――なら……治るんですか?
――……どうやって、治せと言うんだ?
◆
「……ふう、やっと終わった」
時刻は17時。俺は8のモニターから眼を逸らし、右肩を回してこりをほぐす。
今日やっていたのは、IS開発の仕事ではない。
……IS学園の、期末試験だ。
残念ながら試験免除とはいかず、しかし特例として遠隔地での受験が認められたため、せっせと8に答えを入力し続けていたのだ。
……例によって、音声入力で。
そのせいで、滅茶苦茶ノドが渇いた。
何か飲みたい。
つーか、のど飴!のど飴を!!
某言霊使いはいつもこんな思いをしてるのか。便利なようで大変な能力だな、アレ。
それはさておき。
二日分の試験を一日でやったわけだから、正直超眠い。
なのに……なのに、だ。
これからすぐに検査があり、休む時間なんてありゃしない。
まったく。身から出た錆びとはいえ、この仕打ちはあんまりではなかろうか?
「ヤマシロさーん、検査の時間ですよー」
「あ、はーい。ちょっと待ってくださーい!」
慌てて缶コーヒーを開け、一息で飲み干す。
うっ……喉は潤ったけど、腹が……!
まあ、許容できる範囲だ。そう結論づけると、俺は上着を羽織って病室から出た。
◆
そして、連れてこられたのは、病院の隣にある実験室だった。
……え、検査じゃないの?
その疑問に答えてくれるほど親切な人は一人もおらず、看護師――いや、おそらくは研究者――たちは、黙って俺の頭に電極を接着し始めた。
「目隠しをするけど、構わないかな?」
「実験に必要なら、別に」
「そうか。じゃ、失礼するよ」
そう言った研究員が、俺から視界を奪う。
そして椅子に座らされた後、唐突に主治医の声が聞こえた。
「では、今日は左腕の感覚を調べさせてもらう。ちょっと曲げてみてくれ」
「……はい」
言われたとおり、左腕を屈曲させてみる。
確かに、動かしている感覚はあるんだけど……外からはどう見えてるんだろうか?
「すごいな……。腕はあんな状態なのに、脳波を見ると、確かに彼の左腕は動いている」
「神経とか、ダメになってるはずなんですけどねぇ……。ヤマシロくん、どうやって動かしてるのかな?何をイメージしてる?」
「イメージ、って言われても……」
別に、腕を動かすために、イメージなんていらないと思う。
今まで当たり前のように動かしてたんだから、たとえ見えなかろうが、感覚が無くなろうが、動かせるに決まってるじゃないか。
でも、あえてイメージするとしたら、あの時……意識がゴールドフレームに移っていた時の感覚に近いだろうか?
あのときもミラージュコロイドで腕が見えなかったし、機械の身体に入ってたわけだから神経とかそんなもんなんて無かった。
でも、動かせた。
そこに理屈なんてない。
……まあ、自分でも分からないんだから、説明できるわけないじゃん。
……そこ!「仮にも技術者のセリフじゃねぇ」とか言うな。
「なるほど。理屈抜きに動かせる、か……」
「ええ、まあ……」
「ぜひもう一度、君にゴールドフレームを動かしてほしいものだね」
「稼働データなら残してありますよ。技術部に回しましたけど」
「そうか。なら、そちらも参照することにしよう。
じゃ、今日はこれで終わりだ。帰りなさい」
目隠しや電極を外され、再び病室に戻る。
まだ日は高いが、ホントにもう眠い。
正直、さっき目隠しされただけでも寝そうだったし。
今日は……葵への電話より、睡眠を優先したい……な……。
◆
『もしもし、聞こえてますか?』
『僕の声が、聞こえてますか?』
『聞こえるなら、返事をしてください』
『誰か……』
◆
翌日。
誰に起こされた訳でもなく、俺は眼を覚ました。
こういった朝は珍しい。昨日、久しぶりに早寝したのが効いたんだろうか?
ともかく、身体が軽い。それに、なにかいいことがありそうな気がする。
……って言ってもまあ、病院の敷地から出てフラフラすることは許されないんだけどね。
「8、今何時?」
《8時ジャストだ。よく寝たな》
「まあな。珍しいこともあるもんだ」
《そうか。
……ところで、昨日お前が寝ている間にメールが来てたぞ。一通は葵、一通は……篠ノ之箒からだな》
「へえ。何で箒が……?」
《それともう一通。こっちはモルゲンレーテからだ。
……『N.G.Iとの交渉成功。凍結されたISコアを入手した』……だそうだ》
「何ぃ!?」
凍結されたコアといって最初に思い浮かんだのは、あの福音。
暴走の原因が不明であるため、原因究明まではコアを凍結することが、先日アメリカから発表されたのだ。
それが手に入るなんて、夢のようじゃないか!
《いや、福音ではない。もっと昔に凍結された……例の『人喰い』だ》
「オイオイ、マジかよ。」
人喰い。
10年前――ISが世界に発表された直後に裏で起こった、忌まわしい事件。
当時各国は、ISコアの解析にやっきになっていた。
IS以外の研究はすべて予算を減らされ、軍事研究所のほとんどがISの研究に使われた。
このときの歪みがFALKENを生み出した原因とも言えるが……今はそんなことは関係ないので割愛しよう。
その過程で真っ先に研究対象になったのは、「男はISを使えないのか」という点であった。
大人、子供を問わず、女性ならばISは使えた。
しかし、男であるというだけで、ISは起動しなかった。
男と女。何が違うというのか。
命を生み出すことができるものと、生み出せないものの違いだとでもいうのか?
やがて暴走した研究者たちは、一つの賭けに出る。
まだ二次性徴も終わっていないような男の子を使って、力押しでISを起動させようとしたのだ。
当然、そんなことでISは起動しなかった。そこで研究者たちは、ISと男の子をケーブルでつなぎ、疑似的に一体化させ、再び同様の実験を行ったのだ。
結論だけを言おう。実験は成功した。
ISコアの起動が確認され、研究者たちは歓喜した。
しかし――しかし、だ。
起動後のISを監視していた研究者は、驚愕することになる。
そこにあったのは、
男の子はどこへ消えたのか?
機体から垂れ下がった無数のケーブル類が、それを雄弁に語っていた。
実験を行った研究所は解体。研究者たちは投獄され、そのコアは凍結された。
それが何でN.G.Iにあるのかは知らないが、分かっていることは一つ。
……また、面倒なモノを押しつけられたな……。
そこまで考え、俺はハッとする。
何でそんな機密を、たかだか一技術者である俺に伝えるのか。
「……まさか、
8は、答えてくれなかった。
◆
「よう、コウヤ。元気そうだな」
「……似たようなセリフを、母さんに言われましたよ」
「ああ、ヒメさんね。テストから逃げたと思ったら、あなたの所に行ってたのね」
ここはモルゲンレーテ、ISコア研究施設。
何故俺がこんなところにいるのかというと、例の“人喰い”を調べるためである。
昼ごろにエリカさんが迎えに来て、施設内で師匠と合流した俺は、こうして廊下を歩きながら雑談していた。
「……で、今回は“人喰い”を調べるってことですけど。まさか、俺に起動させるわけじゃありませんよね?」
「実はそれも考えてるんだけど……」
考えてるんだ。
「今回は、アレに接触するだけでいいわ」
「接触……?それでどうなるっていうんすか?」
「それは俺から説明するぜ。
コウヤ、お前は前にゴールドフレームにとり憑いたことがあったろ?」
「とり憑いた、って。人を幽霊みたいに言わないでください」
「まあ、それはいいんだ。その時にな、お前の精神はASTRAYのネットワークを通じて、他に移った。……ちょうどISが、コア・ネットワークを通じて情報をやりとりするみたいに、な」
「それが何なんすか?」
「だから今回、アレのコアにASTRAYのネットワークをつなげてみた。
確証はないが、これでお前は“人喰い”のコアに眠る自意識と直接対話できるはずだ」
「……は!?」
つまり、あれか!?
また疑似・幽体離脱をして、コアの危険性を確かめて来いと?
いや、冗談キツいですって。ホントに!
帰ってこれなかったらどうするんすか!!
「二人とも、着いたわよ」
エリカさんの声が、無情にもタイムリミットを告げる。
……いやだ、帰りたい。
「やっぱり、帰……」
「帰ったら、頼まれてたアレ、造らないわよ」
うげっ。
その脅しは卑怯だ。そんなことを言われたら、俺は引きうけるしかないじゃないか……。
「……や、やりま……」
「おう、コウヤ!」
「でもちょっと待って!」
「あ、決心ぐらついた」
「ここまで来たんだ、諦めろよ」
うっ、師匠。
諦めたら、そこで試合終了なんですよ!?
……自分で言ってて意味不明だった。
◆
「じゃあ、身体を楽にして。意識を落ちつけて」
結局、俺はコアとの対話を引きうけることにした。
まあ、いざってときには8と師匠がネットワークに干渉して意識を戻してくれるって言うから、多少は安心だけどさ。
ヒト一人を吸収したコアだぜ?怖くないって言ったらウソになる。
ともかく、だ。
俺は引きうけた。なら、やってみようじゃないか。
エリカさんの言葉に従い、意識を楽にする。
思い出すのは、あの感覚。夢の中を抜け、暗闇の中、細い道を歩いた時の、あの感覚。
歩く。
歩く。
歩く。
そして現れる分岐点。
あの時はT字路だった。
今は十字路。
一本増えたその道へ向かい、俺はためらいながらも足を踏み出す。
歩く。
歩く。
歩く。
そして、視界が光に包まれる。
※今回はいつにも増して無理矢理な感じです。すみません。