魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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第三十四話 事故

 

「きゃあぁぁーーっ⁉︎」

 

 九校戦の競技会場となる富士演習場では、小樽の八高、熊本の九高のような遠方の高校に優先的に練習場が割り当てられる。つまり、魔法科高校の中でもトップクラスに近い一高では、ほとんど割り当てられることはない。

 また下見に関しても、インターマジックのようなタイミングでもない限り、軍事施設である会場が公開されることはない。

 故に一高は早めに現地入りするメリットもなく、毎年大会前々日の朝にバスで向かうのが恒例になっているのだが……

 

「真由美お姉ちゃん、大丈夫?」

「う、うん!大丈夫だから‼︎心配しなくていいから、ね⁉︎」

 

 ではなぜその当日に、空を飛ぶ二人の姿があるのか。

 その理由は少し前、8月1日の早朝に遡る。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「まったく!なんでわざわざ今日の朝っぱらから、あの狸親父に呼び出されないといけないのよ!」

 

 ぶつくさと文句を言いながら、真由美は弘一の書斎へと足を運んでいた。服装の指定はされなかったので、すぐに出られるように露出度高めのサマードレスのままである。

 

「しかも、『バスを待たせるのは良くない。先に行かせるように』って、わたしはどうやって行けばいいのよ‼︎」

 

 どうやら、だいぶご立腹のようだ。その足音も、とても良いところのお嬢様だとは思えないものになっている。

 

「はぁ。すー、はー。んんっ‼︎

 ……失礼します、真由美です」

「入りなさい」

 

 しかし、それでも客間に入る前には完璧な猫をかぶるあたりは、さすがと言ったところか。まあ、今日の客人二人には意味がなかったし、ついでに言うのなら既に気配で取り繕ったのもばれていたりするのだが。

 

「失礼します……って、ナギくん?」

「おはよう、真由美お姉ちゃん」

「あ、うん。おはよ」

 

 そう、客人の片方はナギだった。が、真由美の目を奪ったのはもう一人だった。

 金細工のような長髪に、人形のようなその美貌。雪のように白い肌に、氷細工のような手足。座っていても分かるすらりとした高身長だが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。どこか女教師を思わせる服装の、ある意味女の理想を形にしたようなプロポーションの女性だった。

 

「……すみませんが、どちら様でしょうか?」

 

 しかも、そんな中世ヨーロッパのお姫様と言われても納得してしまうような女性が、ナギの隣に座って優雅に紅茶を飲んでいるのだ。あまりにも絵になりすぎているその光景に、真由美の警戒心は一気にトップレベルまで引き上げられた。

 

「ん?ああ、私のことか。

 さて、名乗るわけにもいかないが……。そうだな……雪姫、とでも呼んでくれ」

「雪姫さん、ですか。失礼ですが、ナギくんとはどのような関係で?」

 

 明らかにヨーロッパ系なのに、日本語の名前。しかも偽名を隠す気もないときた。真由美の警戒心も鰻登りで上がり続ける。

 

「ふむ。どういう関係か、と聞かれるとな……そうだな。お互いの全てを知っているとでも言おうか」

「ぜ、全部をっ⁉︎

 ナギくん⁉︎これはどういうこと⁉︎」

「ま、まずは落ち着いてっ! ちゃんと説明するから‼︎

 (マス)(ター)もあまり揶揄わないでください‼︎」

「くくくっ。つい面白くてな」

「マ、()()()()っっ⁉︎⁉︎」

 

 もう真由美の頭の中では、鞭を持った雪姫が、縛られているナギを叩きながら嬌声を上げている幻覚が見え始めた。

 そして、『必ずナギくんを()()()()()に連れ戻す‼︎』と一人勝手に息巻き、猫の皮を放り投げてナギに詰め寄ると、底冷えする笑顔で問い詰めた。

 

「さてナギくん? 色々と答えてもらうわよ〜?」

「は、はいぃーーっ‼︎」

 

 その様子を傍観していた弘一でさえ、身震いが止まらなくなるほどの剣幕だったという。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「まさかナギくんの護衛でお師匠さまでしたとは……とんだ勘違いをしてしまい、すみませんでした」

「あはははっ。別に構わんさ、面白いものも見れたしな。

 それと、もうとっくにバレたんだ。猫をかぶる必要はないぞ」

 

 雪姫、つまり幻術で姿を変えたエヴァンジェリンについて簡単な説明も終わり、真由美は顔を真っ赤にして俯いている。よほど先ほどの勘違いが恥ずかしかったのだろう。

 

「……そう?ならそうさせてもらうわ。

 それでナギくん、わざわざ今日の朝になってどうしたのよ。もうバスも行っちゃったし」

「それは後で追いつくから大丈夫だよ。

 それで、話しておきたかったのは、九校戦の最中、一高に予想される妨害についてなんだ」

「妨害って、そんなものがあるの?」

 

 毎年迷惑メールや脅迫文が届くぐらいは普通にあるのだが、開催が軍事基地内ということもあり、直接的な妨害なんて受けてこなかったという経緯を考えれば、真由美の疑問ももっともだろう。

 

「うん。まずはこれを見て」

「これって……ウチの高校の生徒名簿⁉︎ しかも、中間試験の結果まで載ってるじゃない⁉︎ どこでこんなものを⁉︎」

「先月(マス)(ター)の従者が潰した、とある犯罪組織のアジトの一つで見つかったんだ。

 そこではその組織の名前まではわからなかったけど、その他のところで得た情報も合わせて考えると、その組織の名前は(ノー・ヘ)(ッド・)(ドラゴン)って言うらしい。香港系の国際犯罪シンジケートの一つだよ」

「そんなところが、なんでウチを……」

「どうやら、九校戦を使って賭けをしているようなんだ。前世紀に流行ったっていう野球賭博と同じように、こういう大会は狙われやすいんだろうね」

 

 そこでナギは一拍おくと、次の書類を見せながら説明を続けた。

 

「でも、さすがに今年の予想は一高に固まってるらしくて……ほら見て、オッズが1.052倍なんて、95%が一高に賭けてるってことだよ」

「それは、喜んでいいのかしら……?」

「微妙だね。

 それで、こっちの書類にも書かれてるんだけど、この状態で一高が勝つと、向こうとしては莫大なお金を払わなくちゃいけなくなるから避けたいらしい。だから、妨害をすることにしたらしいんだ」

「でも、妨害って言ったって、会場は陸軍基地の中なんだし……」

「だが、運営も清廉潔白な軍人ばかりではではないだろう?」

 

 雪姫の指摘に、真由美は驚愕で顔を染めた。

 

「まさか、運営委員に内通者がいるっていうの……?」

「分からん。が、何事にも汚職は付き物だ。人が人の欲求を持つうちはな。

 私の情報もそこまで多くはないが、スパイを紛れ込ませるぐらいはできる規模の組織らしい。可能性はあると思っていた方がいいだろう」

「そんな……」

「出来れば今日までに潰しておきたかったんだけど、相手もなかなか尻尾がつかめなくて。横浜のあたりに本拠点があるということ以外分からなかったんだ」

「じゃあ、なんでもっと早く言ってくれなかったの? そしたら、みんなに注意喚起を徹底できたのに」

 

 真由美の口調が非難がましいものになってしまったが、それも仕方がないだろう。彼女は生徒会長として、生徒を守る義務があるのだから。

 

「さっきも言った通り、出来れば今日までに終わらせておきたかった、っていうのが一つ。

 もう一つが、正直どんな妨害をしてくるのか予想がつかない、ってことなんだ」

「でも、さっきは工作員を紛れ込ませてるかも、って」

「だが、それでどうする?」

「え? それは、対戦表を操作して……あれ?」

「そう。単にくじ運が悪いのと同じ程度の被害しか予想できないんだ。直接何かしようものなら、二回目以降警戒されて、結局総合優勝しちゃうからね。

 もしかしたら、予想を上回る手立てを持っているのかもしれないけど……」

「こっちが予想できないんだから、警戒しておくぐらいしか対策はないってわけね。理解したわ」

 

 うんうん、と首を縦に振っていた真由美だったが、直後何かに気づいたかのようにコテン、と横に倒した。

 

「でも、どうして今ここでなの? あとから会場で話してくれたってよかったじゃない。その時は十文字くんもいるし」

「それは私の都合だ」

「雪姫さんの?」

「ああ。私はとある理由で関東から離れることができない。だから、大人しく竜殺しに徹するしかないわけだ。

 それに、もう気づいているとは思うが、こっちもいろいろ訳ありでな。出来れば表舞台に立ちたくない。大人数に知られるのも不可だ」

「だから、この情報は七草さんからのものとして、真由美お姉ちゃんから告げて欲しいんだ。ボクが呼ばれたのはついで、ってことで」

「そういうことね。分かったわ」

 

 話も纏まったところで、今時珍しい紙の書類をまとめ、立ち上がる。かなり長話をしてしまった。

 

「あれ? ところで追いつくって、一体どうやって?」

「どうやってって、飛んで」

「え?」

「え?」

 

 思わずナギに問い返すが、何に疑問を持たれたのか分からない表情をされた。

 真由美は眉間を揉み、頭痛をこらえながら再度問い直す。

 

「飛んでって。魔法の不正利用は犯罪よ」

「サイオン波レーダーに引っかからなければ、罪には問えないんだよ?」

 

 そう返したナギの笑みは、どこか悪そうな雰囲気をしていたという。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そして冒頭に戻る。

 

「ねぇナギくん⁉︎高すぎない⁉︎もっと下に行こう⁉︎」

「これ以上下がったら見つかっちゃうって。しっかり掴まってれば大丈夫」

「そうは言ってもーー⁉︎」

 

 まあ、ほぼその身一つで杖という不安定なものに腰掛け、高度5キロ近くを時速200キロで飛んでいたら、慣れていない限りはこうなる。

 むしろ、真由美の風除けになりながら自然にしているナギの方が異常なのだ。

 

「あっ! バスが見えたよ。ほら、あそこ」

「この状態で下は見れないわよ〜〜っ⁉︎」

 

 ナギが片手を離して指差すが、その行動自体に恐怖を覚えた真由美はしがみつく力を強くする。むにょん、とある一部分が形を変えるが、真由美にとっては不本意なことに、家族として受け止めてるナギには効果がなかった。

 

「ッ⁉︎お姉ちゃん、重力制御‼︎」

「えっ?って、きゃあぁぁーー⁉︎」

 

 しかも何かに気づいた途端、突然腕を振りほどかれ、一人宙を足場に駆け降りていったのだ。当然残された真由美だけでは空を飛べるはずもなく、重力に引かれて落下し始める。

 

「な、なんなのよーーっ⁉︎」

 

 必死にCADを操作しながら、混乱ここに極まれり、といった様子で悲鳴をあげるが、下の事態は予断を許さない状況になっていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その時、ナギと真由美を除く一高選手三十八人を乗せたバスの車内は、驚愕と恐怖に包まれていた。

 当初、対向車線でオフロード車が車体を引きずっていた時は、まだ自分たちには関係のない事故として野次馬的に見ていただけで済んでいた。

 しかし、それがいざスピンして中央分離帯の壁にぶつかると、いかなる法則が働いたのか、それなりの高さはある壁を乱回転しながら飛び越えて、斜め前方のバスに向かってきたのだ。

 急ブレーキがかかる車内の中、走馬灯のように加速する生徒たちの思考は、このまま行くと1秒もなくバスに直撃するという未来しか見せることはなかったが、既に彼らが何か出来る段階は通り過ぎていた。

 

 一般的な現代魔法師の基準の一つに、魔法発動までの速度が0.5秒以下、というのがある。それを考えると、まだどうにかなりそうな気もする。

 しかし、それは起動式が展開されてからの話。その前段階の、魔法を選択し、CADが起動式を展開するだけの時間を考えると、どう考えてもバスに事故車がぶつかる方が先だ。

 そして、これは達也も含まれる。彼の異能は人の認識よりも速く発動することが可能だが、それは自分か深雪を『再生』する場合のみ。それ以外の、例えば『分解』する場合には、対象の情報を読み解く一瞬の時間が必要になる。それだけの時間は、もう残されていなかった。

 

 よって、バスの中の生徒たちを救えたのは、当人たちでも、別れて作業車に乗っていた技術スタッフでもなく。

 事故の段階から人命救助に動いていた、超高速の世界を生きる化け物だけだった。

 

「き、きゃあぁあっ⁉︎」

 

 誰かがあげたその悲鳴は、車体が迫っていたことに関してか、それとも、この快晴の中で天から落ちてきた雷が、空中の事故車を打ち据え地面に叩きつけたことに関してなのか。それは発した当人でさえ分からなかっただろう。

 

 そして数秒後、恐怖と閃光を前に反射的に視界と閉ざしてしまった者全てが、恐る恐る目を開ける。

 

「……え」

「……なに、これ……」

「……ナギ、くん?」

 

 そこにあったのは、同心円状にヒビが入り破壊された道路、真横から車に追突されたかのように大きく歪んだ車体、それらの中央に突き立って串刺しにする雷の槍。

 そして惨状からバスを守るように立ち、普段とは異なって(ほど)かれた髪を風に靡かせる、赤毛の少年だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その後、ナギと技術スタッフ男子が作業車の機材を使ってドライバーの救助と現場の保存に務めたが、運転手はガード壁との衝突の時点で即死しており、状況説明のため警察が到着するまで一高チームは足止めを受けることとなった。それまでの間に、高速脇の林の中から木の葉まみれの真由美が出てきて、すっかり忘れていたナギが震え上がったりしたが、それは余談か。

 その後、飛行魔法の不正使用発覚を恐れたナギと真由美の頼み込みによって口裏が合わされ、今回の行動は『バスの中にいたナギが人命救助のため窓から飛び出したところで向こうが飛び越えてきたため、身を守るために地面に縫い付けた』とされた。

 その供述から、ナギに関しても自己防衛のための魔法行使が認められ、またオフロード車の方も何らかの細工をされた跡がなかったことから、この事件はパンクから奇跡的に起きたただの事故として処理された。

 結果的に全員揃った一高チームは、かなり遅れながら会場入りすることとなる。

 

 しかし、ただの事故と考えていない人物も当然いる。

 ナギや真由美、さらに道中秘密裏に聞かされた一高幹部陣など、『七草家の情報』を知っている人物。

 そして、別ルートから同様の情報を得ていた達也もだった。

 

「では、先程の事故は、実際は故意に行われたものだったのですか……?」

「ああ。パンクを起こした時とスピンが始まる時、そしてガード壁にぶつかる直前、余剰サイオンのほとんどない最小限で瞬間的な魔法行使がされていた。この魔法行使の痕跡がほとんど残らない技術は、間違いなくその手のプロの仕業だよ」

 

 周囲に注意しつつ、まるでその目で見たかのように言う達也だが、実際に過去をその『眼』で視たのだ。それを知っている深雪は、達也の言葉に疑いを持つことはない。

 

「では、まさか魔法を使ったのは……」

「運転手だ。いずれの魔法も内側から投射されていたからな。

 まったく。振り回される車内の中、自らが死ぬ直前に、俺や深雪も含めてあれだけ多くの魔法師に悟らせない魔法行使ができるとは。使い捨てにするには惜しすぎる腕だよ」

「……なんて卑劣な……」

 

 人の命を何とも思っていないやり方に、深雪は怒りを覚えたが、達也はそんなことはどうでもよかった。

 いや、彼も最低限の義憤はある。我を忘れないだけで、怒りを覚えないわけでもない。

 しかし、それ以上に、その後に起きたことに気を取られてしまっていた。

 

(ナギのアレは……一体なんだ? 一体俺は何を視たんだ。もしアレが事実だとするのなら……それは……)

 

 友人が、ヒトではない、ということに他ならない。

 

(いや、それは無い……と思いたい。何かしらの魔法を視間違えたか、たまたまイデアにそんな風に残ってしまう魔法だったんだろう。そっちの方が、まだ信憑性がある)

 

 それは、ナギの現在の情報体(エイドス)を詳しく視ればすぐに結論が出る話なのだが、達也はそれをしようとしない。その程度には、友人というものは彼の中でも大切にされていた。

 

(まったく、『眼』ばかりに頼ってるとこうなるのか。これからは、もう少し別の方法も考えなくては……)

「・・・い様。お兄様!」

「え?あ、なんだ、深雪」

「もしかして、体調がよろしくないのですか? 先程から立ち止まってしまって」

「いや、そんなことはない。大丈夫だ。

 ただ、少し考えごとに没頭してしまっててね」

「そうですか? ならいいのですが……」

 

 どこか不審げに達也を見る深雪。その様子を見て、心配をかけるわけにはいかない、と達也は頭を切り替え、ホテルへと入っていった。




義眼当主「セリフがない……」

はい、この章では貴重なエヴァの出番でした。ロリバージョンじゃなくて、ボンキュッボンの雪姫バージョンですけどね^ ^

(嘘)次回予告!
ついに視せてしまった(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)! 達也とナギの関係やいかに!
「教えてくれ! 一体お前はナニモノなんだ!」
(エーミ)(ッタム)(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)‼︎」
次回!『質量(マテリアル)爆散(・バースト)』‼︎乞うご期待‼︎(*嘘です)

それではまた次回!

・・・妖精姫「たとえ体で負けたって、心では負けないわよ!」

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