――そりゃ、皮膚移植や、代謝活性とか、いろいろ……
――そんな方法じゃ無理だ。
――じゃあ……
――いい加減にしろ!
◆
光から眼を守るため、とっさに瞳を閉じた。
瞼越しでも伝わる、強烈な光。
それが収まったのに気づいて眼を開けると、そこは海岸だった。
夜の海岸。
空を見上げれば星の海。地上を見れば本物の海という、絶好のロケーション。
これが、ISコアの意識空間なのだろうか?
とりあえず視線を上げ、正面をみると、そこには小屋があった。
まるで時代に取り残されたような、古めかしいログハウス。
海岸にぽつん、と存在するそれは、まるで誰かの別荘のようだった。
「いいところでしょ?」
「!?」
突然聞こえた声に、俺は思わず飛び上がる。
おかしい。さっきまで、このあたりには誰もいなかったはずだというのに……。
おそるおそる、後ろを振り返る。
……誰もいなかった。
「あ、ここです。ここ」
その言葉に従い、目線を少し下げる。
そこにいたのは、まだ年端も行かないような子供だった。
ウェーブのかかった金髪に、吸い込まれるような水色の瞳の男の子。
その佇まいからは、年不相応の落ち着きや気品が感じられた。
「えーと、キミは……?」
「あ、ごめんなさい。こんなところに人が来るのは初めてだから、嬉しくて、つい……」
アハハ……と、年相応の笑顔で笑う少年。
この姿を見てると、なんだかビビってたのが馬鹿らしくなるな。
とか考えてる間に、少年は俺に向けて丁寧に礼をして、名乗った。
「初めまして。僕はプレア・レヴェリーといいます」
「……やはり、君が」
プレア・レヴェリー。
それは、“人喰い”に取り込まれたはずの子供の名だった。
「はい。今から……えーと、10年くらい前にここに来ました。でも、人に会ったのはこれが初めてです!」
そう言って人懐っこい笑みを浮かべ、右手を差し出すプレア。
その表情に一切の邪気がないのを確認した俺は、ためらわずその手をとった。
……感じる違和感。
右手を見る。
右腕を見る。
すると、そこに巻かれていたはずの包帯は、どこにもなかった。
「……ありゃ?」
「どうかしましたか?」
きょとん、と首をかしげるプレア。ショタコンにはたまらない一枚絵だろう。
だがしかし!俺はショタではなくシスコンだ。妹萌えだ。
「残念だったな!」
「何がですか?」
また、きょとん顔。
……うーん、純粋系はやりにくいなぁ。
「……っと、そうだ。腕のことだよ。まだ包帯取れてなかったはずなんだけどなぁ……」
「ああ、身体の事ですか?それはそうですよ。
ここは、ISコア内部の意識領域。いうならば、精神世界なんですから。あなたがイメージした通りの姿で……つまり、あなた本来の姿になってるはずですよ」
「本来の……?」
そう言われて、改めて自分の身体を意識する。
精神世界と言われて心配だったが、服はちゃんと着ている。モルゲンレーテの作業服だ。
問題は……左側。
あれほどの被害を受けたはずの俺の左腕は、記憶のままの無傷の状態で、そこにあった。
――ああ、なるほど。
医師が言ってたのは、こういうことか。
あの日……レッドフレームが壊された日、俺は無意識化で
だから、俺は壊れた左腕をとうとう見なかったってこと。
ゆえに、イメージがぶれることはなく。
こうして、無傷の俺(ただし精神体)が存在するわけだ。
「納得しましたか?」
「ああ。そりゃあもう」
「それなら良かった。ところで、あなたの名前は?」
……あれ?自己紹介、まだだったっけ。
「悪い。名前を聞いておいて、自分が名乗らないなんて失礼だったな。
俺はコウヤ・ヤマシロ。日本風に言うなら山代紅也。好きな方で呼んでくれ」
「では、コウヤさんと。
コウヤさん。ここには、どうやって来たんですか?」
「答えても良いけど……その前に。
プレア。お前はここがどういう場所なのか……は、理解してるよな」
さっき、『ISの意識空間』って言ってたし。
「俺は、自分の精神をISのネットワークのようなものに乗せて、ここまでアクセスしてきたんだ」
「そうですか。どうりで、コアが起動してないわけです。てっきり、あなたが僕の操縦者だと思ったんですけど」
「……え?このISは、男でも動かせるのか!?」
かつて、ISを男が動かすための実験機だった、このコア。
それなら、
「いいえ。ISは普通、男の人には動かせません。
それは僕でも同じです。だから、不思議だったんですよ。コウヤさんがここに来れるはずが無い、って」
「……そっか」
わずかな望みは、これで潰えた。
やっぱり、一夏のような例外でなければ、ISは動かせない。
「でも、例外はあるみたいですね。例えば、『白式』の織斑一夏さんなんかは男でも乗ってますし。後は……この人。今は眠ってますけど、一人で動ける人もいるみたいです」
何でそんなことが分かるんだ?
と、思ったが、よく考えれば今のプレアはISの意識そのもの。
コア・ネットワークから情報を拾うなんて、造作も無いことか。
……ん?
今、聞き捨てならないことを聞いたような……。
「えーと。『この人』っていうのは、どの人のことなんだ?」
「あ、はい。この人です。僕の近くにいるみたいなんですけど」
……まさか、師匠!?
「ああ、違います。人っていっても、人間じゃなくて、ISコアのことです。
外の地図で表わすと……ここですね。隣の部屋です」
砂浜に地図が浮かび上がる。
モルゲンレーテのメインサーバーに隠された、建物全体の見取り図が。
……ISのハッキング能力って、高いなぁ。
それはさておき。
地図に書かれた、星印の部屋が現在位置――第二研究室。
プレアが示したISコアの在処は、隣の第一研究室だ。
――つまり。
「あの……無人機のコアか」
5月。
クラス対抗代表戦の行われた日の深夜に回収した、謎の無人機。
そのコアは俺が海中から回収し、秘密裏にモルゲンレーテへと送り届けた。
その後解析作業が行われるも、難航。
結局コアは起動するそぶりすらみせず、第一研究室で眠り続けている……という状態だ。
「……待てよ?
プレア、あのコアは『眠ってる』って言ったよな?なら、起こすことはできるか?」
「え!?ええと……出来ると思います」
「なら、起こして欲しい。それでもって、俺に協力してくれるように頼んでくれないか?」
眠ったままの意識。
起動しないコア。
コアに呑み込まれた少年。
ISを使えない男。
人がいなくても起動するIS。
すべてのピースが、繋がった。
「まあ、コウヤさんは悪い人には見えないし、いいですけど。
その代わり……またこうやって、遊びに来てくれませんか?」
「ああ、もちろん。
現実世界での俺は、入院中なんだ。時間ならいくらでもあるから、安心してくれ」
「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきます。長くなるかもしれないので、コウヤさんは先に帰っていてください」
「ああ。じゃあ、プレア。
「……はい!」
目の前のプレアが、歩き去っていく。
その先にあるのは、ログハウスの扉。
その扉は、どこに通じているんだろうか?
最後に一度、プレアはこちらを振り返り、手を振った。
その姿が見えなくなるまで、俺は子供のように手を振り続けていた。
そして。
扉が閉じ、俺は一人取り残される。
「……帰るか」
ゴールドフレームから
◆
「バイタル安定。意識レベル、安全域まで上昇。……お帰りなさい」
「けっこう長かったな。無事で安心したぜ」
目が覚めた俺が最初に見たのは、こちらを覗きこむ師匠とエリカさんの顔だった。
「ただいま、でいいんですかね?この場合」
とりあえず軽口を叩いて、無事をアピール。
周囲は既に海岸ではなく、モルゲンレーテの秘密研究室であった。
「……で、会えたの?“人喰い”の人格とは」
「ええ。コアにいたのは、プレアでした。リュウタ君と同じくらいの年の、男の子でしたよ」
「そう……。終わった実験とはいえ、やりきれないわね……」
そう言ってエリカさんは、悲しそうに顔を伏せる。
自分の子供と同じくらいの少年が犠牲になったと知ったのだ。その心中は、今どうなっているのだろうか?
「で、あのコアに危険性はありそうか?」
その空気に耐えかねた師匠が、空気の転換を図って発言する。
「いいえ。もう、人を取り込むことは無いと思います。
でも……やっぱり、男が起動することはできないそうです」
「そっか。ま、使えるって分かっただけ上出来だ」
「おっと、成果はそれだけじゃありませんよ」
「……どういうこと?」
師匠とエリカさんが、俺に注目する。
……ふふふ、聞いて驚け。俺の活躍をッ!!
「例の無人機のコア、起動するかもしれませんよ」
精神世界のイメージは、マルキオ導師が住んでたあの場所です。