「見えたぞ、一夏!紅也!」
「!!」
「ま…待て!俺はまだ……!」
ようやく、箒たちの背中が見えてきた。こいつらによれば、もう福音はすぐそこだという。
しかし、俺の視界に、まだ目標は映っていない。……いや待て。コンプリート・センサーが異常な熱量を捉えた。これは……馬鹿な!?ビームだと!
「加速するぞ!目標に接触するのは――「待て、箒!」紅也か、何だ?」
「前方に、ビームを使ってる機体がある。確認してくれ!」
「何を馬鹿なことを……なっ!?何だ、あの機体は!」
やはり、福音とは別の機体か。
……騒ぎを聞きつけて、盗みにきたのか?コソドロがっ!
加速する俺のセンサーが、ようやく敵の姿を捉える。一機は、本来のターゲット『銀の福音』。その名にふさわしく、全身は銀色の装甲に覆われ、さらに頭部から一対の巨大な翼が生えている。その姿は、さしずめ狂った天使、といったところか。
問題なのはもう一機。白を基調とした装甲に、青い胴体の全身装甲機。左手に楯を、右手にビームライフルを持ったその機体を、見間違えるはずもない――!
《GAT-X102 DUEL》
(見りゃわかるよ!!)
ちっ、もう一機だと!?
何のためのブリーフィングだ、馬鹿馬鹿しい!
「紅也、こりゃ作戦変更が必要じゃねぇか?」
「そうだな……。俺があの全身装甲を引きつける!あいつも、PS装甲だ!悪ぃが、福音の相手は任せた!」
そう言って、威力を最小にしたビームを放つ。要は、ビーム兵器を搭載していることをアピールして、デュエルの狙いを逸らそうというアイディアだ。
――が、意外や意外。
奴は、そのまま福音との戦闘を継続しつつ、スピーカーでこちらに呼びかけてきた。
「そのビームライフル……。貴公は、アーチャー……いや、ブリッツを倒したモルゲンレーテの操縦者に相違ないな?」
「それが、どうしたっ!!」
勢いそのままビームサーベルで斬りかかる。が、相手もビームライフルを消し、一瞬でビームサーベルに持ち替え、俺の刃を受け止めた。
「いい太刀筋だ……。ちょうどいい、協力していただこう。我が名はエッジだ。貴公の名は?」
「敵に名乗る奴が……いるかっ!」
デュエルを弾き飛ばす。と、同時に、箒と一夏が福音に突っ込んでいくのが見えた。
――仕方ない。福音は奴らに任せよう。俺は……
「お前を倒す!」
「ですから……話を聞きな、さいっ!」
空中で体勢を立て直したデュエルは、二本目のビームサーベルを引きぬき、交差させて俺の剣を受け止めた。そのままバーニアを吹かし、俺から距離を取る。
……くそっ!こいつ、格闘戦が上手い!
……とはいえ。
こっちの主目的は、あくまで福音の撃破。
一撃必殺作戦なら、今距離を取らせたことには、十分な価値がある。
そして決着がついた後、二人の助けを借りてこいつを――
「敵増援確認。迎撃モードへ移行。〈
唐突に聞こえた、垂れ流しの音声。
おそらく福音から発せられたであろうそれは、恐ろしく抑揚のない、平坦な機械音声だった。これなら、8に表示された文字の方が、まだ温かみを感じられる。
この声から感じられるのはただ一つ――敵意だけだ。
戦闘に備えて、箒や一夏とリンクを確立していたのが幸いした。この声を聞き逃していたら、俺は背後に気を配りはしなかっただろう。
戦闘状況を確認。
最初の一撃は回避されたみたいだ。零落白夜は出ているものの、敵に損害は見られない。
箒は一夏の背後を守りつつ、福音を牽制。一夏は刀を振り続けているも、ひらりひらりとかわされている。――どうやら、作戦通りにはいかなかったか。
一瞬、後退したデュエルを見る。どうやら、俺に最接近する気は無いらしい。
ひょっとして、共倒れになるのを待ってるんじゃねぇか?姑息な手を使う!
でも……今なら、一夏たちの援護に入れる。
「一夏、箒!援護に入る!」
「紅也!だが……」
「零落白夜もそろそろ時間切れだろ?選手交代だ!」
「待てっ!あと少しで……」
一夏が、雪片弐型を大きく振りかぶる。
一撃で倒す。そんな一夏の信念が込められたかのような太刀筋だ。
だが――敵にとってその動きは、あまりにも遅かったらしい。
「!!」
一夏が息をのむ音が、リンクを通じて伝わってくる。
それもそのはず。福音の
否。ゆっくりに見えてるのは錯覚で、アドレナリンとかそういうもののせいなんだろう。
開いた翼の中。そこには数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいの、おびただしい数の砲口が存在した。福音は翼をせり出し、すべての砲口を一夏へと向ける。それを俺の脳が知覚した瞬間――そこに、羽根が降りそそいだ。
「ぐうっ!?」
状況が違えば、それはそれは幻想的な光景に見えただろう。
しかし、その羽根の正体は、高密度に圧縮されたエネルギーの塊だ。どこのファルザービーストだ!とか、ギャグを発する余裕もない。
羽根の雨は白式の装甲に突き刺さり、一斉に
《これが
「ビームほどじゃねぇが、火力もな!一夏、無事か?」
その返事に答えるかのように、一夏が煙の中から現れる。ところどころにダメージが見られるが、どうやらまだ戦えるらしい。零落白夜も残ってる。
よし!まだ終わってな――
「ええい!どこを見ている!」
唐突に聞こえた第三者の声。確認するまでも無く、デュエルの操縦者だ。
くそっ!決着までは静観だと思ったが、読みが甘かったか!?
デュエルは左手に構えたシールドで体を隠しながら、こちらへ向けて突っ込んでくる。
あれはアンチ・ビーム・シールド。ビームサーベルでは効果が薄い。ならっ……
ガーベラストレートを抜刀。正眼に構え、楯を切り捨てるべくカウンターの体勢に入る。
「紅也!」
箒の叫び声が聞こえたのは、そんなときだった。
その瞬間、迂闊にも俺は、デュエルから意識を逸らしてしまった。
そして――自分の愚かさを思い知ることになった。
(羽根――!?)
銀の鐘は全て、一夏を狙っているものだと思ってた。
その原因は、俺の脅威度が低いと判断されたためだと思い、油断していた。
それが何だ?抜刀したことで脅威が高まったのかどうか知らないが、奴は隠していた砲口の一部を俺に向け――発射してきたのだ。
《回避――》
(できねぇっ!!)
脚部の姿勢制御スラスターを作動させるも、直撃コースから逃げ出すには遅すぎた。
破壊をもたらす光の羽根が、ゆっくりと俺に近づいてきて――
瞬間。
視界が、何かに遮られた。
…。
……。
………。
…………ダメージ無し、だって……?
「だから言ったでしょう!?『どこを見ている』と!」
「……は?」
機体の被害状況に呆然としていた俺を現実に引き戻したのは、そんな声だった。
周囲を確認。
一夏――戦闘中。〈銀の鐘〉の大半にロックされているも、逃げ切っている。
箒――俺に近づいてきたようだが、まだ距離がある。
じゃあ……この楯の持ち主は、誰だ?
「いつまで呆けている気ですか!離脱しなさい!」
「え?……なっ!?」
センサーに映った光景を見て、俺はようやく現状を理解する。
俺を狙って放たれた〈銀の鐘〉。それを防いだのが、あのデュエルのパイロットであると。
「な……何のつもりだ!?」
「最初に言ったでしょう?『協力していただく』と」
「だから、それが『何のつもりだ』、って言ってんだよ!」
後退しながら、俺はスピーカーで話しかける。事情は分からないが、一応助けられた身だ。本当は今すぐにでも斬りつけてやりたいが、そうもいかない。
「まず一つ言っておきます。私の目的は、福音の捕獲です」
後退しながら、奴もスピーカーで話しかけてくる。
どうやら、俺がオープンチャネルを使えないと思ったらしいが……好都合だ。
「何だ?Xナンバーの次は軍事機密か?お前ら、本当に強奪が好きだな!」
「どの口が言いますか、モルゲンレーテの操縦者。
……続けます。そして貴公らの目的も、福音の捕獲でしょう」
「……ああ、そうだ」
ようやく、安全な距離を取れた。
箒と一夏は連携を取り、左右から福音を挟み込む戦法をとっている。
「ですが、お恥ずかしいことに、私だけでは太刀打ちできない相手なのです、あれは。
そして……おそらく貴公らでも勝てないでしょう」
――コイツ、今何て言った?
俺達3人が……いや、この際それは置いといていい。
こいつが……Xナンバーが、太刀打ちできない相手?
「そんなバカな!さっきのはエネルギー兵器だが、PS装甲を貫通できるほどの出力は無かった!それなのに、何故……」
「……貴公なら、すでに予想が出来ているのでは?」
その言葉で、俺は熱くなった頭を、一旦冷やすことにする。
〈銀の鐘〉に、PS装甲を貫通するだけの出力は無い。
しかしこいつは、PS装甲でも太刀打ちできないと言う。
ならば、別の武装が脅威だということ。
PS装甲の脅威になりうるのは――
「どうやら、気付いたようですね。さて、貴公はどうしますか?」
センサーに映る福音は、すでに〈銀の鐘〉の発射を止め、距離を取ることに徹していた。
今までとは違う動き。今までとは違う、ナニカをするための――
「分かった、共闘だ!赤い方を守ってくれ!」
「承りました!」
もはや、話し合いの余地は無かった。
俺が一夏の方へ、あいつが箒の方へ、全速力で向かう。
「! 紅也、何で……」
「なっ、貴様は……」
「「話は後だ!!」」
俺は福音と一夏の間に立ち、アンチ・ビーム・シールド(赤)を実体化させる。刹那、福音から聞こえた機械音声が、その判断が正しかったことを証明した。
「敵機脅威度、大と断定。〈
敵の翼から、さらなる砲口がのぞく。そして――
緑色の雨が、俺達へと降りそそいだ。
「やはりビーム兵器!」
「やはり? 紅也、一体どういう……」
「赤いお嬢様、楯から出ないでください!」
「そ、そういえば紅也!あいつと敵対してたんじゃ!?」
会話をしながら、俺達は福音から距離を取る。…よし。だいぶビームの密度が薄くなった。
左手にシールドを、右手にビームサーベルを構え、俺は福音の方を向く。
「今回限りの共闘だ!期限は、福音撃破まで!……アンタ、その後どうする?」
「アンタではなく、エッジと。撃破後は、私は本来の任務を果たします。止めたければ、貴公らが私を倒せばいい」
「ずいぶんな自信だな……。OKだ!一夏、箒!援護してくれ!」
楯を正面に構え、俺は福音へと突進。ビームが楯に命中するが、俺本体に致命傷は無い!
「私はビームライフルで牽制します。当らないでくださいよ」
エッジは、福音の周りを円軌道で周回し、ビームを放つ。
福音はそれを紙一重でかわしているが、ビームの熱にやられて装甲がところどころ焦げている。
「私もいるぞ!」
そこへ箒の斬撃が飛来。〈
――好機!
「うおおぉぉぉぉ!!」
――斬ッ!!
非殺傷の範囲で出力を引き上げたビームサーベルは、福音の左足を、しっかりと斬り裂いた。
「外したっ!!」
「ならば私が」
牽制は箒一人で足りると判断したのか、エッジまでもが格闘戦を挑む。
狙いは背後のウイングスラスター。敵の機動力と攻撃力、その両方を削ぐのが狙いだろう。
「La………♪」
さらに砲口が増えた。左右合計、48門。
そして
至近距離にいた俺達二機はそれをもろに食らい、再び後退を余儀なくされた。
「くっ……楯が……」
エッジが漏らしたように、俺のシールドもかなりヤバい。〈銀の鐘〉でシールド表面の対ビームコーティングを削られ、〈銀の祝福〉でシールド本体を削られた。
視界の隅で、ビームサーベル二本を構えたデュエルが見える。おそらく、ビームをはじきながら再接近するつもりだろう。打ち合ってみて分かったが、彼女にはそれだけの技量がある。
一方の俺は、アンチ・ビーム・シールド(青)を取り出すと、一夏に呼びかけた。
「一夏、零落白夜は使えるか?」
「もう残り僅かだ!大事に使っても、もって後30秒!」
「それだけありゃ十分だ!箒、また援護を頼む」
「策があるのか?」
「ああ……。気は進まないけど、な」
俺はエッジに接近し、彼女の前に出た。
「何のつもりだ?」
「俺が楯になるから、アンタが頃合いを見て奴を斬ってくれ!」
「……首級は私が獲ることになるが、いいのか?」
「構わねぇ!これしかねぇんだ!!」
「……貴公に感謝を!」
燃料は気にせず、瞬時加速。と、同時に、ぴったりとタイミングを合わせたエッジもまた、瞬時加速を始める。
二機が一体となり、矢のように福音に迫る。それに気づいた福音が、火線を俺に集中させるも、俺達は止まらない。
――不思議な感じだ。
エッジとはさっきまで敵同士だったのに、今は自然に背中を預けている。
こいつの人柄ゆえだろうか?どうしても、背後から不意打ちするような人間とは思えない。
同時に、卑怯な手を使うとも思わない。とても真っすぐで、
彼女は、今この瞬間だけは、とても心強い相棒だった。
光をばら撒きながらも、福音は上昇して逃げようとする。
しかし、さっきから斬撃を飛ばし続ける箒によって阻まれ、動くことが出来ないでいる。
……エネルギーは大丈夫なのか?
そして一夏は……よし、指示通りに動いてるな。
「俺は下がるぞ!決めろよ、エッジ!」
「了解した!!」
すっ……と推力を落とし、俺はエッジに追い抜かれる。
福音に迫る、二刀流のデュエル。それを見届けた俺は……
自身のビームサーベルに、エネルギーをこめる。
知ってるか?いいヤツってのは、寿命が短いんだよ。
×の字に振り抜かれる、ビームサーベル。しかし福音は、一瞬のうちに後方へと加速することで、その直撃を避けていた。
――今だ。
「行けぇぇぇ!一夏!!」
叫びながら、俺も瞬時加速。
狙いは、攻撃直後のデュエルの背中。共闘は、福音の撃破までだ。
後は、一夏が福音を落とせば……!
福音もパワーアップ。