魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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第三十五話 天敵

 

「襲撃に失敗しただとっ⁉︎」

「ああ。怪我一つなかったらしい」

 

 横浜にある中華街、という名の実質的華僑自治区。

 そこにある某ホテルの、見取り図からも隠された最上階が(ノー・ヘ)(ッド・)(ドラゴン)日本支部の本拠点だった。

 しかし、本来ならこの時間、高笑いしながら高級ワインでも開けるつもりだった幹部は、激しい動揺に陥っていた。

 

「何故だ⁉︎ 今回当たらせたのはジェネレーターだろう⁉︎ 命令違反などは起きるはずがない‼︎

 ……まさか、十師族のガキどもか⁉︎」

「いや。警察に手駒がいる協力者の話では、やったのは『最若』らしい」

「くそっ‼︎ またあのクソガキか⁉︎ (ドー)(ル・)使(マス)(ター)のこといい、どこまで我々の邪魔をすれば気がすむのだ⁉︎」

 

 それは、どこまでも欲にまみれた、自己中心的な考え方だろう。誰だって死にたくはない。

 しかし彼らとしては、闇賭博で敢えて一高に高配当を設定し、その後一高を妨害することで、金に釣られて出てきたよく肥えた豚からとことん巻き上げる腹づもりだったのだ。そのために仲のいい組織に計画に加担してもらい、見返りに『確実に勝てる大穴』である三高に賭けて貰ってまで、使える(つて)を増やしたのだ。

 その計画が失敗した。いや、計画の第一歩から躓いていたのだ。

 

「やはり、一高近くの拠点を(ドー)(ル・)使(マス)(ター)に潰されたのがまずかった。

 おかげで選手名簿はおろか期末試験の成績すらも得られなかった。そのせいで、最有力だった『(ジャック)(・ザ・)(リッパー)計画』もパァだ!」

「それだけじゃない。4月の時に、態々手伝ってやった司殿の計画を潰したのも『最若』だろう⁉︎ あそこで十師族を、せめてどちらかだけでも討ちとれていれば、まだ状況は違ったはずだ‼︎」

「ああ。あの計画は完璧だった。何重にも裏をかいて、あの少女剣士の実力も申し分なかったはずだ。彼女なら()の『人喰い虎』でも勝てるはずだったんだ。

 ……しかし、現実には『最若』一人に怪我もせずに無力化されて、今では十文字お抱えだ‼︎ つまり、少なくとも接近戦では世界五指に確実に入るということだぞ‼︎」

「ああ。つい先程、大会委員に直接紛れ込ませた手駒から、ギリギリになったが現段階の選手名簿は入手できた。

 それによると、『最若』は新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードらしい」

 

 明かされたその情報に、聞いていた他の幹部からは安堵の溜息が漏れた。その二つは、特にルールの関係上接近戦ができない競技だからだ。

 しかし、読み上げた幹部の表情は暗い。幹部たちはそれを疑問に思い、次の瞬間驚愕の声を上げた。

 

「あの『一条』とまるっきり同じではないかっ⁉︎ これでは、『最若』の戦闘能力によっては万が一があり得るぞ⁉︎」

「しかも奴はCADを使わないから、『蚕』も使えない‼︎ 実質的に大会中の妨害が、トーナメント表を弄るぐらいしかできないぞっ⁉︎」

「一応今夜の夜襲部隊には、最優先対象として伝えてあるが……。しかし、もし失敗したならば……」

「『落盤』も考えなければならない、か」

「いや、それだけではない。『殺戮』の発動も視野に入れる」

「それはっ⁉︎」

「さすがに明らかすぎるぞ‼︎ それをやってしまっては、金を巻き上げられなくなる‼︎ あくまで最終手段にするべきだ‼︎」

「分かっている。その上で、発動する可能性も出てきたということだ。

 最悪の状況も考えて準備させる。異論はないな?」

 

 おそらく、この男がこの場で最も力を持つ人物だったのだろう。皆が神妙な顔で頷いた。

 

 —◇■◇■◇—

 

 機材を乗せたカートを押しながらホテルの玄関をくぐった司波兄妹だったが、先に入ったはずの一高選手団が、いや、他校の生徒と思われる人も含めて全員が固まっていることに戸惑った。

 そして、次の瞬間には、周囲と同様に固まることとなる。それは、何故か居たエリカや美月たちの所為ではなく……

 

「よう来たなぁナギくん! 会いたかったで〜‼︎」

「わぷっ! ちょ、ちょっと待ってください‼︎ この体勢はうぷっ、色々と問題……」

「ああんもう‼︎ つれないこと言わんといてぇな! ほらほら、お姉さんの胸に抱かれぇな!」

 

 その人を超えた優しげな美貌。ほんわかした京言葉。そして何より、バカバカしくなるほどの量の(プシ)(オン)

 

 

 ——皇祖の女神が再臨していた。

 

 

『……はぁっ⁉︎』

 

 一高選手団のみならず、ロビーにいた全員の驚愕の声が重なった。

 彼女を初めて見た人は、その人知を超えた美貌と(プシ)(オン)に。

 彼女を見るのが二度目の人は、何故まだいるのかという疑問に。

 

「ああ、もうぷっ! これじゃあ、息がっ、ん⁉︎んんんーーっ⁉︎」

「よう考えたら、ウチの世界に引きこもうてたらこっちの世界は遅うて遅うて。誰とも話せんし、ナギくんが来るのをずっと待ってたんやで‼︎

 ……あれ? ナギくん? ナギくーーんっ⁉︎」

 

 ナギが顔を真っ赤にしながらビクン、ビクンと痙攣しているのを、達也たちはただ呆然と見ていることしかできなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「それで、なんで貴女(あなた)がここにいるの?」

 

 ロビーのソファーに座り、対面の女神を睨みながら、真由美はそう問いただす。

 コノカが気絶したナギを献身的に介抱する姿に、いろんな意味で危機感を覚え、女神に対する畏怖などを踏み倒して再起動を果たし、膝枕をする権利を奪い取ったのだ。ついでに敬語もどこかへ吹き飛んでしまっているが、当神はむしろウェルカムのようである。

 

「なんで、って。ウチは富士の噴火を鎮める神様やから、最低でも富士の山が活動しておる間は起きとるで?

 それに、折角目が覚めたんやからしばらくは起きてたいしな」

「それも知りたかったけど……なんで()()()()世界にいるのかを聞いてるの‼︎」

「そんなら簡単や、降りてきただけやで。よくあるやろ? 神様の降臨、ちゅうやつや。

 この前の時に、ナギくんにこれ以上神隠しせんといて!って言われてなぁ。なら、自分から出てくるしかあらへんやろ」

「…………なんかもう、泣きたくなるわね。

 神様って、なんでもありなの……?」

「そうでもないで。ここに来れたのも、すぐそこの富士がウチの(やしろ)の御神体代わりやからや。これ以上遠くになるとさすがに行けへん。

 それに、ウチの世界ちゃうから、(こっち)ではウチが祀られてる範囲でしか出来へんしな。出来るのは、火を操ったり、逆に鎮めたり、お酒を造ったり、ってとこや」

「それでも十分すぎるわよ‼︎」

 

 そんな、女神と妖精の(一方的に)険悪な掛け合いを、達也や将輝などを含む各校の代表は遠巻きに見ている。

 できれば近づいて会話に参加したいという気持ちもあるにはある。しかし、当人の世界の中ほどではないとはいえ圧倒的すぎる存在感のコノカ様に怯えている、というのもそうなのだが、それ以上に、かつてないほどピリピリしている真由美に近づきたくないのだ。現に、この(チャ)(ンス)に近づこうとした軍の高官が、鎧袖一触されて撃沈している。

 

「それに! なんでそんなにナギくんに構うのよっ⁉︎

 何⁉︎ 私に対する嫌がらせ⁉︎ 雪姫さんと組んでるのっ⁉︎」

「えーとぉ。雪姫さんちゅうのは、たぶん()()()ことやろうし……。

 うん、べつに組んではないで。()うてみたいとは思うとるけど、まだ会うたことはないしな」

「ならなんでっ⁉︎」

「そうやなぁ。なんでかって聞かれると、ナギくんに興味があるからやな」

 

 その言葉が響いた瞬間、見ていた全員が死を覚悟した。それだけの怒気が、顔を俯けた真由美から放たれたのだ。

 

「……ふふふふ……興味がある、ねぇ?

 …………いいわ、戦争よっ‼︎」

「えええっ⁉︎ なんでそうなるんっ⁉︎」

 

 

「なんでも何もっ‼︎ 相手が女神様だろうがなんだろうが、絶対にナギくんは渡さないわよっ‼︎」

 

 

 ざわ、と動揺と困惑が波打った。

 

「べつに奪う気なんてあらへんよっ⁉︎ ウチはナギくんの生き方に興味があるだけやから、お空から見てられて、たまにお話が出来れば満足やで⁉︎」

「……………………………………え?」

 

 真由美の思考が停止する。ポカン、と口を開けて固まった。

 だんだんと、自分が何を口走ったかを理解し始める。顔が赤くなってきた。

 周囲を見渡し、見物客に聞かれていたことを悟る。もう耳まで真っ赤だ。

 そしてトドメに……。

 

「うぅん……ふぁう。あれ? 真由美お姉ちゃん?」

「う、あぅ……ナ、ナギく……きゅう」

「ど、どうしたの⁉︎ 真由美お姉ちゃん⁉︎ 真由美お姉ちゃーーん⁉︎⁉︎」

 

 マユミは めのまえが まっくら になった!

 

  ◇ ◇ ◇

 

 と、そんな一幕もあったが、真由美はその後同室の摩利に運ばれていき、ナギもコノカ様を説得し一旦別れて自室に向かった。

 なにせ、今日はこれから各校の代表が揃ってのパーティーが予定されているのだ。当然ナギたちは学生なので制服着用なのだが、バスでの移動時には服装が強制されていなかったこともあり、サマードレスの真由美を始め結構な人数が私服で来ていた。ナギもそれは同様で、着慣れているスーツから着替えをしなくてはならなかったのだ。

 

「ふぅ。コノカさんにも困ったものだなぁ」

「何がや?」

「だって、わざわざロビーで実体化して、しかも突然飛びついてくるんだも…………え?」

 

 そう。別れたはずだったのだ。

 しかも、今年は一高技術スタッフが上限十名のところ八名しか選ばれず、割り当てられた二人部屋27部屋のうち2部屋が一人部屋になっている。他の代表との問題が起きないように、そこには二人しかいない二科生の達也とナギがそれぞれ入ったのだ。

 つまり、この部屋にはナギ一人しかいないはず。しかし、居るはずのないその声は、たしかに背後から聞こえてきたのだ。

 恐る恐る振り返ると、そこには……。

 

 

「? どうしたんやナギくん、そんな幽霊でも見たよな顔して?」

 

 

 さも当然のように、女神様がいた。

 

「いやいやいや!

 コノカさん、なんでここにいるんですか⁉︎さっき下で別れたでしょう⁉︎」

「だってなぁ、下にいてもおもろないんやもん。寄うてくるのはウチを利用しよう思うてる子ばっかりやし。ナギくんやキミのお姉さんみたいな、ウチをウチとして付き合うてくれる人がおらへんもん。

 これでもウチは神様やで? 人の思いを糧に生きとるのに、ウチに向けられる感情が分からへんわけがないのが分からんのかなぁ」

「鍵は⁉︎ ……って、そうか。一度実体化を解いて、この部屋の中でまた実体化したんですか」

「そういうことや。こっちでは幽霊みたいなもんやからな、ウチ」

 

 まあ、すでに着替えも終わっているので特に問題はないか、と思い、部屋に備え付けの茶葉から緑茶を二人分淹れる。ナギは紅茶党なのだが、緑茶も嫌いなわけではない。コーヒーなんて泥水は絶対にダメだが。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとぉ」

「「…………ふぅ」」

 

 女神様と一緒にお茶をして、落ち着ける。

 ある意味稀有すぎる才能だが、前世での経験を踏まえればこれで妥当だろう。

 

「それで、コノカさんは今日はこれからどうするつもりなんですか?」

「? ウチも一緒にパーティーに出るで?」

「へぇ、そうなんです…………はい?」

 

 しかし、それでもこの答えには、思わず聞き返してしまったとしても仕方がないだろう。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「……で。なんでまた貴女がいるのよ⁉︎」

「ほえ?」

 

 パーティー会場に、真由美の怒声が響き渡る。

 無理もあるまい。いくら本人が気絶していて聞かれていなかったとは言っても、散々やらかしてしまった直後だ。ただでさえ苦手としていることも相まって本当は部屋から出てきたくもなかったのだが、なんとか『生徒会長』という職務に対する義務感で重い足を引きずってきたというのに……。やらかす原因となった相手が何食わぬ顔で口いっぱいに料理をほうばっていたら、八つ当たりだとわかっていても怒鳴らずにはいられなかったのだろう。

 

「もぐもぐ、んっ!

 なんでって、来賓で呼ばれたからやで?」

「聞いてないわよそんなこと⁉︎」

「そらそうや。さっきキミが気絶してもうた後に決まったんやからな。

 いや〜、『女神様からもぜひ一言!』って頼まれなぁ」

「運営はなにやってんの⁉︎」

 

 思わず頭を抱えてしまう真由美。この神様、自由すぎる。

 

「だいたいその格好もなによ⁉︎ いったいどこからウチの制服なんて持ってきたのよっ⁉︎」

「ウチのこの姿は仮のものやで? 服装なんてウチの気分一つで自由自在や」

「服屋いらず⁈

 ああもう‼︎ とにかく!ウチの制服を着るのはウチの代表ってことなんだから禁止‼︎禁止ったら禁止‼︎」

「えー。いけずぅ〜。

 そうやなぁ。そんなら……えいっ」

 

 いつの間にか持っていた扇子をパチンと閉じる。それだけでコノカの体が光に包まれ、服装が変わっていく。あり大抵に言って仕舞えば、魔法少女の変身みたいだった。

 そして光が晴れた下にあったのは、赤茶色のブレザーにチェック柄の膝上スカート、首元はリボンタイでめられ足は黒のニーソックスに茶色の革靴。

 一言で言うなら、麻帆良学園本校女子中等部の制服だった。

 

「こんなんならどうや? 似合うてるやろ?」

「たしかに似合ってるは似合ってるけど……スカート丈短すぎない? いつの時代の学校か知らないけど、かなり流行遅れよ?」

「そら、ウチはキミらからみたら少し年上やからな。百年やそこらは誤差や誤差」

「全然『少し』じゃないわよ! 千年とか千五百年は違うでしょ‼︎

 それに、百年は誤差の範囲内じゃないわよ絶対‼︎」

 

 ぜえーぜえー、と息を荒げる真由美。ツッコミ役が彼女しかいない上に、この女神様のボケ体質が強すぎるのだ。

 一緒に来たはずの摩利はいつの間にか居なくなっているし、周囲は(おそらく先程真由美やらかしたことについて)コショコショと話しながら遠巻きに見ているだけだ。応援は期待できない。

 なら、もう本末転倒だが、頼れる弟に頼るしかあるまい。さらに周囲の噂が加速するかもしれないが、こうなったらヤケである。

 

「ところで、ナギくんはどこにいるのよ。貴女が一人で来たとは思えないんだけど」

「ナギくんなら、さっき友達を見かけたから会うてくる言うてたで。ウチが一緒に行くと緊張させてまうから、一人寂しく箸をつついてたんや」

「あんなに詰め込んでたくせに、どの口が寂しかったなんて言うのよ!」

 

 もうイヤ、と思いながら、真由美は視線を巡らし救世主(ヒーロー)を探す。いくらこの場に各校の代表計四百人超がほぼ集まっているとしても、自分の弟なら埋もれることなくすぐに見つけられる、という自信があった。

 そしてその自信通りに、すぐに見つけられたのだ。……頭に美とつけてもいい少女四人に囲まれている姿を。

 

「そのとき、真由美の心に嫉妬の炎が灯った。誰の許可を得てナギくんに接触しているのか、ナギくんもなんでまんざらでもなさそうなんだ、という怒りによって、目が次第に鋭くなっていった」

「勝手に()()のモノローグ入れないでくれる⁉︎

 それに、目が鋭くなってるのはほとんど貴女のせいよ!」

「でも、おおよそのところは間違ってへんやろ? これでもウチは神様やから、目の前にいる人の心はだいたい分かるで?」

「もうイヤーーーーっ⁉︎」

 

 周囲の視線も完全に忘れて、真由美は絶叫する。

 もはや真由美にとってコノカ様は、女神様であることだとか以前に、ライバルであり天敵であるということしか頭に残っていなかった。




百家の鬼子「ああ、真由美の猫が完全に剥がれてるな……」

さすが全自動コメディ製造女神様ww 一応魔法科の二次のはずなのに、一瞬で空気を変えてしまわれるとはww

次回は少し時間軸が前後して、パーティー会場の他の人たちの様子からです。
それでは次回、『パーティー』でお会いしましょう!

・・・ポンコツ娘「百年は誤差よね!」

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