IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第76話 レッツ勉強会!

「……と、いうわけで、勉強教えてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 火曜日の昼。

 珍しく一人で食事していた一夏を見つけた私は、わずかな興味を持って声をかけてみた。

 何せ、一夏は昼食時にはだいたい一組の女子と一緒らしい(紅也から聞いた)から、一人で食事をするなんて初めてのようだ。

 しかも、その背中が煤けて見えて……なんだか放っておけなかった。

 

「……珍しい」

「ああ……葵か。珍しいって、何が?」

「一人で食事とか、気のない返事とか、その虚ろな表情とか……」

「わかった……。もういい」

 

 そう言って、再びため息を吐く一夏。

 繰り返しになるけど……珍しいこともあるものだ。

 

「……どうしたの?」

 

 だから、だろう。

 気がついたら、私は一夏の対面に座り、話を聞く気分になっていた。

 

「……………」

 

 でも、一夏は何も話さない。

 じっと私の両目を見つめ、ぽかーん、とだらしなく口を開けている。

 

(……イラッ)

 

 ぺちん。

 

 思わず、その無防備な額にデコピンを飛ばす。

 やる気のなくなるような音が出たけど、威力はばっちり。現に一夏はおでこを押さえ、涙目になりながら上目遣いで私を見てる。

 

 ――ヤバイ。何か新しい世界が開けそう。

 

 ……とまあ、そんな戯言は西尾維新あたりにツケておこうかな。

 

「痛った!?いきなり何だよ!」

「……何か、表情が不快だった」

「表情……?……ああ、葵が自分から話しかけるって結構レアだなって思ったら、つい」

 

 ぺちん。

 

「~~~~!! 今度は何で!?」

「……理由が不快」

 

 失礼だ ああ失礼だ 失礼だ

 私だって、友達となら普通の会話くらいするのに。

 

「……はあ。まあ、いいや。俺の話、聞いてくれないか?」

「……うん」

 

 こくり、と。

 頷きながらそう答えると、一夏は話し始めた。

 事の発端は、昨日の他愛のない会話。私の部屋での、あの話。

 それで……その、一夏とシャルロットたちの会話がヒートアップしすぎて、外に漏れてたらしい。

 具体的には、「一夏は紅也が好き」という、恐ろしく脚色された内容が。

 そのことで朝の一組の教室は大騒ぎだったらしい。

 

 ……だから朝から、あんなにバシンバシン音がしてたんだ。納得。

 

 話を戻す。

 尾ひれがつきまくった噂や、それを裏付けるかのような証拠写真(多分、紅也が提供したんだと思う)が出てきたため、箒やラウラまでもが一夏のことを完全に誤解。

 晴れて、今の孤立状態が出来上がってしまったのだそうだ。

 しかも間の悪いことに、一夏は専用機持ちの誰かに勉強を見てもらおうと思ってたから、この状況は大変によろしくないらしい。

 

 そして、話は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

「……勉強は別にいいけど。噂の方はいいの?」

 

 まあ、私にはどうにもできないし、する気も無いけど。

 だって、この噂が原因で一夏がさらに困った表情をすることを想像すると……ねえ?

 

「そっちはもう諦めた。今はテストに集中するよ」

「……あ、そう」

 

 思いっきりがいいのか、馬鹿なのか……。いや、真っすぐなだけなんだろうな。

 ともかく、こういう態度が出来る人間は好きだ。利害とかそういうのがないかぎり、できるだけ協力したくなる。

 

「……じゃあ、引き受ける」

「なっ、ホントか!?」

「……嘘を言ってどうするの?」

「いや、紅也だったらそこで『いや、嘘』とか言いそうだったからな」

「紅也と私は双子だけど、同じ人間じゃない。そこは誤解しないで」

 

 確かに私は、自分が紅也に似ていると言われると嬉しいし、誇らしい。

 でも、相手が紅也と自分を同一視してるっていうのは、なんか嫌だ。

 複雑な乙女心ってやつ?……いや、『私』という個人として見てほしいという、極めて単純な思いだ。

 私が不快そうなのが伝わったのか、すぐに一夏は謝ってきた。

 

「いや、勘違いしないでくれ!俺は葵のこと、ちゃんと一人の人間として見てるから……」

「……ならいいけど。次に同じことをしたら、『一夏は紅也にフラれて、私に告白しようとした』っていう、木下姉弟もびっくりの嘘を言いふらすから」

「ごめんなさい。それだけは勘弁して下さい」

 

 この日、私は初めて……土下座する人間を見た。

 

 

 

 

 

 

 時は進んで放課後。

 第二形態移行した自分の愛機、ブルーフレームセカンドKに慣れるための訓練を終えた私は、部屋に戻ってシャワーを浴びていた。

 タクティカルアームズの遠隔コントロールには、まだ慣れない。ただ単に飛ばして相手にぶつけるなら簡単なんだけど、分離中にガトリングフォームに変形したりさせるのはなかなか難しく、うまくはいかない。

 そうはいってもコツは掴んだ。夏休みに入る前には完全に自分のものにできると思う。

 ……紅也に見せたら、褒めてくれるかな?

 

 もう一つの問題は、単一仕様能力。

 あの時――バスターとデュエルを倒したときの感覚。

 あれは間違いなく、普通じゃなかった。

 一秒が何倍にも引き延ばされ、全てが静止して見えた。

 その現象から、私はこの力を「固有時制御(タイム・アルター)」と名づけようと思ったけど……さすがにまずいと思った。著作権的に。

 

 それはそれとして。

 あの力には、何らかの発動条件があるに違いないと思う。

 でも、それが分からない。

 ヒントはあの声。

 

『力が欲しいか?』

 

 力を貸すと言った、あの声。

 でも、何度呼びかけても、何度力を欲しても、声は聞こえなかった。

 ひょっとすると、心からの呼びかけでないと答えてくれないのかな?

 ……でも、私が心から力を欲する場面なんて、もうないと思う。

 というか、あったらまずい。

 それはきっと、紅也が傷ついて、みんなもピンチで……そんな状況だと思うから。

 

(ねえ、ブルー……。あなたはどう思うの?)

 

 ブルーフレームは答えない。

 でも、首から下げたロケットが、キラリと輝いた気がした。

 

 キュ……と蛇口を絞り、シャワーを止める。

 夏だから風邪を引くことも無いとは思うけど、髪が濡れたままなのは嫌だから、すぐに脱衣所で身体を拭く。

 特に、髪は念入りに。

 

 春先までは紅也に合わせてショートにしていた髪は、今や完全にうなじを覆い、すでに肩までかかっていた。

 紅也に褒められた長い髪。母さんと同じ綺麗な青。

 ……やっぱり、私もこっちの方が好き。

 

 下着を身につけ、服を着るために脱衣所から出る。

 

 ――ここで、嫌な予感がした。

 

 本能、いや第六感とでもいうべきもの。特に私のそれは、生まれながらに強化されてるため、かなり良く当たる。

 部屋を見渡す。この『ヤな感じ』は、扉の方からだ。

 異常をサーチ……発見。部屋の鍵が、開きかけている。

 そしてもう一つ……足音。

 廊下の方から、まっすぐ私の部屋へと向かってくる。

 女子なら問題はないけど……そんなはずはないと私の勘が告げている。

 一瞬で扉の前に移動し、鍵を完全にかける。

 直後、足音が止み、ドアノブがガチャリ、と動いた。

 

 ……セーフ。

 前に、紅也が言ってた。

 今現在IS学園に存在する唯一の男子――織斑一夏には、男なら誰もが欲しがる希少技能(レアスキル)があると。

 その名は――ラッキースケベ。

 

 ガチャ、ガチャ……。

 

 鍵が間にあったから、ドアノブは回り切ることなく何度か音を立てる。

 

「ん?鍵がかかってる。……留守かな?」

 

 一夏はそんなことを呟き、今度はノックを始める。

 ……いきなりドアを開けるって、どんな教育受けてきたんだろう?

 いや、織斑先生の前じゃ絶対口に出せないけど。

 

「待ってて。今、着替え中」

「! お、おう!悪い!!」

 

 とりあえずハーフパンツとTシャツだけを着て、教科書を取り出し机に出しておく。

 準備が出来たので鍵を開け、一夏を招き入れることにした。

 

「……いい。入って」

「じゃ、失礼します……っと」

 

 着替え中、という発言が効いたのかどうかは知らないけど、一夏はおそるおそるといった感じで扉を開いた。

 まったく。これに懲りたら、もう少し慎重な行動を心がけて欲しい。

 

「机は紅也のを使っていい。私も自分の勉強をするから、質問があったら聞いて」

「お、おう。よろしくな」

 

 キャスターのついた机を動かし、一夏の机とくっつける。

 一夏もすぐにカバンから教科書を取り出し、机に並べ始めた。

 教科は国語、数学ⅠA、英語、物理、世界史。

 ……国語以外なら教えてあげられそうだ。

 

「国語は無理だけど、他の教科なら見れる」

「お、それはありがたいな。

 ……でも意外だな。葵って、国語が苦手だったのか」

 

 ……ハァ。

 思わずため息をつく。まさか、日本が世界の中心だとでも思ってるんだろうか?

 

「違う。私の出身はオーストラリアだから、授業で『国語』は無い。

 代わりにあるのが、『英文学』。……流石に、習ってないものは教えられない」

「あっ……。そういや、そうだったな。

 いや、悪い。葵って名前は日本人だからさ、出身のことはつい忘れちまうんだよ」

 

 そう言いながら一夏が開いたのは、英語の教科書。

 英語は外国人に……という算段なのかな?だとしたら、あまりに安直だ。

 だって、英語圏に住んでる人の話言葉って、文法滅茶苦茶だし。日本のジュニアハイで例文として載ってるような話し方をする人なんて、まずいない。

 まあ、見れないわけじゃないから、別にいいけど。

 

「なあ、葵」

「……質問?」

 

 早い。早すぎる。

 もし初歩の段階で躓いているなら、私は面倒を見切れない。

 ――が、そんな心配は杞憂だった。

 

「いや、英語のことじゃないんだけど。葵って、どうして日本の名前なんだ?」

 

 ああ、私についての質問か。

 

「……父が日本人」

「そっか。名前は?」

「山代 勇也」

 

 雑談をしながらも、互いに手は止めない。

 

「へぇ。どんな人なんだ?」

「優しくて、思いっきりが良くて、面倒見がいい」

「……ふうん。いい人なんだな」

 

 手は止めない。

 でも、一夏の声にわずかに影が差したのを、私は聞き逃さなかった。

 ……そういえば、一夏の両親は行方不明だとか。

 いや……オブラートに包まないで言うなら、一夏たちを捨てて逃げたらしい。

 そっか。一夏、私が羨ましいのかな?

 何となく微妙な雰囲気になる。こんな空気じゃ、集中なんてできやしない。

 

「……でも、欠点もある」

「そりゃ、どんな人だって欠点はあると思うぜ」

「……ロリコン」

「……は?」

 

 さすがに、手が止まった。

 

「え?ロリコンって……親父さんが?」

「……うん」

「……何で?」

「……20歳だった父さんは、当時14歳だった母さんに一目惚れ。2年後に結婚した」

 

 これをロリコンと言わずして何と言うのか。

 

「ああ、何というか……ゴメン」

「…………」

 

 さっきとは違う意味で微妙な雰囲気に。

 互いに無言のまま、再び自習を再開する。

 

 ――それにしても、妙だ。

 一夏は勉強ができないと言ったわりには、手が止まってる箇所はほとんどない。

 しかも、ちらっと見た限り、特に大きなミスをしてるわけじゃなさそうだ。

 

 ……これで、何で成績悪いのかしら?

 

 気になって聞いてみた私に返ってきたのは、ひどく単純な内容であった。

 

「ああ、どうも一人だと勉強に集中できないんだ」

 

 なるほど、納得。

 

 ……それにしても。

 紅也や鈴音以外とここまで饒舌に話すなんて、珍しいこともあったものだ。

 

 他愛のない会話を続けながら、夕食の時間まで、私と一夏の勉強会は続いた……。

 




紅也がいないことで、一夏と葵の接触頻度が上がってますね。

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