IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第75話 彼の去った後

 暖かな夏の日差しが、教室にさんさんと降り注ぐ。

 あの臨海学校から学園へと戻り、土日を挟んでやってきた月曜日。

 いつもと変わらぬ朝。

 いつもと変わらぬ教室。

 そこに……

 

 彼だけが、いない。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 7月11日。

 1週間も経っていないはずなのに、妙に懐かしく感じる校舎に、私は足を踏み入れた。

 学園の雰囲気は何一つ変わっていない。

 紅也がいなくなったのに、何一つ。

 まるで、紅也の存在など大したものではないのだ、と言われているかのようで、意味も無く腹が立つ。

 それは仕方のないことなのに。

 紅也の離脱を知るのは、一年生だけなんだから。

 

 

 

 

 

 

〈side:織斑 一夏〉

 

『じゃあ、俺はここでお別れだ』

 

 その言葉通り、本当にあっさりと紅也は去った。

 久しぶりに入った一組の教室は、たった一人欠けただけなのに、妙に違和感を感じる。

 

「えーと、全員……は、そろいませんよね。ごめんなさい。HRを始めます」

 

 例えばそれは、どこか憂鬱な山田先生であったり。

 

「やまぴー、大丈夫かなぁ~」

「そんなのそんなの、私にも分かんないよ……」

 

 例えばそれは、不安げな声で話すクラスメイトであったり。

 

「…………」

 

 通夜のような雰囲気でうつむく、箒の存在であったり……。

 

 とにかく、数え出したらきりが無い。

 

「そういえば、山代君ですが……」

 

 だから、山田先生が発したその言葉に、クラスメイト全員が反応してしまうのは当然の結果だろう。

 

「え?なになに?」

「こ、紅也さんがどうかしましたの!」

「無事なのか?無事なのだな!?」

「早く教えて~!」

「きゃぁぁぁぁ!み、みなさん、落ち着いて!今話しますから!!」

 

 最後に聞こえた山田先生の叫び声を聞き、俺達はようやく落ち着きを取り戻した。

 

「え、え~とですね、先程学園の方に連絡がありまして……『検査が長引くので、今学期中には復帰できない』、と。それから……」

 

 またクラスメイトが騒ぎだしそうな雰囲気を察したのか、山田先生はすぐに言葉を続ける。

 

「皆さんに伝言だそうです。『テスト乙。ざまぁwww』……以上です」

 

「「「「「えええええーーーっ!!!」」」」」

 

 思ったより余裕のある伝言を聞いて、クラスの雰囲気はガラリと変わった。

 

「そうだった!期末テスト!」

「山代くん、試験免除かぁ……」

「臨海学校でいろいろありすぎて、すっかり忘れてたわ!」

「……というか紅也、ホントはそこまで重傷じゃないんじゃ……」

「ちゃっかりしてるな。さすが我が嫁」

「あなたの、じゃありませんわよ!」

 

 先程までのしんみりした雰囲気はどこへやら。

 今やクラスは、いつもどおりの騒がしさを取り戻していた。

 ふと、箒を見る。

 朝から変わることのなかった悔恨の表情も多少は和らぎ、わずかに笑みを見せている。

 

 ……良かった。これで俺達も、いつもの自分に戻れるはずだ。

 

「……あ、あともう一言。『そんな勉強で大丈夫か?』」

「「「大丈夫じゃない!問題だ!」」」

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 HRで、紅也はそこまで重傷ではないと発表された。だから、大騒ぎしないでほしい、とも。

 これは、紅也の意志だ。自分のせいで学園の雰囲気を壊したくない、という心遣い。

 そのメールを昨日受け取ったときは、思わず「自分の心配をして!」と怒ってしまったものだ。

 そのせいで、紅也の制服が一着減った。謝る気は無いけど。

 

 そして時間は昼休み。

 食堂には専用機持ちが集まり、紅也についての話題で盛り上がってた。

 

「ともかく、思ったより元気そうで何よりよ」

「まあ、本人も検査入院だって言ってたしね」

「しかし、今学期中に戻って来れないとは……。何かあったんじゃないか、葵?」

「……何もない。少なくとも、聞いてない」

「ほらな、箒。心配し過ぎだって言ったろ?葵がこう言ってるんだから、間違いないって」

「だが、見舞いくらいは行った方がいいのだろうか……」

「……あなたの立場じゃ……それは、難しい……」

 

 簪の言う通り、今の箒の立場はかなり微妙なものだ。

 何せ、今まで存在しなかった468個目のISコアを持ち、しかもその機体は前代未聞の第四世代。そのうえ所属は決まっていないとなれば、IS学園を出たとたんにどこぞの国家や組織に拉致されても不思議じゃない。

 言うならば、鴨がネギと鍋とガスコンロを持って歩いてるような状態。

 

「……というわけ」

「なるほど……。そこまでは思い至らなかった」

「……でも、方法はある」

「! 何だ!?」

「何となく予想はつくけどね……」

 

 ……シャルロット、失礼。

 

「……モルゲンレーテの操縦者に」

「お前やっぱり紅也の妹だな!!」

 

 ……一夏も、失礼。

 イラッとしたので、つま先を踵で踏みつけた私は悪くない。そう、悪くない。

 だって、紅也と似てるって言われるのは嬉しいけど、どう考えてもバカにしてるニュアンスだったんだもん……。

 

「なるほど。安全に移動する手段があればいいわけか……」

 

 箒も箒で、なんか妙な所に着地したみたい。

 別に、大きな問題を起こさなければ、それでいいんだけど。

 

「ま、まあ、それはともかくとして……問題は期末テストだ」

 

 痛みで涙目になっている一夏が、唐突に話題を転換する。

 ……でも、期末テストが問題?何で?

 

「何が問題なのだ?」

「……あんなの、形式だけ」

「普段通りにしていればいいのですわ」

「あ、もしかして一夏って……」

 

 シャルロットが何かに気付いたかのようにポン!と手を叩く。

 

「そう。こいつは昔っから……」

「勉強はそこまで得意ではないな」

「……あ、そう」

 

 鈴音や箒から告げられたのは、ある意味期待を裏切らない真実だった。

 

「な……何だよ、みんな。そんな呆れたような、見守るような眼で俺を見て……」

 

 あ、こういう視線には敏感なんだ。普段の、箒や鈴音やシャルロットから受けるLOVE×2ビームには鈍感なのに。

 そんなことを考えながら、ワッフルにわさびをつけ、一口。形容しがたい味が舌から伝わってくる。

 すると……

 

「なあ、葵!お前は……お前だけは、俺の味方だよな!?」

「…………………」

 

 あろうことか、一夏は私に話を振ってきた。

 ……うっすら涙目の一夏、ちょっと可愛い。

 でも、この場面で私に頼ったのは、失策だと思う。具体的には、校舎内に逃げるべき所で屋上に逃げるくらいまずい。最初のデッドエンドだ。槍で刺されて助けてもらえなかったり、階段が崩落して巻きこまれたりする愚かな選択肢だ。

 なぜなら――

 

「一夏。何故、そこで葵に泣きつくのだ?」

「まったく、困った一夏ね……」

「なんのつもりなのかな、かな?」

 

 ないがしろにされた三人が、いつものように一夏に迫る。

 ……『いつものように』って認識してる私は、正直末期なのかもしれない。

 

「な、なんだ?どうしたんだよ、みんな……。こころなしか、さっきと雰囲気違うんだけど……?」

 

 それは、気のせいじゃない。良くないサインだよ。

 まあ、私にとばっちりが来なくてよかった。

 

「……テストの日は、授業が無いから……楽」

「……簪、授業嫌い?」

「……打鉄の調節ができる」

「私も一般教養は苦手だ。大体、歴史や独文学など何に使うのだ」

「いくら軍人でも、常識は必要だと思いますわ」

「うん。さもないと、どこぞの軍曹みたいになる」

「……軍曹?」

 

 一夏を無視して、私たちは雑談を再開する。

 最初はテストの話をしてたけど、話すうちにどんどん話題は逸れていった。

 でも……後ろから聞こえる断末魔のようなBGMは、いつまでも消えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ダァン!

 

 校舎から離れた林の中に、銃声が木霊する。

 そして飛び散る赤い飛沫。

 目の前の少女は、信じられないものを見たかのように目を見開きながら、胸を押さえてゆっくりと倒れ伏した。

 

「な……何故、私の位置が……?気配は……消して、いた……はずなのにっ……!」

「……おかしな話。生きているのに、何で気配が消せるの?」

「で……出鱈目ね……」

 

 それだけ言って、少女の手から力が抜ける。

 カランッ!と乾いた音を立て、その手から銃が地面に落ちた。

 

「そこまで!勝者、Bチーム!!」

 

 瞬間、辺りに響く声。

 同時に目の前の少女は起き上がり、パン!パン!とズボンについた土を払う。

 さらに、周りに倒れていた人達も次々と起き上がり、私たちの方へと寄って来た。

 

「いやぁ、やっぱり山代さんはすごいわねぇ。手も足も出なかったわよ」

「せっかくの奇襲だったのに、自信なくしちゃうな……」

「同じモルゲンレーテでも、全然違うわね。私、先輩なのに……」

「ちょ、エルシア!?いじけないで!」

 

 ……やっぱり、褒められると、嬉しい。

 

 さて、そろそろ状況を離した方がいいのかもしれない。

 時間は放課後。私は今、自分の所属する『射撃部』の活動に参加していた。

 今日のイベントは、適当なチームに分かれてペイント弾を撃ち合う……要はサバイバルゲーム。

 私の所属するBチームは、先程Aチームの最後の一人を打倒し、勝利を勝ち取ったのだ。

 

「まったく、部長の私を差し置いて、なんて強さだい?……妬けるねぇ」

「……あなたも、強い。混戦でなければ、多分……」

「はいはい、その先は止めな。過度な謙遜は相手を傷つけるよ?」

「……分かった。ありがとう」

「よくできたじゃないか、このこの~」

 

 そう言って部長は、グリグリと私の頭を撫でる。

 嫌な感じはしないけど……くすぐったい。

 

「じゃ、撤収!武器弾薬、トラップはすべて撤去!終わったら射撃場で練習だよ!」

「「「「はい!!」」」」

 

 そう言って、てきぱきと片付けを始める部員達。もちろん、私もサボってないよ。

 地雷を撤去し、ワイヤートラップを解除し、陣地に残ってるペイント弾のケースを部室に運ぶ。

 

 いつもと変わらない。何も。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 寮の部屋で、私は一人。

 

 ……いつもと違う。

 

 紅也も8もいない。多分、今頃モルゲンレーテで治療中だろう。

 ……私は、こんなところでじっとしててもいいのかな?

 ここで、何一つ変わらず、日常を続けても……。

 

 コンコン。

 

 仄暗い水の底に沈むかのように思考し始めた私を、ノックの音が現実へと呼び戻す。

 誰だろう、こんな時間に。

 気になった私は、相手を確認せずにドアを開けてみた。

 すると、そこには――

 

「よ、葵」

「……一夏?」

「だけじゃないぜ。ほら」

 

 意外な客人、一夏が指さした先には……箒にセシリア、鈴音、シャルロット、そしてラウラの姿が。

 

「……簪は?仲間はずれ?」

 

 つまり、いつものメンバー(-1)がそこにいた。

 

「簪なら、ISの調整が終わったら来るそうだ」

「そうなんだ。でも……何で?」

 

 そう、それが疑問だ。

 特に用などないはずなのに、何でこれだけのメンバーが、ここに集まったの……?

 

「いや、一夏がね。紅也がいないからアンタが寂しがってるって言ってね」

「子供じゃないんだから、そんなことはないって言ったんだけど……」

「まあ、わたくしたちも退屈でしたので」

「アポ無しで押し掛けたわけだ。入るぞ」

「……どうぞ」

 

 ドアを完全に開き、中にみんなを招き入れる。

 「おじゃましまーす」というばらばらな声と共に、一夏たちが部屋に入ってきた。

 さっきまでひたすらに静かで、モノクロだったこの部屋に、一気に色がついた気がする。

 

「あら、思ったよりも片付いていますのね。紅也さんの部屋は」

「あれ?あんた、紅の部屋に来たこと無かったっけ」

「へ?鈴さんは来たことがありますの?」

「そりゃ、葵の所に遊びに行くことなんてザラだし。……それに、私だけじゃないわよ」

 

 そう言って鈴音は、一夏の方を見る。

 

「ああ。俺と箒も、セシリア対策を話し合うときに何度か来たぜ」

「うむ。……まさか、一夏にあのような下心があったとは知らなかったがな」

「え?下心?それを言うなら、セシリアだって面白そうにしてたじゃねえか」

 

 下心……?

 ああ、あれか。紅也と私を混同して、性別確かめに来た一件。

 

「い、一夏?まさか、そのときから葵を意識してたとか……?」

「なっ!?何の話だ!何の!

 あのときは、ちょっと紅也に興味があっただけだって!」

 

 ………はあ。

 一夏、残念な子。なんでそんな言い回しをするんだろ?

 そんなことを言ったら……。

 

「い、一夏さん!どういうことですの!?」

「ちょっと!きっちり説明しなさいよ!!」

「いちかァ……。どういうことなのかなぁ?」

 

 修羅、再臨。

 メンバーこそ変わったものの、昼間と同様の惨事が、私の部屋で始まろうとしていた。

 

「まったく、一夏も何故わざわざ誤解されるようなことを言うのか……」

「半分は箒のせいではないのか?」

「……言えてる、かも」

「なっ!違う!あれは一夏の自爆だ!」

 

 私刑(リンチ)に参加しなかったメンバーは、私の近くに集まって会話し始めた。

 この流れも、昼間と同じ。でも――

 

「そもそも、あの一件で一夏をけしかけたのは、セシリアじゃないか?」

「と、なると、あれはただの責任転嫁という訳か」

「あるいは、本気で忘れてるのかも」

「「ありえるな」」

 

 こんな雰囲気は、嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 

「……おじゃましま……何の、騒ぎ……?」

 

 私のために、これだけの人が集まってくれる。

 やってきて数カ月の、この日本で。

 それは、今まででは考えられなかったこと。

 

(みんな……ありがとう)

 

 心の中でお礼を言いながら、とりあえずお茶菓子の準備でもしようと思った。

 


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