IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第71話 おかえり

「エッジ、無事か?」

 

 FALKEN内部……。

 コックピットに座る男が、機体にドッキングした女に問いかける。

 

「痛い……。痛い!痛い!痛い!痛いぃぃぃ!!」

 

 対するデュエルの操縦者の返答は、苦悶の叫びのみ。

 エッジの顔面では、葵につけられた決して浅くはない傷が、未だに赤い血を流し続けていた。

 

「そうか。じゃ、急ぐぜ」

「ぐぅぅぅ……。許さんぞ……ブルーフレェェェム!!」

 

 誰もいない、何もない空間に、復讐者の叫び声が木霊した……。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 爆発が止み、光が収まる。

 そこにいたのは、紅椿を展開した箒のみ。……つまり、逃げられたのだ。

 

《箒、無事か!?》

 

 ゴールドフレームから、その場にいる全員に対してメッセージが送られる。それに対し、箒は「あ、ああ……」と返答し、そのままのろのろとこちらへ戻ってきた。

 

《とりあえず、減ったエネルギーを回復してやるよ》

 

 ピロピロリン♪

 

 そんな効果音と共に、ゴールドフレームから紅椿に、エネルギーが譲渡される。

 それが一段落したのを見計らって、私はエイミーさんに声をかけた。

 

「…あれは、何?」

「…………」

「……エイミーさん!」

 

 語気を強め、ストライクに詰め寄る私。

 それを静止したのは、成り行きを見守っていたゴールドフレームだった。

 

《まあ、まずは帰還しようぜ。また逃げられても困るだろ?》

 

 そう言われては、下がるしかない。機体を旅館の方に向け、そのまま加速させる。

 

「ゴメンね、アオちゃん。向こうに着いたら、必ず話すから……」

 

 その声を置き去りにし、私は空を駆け抜ける。

 こうして、激しかった戦闘は、なんとも後味の悪い結末を迎えた……。

 

 

 

 

 

 

 ――花月荘

 

《じゃ、俺は先に戻る(・・)ぜ。みんな、心配してるだろうしな。》

 

 意味不明な言葉を残し、ゴールドフレームは姿を消した。

 ……でも、よく考えれば、ゴールドフレームは無人機だ。

 きっとミラージュコロイドを使った後、機体の遠隔コントロールを切ったんだろう。

 

 砂浜に着陸し、ISを解除する。

 そしてバスターの操縦者を拘束してエイミーさんに預け(すごく嫌な顔をされた)、そのまま旅館の門をくぐった。そして鈴音もまた、気絶した福音の操縦者を医務室に連れていくため、一度別れることとなった。

 てっきり織斑先生からのお叱りでもあるかと思ってたけど、意外にも出迎えは一人もいない。しょうがないので、帰還報告、および作戦の詳細を報告するために、私たちは一団となって作戦司令室へと向かった。

 

「そういえば……」

 

 歩いてるさなか、セシリアがポツリ、と呟く。

 

「結局、乱入してきたあのISは、何者でしたの?少なくとも、敵ではないようですけど」

 

 その質問に、私は言葉を詰まらせる。

 正直、あのとき何が起こっていたのか、私にだって正確には分からないのだ。

 結果、その質問に答えることができる人物はこの場にはおらず、廊下には6人分の足音だけが静かに響く。

 

「……あれって、ミラージュコロイドだろ?だったら、N.G.Iの機体じゃないのか?」

 

 沈黙に耐えかねたかのように、一夏が言葉を紡ぐ。

 

「では、彼女から説明があるだろう。今話していても仕方があるまい」

 

 ラウラの言葉で、再び沈黙が戻る。

 そして廊下には、再び静寂が……

 

 静寂が……

 

 ……静かすぎる?

 

 妙なのだ。

 扉一枚隔てた先が、作戦司令室だったはず。

 なのに、話し声どころか、人の気配すらしない。

 

「…………」

「……葵さん、勝手に開けたら……!」

 

 簪の咎めるような声を無視し、部屋に入る。

 やはり、というかなんというか、中は……

 

「な……無人!?」

「山田先生も、千冬姉もいないぞ?」

 

 ……と、いう感じ。

 モニター類は電源が切ってあり、明かりも付いておらず。

 人っ子ひとりいない、完全な無人部屋だった。

 

「みなさん、どちらへ行かれたのでしょう?」

「待て。シャルロットと連絡を取ってみる」

 

 そう言ってから、オープンチャネルを開くラウラ。

 ……その手があったか。私もオープンチャネルを開き、情報を聞くことにした。

 

(シャルロット、今どこにいる?)

(ラウラ!戻ってきたんだ……)

(司令室に誰もいないのですが、どちらにいらっしゃるかご存じですか?)

(あ……大変なんだ!紅也が……)

(何!?紅也に何があったんだ!?)

(ちょ、箒、落ちつけ!)

 

 向こうから聞こえるシャルロットの声が、にわかに緊張感を帯びる。

 何?

 紅也は、意識を取り戻したんじゃないの?

 だって、そうじゃなきゃ、ゴールドフレームを動かせるわけが……。

 

(容態が急変して、昏睡状態になって……。目を覚まさないんだ!)

(……え?)

(昏睡……?)

(そんな!医師の話では、時間がたてば目覚めると……)

(とにかく、医務室に来て!みんなそこにいるから!)

 

 通信が切れる。

 でも、知りたかったことはわかった。今はそれで十分。

 

「……行こう」

「あ、葵!」

 

 一夏たちの声を置き去りにして、私は早々と退室する。

 もう、ここに用は無い。早く、紅也の所に行かないと……。

 

 

 

 

 

 

「姉ヶ崎教諭、山代の容態は?」

「変わりません!心拍数も呼吸も正常なのに、なんで意識だけが……」

「脳波も正常!瞳孔反射も正常です!肉体は回復してるのに……!」

 

 医務室の中の状況は、一変していた。

 依然としてレッドフレームを装着したままの紅也の身体からは、様々なコードが伸びてモニターにつながっている。

 その周囲では医師やIS学園の教員が慌ただしく動き回り、状況の報告や専門家への連絡などにいそしんでいた。

 

「! 葵、来たのか」

 

 そんな中、ひとり取り残されていた男が、私に話しかけてきた。

 そう。紅也の師匠である、あの男が。

 

「……紅也は?」

「心配しなくても、無事……なんだけどな。ちょっと見てくれ」

 

 そう言ってこいつは、腕に付けた端末を起動する。

 そして専用のコードを入力してASTRAYの回線にアクセスすると、チャット画面のようなものが表示された。

 

「こいつは、ASTRAY専用回線に外部からアクセスするためのモンなんだけどよ」

 

 言いながら、カチカチとキーボードを叩く。すると、私の中の何かが「繋がった」ような感じがして、頭の中に文字が浮かんできた。

 

《どうだ?見えてるか?》

「……うん」

 

 でも、これが何だというのか?

 

《お、葵。良かった、繋がって。》

「……紅也!?」

 

 先程までとは違う文字。これは、あの男の言葉ではない。

 紅也の……言葉だ。

 しかし、発信源はレッドフレームではない。このメッセージは、ゴールドフレームから送られてきている。何で?

 紅也は、確かにここにいるのに……。

 

「これは、俺の推測なんだけどよ」

《何すか、師匠?》

「紅也の意識が、回線を通じて外部に――ゴールドフレームに移ったんじゃねぇのか?」

《そんな、馬鹿な……って言いたいところですけど、そうかもしれません。

 なんか、遠隔操作とは感覚が違う、というか。もっと直感的に動かせる感じですね。》

「直感的……?」

 

 違う。

 あの動きはもっと、なんていうか……

 

「人間……みたいだった」

《……確かに。翼以外は、まるで自分の体みたいに動かせたな。》

「じゃあ、やっぱり意識が戻らない原因は……」

《ああ、ちょっと待ってくれ。みんな集まってるか?》

「え?うん……」

《じゃ、戻るわ。回線を逆走すれば、レッドフレームに戻れるはずだしな。》

 

 紅也はあっさりとそう告げる。そして――

 

「! 意識レベル上昇!昏睡状態から回復しました!」

「ヤマは越えましたね……。後は、目を覚ますのを待つだけです」

 

 紅也がいる方から、そんな声が聞こえてくる。

 ……あっさりしすぎじゃない?何で今まで戻らなかったんだろう。

 

(いやあ、ゴールドフレームをどこに隠すか、迷ってたんだよ)

 

 いつもの通信と同じ感覚。それが今度は、レッドフレームから発せられていた。

 

 ……心配かけさせないでよ、馬鹿。

 

「先生!紅也は、もう大丈夫なんですか!?」

「意識、戻るんですよね!」

「いつごろ目を覚ましますの?」

「よかったぁ……。本当に、良かった……」

「うむ、私は信じていたぞ。……あいつも、大丈夫だと言っていたしな」

「……ボーデヴィッヒさん?」

「ホラ、感動するのはいいけど、葵が困ってるわよ!」

 

 鈴音がそんなことを言うと、みんなの注目が一斉に私に集まる。

 ……困ってたのは、みんなのせいじゃないんだけど。まあ、せっかくだから言葉に甘えておこう。

 未だに眠っている紅也に近づき、むき出しの右手を握る。

 出血は止まってるけど、傷だらけの右手。でもそこには、確かに、生きている者だけが持つ“熱”があった。

 その感触に安堵しつつ、今度は両手で、紅也の右手を握る。

 すると――気のせいじゃない。その手は確かに、握り返された。

 

「おかえり……紅也」

 

 そうつぶやくや否や、紅也の全身を覆っていた装甲は解除され、光となって消えていく。

 頭部のフェイスカバーが消えて露わになったのは……しっかりと両目を開いた、紅也の顔。

 

「ただいま、葵。……ついでにみんなも」

 

 そう言って紅也は右腕一本で体を持ち上げ、起き上がる。

 その様子を見た教師はただただ驚き――私たちは、とにかく喜んだ。

 

「紅也ぁ!心配、したんだぞ!!」

「つーか、俺達はついでかよ」

「しょうがないんじゃない?(ホン)って、超シスコンだし」

「……なんだか、鈴さんが大人っぽく見えますわ」

「同感だな。背丈は小さいが」

「そこの二人、黙ろうか」

 

 ……まあ、すぐにいつものノリに戻っちゃったんだけど。

 

「紅也……。戻ってきたら意識不明だったから、すごく心配したんだよ?」

「……私、も。すごく、不安だった……」

「おーう、こんな美少女たちに心配されるなんて。幸せ者ね、コウくん!」

「あ、エイミーさん。戻ってきたんですか。……犯人は?」

 

 ……気付かなかった。

 いつの間にかエイミーさんが、私たちの環の中に入ってきてたみたい。

 

「ああ、あの『チョッパー』さんね。ISは回収して、手錠かけて、ついでに脚をコンクリで固めてる最中よ」

「……ヤクザか」

 

 コンクリ詰めとか……海に沈める気じゃないでしょうね?

 ただでさえ肩が外れてるんだから、この扱いはあまりに非道だと思うんだけど。

 

「――さて、山代が目覚めたところで、今回の件の報告(言い訳)を聞こうか」

 

 そんな状況に茶々を入れたのは、忘れた頃にやってきた織斑先生だった。

 その言葉を聞いて、私はエイミーさんを見る。……そろそろ、話してもらいたい。あの疑問の、答えを。

 

「じゃあ、場所を変えましょうか。作戦司令室でいいですね?」

「ああ、構わん」

 

 それだけ言うと、織斑先生はさっさと歩き始める。

 それを追うのは私と紅也とエイミーさん。他の面々も、状況の変化にとまどいつつも、しっかりと着いてくるのであった……。

 


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