魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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四話(ほぼ)同時投稿、一話目です。


第四十五話 氷柱倒し、開幕

新人戦2日目は、クラウド・ボールの決勝までとアイス・ピラーズ・ブレイクの第一、第二回戦が行われる。

この内、女子クラウド・ボールでは師補十八家の一角、一色家の直系である愛梨が優勝確実と目されており、女子アイス・ピラーズ・ブレイクは前日に鮮烈なデビューを果たした天才エンジニア・司波達也が担当するとあり、再び上位の独占が行われるのではないかと注目を集めていた。

 

同様に、男子アイス・ピラーズ・ブレイクでも優勝確実と目される少年がいる。

それは、決してナギなどではなく……

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

「さすが将輝くん。一本も傷つけられないって、優勝候補筆頭って言われてるのは伊達じゃないね」

 

観客の視線が遮られている舞台裏。一部の九校戦の参加者の間で『宣戦布告の間』とまで言われる通路にて、ナギと将輝は顔を合わせていた。

だが、それは宣戦布告の為などではない。そんなものはとうに済ませてある。

ここで出会ったのは偶然、という程ではないが、まあ彼らが意図したものではなかった。将輝の試合が第八試合、ナギの試合が第九試合で、たまたま同じところで戦うためだ。同じ通路を使うのだから顔を合わせても不思議はない。

 

そして、彼らは良きライバルであると同時に良き友人だ。軽く会話を交わすぐらいはしてもおかしくはない。

 

「よせよ、実力で負けるつもりは全くないが、勝負は時の運でもある。優勝できるかどうかは最後まで勝ち残ってから言えることだ。それはナギも同じだろ?」

「まあね。でも将輝くんと別グループで良かったよ」

「だな。俺もナギとは優勝を賭けて戦いたい。三高の勝利の為にはアレだが、ナギほどの実力がある奴が予選落ちは勿体無いからな」

「それはボクのセリフでもあるんだけどなぁ」

「それもそうか。だが、油断してると二回戦で(くれ)に足を掬われるぞ?」

「大丈夫だよ。代表に選ばれるような人たち相手に油断なんて一切してないからね」

「そうか、頑張れよ」

 

ポン、と肩を叩き、将輝は自分の控え室へと戻って行った。

それを見送り、ナギは自分の戦場へと足を向ける。そこにいるかもしれないまだ見ぬ強敵との戦いを思い、笑みを浮かべて。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「さて、遂にナギお兄様の試合ですね」

「そうね。ま、ナギくんなら予選ぐらいは余裕でしょう」

「それはボクも同意見だけど……お姉ちゃんはここにいて余裕なの? 生徒会長なら本部にいなくちゃいけないんじゃ……」

「それは大丈夫よ、摩利に押し付けてきたから。少しはデスクワークを覚えてもらわないと、将来のためにね?」

「……鬼ですわ。尤もらしい建前で、怪我人に自分の仕事を押し付ける鬼がここに居ますわ」

「ちょっと!鬼って何よ泉美ちゃん!」

 

そんな感じでキャイキャイとはしゃぐ美人三姉妹の後ろでは、試合があるナギ、達也、深雪、雫、それについて行ったほのかを除いたいつもの面々が、借りてきた猫のように縮こまっていた。

ただでさえ目立つ方のグループだったのに、有名人と言ってもいい真由美が加わっては周囲の視線が一点集中して居心地の悪さを感じてしまっても仕方がないだろう。……エリカだけは悪どい笑みを浮かべていたが。

 

だが、それも選手が入場するまでの話。割れんばかりの黄色い歓声とともに、真由美たちに向いていた視線も、そして真由美たち自身の視線も会場に移された。

 

「ま、まだアナウンスされただけなのに、す、すごい人気ですねナギくん。会長さんたちにも負けないんじゃないんですか……?」

「そりゃ、芸能人だからな。パッと見で女も多いし、追っかけが混じってんだろ」

「さっきまではいかにも研究者!って感じの男ばっかだったのにねー。いつの間に湧いてきたんだか」

「エリカ、そんな人を虫みたいに……来るよ」

 

四人が耳に手を当てて音を遮断すると同時、歓声がさらにもう一段階爆発する。……主な爆心地は、彼らの目の前の姉妹だったのだが。

 

「ナギの服はいつもの長杖と……ポンチョ?いや、ローブか」

「見た目はザ・魔法使いって感じね。ちょっと裾がボロボロなのが気になるけど」

「中はTシャツとチノパンですね。外と違って普通の格好ですけど、違和感はないです」

「ん? ナギのやつ髪を(ほど)いてないか? いつもは、こう、後ろを纏めてるだろ?」

「あれ? 本当だ。なんでだろ? 何か意味があるのかな?」

「ナギくーーーん!! ……ふぅ。

それで、ナギくんの髪だっけ? 特に意味はないらしいわよ?」

「「「「え?」」」」

 

一通り叫んで満足したのか、真由美が四人の会話に入ってくる。

だが、その中身が予想していたものと違った為、彼女の隣に座る妹たちも含めて頭を傾げた。

 

「もともとアイス・ピラーズ・ブレイクは自分の気合の入る格好で挑むのが通例みたいなものだしね。女子の方ほどファッションショーにはなってないけど、男子の方もそれは一緒よ。

まあ、ナギくんの方はちょっと理由が違うみたいだけど、自分の調子を上げるためってことは同じみたいね」

「では、アレがナギお兄様にとって、最も気合が入る格好ってことですか?」

「うーん……、それもまた違うんだけど……まあ、見てればそのうち分かると思うわよ」

 

真由美が視線で促す。

《競技が始まります。お静かにお願いします》

との文字が電光掲示板に映し出されていた。

 

その表示に気がついた他の観客も口を閉ざしていく。

何千人もの人間が固唾を呑んで見守る中、遂に開始のブザーが鳴り響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)——雷の一矢(ウナ・フルグラティオー)!!』

 

ナギの声が、戦いの火蓋を切って落とす。

 

無詠唱で放たれた雷の矢は、対戦相手の八高の選手が魔法を組み上げる前に氷柱に直撃し——大きく罅を入れるだけに留まった。

それはそうだ。単発の攻撃力に劣る魔法の射手、ましてやその中でも比較的威力の低い雷属性のものだ。いくら大魔法使いと言えるナギといえど、数を増やさずに威力を出すなど不可能に近い。

 

では何故、彼はその様な行動に出たのか。簡単だ、隙を作るために他ならない。

準備が整わない段階で攻撃を受けたら、実戦経験の薄い人間なら動きが止まる。それで止まらない実力者にしても、威力を確認するために一瞬の隙ができる。

 

 

そう、これは彼と同じ名を持つ、彼の前世の父が得意としたコンボ攻撃——

 

 

『ラス・テル・マ・スキル・マギステル

来れ(ケノテート)虚空(ス・アスト)の雷(ラプサトー)薙ぎ(デ・テ)払え(メトー)——』

 

 

無詠唱で放てる魔法の射手(サギタ・マギカ)で敵の動きを止め——

 

 

『——(ディオ)(ス・テ)(ュコス)ッ!!』

 

 

——出が速い高威力魔法を叩き込む!!

 

 

 

勝負は一瞬だった。直前の試合でさらに短い時間で勝負を決した人物がいなければ、きっと観客の誰もが口を開けたまま固まったであろうぐらいには。

 

 

一撃。只の一薙ぎで、八高側の氷柱十二本全てが両断されていた。

 

 

1秒にも満たない、しかしそれよりも長く感じる時間の間、遠くで蝉の鳴き声だけが響く。

そして、次の瞬間には観客たちから歓喜の声が上がった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お兄様、ナギくんの使った魔法は何でしょうか?」

 

試合が終わり櫓を降りていく()()の映像を、深雪と達也は選手控え室で見ていた。

深雪は女子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦第十二試合に出場し、達也はその担当エンジニアだ。三試合前ともなればそこにいても不思議はない。

 

「ナギの使った魔法は『(ディオ)(ス・テ)(ュコス)』。殺傷性ランクはA、種別は戦闘系。斥力刃と電熱の複合効果で焼き切るという魔法だ。

(ゲイ・)(ボルグ)との違いは、集めた電子を収束し続ける必要があるかどうか。集めて叩きつけるだけで良いこちらの方が威力は高いが、逆に言えば散りやすいため貫通力に劣る。単純威力を取るか、それとも突破力を取るかの差だ」

 

そしてこの魔法には、ナギが使う他の魔法にしては珍しい経歴がある。

 

「この魔法は、ナギの使う魔法では数少ない、現代魔法で再現が出来ている魔法の一つとして知られている。他の魔法と比べて発動プロセスが比較的単純だったためだな。

尤も、再現した魔法式で同じことは出来ないだろう。あそこまでの威力を出せるのはナギだけだ」

「そうなのですか?」

「どうもナギが公開している魔法には、四大元素分類でいう風系統の魔法が多い。もっと多くの魔法が残っていてナギに扱えるのがそれがメインなのか、それとも春原家という家系がそういう家なのかは分からないが、それを得意としているのは間違いがないだろう」

「なるほど。確か電気は、四大元素の分類では風の系統でしたね。得意属性だから威力も高くなるということですか」

「ああ。それに戦い方も上手い。あれなら、一条家の直系にも一矢報いるかもしれんな」

 

こう言っては薄情に思われるかもしれないが、達也も深雪も、ナギが優勝する確率は低いだろうと考えている。

そこらの魔法師相手なら負けることはまずないだろうが、相手は十師族直系で実戦経験済みの魔法師。いくらナギの強さがバケモノじみているとはいえ、十師族の"強さ"をよく知っている達也たちからすると、素直に勝たせてくれるとは思えなかった。

 

100%負けるとは言わないし、運が良ければ勝てるだろう。ナギにはそのポテンシャルがある。

しかし、厳しい戦いになるのは間違いない。

 

「だが、次の対戦相手は三高の選手だ。あのカーディナル・ジョージがナギの『弱点』に気がついていないとは思えない。もしかすると次で負けるかもしれない」

「弱点、ですか? ナギくんの戦い方を見ている限り、そのようなものはない気がしますが……」

「魔法を個別に見ていては気がつかないのも無理はないよ。公開している魔法を並べて見比べないと中々気がつかないだろうからな。

ナギの弱点。それは……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……本当にそれで行けるのか?」

 

ナギの試合の直後に深雪の控え室で交わされた会話と同じ会話が、二回戦第四試合の最中、この次の試合でナギと戦う三高の(くれ)李蘭(りらん)の控え室でも行われた。

 

説明を聞いていた(くれ)も、それを語った吉祥寺も、画面に映っている将輝のことなど気にもかけていない。

それは信頼以前の問題で、もう彼の戦いは終わっているのだから心配のしようがないのだ。今は、同時刻に始められた三試合の終了待ちの段階なのだから。

 

「断言はできないけど。ナギは例の司波くんと親交が深い、彼が作戦に一枚絡んでいる可能性があるからね。

でも、一回戦の様子を見る限りでは、僕の分析は当たっているはずだ」

「逆に言えば、前例がないからこそ不意打ちに適してるってことでもあるぞ?」

「たしかに、その可能性は充分にある。だけど、前例がないってことはそうなった時の最適な対応が分からないってことなんだ。逆手にとられた時は臨機応変に対応していくしかない」

「ま、それもそうか。しゃーねぇ、それで行くか」

 

よっと、と立ち上がり、自分のCADを手に持って扉に手をかける。

 

「……李蘭(りらん)、二度目になるんだけど……本当にその格好で出るの?」

「ん? おお、これが一番力が出るからな!」

「うん、まあ、君がいいならいいんだ……」

 

どっからどう見ても引きつった笑いをしている吉祥寺に手を振りながら、(くれ)会場(せんじょう)へと向かっていく。

 

 

(くれ)李蘭(りらん)。日本人半分、元大漢人とヨーロッパ系(詳しくは知らないらしい)の祖母を一人ずつ持つクォーター。

収束系では第三高校一年の中で将輝に次ぐと言われる実力者で、見た目は筋骨隆々の大男。

本人は知らないが、上級生からの通称は"新・霊(新種)長類最(のゴ)強候補(○ラ)"。

 

その彼の勝負服は————フリッフリの甘ゴスだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あはははは! ひー!ひー!? も、もうダメェーーッ!?」

「エ、エリカちゃん! そんなに笑っちゃ、ぷっ、だ、ダメですよ!」

「…………香澄ちゃん。私は今まで、偏見で人を見ないよう心がけて来ましたが……もうダメなようです。お姉様とお兄様をよろしくお願いします……こふっ」

「あ、諦めちゃダメだよ! 視線を向けないで、ほら、ナギ兄ちゃんだけを見ればっ!」

「う、うっぷ……」

「れ、レオ?! ほら、ポリ袋!」

 

混沌(カオス)ここに極まれり。このグループだけではなく、そこら中で似たような悲鳴が上がっている。

一回戦でも阿鼻叫喚の地獄絵図が拡がったのだが、その時の相手もまた海パン(イロモノ)だったために多少薄まり、ここまで酷くはなかった。

 

だが、今回の相手は誰もが認めるイケメン芸能人であるナギだ。

一回戦と違いフードを目深に被っているため表情を伺うことは出来ないが、それでも分かる対比のせいでさらに毒が強まっている。

 

「……まさか、相手の戦意を挫くためにあんな服を……? もしそうなら、ナギくんや達也くんなんて目じゃない天才よ……」

 

瞼を閉じ、マルチスコープをフルに使ってまで汚物を視界に入れないようにしつつ、真由美は呆然と呟く。これは、いくら自分の弟だろうと調子を崩されているのではないかと心配し、普通なら見えるはずのない地点から顔を覗き込む。

そして、気がついた。この弟、フードを上手く使って視界に入れないようにしている。口元が引きつっているので効果自体はあったようだが、なんとか集中が崩されない程度に抑えたようだ。

 

 

歓声以外のナニカで騒めきが収まらない中、無情にも試合開始を告げるブザーが鳴った。

 

「っ!出遅れた!」

「やっぱあのカッコ反則よ! ぷっ、くくく……」

 

流石に試合が始まっても完全に意識を持って行かれることはないのだろう。エリカは若干引き摺っているようだが、七人は試合の流れを理解していた。

 

ナギが右手を上げる。それと同時、20にも及ぶ電撃の弾丸が放たれるが、それらは全て相手エリアギリギリに張られた障壁魔法に阻まれた。

それを見て、吉祥寺と呉は笑みを浮かべ、モニター越しに見ていた達也は歯噛みをする。

 

 

そう。これがナギの弱点だ。

 

『物理的防御に弱い』

 

彼の使う魔法は、ほとんどの場合で物理現象を介する。それゆえに、物理的性質を持つ障壁を用意されると防がれる、もしくは極端に威力が落ちてしまう。

普通なら情報強化も領域干渉も無視できる(メリ)(ット)も、対策を取られると途端に欠点(デメリット)へと変貌してしまう。

 

もちろん、大火力の魔法を使えば無理矢理に貫いて破壊することも可能ではある。

しかし、目の前の圧縮空気の壁に対しそれを可能とするには、『雷の暴風』クラス以上の大魔法か、貫通力に特化した『雷の投擲』しかない。

だが、『雷の暴風』などを放てばまず間違いなく客席を巻き込む。『雷の投擲』では突破したところで氷柱の破壊には向いていない。ならば融合魔法、というのは発動時間がかかり過ぎるため却下だ。

 

結論として、ナギ本来の戦い方では、この時点で手詰まりだ。大人しく作戦負けを認めるしかないだろう。

 

 

 

——そう、()()()()()()()()

 

 

 

雷の矢が防がれ、返す刀で自陣最右の三つが破壊されたのを見ると、ナギはいっそ不自然なほど笑みを深くし、ローブの懐に手を入れた。

 

 

 

——この会場で、気がついていたのはどれぐらいだったのだろう。

 

——ナギの服装が、一回戦と違うことに。このローブは、裾が(ほつ)れていない別のものだということに。

 

 

 

彼が取り出したのは、一冊の本だった。

 

それ自体はルール違反ではない。古式や一部の魔法師の間で使う"魔本"や"魔道書"と呼ばれるものは、ルール上は術式展開補助具、つまり超低スペックのCADと同じ扱いを受ける。

 

故に、彼が本を取り出しても誰も咎めることはない。咎める事など出来はしない。

 

しかし、ごく一部を除く全ての人間が眉を顰めたのも、また一つの事実だ。

先も言った通り、魔道書とは基本的にCADの劣化版。『本を使う』ということ自体に何らかの意味がない限り、わざわざ(ページ)を捲る必要がある魔道書を使うなど、時間と手間のかかるだけの無駄な行為だ。

 

 

 

——だが。もしもその本が独りでに浮き、高速で(ページ)が流れていったとしたなら。

 

——それは、魔道書は時間も手間も掛かるという常識を、打ち砕く瞬間に他ならない。

 

 

 

「なっ?! くそっ!」

 

(くれ)は慌ててCADを操作し、中央左列の氷柱を破壊する。

 

三高のブレイン、吉祥寺真紅郎からは、『白き雷』や『雷槍』、一回戦で見せた『雷の斧』などの、対戦()相手()が使ってくる可能性のある魔法は全て教えてもらっていた。

そして、彼に教えてもらった魔法の中には、魔本を使う魔法など()()()()()

つまり完全な未知の魔法ということであり、要注意の警報が脳内に鳴り響いたのだ。

 

幸いなことに、現代魔法における春原家の魔法力は決して高くはない。寧ろ低いと言ってもいいレベルであり、相手が普通の魔法師なら通用しなかったであろう複数同時照準を使っても、何とか破壊ができていた。

 

中央右列を破壊し、残るは最右の一列だけになった時、ナギの手元に浮かぶ本が閉じられた。

攻撃と防御、呉がどちらに力を入れるべきか迷った隙に、ナギは本から一枚の栞を引き抜き、天に手をかざす。

 

 

そして。その瞬間、呉の周囲に影が落ちた。

 

 

「なん、だよ……アレ!」

 

見上げた先にあったのは、黒々と輝く闇色の球体。

直径1mほどのそれは、呉側の氷柱と同じく縦三列、横四列の計十二個存在していた。

 

呉の魔法力では、加重系、移動系、そして振動系の魔法だと感じ取るのが限界だった。感覚的には加重系が中心に組まれているような気もするが、単純化された現代魔法とは違い複雑で、あれが具体的にどう氷柱に作用するのかは分からない。

だが、アレが落ちてくれば、負けることだけは分かっていた。

 

「だがっ!これで終わりだッ!!」

 

幸いにも、球体はまだ中空に留まっている。こちらが破壊される前に、相手(ナギ)の氷柱を破壊すればいい。

呉も伊達に代表に選ばれていない。一瞬でそこまでの判断を下すと、残り三本の氷柱に、これまでと同じ魔法式を投射した。

 

 

魔法式はよどみなく作用し、ナギの氷柱を砕く。

 

——最前列の一つを、例外に。

 

 

「な————ッ!? 情報強化だと!?」

 

挙げられていたナギの腕が降り下される。その手首には、銀色に光るCADが付けられていた。

 

確かに春原家の一族は現代魔法に疎く、それはナギも例外ではない。

魔法演算領域が一般的な魔法科高校生の平均にも届かないのだから、その中でも特に優れている他の代表のように氷柱全てに情報強化など掛けられないし、よしんば掛けられたとしても大きく強度が下がり意味をなくすだろう。

 

 

だが、一本だけに絞れば話は別だ。

たった一本だけでいいならば、他の代表とほぼ同じだけの強度を持つ情報強化を掛けられる。

 

 

相手の魔法に対する防御策を講じているのは、何も三高だけではなかったのだ。

 

「チィッ!」

 

そして、ナギの腕が下されるのと連動し、天に鎮座していた球体が落下した。

このタイミングでは攻撃は間に合わないと判断し、呉は障壁に全魔法力を集中する。この攻撃さえ凌ぎきれば、たった一本を倒すだけでいい呉に分がある。勝利の可能性は残っているはず——

 

 

 

しかし、その予想は。黒球が障壁をすり抜けた瞬間、脆くも崩れ去った。

 

 

 

呉は、そして吉祥寺は。いや、一高関係者の極一部を除き、重大な勘違いをしていたのだ。

 

確かに、ナギの扱える魔法には、対象の直接改変を行うものは少ない。

彼が扱うほぼ全ての魔法が物理現象を介して物理的にダメージを与えるものだということに、一つの間違いもない。

 

 

だが、あくまで『()()()』、あくまで『()()』なのだ。

ごく僅かではあるが、対象の情報改変を行う魔法も存在する。

 

 

そして、今回使った魔法もその一つ。

現代魔法学的に言えば、加重系メインの加重・移動・振動系混合領域魔法。範囲内に入った物体に——今回は固体のみを指定している——、球体中心から外側に向かって加重をかける。そして、地面に押し付けられた氷柱は、両端からかかる圧力に耐えられなくなり、圧壊する。

やっていることは、九校戦でもよく見かける方法に過ぎない。精々が、領域自体が移動する程度の話。干渉を起こさないように振動系で闇色をつけているが、それが何か氷柱に影響するわけではない、要は見掛け倒しだ。

 

 

……この魔法は、かつて、麻帆良祭のとある大会で、ネギの教え子の忍者に(ナギ)の仲間の大賢者が使ったものと同じ魔法である。

だが、あれと比べてはお粗末に過ぎる出来栄えだ。個数こそ2.4倍と多いものの、効果範囲は1/90ほど。威力も弱く、なによりあちらは無詠唱なのに対しこちらは大量の補助魔法陣が描かれた魔導書まで使っている。

あの、永き時を生きる人生収集が趣味の大魔法使いには及ぶはずもない、同じものだと言うだけで恥ずかしさを感じる、普段はまず使うことのない不得意な部類の魔法だ。

 

 

——だが。それでも対戦相手の裏をかくことは出来る。

 

 

ナギは吉祥寺を信用している。人柄も、その実力も。

それ故に、『対策に対する対策』を用意する必要があった。それも、相手に臨機応変に動く隙すら与えずに、一撃で決められる魔法を。

 

そして、ナギの知る限りにおいてこの魔法こそが、物理障壁に関係なく氷柱全てを破壊できる、数少ない内の一つだったのだ。

 

 

 

敗因はただ一つ。情報量の差だった。

 

使えなかったわけではなく、使ってこなかっただけ。

 

それを知らず、不意を突かれ、そして対応する猶予すら与えられず。

 

そんな呉の負けは、もはや必然であり——

 

 

 

バキバキと音を立てて、十二本の氷柱が一斉に破壊させる。

三高の代表も、春原家の魔法を解析に来た研究者も呆然と立ちすくむ中、勝者を讃える()()()が響き渡った。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

九校戦5日目(新人戦2日目) 結果

 

・第一高校

男子クラウド・ボール同率四位(五十嵐鷹輔):2.5pt

女子クラウド・ボール準優勝(里見スバル):15pt

女子クラウド・ボール同率四位(春日奈々美):2.5pt

 

・第三高校

男子クラウド・ボール優勝(()(かげ)(ろう)):25pt

男子クラウド・ボール同率四位((なか)(ぞり)椎名(しいな)):2.5pt

女子クラウド・ボール優勝(一色愛梨):25pt

女子クラウド・ボール第三位(厚井(あつい)ポゥ):10pt

 

 

 

累計成績

 

・第一位 : 第三高校……387.5pt

 

・第二位 : 第一高校……355pt

 

・第三位 : 第二高校……117.5pt


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