全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称『九校戦』は、2095年8月3日、雲一つない晴天の中で開幕した。
こうした式典では珍しく短い開会式——観客が今か今かと競技の開始を待っているためだ——を終え、試合のある選手はそれぞれの競技会場へ、そうでない選手は、自主練のために解放されている練習場か、もしくは仲間の応援のために会場の観客席へと向かっていく。
しかし、派手で楽しめる競技が見たい一般の観客は式典的な開会式を見に来るよりも先に各競技会場で良い席を取ることに動いているため、このタイミングからスタンドで席を探すことは難しいだろう。
しかも、今日の競技は本戦男女スピード・シューティングと本戦男女バトル・ボード予選。去年の成績を考えると、スピード・シューティング女子には真由美が、バトル・ボード女子には摩利が出てくるのは誰しもが予想している。二人はその容赦や実力から固有のファンを持つほど人気があり、なおさら超満員が予想された。
もちろん、その中でも選手が見学できるようにと九校戦関係者用の観覧席は用意されている。
だが、ナギと達也、1-A女子三人組はそこへは向かわず、わざわざ混み合う一般観客席へ向かっていた。
「えーと。ここら辺のはずだけど……」
「ナギ兄ちゃん!こっちこっち!」
ナギたちがきょろきょろと辺りを見渡していると、スタンドの後方から、よく通るボーイッシュな声が聞こえてきた。
それを頼りに全員が訪ね人たちを探す、ようなこともなくすぐに見つけることができた。
最後方の席に座り、おおきく手を振っている香澄と、一つ席を空けて泉美。そこから四つ空席が続き、その先に幹比古、エリカ、美月、レオと座っている。
「席取りありがとね、香澄ちゃん、泉美ちゃん」
「これくらいなら任せてよ!」
「ナギお兄さまたちのためですもの。絶対にいい席を取ってみせますわ」
最後列がいい席、というのは意外かもしれないが、ことスピード・シューティングに関して言えばそれは間違ってはいない。
この競技でグレーを撃ち落とすエリアは、選手の30メートル前方に15メートル立方と決まっている。そして、観客席はそれを横から観戦するように設置されている。
つまり、最前列に座ると選手と同レベルの視力が必要となるため、後列のほうがエリア全体を見やすく分かりやすい良い席とされているのだ。……もっとも、アイドル選手目当ての人間は別だが。
「あっ! 深雪お姉さま、ぜひお隣にっ!」
「ええ。ありがとう泉美さん」
そして席順だが、息を巻く双子の間に腰を下ろすのはナギしかいないであろうことは明白であり、泉美に請われて深雪の席が決まったことで、残りも自然と達也、ほのか、雫という順番になった。
「……香澄ちゃん。泉美ちゃんは相変わらずなの?」
「……うん。最近お姉ちゃんが憐れに思えてきて……」
「深雪お姉さまはどの競技に出られるんですか⁉︎ 絶対に応援に行きますから‼︎」
「ごめんなさい、できれば教えたいんだけど、それはできないのよ。
先輩方の方針で、ギリギリまで一年生の出場競技は公表しないことになってるの。
だから、もう少しだけ待ってくれる?」
「お姉さまがそう仰るのでしたら!」
「「……はぁ」」
明らかに暴走している末妹とそれに冷静に対処している深雪を横目に、涙目の長女を思い浮かべて溜息をつく兄妹。
そして、さらにそれを横目にしながら、達也も友人たちへと労いの声をかけた。
「レオたちも悪いな。五人分は大変だったろう」
「まあね〜。っていっても、ナンパの方がうざかったぐらいだけど。
ああいう輩って、ミキとかこいつとか見えてないのかしら」
「……なぁ。なんで俺はいつまで経っても『こいつ』呼ばわりなんだよ」
「あら〜。そうだったかしらね〜。どうでもよくて考えたこともなかったわ〜」
「テメェ!」
いつもの調子で喧嘩をし始めようとする二人。
だが、それも見越してこの席順は決められていた。
「エリカちゃん。レオくん。ここだと私たちまで恥ずかしいんですからね」
「うっ」
「す、すまねえ」
「分かればいいんです」
最近、彼らの扱いが上手くなっている美月。
物静かな容姿とは裏腹に、かなり押しが強い性格だったようだ。
「確か、七草会長の予選順は一番でしたか?」
「そうだよ。この競技だけじゃなくて九校戦全体の最初からなんて緊張して……ないだろうね。真由美お姉ちゃんだし」
「そのあと渡辺先輩が出るバトル・ボード予選の第3レースを見に行って、午後からはこっちに戻って決勝リーグを観戦する予定でしたよね?」
「そう。達也さんとナギくんは予定があるみたいだけど、他のみんなでお昼も一緒に食べる。
ナギくんは会長たち
「ああ。たまたま兄弟子がこっちに来ていたみたいでな。折角だしと誘われたんだ。急に変更になって悪いな」
「いえ!そういう理由なら仕方がないですよ!……少しだけ残念ですけど」
そして、そんなことを気にした様子もなく会話を続ける面々。
いつもの光景すぎて気にも留めなくなっているのだ。
『会場の皆さまも、テレビでご覧の皆さまも!
大変お待たせいたしました! 九校戦初日、スピード・シューティング予選の始まりです!
今大会の開幕を飾るのは、皆さまご存じ、
『うおぉおおおーーっ‼︎』
インターマジックから引き続き司会を任された、『魔法パパラッチ』こと
まるで、どこぞのアイドルのライブかと思うような光景が広がっていた。
あまりの声量に達也たちは耳を押さえ、エリカはゴミでも見るかのような視線を飛ばす。
「うわっ、バカばっか」
「そ、それだけ人気があるってことなんだから……。会長さんや渡辺委員長さんの同人誌を作ってる人たちもいるし……」
「……その情報はどこから手に入れたの、美月?
まさか、自分も作ってる、なんて言わないわよね?」
「え、いや、美術部の先輩たちに聞いただけで、わ、私はやってません!」
だが、もし『そう』だったとしても、あくまで趣味だと割り切ったのか、声を張り上げているファンたちに再び冷たい視線を向けた。
しかし、その興奮した観客も、真由美がレーンに登壇した瞬間に静まり返る。よく訓練された国民か何かだろうか。
「お姉さまの体調も良さそうですね。これなら心配する必要もないでしょう」
「というか、かなりピリピリしてるんだけど」
「姉ちゃん頑張れーー!」
兄妹揃って、姉の心配など微塵もしていない。真由美に限って、する必要などないからだ。
……むしろ、あとでストレス発散に付き合わされることを考えて、揃って体を震えさせている。
「スピード・シューティング予選は一人で
本戦からは対戦形式になるからまた違った戦略が必要になるが、七草会長は一貫してとにかく正確に落とし続けてパーフェクトで終えることで知られているな。満点を取ってしまえば負けることはない、ということか。
ともあれ、それは七草会長だから出来ることだ。参考にするのはいいが、自分の作戦を見失う必要はないからな、雫」
「もちろん。達也さんに考えてもらったんだもん。無駄にはしないよ」
周囲を気にして小声で釘をさす達也にそう答えながら、雫の視線は外れることなく真由美を捉えている。
九校戦フリーク、というのもあるが、やはりこの中で唯一新人戦スピード・シューティングに出るということが大きいのだろう。
「始まるね」
ナギのその声と同時に、僅かに聞こえていた話し声もなくなり、会場が静寂に包まれた。
カウントダウンを知らせる赤いランプが一つ、二つと灯り、三つ目に緑色が点灯したと同時に競技が始まった。
パシュ、という軽い音が響き、クレーが発射口から射出される。
そのクレーは得点エリアに入った瞬間、真下から飛来した氷の礫に撃ち抜かれた。
「うそ!こんなに速かったっけ⁉︎」
「それに全部中心を撃ち抜いてる。すごい正確性」
ほのかが驚嘆の声をあげ、それに対して雫がどこか悔しさをにじませた声で補足する。 エリカたちE組の四人組は口を開けて呆然としているぐらいだ。
「去年より正確性もスピードも桁違いです。クレーが1メートルもエリア内を飛べてません」
「あんな特訓をしてればこれくらい当然だよ!」
深雪も驚愕に目を見開いて言葉を溢すが、それに対して香澄が自慢するように(若干薄い)胸を張った。
「特訓、ですか?
これだけ劇的に変化させるなんて、一体どんなものだったんですか?」
「え、えーと……」
「……まあ、香澄ちゃんの口の軽さは後でじっくりとお話しするとして。
皆さまでしたらお教えしてもいいですよ。真似しようとしてもできるものではありませんので」
「ほう?ぜひとも聞いてみたいな」
達也もそれには興味があったのか、泉美に続きを促す。
「簡単です。ナギお兄さまの
『…………え?』
衝撃的な内容に、思わず競技から目を離してナギの方を見る。……件の少年は、冷や汗を垂らしながら口笛を吹いていた。
そんな中一人だけ、達也は納得したように頷いている。
「なるほど。より小さくて速い的で当てられるように訓練を積んだわけだな」
「その上、ナギ兄さんの
「それで劇的な向上をしたというわけか。理解した。
それで。
「……あくまでボクのはアイディア元だよ。術式を教えたわけでも、それを再現したわけでもないからね。
でも、あえて一つ言うのなら……」
わっ、と観客が湧き上がる。集計を待つ必要もなく結果は分かっているのだから。
そして、画面に映し出されたのは、当然のように
「……あの正確性が羨ましいな」
『…………』
心の底から絞り出すように出された答えに、何も返すことができなかった。
「で、でもよ、ナギとは違って1回で1発しか弾は作れねーんだから、魔法の発動はミスなしでも計100回だろ? よくそんだけスタミナが持つよな」
「そ、そうよ!
二酸化炭素からドライアイスを作って、さらにそれを移動魔法であれだけの速度を出して飛ばしてるんでしょ? かなり消耗が激しいと思うんだけど」
「いや、そうでもないだろうな。むしろ、消耗の少ない魔法だろう」
こういう時だけ協力して必死に話題を変える二人。そして、その話題を振ってしまった達也も責任を感じてそれに乗った。
「どういうことだい達也?」
「そうだな……ナギの言う通り、魔弾の射手は発想と名前こそ魔法の射手からとっているが、実際の理論としての大元はドライ・ブリザードから来ているんだ」
「ドライ・ブリザード、ってなんだっけか?」
「収束・発散・移動系の複合魔法で、敵の上方に二酸化炭素を収束させて発散系でドライアイスの塊を作り、それを移動魔法で叩きつけるという魔法だな。コンビネーション魔法『
「へえ、そうなんですか。それじゃあ、それが消耗が少ないこととどう関係するんですか?」
美月の質問に、「それは移動しながらにしよう」と言って達也は席を立つ。
見れば、道中の時間も考慮すると、そろそろバトル・ボードの会場に移動しなければ席が取れなくなってくる頃合いだ。慌てて残りのメンバーも席を立った。
「魔法というものは概ね物理法則を超えた影響を及ぼすものだが、物理法則にできるだけ則っていたほうが発動が容易で消耗も少ないという特徴がある」
そうして、固まって会場を離れながら、達也は説明の続きを始めた。
「ドライ・ブリザードや魔弾の射手はドライアイスの生成過程で奪った熱エネルギーの分を運動エネルギーに変換して射出する魔法だから、エネルギー保存の法則的には発動の前後でバランスがとれている。だから、まず魔法でドライアイスを作り、その後改めて移動魔法をかけ直すよりもはるかに消耗が少ないんだ。
もっとも、精密射撃を連発する集中力に関しては別だがな」
『へぇ〜』
「ふぅん。まるで詐欺師さね」
「優れた魔法を使いこなすほど優れた詐欺師ということになる……な?」
後ろからかけられた知り合い以外の声に、達也は驚愕を顔に出さないように気をつけながら振り向く。そこまで集中していたわけでもないのに、彼の鍛えられた感覚をもってしても気配すら掴めなかったのだ。
「……失礼ですが、どちら様ですか?」
皆も同様に振り返った視線の先には、『巨大な女』がいた。
そのスタイルをありきたりな表現で表すなら、ボンッ・ボンッ・ボンッといった感じだろうか。身長も見上げるほどに高い。
その上、身に纏うのは、よく言えばゴージャス、悪く言えば派手なドレスだ。
しかも、そんな存在感の塊のような存在なのに、誰一人として気付かなかった。
それは達也たちに限った話ではなく、周囲の人々も、まるで彼女が認識できないかのごとく、見向きもせずに過ぎ去っていく。
「ああ、私かい? 私の名前はダーナ・アナンガ・ジャガンナータってんだ。そこの色男はダーナでいいよ。他のヤツは知らんがね」
ナギを指差してそう名乗る女性。
しかし、達也たちにダーナ・アナンガ・ジャガンナータなる人物の知識などは一切なく、ただ無視をされたという苛立ちが募った。……ナギ以外は、だが。
「ダーナ……アナンガ……ジャガンナータ……⁉︎
まさか『貴族』のっ⁉︎」
驚愕に顔を染め、震える声で確認を取るナギ。まるで、いるはずもない怪物でも見たかのような反応だった。
そしてその問いに、女性は口元を歪めながら答える。
「へぇ。こっちの弟子はキチンと教育してるようじゃないか。こりゃキティの評価も見直さなくちゃねぇ」
それは、遠回しに言われた肯定の言葉だった。
次の瞬間、ナギは達也たちの目にも留まらぬ速さで、皆と女性の間に立ち塞がるように移動する。
その顔に浮かぶのは、焦燥と困惑。
しかし、警戒だけは絶やさぬよう、視線を女性から外すことはない。
ピリ、ピリ、と火花が弾ける。
そんな幻影が見えるほど、場の空気は張り詰めていた。
会場から離れる人の群れがあり、それよりは少ないが逆に向かう人たちもいる。
そんな人の波の真っ只中で、そこだけは明らかに異質な空間だった。
「……何をしに来られたんですか。
この場についていけているのはナギだけであり、他のメンバーは詳細を問う視線を背後から投げかけている。
しかし、ナギがそれに取り合うことはない。見えていないこと以前に、そんなことをしている余裕などないからだ。
「おいおい。あの人形の子に続いて私をあんな老害と一緒にしないでくれよ。あたしゃあんな枯れ果てた隠居野郎どもじゃあないよ。
それに、そんなに気を張らなくても良いんじゃないのかい? もう少し気を抜きな。後ろのオトモダチも困ってるだろう?」
「目的がわからない『貴族』を前にして、そんな悠長なことはできませんよ」
明らかな拒絶、警戒。
それは、普段温厚なナギからは想像もつかないような声色であり、皆は驚きに目を見開く。
そして、その中でも達也は、ナギが『あの』神鳴流と対峙した時以上の態度に、警戒のレベルを跳ね上げる。
「……はぁ、疑り深いねぇ。ここからどうやってあんなバカなほど素直な子ができるんだか。……いや、キティの弟子と考えれば納得がいくのかね。
まあ、安心しな。今んところはこの世界には何もする気はないよ。ただお前とあの女神に、ちょいと会ってみたかっただけさ」
ナギは皆を庇うように立ち、その両手は軽く広げられていて、達也たちから見ても明らかに臨戦態勢という雰囲気を身に纏っていた。
だというのに、対する女性は何もしない。構えもしなければ、敵意も見せることもない。
しかし、それでもなおナギの態勢は解かれない。
それは、この状況で不利なのはナギの方であると認識しているからに他ならなかった。
「……信用ができません。その理由に、納得のいくところがない」
「なに、あんたも言った通り私たちゃ興味を持つことが少ない存在だからねぇ。その代わりに、一度興味を持ってしまえばどこまでも追いかけるし、それだけの理由でここに来ることだってあるさ。
それに、あたしゃ嘘はつかないよ。
嘘と契約違反は私たちの矜持に関わる問題だからね。それだけは絶対にしないさ。
あんたもわかるだろう? なんせ、私たちゃ同類なんだから」
その瞬間、達也たちは、ナギから強烈な風が吹き荒れたように感じ取った。
いや、実際にはなにも起きてはいない。ただ、尋常じゃないレベルの闘志が吹き出されただけであった。
それを直接向けられたわけでもないのに、それだけで根源的な恐怖を呼び起こされる。まるで、あの女神のように、彼だけが別次元にいるかのような圧倒的な実力差を感じ取ったような気がした。
「……そのことをこれ以上話したら、覚悟しておいてください」
「ああ。なんか面倒くさいことをしてるんだったかい?
ふん。そいつは私の流儀には反してるけど、あんたにゃ向こうで実績があるからね。あの半人前どもとは違って、口出ししたりゃしないよ」
それだけの闘志を直接叩きつけられているはずなのに、目の前の女性はどこ吹く風と受け流している。
ここに来て達也たちはようやく、この女性が根本的に違う立ち位置にいることを理解した。
圧倒的強者。人間では太刀打ちできない相手。
そんな、どうしようもない存在だということを。
「なら、『狭間の魔女』たる貴女が、何故わざわざ城を出てボクに会いに来たんですか? 」
「さて、ちょいと長くなる話だよ。
心して聞きな。ネギ……いや、今は春原凪とかいったかい?」
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今ここに、遥かな時空を超えて、一人の吸血鬼の師と弟子が対面した。
この先にあるのは、闘争か、協和か。
それは、神ですら知りえない。
妖精姫「なんかまた女の気配が……」
前話のラストで(バレバレの)フリをしたダーナおば……ダーナさんが早速登場! 筆者は『引き』が出来ない性格なもんで。
彼女はUQ!キャラなんですが、その詳細は次回に語られることとなりそうです。
気になったらぜひ調べてみてください。インパクトがものすごい方です。
あと、散々UQ!キャラはおろか赤松世界の存在は出さないとか嘘言っててすみませんでした。
プロット再編によって急遽出番が出来ました。その理由となる行動はまた次回!
女神様「ん?なんか呼ばれとる気が……」
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改変作業について。
改変が終わった話について、活動報告欄に改変前との差異を簡単にまとめてあります。
一応チラ裏に改変前のものは投稿していくので、比べてみたい人がいればぜひ。