オーストラリアに着いた私達が最初に向かったのは、紅也の病室だった。
シャルロットと二人でドアの前に行き、ノックをする。
最低限の礼儀……ってわけではない。もし紅也が着替え中だったり、アレを使ってなかったら、困るからだ。……主にシャルロットが。
「……入っていい?」
念押しで、言葉をかける。
紅也なら、もう私達の気配に気づいてるはずだけど、念のためだ。
「いいぜ。二人とも、入ってくれ」
肯定の意を受けて、私はドアを開ける。
「何で二人って分かったんだろう……?」って、シャルロットが呟いてたのが面白かった。
そして、そんなシャルロットを見て、紅也は不思議そうな顔をしてた。
「久しぶりだな、二人とも」
右腕を上げ、紅也が挨拶する。
その表情は、どこかほっとしたような感じで……。
何かあったんだろうか?
「久しぶり、紅也。入院してるってわりには、元気そうだね」
「まあな。元々検査入院だったし、今となってはいつでも退院できるからな」
「へえ。じゃ、何でまだ
「ここの方が、職場に近いんだよ。おかげで、毎日仕事漬けだ」
「……早く退院したら?」
シャルロットと言い合いをしている紅也は、見事なまでに「いつも通り」だった。
そのわざとらしさに不安を感じつつも、私は本題を切りだすことにした。
「……レッドフレームは?」
ぴたり。
紅也の動きが、止まった。
「……9月までの修復は困難だ」
「……じゃあ、グリーンフレームに乗るの?」
もしグリーンに乗るなら、そろそろパーソナルデータを入力しなきゃいけないはずだ。
「……断られました」
「……え?」
「だ・か・ら!断られたんだよ!『グリーンフレームには俺以外を乗せる』ってよ!」
「えーと、それってつまり……今の紅也には、専用機が無いってこと?」
私の発言に対し、紅也がふてくされた表情で答える。
そしてシャルロットの核心をついた言葉により、とうとう紅也はそっぽを向いてしまった。
……子供か。
まあ、いつまでもこの空気なのはいたたまれない。何か、別の話題を探すことにしよう。
さて、何かいい話題があるかな。
……あ。
「そういえば、この間、シャルロットがエリカさんからメールを受け取ったときに……」
「ちょっ!?あ、葵!その話は秘密にして、って言ったよね、僕!」
「……兄妹に秘密はなし」
「昔約束したんだよ。『僕たち兄弟は、互いに嘘をつかない』って。さあ、話せ」
「違うよね!?多分だけどそれ、紅也と葵の話じゃないよね!?」
シャルロット、正解。
某帝国の98代皇帝と、その兄の会話だ。
まあ、正解しても何が変わるわけじゃないんだけど。
「メールを見たとき、シャルロットが……」
「わー!わー!わー!」
「シャル子が?どうしたんだ?」
「紅也も聞かないでぇぇ!」
先程までの空気は一転、にぎやかな雰囲気に変わる。
これが、紅也が秘密を隠してまで守りたかった、日常。
願わくば……こんな日が、永遠に続きますように。
◆
〈side:織斑 一夏〉
あの、衝撃的な出会いから一週間。
家にいてもやることがなくなってきたから、俺は一度IS学園に戻ることにした。
だって、なあ。
初日で片付けを終えて、二日目以降にダラダラしたり、五反田のとこに遊びに行ったり。
早い話が、やることがなくなったのだ。
(……まあ、IS学園なら、誰かしらいるだろ)
というわけで4カ月使った自分の部屋へと戻り、家から持ちこんだ私物や、逆に持ち帰るものを選び、整理してると、荷物の隙間からパサリ、と何かが落ちた。
(ん、このレポート……提出期限が今日までだったっけ)
おっと、一応ことわっておくが、未提出ってだけだ。
レポート自体に手をつけてない、って訳じゃない。
勉強教わったとき、葵に散々言われたからな。「課題は早めにやっておけ」って。
あいつと紅也を見てると、ときどきどっちが兄なのか姉なのか、分からなくなる。
いや、そもそも双子なんだから、明確な違いは無いんだろうけど。
(ま、とりあえず、やることやっとくか)
そう思いなおした俺は、レポートを手に持ち、職員室へと向かった。
そして、その帰り道。
部屋に向かってゆっくり廊下を歩いていると、目の前を歩く見慣れたツインテールが。
――そういや、最近鈴と話してねえな。
そう思った俺は、ちょっとした悪戯心を持って、足音を消して鈴に近づく。
後ろから肩でも叩いて、驚かしてやろうかと思ったんだが……。
あと少しで手が届くその距離。そこで、突然鈴が振り返った。
まあ、そりゃばれるか。
ISが使えるといっても、それを除けば俺はごく普通の一般人。
それに対して鈴は、こんなナリでも代表候補生だ。
素人の尾行くらい、簡単に気付くってことか。
理屈じゃわかるけど、なんか面白くねえな。からかい甲斐がないというか、なんというか。
「い、い、一夏!?な、なんでアンタここにいんのよ!へ、部屋じゃないの!?」
あれ、予想外の反応。
まさか、たまたまUターンしたところに俺がいた、とか?
いやいや、それこそ有り得ないだろ、確率的に。
「いや、レポートの提出忘れてたから。ん?何持ってるんだ?」
話してる最中、俺は鈴が何かを握りしめてる事に気付いた。
あの形状からいって……レシート?あるいは、福引券とか?
「な、なんでもないわよ!」
正体を見極めるため、もう少し良く見ようと顔を近づけると、鈴はそれをさっと背後に隠してしまった。
うーん……何してんだ、コイツは。
そう思ったのが伝わっちまったのか、鈴は急に咳払いを始めた。
……ホントに何なんだ?
「きょ、今日は暑いわね」
「ん?そうか?涼しい方だぞ」
「暑いのよ!この国の夏は昔から!」
「あー、そういやお前昔から暑いのダメだっけ」
そうだった。
こいつは家に来るたびにクーラーをガンガン効かせて、涼んでたっけ。
そういや、なんか顔も赤くなってるし……暑いんだろうな。
「そんなに暑いなら、俺の部屋でも行くか?エアコンつけるぞ」
この廊下、あんまりエアコン効いてないからな。
確か、設定温度は28度までだったか?エコはいいけど、人間ガマンは良くないぜ。
「ま、まあ、そうね。じゃああんたの部屋に行ってあげる。飲み物出しなさいよ?」
「へいへい。麦茶でいいよな」
「冷たけりゃなんでもいいわよ」
やれやれ。何で無意味に偉そうなんだ、こいつは。
まあ、それが鈴らしさなんだろうな。
鈴と二人、並んで部屋まで歩きながら、俺はそんなことを考えた。
ちなみに、鈴も鈴でなにやら考え事をしてるらしく、急に俺から距離をとったり、腕組みしながら歩いたりと忙しそうだった。
そうこうしてる間に、部屋の前までたどり着く。
俺はそこで止まったけど、鈴は気付かずに歩き続ける。
そのまま放っておいたら、どこまでも歩いていきそうだ。
「鈴」
名前を呼ぶも、聞こえてない様子。
「鈴?」
今度は近くで名前を呼び、ついでに顔を覗き込む。
「なっ、なによ!」
ようやく反応があった。
「なによって、部屋ついたぞ。入れよ」
「わ、わかってるわよ、バカ……」
バカ、って。
俺はまっとうな発言をしただけだけど?
部屋のドアを開けながら、俺はそんなことを考えた。
◆
それからしばらく、鈴と昔の話をした。
一緒に撮った記念写真のこととか、アルバムを見ながらの思い出話とか、後、何故かビンタされた。
俺、何かしたか?
あ、それと、明日遊びに行く約束をした。
なんでも、新しくできたウォーターワールドのチケットが手に入ったらしい。
その値段、なんと2500円。二枚でディ○ニーランド一回分に相当する。
まあ、せっかく誘ってくれたから、購入することにした。
……それにしても、明日か。
ちょっと急じゃないか?
とにかく、先週家に持って帰ってしまった水着を取ってこようと思い、こうしてIS学園の外へ出ようと思い立ったわけだけど。
そこで俺は、意外な人物と顔を合わせることになった。
「ん?お、セシリア」
その人物とは、イギリスに帰省していたはずのセシリアだった。
スーツケースを持ってるってことは、残りの休みは日本で過ごすのか?
それにしても、後ろにある白い車って、セシリアの実家で用意したんだよな。
見るからに高級そうだ。普段は実感ないけど、ホントにお嬢様なんだな。
俺に気付いたようで、セシリアはぎこちなく振りかえる。
何ていうか、「ぎぎぎ」って擬音が似合いそうなくらい、不自然に。ゆっくりと。
「よっ」
「一夏さん、一週間ぶりですわね。ごきげんよう」
ちょこん、と。
スカートをつまんで挨拶をするセシリア。その様子も、どこか不自然で……
……あ、わかった。きっと、帰ってきて早々に俺と会うとは思わなかったから、驚いてるんだな。
確かに、今のセシリアはぼーっとしてるし、心の準備が出来てないってのがよくわかる。
いや、分かるぜ、その気持ち。
俺だって、予想外の場所で
まあ、いつまでも無言ってのもダメだな。向こうが緊張してるんだったら、こっちから声かけねえと。
「セシリア?」
「――はっ!?」
「大丈夫か?ぼーっとして、もしかして熱射病か?気をつけないとダメだぞ。夏の熱射病は危ないんだ」
「い、いえっ!大丈夫です!その、さっきまで車の中でしたから、すこし立ちくらみをしただけです!」
……なんでそんなに必死そうなんだ?
まあ、こっちの方が『いつものセシリア』っぽいな。
「そうか。それならよかった」
「ええ、まったくです」
しかし返事をしたのは、セシリアではなかった。
唐突に響いた、聞いたことのない女性の声。
シチュエーション的に紅也とのやりとりを連想し、とっさに後ろを振り返った俺が見たのは、やっぱり見たことのない女性だった。
「ん?えーと、どちら様でしたっけ」
「お初にお目にかかります。セシリア様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」
なんと、本物のメイドさんだ。……って、待てよ。どっかで聞いたことのある名前のような。
「ああ!前に一度、セシリアからお話は聞いていましたけど、あなたがそうだったんですか。初めまして、織斑一夏です」
「はい。織斑様。――ときに、ご無礼を承知の上でおたずねしますが、私のことをお嬢様はなんと?」
「ええ。とてもよく気が利く方で、優秀で、優しくて――美人だって言ってました」
「まあ」
にっこりと、柔らかな笑みを浮かべるチェルシーさん。
そうそう。セシリアにしては珍しく、人のことをベタ褒めだったからな。そのおかげで印象に残ってた。
……そのとき、一緒に話を聞いてた紅也が不用意な発言をして、セシリアにぶっ飛ばされたことも含めて、よく覚えてる。
いや、だって、なあ。女同士って……。何考えてるんだよ、あいつは。
「私も織斑様のお話はよくお嬢様から耳にしております」
「へえ、そうなんですか。ちなみに俺のことはなんて言ってました?」
「くすっ。それは……」
言いながら、チェルシーさんはセシリアの方をちらり、と見る。
つられて俺もそっちに目線だけを向けると、セシリアは動揺MAX、いっぱいいっぱいな感じになっていた。
それを見て茶目っ気のある笑みを浮かべたチェルシーさんは、ゆっくりと人差し指を自身の唇に持っていき――
「女同士の秘密、です」
男女問わず釘付けにするような表情で、そうおっしゃった。
◆
あの後チェルシーさんは車に乗って去っていき、俺とセシリアは学園内のカフェへと移動していた。
そこで一緒に話でも……と思ったんだけど、なんだかセシリアの様子がおかしい。
「……………」
なんだか、ずっとふてくされた表情で、しかも無言のまま、ひたすらアイス・カフェラテをかき回してる。
な……何だ?俺、何かしたのか?
先程までの行動を思い出す。
……うーん、特に問題になるような行動はしてないと思うんだけど。
まあ、いくら鈍感といわれる俺でも、こんな雰囲気は嫌だ。
気は進まないけど……聞いてみるしかねえよな。
「はぁ……」
「いや、あのな?セシリア。どうしてそんなに機嫌が悪いんだ?……も、もしかして、俺のせいか?」
「そうですわ」
「即答かよ……」
思わずうなだれる。
なんだ?ひょっとして俺が誘ったこと自体が嫌だったとか?
言われてみると、ここに来てから――いや、来るちょっと前から、セシリアは不機嫌だった。
それは今でも変わりなく、セシリアは黙ってカフェラテを飲み続けてる。
「…………………」
「…………………」
お互いに、気まずい沈黙が続く。
……はあ。俺が悪いんだったら、俺がどうにかするしかないよな……。
所在なさげにポケットにつっこんだ手が、何かに触れる。
さっき鈴から買ったチケットだ。
なんでも、俺以外にも買い手がいくらでもいるほど、手に入りにくいチケットだとか。
……これだ!
「セシリア」
「……はい」
「ここに行かないか?」
「――はい?」
某特命係の警部のような返事が返ってきた。
うーん、けっこう高かったんだけど、仕方がない。
俺は当日券を買えばいいだろう。
念のため、開場1時間くらい前に買いに行くか!
夏休みのテーマパークをナメてはいけない(戒め)