「エッジ、無事か?」
FALKEN内部……。
コックピットに座る男が、機体にドッキングした女に問いかける。
「痛い……。痛い!痛い!痛い!痛いぃぃぃ!!」
対するデュエルの操縦者の返答は、苦悶の叫びのみ。
エッジの顔面では、葵につけられた決して浅くはない傷が、未だに赤い血を流し続けていた。
「そうか。じゃ、急ぐぜ」
「ぐぅぅぅ……。許さんぞ……ブルーフレェェェム!!」
誰もいない、何もない空間に、復讐者の叫び声が木霊した……。
◆
〈side:山代 葵〉
爆発が止み、光が収まる。
そこにいたのは、紅椿を展開した箒のみ。……つまり、逃げられたのだ。
《箒、無事か!?》
ゴールドフレームから、その場にいる全員に対してメッセージが送られる。それに対し、箒は「あ、ああ……」と返答し、そのままのろのろとこちらへ戻ってきた。
《とりあえず、減ったエネルギーを回復してやるよ》
ピロピロリン♪
そんな効果音と共に、ゴールドフレームから紅椿に、エネルギーが譲渡される。
それが一段落したのを見計らって、私はエイミーさんに声をかけた。
「…あれは、何?」
「…………」
「……エイミーさん!」
語気を強め、ストライクに詰め寄る私。
それを静止したのは、成り行きを見守っていたゴールドフレームだった。
《まあ、まずは帰還しようぜ。また逃げられても困るだろ?》
そう言われては、下がるしかない。機体を旅館の方に向け、そのまま加速させる。
「ゴメンね、アオちゃん。向こうに着いたら、必ず話すから……」
その声を置き去りにし、私は空を駆け抜ける。
こうして、激しかった戦闘は、なんとも後味の悪い結末を迎えた……。
◆
――花月荘
《じゃ、俺は先に
意味不明な言葉を残し、ゴールドフレームは姿を消した。
……でも、よく考えれば、ゴールドフレームは無人機だ。
きっとミラージュコロイドを使った後、機体の遠隔コントロールを切ったんだろう。
砂浜に着陸し、ISを解除する。
そしてバスターの操縦者を拘束してエイミーさんに預け(すごく嫌な顔をされた)、そのまま旅館の門をくぐった。そして鈴音もまた、気絶した福音の操縦者を医務室に連れていくため、一度別れることとなった。
てっきり織斑先生からのお叱りでもあるかと思ってたけど、意外にも出迎えは一人もいない。しょうがないので、帰還報告、および作戦の詳細を報告するために、私たちは一団となって作戦司令室へと向かった。
「そういえば……」
歩いてるさなか、セシリアがポツリ、と呟く。
「結局、乱入してきたあのISは、何者でしたの?少なくとも、敵ではないようですけど」
その質問に、私は言葉を詰まらせる。
正直、あのとき何が起こっていたのか、私にだって正確には分からないのだ。
結果、その質問に答えることができる人物はこの場にはおらず、廊下には6人分の足音だけが静かに響く。
「……あれって、ミラージュコロイドだろ?だったら、N.G.Iの機体じゃないのか?」
沈黙に耐えかねたかのように、一夏が言葉を紡ぐ。
「では、彼女から説明があるだろう。今話していても仕方があるまい」
ラウラの言葉で、再び沈黙が戻る。
そして廊下には、再び静寂が……
静寂が……
……静かすぎる?
妙なのだ。
扉一枚隔てた先が、作戦司令室だったはず。
なのに、話し声どころか、人の気配すらしない。
「…………」
「……葵さん、勝手に開けたら……!」
簪の咎めるような声を無視し、部屋に入る。
やはり、というかなんというか、中は……
「な……無人!?」
「山田先生も、千冬姉もいないぞ?」
……と、いう感じ。
モニター類は電源が切ってあり、明かりも付いておらず。
人っ子ひとりいない、完全な無人部屋だった。
「みなさん、どちらへ行かれたのでしょう?」
「待て。シャルロットと連絡を取ってみる」
そう言ってから、オープンチャネルを開くラウラ。
……その手があったか。私もオープンチャネルを開き、情報を聞くことにした。
(シャルロット、今どこにいる?)
(ラウラ!戻ってきたんだ……)
(司令室に誰もいないのですが、どちらにいらっしゃるかご存じですか?)
(あ……大変なんだ!紅也が……)
(何!?紅也に何があったんだ!?)
(ちょ、箒、落ちつけ!)
向こうから聞こえるシャルロットの声が、にわかに緊張感を帯びる。
何?
紅也は、意識を取り戻したんじゃないの?
だって、そうじゃなきゃ、ゴールドフレームを動かせるわけが……。
(容態が急変して、昏睡状態になって……。目を覚まさないんだ!)
(……え?)
(昏睡……?)
(そんな!医師の話では、時間がたてば目覚めると……)
(とにかく、医務室に来て!みんなそこにいるから!)
通信が切れる。
でも、知りたかったことはわかった。今はそれで十分。
「……行こう」
「あ、葵!」
一夏たちの声を置き去りにして、私は早々と退室する。
もう、ここに用は無い。早く、紅也の所に行かないと……。
◆
「姉ヶ崎教諭、山代の容態は?」
「変わりません!心拍数も呼吸も正常なのに、なんで意識だけが……」
「脳波も正常!瞳孔反射も正常です!肉体は回復してるのに……!」
医務室の中の状況は、一変していた。
依然としてレッドフレームを装着したままの紅也の身体からは、様々なコードが伸びてモニターにつながっている。
その周囲では医師やIS学園の教員が慌ただしく動き回り、状況の報告や専門家への連絡などにいそしんでいた。
「! 葵、来たのか」
そんな中、ひとり取り残されていた男が、私に話しかけてきた。
そう。紅也の師匠である、あの男が。
「……紅也は?」
「心配しなくても、無事……なんだけどな。ちょっと見てくれ」
そう言ってこいつは、腕に付けた端末を起動する。
そして専用のコードを入力してASTRAYの回線にアクセスすると、チャット画面のようなものが表示された。
「こいつは、ASTRAY専用回線に外部からアクセスするためのモンなんだけどよ」
言いながら、カチカチとキーボードを叩く。すると、私の中の何かが「繋がった」ような感じがして、頭の中に文字が浮かんできた。
《どうだ?見えてるか?》
「……うん」
でも、これが何だというのか?
《お、葵。良かった、繋がって。》
「……紅也!?」
先程までとは違う文字。これは、あの男の言葉ではない。
紅也の……言葉だ。
しかし、発信源はレッドフレームではない。このメッセージは、ゴールドフレームから送られてきている。何で?
紅也は、確かにここにいるのに……。
「これは、俺の推測なんだけどよ」
《何すか、師匠?》
「紅也の意識が、回線を通じて外部に――ゴールドフレームに移ったんじゃねぇのか?」
《そんな、馬鹿な……って言いたいところですけど、そうかもしれません。
なんか、遠隔操作とは感覚が違う、というか。もっと直感的に動かせる感じですね。》
「直感的……?」
違う。
あの動きはもっと、なんていうか……
「人間……みたいだった」
《……確かに。翼以外は、まるで自分の体みたいに動かせたな。》
「じゃあ、やっぱり意識が戻らない原因は……」
《ああ、ちょっと待ってくれ。みんな集まってるか?》
「え?うん……」
《じゃ、戻るわ。回線を逆走すれば、レッドフレームに戻れるはずだしな。》
紅也はあっさりとそう告げる。そして――
「! 意識レベル上昇!昏睡状態から回復しました!」
「ヤマは越えましたね……。後は、目を覚ますのを待つだけです」
紅也がいる方から、そんな声が聞こえてくる。
……あっさりしすぎじゃない?何で今まで戻らなかったんだろう。
(いやあ、ゴールドフレームをどこに隠すか、迷ってたんだよ)
いつもの通信と同じ感覚。それが今度は、レッドフレームから発せられていた。
……心配かけさせないでよ、馬鹿。
「先生!紅也は、もう大丈夫なんですか!?」
「意識、戻るんですよね!」
「いつごろ目を覚ましますの?」
「よかったぁ……。本当に、良かった……」
「うむ、私は信じていたぞ。……あいつも、大丈夫だと言っていたしな」
「……ボーデヴィッヒさん?」
「ホラ、感動するのはいいけど、葵が困ってるわよ!」
鈴音がそんなことを言うと、みんなの注目が一斉に私に集まる。
……困ってたのは、みんなのせいじゃないんだけど。まあ、せっかくだから言葉に甘えておこう。
未だに眠っている紅也に近づき、むき出しの右手を握る。
出血は止まってるけど、傷だらけの右手。でもそこには、確かに、生きている者だけが持つ“熱”があった。
その感触に安堵しつつ、今度は両手で、紅也の右手を握る。
すると――気のせいじゃない。その手は確かに、握り返された。
「おかえり……紅也」
そうつぶやくや否や、紅也の全身を覆っていた装甲は解除され、光となって消えていく。
頭部のフェイスカバーが消えて露わになったのは……しっかりと両目を開いた、紅也の顔。
「ただいま、葵。……ついでにみんなも」
そう言って紅也は右腕一本で体を持ち上げ、起き上がる。
その様子を見た教師はただただ驚き――私たちは、とにかく喜んだ。
「紅也ぁ!心配、したんだぞ!!」
「つーか、俺達はついでかよ」
「しょうがないんじゃない?
「……なんだか、鈴さんが大人っぽく見えますわ」
「同感だな。背丈は小さいが」
「そこの二人、黙ろうか」
……まあ、すぐにいつものノリに戻っちゃったんだけど。
「紅也……。戻ってきたら意識不明だったから、すごく心配したんだよ?」
「……私、も。すごく、不安だった……」
「おーう、こんな美少女たちに心配されるなんて。幸せ者ね、コウくん!」
「あ、エイミーさん。戻ってきたんですか。……犯人は?」
……気付かなかった。
いつの間にかエイミーさんが、私たちの環の中に入ってきてたみたい。
「ああ、あの『チョッパー』さんね。ISは回収して、手錠かけて、ついでに脚をコンクリで固めてる最中よ」
「……ヤクザか」
コンクリ詰めとか……海に沈める気じゃないでしょうね?
ただでさえ肩が外れてるんだから、この扱いはあまりに非道だと思うんだけど。
「――さて、山代が目覚めたところで、今回の件の
そんな状況に茶々を入れたのは、忘れた頃にやってきた織斑先生だった。
その言葉を聞いて、私はエイミーさんを見る。……そろそろ、話してもらいたい。あの疑問の、答えを。
「じゃあ、場所を変えましょうか。作戦司令室でいいですね?」
「ああ、構わん」
それだけ言うと、織斑先生はさっさと歩き始める。
それを追うのは私と紅也とエイミーさん。他の面々も、状況の変化にとまどいつつも、しっかりと着いてくるのであった……。