――ありもしない左腕を、どうやって治せと言うんだ!!
◆
箒の視線は、俺の左肩――正確には、
「――何だ!その腕は!!」
箒の叫びが、耳に痛い。
いや、耳だけじゃない。その声は、俺の心をも抉った。
かける言葉は無い――いや、その言葉は正確じゃない。
俺は言葉をかけられるほど、落ち着いちゃいないだけだ。
……バレてしまった。
臨海学校で突発的に発生した戦闘。多すぎたイレギュラーにより事態は混乱し、乱戦の中で俺は箒を庇い、バスターの砲撃を受け止めた。
通常のビームを遥かに超える出力の熱線は、限界を迎えつつあったシールドのアンチビームコーティングをものともせずに溶かし尽くし、その先にあったレッドフレームの左腕をも呑み込んだ。
さて、ここで問題だ。
通常のISには絶対防御があり、ビームや零落白夜などの高出力攻撃を受けた場合は自動的にエネルギーを消費し、操縦者の安全を保証する。
では、絶対防御が存在しないレッドフレームの場合、何が起こるのか?
答えは――俺の惨状を見れば、分かってもらえるはずだ。
学生には刺激が強すぎるこの姿は、できれば誰にも見られたくなかった。学園の皆に心配をかけたくなかったし、なにより当事者である箒がどう思うか。
彼女によけいな負い目を感じてほしくなかったから、俺は怪我を隠した。
身体の痛みを無視しながらも、いつもの俺で居続けた。
傷ついた姿を見られ、憐れまれたくなかった。隠し通せば、いつまでも今のぬるま湯のような日常を続けられると思ったから。それを守れると、思ったから。
なのに。
なのに――
無駄になった。
我慢も、強がりも、全て。
「なあ、答えてくれ……。どうして、腕が無いんだ……?」
箒は、さらに問いかける。
この言葉に、どう返答していいか分からない。
――『テスト中の事故で、消し飛んじまった』
……いや、そんな嘘には意味が無い。
――『バスターの砲撃にやられた。おまえのせいだ』
……言えるわけねぇだろ!?
故に、俺は無言を貫く。
返答を待つ箒も、当然のように無言だ。
続く沈黙。
それを破ったのは、予想外の……いや、箒が来ているという状況に限って言えば予想通りの乱入者だった。
「やっほー、シスコン君。ねーねー、何で腕ないの?前会ったときは“あった”よねぇ?」
乱入者――篠ノ之博士は、いつものように無邪気にそう言い放つ。
その無神経さには、さすがに(葵関係以外の事では)温厚な俺も、正直イラッときた。
だから、怒りの感情をのせて睨んでみるも、無駄。どこ吹く風と言った感じで流される。
「ところで、これを取ろうとしてたのかな~?」
そう言って篠ノ之博士が掴んだのは、机の上に放置されていた8。
それを俺の目の高さまで持ってきて、ふらふらと揺らしている。
「何でだろうね~?きっと、こうするためだよね。えいっ!」
言うが早いか、博士は8にコードのようなものを指し込み、何かを入力する。
瞬間。
俺の左肩に、今までは存在しなかった左腕が出現する。
その光景を、箒はただただ呆然として見ていた。
「……ま、こういうことだ」
俺も覚悟を決める。
このムカツク乱入者によって、真相は暴かれてしまった。
ならば……語るのみだ。
ただ、事実を。
淡々と。
感情を一切込めずに。
「俺が左腕を失ったのは、7月7日。バスターの砲撃を受けたときだ。
葵から聞いたと思うが、俺のレッドフレームはちょっと特殊でな。絶対防御が無いんだ。
だから、ビームの熱量で腕が溶けた。……これが真実だ」
今の俺は、どんな顔をしてるんだろうな?
おそらく、人形のように無表情なんだろう。
「そうか……。やはり、あれは気のせいではなかったのか……」
俯いているので、箒の表情は分からない。
ただ一つ分かる事。
箒の声は、震えてた。
「……それで、俺はとっさに8の機能の一つ、立体映像の投影を使って、ごまかした」
「……何故だ」
「さあな。俺はとっさにそう思って、8が俺の意志を読み取って、腕を出したわけだからな」
「……何故だ」
「いや、自分でも分からないって……」
「……何故だ」
「うーん、みんなにそんな18禁グロ画像を見せるわけにはいかないと」
「……何故だ」
「箒?俺、話の途中なんだg」
「何故だ!なんで、いつも私を蚊帳の外へ追いやるのだ!!」
そう叫び、勢いよく顔を上げた箒は……泣いてた。
「いつも!いつも!ブリッツのときだって、ラウラのときだって!誰もが私を放置して、一人で突っ走る!」
泣きながらも、箒は叫び続ける。
「何故、私を頼ってくれないのだ?何故、一人で抱え込むのだ?私にだって、出来ることがあったかもしれないのに……!」
「――箒……」
それは、彼女の本心だったのだろう。
ブリッツのときと言うのが何のことかは分からないが、少なくともラウラとのタッグマッチにおいて、箒は完全に傍観者だった。
涙ながらに叫び、真っ赤になった目で俺を見る箒。そんな箒に対し、俺は……
「……思いあがるな」
明確な拒絶を行う。
「『放置するな』?『出来ることがある』?思いあがるなよ、小娘」
「……こう……や……?」
「勘違いするな、放置したんじゃない。関係ないから、出来ることが無いから、関わらせないようにしたんだ」
「出来ることが、無い……?……だが、今の私には紅椿が!」
「その『紅椿』に頼ってどうなった!?怒りに任せてバスターに突撃。まんまと分断されて共倒れ!それが、お前に『出来ること』か?」
「違う!私は……」
「もう一度だけ言うぜ。力があれば何でもできる、なんていうのは幻想だ。『出来ることがある』なんて、まずは出来ることと出来ないこと、その区別ができるようになってから言うんだな」
「…………」
今度は、箒が無言になってしまった。
心なしか、篠ノ之博士の目つきも厳しいものに変わってるような……。
そりゃそうか。俺も目の前で葵のことをボロクソに言われたら、こうやって睨む。
むしろ殺す。
そして自分も死んで、先回りして地獄電信柱の影に隠れて、もう一度殺す。
……って、俺、殺される!?
「箒?」
「……………」
まずい。
心なしか、博士の背後の空間がユラユラ動いてるような。
「……はぁ。別にお前を叱ってるわけじゃねぇんだ」
「………………」
「いいか?あのとき、俺を助けることができたか……って言ったら、間違いなく出来なかった。
そりゃそうだ。相手はXナンバー二機だったんだから。
だから……その、お前には何も出来ないって言ってる訳じゃねぇ」
「……………」
箒が、若干ではあるが、顔を上げた。
「今のお前には、出来ないことも多い。けどさ、今俺が言ったことを忘れないでいてくれたら、いつかきっと、誰かの助けになれるよ」
「……本当、か……?」
「ああ。どうでもいいヤツに、こんなことは言わないぜ。俺は、お前に期待してるからこう言うんだ」
箒の表情が変わる。
まだ目は赤いが、瞳の揺れは収まり、ただただ俺の目を見て、次の言葉を待ってる。
「今、箒ができるのは、俺の怪我について誰にも言わないことだ」
「……そんなことしか、出来ないのか?」
「そんなこと、ってなぁ。箒がこれを言わないだけで、俺が望んでた『今まで通りの学園生活』を守れるんだ。それは、俺にとって一番重要なんだが……箒にとっては『そんなこと』なのか?」
「い、いや!そういう意味ではない!そうではないのだが……。
……紅也は、それでいいのか?私のせいで、紅也は自分の腕を失ったんだぞ!」
ああ、そっちのことか。
「腕に関しては大丈夫だ。9月までにはどうにかできる。
それに、前にも言ったが、あれは自分の意志でやったことだ。気にするな」
「気にするな、と言われてもだな……」
「とにかく、俺は普段通りの生活を続けたいし、そのためにはお前の協力が必須なんだ。
……頼む。俺を助けると思って、『お前に出来ること』をやってくれないか?」
「……それで、紅也は助かるのか?」
「ああ、助かる。すごく助かる。仲間に隠しごとをするってのは大変だろうけど、頼むよ」
「分かった。生涯、誰にも話さんと誓おう」
「ありがとよ。箒のそういう真っすぐなところ、俺は好きだぜ」
よし、これでフォローは完璧だ。
これで篠ノ之博士も……って、さっきより目つきが鋭くないか?
何でだよ!?
「で、では私はもう行くぞ!」
「ああ。道中、謎の組織に拉致られないように気をつけろよ。……って、篠ノ之博士が一緒なら心配ないか」
「当然だよ~。一般人ごときに遅れをとる束さんじゃないんだから!」
一般人、って……。仮にも、国からISを強奪するほどの組織の連中ですよ?
まあ、この人の前では、師匠や身内以外の誰もが等しく凡人なのだろうが。
「それもそうですね。では、さようなら」
「ああ、また学園で……な」
「バイバーイ!」
箒と博士が病室から去る。
俺は、黙ってその光景を見送るのみだ。
◆
それから数時間後。
再び病室に響いた、ノックの音。
扉の外には、今度こそ葵の気配がする。それと、もう一人。
おそらくはシャル子だろう。だからこそ俺は、8を手に取り、左腕の幻影を纏う。
……いくら同じモルゲンレーテとはいえ、むやみに広めたくは無いからな。
「……入っていい?」
ああ、拒絶するわけがないだろ?
お前が見舞いに来るのを、ずっと待ってたんだから。
「いいぜ。二人とも、入ってくれ」
そしてドアが開くと、やはりそこには葵とシャル子の姿が。
特にシャル子。何で、驚いたような表情をしてるんだ。意味が分かんねぇぞ。
……まあ、とりあえず。
「久しぶりだな、二人とも」
久々に直接会ったんだ。ゆっくり世間話でもしようぜ。