現実には、一つの遅延魔法も用意していなかった。
ルールに抵触するかもしれないから、と自己満足の為に禁じていたが故に、今、この瞬間、友人二人の命を危険にさらしてしまっている。
己への嫌悪感に全身の闇が疼く中、思考回路がショートするのではと感じるほどの一瞬にして永遠の葛藤の果てに、ナギは仲間がいる部屋へと飛び込んだ。
唇から血を流し、罪悪感で雫を漏らした、その顔で。
◇ ◇ ◇
轟音。
続く振動。
舞い上がる粉塵。
前日のナギの離れ業が子供のおままごとに見えるほど、その光景は見ている人間の心を凍結させた。
煙のカーテンの向こう、薄っすらと透けるそれは、崩れ落ちた瓦礫の山。
床が先に抜けだが為に、内側へと崩れ落ちた元廃ビルの総重量は、一体何百トンになることだろうか。
……少なくとも、中の人間の命が絶望的なのは、多くの人間が直感していた。
呆然と、一歩、二歩と画面に近づき。
真由美は、その場に膝から崩れ落ちた。
「ナ、ギ、くん…………ナギくん!!ねえナギくんッ!!返事をしてよッ!!!!」
「会長!!」
「鈴ちゃん!!ナギくんは無事なのよね!? アレはたちの悪い冗談か何かなのよね!!?? あはは、エイプリルフールって今日だっけ?!?!」
「会長!!しっかりしてください!!」
「おい真由美!!くそ!CADから手を離せッ!!!」
「くっ!市原と渡辺は七草を頼む!跡追い自殺なんかさせるな!!
女子は救急に連絡!手の空いている男子は俺について来い!すぐに瓦礫を
一般に、自分より混乱している人間を見ると、人は逆に冷静になると言う。
今回もその心理が働き、完全に混乱した真由美を見て、一高代表は冷静さを取り戻した。克人の一声で、各々が自分のCADへ手を伸ばす。
その瞬間。瓦礫の山が、
その衝撃で散らされるかのように、粉塵の幕が引き裂かれていく。
「ナギ、くん…………?」
そこに居たのは、不自然すぎるほどに傷一つない姿のナギだった。
「良、かったぁ……ホントに、ホントに良かったぁ…………」
「真由美?!おい!しっかりしろ!!」
「……大丈夫です、気を失っているだけかと」
「だが、まだ二人残っている。早く行かなくては——」
瞬間。先に倍する振動が富士演習場を襲った。
震源地は、ナギの右足。
中国拳法で『震脚』と呼ばれる踏み込みにより、大地を割り、その上に居座っている瓦礫の山を跳ね上げたと分かったのは、一体どれだけの人間だったろうか。
人間離れ、ではない。
絶対に人体の構造ではありえない光景に、それを表情一つ見せずに行う少年に。
それを見た全ての人間は、恐ろしいまでの憤怒を見た。
◇ ◇ ◇
ナギは、宙に浮く瓦礫の中に仲間二人の姿を確認すると、低級の精霊を呼び出して回収させる。
そのまま、瓦礫がない平坦な場所に運ぶよう指示し、自分は落ちてくる瓦礫を片手で払いながら、あまりに平坦すぎる声で誰に聞かせるともなく呟く。
「……
ギシリ。
その腕から、脚から、全身から。人体にあるまじき硬質な音が響く。
「……ツーアウトまでは、許したんですよ? 一回目は誰も傷つかなくて、二回目も命には関わらなかったですから」
ミシミシ、ミシミシと、ナニカが飛び出してこようとする。
それを、僅かに残った理性で強引に抑え込む。
「……『ボクら』は、基本的には優しいんですよ? それが一つの"誇り"ですから。出来ることなら、傷つけたくもありません」
駆けつけた大会委員が、一目入れた瞬間、凍りついた。
人の姿でありながら、ヒトではない。それを本能的に理解し、全身が警鐘を鳴らす。
「……でも、
それを直接向けられたわけではない。目線すら合わせていない。
だが、それでも周囲の人間は痛いほど感じてしまった。
一層の事、このまま死んでしまいたいと思わせるほどの殺気を。
「さぁ。まずはその目論見を壊しましょうか。
将輝くんだろうと、真紅郎くんだろうと、他の誰が立ち塞がろうと。いかなる妨害を受けようと。
その全てを薙ぎ倒し、頂きに登り詰めるために。
森崎くんたちとの、『勝つ』という約束を果たすために。
その為ならボクは————」
—◇■◇■◇—
忘れてはいけない。
たしかに春原凪、その前身ネギ・スプリングフィールドは英雄だ。
だが、彼は清廉潔癖な、純度100%の英雄ではない。
その核は。復讐のために力を身につけ、その果てに人の道を踏み外した魔物でもある。
英雄らしく、多くの人を救おうとする。
英雄らしく、可能な限り敵を許そうとする。
英雄らしく、仲間を信じ手を取り合う。
だが、それと同じく。
魔物らしく、
魔物らしく、敵と認識した相手は、殺したとして後悔はしない。
魔物らしく、身内を傷つけられた時は、その
虎穴に入るよりも、なお危険。
獅子の尾を踏むよりも、なお致命的で。
巨竜の逆鱗に触れるよりも、なお恐ろしい。
悪魔の身内を傷つけるとは、そういうことだ。
——さあ。哀れな竜に救いあれ。
——願わくば、その死が穏やかなものになるように。
……とばっちりを受ける対戦相手に、合掌。