IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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入院編第6話 ヤサシイウソ

 ――ありもしない左腕を、どうやって治せと言うんだ!!

 

 

 

 

 

 

 箒の視線は、俺の左肩――正確には、肩から先が(・・・・・)無くなった(・・・・・)俺の左側に固定されていた。

 

「――何だ!その腕は!!」

 

 箒の叫びが、耳に痛い。

 いや、耳だけじゃない。その声は、俺の心をも抉った。

 

 かける言葉は無い――いや、その言葉は正確じゃない。

 俺は言葉をかけられるほど、落ち着いちゃいないだけだ。

 

 ……バレてしまった。

 

 臨海学校で突発的に発生した戦闘。多すぎたイレギュラーにより事態は混乱し、乱戦の中で俺は箒を庇い、バスターの砲撃を受け止めた。

 通常のビームを遥かに超える出力の熱線は、限界を迎えつつあったシールドのアンチビームコーティングをものともせずに溶かし尽くし、その先にあったレッドフレームの左腕をも呑み込んだ。

 

 さて、ここで問題だ。

 通常のISには絶対防御があり、ビームや零落白夜などの高出力攻撃を受けた場合は自動的にエネルギーを消費し、操縦者の安全を保証する。

 では、絶対防御が存在しないレッドフレームの場合、何が起こるのか?

 答えは――俺の惨状を見れば、分かってもらえるはずだ。

 

 学生には刺激が強すぎるこの姿は、できれば誰にも見られたくなかった。学園の皆に心配をかけたくなかったし、なにより当事者である箒がどう思うか。

 彼女によけいな負い目を感じてほしくなかったから、俺は怪我を隠した。

 身体の痛みを無視しながらも、いつもの俺で居続けた。

 

 傷ついた姿を見られ、憐れまれたくなかった。隠し通せば、いつまでも今のぬるま湯のような日常を続けられると思ったから。それを守れると、思ったから。

 

 なのに。

 なのに――

 

 無駄になった。

 我慢も、強がりも、全て。

 

「なあ、答えてくれ……。どうして、腕が無いんだ……?」

 

 箒は、さらに問いかける。

 この言葉に、どう返答していいか分からない。

 

 ――『テスト中の事故で、消し飛んじまった』

 ……いや、そんな嘘には意味が無い。

 

 ――『バスターの砲撃にやられた。おまえのせいだ』

 ……言えるわけねぇだろ!?

 

 故に、俺は無言を貫く。

 返答を待つ箒も、当然のように無言だ。

 続く沈黙。

 それを破ったのは、予想外の……いや、箒が来ているという状況に限って言えば予想通りの乱入者だった。

 

「やっほー、シスコン君。ねーねー、何で腕ないの?前会ったときは“あった”よねぇ?」

 

 乱入者――篠ノ之博士は、いつものように無邪気にそう言い放つ。

 その無神経さには、さすがに(葵関係以外の事では)温厚な俺も、正直イラッときた。

 だから、怒りの感情をのせて睨んでみるも、無駄。どこ吹く風と言った感じで流される。

 

「ところで、これを取ろうとしてたのかな~?」

 

 そう言って篠ノ之博士が掴んだのは、机の上に放置されていた8。

 それを俺の目の高さまで持ってきて、ふらふらと揺らしている。

 

「何でだろうね~?きっと、こうするためだよね。えいっ!」

 

 言うが早いか、博士は8にコードのようなものを指し込み、何かを入力する。

 

 瞬間。

 俺の左肩に、今までは存在しなかった左腕が出現する。

 その光景を、箒はただただ呆然として見ていた。

 

「……ま、こういうことだ」

 

 俺も覚悟を決める。

 このムカツク乱入者によって、真相は暴かれてしまった。

 ならば……語るのみだ。

 ただ、事実を。

 淡々と。

 感情を一切込めずに。

 

「俺が左腕を失ったのは、7月7日。バスターの砲撃を受けたときだ。

 葵から聞いたと思うが、俺のレッドフレームはちょっと特殊でな。絶対防御が無いんだ。

 だから、ビームの熱量で腕が溶けた。……これが真実だ」

 

 今の俺は、どんな顔をしてるんだろうな?

 おそらく、人形のように無表情なんだろう。

 

「そうか……。やはり、あれは気のせいではなかったのか……」

 

 俯いているので、箒の表情は分からない。

 ただ一つ分かる事。

 箒の声は、震えてた。

 

「……それで、俺はとっさに8の機能の一つ、立体映像の投影を使って、ごまかした」

「……何故だ」

「さあな。俺はとっさにそう思って、8が俺の意志を読み取って、腕を出したわけだからな」

「……何故だ」

「いや、自分でも分からないって……」

「……何故だ」

「うーん、みんなにそんな18禁グロ画像を見せるわけにはいかないと」

「……何故だ」

「箒?俺、話の途中なんだg」

「何故だ!なんで、いつも私を蚊帳の外へ追いやるのだ!!」

 

 そう叫び、勢いよく顔を上げた箒は……泣いてた。

 

「いつも!いつも!ブリッツのときだって、ラウラのときだって!誰もが私を放置して、一人で突っ走る!」

 

 泣きながらも、箒は叫び続ける。

 

「何故、私を頼ってくれないのだ?何故、一人で抱え込むのだ?私にだって、出来ることがあったかもしれないのに……!」

「――箒……」

 

 それは、彼女の本心だったのだろう。

 ブリッツのときと言うのが何のことかは分からないが、少なくともラウラとのタッグマッチにおいて、箒は完全に傍観者だった。

 涙ながらに叫び、真っ赤になった目で俺を見る箒。そんな箒に対し、俺は……

 

「……思いあがるな」

 

 明確な拒絶を行う。

 

「『放置するな』?『出来ることがある』?思いあがるなよ、小娘」

「……こう……や……?」

「勘違いするな、放置したんじゃない。関係ないから、出来ることが無いから、関わらせないようにしたんだ」

「出来ることが、無い……?……だが、今の私には紅椿が!」

「その『紅椿』に頼ってどうなった!?怒りに任せてバスターに突撃。まんまと分断されて共倒れ!それが、お前に『出来ること』か?」

「違う!私は……」

「もう一度だけ言うぜ。力があれば何でもできる、なんていうのは幻想だ。『出来ることがある』なんて、まずは出来ることと出来ないこと、その区別ができるようになってから言うんだな」

「…………」

 

 今度は、箒が無言になってしまった。

 心なしか、篠ノ之博士の目つきも厳しいものに変わってるような……。

 そりゃそうか。俺も目の前で葵のことをボロクソに言われたら、こうやって睨む。

 むしろ殺す。

 そして自分も死んで、先回りして地獄電信柱の影に隠れて、もう一度殺す。

 

 ……って、俺、殺される!?

 

「箒?」

「……………」

 

 まずい。

 心なしか、博士の背後の空間がユラユラ動いてるような。

 

「……はぁ。別にお前を叱ってるわけじゃねぇんだ」

「………………」

「いいか?あのとき、俺を助けることができたか……って言ったら、間違いなく出来なかった。

 そりゃそうだ。相手はXナンバー二機だったんだから。

 だから……その、お前には何も出来ないって言ってる訳じゃねぇ」

「……………」

 

 箒が、若干ではあるが、顔を上げた。

 

「今のお前には、出来ないことも多い。けどさ、今俺が言ったことを忘れないでいてくれたら、いつかきっと、誰かの助けになれるよ」

「……本当、か……?」

「ああ。どうでもいいヤツに、こんなことは言わないぜ。俺は、お前に期待してるからこう言うんだ」

 

 箒の表情が変わる。

 まだ目は赤いが、瞳の揺れは収まり、ただただ俺の目を見て、次の言葉を待ってる。

 

「今、箒ができるのは、俺の怪我について誰にも言わないことだ」

「……そんなことしか、出来ないのか?」

「そんなこと、ってなぁ。箒がこれを言わないだけで、俺が望んでた『今まで通りの学園生活』を守れるんだ。それは、俺にとって一番重要なんだが……箒にとっては『そんなこと』なのか?」

「い、いや!そういう意味ではない!そうではないのだが……。

 ……紅也は、それでいいのか?私のせいで、紅也は自分の腕を失ったんだぞ!」

 

 ああ、そっちのことか。

 

「腕に関しては大丈夫だ。9月までにはどうにかできる。

 それに、前にも言ったが、あれは自分の意志でやったことだ。気にするな」

「気にするな、と言われてもだな……」

「とにかく、俺は普段通りの生活を続けたいし、そのためにはお前の協力が必須なんだ。

 ……頼む。俺を助けると思って、『お前に出来ること』をやってくれないか?」

「……それで、紅也は助かるのか?」

「ああ、助かる。すごく助かる。仲間に隠しごとをするってのは大変だろうけど、頼むよ」

「分かった。生涯、誰にも話さんと誓おう」

「ありがとよ。箒のそういう真っすぐなところ、俺は好きだぜ」

 

 よし、これでフォローは完璧だ。

 これで篠ノ之博士も……って、さっきより目つきが鋭くないか?

 何でだよ!?

 

「で、では私はもう行くぞ!」

「ああ。道中、謎の組織に拉致られないように気をつけろよ。……って、篠ノ之博士が一緒なら心配ないか」

「当然だよ~。一般人ごときに遅れをとる束さんじゃないんだから!」

 

 一般人、って……。仮にも、国からISを強奪するほどの組織の連中ですよ?

 まあ、この人の前では、師匠や身内以外の誰もが等しく凡人なのだろうが。

 

「それもそうですね。では、さようなら」

「ああ、また学園で……な」

「バイバーイ!」

 

 箒と博士が病室から去る。

 俺は、黙ってその光景を見送るのみだ。

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 再び病室に響いた、ノックの音。

 扉の外には、今度こそ葵の気配がする。それと、もう一人。

 おそらくはシャル子だろう。だからこそ俺は、8を手に取り、左腕の幻影を纏う。

 

 ……いくら同じモルゲンレーテとはいえ、むやみに広めたくは無いからな。

 

「……入っていい?」

 

 ああ、拒絶するわけがないだろ?

 お前が見舞いに来るのを、ずっと待ってたんだから。

 

「いいぜ。二人とも、入ってくれ」

 

 そしてドアが開くと、やはりそこには葵とシャル子の姿が。

 特にシャル子。何で、驚いたような表情をしてるんだ。意味が分かんねぇぞ。

 ……まあ、とりあえず。

 

「久しぶりだな、二人とも」

 

 久々に直接会ったんだ。ゆっくり世間話でもしようぜ。


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