「ふぅ……」
くわえた煙草を一気に吸い、思い切り息を吐く。
ため息と共に漏れた白い煙は瞬く間に部屋を満たし、すぐに頭上の換気扇へと吸い込まれていった。
「入るわよ……って、なによこのタバコ臭さ!信じらんない!」
「あー、ブレイズ。どしたの?」
突然ドアを開けて入って来た眼鏡の女性を、部屋の主は嫌な顔一つせず迎え入れた。
「どうしたの、じゃないでしょ。未成年がタバコ吸っちゃいけません!」
「えー?知らないわよ。
たとえどっかの国にそんな法律があっても、
「法律とか関係ないわよ。いい?タバコを未成年者が吸うとね、成長に悪影響が……」
「いいっていいって。私がこれ以上大きくならないのは、
それよりもー、何の用?」
そう言って首をかしげる部屋の主。
その頭の動きに合わせ、さらさらとした青い髪が肩のラインをなぞった。
「ああ、そうだった!
エッジが暴れ出したのよ。今は
「いいの?私が行っても逆効果だと思うんだけど」
「だいじょーぶよ。さっさと殴って気絶させちゃえば」
「ん、オッケ」
タバコを灰皿にダイブさせ、ワイズと呼ばれる人間は部屋を後にする。
後に残されたのは、ゆらゆら漂う煙だけ。
◆
〈side:山代 葵〉
今日は、妙な日だった。
学園のゲートの近くで自主トレをしてたら、知った顔が次々とゲートを通っていったのだ。
まずはシャルロット。次にセシリア。少し遅れて鈴音。
しかもみんながみんな、別々のタイミングで出ていった。
……これは、昨日一夏が実家に帰ったことと無関係ではないんでしょうね。
多分、みんなが他の人を出し抜いてやろうと考えた結果だと思うけど。
そして一夏の家でニアミスし、大騒ぎするに違いない。
後は行きそうなメンバーは箒くらいかな?でも、箒は花火大会以来、なんだかふさぎがちになってるし……。今日も外出はしないかもね。
そんな思いでぼーっとしてると、またも見知った顔がゲートをくぐる所が見えた。
……と、いっても、学園から出ていったわけじゃない。
その逆。
今まで学園外にいた人物が、今になって学園に帰って来たのだ。
さて、問題。
ここ数話登場してなくて、なおかつ影が薄い原作ヒロインといえば?
星海社……じゃない、正解者には、もれなく私との模擬戦をプレゼント。
……なんてね。回答者がいるわけでもないし。
紅也じゃあるまいし、メタな発言はここまでにしておきましょう。みんな、忘れて。
じゃあ、答え合わせをしましょう。
日本製の高級車から降りてきたその子は、水色の髪をしていた。
前の私みたいなセミロングの髪は、内側に向かってややはねた癖っ毛になってる。
他の大きな特徴は、キャラ作りのためにかけてる眼鏡。
それから、胸は……ぷっ。
「………………」
その人物――更識簪は立ち止まり、誰かを探すかのようにキョロキョロと左右を見渡す。
何だか怒ったような、不機嫌な表情をしてるけど……何故かしら?
「簪ちゃん、どうしたの?」
次いで、ゲートをくぐる人物がもう一人。
簪と同じ髪色の持ち主だけど、髪型は微妙に違う。
スタイルも結構いいけど……お姉さんかな?
「……別に」
簪は、まるで誰かの記者会見を再現したかのようにそっけなく答え、そのまま足早に去っていく。残された簪のお姉さん(仮)は伸ばしかけた手を引っ込め、「はぁ……」とため息をついた。
「……で、いつまで隠れてるつもりかな?キミは」
顔を伏せたまま、その人は呟く。
……私に気付いた?
いえ、そんなはずはない。ハッタリだ。
あの人はきっと、数年ぶりに厨二病が再発してるだけだ。
彼女が顔を上げる。
その瞳は、まっすぐにこちらを射抜いていた。
……本物だったか。
でも、この距離だ。
私のような存在か、マサイ族でもなければ、顔までは見えまい。
ならば、ひとまず撤収する。
何故だろうか。
彼女にかかわるとロクなことにならない。
そう、私の勘が告げているのだ。
「……あれ、行っちゃったか。誰だったんだろ、あの子」
少女の独り言は、誰に聞かれることも無く、風に乗って消えていく。
◆
「……簪――」
ヒュン!
寮の中へと戻り、背後から簪に声をかけた瞬間、オートでカウンターが発動した。
とっさに飛んできた右手を掴み、そのまま締め上げる。
「――久しぶり」
「……痛い」
かたや右腕を締め付けられ、かたや技をかけている二人組の図は、かなりシュールだと思う。
とりあえずいつまでもこのままというわけにもいけないので、簪を開放する。
「……何で殴りかかって来たの?」
「何か……失礼なことを、言われた……気が、した」
うーん、そんなあやふやな理由で八つ当たりされても困るんだけど。
私には思い当たるフシはないし……。
「……とりあえず、おかえり」
「……ただいま?」
「……ちょっと違う?」
「……何、が?」
「……簪は実家にいたのに、『ただいま』は、変かな?」
「……実家……ね」
相変わらず、簪との会話はこんな感じ。
ストッパーになりうる鈴音はいないから、延々続くに違いない。
「……葵は、実家に……帰ったの?」
「…うん。休みの頭に。……簪と、同じ」
「紅也……くん、とは……会った?」
「……もちろん」
「……そう。……元気に、してた?」
「……元気……だった」
「……良かっ……。……
私の発言に引っかかりを持ったらしき簪が、いぶかしげな表情で尋ねる。
「……今は、分からない」
実はこの間話して以来、電話が繋がらないのだ。
8やISコアの反応はあるから、生きてることはわかるんだけど……どういう状態かまでは不明。
ASTRAYの専用回線を使えば会話はできるけど、そんなことをしたら怒られる。
部分的とはいえ、ISの機能を無断で使うのは、いけないことなのだ。
私の表情から、とりあえず紅也が無事だとの確証を得たらしき簪は、この話題を流すことに決めたらしい。
「……新学期には、間にあうの……?」
「もちろん」
「……即答、だね」
それはそうだろう。
今は言えないけど、二学期の始業式ではあるイベントが企画されてる。
その段取りを取るのが紅也だ。何があっても復帰するに決まってる。
「……じゃあ、待つ……」
「……頑張って」
部屋に向かう簪を見送り、自分の部屋へと戻る。
ドアを開くと、当然の如く待ってる人はいないけど――
――部屋の左側、紅也のスペースに、ダンボールが積まれていた。
これは、私の荷物じゃない。
紅也が家でまとめて、モルゲンレーテに発送を頼んだもの。
それが今届いたということは、アレの予備が入ってるんだろう。だとしたら、早めに隠しておかないと。
すぐにダンボールを開封し、荷物を分けていく。
服は衣装ケースへ。制服はハンガーに。小物は机の中へ。
それぞれ分類し、紅也が使いやすいように配置していく。
やがて、肝心のモノが姿を現す。
厳重にロックのかけられた、シルバーのアタッシュケース。
見た目通りの重さを誇るそれは金庫にしまいこみ、しっかりと鍵をかける。
……これで、私と紅也以外には開けられないはずだ。
最後に残っていた日本刀を、紅也のベッドに立てかける。
ようやく、部屋は完全に元通りになった。
そう――私と紅也が一緒に暮らしていた、あの状態に。
後は、足りないのは一つだけ。
もう一人の部屋の主である、私のお兄ちゃんだけ。
◆
「――以上が、織斑一夏、ならびに山代紅也の報告になります」
「そろそろ動くべきかしらね」
「正直、この件に関しては、対応が遅すぎる気がします」
「各方面からの苦情も相当数……。もう、待つべきではないかと……」
「そのことなんだけど……少しだけ待てないかしら?」
「妹、ですか?」
「ええ。……どうやら、強いだけの人形ではなかったみたい。探るだけの価値はあるわ」
「では……」
「動くわよ、我らが我らであるために。そして機を見て接触します」
「りょ、了解しました!」
「承知……」
薄暗い部屋。女たちの話し声だけが、部屋を満たす。
「覚悟してもらいましょう。織斑一夏。山代紅也。そして――」
満月を背に、女は微笑む。
そして――
ぱちん、と扇子を閉じる音が静かに、しかし確かに響いた。
様々な陰謀と思惑を孕みつつも、物語は進んでいく。
たったひとつの、決して避けられぬ別れを、繰り返さないために……。