心地よく汗をかき、新しい希望の朝を迎えた俺を出迎えたのは、扉の前に鎮座する2箱のダンボールだった。
「これは……一体……」
「お前の部屋宛ての荷物だ」
「もう届いたのか!?」
昨日の今日だというのに、エリカさんの仕事の速さには脱帽だ。
そして織斑先生、あなたはどこから現れたんですか?量子化の技術が発展したこの世界とはいえ、人間の転送は技術的に不可能なはずなんですが。
「というか、織斑先生。ひょっとしてこの大荷物、先生がここまで運んでくれたんですか?」
「何だ?まずかったか?」
「いえ……結構重たいのに、よく運べたなぁ、と思って」
さすが世界最強。ブリュンヒルデは伊達じゃない。
パアン!
「褒めたのに……」
「礼が先だろう」
「ありがとうございましたぁっ!!」
「よろしい。
……しかし、私だから何でも出来て当たり前だとは思うなよ?」
「またまたぁ~。生身でIS倒すぐらいはできますよねぇ?」
あ、まずい調子に乗ってしゃべり過ぎた。
そう思った瞬間にはすでに、視界を覆う黒い影。
バアン!
「そのしゃべり方、教師を馬鹿にしているのか?」
「申し訳ありませんでした!!」
「フン…いいだろう。まあ私も、さすがに飛ばれたら勝ち目はないさ」
(地上戦なら勝てるのか……)
世界最強を飛び越えて、もういっそ「人類最終」とか名乗ればいいのに。
「では織斑先生、俺はこれを片付けるので、これで……」
「ああ。遅刻はするなよ。遅れたらグランド10周だ」
事情を知っているくせに、容赦がない。ため息をつき、俺はとりあえずダンボールを持ちあげた。
◆
ガラララッ!!
「ま……間に……あっ……た?」
荷物を開封し、シャワーを浴びたら、始業時間ギリギリだった。
教師にバレないように全力疾走し、どうにか教室に着いた。一度サッパリしたはずの体には、汗でベタつくシャツが張り付き、気持ちが悪い。
時間が押してたから荷ほどきを頼んでまでシャワーを浴びたのに、これじゃあ本末転倒だ。
「山代、ずいぶん遅かったな」
「ああ……あの後、寮に荷物が届いててな……。整理してたら、この時間に……」
「そうか。ともあれ、間にあって良かっ……あ」
俺に声をかけた篠ノ之が、突然固まる。まるで、後ろに誰かがいるような……って!
振り返りながら飛びのき、さらに頭を防御する。俺だって馬鹿じゃない、学習するのだ。防御を固めるまでコンマ数秒、反転した俺の視界の先には、出席簿を振りかぶった織斑先生が――いない?
「篠ノ之。織斑先生がいたんじゃないのか?」
「違う、その織斑じゃない。……一夏を起こすのを忘れた」
「起こす?織斑を?なんでわざわざ……あ、そういうことか」
なんとなく理由が分かった俺は、自信をもって答えを口にする。
「お前ら、寮の部屋が一緒なのか?」
「な、何を……というか、なぜわかった!?……はっ!」
ヒソヒソ声という俺のせめてもの配慮は、墓穴を掘った篠ノ之が大声で反応したことで完全に無駄になったようだ。教壇の脇、という目立つポジションも相まって、クラス中の視線が篠ノ之に集中する。
「えー、篠ノ之さん、おりむーと同室なんだ~」
「いいなあ、うらやましいなぁ」
「篠ノ之さん、ずるい」
「そういえば山代くんって、誰と一緒なの?」
「え?俺は………」
パパパパパパパアァァン!!!
目にもとまらぬ速さで行われた神速の連撃が、詰め寄る女子たちの頭部を襲った。
「何をしている、馬鹿者ども。席に着け」
「「「は、はーい」」」
「はい、軍曹」
ズドォン!
パァン、バァンときて、コンボの3発目の強攻撃が俺の頭上に放たれた。生半可な防御など、最初から意味がなかったんだ……。
「織斑先生と呼べ」
「…………」
「返事もできんか、馬鹿者。まあいい、SHRを始めるぞ」
ボケに走る余裕がないほど痛い。
「どうした山代、早く席に着け。それから……織斑はどうした?」
「………あ」
織斑一夏、遅刻決定。
◆
〈side:織斑 一夏〉
朝日が顔にあたり、眼が覚める。
今日も良い日だ。伸びをしてわずかに眠気を飛ばし、ようやくベッドから出る。
ふと隣のベッドに視線をやると、6年ぶりに再会した幼なじみの姿が見当たらない。剣道部に入ってるって言ってたから、朝練にでも行ったのだろうと自己完結。
昨日の教訓を活かし、シャワーの音がしていないのを確認してから洗面所に入ると、冷たい水で顔を洗う。火照った皮膚の表面から、少しずつ熱が奪われていく感覚が心地よい。さて、今日も一日頑張ろうか、と考えた矢先―――
コンコン。
ドアをノックする音。おそらく箒だ。ひょっとして、鍵を忘れたのか?
「待った、すぐ開けるって。悪かったなほう……って、あれ、千冬姉?何で?」
「何でか知りたいか?なら、時計を見てみろ」
「時計……?」
ケータイを開く。そこに表示された現在時刻と、千冬姉の顔を交互に見比べる。
ドドドドドドドドド……
すさまじいプレッシャーだ。こんなプレッシャーを感じたら、あの赤い彗星でもララアを置いて裸足で逃げ出すに違いない。そのぐらい、恐ろしい、笑顔だった。
「……言い残すことは?」
「遅刻してごめんなさいぃぃぃ!!!!」
「放課後にグランド100周だっ!!!」
ドゴォォン!!
体重移動、手首のスナップ、それらすべてが完璧な至高の一撃が、ぼやけた頭にトドメを刺す。
そこで、俺の意識は途切れた―――
◆
気が付いたら、二時間目の授業中だった。
(あれ……俺、いつの間に教室に来たんだ?)
分からない。思い出せない。
必死に記憶の糸を手繰り寄せる。最初に思い出したのは……
月明かりに照らされた、蒼いショートボブの髪、黒みを帯びた碧眼、日本人特有の、しかしそれでいて十分に白い肌。それから……胸。
「……あっ!!」
そうだった。山代は、実は女かもしれない。
昨日気付いたその事実。ひょっとして、この記憶のインパクトが強すぎて、上の空だったのか……。
「あ、あの……織斑くん?どうしたんですか?また、どこか分からないんですか?」
でも、なら何で、わざわざ男装して、IS学園に来たんだ?
理由が分からない。女子が、男装して、女子高に入学するメリットは……?
「織斑くん?聞いてますか?もしもーし……」
もしかして、アレか。百合なのか?
確かにしゃべり方とか男っぽかったし、制服の着こなしも完璧。俺よりも「男らしく」してた。じゃあ、本当に……?
「織斑くん!!」
「ひゃ、ひゃい!!」
気が付いたら、目の前に山田先生がいた。しかも涙目。まったく気がつかなかった。
「織斑くん、私の授業、そんなにつまんないですか?そんなに、分かりにくいですか?
先生は……先生も、一生懸命頑張ってるんですよ?それなのに……うぅ……」
「え、山田先生!あの、その、えと……」
突然の事態に、俺の脳は処理落ち状態だ。
俺が何かしたのか?俺はどうすればいいんだ?
「あーあ、泣かせちまったな」
おい山代。こちとらお前のことで悩んでるのに、なんだその態度は。
さすがに、少しイラッと来たぞ。お前に対して敵意むき出しだった、セシリアの気持ちがよくわかったぞ。
……ん、セシリア?そういえば昨日、こんなことを言ってたっけ。
『ここにいる、オーストラリアの代表候補生、山代 葵が適任ですわ!!』
葵……あおい。間違いなく、女の名前。ただ名前を間違えたにしては、セシリアの言葉は不自然だ。もしかしたらアイツは、何か知ってるのかもしれない。
後で聞いてみようか……とか考えていると、
「おりむらく~ん、無視は、ひどいんじゃないですか?うっ、うう……」
―――いよいよ涙を流し始めた山田先生が。その表情に、強い罪悪感を覚える。
「山田先生!先生は悪くないです!むしろ俺が悪いです!
先生はとっっっても頑張ってます。だから、だから……泣きやんでくださいよぉ!!!」
IS学園入学2日目、2時間目の授業は――自習。
◆
「まったく、遅刻した上に、授業の妨害をするなんて……。本当に、男はダメですわね!」
休み時間。いきなりやってきたセシリアの、第一声がこれだった。かなり辛辣な言葉だが、自覚はあるので何も言い返せない。
とはいえ、あっちから来るなんて、本当にラッキーだ。
「邪魔しに来たのでしたら、いっそ……」
「悪い、セシリア。ちょっと話したいことがあるんだ。廊下に来てくれないか?」
「あっ、い、いきなり何をするんですの?」
そう告げるが早いか、俺はセシリアの腕をつかみ、廊下へと行く。
セシリアも嫌々ではあったが、ちゃんとついてきてくれた。
「……それで、わたくしにここまでして話したいことって、何ですの?」
刺々しい物言いで、俺を睨むセシリア。当然、腕を組むのは忘れていない。
「山代のことを聞きたいんだけど……」
「まあ!敵に敵の情報を聞きに来るとは、貴方、プライドがありませんのね?」
「ISのことじゃなくてな、その……。アイツの性別のことだ」
そのことを口に出すと、相手の雰囲気が変わった。馬鹿にした調子から、真面目な雰囲気へ。どうやら、話を聞く気になったみたいだ。
「……何が聞きたいんですの?」
「お前、確か、アイツのことを『葵』って呼んでたよな?ちふ……織斑先生は『男だ』って断言してたけど、やっぱり女かもしれない」
「まあ!……根拠を聞いてもよろしいかしら?」
「昨日、夜中に目が覚めた俺は、眠れないんで廊下を歩いてたんだ」
「……それで?」
「そしたら足音が聞こえて、寮監だったらまずいから、暗がりに隠れたんだ」
「第三者から見たら、変態的行動ですわね」
ぐっ……。俺もそう思ったさ。
「歩いてきたのは、パジャマ姿の山代だった。だけど、昼間と違って、その……
胸が、あったんだ」
「……それだけ、ですの?部屋の番号とかは分かりませんの?」
「バッチリ見たぜ。1017室だった。」
その瞬間、セシリアはハッとした顔になった。
「……山代 紅也の部屋は1017室だと、誰かが話してましたわ。では、やはり……」
「ああ、多分……」
山代 紅也は……本当は、山代 葵なのだろう。
「織斑さん、協力しませんか?」
「協力?何に?」
「決まってますわ!山代 葵の、化けの皮をはがしてやるのですわ!」
男装騒動の部分は今日中に全部投稿します。