さて、翌日、土曜日。
俺は、自分の甘さを思い知った。
「嘘だろ……こんなに混んでるなんて……」
念には念をと、ウォーターワールドの開場1時間前に来たにもかかわらず、チケット売り場には長い行列ができていた。
とりあえず並んではいるものの、この人数だ。
チケットを買うことができるだろうか?いや、できない。
しかも……。
(もうセシリア来てるし……)
先程、どこかで見たような白い高級車がゲート前に止まり、中からセシリアが出てきた。
待ち合わせは10時だったのに。まだ30分くらい時間があるぞ!?
気まずい思いをしながら、俺はひたすら前だけを見ていた……。
◆
「はい、本日のチケットは完売です!ここより後ろの方、残念でした~!」
そう言って係員さんが看板を立てたのは、俺の目の前……だったら、どんなに良かったか。
あいにく、声は遥か前方から聞こえてきた。
つまり、ギリギリセーフでもアウトでもなく、完全なアウト。J1に昇格したいのにJ2最下位みたいな状態だ。
ちなみに、現在時刻は10:20。既に鈴もゲート前に着いていて、微妙に距離を開けながら待ち人――つまり俺――を待ち続けてた。
どうしよう……。
このままノコノコ顔を出して、一緒に行けないなんて言ったら、鈴にボコされるに決まってる。
かといって、何も言わないのは論外。そもそも鈴には、セシリアも一緒に行くことを伝えてなかった気もするし。このままだったら、二人とも長い時間待つことになるだろう。
よし、決めた。
とりあえず、電話で話そう。
携帯を取り出す。
……って、あれ?シャルから着信があったのか?全然気付かなかった。
まあ、後でかけ直そう。今は鈴への言い訳が最優先だ。
メモリから鈴の名前を呼び出し、コール。
「もしもし!?あんた何してんのよ!今どこ!?」
なんと、ワンコールで出てきた。
「あー、それより、今日は急用が入って……」
「急用って何よ!そんなものが、あたしとの約束より大事なの!?」
「いや、その、だな。実はキサラギって企業が、俺に新開発の射突型ブレードを試して欲しいって言ってきて……」
「嘘おっしゃい!そんな変態企業、この世界にあってたまるか!」
う……。とっさに嘘が出ちまったけど、全然通用してないし。
つーか、鈴。声がここまで聞こえてきたぞ。周りの人も何事かと注目してるじゃないか。
「……って、あれ?何で、あたしの声がそっちから聞こえんのよ!」
……what?
「さてはあんた、近くにいるわね!?」
……バレた。
頭の中で、警報が鳴り響く。
慌ててキョロキョロと周囲を見渡し、逃げられそうな場所を探す。
が……その動作が、逆に人目を引いてしまったようだ。
たまたまこっちを見てたセシリアと、ばっちり目が合ってしまう。
見過ごしてくれるかとも思ったが、あろうことかセシリアは一直線に俺の所へ歩いてきた。
当然、鈴もその動きを見てるだろう。つまり……詰んだ。
「……見つけた」
ぷつっ、と無情な音をたて、電話が切れる。
……はあ。覚悟を決めるしかないか。
せめてもの意地で、セシリアと鈴の方へ自分から歩いていく。
「よ、よう……鈴、セシリア。おはよう」
「おはようございますわ、一夏さん。それで、これはどういう状況ですの?」
どうやら、セシリアはまだ何がどうなってるのか分からないようだ。
問題は、鈴。
「い、ち、か~っ!何でセシリアがここにいて、何でアンタがここにいるのよ!」
「あら、鈴さん。わたくしは一夏さんに誘われてここに――」
「そのチケットは!あたしが一夏のために用意したものなのよ!」
「――鈴さん。それは、どういうことですの?」
「どういうこともなにも、一夏はあたしが誘ったってこと」
うお、やばい。
これ以上続けさせたら、ISでも持ち出して暴れそうだ。
「だから、一夏にチケット返しなさいよ。そうすれば、あたしと一夏の二人で遊べるから!」
「そういう鈴さんこそ、チケットを差し上げてはどうですか?なにせわたくしは、一夏さんの方から誘われたのですから」
「なあ、二人とも。いったん落ち着けって……」
「貴方のせいですわ!」「あんたのせいよ!」
バチーン!
二人の平手が、俺の頬を打った。
「ふん。なんだか、馬鹿らしくなっちゃった。怒鳴ったら喉も乾いたし」
「それでしたら、中で何か飲みませんか?せっかくチケットがあるんですから」
痛みにもだえる俺を放置して、二人はウォーターワールドへ行ってしまった。
いや、説明する前にぶたれるって。
確かに俺が悪かったんだろうけど、ひどいな。
しかも……。
「あの子、二股かけてたみたいよ」
「えー。サイテー」
「男の敵だな、リア充め」
「女の敵よ」
……何だか、誤解されてるし。
◆
結局その後、俺は寮に戻った。
早起きと理不尽な暴力によって疲れ果てていた俺は、私服のまま二度寝を開始。
そして気がついたら、時刻は3時。
……寝過ぎたな。
とりあえず、朝方着信があったことを思い出し、シャルに電話してみるも、繋がらない。
忙しいのかな?
おととい帰って来たときも、結構疲れた顔してたし。
きっとモルゲンレーテの方から、何か言われてるんだろうなぁ……。
がんばれ、代表候補生。
ヒマだったので、とりあえずテレビをつける。
「……えー、では、現場から中継します。佐久間さん?」
「はい、こちらは@クルーズ前です。ただいま、こちらには銀行強盗が立て籠っており、それを警察が包囲しています」
「現場の状況はどうですか?」
「先ほど、大きな銃声がありました。それから……と、店内に何か動きがあったようです!」
ダダダダダンッ!
「またしても銃声です!一体、中で何が起こっているのでしょうか?」
うわ~……大変なことになってるな。
中のお客さん、無事だといいけど。
「……速報です。未確認情報ですが、今月オープンしたウォーターワールドにて、IS二機が暴走を起こした模様です。詳しい情報が入り次第、続報をお伝えします」
……何やってんだ、あいつら。
学園内のノリで暴れたら、人様に迷惑がかかるに決まってるだろうが!
「おっと、人質が解放されていきます!やはり、店内で何かがあったようです!」
画面は再び、強盗のニュースを映し出す。
どうやら、怪我人はゼロだったらしい。
しかも、なんか美少女メイドと美少年執事が強盗たちを無力化したとか……。
まるで漫画だな。綾崎ハ○テでもいたのか?
◆
それから数時間後。
俺は、シャルとラウラの部屋の前にいた。
実は、あれから何度も電話をかけてみたんだけど、一向に繋がらなかったのだ。
そのため、用件を聞こうと思ったわけだが……。
「ラウラ可愛い~っ!写真撮ろう!ね、ねっ!?」
「き、記録を残すだと!?断固拒否する!」
「そんなこと言わずにさ~」
……なんか、楽しそうだな。
正直、この雰囲気の中に入っていくのは気が引けるけど……ええい!男は度胸だ!
コンコン。
とりあえずノック。
「はーい、どうぞ~」
許可は下りたみたいなんで、入室。
ドアを開けると、ニコニコ笑顔のシャルと、困惑顔のラウラがじゃれあってた。
沈黙。
シャルの表情が笑顔から一転、パニックでも起こしたかのように真っ赤になる。
「おっす。お、なんか変わった服着てるな。黒猫と白猫だ」
そう。二人の服装がそれだった。
シャルは白猫パジャマで、ラウラが黒猫パジャマ。両方とも着ぐるみパジャマで、パジャマから顔だけ出てる状態だ。
いくら夜に近いとはいえもうパジャマを着て、パジャマパーティでもしてたのか、白猫パジャマのシャルは黒猫パジャマのラウラを膝にのせて、それはそれは嬉しそうだった。
しかし、ラウラの黒猫パジャマの目は、なんていうか……ネコ○ルク・カオスみたいだな。
にしてもラウラって黒いパジャマが似合うし、シャルも白いパジャマがぴったりで……って、いかん。パジャマって字がゲシュタルト崩壊しそうだ。
ところでみんな、『パジャマ』って十回言えるか?俺は途中で言えなくなったけど、それこそどうでもいいな。
「あ、え、う……」
おっと、いかん。ラウラはともかく、シャルがいっぱいいっぱいな感じになってる。
早く用件を済ませたほうがいいよな……。
「今日、なんか電話してくれたみたいで、出れなくてごめんな。ちょっと……まあ、いろいろあったんだよ。出かけたり、二度寝したり。……ともかく、何度かかけ直しても繋がらなかったから、こうして用件を聞きに来たんだ」
「そうか。うむ、理由は感心できんが、心がけは感心だ」
「それはどーも」
シャルから逃げ出したラウラは、腕を組んで仁王立ちしてそう言う。
たち振る舞いは偉そうだが……格好がそれを台無しにしていた。
なんていうか……可愛らしい?子供が無理してカッコつけてるみたいなちぐはぐさだ。
「あ、け、ケータイね。ま、ま、マナーモードにしたまま、カバンに入れっぱなしだったみたい。あ、あはは」
シャルが携帯電話を取り出しながらそう言った。
うーん、まだ正気とは言い難いかなあ?
しかも、普段しっかりしたお母さんタイプのシャルが、白猫パジャマって。
「ぷっ。なんか、二人揃って面白いっていうか、可愛いな」
「か、可愛い……」
「わ、私もか……?」
シャルもラウラも、顔を赤くしてそう呟く。
うーん、二人のこういう表情はレアだな。特にラウラは、普段からキリッとしてるし。
「で、結局用件はなんだったんだ?」
「う、え、えーとね、一緒に出かけようかと思って電話したんだけど……」
「結局私と出掛けたのだ。これも今日買ったのだ」
「へえ。そういや、知ってるか?」
――今日、強盗事件があったらしいぜ。街、騒がしくなかったか?
俺がそう言った途端、二人の表情がこわばる。
――な、なにもなかったよ。
――う、うむ。いたって平和な一日だった。
その返事を聞いて、深くつっこむのは止めようと思った俺であった……。
二人ともいないときは、特に変わった出来事が起こらないですね。