IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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入院編第4話 運命の子

 ――そりゃ、皮膚移植や、代謝活性とか、いろいろ……

 ――そんな方法じゃ無理だ。

 ――じゃあ……

 ――いい加減にしろ!

 

 

 

 

 

 

 光から眼を守るため、とっさに瞳を閉じた。

 瞼越しでも伝わる、強烈な光。

 それが収まったのに気づいて眼を開けると、そこは海岸だった。

 夜の海岸。

 空を見上げれば星の海。地上を見れば本物の海という、絶好のロケーション。

 これが、ISコアの意識空間なのだろうか?

 とりあえず視線を上げ、正面をみると、そこには小屋があった。

 まるで時代に取り残されたような、古めかしいログハウス。

 海岸にぽつん、と存在するそれは、まるで誰かの別荘のようだった。

 

「いいところでしょ?」

「!?」

 

 突然聞こえた声に、俺は思わず飛び上がる。

 おかしい。さっきまで、このあたりには誰もいなかったはずだというのに……。

 おそるおそる、後ろを振り返る。

 

 ……誰もいなかった。

 

「あ、ここです。ここ」

 

 その言葉に従い、目線を少し下げる。

 そこにいたのは、まだ年端も行かないような子供だった。

 ウェーブのかかった金髪に、吸い込まれるような水色の瞳の男の子。

 その佇まいからは、年不相応の落ち着きや気品が感じられた。

 

「えーと、キミは……?」

「あ、ごめんなさい。こんなところに人が来るのは初めてだから、嬉しくて、つい……」

 

 アハハ……と、年相応の笑顔で笑う少年。

 この姿を見てると、なんだかビビってたのが馬鹿らしくなるな。

 とか考えてる間に、少年は俺に向けて丁寧に礼をして、名乗った。

 

「初めまして。僕はプレア・レヴェリーといいます」

「……やはり、君が」

 

 プレア・レヴェリー。

 それは、“人喰い”に取り込まれたはずの子供の名だった。

 

「はい。今から……えーと、10年くらい前にここに来ました。でも、人に会ったのはこれが初めてです!」

 

 そう言って人懐っこい笑みを浮かべ、右手を差し出すプレア。

 その表情に一切の邪気がないのを確認した俺は、ためらわずその手をとった。

 

 ……感じる違和感。

 

 右手を見る。

 右腕を見る。

 すると、そこに巻かれていたはずの包帯は、どこにもなかった。

 

「……ありゃ?」

「どうかしましたか?」

 

 きょとん、と首をかしげるプレア。ショタコンにはたまらない一枚絵だろう。

 だがしかし!俺はショタではなくシスコンだ。妹萌えだ。

 

「残念だったな!」

「何がですか?」

 

 また、きょとん顔。

 ……うーん、純粋系はやりにくいなぁ。

 

「……っと、そうだ。腕のことだよ。まだ包帯取れてなかったはずなんだけどなぁ……」

「ああ、身体の事ですか?それはそうですよ。

 ここは、ISコア内部の意識領域。いうならば、精神世界なんですから。あなたがイメージした通りの姿で……つまり、あなた本来の姿になってるはずですよ」

「本来の……?」

 

 そう言われて、改めて自分の身体を意識する。

 精神世界と言われて心配だったが、服はちゃんと着ている。モルゲンレーテの作業服だ。

 問題は……左側。

 あれほどの被害を受けたはずの俺の左腕は、記憶のままの無傷の状態で、そこにあった。

 

 ――ああ、なるほど。

 医師が言ってたのは、こういうことか。

 あの日……レッドフレームが壊された日、俺は無意識化で8の機能(ホログラフ)を使い、元通りの左腕を投影した。

 だから、俺は壊れた左腕をとうとう見なかったってこと。

 ゆえに、イメージがぶれることはなく。

 こうして、無傷の俺(ただし精神体)が存在するわけだ。

 

「納得しましたか?」

「ああ。そりゃあもう」

「それなら良かった。ところで、あなたの名前は?」

 

 ……あれ?自己紹介、まだだったっけ。

 

「悪い。名前を聞いておいて、自分が名乗らないなんて失礼だったな。

 俺はコウヤ・ヤマシロ。日本風に言うなら山代紅也。好きな方で呼んでくれ」

「では、コウヤさんと。

 コウヤさん。ここには、どうやって来たんですか?」

「答えても良いけど……その前に。

 プレア。お前はここがどういう場所なのか……は、理解してるよな」

 

 さっき、『ISの意識空間』って言ってたし。

 

「俺は、自分の精神をISのネットワークのようなものに乗せて、ここまでアクセスしてきたんだ」

「そうですか。どうりで、コアが起動してないわけです。てっきり、あなたが僕の操縦者だと思ったんですけど」

「……え?このISは、男でも動かせるのか!?」

 

 かつて、ISを男が動かすための実験機だった、このコア。

 それなら、(おとこ)でも使えるかもしれない、と一縷の望みをかけてみるも……。

 

「いいえ。ISは普通、男の人には動かせません。

 それは僕でも同じです。だから、不思議だったんですよ。コウヤさんがここに来れるはずが無い、って」

「……そっか」

 

 わずかな望みは、これで潰えた。

 やっぱり、一夏のような例外でなければ、ISは動かせない。

 

「でも、例外はあるみたいですね。例えば、『白式』の織斑一夏さんなんかは男でも乗ってますし。後は……この人。今は眠ってますけど、一人で動ける人もいるみたいです」

 

 何でそんなことが分かるんだ?

 と、思ったが、よく考えれば今のプレアはISの意識そのもの。

 コア・ネットワークから情報を拾うなんて、造作も無いことか。

 ……ん?

 今、聞き捨てならないことを聞いたような……。

 

「えーと。『この人』っていうのは、どの人のことなんだ?」

「あ、はい。この人です。僕の近くにいるみたいなんですけど」

 

 ……まさか、師匠!?

 

「ああ、違います。人っていっても、人間じゃなくて、ISコアのことです。

 外の地図で表わすと……ここですね。隣の部屋です」

 

 砂浜に地図が浮かび上がる。

 モルゲンレーテのメインサーバーに隠された、建物全体の見取り図が。

 ……ISのハッキング能力って、高いなぁ。

 

 それはさておき。

 地図に書かれた、星印の部屋が現在位置――第二研究室。

 プレアが示したISコアの在処は、隣の第一研究室だ。

 

 ――つまり。

 

「あの……無人機のコアか」

 

 5月。

 クラス対抗代表戦の行われた日の深夜に回収した、謎の無人機。

 そのコアは俺が海中から回収し、秘密裏にモルゲンレーテへと送り届けた。

その後解析作業が行われるも、難航。

 結局コアは起動するそぶりすらみせず、第一研究室で眠り続けている……という状態だ。

 

「……待てよ?

 プレア、あのコアは『眠ってる』って言ったよな?なら、起こすことはできるか?」

「え!?ええと……出来ると思います」

「なら、起こして欲しい。それでもって、俺に協力してくれるように頼んでくれないか?」

 

 眠ったままの意識。

 起動しないコア。

 コアに呑み込まれた少年。

 ISを使えない男。

 人がいなくても起動するIS。

 

 すべてのピースが、繋がった。

 

「まあ、コウヤさんは悪い人には見えないし、いいですけど。

 その代わり……またこうやって、遊びに来てくれませんか?」

「ああ、もちろん。

 現実世界での俺は、入院中なんだ。時間ならいくらでもあるから、安心してくれ」

「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきます。長くなるかもしれないので、コウヤさんは先に帰っていてください」

「ああ。じゃあ、プレア。また明日(・・・・)な」

「……はい!」

 

 目の前のプレアが、歩き去っていく。

 その先にあるのは、ログハウスの扉。

 その扉は、どこに通じているんだろうか?

 最後に一度、プレアはこちらを振り返り、手を振った。

 その姿が見えなくなるまで、俺は子供のように手を振り続けていた。

 

 そして。

 扉が閉じ、俺は一人取り残される。

 

「……帰るか」

 

 ゴールドフレームから戻った(・・・)ときと同じように、俺は意識を外へと集中した。

 

 

 

 

 

 

「バイタル安定。意識レベル、安全域まで上昇。……お帰りなさい」

「けっこう長かったな。無事で安心したぜ」

 

 目が覚めた俺が最初に見たのは、こちらを覗きこむ師匠とエリカさんの顔だった。

 

「ただいま、でいいんですかね?この場合」

 

 とりあえず軽口を叩いて、無事をアピール。

 周囲は既に海岸ではなく、モルゲンレーテの秘密研究室であった。

 

「……で、会えたの?“人喰い”の人格とは」

「ええ。コアにいたのは、プレアでした。リュウタ君と同じくらいの年の、男の子でしたよ」

「そう……。終わった実験とはいえ、やりきれないわね……」

 

 そう言ってエリカさんは、悲しそうに顔を伏せる。

 自分の子供と同じくらいの少年が犠牲になったと知ったのだ。その心中は、今どうなっているのだろうか?

 

「で、あのコアに危険性はありそうか?」

 

 その空気に耐えかねた師匠が、空気の転換を図って発言する。

 

「いいえ。もう、人を取り込むことは無いと思います。

 でも……やっぱり、男が起動することはできないそうです」

「そっか。ま、使えるって分かっただけ上出来だ」

「おっと、成果はそれだけじゃありませんよ」

「……どういうこと?」

 

 師匠とエリカさんが、俺に注目する。

 ……ふふふ、聞いて驚け。俺の活躍をッ!!

 

「例の無人機のコア、起動するかもしれませんよ」

 




精神世界のイメージは、マルキオ導師が住んでたあの場所です。

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