IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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4巻相当分はこれで終了です。


第84話 備える者たち

「ふぅ……」

 

 くわえた煙草を一気に吸い、思い切り息を吐く。

 ため息と共に漏れた白い煙は瞬く間に部屋を満たし、すぐに頭上の換気扇へと吸い込まれていった。

 

「入るわよ……って、なによこのタバコ臭さ!信じらんない!」

「あー、ブレイズ。どしたの?」

 

 突然ドアを開けて入って来た眼鏡の女性を、部屋の主は嫌な顔一つせず迎え入れた。

 

「どうしたの、じゃないでしょ。未成年がタバコ吸っちゃいけません!」

「えー?知らないわよ。

 たとえどっかの国にそんな法律があっても、私達には(・・・・)関係ない(・・・・)もの」

「法律とか関係ないわよ。いい?タバコを未成年者が吸うとね、成長に悪影響が……」

「いいっていいって。私がこれ以上大きくならないのは、もう決まってる(・・・・・・・)んだし。

 それよりもー、何の用?」

 

 そう言って首をかしげる部屋の主。

 その頭の動きに合わせ、さらさらとした青い髪が肩のラインをなぞった。

 

「ああ、そうだった!

エッジが暴れ出したのよ。今はF(エフ)が押さえてるけど、ワイズも手伝ってくれない?」

「いいの?私が行っても逆効果だと思うんだけど」

「だいじょーぶよ。さっさと殴って気絶させちゃえば」

「ん、オッケ」

 

 タバコを灰皿にダイブさせ、ワイズと呼ばれる人間は部屋を後にする。

 後に残されたのは、ゆらゆら漂う煙だけ。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 今日は、妙な日だった。

 学園のゲートの近くで自主トレをしてたら、知った顔が次々とゲートを通っていったのだ。

 まずはシャルロット。次にセシリア。少し遅れて鈴音。

 しかもみんながみんな、別々のタイミングで出ていった。

 

 ……これは、昨日一夏が実家に帰ったことと無関係ではないんでしょうね。

 多分、みんなが他の人を出し抜いてやろうと考えた結果だと思うけど。

 そして一夏の家でニアミスし、大騒ぎするに違いない。

 後は行きそうなメンバーは箒くらいかな?でも、箒は花火大会以来、なんだかふさぎがちになってるし……。今日も外出はしないかもね。

 

 そんな思いでぼーっとしてると、またも見知った顔がゲートをくぐる所が見えた。

 ……と、いっても、学園から出ていったわけじゃない。

 その逆。

 今まで学園外にいた人物が、今になって学園に帰って来たのだ。

 

 さて、問題。

 ここ数話登場してなくて、なおかつ影が薄い原作ヒロインといえば?

 

 星海社……じゃない、正解者には、もれなく私との模擬戦をプレゼント。

 

 ……なんてね。回答者がいるわけでもないし。

 紅也じゃあるまいし、メタな発言はここまでにしておきましょう。みんな、忘れて。

 

 じゃあ、答え合わせをしましょう。

 日本製の高級車から降りてきたその子は、水色の髪をしていた。

 前の私みたいなセミロングの髪は、内側に向かってややはねた癖っ毛になってる。

 他の大きな特徴は、キャラ作りのためにかけてる眼鏡。

 それから、胸は……ぷっ。

 

「………………」

 

 その人物――更識簪は立ち止まり、誰かを探すかのようにキョロキョロと左右を見渡す。

 何だか怒ったような、不機嫌な表情をしてるけど……何故かしら?

 

「簪ちゃん、どうしたの?」

 

 次いで、ゲートをくぐる人物がもう一人。

 簪と同じ髪色の持ち主だけど、髪型は微妙に違う。

 スタイルも結構いいけど……お姉さんかな?

 

「……別に」

 

 簪は、まるで誰かの記者会見を再現したかのようにそっけなく答え、そのまま足早に去っていく。残された簪のお姉さん(仮)は伸ばしかけた手を引っ込め、「はぁ……」とため息をついた。

 

「……で、いつまで隠れてるつもりかな?キミは」

 

 顔を伏せたまま、その人は呟く。

 ……私に気付いた?

 いえ、そんなはずはない。ハッタリだ。

 あの人はきっと、数年ぶりに厨二病が再発してるだけだ。

 

 彼女が顔を上げる。

 その瞳は、まっすぐにこちらを射抜いていた。

 

 ……本物だったか。

 

 でも、この距離だ。

 私のような存在か、マサイ族でもなければ、顔までは見えまい。

 ならば、ひとまず撤収する。

 

 何故だろうか。

 彼女にかかわるとロクなことにならない。

 そう、私の勘が告げているのだ。

 

「……あれ、行っちゃったか。誰だったんだろ、あの子」

 

 少女の独り言は、誰に聞かれることも無く、風に乗って消えていく。

 

 

 

 

 

 

「……簪――」

 

 ヒュン!

 

 寮の中へと戻り、背後から簪に声をかけた瞬間、オートでカウンターが発動した。

 とっさに飛んできた右手を掴み、そのまま締め上げる。

 

「――久しぶり」

「……痛い」

 

 かたや右腕を締め付けられ、かたや技をかけている二人組の図は、かなりシュールだと思う。

 とりあえずいつまでもこのままというわけにもいけないので、簪を開放する。

 

「……何で殴りかかって来たの?」

「何か……失礼なことを、言われた……気が、した」

 

 うーん、そんなあやふやな理由で八つ当たりされても困るんだけど。

 私には思い当たるフシはないし……。

 

「……とりあえず、おかえり」

「……ただいま?」

「……ちょっと違う?」

「……何、が?」

「……簪は実家にいたのに、『ただいま』は、変かな?」

「……実家……ね」

 

 相変わらず、簪との会話はこんな感じ。

 ストッパーになりうる鈴音はいないから、延々続くに違いない。

 

「……葵は、実家に……帰ったの?」

「…うん。休みの頭に。……簪と、同じ」

「紅也……くん、とは……会った?」

「……もちろん」

「……そう。……元気に、してた?」

「……元気……だった」

「……良かっ……。……だった(・・・)?」

 

 私の発言に引っかかりを持ったらしき簪が、いぶかしげな表情で尋ねる。

 

「……今は、分からない」

 

 実はこの間話して以来、電話が繋がらないのだ。

 8やISコアの反応はあるから、生きてることはわかるんだけど……どういう状態かまでは不明。

 ASTRAYの専用回線を使えば会話はできるけど、そんなことをしたら怒られる。

 部分的とはいえ、ISの機能を無断で使うのは、いけないことなのだ。

 私の表情から、とりあえず紅也が無事だとの確証を得たらしき簪は、この話題を流すことに決めたらしい。

 

「……新学期には、間にあうの……?」

「もちろん」

「……即答、だね」

 

 それはそうだろう。

 今は言えないけど、二学期の始業式ではあるイベントが企画されてる。

 その段取りを取るのが紅也だ。何があっても復帰するに決まってる。

 

「……じゃあ、待つ……」

「……頑張って」

 

 部屋に向かう簪を見送り、自分の部屋へと戻る。

 ドアを開くと、当然の如く待ってる人はいないけど――

 

 ――部屋の左側、紅也のスペースに、ダンボールが積まれていた。

 

 これは、私の荷物じゃない。

 紅也が家でまとめて、モルゲンレーテに発送を頼んだもの。

 それが今届いたということは、アレの予備が入ってるんだろう。だとしたら、早めに隠しておかないと。

 

 すぐにダンボールを開封し、荷物を分けていく。

 服は衣装ケースへ。制服はハンガーに。小物は机の中へ。

 それぞれ分類し、紅也が使いやすいように配置していく。

 やがて、肝心のモノが姿を現す。

 厳重にロックのかけられた、シルバーのアタッシュケース。

 見た目通りの重さを誇るそれは金庫にしまいこみ、しっかりと鍵をかける。

 ……これで、私と紅也以外には開けられないはずだ。

 

 最後に残っていた日本刀を、紅也のベッドに立てかける。

 ようやく、部屋は完全に元通りになった。

 

 そう――私と紅也が一緒に暮らしていた、あの状態に。

 後は、足りないのは一つだけ。

 もう一人の部屋の主である、私のお兄ちゃんだけ。

 

 

 

 

 

 

「――以上が、織斑一夏、ならびに山代紅也の報告になります」

「そろそろ動くべきかしらね」

「正直、この件に関しては、対応が遅すぎる気がします」

「各方面からの苦情も相当数……。もう、待つべきではないかと……」

「そのことなんだけど……少しだけ待てないかしら?」

「妹、ですか?」

「ええ。……どうやら、強いだけの人形ではなかったみたい。探るだけの価値はあるわ」

「では……」

「動くわよ、我らが我らであるために。そして機を見て接触します」

「りょ、了解しました!」

「承知……」

 

 薄暗い部屋。女たちの話し声だけが、部屋を満たす。

 

「覚悟してもらいましょう。織斑一夏。山代紅也。そして――」

 

 満月を背に、女は微笑む。

 そして――

 ぱちん、と扇子を閉じる音が静かに、しかし確かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 様々な陰謀と思惑を孕みつつも、物語は進んでいく。

 たったひとつの、決して避けられぬ別れを、繰り返さないために……。

 


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