「きゃっ!?」
「あ、ごめんなさい」
「い、いえ、私もちゃんと見てませんでしたから」
「大丈夫か、蘭?」
「あ…………」
えーと、今の状況。
一夏に誘われて、大はしゃぎだった蘭が、歩いてる人とぶつかった。
そして体勢を崩した蘭は一夏に抱きとめられ、そのまま顔を赤くしてる。
するとそれを見た箒が、蘭とは違う意味で顔を真っ赤にさせ、私はそれを静かに見てる。
――何このカオス。
「えっ、うっ、あっ……!」
とうとう蘭は暴走を始め、一夏の胸でばたばたと手を動かす。
一夏も一夏で、そんな様子には気がつかないし……。ホントに鈍感なんだから。
ああ、夏なのに寒い。
前の一夏たちからは熱気が、後ろの箒からは寒気が発せられてる。
……ほんとに、誰かどうにかしてちょうだい。
「あ、あ、――アレですっ!」
ここで、状況に変化が起きる。
もがく蘭が苦し紛れに指さしたのは、さっきのとは違う射的屋だった。
「お。もしかして得意なのか?」
「え、ええっ、まあっ」
そう言って、蘭は一夏から離れ、少しだけ着崩れた浴衣をなおす。
その表情はまだ真っ赤で――動揺から立ち直っていないのは明らかだった。
「というわけで、行こうぜ。……ん?箒、あんまり離れてるとはぐれるぞ。ほら」
言うなり一夏は箒の手を掴み、射的屋に向けて歩き出す。
……私?もう一夏の前を歩いてるけど。
「へい、らっしゃーい」
「おじさん、四人分ください」
「お。モテモテじゃないの、若いの。よしっ、おまけ無しだ!」
「ええっ?いや、まけてくださいよ。せめて女子の分だけでも」
「がっはっはっ。無論断る」
一夏は屋台につくなりすぐにお金を払ってしまった。……私の分まで。
「……一夏。自分の分くらい、自分で出す」
「いや、いいって。こういうのは、男が出すもんだ。それに……葵、さっきので結構お金使っただろ?」
さっき……。そう言われて、金魚すくいのことを思い出す。
ついでに、一夏に笑われたことも。
ガスッ!
受け取った鉄砲の銃床で一夏を殴る。
「痛って!?なんだよ!」
「……別に」
箒や蘭よりも先に構え、獲物を狙う。
うーん……どれにしようかしら?
はっきり言おう。射的は得意だ。
部活は射撃部だし、そもそも実銃を使ってるんだもの、当たり前だ。
だけど……そんな「プロ」の私が遊びに本気を出すって、どうなんだろう?
カッコ悪いよね、絶対。
それに加えて、問題が一つ。
欲しいものが、一つも無いのだ。
……と、いうわけで。
「……何か、欲しいものはある?」
コルクの弾を込めている三人に振り返る。
「え?いや、別に……」
「馬鹿にするな」
「…………」
三者三様の返答。
特に蘭は、とても真剣な表情で鉄砲を構えている。
……まあ、お手並み拝見ね。
「おー、なんか本格的だな。がんばれ、蘭」
「はい、そのつもりです」
……ネタ?ネタなの、今のは?
それはともかく。
蘭は真剣な表情のまま鉄の札を睨み続け……コルクを発射した。
「お」
「おお?」
「おおおっ!?」
「……Hit!」
べしっ。――ぱたん。
「そ、その鉄の札を倒すとは……!え、液晶テレビ当たり~~~~~っ!」
「え?えっ?え……?」
――すごい。
あれを、一発で倒すなんて。
少なくとも、紅也以上の腕前だわ。
「すげえな、お嬢ちゃん!絶対に誰にも倒せないようにして――ああ、なんでもない」
「……上手」
「は、はぁ……」
「液晶テレビを狙うなんて、すげえな。しかもゲットしてるし。いや、驚いた」
そう言って、一夏は拍手する。つられて周りの観客も手を叩き始め、その輪は次第に大きくなっていく。
……そんな中。
「なっ、また……!」
箒はというと、今三発目の弾丸を外し、四発目を装填しているところだった。
……さっきの私も、はたから見たらこんな感じだったのかしら。
あ、四発目を外した。何を狙ってるんだろう?
蘭は液晶テレビを受け取ったものの、なぜか沈んだ面持ちだった。
……他に何か狙ってたのかしら?
「ぐっ……」
五発目、外れ。そして残弾はゼロとなる。
「箒、相変わらず下手だなぁ」
「う、うるさい!ゆ、弓なら必中だ!」
「……紅也みたいなことを言う」
紅也は、あの悪い癖があるせいで、銃はあまり使わない。
だから、よくこんなふうにぼやいていたのを聞いた。
『くっそ~。いっそのこと、ビームボウとか発明できないかな?』
……と。
「……紅也、か」
「? 箒?」
「いや、なんでもない」
「そうか?……ったく、しょうがねぇなあ」
一夏は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すぐに元通りの表情に戻った。
そして自分の残りの弾を箒にあげつつ、すでに弾込めを済ませてある鉄砲を渡す。
「大体、構え方がおかしいんだよ、お前の場合。こうやって、腕をまっすぐにしながら、射線に対して真っ直ぐに視線を置いてだな――」
「……うむ」
……あら?また違和感が。
そうだ。
一夏と身体が密着してるのに、まったく動揺してないどころか……沈んでる?
一体何故?
そうこうしている間に一夏によるレクチャーは終わりを告げ、箒は弾を発射する。
ぺしーん。――ぽとり。
「お!ぬいぐるみが当たったな」
「おー、嬢ちゃんもうまいことやったなあ。がっはっはっ、今日は大損だ」
「……隣のだるまがよかったのだが……」
「うん?」
「いえ、なんでも」
……だるま、ね。箒らしいわ。
「――と、葵は撃ってないのか?」
「……今、やる」
一夏に返事をしつつ、片手で銃を構える。
そしてそのままロクに狙いも定めず――発砲。
コルクはまっすぐに進み、隣にあっただるまの眉間を撃ち抜き、そのまま転落させた。
「おお、こいつはすげえな。ほい、どうぞ」
「……ありがとう」
どこか晴れ晴れとした顔になった店主から、だるまを受け取る。
……これのどこがいいのかしら?確かに、妙な愛嬌はあるけど。欲しがるほどのものじゃないわね。
「……で、どうするの?」
だるまを持ったまま、後ろの方を見る。
そこには、女子中学生が持つには大きすぎる荷物を持ち、ふらふらしてる蘭の姿が。
「だ、大丈夫です!このくらい……!」
「でも、確かに邪魔だよなあ。……弾に取りに来させるか?」
「そうですね!じゃあ、お兄に電話します!」
そう言って携帯電話を取り出す蘭。私はそこに黙って近づき、テレビを持ち上げる。
「あ……」
「……持ってあげる」
「いや、葵。そういうのは俺が――」
「……大丈夫」
それを示すかのように、私はテレビを片手で持ち上げる。
普通の人間とは身体の作りが違うのだ。このぐらい、造作も無い。
「わ!すごい……」
「……どうも」
自分が両手で支えきれなかった荷物を片手で持ち運ぶ私を見て、驚嘆の声を上げる蘭。
それがなんだか照れくさくて、私はあいまいな返事を返す。
「あ、葵……。すまないな」
「……箒が気にすることじゃない。今は二人で回って」
「……いいのか?」
「……別に」
「だが、私は――」
「箒、せっかく葵がこう言ってくれてるんだ。また合流するまで一緒に回ろうぜ」
「……一夏の言うとおり。行ってらっしゃい」
妙に食い下がる箒をとどめたのは、一夏の言葉だった。
二人が去っていくのを確認した私は、傍らでしょんぼりとした様子の蘭に声をかけた。
「……じゃあ、行こ?」
「ああっ、一夏さん……」
空いてる方の手で彼女の手を握り、半ば引きずるような形で、私は出口へと向かった。
歩く私達は、互いに無言。
それはそうだ。
最近忘れられてる設定だけど、私は本来口数が多い方ではない。
……まあ、戦闘中は例外。あれは、私であって私ではない。
なんというか……コンバット・ハイの結果だと思ってくれればいい。
話が逸れた。
最近セリフの数が多くなってきたのは、一夏をはじめとする学園のメンバーと打ち解けたことが原因だ。
実際、オーストラリアの友達とも、私は普通に話す。
初期のころに無口だったのは、環境の変化に慣れていなかったためだ。
つまり、何が言いたいかというと。
一夏という共通の知り合いを失った今、私と蘭との間で会話が成立する訳が無いのだ。
――そう。
「あの、葵さん」
彼女の方から話しかけてこない限りは。
「……何?」
「えっと、その……葵さんと一夏さんはお友達……ですよね?」
「……どういう意味?」
私は、あえてとぼけてみせる。
どういう意味で聞いてるのか、なんて分かり切ってる。
友達なのか、それ以上に思ってるのか……ということだ。
でも、あえて聞く。
だって、そっちのほうが面白いから。
「どういうって、いえ、その。他意はなくてですね、知り合って間もないのに、ずいぶんと仲が良さそうに見えたので……」
いや、それは乙女アイで補正をかけてるからでしょ?
確かに、仲がいいほうだとは思うけど……。一夏にとって、それは当たり前なんじゃない?
「……一夏は、誰にでも優しいから」
「あっ、そ、そうですよね!困っちゃいますよね、あれ!」
「まあ、そこがいいんだけど」
「そうですよね!分かります。……って、ええ!?」
ばっ、と手を離し、大げさに反応する蘭。
……なにこれ、面白い。
「あれ?何で驚いてるの?」
「だって、『いい』って、それって……」
「あら?いい人って意味よ。誤解した?」
「あ、え、違います!私も一夏さんは、いい人だと思ってます!」
「ふーん、蘭ちゃんにとって一夏は、ただの『いい人』なんだ」
「え!?そ、そんなことは……」
いじればいじるほど赤くなっていく蘭。
なんだか、その必死さが可愛らしい。
……紅也とは別の意味で、新たな扉が開きそうだ。
「じゃあ、逆に聞くわね。蘭ちゃんと一夏は、ただのお友達?」
「ち、違う……いえ、違わないんですけど、えっと、その……!」
あらあら、いっぱいいっぱいになっちゃって。
今話すことじゃないけど、片思いの相手から『ただのお友達』扱いされるって、つらいでしょうね。
話している間に私達は、神社に面した道路に着いていた。
そんなことにも気付かない様子の少女は、あわあわと両手を振って、頭から湯気を出している。
「わ、私は、一夏さんのことが――」
「おーい、蘭」
「――って、お兄!?」
残念、タイムアップだ。
もうちょっといたずらしたかったんだけど、まあ、いっか。
「一体何だよ、荷物って。見たところお前手ぶらじゃん」
「えっと、それは……」
「……これ」
横合いから口を出し、自転車に乗って来た少年にテレビを渡す。……もちろん片手で。
「あ、どうも」と礼を言った少年は片手でそれを受け取ろうとして……案の定バランスを崩した。
「――って、重っ!?こんな重いもの片手で持ってるなんて、いったいどんな……」
そう言いながら顔を上げた少年は、私を見る。
そして、まるで何か信じられないものを見たかのように目を見開き……。
「は、初めまして!蘭の兄の五反田弾といいます!」
「……山代葵。よろしく」
なんだろう、このテンションの高さ。
「いやあ、家の蘭が迷惑をおかけしまして」
「ちょっと、お兄!」
「……別に、迷惑じゃない」
「そうですか。それはよかった」
……何がよかったんだろう?
「それはそれとして……蘭!一夏と一緒にいる、って……学校の友達と一緒じゃなかったのか?」
「え、いや、それは、たまたま……」
「たまたまでも何でも、ダメだ!生徒会のみんなと行くっていうから許可したけど、一夏と一緒など認めん!帰るぞ!」
「お兄!」
……兄妹って、どこでもこうなのかな?
紅也曰く、「すべての兄はシスコンであり、すべての妹はブラコンである」。
前者はともかく、後者は違うと思う。
「いいから帰るぞ!」
「待って!せめて一夏さんに電話を……」
「いーや、お前はすぐそういうことを……」
「……そのくらい、いいんじゃない?」
弾が妹を思う気持ちは、よく分かる。
でも、束縛しすぎるのはよくない……と、思う。
だからこそ、このタイミングで口出しさせてもらった。
「う……で、でも……」
「連絡しないと、一夏たちも困る」
「ですよね!じゃ、ちょっと電話します!」
蘭はぱあっと笑顔になると、携帯を取り出して私たちから離れた。
残されたのは、私と弾の二人だけ。
「えーと……山代さん?」
「……何?」
「ごめんなさい。あなたの言うように、ちょっと厳しくしすぎたみたいです」
「……謝る相手が違う」
それは、私じゃなくて蘭に言うべきセリフでしょ?
「そ、そうですよね。
……あの、山代さん。一夏とはどういう関係で?」
……またか。
どうもこの兄妹は、一夏が気になるらしい。
「ただの友達。……それだけ」
「そ、そうですか。よかった~」
?
二度目になるけど、何がよかったんだろう?
「いやぁ、前に街で見かけたときは一夏と楽しそうに話してたんで、てっきり付き合ってるのかと……」
「――前?」
「はい。8月の初めころだったかな?」
8月?
一夏と一緒に出かけたのは、今月ではこれが初めてだったはず……。
「……それは、私だったのかしら?」
「え?どういう……」
「お兄!」
蘭が戻ってきた。
どうやら、帰ることには納得したようだ。
「では、俺は蘭を送っていくので。またいつか会いましょう!」
「……うん」
「さようなら、葵さん」
「……またね」
この場でこれ以上追及することはできず、私は二人を見送るしかなかった。
――このとき問いただしておかなかったことを、私はひどく後悔することになる。
◆
「……待った?」
「いや、そんなに時間経ってないぞ」
「は、花火までの時間はまだある。大丈夫だ」
あれからしばらくして、私達三人は神社裏の林で合流していた。
……ちょっと不用心じゃない?こんなところで襲撃されたりしたら、IS奪われるわよ?
「……で。何でこんなところで花火?」
虫がいっぱいいる……。気持ち悪い……。
「ああ、この先にいい場所があるんだ。俺達しか知らない秘密の場所が、な」
「……まあ、葵ならいいだろう」
一夏は得意げに、そして箒はどこか申し訳なさそうにそう言う。
そんな対照的な二人に連れられて向かった先は、林の中に存在する、自然が作った広場だった。
延々と空を覆い尽くしていた針葉樹林も、この場所だけは木が生えておらず、まるで空を円形にくりぬいたかのように見ることができる場所。
……なるほど。たしかに、これはいい。
「おー、変わってないな。ここも」
一夏はそう言いながら、懐かしそうに周りを見渡す。
一方、箒は……黙ったまま空を見ている。
――今が、チャンスかな?
「箒」
一夏に聞かれないようにしながら、私は小声で箒に呼びかける。
その声に気付いて振り返る箒の目の前に、私は例のだるまをかざしてみた。
「……これ、欲しかったんでしょ?」
「あ、ああ。確かに狙っていたのはそれだが……」
「……あげる」
「! いいのか?」
それを聞いた箒は、だるまへ向けてばっと手を伸ばすが……私はそれを制した。
「ただし、こっちの質問に答えて欲しい」
「な、なんだ!?そんなに改まって……」
――箒の空気が変わった。
なんていうか……ひどく焦ってるような気がする。
じゃあ。
やっぱり。
箒は……!
「……紅也のこと、どこまで知ってる?」
ドーーーーーーン!!
「……え?」
「おおっ?はじまったな、花火!」
無邪気にはしゃぐ一夏をよそに、私は箒に話しかけ続ける。
「答えて。紅也に何があったのか、気付いたんでしょ?」
「……ああ」
「……箒の口から、聞きたい」
私は箒の目をじっと見つめる。
箒は、もはや隠しきれないほどに動揺していた。
このときばかりは、一夏の鈍感さに感謝したい。もしここにいたのが一夏以外の人物だったら、すぐに異変に気付いてしまっただろうから。
「知ってしまったんだ、全部……。
入院のことも、怪我のことも、それから……腕のことも」
花火に照らされた箒の表情は、具現化した「闇」そのものだった。
強い後悔、懺悔、憐憫、そして自身に対する憎しみが凝縮されたかのような、暗い顔。
「……だから、私に対して申し訳なくて、あんな態度を?」
「そうだ。私は――」
「ふざけないで、箒」
ピシャリ、と言い放つ。
花火が発する轟音を切り裂くかのような冷たく、鋭い声。
それを受けた箒の瞳が、さきほどよりもはるかに大きく揺れ動く。
「同情も、憐憫も、謝罪もいらない。きっとお兄ちゃんは、すべての結果に納得してる。
――あなたはただ、誰かに叱ってもらいたいだけなんじゃないの?」
「…………!」
「代償行為で罪を償いたいの?それこそ馬鹿よ。
お兄ちゃんならこう言うわ。『今まで通りにしててくれ』って。……貴女が後悔して足踏みすることなんて、決して望まないわ」
「……ははは。紅也にも同じことを言われたよ」
そう言って箒は、乾いた笑いをもらす。
その表情は、今にも壊れてしまいそうなほど儚くて――
「でも、無理なんだ。私は、自分を責めることを止められない。きっと……ずっと……」
――壊してしまいたいほど、悲しかった。
「お~い、すげえぞ、花火」
「……同感。
……話は終わり。じゃあ、今を楽しみましょう」
そして私はだるまを箒に渡し、一夏のそばへ歩いていく。
紅也の守りたかった日常は、もう元には戻らない。
そんな予感を、胸に秘めたまま――
まあ、知ってしまった以上「知らんぷり」はできないでしょう。