「待って、紅!」
「……鈴。葵を頼む。知ってのとおり、頼りないやつだからな」
「……紅……。……うん、分かってる。あたし、頑張るから。きっと、あいつが自分を好きになれるように頑張るから。だから、あんたも……!」
「……答えは得た。大丈夫だよ鈴音。俺もこれから、頑張っていくから……」
◆
……どうやら俺にかかっていた狂化の呪いは、鈴音に倒されたことで解けたらしい。
正直、助かった。あのままだったら、せっかくの自由時間を楽しむことはできなかったはずだからな。
「心残りはそっちなんだ……」
「ん、シャル子。いたのか」
「最初から見てたよ……。はい、これ」
《よう、相棒。まだ生きてるか?》
「あ、8。一緒に飛ばされてたのか」
海から上がり、潜水服を脱ぎ捨てる(実際は『脱ぐ』っていうより『残骸を外す』って感じだな)。そしてシャル子から8を受け取ると、量子化していたタオルを取り出し、体を拭く。……ああ、気持ちいい。
「……で。一夏、葵。ちょっとこっちに来てくれ」
ちょいちょい、と手招き。葵がとことことこちらにやってきて、一夏はその後ろについてくる。その様子から一瞬カルガモの親子を思い浮かべてしまい、少し笑いがこぼれそうになるのを我慢する。
「……何?」
「言っておくけど、俺は止めたほうがいいって言ったからな?」
「葵はあんまし関係ない。ちょっと一夏に質問があるんだが……」
『止めたほうがいい』って、さっきの鈴音からのリンチのことだろうか?あれに関しては、あんまり気にしてない。最後の方なんか、俺もあいつもノリノリだったし。
ま、そんなことより、聞きたいのはそのきっかけ。俺が空を舞ったときの話だ。
「お前、あの時テントの前にいたよな?何があったんだ?」
「……あー。非常に説明しにくいんだけど……」
そう前置きをしてから、一夏は話し始めた。
降ってきたにんじん。四散するテント。空飛ぶ潜水服。現れたアリスもどき。終始空気のセシリア。
断片的な情報だったが、何となく状況はつかめた。
「……つまり、篠ノ之博士が俺を殺しに来た、と」
「全然伝わってねぇ!?」
いや、大事なのはそこだけだろう。
ギャグ補正がなければ、間違いなく死んでた。シリアス回じゃなくて、本当によかった。
「……メタ発言、自重」
葵に指摘される。そういや、ずいぶん前に自重することを決意したはずだったけど……臨海学校だからネジが緩んでたか?反省反省っと。
「……絶対懲りてないでしょ」
「いや、懲りた。だから、今度はもっと対空設備を充実させたテントを……」
「ベクトルが違う!!」
鈴音に怒られた。つられて他の4人も苦笑い……って、4人?
「セシリア、いつの間に?」
「一夏さんの説明中にはいましたわ!!」
おおう、空気だったから気付かなかった。ごめんな、セシリア。
「……ってことは、空気云々っていう発言も……?」
「ええ、しっかり聞かせてもらいましたわ、一夏さん」
にっこりとほほ笑むセシリア。その表情はよくできた絵画のように美しい。
惜しむべきは、その額に複数の青筋が浮かんでいることだが。
「あ……あの~……セシリア、さん?」
「一夏さん、大事なお話がありますから、一緒に来てくださいませんか?」
「一緒に……って。こら!引きずるな!そっち岩場で、何もないから!!」
OHANASHIだよな。間違いなく。
一夏終了のお知らせ。織斑先生の次回作にご期待ください!
「じゃあ、遊ぶか!!」
「……うん!鈴音とシャルロットも……来る?」
「え、ええ」
「じゃあ、行こうかな~……」
そう言って、俺達4人は歩き出す。案外薄情な連中だった。
◆
遊ぶとはいったものの、特にアテがあるわけではない。
なにせテントは吹き飛ばされ、そのとき展開していた遊び道具やカメラや双眼鏡は、全て壊れてしまった。特にゴムボート。あれで漂流するのを楽しみにしてたのに、破裂してしまった。泣きたい。びょーびょー泣きたい。
「……じゃあ、スイカ割りは?」
「そもそも、スイカを用意してないな……」
「……別にスイカでなくてもいい。例えば……」
そう言って葵が指さしたのは、サッカーボールと同じくらいの大きさの岩だった。
「なるほど。スイカが食べたいんじゃなくて、そんな感じの遊びがしたいわけね」
「……そう」
「僕はいいと思うけど」
「じゃ、決まりかな」
意見がまとまったところで、俺はその岩を拾い上げ、適当な所に置く。岩は砂にめりこみ、程よく固定された。
そして準備は完了。棒の代わりに木刀を、目隠しの代わりにテントの切れ端を用意し、皆の所に戻ろうとすると、唐突に声をかけられた。
「嫁よ、何をやっている?」
「遊びの準備だよ、ラウラ。遅かったけど、何かあったのか?」
「うむ。中庭で爆発騒ぎがあったようなので、調査をな」
「……………」
俺のせいでした。いや、俺のせいじゃないけど、俺が関係してるし……うーん。
「悪ぃな、ラウラ。……そうだ、ラウラも一緒にどうだ、スイカ割り」
「スイカ割り?何だ、それは?」
「……まあ、見たほうが早いな。来いよ」
俺は説明をしないまま、ラウラを先導して歩く。鈴音はラウラに対して思う所があるようだが、とりあえず追い返す気はないようだ。ちょっと安心だな。
「……と、いうわけでこの5人でスイカ割り……もとい『いわくだき』をやろうぜ!」
「砕けるかっ!」「砕けないよっ!」
いきなり二人に反対された。
だけど葵とラウラは無言。無言は肯定とみなしまーす。
と、いうわけで多数決で決定!
「ルールは簡単!この目隠しをつけて、くるくる回り、周りの声を頼りに岩まで向かい、そして木刀で叩く!当れば勝ちだ」
「な、何だ……。砕かなくてもいいのね」
「それなら参加しようかな、うん」
当たり前だ。素人がただの木刀で斬岩剣なんか使えたら、いよいよパワーインフレが心配になってくるじゃないか。
ともかく、今度は全員の賛成を得られた。じゃあ楽しい楽しいスイカ割り、始めるとしようか!!
~一巡目・一人目:紅也~
「ほーら、回りなさい!」
「いやぁ!やめてください、お代官さまぁ~」
「よいではないか、よいではないか~」
「鈴、楽しそうだね」
「……紅也も」
「嫁にそんな趣味があったとは……」
「違うからな!!」
とういわけで10回転したあと、ふらつく頭をおさえつつ木刀を構える。……軽いなぁ。やっぱ真剣じゃないと、しまらねぇなぁ。
最後に確認した位置は、俺の左前方、二十歩くらい先だったはず。記憶を頼りに歩き出すも……。
「紅也!僕の方に来てどうするのさ!岩はあっちだよ!」
「右よ右!ああもう、行き過ぎ!!」
「……まっすぐ」
「11時の方向、距離8だ」
……ごちゃごちゃうるせぇ!!
『あっち』ってどっちだ!見えねぇよ!
鈴は的確だけど、右に歩けばいいのか右を向けばいいのかどっちだ!
葵は声が小さい!聞こえないぜ。
ラウラ!12時の方向って、どっちだ!距離の単位は何だ!?
「そこだよ、そこ!」
「今度は左!……そっちじゃないわよ!」
「……後ろ」
「6時の方向だ。近いぞ」
とりあえず、近くにあることはわかった。
だが、距離がわからん。……こうなったら―――
「空破斬!!」
斬撃を飛ばして、叩き斬ってやる!!
「きゃー!?パラソルが!」
「海が裂けた!?」
「何なにナニ~!?」
……外したか。
「何やってんのよこの馬鹿は~!!」
腹部に衝撃。声からして鈴音だろう。痛い。
そのまま後ろに倒れた俺は、頭を岩にぶつけ、悶絶することになった。
~一巡目・二人目:シャルロット~
「うう……目が回るよぅ……」
「我慢しなさい!元・男でしょ?」
「そういう誤解を招く発言はやめてくれないかなぁ!?」
「……勝った」
「私は負けたようだ」
「なあ、何で俺は参加しちゃだめなんだ?」
「あんた男でしょうが!!女の体に触りたいわけ?」
「……ちっ」
だって、なぁ。回してる最中に胸とか触っちゃっても、アクシデントで済むよなあ?葵とラウラなんか、露骨に大きさ比べてたし。
「……GO」
葵の号令で、シャル子が歩き出す。その足取りはおぼつかなく、生まれたての小鹿のようにプルプル……じゃない、フラフラしてる。
俺もあんな感じだったのか?
「真っすぐ歩けー。右に行ってるぞー」
「もうちょっと左ー。そこで止まって!」
「……そのまままっすぐ」
「5時の方向、距離3だ」
さすがはシャル子といったところか。皆の声を聞き、すぐに岩の前までたどり着いた。
……でも、ここですんなり終わったら、面白くねぇよなぁ。
鈴音とアイコンタクト。奴もニヤリと笑う。やっぱりわかってんなぁ、コイツは。
……作戦開始だ。
「まだ距離あるぞー」
「真っすぐ走りなさい!」
「……止まって」
「近すぎる!やめろ!」
スイカ割りの真骨頂。声をかける人間が、必ずしも正しいとは限らない。
見てる方には、見てる方の楽しみ方があるのだ。
「~~~痛ったあ!?」
シャル子、失敗。岩に脛をぶつけてしまった。
ちょっと痛そうだけど……傷は残らないし、大丈夫だろ。
~一巡目・三人目:葵~
「右回転!」
「次は左回転!」
「あはは……やりすぎじゃない?」
「……目が、回る」
葵は、平衡感覚がハンパない。そこで念には念、いつもより多めに回しておりま~す!!
「……目、回った」
「ふ、ここまでだな」
「じゃあ、スタート!」
シャル子の声を合図に、葵が歩き出す。足取りはしっかりしているが、向かっているのは見当違いの方向だ。回すついでに、スタート地点も変えさせてもらった。これで、そう簡単にはいかないだろう。
「左……と見せかけて後ろだ!」
「実は上よ!」
「二人とも、真面目にやったら?」
「7時の方向だ。間違えるなよ」
唯一信頼できそうなラウラの情報をもとに、葵は歩き始めた。……が、そっちは海。
どうやらラウラも、だんだんと楽しみ方が分かってきたらしい。
俺の方を見て、「ふふん」とでも言いたげに胸を張っている。張るほどないのが残念だけどな。
「……12時の方向、距離30。全力で振り抜け」
「ストップ!それは岩じゃなくて、俺の位置だ!!」
「何言ってんのよ。岩の位置でしょ?」
「嘘は良くないよ、紅也」
なんてこった!
女性陣が、全員敵になっちまった!
まるでパルヴァライザーを倒した後、いきなりIFFが切り替わったような衝撃が、俺を襲う!!
「葵!信じてくれ!そこにいるのは……」
そこまで言って、反射的に頭を下げる。遅れてヒュン!と風を切る音がした。
……葵のやつ、木刀を投擲しやがった!!
「……外した」
「何で残念そうにするかなぁ!?」
~一巡目・四人目:鈴音~
「ああもう、みんな、情けないわね!アタシが手本をみせてあげるわ!!」
「よし、回してくれ」
「……了解」
「いいよ」
「嫁のためだ、悪く思うな」
三人の言葉を皮切りに、鈴音が高速回転を始める。
遠心力でツインテールが横に伸び、コマみたいだ。しかも足下からは砂埃があがってて、その様子から俺はネオドイツのガンダムファイターを連想した。
「止~め~て~!!」
「……ゴー・シュート」
「スピニングコング?」
「いや、シュトゥルム・ウント・ドランクだろう」
三者三様の言葉で、回転する鈴音を送り出す。その勢いは一向に衰えず、鈴音は人間ベイブレードと化したまま、一直線に岩へと突き進んだ。
そして、激突。
木刀は岩に命中するも、鈴音の螺旋力をまともに受けたためか、真っ二つに砕けてしまった。
「ああ!王刀が!!」
「……ただの木刀」
「ただの木刀、じゃない……さいこうの木刀さ!」
「ま、壊れちゃったら一緒よね」
……とはいえ、木刀が折れたら、もう『いわくだき』はできない。
「悪いな、ラウラ。お前の番まで回せなくて」
「気にするな。私は十分に楽しんだ。機会があれば、また『スイカ割り』をしてみたいものだ」
「そう言ってくれるとありがたいぜ」
……そういえば、ひょっとして俺は、ラウラに間違った『スイカ割り』を教えちまったんじゃないだろうか?
今更ながら、少し不安になった。
日常回。水着回でもあるはずが、描写を省いているせいでそんな感じがしませんね。
紅也にとってはこうした日常こそが大切なものだったりします。