さっきまでやってた『スイカ割り』の結果、鈴音がダウンしてしまった。
そのため今は葵のパラソルの下で休ませ、俺達も一時休憩することにした。
「……疲れた」
「まあ、ある意味疲れたよ、俺も」
「あはは……。でも、まあ……」
「ヤツよりはマシだろう」
「だれのせいだとおもってるのよぅ……」
四人の視線の先にいる鈴音は、氷の入った袋をおでこに乗せ、ぐてーっと仰向けに倒れている。あれしきのことで情けない……とは言わないさ。ちょっとやりすぎた。ゴメン。
「じゃあ、次は泳いじゃうか?葵、どうする?」
「……私、休む」
「そっか。日焼け止め塗ろうか?」
「……お願い」
シートを一枚実体化。すると葵はそこに横たわり、水着を外して背中を晒す。
肌には気をつけているのか、白くすべすべとした、きめ細やかな背中だった。
「な、葵!?何をやっているのだ!」
「そうだよ!いきなり水着をとるなんて、なんて大胆な……」
「……何か、まずいことでもあったか?」
ぬりぬり。
パラソルの下にあった日焼け止めのボトルをとり、自分の手に垂らす。日光でほどよく温まったそれは、手になじんでとても気持ちいい。十分に広げた所で葵の背中に、腰に、尻に、ふとももに……とクリームを塗りつけていく。
「……気持ちいい」
「そいつはなによりだ。後は自分で出来るか?」
「……うん」
葵が胸の部分の水着をつけ直したタイミングを見計らい、ボトルを手渡す。それを受け取った葵は立ち上がり、手の届く範囲にクリームを塗り、再び横になった。
「な……なんて自然な動作……」
「さすがは、私の目標だ」
…………?
何を言ってるんだ、こいつらは。兄妹ならこのぐらいの距離感とか普通じゃなねーか?しかもこちとら、生まれたときからずっと一緒なんだぜ?
……いや、あの頃だけは別だったか。
「あら、みなさん。お揃いで」
「お帰り、セシリア。ずいぶん長かったな」
「つもりにつもった話がありましたので……」
ちらり、と一夏を見る。
セシリアの後ろについてきていた一夏は、うつむいたままぼーっとしている。
「なあ、一夏。一体何が――」
「……畜生。持っていかれたッ……」
「――なんでもないよ。」
深くつっこまないほうが良さそうだ。
とりあえず一夏はもうだめで、おしまいな感じがするので、さらにシートを一枚出したうえで、鈴音の隣に寝かせておく。それに気付いてわたわたしている鈴音の様子は、かなり滑稽だった。
「これでよし、っと。……で、次は何する?ビーチバレーでもするか?」
「うーん、僕は休んでようかな?……一夏が心配だし」
「わたくしは……日光浴でもしようかしら?紅也さん、さっき葵さんにしていたみたいに、サンオイルを塗ってくださいませんか?」
「ならば私が塗ってやろう。ほら、横になるがいい」
「ちょっ、アナタ!何を……」
言うが早いかセシリアを横倒しにし、サンオイルを垂らすラウラ。……嫌がらせか?イジメは良くないぜ。
「ひゃっ!冷たっ!そんな所まで……。ひゃうっ!?」
「どうだ、これで満足か?」
「っ!アナタ、いい加減に……」
「どうした?体はこんなに反応しているぞ?」
……………会話だけ聞いてると、かなりヤヴァイな、これ。
某ムッツリーニなら、鼻血で失血死してるレベルだ。この状況を第三者が見たら、きっとこう思うだろう。
「何をやっている、貴様ら」
……と。
間違いない。だって、実際にそう言ってる人間がやってきた。
我らが担任様が。
「き……教官!」
ラウラが敬礼する。最近、学校で軍人らしいしぐさをすることはなかったんだけどなぁ……。気が動転してるのか?
「見ての通り、ラウラとセシリアが仲良くしてました」
「そうか、スキンシップはほどほどにな」
「ち、違います、教官!わた、私は、このどっちつかずのメス豚に……」
「なっ!?言うに事欠いてアナタは……」
そう言って織斑先生そっちのけで展開される、ラウラとセシリアのケンカ。
俺もシャル子も止める気は無い。先月みたいな武力行使に比べたら、こんなのはじゃれあいのようなもの。ラウラが周りに溶け込むには、こういうことも必要だろう。織斑先生もそう思ったのか、迷惑そうにこめかみをおさえてはいるものの、介入は一切していない。
……それにしても織斑先生、スタイル滅茶苦茶いいな。
いや、モンド・グロッソ見たときからわかってたけど、普段のスーツ姿に慣れてたから、すっかり忘れてた。出る所は出ていて、しかしすらっとしている身体。背が高く、手足もしゅっとしていて、まるでモデルのようだ。しかも水着は黒のビキニ。
……いい……センスだ……。
ぎりっ!×2
「痛たたたぁ!耳がぁ!!」
両耳をつねられた。痛い!地味に痛い!!
若干涙目になって下手人を見る。右にセシリア、左にラウラか……。さっきまで喧嘩してたのに、なんつーチームプレイだ!
「紅也さん?鼻の下が伸びてますわよ」
「嫁よ、浮気は許さんぞ」
「ほう?この私にときめいていたのか?この間は年増扱いしていたのに、現金な奴だな」
鼻の下が伸びてる?確かにそうかもしれない。
だが、後二人は否定させてもらおう!ラウラ、残念だが、俺とお前が交際している事実はねぇ。そして織斑先生。前も言ったけど、年増扱いした事実はありません。年増扱いしそうな人物に心当たりはありますが。それから、『ときめく』は
とりあえず助けを求めて、葵を見る。……目を逸らされた。
じゃあ、一夏。助けろ。そう思ってそちらを見るも……
「……一夏、鼻の下伸びてる」
「なっ……!?しゃ、シャル?何を言ってるんだよ。ははは……」
「見とれてたくせに」
……ダメだ。あっちはあっちで修羅場だ。
え、鈴音?あいつはまだダウン中だから、戦力外だ。
さて、どうしよう?
たたかう――――無理。
どうぐ ――――ねぇよ、そんなもん。
ポケモン――――いや、控えのポケモンとか、持ってないから。
と、なると、取れる手段は一つだけ。『にげる』だ。
「あ~、俺、なんだか無性に腹が減ってきたっす。ちょっとランチに行ってきます!」
不意を突いて拘束から抜け出し(耳がとっても痛かった)、一目散に宿へと向かう。
今の俺は、通常の三倍は速く動けてる。感動した。俺の体って、こんなに速く動くのか。
「くくく、からかい甲斐のあるやつだ。
そら、お前たちも食堂に行って昼食でもとってこい」
「先生は?」
「私はわずかばかりの自由時間を満喫させてもらうとしよう」
そんな声が、ドップラー効果で遠ざかっていった。
◆
「さて、今度こそ泳ぐか!」
時刻は午後2時。砂浜は灼熱し、昼食も消化した。絶好の水泳日和ってやつだ。
準備運動もしないまま、海へと猛烈ダッシュ。そのまま飛び込み姿勢をとり、足に力をこめて飛び上がらんとするも――
「へぶっ!?」
砂に足を取られ、転んでしまった。中途半端な飛び込み姿勢であったため、俺は受け身も取れず、顔面から砂浜に突っ込んでしまう。幸い痛みは無かったが……
「熱い熱いあついいぃぃぃ!!」
「……ま、砂浜で踏ん張ればそうなるよな」
後から来たはずの一夏が俺を追い越し、そのままざぶざぶと海へと入っていく。
「うっかりしすぎね、紅」
そこへ追いついてきた鈴音にそんな言葉をかけられ。
「……かっこわるい」
ゆっくり近づいてきた葵にそんなことを言われた。
―――だから……俺は……!
「よーし、見てろよ、葵。次はお兄ちゃん、ここから飛び込むぞー」
気が付いたら、目に見える中で一番高い岩の上にいた。
下の方では波が寄せては返し、白いしぶきを上げている。
さらにその下には、サメの牙のように鋭い岩がずらりと並んでおり―――
「「「早まるなー!!」」」
三人の叫び声が、やや遠くから聞こえる。
『早まる』?なんのことやら。俺はただ、高い所から飛び込んで、みんなの関心を引きたいだけなのに。
「いや、ある意味関心引いてるよ?みんな見てるし」
シャル子の言葉に反応し、俺は辺りを見渡してみる。
ビーチに出ていた女子全員が、俺の一挙一踏足に注目しているようだ。
「そうか……。みんな、期待してくれるのか?こんな俺でも、やればできるって!」
「「「「「ちっがーう!!」」」」」
「そうか、俺にはできないと思ってるのか……。鬱だ。死のう」
「「「「「まさかの逆効果!?」」」」」
こうして世界から見捨てられた可哀想な俺は、崖と空との境界線へと近づいていく。
「ああもう!扱いづらいなぁ、紅也は!!
……そういえば、セシリアとラウラはどこにいるんだろう?こういうとき、真っ先に止めそうなんだけど……」
◆
「よし、ここで良いタイミングで飛び出して嫁を救えば、私に惚れるに違いない」
「あーら、それができると思ってるのかしら、このドイツ人は。それはこのわたくし、セシリア・オルコットの役目ですわ!」
「……やるのか?」
「……いいでしょう。どちらが紅也さんを助ける資格があるのか、教えて差し上げますわ!」
◆
「マジで誰も止めてくれねぇ……」
いや、最初は冗談だったんだよ?
だって普通、あそこの場面だったら、「ダメェェェ!!」とか言って、抱きついてでも止めるだろ?
なのに、ふたを開けてみたら、みんな遠巻きに見てるだけで、誰もかまってくれない。特に、シャル子にスルーされたのには傷ついた。
そうは言っても、今更歩みを止めるわけにはいかねぇ。
ここで止めたら、本格的に笑い者だ。せめて、「誰かに強制的に止められた」という状態になりたい。そうしないと、俺の沽券にかかわる気がする。
海が近付いてきた。
ああ、時間がゆっくりと流れていく。今なら、波の一粒一粒だって正確に見えそうだ。
誰か、止めろよ。後数歩進むだけで、俺、死んじゃうよ?
さらに一歩。
崖の下が見えた。セシリアとラウラを発見。
なぜかISで戦ってる。まさか、この間の決着をつけようとしてるとか?
何でこんなときに……。これで、助けてくれそうな人はいなくなった。
はあ……。もう、飛ぶしかないな。8は持ってきてないから、便利アイテムは出せない。ここからは、完全に人任せになりそうだ。
さらに一歩。もう、止められない。
いや……でも……もう少し待ったら、誰か来るかも……。
ピキュウゥゥン!
近くで、そんな音が聞こえた。次いで、急な浮遊感。俺の体は、すでに陸から離れて空にあった。
「「「あ」」」
それは、誰の声であったか。
岩塊と共に落下する俺に、それを確かめる術は無かった。
◆
「おい、貴様!なんということを……」
「あ、あなたねぇ!!《ブルー・ティアーズ》の射線をずらしたのはアナタじゃありませんこと!?」
「と、とにかく嫁を……む!?」
「どうしましたの!?……あ、あれは……」
◆
……。
………。
…………。
いつまでたっても、水面に激突しない。
そういえば、周りの岩塊が落ちた音は聞こえたけど、俺は落ちてない。
そこで、誰かに抱きかかえられていることに、ようやく気付いた。
――葵か?
いや、これは
「……大丈夫……?」
「簪……?あ、ああ。大丈夫だ」
驚いた。
まさか、ここで簪が出てくるとは。最近出番がないから、存在を忘れかけてた。
「だけど、助かった。ありがとな、簪」
「……え!?う、うん……。どう、いたしまして……」
そう言って簪は、白い肌を朱に染める。こんなことで照れるなんて、褒められ慣れて無いのか?ぼーっとした顔で俺を見ていた簪は、やがてはっとしたかのようにフルフルと顔を振り、急に厳しい顔で俺を見た。
「……でも」
「で、でも?」
「……もう二度と、こんな……危ないことは、しないで」
「あ、ああ……。悪かった。ゴメン」
珍しく怒り顔の簪に、俺は委縮してしまう。
……この子、こんなに感情を表に出すタイプの子だったっけ?
「や……やられましたわ……」
「と、いうか、誰だコイツは」
遅れてやってきたのは、ブルー・ティアーズとシュヴァルツェア・レーゲン。そういやラウラは、簪とは初対面だったっけ?
「ま、まあ、とりあえず下ろしてくれよ。さすがにいつまでもこの体勢っていうのは、正直恥ずかしい」
「~~~~~~!!」
その言葉に、簪が慌てだす。
と、いうか、自覚は無かったのか?簪が、俺を『お姫様だっこ』してることに。
……っていうか、普通は逆だと思うんだよなぁ……。
そんなことを考えながら、俺は浜辺へと戻されていった。
そういえば、箒の姿が見えなかったな。どこにいるんだろうか?
「普通」の学生……?普通ってなんだっけ?