IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第63話 慟哭の空

 嘘だ、と思いたかった。

 

 姉さんから与えられた第四世代機。これで私は、変わったはずだったのだ。

 そう、一夏や紅也と肩を並べて戦えるように……。

 

 でも、現実はどうだ?

 

 福音は沈められず、乱入してきた敵機に翻弄され、そして――

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

 目の前には、満身創痍の紅也の背中。

 切り傷だらけの装甲。焦げたスラスター、出血した右腕。

 私より、よっぽどボロボロじゃないか。

 

 なのに――

 

 何で、私なんかをかばったんだ。

 

 構えたシールドにひびが入り、少しずつ溶けていく。

 それでも、私は動かない――いや、動けない。

 

「あ……紅也……」

 

 ようやく口に出せたのは、そんな言葉。

 それをきっかけに体の硬直が解け、私はのろのろと動きだす。

 

「箒……逃げ……」

 

 それが、紅也の最後の言葉だった。

 彼の楯は光に呑み込まれ、腕もゆっくりと溶けていく。

 白と赤の装甲が溶け、腕が露出し、皮膚が焼け、骨が燃え……

 そんな光景を、私は幻視した。

 

「あ……ああっ……」

 

 墜ちていく。

 紅也が、墜ちていく。

 

「紅也ぁぁぁぁ!!」

 

 慌てて加速し、紅也に追いつく。

 無事な装甲は体幹のものだけ。左右腕部は完全に破損し、露出した両腕(・・)には無数の生傷が見える。

 右手を伸ばし、左腕を掴もうとするも、その手は虚しく空を切る。

 

 ――私は、こんなにも動揺しているのか。

 

 さらに接近し、今度は胴体を、両腕で抱きしめるかのように掴む。

 流石に今度はつかみ損ねなかった。

 

「紅也!大丈夫か、紅也!」

 

 必死に呼びかけるも、返事は無い。

 どんな顔をしているのか。それすらも、バイザー越しでは分からない。

 

「まさか……大丈夫だよなぁ……こうや……」

「……遺言はそれだけか?」

 

 至近から聞こえた声に気付き、私はのろのろと振り返る。

 背後には、青と白の全身装甲を身にまとい、ビームサーベルを構えた女が浮かんでいた。

 

 ――ああ、今は戦闘中だったな。

 ――私の負け、か。

 

「覚悟無き者よ……消え去れ!」

 

 背後に迫る刃を見ても、私は避けようとは思わなかった。

 紅也は、私なんかを庇って傷ついた。なら、今度は私が罰を受ける番だ。

 

 ――葵に、怒られてしまうな。紅也を傷つけたんだから。

 

 私は、まるで魅入られたかのように、迫りくる光の剣を見つめ続けた。

 

 そして……

 

 赤い光線が、私の視界を遮った。

 

「新手かっ!?」

 

 光が収まると、そこには右手が溶解したデュエルの姿があった。

 光線はさらにもう一発。慌ててデュエルは回避行動をとり、私たちから離れていった。

 

「あら、外しましたか。ですが、逃がしませんよ!」

 

 唐突にオープン・チャネルに響いた、初めて聞く女の声。

 その声に対し、敵は過剰に反応していた。

 

「くっ……ストライク?まさか、ここまで追ってくるとは!」

「エッジ!福音は回収した。さっさと引き上げるで!」

「確かに分が悪い。こちらは手負いだ。引かせて――」

「あげるわけないでしょ?」

 

 そして、私の目の前に現れた、赤・青・白(トリコロール)の機体。紅也や奴らと同じ全身装甲で、背中には黒と赤で彩られたバックパックが搭載されている。右手に持っているのは、ビームライフルだろうか?さっきの光線が、こんな小さな火器から放てるとは思えないが……。

 

「もちろん、ただで逃げられるとは思うてないわ!喰らい!」

 

 砲撃型の攻撃が、トリコロールの機体に迫る。しかし、そいつはくるり、と回転して砲撃をかわし、即座にビームライフルで反撃する。ビームの色は緑。では、さっきの砲撃は……?

 砲撃型はあの大火力を放ちながら、デュエルに牽引されて去っていく。トリコロールの機体もしばらくは追っていたものの、やがて諦めたのか射撃を中止し、ゆっくりとこちらへ戻ってきた。

 

「あーあ、アグニ2発にビーム6発、加えてここまで補給なしでの全力疾走だから、エネルギーが持たないわね。……そこの貴女、無事かしら」

「え、ええ、はい……。……あの、あなたは?」

「私? 私はね……謎の女1号よ。……あら、それ、ひょっとしてコウくん?」

 

 それ、と指さしたのは、私が掴んでいる紅也の身体だった。

 

「そ……そうだ!紅也が!意識が無いんです!助けてください!」

 

 突如現れた救援に、私はすがるような思いで懇願した。

 

「落ち着きなさい。普通のISには操縦者保護機能があるから、大丈夫よ。

 ……8、コウくんの状況を教えてくれる?」

《……命に別条はない》

「……そう」

 

 装甲に覆われた顔では彼女の表情は分からないが、少なくとも紅也は無事みたいだ。

 

「良かった……本当に……」

 

 視界が滲む。おそらく、今の私は泣いているのだろう。

 正直、紅也は助からないんじゃないかと思った。あんな攻撃を受けたら、絶対防御なんか当てにならない。そう思ってた。

 でも……生きてる。

 それが、とても嬉しかった。

 

「まあ、意識がないわけだから、早めに連れ帰った方がいいわね。貴女、エネルギーは残ってる?」

 

 女のその問いに、私は首を横に振って答える。

 実を言うと、紅也に追いついた時点で、もう紅椿はいつ消えてもおかしくなかったのだ。

 本当に、紙一重の状態だった。

 紅也や、目の前の彼女が助けてくれなかったら、きっと私は……。

 

「じゃ、エネルギーを補給するわね。コウくんはあなたが運んでちょうだい」

 

 そう言うと、女のISの装備が変化した。

 背中のスラスターは消え、両腕と両肩、さらに胴体に藍色の追加装備が搭載される。

 そしてその機体が私に手をかざすと、尽きかけていた紅椿のエネルギーが回復していった。

 

「ライトニングストライカー、部分展開……。上手くいったわね。じゃ、コウくんよろしくね!私は漂流中の船を見つけたから、そっちを助けてから行くわ!」

 

 船……。一夏か。

 砲撃型の女はああ言ってたが、無事だったのか……。

 それなのに私は、あんなに熱くなって……。

 情けないな。まだまだ修行が足りない、か。

 

 再びスラスターを装備したトリコロールは、そのまま飛び去っていった。

 私も紅也を抱きかかえ、展開装甲を調節し、加速する。

 

 目標は、花月荘―――

 

 

 

 

 

 

 あれから、どれほどの時間が経ったのだろうか?

 出発したときは無人だった浜辺には、作戦本部にいた人間が全員集合していた。

 おそらく皆、戦闘をモニターしていたのだろう。ハイパーセンサーで見た全員の表情は、一様に暗く、そんな中へと紅也を抱えて下りる私は、とてもみじめな気分だった。

 

 着地。辺りに砂がまき上がる。

 

 そして砂浜に紅也を横たえたとき――人込みの中から、空のように青い髪の少女が、飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 箒が、紅也をつれて帰ってきた。

 

 あの戦闘――

 ブリーフィングでは、1対3を想定していた。

 でも実際は、デュエルとバスターまで加わった乱戦になり、紅也が撃墜された。

 しかも……

 

 紅也は、左腕を撃たれた。

 

 ASTRAYの装甲は、そこまで丈夫ではない。

 だからこそ、分かる。

 

 紅也が、五体満足な状態であるはずがない。

 

 でも――

 映像では、確かに――

 

 そう思ったとき、私はすでに駆けだしていた。

 

「紅也!」

 

 砂浜に足を取られそうになるけど、気にせず走る。

 紅也はまだレッドフレームを装着してるから、表情までは分からない。

 でも、私はあのとき、確かに感じとったのだ。

 紅也が受けた、とんでもない苦痛を。

 表情が周りに見えないのは、むしろ良かったとさえ思う。

 もし見たら、みんな――紅也が無事だなんて、信じられなくなるから。

 

 さらに近付き、紅也の腕を見る。

 両腕共に傷だらけだけど、確かにそこにあるように(・・・)見える。

 だけど――

 

(……8。紅也の、左腕は……)

《……紅也の判断で、偽装中だ》

 

 ――やっぱり。

 無事で済むわけが無かったのだ。バスターの超高インパルス長射程狙撃ライフルの威力は、強奪機体の中でも最強レベルなのだから。

 それなのに。

 あんなに、痛い思いをしたはずなのに。

 周りの人に心配かけないようにするなんてっ……。

 

「お兄ちゃん!」

 

 何で?

 何で最後にすることが、周りの心配なの!?

 あのときストライクが来なかったら、お兄ちゃん、死んでたんだよ?

 

「お兄ちゃん!しっかりして!」

 

 お兄ちゃんの右腕を掴む。血が通い、確かにまだ温かみを持つその手は、お兄ちゃんが生きていることを証明してくれる。

 でも、脈拍はすごく弱い。レッドフレームを解除したら、すぐに弱ってしまうに違いない。

 ボロボロ、と涙がこぼれる。もし、お兄ちゃんがいなくなったら、私は――

 

 ぎゅ。

 

 握った右手は、他でもないお兄ちゃんの手で、確かに握り返された。

 

「お兄ちゃん……生きてて……良かった……」

 

 涙が止まらない。

 意識は無いけど、私の声が届いたんだ!

 大丈夫……お兄ちゃんは死なない。

 私を置いて、死ぬわけがない!

 

「何をやってるの。早くコウくん運びなさい!怪我人でしょ?」

 

 ――そんな、空気の読めない無粋な声が、上空から聞こえた。

 上を睨みつけると、エールストライカーを装備したストライクが、なぜか気絶している一夏を抱えて下りてきた。

 

「アオちゃん、IS使ってコウくんを運びなさい。いくら生命維持してるっていっても、早めに処置したほうがいいわよ」

「……分かってる!」

 

 その言葉に腹を立てながらも、ブルーフレームを展開。紅也を抱きかかえて、私は旅館の中、医務室へと紅也を運ぶのであった……。

 

 

 

 

 

 

〈side:残された人たち〉

 

「んー、コウくんはアオちゃんに任せましょう。……で、この子は……」

「ちょっと待て」

 

 砂浜に着地し、キョロキョロと辺りを見渡すストライク。

 その様子を見て一歩前に踏み出したのは、我らが織斑千冬であった。

 

「貴様は、誰だ?顔を見せろ」

 

 その問いかけに、一同はうんうん、と同意するかのように首を縦に振る。

 

「いやですわ、ブリュンヒルデ。あの夜、遅くまで語り合った私の事を、もうお忘れですか?」

 

 対するストライクの操縦者は、ちゃかしたような返答を返した。すると山田先生をはじめとする女性陣が、一斉にざわざわと騒ぎ始めた。

 

「あの夜……?まさか!」

「き……教官にそんな趣味が……」

「人はみかけによらないと言いますが……」

「だからいい年して彼氏の一人もいなかったのね」

「み……みんな?それ以上は止めたほうが……」

 

 スパパパパァン!

 

「「「「すいませんでした!」」」」

「だから言ったのに……」

 

 さておき。

 

「まあ、忘れているのでしたら、思い出させてあげましょう」

 

 すると、頭部を覆っていたバイザーは外れ、長いブロンドヘアーの女の顔が現れた。

 

「貴様は……確か、N.G.Iの」

「エイミー・バートレットですわ。お久しぶりです」

 

 そう言ったストライクの操縦者、エイミーは、右手を差し出して握手……ではなく、脇に抱えた一夏を差し出した。

 

「……何だ?」

 

 その意図がつかめず、問いかける千冬。

 

「いえ、コウくんはアオちゃんに渡したから、この子はあなたに、と」

「はぁ……。別に運びたいとは思ってないが」

「そうですか……では!」

 

 エイミーは、専用機持ち達に目線を向け、恐るべきことを口にした。

 

「この子をだっこして医務室まで運びたい人、私の所に来なさい!早いもの勝ちよ!」

 

 ――ギラン!!

 

 浜辺にいた数名の目が、怪しく輝いた。

 

「で、では、わたくしが……」

「ちょっとセシリア!ここはあたしの……」

「僕!僕が運ぶ!」

 

 先程までの雰囲気はどこへやら。突如始まった騒ぎに、千冬はこめかみを押さえる。

 そして、騒ぎを起こした元凶はというと……

 

「じゃあ、私はコウくんたちを見てきます。報告することもあるので、一段落したら連絡をお願いします」

 

 一転、真面目な表情に戻り、一夏を砂浜に下ろしてからISを解除した。

 

「あ、わ、私も行きます!」

 

 葵の動揺、エイミーの登場、同級生の醜い争い、という怒涛の展開であっけにとられていた箒は、慌ててエイミーの後を追うのであった……。

 




紅也、戦線離脱。
本章では彼の秘密も明かされていきます。

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