7月14日、昼休み。
さっきまで生徒会室でお昼を食べてたけど(週に二日が生徒会で、残りが友達と食堂でだったりする)、今は細かい雑務をしながらお茶の時間だ。ボクは紅茶を淹れて、達也くんは何やら作業中、渡辺委員長はどっかりと座っているだけ、とかみたいに例外もいるけど。
先輩方の顔は、放課後に行われる準備会議で達也くんを始めとする技術スタッフの代表入りが決まる……はず、ということで、どこかホッとした表情だ。
「はぁ〜。達也くんも五十里くんも、
「ああ。一週間ほど遅れているが、これでなんとかなりそうだからな。
あとは一部が達也くんに反対するか否かだが……。まあ、既に中条たちにお墨付きをもらっているからな。大丈夫だろう」
「そんな、お墨付きなんて
司波くんはわたしなんかよりも、もっともっとすごかったんですから!」
端末に目を落としてウンウン唸っていた中条先輩が、顔を上げると大きくかぶりを振った。お墨付き?
「お墨付き、ってなんですか?」
「放課後に、部活連幹部と技術スタッフ候補を集めて軽く腕競べをしたアレだ。技術スタッフ全員が、達也くんの腕に仰天していただろう?
って、ああ。春原はあの日北陸でスパイしていたのか」
「へぇ、そんなことをしてたんですか。
それと、スパイじゃなくて偶然ですよ」
「それはわかっています。こちらの情報も与えてしまっている上、相手の方が有利な情報を得ていますから」
うっ!
「一条くんがピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出ることはほとんどわかってたし、仲が良くて連携しやすいだろう吉祥寺くんがモノリス・コードに出るのもほとんどわかってたものね〜。もう一人は初耳だけど、調べた結果お家が移動系を得意としてる、ってことぐらいしかわからなかったし〜」
「出場する、という以外に具体的な情報が得られなかった女生徒についても、本人の適正から、反射神経が超人的な一色さんは新人戦クラウドボールか新人戦、及び本戦ミラージ・バットに、水の古式魔法で有名な四十九院さんは新人戦、及び本戦バトル・ボードにと、それぞれ既に予想できていましたから。十七夜さんについては詳細不明ですが、かつてリーブル・エペーの試合に出場していた記録や、実力主義の一色さんと仲がいいという情報から、ある程度は出場が予想されていた人物です」
「それに比べて、おそらく相手方も予測していなかった春原の出場競技を知られた、というわけか。情報戦ではこっちがほぼ一方的に不利になったな」
「本当にごめんなさい!」
まさか、殆ど全員が出場予想を立てられてた主力選手だったなんて、思ってもみなかったんです!
「まあ、全国を飛び回っていて、接触を持ちやすい春原くんに情報を渡していなかったこちらの落ち度でもあります。
全体的に見て、まだ決定的な情報は渡していませんし、リカバリーの効く範囲内でしょう」
「リンちゃんの言う通りよ。だからあまり気にしないで」
そうは言われても……、はぁ。
やっぱり、千雨さんみたいなブレインが居てほしい……。
「ところで、達也くんはさっきから何してるんだ?カチャカチャと」
「……摩利……CADのオーバーホールよ。授業で習ったでしょう?」
「あ、ああ。それか。あたしは自分ではあまりしないからな……ははは」
「『あまり』じゃなくて『絶対』の間違いでしょう……」
「そ、それで、滅多に自分のCADを持ち歩かない達也くんが、どうして今日は?」
渡辺委員長……逃げましたね。
「ああ。ホルスターを新調したので、馴染ませるついでですよ。
オーバーホール自体はする必要はなかったんですが……、今頃になって少し憂鬱になっていたので気晴らしに。丁度終わってしまいましたが」
「み、見せてもらってもいいですか⁉︎」
中条先輩、いつの間にそこに⁉︎
「え、ええ。……どうぞ」
「わぁ〜。シルバーモデルの純正品、この絶妙なカーブがまた使用者のことをよく考えられていて……ってあれ?シリアルナンバーが入ってない?
でも、この品質は間違いなく正規品ですし……でも、よく見たら見たことがないデザインです……。
まさか……これ……限定の非売品ですか⁉︎」
「い、いえ。正しくは試作品です。
実は開発スタッフに少し伝がありまして、新作がモニターも兼ねて早く手に入るんです。俺や深雪が使っているのも、それが主な理由ですね」
「ええぇーっ‼︎⁉︎本当なんですか⁉︎」
へぇ。もしかして、中条先輩たちが絶賛したっていう調整の腕も、その人から教わってるのかな?
(いいなぁ、いいなぁ‼︎)
「……次の新製品、ワンセット多くしてくれるように頼んでみますか?もちろん、モニターを引き受けてくれることが最低条件に——」
「いいんですか⁉︎どんなことでも喜んでやりますから‼︎
ああ、憧れのシルバー様の製品を、まさか世に出るよりも早く手にできるかもしれないなんて……。
司波くん!ありがとうございます!本当にありがとうございます‼︎」
うわぁ。普段表情が薄い達也くんが、あれだけ顔を引き攣らせているのは初めて見るかも。
あっ。誰彼構わず助けを求めてる。でも、関わりが薄いボクじゃどうしょうもないし……真由美お姉ちゃんに任せた。会長だしね。
「……あーちゃん。少し落ち着きましょうね。達也くんも困ってるから」
「ああ、神様仏様シルバー様……えっ?
……あっ⁉︎す、すみません‼︎本当にすみません‼︎わたし興奮しちゃって、ホントすみません‼︎」
「今度は謝りすぎよ‼︎達也くんも逆の意味で困るわよ‼︎」
「いえ、気にしていませんから」
うわぁ。耳まで真っ赤っかだ。湯気がたって見える。そのうち、知恵熱で倒れるんじゃないかなぁ。
「ほらほら、深呼吸深呼吸」
「は、はい。すぅ〜はぁ〜、すぅ〜はぁ〜、うっ!けほっけほっ!」
「はいはい、急がないで落ち着いてね」
なんか中条先輩を見てると、ホントに上級生なのか気になってきちゃうな。十歳の子供なのに実は教師、よりかは信憑性があるんじゃないかな、中条先輩実は中学生説。
「ええと、すみm、じゃなかった、ええとぉ。
あっそうだ!司波くんは、トーラス・シルバー様がどんな方か知っているんですか?」
「いえ。流石に社外秘、というよりも開発部署だけの極秘らしいので、そこまでは……」
「そうなんですかぁ……」
ビィイーー‼︎
うわっ!ビックリした〜。誰かが入力間違えちゃったのかな?……え?深雪さん?
「深雪さんがビープ音が鳴るようなミスをするなんて……。どうかしたの?」
「いえ、少々入力を焦って、手を滑らしてしまっただけですので」
「そう」
焦って?そんなに急ぐような仕事をしてたっけ?
「……あっ!そうだ!
司波くん。モニターをしてもいいことになったら、後日その伝の人に合わせてください!お礼がしたいので!」
「……わかっているとは思いますが、精神干渉系魔法で情報を聞き出したりしたら重罪ですからね?」
「あ、あはは。そんなことするわけないじゃないですか〜。わたしの魔法はそういう用途には使えませんし。
まさかお礼をして、できれば調整の手ほどきもしてもらって、それで仲良くなって聞き出そう、なんてことも考えてませんよ〜」
「全部白状しちゃってる⁉︎」
しかも誘導尋問でも詰問でもなくて、自分から言っちゃってるし!
「……はぁ。なぜ中条先輩は、そこまでトーラス・シルバーのことを知りたいんですか?」
「えっ?だって、
ループ・キャストシステムを完成させ、特化型CADの展開速度を二割も減らして、
気にならないほうがおかしいですよ⁉︎」
「そ、そうなんですか。認識不足でした。
モニターとしては不満を感じることも多かったので、それほど評価が高かったとは……」
「へぇ、そうなんですか。考え方の違いですかね?」
そこまで熱心なのは、中条先輩だけだと思います。
「それじゃあ、司波くんは、シルバー様はどんな人だと思いますか?
「そうですね……わざわざ秘匿していることから考えて、案外同年代の日本人かもしれませんね」
ビィイーー‼︎
って、二度目ですか深雪さん⁉︎
「本当にどうしたの深雪さん⁉︎体調が悪かったりするの?」
「いえ、一度ミスをするとつい焦ってしまって。三度目はないようにしますので」
「本当に?無理はしなくていいからね?」
なんか心配だなぁ。
「ところで、中条先輩はやってた課題が終わったんですか?さっきまで悩んでましたけど」
「ううっ⁉︎は、春原くん助けてください〜」
「ボクは一年ですよ⁉︎」
二年生の、しかも
「春原の言う通りだぞ。年下に頼るとは……本当に何があった?」
「ううう……だって、悩んでるのは春原くんの所為なんですぅ」
「ナギくんの?一体どんな課題だったのよ?」
全員の手が止まって、中条先輩の方を見る。その視線にビクッと怯える……って、仲間内でも怖いんですか?
「そ、それは……『加重系魔法の技術的三大難問』の解決を妨げてる理由について、っていうレポートなんですけど……」
「なんだ、中条らしくない。毎年必ず出される定番のテーマからだろう?少し難しい参考書でも見ればすぐにわかるはずだが?」
「……いや、そういうこと。確かに今年からは、その課題は相応しくないわね」
今度は、渡辺委員長を除く全員の目がボクを非難がましい目で射抜く。た、確かにこれは怖いかも。
「む?どういうことだ?」
「摩利……。三大難問を全部挙げてみて」
「バカにしてるのか?『重力制御型熱核融合炉』、『慣性無限大化による疑似永久機関』、そして『汎用的飛行魔法』……なるほど、そういうことか」
「そうよ。今年からは、ナギくんが飛行魔法の存在を確定させちゃってるのよね〜」
「一応飛行魔法自体は古式魔法師の一部では確認されていたことですが、すべてBS魔法師の固有スキルに近いものでした。
しかし、春原くんは様々な古式魔法を使いこなすことから考えても、明らかにBS魔法師ではありません。つまり、それを解析できれば汎用的飛行魔法実現の可能性が出てきたわけですね。本人は協力を拒否していますが」
「『春原家の魔法は必要な場面でただ見せるだけ。知りたければそこから解析してください』。
これが、ご先祖様たちの方針も踏まえた上でのボクの基本方針ですからね。わざわざ解析に協力は出来ませんよ」
下手に解析されちゃってすぐに違いの『根本』がバレちゃったら、世の中大混乱だし。
「他のは一応どうにか書けたんですけど、それだけがどうしても……」
「うーん。参考書をただ書き写すだけだと問題だし……ナギくんも教えてくれそうにないしね〜。
あーちゃんはナギくんがどうやって飛んでると思ってるの?」
「参考書では、跳躍や浮遊は実現しているのに飛行魔法が実現していない理由としてこう書いてあったんです。
『魔法式には必ず終了条件が記載されていて、それを満たすまでは魔法式は効力を持ち続ける。なので飛行中に上昇や下降を行うためにはその魔法を上回る干渉力の魔法で上書きしなくてはいけないが、一人の魔法師が能動的に分けられる干渉強度はせいぜい10段階が限界なので、十回の状態変更で飛行魔法は破綻する』」
「去年までなら、その説明で満点ですね。今年からはそうはいかないのが問題ですが」
そんな非難がましい目で見られても……。飛べるものは飛べるんだから、仕方がないじゃないですか。
「なら、春原くんの飛行魔法は、終了条件が書かれていなくて変数を途中変更できるようになっているか、もしくは対抗魔法で魔法式を途中でキャンセルしてから投射しなおしてるか、と思ったんですけど……」
「前半の案はないわね。いくら仙術で外部のサイオンを操れるとは言っても、既に情報の上書きをした魔法式を操るのは不可能よ。現代魔法の理論が覆れば別だけど」
「となると第二案ですね。対抗魔法による魔法式のキャンセルですか……。その案なら、上書きによる干渉力のインフレスパイラルを止められますね。
確かに面白いアイディアですが、そのぐらいなら既に考えられていそうなものですが……ああ、ありました。イギリスのウェールズで一昨年、『事後的領域干渉による飛行魔法の実現』というテーマで大規模実験が行われてますね」
へぇ。イギリス、それも
「結果はどうなんだ……って、成功していたらもっと知られているか」
「ええ。明らかな失敗、それも通常よりも早く墜落してしまっているそうですね。理由までは書かれていませんが、何故なのでしょうか?」
「それは当然でしょう」
「……達也くん?」
ああ。そういえば達也くんにはヒントを教えちゃってたんだっけ?あの時は、高校で初めての友達ってことで、舞い上がっちゃってたからなぁ。
「ほう?達也くんは何かわかるのか?」
「そもそも領域干渉は、情報の改変をしていない魔法式による上書きによって、他の魔法による対象の情報改変を防ぐ魔法です。
当然、魔法のキャンセルをするためには既に発動している魔法式以上の干渉力を求められ、さらに上書きする際には領域干渉以上の強度が必要になります。
結果的に、通常に加えて領域干渉分のインフレが起きて、通常に倍する勢いで失敗してしまったということです。おそらく、この理論の提唱者は領域干渉のことを誤解していたのでしょう。使用魔法の性質を理解していないせいで事故を起こすとは、理論者としては三流以下ですね」
「うわぁ。達也くんにしてはすごい酷評」
ほら見て。深雪さん以外、全員が引いてるよ。
「なら、司波くんはどうしたらいいと考えているんですか?」
「対抗魔法による魔法式のキャンセル、という前提に立つのなら、魔法式自体の破壊が可能な対抗魔法で行うしかないですね。そんなものは、サイオン砲弾の『
「私の対抗魔法も、起動式の読み込みに失敗させて成り立たせているんだから、魔法式自体の破壊なんて夢のまた夢ね」
「だが、そういうことなら、
十文字に聴いたぞ。四月の事件の時に、相手の式神に対して気弾で弾幕を張ったそうじゃないか」
「確かにできなくはないでしょうが、破壊と新しい魔法式の上書きを同時にこなさなくてはならないため、あまり現実的ではないでしょう。
むしろ、俺としては別の案を考えますね」
「別の案?」
達也くんが考えた案なのかな?それは聞きたいな。
「なんだ、それは?」
「そうですね……できればオフレコでお願いします。俺個人の問題ではないので」
「ほう?……まあいいだろう。中条には頑張ってもらわなくてはいけないが」
「ボクも大丈夫だよ。そもそも自分で飛べるし」
そのあと、全員が話さないことを約束した。中条先輩はかなり渋ってたけど……内容によっては
「それで別の案ですが、もともと魔法式の持続時間が被っているのが干渉力のインフレの原因なのですから、持続時間と規模を極限まで縮小した魔法を連続発動するようにして、魔法が被らないようにすればいいだけの話です」
「た、たしかに……でも、そんな速度での連続発動なんて……」
「まさか、ループ・キャストですか……?」
「いえ、この場合は移動時以外基本的に変数の部分も同一にしなくてはいけないため、似たようで全く別の問題になると言っていました」
「言っていた?
……もしかして、その話って…………」
「はい。トーラス・シルバーの開発室にいる知り合いから聞きました。
『え、えええぇーーっ⁉︎』
まさか、術式部分だけとはいえもう解析されたの⁉︎
それが本当なら、場合によってはボクを上回るかもしれない大天才じゃないか⁉︎
「そ、それは本当なんですか⁉︎本当にあのシルバー様が⁉︎」
「はい。もともと彼が色々試行錯誤していたところに、ナギが飛行しているのを見て発想力を掻き立てられたそうですよ」
「何故それを司波君が? いくらテスターでスタッフの知り合いだとはいえ、普通ならそんな情報を話さないでしょう⁉︎」
「実は、ナギと直接の面識があって例の会場にもいたということから、その知り合いを介して色々聴かれまして。開発が間に合えば深雪のミラージ・バットで使わせてもらうことと引き換えに話したんですよ。向こうとしても、いいデモンストレーションになると快諾しました。おかげで個人的に開発中の魔法にアドバイスなどもいただけましたよ」
た、達也くんのうらぎりものーーっ⁉︎
「そ、それをあたしたちに話してよかったのか?明らかな情報漏洩だろう⁉︎」
「いえ、おそらく大丈夫でしょう。
たとえ漏れたとしても、あと半月以内に発表されるまでに、他所でそんな起動式の開発が間に合うと思いますか?」
「え?いや、まず無理だろうが……」
「これは魔法だけではなく物理学などでも言えますが、理屈だけなら子供にだって言えます。それを実証・観測することで初めて理論になるんです。
そして、現段階で彼に先駆ける実証は不可能といってもいいでしょう。寧ろ、噂が広まって注目を集める分だけ利益になるだけです」
「……なるほど。一理あります」
はぁ〜。そこまできちんと考えてたんだ。
「ほわぁ〜すごいですね〜。
……って、そんな内容なら、結局レポートに書けないじゃないですかぁっ⁉︎」
「ああ。そういえば元々はそういう話だったわね」
「すっかり忘れていたな。まあ、適当に頑張れ、としか言えないが、頑張れ」
「う、うわぁぁん〜⁉︎」
「……ナギ。これで本当に年上なんだよな?」
「……奇遇だね。ボクも同じことを思ってたよ」
結局中条先輩は、例年の解答に『ただし、飛行魔法の存在自体は確認されており、近いうちに開発される可能性もある』、という一文を加えて、飛行魔法発表の混乱のさなかで唯一満点を取ったそうな。
中学生「ううぅ。ひどい目に遭いましたぁ〜」
はい、というわけで三十二話でした。いかがでしたか?
うん、なんというか……誰とは言いませんが、凄い白々しいですね。さすが別名の通り黒いな、真っ黒だ。
それではまた次回!
・・・中学生?「って、なんですか中学生説ってーー⁉︎」