「では、現状を説明する」
旅館の一番奥にあった宴会用の座敷部屋。そこは現在、にわか仕立ての作戦司令室となっていた。照明を落とした薄暗い室内には、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」
……軍用ISだと?やっかいなモノを……。
そう思って周りを見てみると、全員が全員、厳しい顔でディスプレイを睨んでいた。
……いや、例外が二人。一夏と箒だけは、どこか危機感のない、呆然とした表情をしている。
「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2km先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」
……ははん、何となく先が読めたぞ。
「教員は学園の訓練機を使用して空域および海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
織斑先生からの言葉は、予想通りのものだった。なにせ、ここにいるのは学生とはいえ、全員が国から腕前を認められた専用機持ち。使わない手は無いだろう。
「それでは、作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」
「はい」
早速手を上げたのは、セシリアだった。先程までの落ち込み顔はどこへやら、その表情は真剣そのものだ。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」
「了解しました」
その言葉を受けた織斑先生が端末に何かを入力すると、空中に「福音」のデータが開示された。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利……」
「技術者として言わせてもらえば、燃費は悪そうだな。長期戦に持ち込んで、波状攻撃を仕掛けられれば、なんとか出来そうだがな」
「この特殊武装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しいかな。紅也の言う長期戦は、ちょっと……」
「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」
セシリア、鈴音、俺、シャル子、ラウラの順に、意見を出していく。一夏、箒、葵、簪はその成り行きを黙って見ていた。
「偵察は無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速2450キロを超えるとある。アプローチは一回が限界だろう」
「2450キロか……。葵、ハイスピード・ブースターは持ってるか?」
「……無理。それに大気圏内での使用は、スペック上は不可能」
そりゃそうか。
ASTRAYの追加装備、〈ハイスピード・ブースター〉は、IS単体が宇宙空間を高速航行するためのアイテム。地上での運用試験など、やるはずもない。
「一回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」
山田先生の一言で、俺と葵、それから一夏に注目が集まった。
「え……?俺!?」
一夏はまだ混乱しているのか、その場に合わないような素っ頓狂な声をあげた。
「一夏さん、あなたの零落白夜で落とすのですわ」
「葵と紅のビーム兵器も有効よね……」
「それしかないみたいだね。ただ、問題は――」
「……どうやって三人を、運ぶのか……。エネルギーは……節約しないと……」
「それならば、ISを抱え、なおかつ目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。お、俺が行くのか?」
「「「「「当然」」」」」
セシリア、鈴音、シャル子、ラウラ、簪の五人の声が見事に重なり、一夏の言葉を肯定する。俺と葵は無言。箒もまた、ただ黙って成り行きを見守っている。
「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」
「………………」
一夏が黙り、顔を俯かせる。……怖気づいたか?いや、そんなはずはない。
「やります。俺が、やってみせます」
だって、ここで家族の期待に答えなきゃ、男じゃない。
「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」
「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますし、超高感度ハイパーセンサーもついています」
……『パッケージ』。
それは全てのISが持っている、換装装備のことだ。
これは単純な武器だけではなく、追加アーマーや増設スラスターなど装備一式を指し、その種類は豊富で多岐にわたる。中には専用機専用の機能特化専用パッケージ『オートクチュール』も存在するが……。俺が知ってる中で、そんなものを持っているのは一人だけだ。
この『パッケージ』を装備することで、機体の性能と性質を大幅に変化させ、様々な作戦に対応できるようになっている。
ちなみに、俺と葵の『ASTRAY』シリーズはパーツの互換性を高めており、ほとんどのパーツは交換できるようになっている。当然、パッケージも互換性ありだ。まあ、一部の例外はあるけどな……。
「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」
「二十時間です」
「ふむ……。それならば適任か……。これで一人は決定だ。……で、次は?」
織斑先生にそう促され、今度は俺が手を上げる。
「山代兄か……。悪いが、お前にエネルギーを使わせるわけには――」
「その心配は不要です。俺のフライトユニットは、本体からのエネルギー供給を必要としない仕様なので」
「……詳しく聞かせろ」
「はい。俺のフライトユニットは、元々モルゲンレーテの量産機、『M1アストレイ』に採用予定のものです。が、これをレッドフレームに装備するにあたり、両サイドにプロペラントタンクを追加。そこの推進剤によって飛行する仕様に変更しました」
「そうか。ならば山代兄が山代妹を運べば、3機が行動可能だな」
「……申し訳ないんですけど、それは無理です」
俺のその言葉に、一瞬、時が止まった。
「推進剤全ての燃料を使っても、レッドフレーム一機を飛ばすのが精一杯です。ブルーフレームまで運ぶとなると、速度が相当落ちることになります。なので、葵を運ぶのは、誰か別の人に頼みたいのですが……」
「そうか。それならば――」
「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」
突如響く、第三者の声。発生源は頭上であった。
慌てて上を見ると、そこにはなんと……部屋を逆さに覗き込む、篠ノ之博士の姿があった。
「……山田先生、室外への強制退去を」
「えっ!?は、はいっ。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきてください……」
「とうっ★」
言葉に従ったのかどうかは定かではないが、とにかく博士は部屋に下りてきた。空中で一回転してから。見た目と違い、ずいぶんな運動神経だと思う。
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」
「……出ていけ」
頭を押さえる織斑先生をよそに、博士は騒ぎ続ける。
「聞いて聞いて!ここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」
「なに?」
「紅椿のスペックデータ見てみて!パッケージなんかなくても超高速機動ができるんだよ!」
その言葉と共に、織斑先生が数枚のディスプレイに取り囲まれた。
「紅椿の展開装甲を調製して、ほいほいほいっと。ホラ!これでスピードはばっちり!」
……展開装甲?聞いたことも無い技術だ。周りを見渡してみるも、誰一人心当たりがないらしい。特に一夏など、わかりやすく首をひねってる始末だ。
「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよ!」
ガチャンッ!
俺は、思わず8を落としてしまう。……が、誰もそれを気にとめない。
誰もが、それほどまでに、衝撃を受けているのだ。
「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。まず第一世代というのは……」
篠ノ之束が何かを話しているが、既に俺には聞こえていない。
第四世代。
コンセプトは、『パッケージ換装を必要としない万能機』。これは未だに机上の空論にすぎず、モルゲンレーテですら研究中のものだ。
師匠なんかは、複合武器を装備することで疑似的な第四世代機を開発しようとしていたが……。現物は、完成の見込みが立っていない。
それが。
そんなものが。
存在しないはずの、そんなものが。
今、この場に、存在するなんて。
それも――――。
この場にいる、たった一人の天才が、あっさりと組み上げたなんて。
各国は、未だに第三世代機を作り続けている。これは、第四世代機どころか、第三世代機ですら、まだまだ開発途中であるからだ。各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材の全てを費やし、今回のように、時には国家の枠を超えて協力し、必死に開発競争をおこなっている。
モルゲンレーテもそうだ。
後ろ暗いこともたくさんやってきた。買収も、恐喝も、時にはまっとうな提携も。
そして裏切られた、あのN.G.Iの事件。
ビーム兵器の開発を巡り、水面下でしのぎを削り、最終的には命がけで盗み出した。そしてASTRAYが製造され、モルゲンレーテが第三世代開発に成功した。その後すぐに起こった、Xナンバー強奪事件。追撃の任務を受けた俺達二人。
――全ては、第三世代兵装、「ビーム兵器」を巡って起こっている事件だ。
第三世代。
その言葉に、俺達は惑わされ、踊らされ、戦ってきた。
それ自体に納得はしていたし、だからこそ、命をかける意味があると信じていた。
――そう、信じていた。
それが何だ。
第四世代だと?
フザケルナ。
俺の。葵の。
今までの努力は、人生は、何だったのか―――!!
「……ざけるな」
「……紅也?」
「ふざけるなっ!!!」
気がついたら、俺は叫び声を上げていた。
「……何?キミ、どうしたの?あ、わかった!きっとお腹が痛いからトイレとか――」
「黙れ、篠ノ之束」
吐き捨てるようにその名を呼び、俺はいつの間にやら目の前にいたふざけた科学者を睨みつけた。
「……そんなに悔しいかな?小さな技術者くん。悔しいよね。キミの夢、才能、努力。そういうものが全部まとめて否定されちゃったんだから」
「テメェッ!」
思わず、右の拳を握る。……が、その腕は横合いから伸びた手によって固定され、放たれることは無かった。
「……紅也」
右手をつかんだ手の正体。
それは、俺の怒りを『感じとって』やってきた、葵であった。
その手の冷たさが、そして力強さが、俺の中の怒りの炎をゆっくりと消していく。
「……落ちついた」
「……ああ。心配かけた」
葵と目が合うも、それも一瞬。葵は俺の右手を開放し、そのまま後ろへ一歩引いた。
冷静さを取り戻した俺は、周囲の面々を見渡す。誰もかれも、『何事か』といった目で俺を見て――あるいは、見たことも無いほどの俺の怒りに、怯えていた。
「……すまない。醜態を晒した。
……山田先生。気分が悪いので、退室してもよろしいでしょうか。作戦開始までには戻ります。葵、代わりに聞いておいてくれ」
「え? あ、は、はいっ」
「……わかった」
羞恥と怒りがないまぜになったまま、8をも置き去りにして、俺は作戦司令室となった部屋を後にする。
……このままあそこに留まっていたら、自分がみじめでしょうがなかったから。
◆
「よう、紅也。派手に暴れたみてぇだな」
「……師匠」
頭を冷やすべく、俺は旅館のあちこちを歩き回っていた。
生徒には待機命令が出ていたため、俺以外の生徒は一人もいない。先生たちも慌ただしく出撃準備をしているため、出歩く俺を注意する者もまた一人もいなかった。
そんな中、ふらりとやってきた中庭に、師匠はまだ残っていた。
「……何で知ってるんすか」
「8が中継したからな。アイツも、お前が心配だったんだろうよ」
「……俺は、許せなかったんです」
だから、だろうか。
気がついたら、俺は師匠に弱音を吐いていた。
「俺が強くなるために、成長するためにやってきた努力。その全てが、台無しにされたような気がして……」
「………………」
師匠は何も言わない。ただ、黙って俺の目を見て、話を聞いてくれている。
その、どこか余裕を見せつけるような態度に、俺は思わずいらだちをぶつけてしまう。
「だって、第三世代機ですよ!?誰も……師匠だって作れなかった、未知の領域。それが、あんなにあっさりと開発されるなんて!悔しくないんですか、師匠!」
すると師匠は、組んでいた腕をほどき、右手で頭をポリポリと掻き始めた。
「そりゃ、メカマンとしては悔しいけどよ。それ以上に嬉しいぜ、俺は」
「は……?」
俺の予想を超えた答え。
嬉しい、などと……どうして、この人はそんなことが言えるんだろう?
「考えても見ろよ。今まで幻だった第四世代機が、実際にそこに『ある』んだぜ?どんな技術が使われたのか……くぅ~っ!考えるだけでワクワクするぜ!」
「……………」
今度は、俺が黙る番だった。
誰が作ったとか、才能がどうとか、そんなことは関係ない。
この人は、純粋に、まだ見ぬ技術に喜んでいる。
「しっかし、第四世代か……。俺としては、あの白式の刀、雪片弐型を応用すれば、それに近いモンを作れると思ったんだけどな~。まあ、勘だけどな!」
そう言ってまた、豪快に笑いだす。
言葉とは裏腹に、その声には、悔しさのかけらもない。
そこに込められたのはただ一つ。新たに生まれた技術への祝福のみだった。
「……っと、すまねぇな。真剣な話の最中に。新技術への興味の方が勝っちまった」
「いえ……別に……」
「まあ、話を戻すけどよ。紅也。
――お前が目指すモンは、一体何だ?」
「それは……」
決まっている。
技術者として、葵の兄として。最高の機体を完成させ、葵に渡すこと。
それが、現在の俺の目標だ。
「それでいいんだよ。逆に言わせてもらうがな、第四世代機ってのは、最高の機体なのか?」
「! それは……」
「違うだろ?最先端の機体が、最高の機体じゃねぇ。メカニックが魂込めて作った機体が、そいつにとって最高の機体になるんだ」
「魂、込めて……」
「まあ、そういう意味じゃあの
頭を掻いていた手を止め、人差し指をピン!と立てて俺を指さし、師匠は言う。
「――お前の葵に対する思いだって、負けちゃいねぇだろうが!」
――そうだ。
何を弱気になっていたんだ、俺は。
俺は、俺だけの最高の機体を作ればいい。
第三世代とか、第四世代とか、そんなものはどうだっていいんだ。
大事なのは、その思い。技術や知識は、この際後付けでいいんだ。
俺には――俺達には、まだ、先があるんだから。
「どうやら、ふっきれたみてぇだな」
「……はい!」
「よし!じゃあ、まずは目の前の問題を片付けねぇとな。8から連絡が来たが、作戦会議は終わったようだぜ。……行って来い!」
「はいっ!行ってきます!!」
迷っていた俺は、一応の答えを得た。
葵のために。それを見失わなければ、俺はもう止まらない。
まずは――当面の厄介事を、ちゃちゃっと片付けますか!
紅也も葵も、少し互いへの依存が強めです。