そして週末。日曜日がやってきた。
天気は快晴。絶好のお出かけ日和だ。
「……暑い」
「文句言うな。雨よかいいだろ」
出がけに買い物に行くことを葵に話したら、「……私も行く」とごり押しされてしまった。
うーん、ついでに本屋で漫画の立ち読みでもしようかと考えてたけど、今回は断念するかな。
ちなみに葵の格好は、白のワンピースに麦わら帽子という、シンプルなものだった。まあ俺も、タイガーストライプのハーフパンツと黒のTシャツだから、人のことは言えねぇほどシンプルだけどな。あ、8はリュックの中に入れてるぜ。
「しっかし、日本の夏も暑いけど、長袖着なくていいのはありがてぇな」
「……同感。でも、日焼けしそう」
「あー。お前、肌白いもんな。日焼け止めも買っておくか」
そんな話をしながらも、街を歩く俺達。
基本的にIS学園にこもっている俺達にとって、日本の街を歩くというのは結構新鮮だ。
……お、またコンビニ。狭いエリアに何件あるんだよ。あ、魚屋がある。野良猫がしゃけを狙ってるぞ。いいのか、店主。
古いものから新しいものまでいろいろな建物があり、和洋合わさった街並みは、いつ見ても飽きないものだ。
……ん、あれが噂の「ダガシヤ」か。子供がアメを買ってる。コンビニ全盛期だと思ってたこの時代でも、こうしたお店には需要があるらしい。
「……あ」
「どうした、葵?ダガシが欲しいのか?」
「違う。……あれ、クラスの子だ」
え、あのミニマムな子供が?……そういえば、3組には子供にしか見えない日本人の女の子がいるっていう情報を聞いたことがあった気がする。
ここは学園のお膝元といっても過言ではない場所だ。探してみたら、案外誰かが近くにいるかもしれねぇな。例えば……さっきから後ろにいる、銀髪の少女とか。
俺程度が気づいたんだ。葵もとっくに気づいてる。害意がないから放置してるんだろうが……どうにも落ちつかない。
「……撒くか」
「…………」
尾行者に気付かれないように首をわずかに縦に振った葵。それを見た俺は、歩調を一切変えぬままに頭の中を切りかえる。
何気なく路地裏に入り、8のナビを受けながら右へ左へ。やがてラウラの視界から逃れることに成功したため、俺の脳内警戒レベルを〈ALERT〉から〈EVASION〉に下げる。そして再び大通りに戻ると、気付けば駅の近くに来ていた。
俺の視界に、駅前のショッピングモールが映る。ついでに、見知った背中が二つ。
黒髪とブロンドの二人組。一夏とシャル子だ。……シャル子のやつ、よく他の奴らを出しぬけたな。流石、と言わせてもらおう。
ガサガサッ!
っ!近くの茂みに何かいる!?
何だ、この黒いオーラは!こんなものに、この俺が気付けなかっただと!!
茂みから何かが飛び出す。影は二つ。躍動的なツインテールに、くるくる巻いたブロンドヘアー。……って。
「……鈴音」
「それに、セシリアか。何やって……って、見ればわかるが」
「シャルロットの奴、ポッと出のくせに……」
「ただでさえ欧州かぶりですのに、あんなに接近して……」
ダメだ、聞いてない。
「しかも……あれ、手ぇ握ってない?」
「……握ってますわね」
セシリアは引きつった笑顔を浮かべ、持っていたペットボトルを握りしめる。無機物ながら、かなり痛そうだ。ミシミシと音を立て……あ、フタが飛んだ。
「そっか、やっぱりそっか。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか。――よし、殺そう」
天敵を発見した池袋のバーテン服さんみたいに物騒な発言をする鈴音。
おお、これがヤンデレか。衝撃砲を部分展開してるあたり、その本気度がうかがい知れる。
――そろそろまずいかな?
「そこまでだ、鈴音」
「……セシリア、どうどう」
「なによ
「葵さん!わたくしは別に馬で……は……」
反射的に答えたのか?ゆっくり振りかえるその顔は、驚愕で目が点になっていた。
「「な、何で!?」」
「「買い物」」
セリフがハモる。この二人、最近仲いいよな。
「……で、一夏をつけてたのか」
「……シャルロットが気になったの?」
「な、なななな何の話よ?」
「べ、別に一夏さんのことなんて気にしてませんわ!」
「なるほど。一夏とシャル子の様子が気になって、後をつけていたと」
素直じゃないな、このヒロインズ。お手本と言っていいほどの完璧な自爆で、作戦目標をばらまいた。しかし、たまの休日に尾行とは……そんなコトして、何が楽しいのやら。
……まあ、ただの買い物よりは楽しそうだ。ちら、と葵の目をみると、葵も頷いた。
「面白そうだな。俺も混ぜてくれよ」
「……はあ」
こら、ため息つくなよ。どうせ買うもの決まってるんだから、ちょっとぐらい寄り道してもいいじゃんか。
「え?な、何で……」
「ん、面白そうだから」
「……まあ、それはそれで……。鈴さんがいなければもっと……」
二人とも、とりあえず賛成のようだ。
よし、じゃあ……ミッション・スタートだ!!
◆
《……と、いうわけで、今後は無線を利用して目標を追う。各自、常にチャンネルを開いておけ》
《はあ……分かったわよ、紅。好きにしなさい》
《こら、タンゴ!俺のコードネームは「スネーク」だと言っただろ!》
《まったく……。せっかく、紅也さんと一緒に行けると思いましたのに……》
《……こちらメビウス。目標発見。ショッピングセンター2階、水着売り場》
《な!?水着ですって!!行くわよ、セ……オメガ!》
《わかりましたわ、タンゴ!》
……と、いうわけで俺達4人はばらばらになって一夏を捜索していた。せっかくの無線連絡だから、コードネームをつけてみたんだが、なぜか全員微妙な顔をしていた。
遊び心って、大事だと思うんだけどなぁ……。
《こちらタンゴ!メビウスと合流したわ》
《オメガ、合流ですわ。……あ、ターゲットが二手に分かれましたわ!》
《何だと!じゃあ俺はターゲット1を追う》
《1ってどっちよ!ちょっと、スネーク?》
《……1は、一夏。私は、目標2を追う》
《では、わたくしも1を……》
《あ、こら、オメガ!抜け駆けは許さないわよ!!》
……案の定、俺の方に二人来たか。そういや、男が女性用水着売り場には入りにくいが、女が男性用水着売り場にずかずか入れるのは、なんでだろうな?
《こちらスネーク。ターゲット1が水着を購入。何の面白みもない、ネイビーのトランクスタイプだ》
《え!ち、ちょっと早くない?》
《わたくしたち、まだ合流してないのですが……》
《男の買い物なんてそんなもんだ。ターゲットが集合場所に戻る。
オメガ、タンゴ。現在位置を報告せよ》
《女性用水着売り場の前よ。……メビウス、そっちに動きは?》
《目標2は、候補を絞ったものの、未だに選択中。……あ、あれ可愛い》
《スネーク了解。今そちらを捕捉した。合流する》
そして物陰にいたセシリア達と合流し、一夏の様子をうかがう。……あいつ、ためらいなく女物の売り場に入っていった。スゲェな、勇者だ。
《……目標2、目標1を発見。水着を手に取り接近中》
《なっ!?なんて露骨なアピールですの!ゆ、許せませんわ!!》
《うわっ!?オメガ、乱心!タンゴ、手伝え!》
《わかったわ、スネーク。ここで出ていかれたら台無しよ!!》
《は、はなしてくださいな!!これ以上は、もう……あら?》
《……オメガ、どうした?》
《一夏さんが女性に絡まれてますわ》
《……確認した。目標2も気付いてる》
《じ、じゃあ放っておいても……って、メビウス?何出ていってるのよ!》
《あー。葵は、ああいうふうに「女だから」って理由だけで威張る人間が嫌いだからな。しょうがない。
メビウスは任務失敗。今後はオメガ、タンゴ、スネークのみで続行する。オーバー》
◆
〈side:山代 葵〉
無線を切り、トラブルが起こった方へ向かう。シャルロットは成り行きを見守っているようだけど、まだ私には気づいていない。
「……でだよ。自分でやれよ。人にあれこれやらせるクセがつくと人間バカになるぞ」
その意見には全面的に同意する。現に、特殊部隊の指揮官をやってるラウラは、馬鹿だし。
……え?ちょっと違う?……まあ、いいわ。
「ふうん、そういうこと言うの。自分の立場がわかってないみたいね」
……警備員でも呼ぶつもりかな?なら、介入するのはこのタイミングが一番だと思う。
「……何をやってるの?」
「え、葵?」
私の存在が意外だったのか、一夏が声を上げる。
「誰?あなた、この男の知り合い?まったく、躾くらいしっかりしなさいよね」
相変わらず高圧的な態度を改めない女だ。正直、腹が立つ。
人を犬かなにかみたいに扱って……。そんな奴がいるから、母さんは……。
「……黙りなさい、人間。劣等種風情が、誰の許可を得て口を利いてるの?」
……言ってから「しまった」と思った。いつもは紅也がストッパーになってくれるけど、今はいないことを忘れてた。
「……何?あなたも、ずいぶんな態度ね。自分が選ばれた人間か何かだと、勘違いしてるのかしら?」
「それはあなたも同じじゃない?女だって理由だけで、男より偉いと勘違い。
……いい?ISを使えるか使えないかで、人の優劣は決まらないの。それなのに、社会の風潮に流されて、自分は調子に乗って……。恥ずかしくないの?」
ああ、言葉が止まらない。
別に、この人が悪いわけじゃないのに。母さんを実験動物扱いしたのは、この人じゃないのに。
そんな研究者たちの中にも、母さんが「父親代わり」とまで評価するほどいい人はいたと聞いてるし、逆に身内とも言えるモルゲンレーテの人達の中にも、口さがないことを言う人もいる。
どちらも同じ人間だ。でも……だからこそ、目の前の女の様な存在を見ていると不快にもなるし、腹が立つ。
――どうやら私は、八つ当たりしてるみたいだ。
「な、何よ!今の時代、女が男より偉いのは当然じゃない。それに、いつだって、年上にそんな口を利いちゃいけないって、教わらなかったの?」
「ええ。むしろ、無能な奴には何を言ってもいい、って言われたわ。……まあ、どうせ言葉は通じないと思うけど」
「ふうん。あなたの父親って、ろくでもないわね」
……へえ。こういう発言をしただけで、女じゃなくて男が言ったと思いこむんだ。
末期ね、この人。
でも、父親がろくでもないっていうのは……その……外れてはいない。
だって、父さんが母さんを助けて、一目惚れしたのって、父さんが20歳のときだし。
……うん、そんなことを考えてたおかげで、いくぶん余裕が戻ってきた。
「……今のは母さんが言った言葉よ。そういうちゃんとした女もいるってこと、覚えておきなさい」
「くっ……さっきから偉そうに!あなた、何様のつもりよ!!」
……言ったわね?そのセリフを言ったわね!?
私は懐から、身分証を取り出す。そして女の前に掲げて、宣言する――!!
「私は山代 葵。オーストラリアの国家代表よ」
「……え?」
「……は?」
呆然としている。目の前の女も、一夏も。
「こ……国家代表!?し、し、失礼しましたぁ!?」
いきなり頭を下げ、走り去っていく女。まったく、私じゃなくて一夏に謝りなさいよ。
まあ、権力に弱い女なんて、こんなものかしら。
「あ……葵って、国家代表だったのか?スゲーな。代表候補生より上じゃねえか」
「ああ、ただのハッタリよ。これは母さんの身分証」
ひらひら、と身分証を揺らす。一夏はそれを見て、「そっくりだな……」と感想を漏らす。あなただって、ブリュンヒルデの若いころにそっくり……
………ゾクリ。
―――殺気が飛んできた気がする。
私の人生と経験と魂を込めて断言する。ここにいたら、大変なことになる。
「じゃあ、私は行くわ。……またね、一夏」
普段の私に戻り、早足でその場を後にする。できるだけ遠くへ、早いうちに逃げないと。
◆
〈side:織斑 一夏〉
「行っちまったな……」
そういえば、お礼を言いそびれた。
それにしても葵って、普段は無口なのに、あんなに堂々とふるまうなんて。まるで、千冬姉みたいだったな。
「あ……一夏。ごめんね、やな思いをさせちゃって」
「ん、シャル。別にシャルのせいじゃないだろ。それに、葵もたまたまいたし、助かった」
「……たまたま、ね」
「? どうしたんだ?
それにしても……格好良かったな、葵」
思えば同年代で、あそこまで堂々としてる奴はいただろうか?みんな、話してるときに急にしどろもどろになったり、あたふたしたりってことが多いもんな。
「うう……手ごわすぎるよ……。そ、それより……一緒に水着を選んでくれない?さあ、さあ!」
え、ちょっとシャル?押すなって!
◆
《一夏めぇ……うちの葵に色目使いやがって……!!》
《スネーク、ストップ!あんたまで暴走してどーすんのよ!》
《放せ!はなせ!HA☆NA☆SE!》
《スネーク!落ち着いて下さいな!!》
《……あ!シャルロットのやつ、何をやって……》
《あちらはたしか、試着室がありましたわ!》
《えええ!?そんな!……オメガ、追うわよ!》
《言われなくても!》
唐突に、手足に自由が戻る。
暴れていた俺は不意に手に入れた自由に戸惑い、勢いのまま通路へ飛び出してしまう。
そしてそのまま二、三歩よろめき……
ドン!!
何かにぶつかった。
「痛たたたた……。まったくあいつら、いきなり何を……」
「――それはこちらのセリフだ、大馬鹿者」
………聞き覚えのある声。
ぎぎぎ、と緩慢な動作で顔を向けると、そこには仁王立ちした織斑先生が。
どうしてここに?……いや、当然買い物なんだろうけど。
あ、山田先生、こんにちは。どうして涙目なんですか?どうして後ずさるんですか?
それで……どうして俺から眼をそむけるんですかぁ!?
「いきなり飛び出してきて、人にぶつかって、謝罪の言葉もなしか」
「え?いや、その……」
「しかも、『若いころ』だと?私はまだ20代前半だが?」
「え?ホントに、何の話……」
「……問答、無用だっ!!」
ズドォォォォン!!
な……なんて威力だ……。宇宙が見える……。
……あ、おじーちゃん。久しぶりー。え?この川を渡ればいいの?
6文?何それ?俺、円しか持ってないんだけど。カード使える?
《な……なんですの、今の音は》
《スネーク?どうしたのよスネーク!スネェェェェェク!!!》
小島プロダクション、解散したそうですね。Vを無事完成させてくれて、ありがとうございました。