魔法科高校は、その名の通り魔法を学ぶための学校だ。当然、時間割や試験もそれに合わせて組まれている。
しかし、それが日本の高校である以上、最低限の一般科目も時間割に組み込まれていた。いま達也たちが受けている体育の授業もその一つだ。
「オラッ!頼んだぜ達也!」
「そう言うのなら、もう少し加減をしてくれ。
と、隙ありだ。幹比古、頼む」
「頼まれた!」
バスッ、バスッ、とボールがコートの中を跳ね回る。
今日の、というかここ暫くの授業はレッグボール。全体を穴の空いた箱で覆われたコートで行う、フットサルのようなものだ。ボールが高反発素材でできているため、少し蹴ったり壁にぶつかるだけで所狭しと跳ね回ってしまう。
そんな中、気にせず動き回るのが先の三人。もともと1-Eの人間の中では運動神経が飛び抜けているため、最初の授業で同じチームに分けられてからは、こうして見事な連携で大活躍をしているのだ。
「がんばってー‼︎」
「あっ!またきまったよ〜!」
当然、そんな高いレベルのものがやっているとなると見たくなるのが人情で、同じクラスの女子が
普段なら教師もある程度注意するのだが、今日は試験が終わってから夏休みになるまでのモラトリアムということで多少ハメを外しても大目に見ていたりする。
「幹比古、ナイスシュートだ」
「ありがとう。こう言ったら相手に悪いんだろうけど、いつもよりも大分やりやすいよ」
「だな。ナギがいないだけで、ここまで楽になるんか、って感じだぜ」
「それには同意するな。あいつが一人いないだけで、使える戦術がここまで広がるとは」
そう。ナギはとある古式魔法師との会談のため、今日は学校を休んでいるのだ。
普段は連携によって翻弄しながら攻める達也たちに対して、キーパーを務めるナギが、殴り、蹴り、背中からの体当たりなどでゴールを死守しつつ、僅かでも隙ができれば壁や天井を足場にしながら前に出てゴールをもぎ取る、という半ば三対一の形で拮抗させているのだ。当然、事象改変をする魔法はなしで。
そんな人外じみた能力を持つナギがいなければ、人の域の最高ラインで動く三人が一方的に勝てるのは当然だろう。
「それにしても、ナギも大変だよね。土日も北海道と岩手に行ってたんでしょ?」
「ああ。会長がブツブツ恨み節を言っていたから間違いがない」
「当主として全国飛び回って、タレントとして働いて、それでいて筆記試験で二位だってんだから、いったいどうやって勉強をしてるのか気になるぜ」
「しかも、魔法言語学と魔法幾何学で満点だったらしいぞ。もはや天才という言葉では表せないな」
「いや、達也は人のこと言えないからね?」
「ちげぇねぇ」
幹比古とレオは、苦笑が入り混じった笑い声をあげる。達也はなんとも言えない表情をしていたが。
この後、エリカが着てきたブルマによって男子二人が顔を赤らめて揶揄われるのだが、それはまた別のお話。
今回の話の中心は、ここにはいないナギに訪れた。
◇ ◇ ◇
「それでは、今後ともよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
ここはとある神社の社務所の客間。
そこでナギは、壮年に差し掛かっているぐらいの男性と会談をしていた。どうやら丁度、いい方向で話がまとまったようだが。
「春原さんは、これからあちらのお屋敷に?」
「はい、そうです。
ですけど、約束の時間まで少しあるので、暫く観光してから行こうと思ってます」
「そうですか。
実は、あちらの御曹司とウチの娘が
『ただの』を強調するあたり、どうやら男性はかなり親バカのようだ。
しかし、ナギはそれには触れずに話を続けた。親子で仲が悪いよりかは、愛情が多少行き過ぎているぐらいの方が良いと考えてるからだ。
「そうなんですか。それは……どうしましょうか。
出来れば挨拶をしておきたいんですけど、ボクが練習を見るのは色々と問題ですよね?」
「挨拶程度なら大丈夫だと思いますよ。
長い間見学するわけでもなければ、情報漏洩にはならないでしょう。どうせ、すでにどの高校も出場は予想しているでしょうから」
「そうですか?それなら挨拶させてもらいますね。もちろん娘さんにも」
「はい。たまたま同い年ですし、是非とも良い
それでは案内しますよ。こちらです」
「お願いします」
二人とも正座を崩して立ち上がると、社務所を出て森へと足を向ける。その道中も他愛ない会話をしていたが、そのほとんどが男性の娘自慢だった。
かなり広い森に入ってから暫くして、ふとナギの足が止まる。
「多分あと5分ぐらいですね。結構魔法を使っていそうなので、気をつけたほうが良いですよ」
「ほう。春原くんはそこまで気配が読めるのですか。わたしはまだ方向ぐらいしか。さすが、女神様が興味を持たれるだけはありますね」
「慣れもありますが、空気中のサイオンを取り込むのを基本にしているからかもしれません。少しの揺らぎを感じることで、具体的な種別はともかく、何かがありそう、ということならわかりますから」
「なるほど。そういうことですか。
ウチは仙術にあまり慣れていないので、素直に羨ましいですねぇ」
「実際に使ってみると、細かい制御のできる『気』の方が羨ましくなることもありますけどね。仙術と気の共存は難しいので、使いこなすならどちらかに絞り込まなければいけませんから」
そう会話しつつも、どこか気を張った様子のナギ。
(なんだろう。なんか練習にしては殺気立ってるというか、妙に使われる魔法が強くて多い気がする)
それに、直感だがナニカが居る気配がする。
ヒトではない、どちらかと言えば自分よりのモノが。
(萃音さんの話では、二年前の霊災で山ほど吐き出されたから、暫くは日本で強力な魔物が自然発生することはない、らしい。考えすぎかな?)
だが、だんだんと聞こえてきた音も、やはり練習している空気ではない。隣を歩く男性も、眉をひそめ始めた。
ことここに至っては、最悪の事態も考えなくてはいけなかった。
「すみません!先に行きます!」
「では、わたしは退路の確保を!」
男性も伊達に当主を務めているわけではなく、異常事態を察知してすぐさま役割分担を決め、行動に移し始めた。
「
ナギも、戦闘していると思しき場所に可能な限り最速で到達すべく、身体能力強化魔法を最大出力で展開し、木々を縫うように駆けはじめる。このように入り組んだ林の中では、瞬動よりも強化して走ったほうが早いことが多いのだ。
「うおおぉう⁉︎」
「「きゃあぁぁ⁉︎」」
ナギの予感は正しかったようで、前方から三人の女性の悲鳴が聞こえた。一人は悲鳴なのか驚声なのか怪しかったが。
(彼がここで練習をしてたということはあの競技だから、男子も最低三人はいるはず。だったら、声が聞こえないのは、声を上げることすら忘れている状況か、それとも……)
最悪の光景を見る可能性も覚悟して、それでも助けられるだけ助けるという意思を持ってスピードを上げる。
そして、ついに現場にたどり着いたナギの目に飛び込んできたのは——
「ほラほラ、ここが良いのカ?」
「や、やめて!脱がさないで!」
「抵抗なんて無意味デス」
「おい待て!お主らどこを触っておるのじゃ!」
「……ん」
「むー。こっちの奴は反応が薄くてつまらネーゼ」
三匹のスライムにあられもない姿にさせられている、三人の女生徒の姿だった。
ズザザザザーーー‼︎ッゴン‼︎
予想外すぎる光景に、ナギが見事なヘッドスライディングをかまして、杉の木に頭から突っ込む。
「い、いったい何があったんですか⁉︎」
「一高の
その明らかな男性の声に、極力女性の方を見ないように辺りを見渡す。
すると、三人と三匹から十数メートルぐらい先に、水球の中に閉じ込められた三人の男子生徒の姿があった。声の主は彼らと見て間違いがない。ナギは気配を殺して、三人の方に近づいていく。
声を上げてしまったにしては幸いなことに、まだピンク色の地点から距離があったことと、スライムが女生徒を弄ることに集中していたため、三匹に気づかれることなく三人の元にたどり着けた。
「何があったんですか?」
「あ、ああ。三高の
「三高の
最初は、チームメイトの
「俺たちは練習中の息抜きついでに見学していて、四十九院が、同じく蔵から見つけたっていう御神酒の蓋を開けたと思ったら……」
「スライムが出てきて襲いかかってきた、というわけですか」
おそらく、酒瓶らしきものは御神酒ではなくて封印瓶だったのだろう。つまり自然発生ではなく、封印の解除だったわけだ。
瓶状の封印というのも前世で覚えが、というより原初の記憶に焼きつけられた苦々しい思い出がある。
「それなら、その瓶さえあれば再封印できるかもしれませんね。瓶はどこに?」
「それが……。
その視線の先には、砕け散っている土瓶があった。これでは再封印など到底無理だろう。
「分かりました。元々体系が違っている魔法なので出来るかどうか半信半疑でしたし、別に大丈夫です。
それで、どうにかする手段はありますか?」
「正直、あれがなんなのかすら分かっていないんだが……。一つだけ言えることは、生半可な干渉力じゃまるで効かないということだけだ。
あれが液体である以上『爆裂』なら効くだろうが、一色たちが捕まっている現状だと使いようもない」
「僕も似たような感じだよ。インビジブル・ブリットも試したけど、スライム状のせいで効果がなかった」
「アレの正体は魔物の一種です。よくRPGで出てくるスライムを思い浮かべてくれれば大丈夫ですが、実力だけは別物です」
そう。RPGだと雑魚敵の代表であるスライムは、実際の魔物だと非常に厄介な部類の敵なのだ。
「物理攻撃は殆ど無効化。雷撃も素通りしてしまうから効果が薄い。バラバラに吹き飛ばしても、一滴でも水が残っていればそれを起点に空気中の水分を集めて再形成します。
有効的な手段は、高温なり炎なりで一滴残らず蒸発させきることか、どうにかして封印することです」
「一滴残らず……。『爆裂』だと、あの体積の水を完全爆発させたら大爆発が起きるぞ。なんとか距離をとったとしても、この森の中じゃ遠距離照準は無理だ」
視線で吉祥寺の方へも問いかけるが、何か打開策がある様子でもなかった。
「分かりました。ではボクがこの水牢を破壊して、動揺している隙に彼女たちから引き剥がしたあと、大火力で燃やし尽くします。その間に彼女たちのケアと、延焼が起きて山火事にならないようにするのを手伝ってください」
「むしろそのぐらいなら手伝わせてくれ。このまま何もしないのは性分じゃない」
「僕もだ」
その返事に頷き、小さく何かを唱えると、ナギは水牢をガシッと掴み——握り潰すように粉砕した。
「おおウ⁉︎」
「いつの間ニ⁉︎」
「とにかくさっさと捕まえるデス!」
スライムたちも流石にそれには驚き、ナギの方に注意を向けたが、その瞬間、ナギの体が霞と消え、次の瞬間にはスライムたちの五メートル手前に現れた。
「瞬動なのカ⁉︎」
「『入り』が全然わからネー⁉︎」
「それはいいから逃げるデス!」
「
咄嗟に少女たちを盾にしようとしたスライムだが、先んじてナギが呼び起こした突風に煽られ少女たちから引き剥がされる。
「うわプ⁉︎」
「突風の魔法カ⁉︎」
「吹き飛ばされるデスゥ⁉︎」
だが、まだあくまで引き剥がしただけ。未だに、宙に取り残された少女たちのすぐそばにスライムたちはいるのだ。数秒後にはまた元どおりだろう。
しかし、そのことを考えていないナギではない。
「
上空から飛んできた三体の分身が、ナギがそう言うと同時に少女たちを捕まえて一条たちの方へ向かう。
予め使っておいた
「ああ、獲物ガ⁉︎」
「だったラ、倒してからまた捕まえるだけダゼ!」
「お覚悟デス!」
ここでスライムの体勢も整えられ、三匹で連携して襲いかかってくる。それはただの格闘術ではなく、スライムの体を利用した、腕や足が急に伸びて巻きついてくる独特なものだ。一対三のうえ、初見で防ぎきることなどそうそう出来ないだろう。
「おラおラ!」
「ていヤッ!」
「なんで当たらないんデス⁉︎」
しかし、それも初見での場合。ナギは前世という経験を積んでいる。
たとえ人ではありえない攻撃であっても、慌てることなく的確に対処できる。
「フッ!——双撞掌‼︎」
「うおウ⁉︎」
「やるネッ」
「なんか読まれてるデス⁉︎」
「——
スライムたちの体勢が崩れている間にナギの無詠唱魔法が発動し、スライムたちの周囲に竜巻の檻が現れた。
しかし、本来上級魔法であり、なおかつそこまで使い慣れていない魔法を無詠唱で完全に使うのは、さすがのナギと雖も不可能だ。おそらく、本来の数分間とは程遠い、十数秒の時間稼ぎにしかならないだろう。
……だが、それだけあれば充分すぎる。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル
「目眩しなんてヒキョーナ⁉︎」
「今度こそ私達の番ダゼ!」
「ってなんかヤバそうデスゥ!」
「———
ナギの掌から放たれた黒い業火はスライムたちの中心に着弾し、10メートルは余裕で越す高さの火柱を立たせる。
スライムたちも必死に抵抗するが、圧倒的火力の前にはなす術なく、僅か十秒足らずで滅せられた。いや、彼女らはこの世界で体を失っても
「すごい威力だ……」
「振動・吸収系の『燃焼』の類いか?
いや、この感覚は……収束系も混ざっている?一体どこに……」
自然界ではありえない、炎自体が黒く染まっている火柱を見て、三高生は呆然としている。
いや、それだけではない。その炎に照らされた赤毛の少年が、先程のスライムよりも魔物のように見えたことで本能的に恐怖を覚えて、ただただ固まることしかできなかった。
スライム娘①「典型的なヤラレ役だったナ」
あれれー?おっかしいぞ〜?
なんで将輝に誤射される話から、唐突な赤松ワールドに変わってるんだ〜?
……犯人はこう語る。『筆が乗ったから』と。
それではまた次回!
……スライム娘②「まあ、悪役デスシ……」