IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第53話 たまにはこうして、普通の学生のように

 さっきまでやってた『スイカ割り』の結果、鈴音がダウンしてしまった。

 そのため今は葵のパラソルの下で休ませ、俺達も一時休憩することにした。

 

「……疲れた」

「まあ、ある意味疲れたよ、俺も」

「あはは……。でも、まあ……」

「ヤツよりはマシだろう」

 

「だれのせいだとおもってるのよぅ……」

 

 四人の視線の先にいる鈴音は、氷の入った袋をおでこに乗せ、ぐてーっと仰向けに倒れている。あれしきのことで情けない……とは言わないさ。ちょっとやりすぎた。ゴメン。

 

「じゃあ、次は泳いじゃうか?葵、どうする?」

「……私、休む」

「そっか。日焼け止め塗ろうか?」

「……お願い」

 

 シートを一枚実体化。すると葵はそこに横たわり、水着を外して背中を晒す。

 肌には気をつけているのか、白くすべすべとした、きめ細やかな背中だった。

 

「な、葵!?何をやっているのだ!」

「そうだよ!いきなり水着をとるなんて、なんて大胆な……」

「……何か、まずいことでもあったか?」

 

 ぬりぬり。

 パラソルの下にあった日焼け止めのボトルをとり、自分の手に垂らす。日光でほどよく温まったそれは、手になじんでとても気持ちいい。十分に広げた所で葵の背中に、腰に、尻に、ふとももに……とクリームを塗りつけていく。

 

「……気持ちいい」

「そいつはなによりだ。後は自分で出来るか?」

「……うん」

 

 葵が胸の部分の水着をつけ直したタイミングを見計らい、ボトルを手渡す。それを受け取った葵は立ち上がり、手の届く範囲にクリームを塗り、再び横になった。

 

「な……なんて自然な動作……」

「さすがは、私の目標だ」

 

 …………?

 

 何を言ってるんだ、こいつらは。兄妹ならこのぐらいの距離感とか普通じゃなねーか?しかもこちとら、生まれたときからずっと一緒なんだぜ?

 

 ……いや、あの頃だけは別だったか。

 

「あら、みなさん。お揃いで」

「お帰り、セシリア。ずいぶん長かったな」

「つもりにつもった話がありましたので……」

 

 ちらり、と一夏を見る。

 セシリアの後ろについてきていた一夏は、うつむいたままぼーっとしている。

 

「なあ、一夏。一体何が――」

「……畜生。持っていかれたッ……」

「――なんでもないよ。」

 

 深くつっこまないほうが良さそうだ。

 とりあえず一夏はもうだめで、おしまいな感じがするので、さらにシートを一枚出したうえで、鈴音の隣に寝かせておく。それに気付いてわたわたしている鈴音の様子は、かなり滑稽だった。

 

「これでよし、っと。……で、次は何する?ビーチバレーでもするか?」

「うーん、僕は休んでようかな?……一夏が心配だし」

「わたくしは……日光浴でもしようかしら?紅也さん、さっき葵さんにしていたみたいに、サンオイルを塗ってくださいませんか?」

「ならば私が塗ってやろう。ほら、横になるがいい」

「ちょっ、アナタ!何を……」

 

 言うが早いかセシリアを横倒しにし、サンオイルを垂らすラウラ。……嫌がらせか?イジメは良くないぜ。

 

「ひゃっ!冷たっ!そんな所まで……。ひゃうっ!?」

「どうだ、これで満足か?」

「っ!アナタ、いい加減に……」

「どうした?体はこんなに反応しているぞ?」

 

 ……………会話だけ聞いてると、かなりヤヴァイな、これ。

 某ムッツリーニなら、鼻血で失血死してるレベルだ。この状況を第三者が見たら、きっとこう思うだろう。

 

「何をやっている、貴様ら」

 

 ……と。

 間違いない。だって、実際にそう言ってる人間がやってきた。

 我らが担任様が。

 

「き……教官!」

 

 ラウラが敬礼する。最近、学校で軍人らしいしぐさをすることはなかったんだけどなぁ……。気が動転してるのか?

 

「見ての通り、ラウラとセシリアが仲良くしてました」

「そうか、スキンシップはほどほどにな」

「ち、違います、教官!わた、私は、このどっちつかずのメス豚に……」

「なっ!?言うに事欠いてアナタは……」

 

 そう言って織斑先生そっちのけで展開される、ラウラとセシリアのケンカ。

 俺もシャル子も止める気は無い。先月みたいな武力行使に比べたら、こんなのはじゃれあいのようなもの。ラウラが周りに溶け込むには、こういうことも必要だろう。織斑先生もそう思ったのか、迷惑そうにこめかみをおさえてはいるものの、介入は一切していない。

 

 ……それにしても織斑先生、スタイル滅茶苦茶いいな。

 いや、モンド・グロッソ見たときからわかってたけど、普段のスーツ姿に慣れてたから、すっかり忘れてた。出る所は出ていて、しかしすらっとしている身体。背が高く、手足もしゅっとしていて、まるでモデルのようだ。しかも水着は黒のビキニ。

 

 ……いい……センスだ……。

 

 ぎりっ!×2

 

「痛たたたぁ!耳がぁ!!」

 

 両耳をつねられた。痛い!地味に痛い!!

 若干涙目になって下手人を見る。右にセシリア、左にラウラか……。さっきまで喧嘩してたのに、なんつーチームプレイだ!

 

「紅也さん?鼻の下が伸びてますわよ」

「嫁よ、浮気は許さんぞ」

「ほう?この私にときめいていたのか?この間は年増扱いしていたのに、現金な奴だな」

 

 鼻の下が伸びてる?確かにそうかもしれない。

 だが、後二人は否定させてもらおう!ラウラ、残念だが、俺とお前が交際している事実はねぇ。そして織斑先生。前も言ったけど、年増扱いした事実はありません。年増扱いしそうな人物に心当たりはありますが。それから、『ときめく』は違う人(グリーンリバー)のキメ台詞です。まあ、確かにあなたは日本最強どころか、世界最強の剣士ですけど。

 とりあえず助けを求めて、葵を見る。……目を逸らされた。

 じゃあ、一夏。助けろ。そう思ってそちらを見るも……

 

「……一夏、鼻の下伸びてる」

「なっ……!?しゃ、シャル?何を言ってるんだよ。ははは……」

「見とれてたくせに」

 

 ……ダメだ。あっちはあっちで修羅場だ。

 え、鈴音?あいつはまだダウン中だから、戦力外だ。

 

 さて、どうしよう?

 

 たたかう――――無理。

 どうぐ ――――ねぇよ、そんなもん。

 ポケモン――――いや、控えのポケモンとか、持ってないから。

 

 と、なると、取れる手段は一つだけ。『にげる』だ。

 

「あ~、俺、なんだか無性に腹が減ってきたっす。ちょっとランチに行ってきます!」

 

 不意を突いて拘束から抜け出し(耳がとっても痛かった)、一目散に宿へと向かう。

 今の俺は、通常の三倍は速く動けてる。感動した。俺の体って、こんなに速く動くのか。

 

「くくく、からかい甲斐のあるやつだ。

 そら、お前たちも食堂に行って昼食でもとってこい」

「先生は?」

「私はわずかばかりの自由時間を満喫させてもらうとしよう」

 

 そんな声が、ドップラー効果で遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

「さて、今度こそ泳ぐか!」

 

 時刻は午後2時。砂浜は灼熱し、昼食も消化した。絶好の水泳日和ってやつだ。

 準備運動もしないまま、海へと猛烈ダッシュ。そのまま飛び込み姿勢をとり、足に力をこめて飛び上がらんとするも――

 

「へぶっ!?」

 

 砂に足を取られ、転んでしまった。中途半端な飛び込み姿勢であったため、俺は受け身も取れず、顔面から砂浜に突っ込んでしまう。幸い痛みは無かったが……

 

「熱い熱いあついいぃぃぃ!!」

「……ま、砂浜で踏ん張ればそうなるよな」

 

 後から来たはずの一夏が俺を追い越し、そのままざぶざぶと海へと入っていく。

 

「うっかりしすぎね、紅」

 

 そこへ追いついてきた鈴音にそんな言葉をかけられ。

 

「……かっこわるい」

 

 ゆっくり近づいてきた葵にそんなことを言われた。

 

 ―――だから……俺は……!

 

「よーし、見てろよ、葵。次はお兄ちゃん、ここから飛び込むぞー」

 

 気が付いたら、目に見える中で一番高い岩の上にいた。

 下の方では波が寄せては返し、白いしぶきを上げている。

 さらにその下には、サメの牙のように鋭い岩がずらりと並んでおり―――

 

「「「早まるなー!!」」」

 

 三人の叫び声が、やや遠くから聞こえる。

 『早まる』?なんのことやら。俺はただ、高い所から飛び込んで、みんなの関心を引きたいだけなのに。

 

「いや、ある意味関心引いてるよ?みんな見てるし」

 

 シャル子の言葉に反応し、俺は辺りを見渡してみる。

 ビーチに出ていた女子全員が、俺の一挙一踏足に注目しているようだ。

 

「そうか……。みんな、期待してくれるのか?こんな俺でも、やればできるって!」

「「「「「ちっがーう!!」」」」」

「そうか、俺にはできないと思ってるのか……。鬱だ。死のう」

「「「「「まさかの逆効果!?」」」」」

 

 こうして世界から見捨てられた可哀想な俺は、崖と空との境界線へと近づいていく。

 

「ああもう!扱いづらいなぁ、紅也は!!

 ……そういえば、セシリアとラウラはどこにいるんだろう?こういうとき、真っ先に止めそうなんだけど……」

 

 

 

 

 

 

「よし、ここで良いタイミングで飛び出して嫁を救えば、私に惚れるに違いない」

「あーら、それができると思ってるのかしら、このドイツ人は。それはこのわたくし、セシリア・オルコットの役目ですわ!」

「……やるのか?」

「……いいでしょう。どちらが紅也さんを助ける資格があるのか、教えて差し上げますわ!」

 

 

 

 

 

 

「マジで誰も止めてくれねぇ……」

 

 いや、最初は冗談だったんだよ?

 だって普通、あそこの場面だったら、「ダメェェェ!!」とか言って、抱きついてでも止めるだろ?

 なのに、ふたを開けてみたら、みんな遠巻きに見てるだけで、誰もかまってくれない。特に、シャル子にスルーされたのには傷ついた。

 

 そうは言っても、今更歩みを止めるわけにはいかねぇ。

 ここで止めたら、本格的に笑い者だ。せめて、「誰かに強制的に止められた」という状態になりたい。そうしないと、俺の沽券にかかわる気がする。

 

 海が近付いてきた。

 ああ、時間がゆっくりと流れていく。今なら、波の一粒一粒だって正確に見えそうだ。

 誰か、止めろよ。後数歩進むだけで、俺、死んじゃうよ?

 

 さらに一歩。

 崖の下が見えた。セシリアとラウラを発見。

 なぜかISで戦ってる。まさか、この間の決着をつけようとしてるとか?

 何でこんなときに……。これで、助けてくれそうな人はいなくなった。

 はあ……。もう、飛ぶしかないな。8は持ってきてないから、便利アイテムは出せない。ここからは、完全に人任せになりそうだ。

 

 さらに一歩。もう、止められない。

 いや……でも……もう少し待ったら、誰か来るかも……。

 

 ピキュウゥゥン!

 

 近くで、そんな音が聞こえた。次いで、急な浮遊感。俺の体は、すでに陸から離れて空にあった。

 

「「「あ」」」

 

 それは、誰の声であったか。

 岩塊と共に落下する俺に、それを確かめる術は無かった。

 

 

 

 

 

 

「おい、貴様!なんということを……」

「あ、あなたねぇ!!《ブルー・ティアーズ》の射線をずらしたのはアナタじゃありませんこと!?」

「と、とにかく嫁を……む!?」

「どうしましたの!?……あ、あれは……」

 

 

 

 

 

 

 ……。

 ………。

 …………。

 

 いつまでたっても、水面に激突しない。

 そういえば、周りの岩塊が落ちた音は聞こえたけど、俺は落ちてない。

 そこで、誰かに抱きかかえられていることに、ようやく気付いた。

 

 ――葵か?

 いや、これは全身装甲(フルスキン)の腕ではない。生身の人間の腕だ。

 

「……大丈夫……?」

「簪……?あ、ああ。大丈夫だ」

 

 驚いた。

 まさか、ここで簪が出てくるとは。最近出番がないから、存在を忘れかけてた。

 

「だけど、助かった。ありがとな、簪」

「……え!?う、うん……。どう、いたしまして……」

 

 そう言って簪は、白い肌を朱に染める。こんなことで照れるなんて、褒められ慣れて無いのか?ぼーっとした顔で俺を見ていた簪は、やがてはっとしたかのようにフルフルと顔を振り、急に厳しい顔で俺を見た。

 

「……でも」

「で、でも?」

「……もう二度と、こんな……危ないことは、しないで」

「あ、ああ……。悪かった。ゴメン」

 

 珍しく怒り顔の簪に、俺は委縮してしまう。

 ……この子、こんなに感情を表に出すタイプの子だったっけ?

 

「や……やられましたわ……」

「と、いうか、誰だコイツは」

 

 遅れてやってきたのは、ブルー・ティアーズとシュヴァルツェア・レーゲン。そういやラウラは、簪とは初対面だったっけ?

 

「ま、まあ、とりあえず下ろしてくれよ。さすがにいつまでもこの体勢っていうのは、正直恥ずかしい」

「~~~~~~!!」

 

 その言葉に、簪が慌てだす。

 と、いうか、自覚は無かったのか?簪が、俺を『お姫様だっこ』してることに。

 

 ……っていうか、普通は逆だと思うんだよなぁ……。

 そんなことを考えながら、俺は浜辺へと戻されていった。

 

 

 

 

 そういえば、箒の姿が見えなかったな。どこにいるんだろうか?

 




「普通」の学生……?普通ってなんだっけ?

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