今後も本作をよろしくお願いします!
――昔話をしよう。
まだ、戦闘機が軍事力の主だった時代。ISが生まれる前の時代。
ドイツ軍は、秘密裏にある研究を行っていた。
――第一計画。
当時盛んだった遺伝子技術だけでなく、薬物投与や人体改造も含めた、強化人間の製造。
被検体となったのは、年端もいかぬ少年少女たち。みな名も分からない孤児であった。
過酷な環境や、強烈な拒絶反応により、一人、また一人と被検体は減っていく。
そんな中で、たまたま全ての処置に適合し、『成功作』となった者がいた。
彼女に与えられた名は、アインス・イェーガー。ドイツ製強化人間の、最初の一人であった……。
完成から数年。アインスは、与えられたノルマを順調にこなし、研究者たちの予想以上の能力を得ていた。この結果に軍部は歓喜し、研究所には多額の予算が与えられた。
これにより、研究は新たな段階へと進む。アインスのような後天的な強化素体ではなく、先天的に強化された素体を生み出す研究――遺伝子強化素体製造プロジェクトが、始動した。
しかしこのプロジェクトに必要な人工子宮の開発が難航したため、研究所は引き続き『後天的強化』の実験を続けた。
――そして、事件は起こる。
アインスが14歳になったある日、研究員に反発し、脱走を企てたのだ。
最も多感な時期であるため、そういうこともあるだろうと考えた研究員は、警備体制の見直しのみを上申し、事件を隠した。
が、脱走騒ぎは繰り返され、とうとう、研究員に負傷者が出てしまった。
――事件が、表に出てくる。
上層部の決定は、「研究の凍結」および「アインスの処分」であった。
一部の研究員は反対したが、研究所の存続のために、結局は首を縦に振った。
こうしてアインスは拘留され、秘密裏に処分される。
そして研究所は第一計画を放棄。遺伝子強化素体製造プロジェクト専門の施設として、生まれ変わったのであった……。
◆
……とまあ、これが表の歴史。
実はこの話には、続きがある。
ドイツ軍関連施設に幽閉されたアインス。しかしアインスの処分に反対した研究者の一人が、この情報をある企業にリークしたのだ。
他国が作った、強化人間。
それを求めた企業は、アインス強奪のために、ある男を派遣した。
彼の名は――ユウヤ・ヤマシロ。
……ここまで話したら、もう分かるんじゃないか?
◆
「……うーん、知らねぇな」
「とぼけるな。お前はともかく、こいつの髪や目、肌の色はアインスと同じだ。これが偶然だと?」
葵を指さすボーデヴィッヒ。元気になって何よりだが、しおらしい方がかわいかったぜ。
「……嘘はついてない。私の知り合いに、アインス・イェーガーなんて名前の人はいない」
葵の言うとおり、俺の周りにそんな
「……では、お前たちの母親の名を聞いても?」
ちらり、とこちらを見る葵。つられて、ボーデヴィッヒも俺を見る。
う……。なんつーか、すっごく興味津々な感じだな。
「ヒメ・ヤマシロだ。オーストラリアの国家代表なんだが……。知らないのか?」
「ああ、聞いたこともない」
「……第一回モンド・グロッソの、準優勝者」
「何だ。教官に負けたのか」
……そうだよ。
エネルギーを無効化し、絶対防御を発動させるという「零落白夜」に、母さんは敗れた。
――この出来事が、シールドエネルギーの消耗を極力抑えたIS、つまり全身装甲型の開発のきっかけである。
「まあ、興味があったら調べてみろよ。すぐ分かることだ」
「む。それもそうか……」
「じゃあな、お大事に。
俺の言った意味も、考えておいてくれよ」
「……挑戦は、いつでも受ける」
俺達は、保健室を後にする。
正直、これ以上話しているとぼろが出そうだったし、腹も減ってきた。
「……母さんの写真」
「ん?HPにも載ってるし、別に構わないだろ」
「……でも、見る人が見れば……」
「なに、カラコンも眼鏡もつけてるし、そうそうバレないって」
母さんの写真は、髪の色こそ葵と同じだが、目にはオレンジのカラーコンタクトをはめた状態で撮ってある。
なんでも目を隠さないと、網膜の血管パターンを読み取られ、正体がばれる可能性があるらしい。……難儀な話だ。
「それに、万が一バレても、今のドイツ軍にはどうこうできないよ」
「……VTシステムのせい?」
「そういうことだ。さあ、飯にしようぜ」
◆
「……あ。紅也、君。……それに、山代さん……も」
食堂に行くと、見知った顔を見つけた。簪とは、なんだか久しぶりに会った気がする。
「……簪」
「……前から、聞きたかったんだけど……。山代さんは……どうして、私を……呼び捨てで呼ぶの?」
「……紅也がそう呼んでるから」
「じゃあ……私も、名前で……いい?」
「……別に、いい」
――なんだか、今日は葵に驚かされっぱなしだ。
何と言うか……友好的というか、人間的に成長したというか。
いつもだったら、「……何故?」とか言って突っぱねるところなのに。
あのVT-ISとの戦いで、何か思う所があったのか?
とりあえず、席に着く。と、同時に、周りに座っていた女子たちが、一斉に聞き耳を立てる気配が伝わってきた。
「あの……さっきの試合のとき……何で、出てきたの?」
簪から問いかけられた疑問。その答えを、聞くために。
「ああ……簡単なことだ。不測の事態……ホラ、あの時みたいなのに備えろ、って。織斑先生が」
「……異常鎮圧、あるいは時間稼ぎを頼まれた」
「ああ……。二人とも、強い……から」
……ううっ!
不覚にも、目がしらが熱くなってきた!
だって、セシリアや凰、シャル子といったら……。いつものメンバーの中での俺の味方は、剣の修行につきあってやってる箒だけだと思ってたけど。
「……ありがとう」
「? ……紅也、君?」
「簪だけだよ。俺が『強い』って言ってくれるのは」
「何か……あったの?葵さん」
「……うん」
まあ、俺のトラウマの話はどうでもいいとして。
「そういえば、結局トーナメントって、どうなるんだ?あれって一応、全員のデータをとるためのものなんだろ?」
「……分からない」
「……多分、そのうち指示がある」
「ま、それもそうか」
そう言って一旦会話を切り、食事を続ける。
トーナメントの話はもう終わり。その後は他愛のない会話をして、なかなかに楽しい食事だった。
「じゃあ、ごちそうさま……。先に……行くね」
「ああ。またな、簪」
「……バイバイ」
先に食べ始めていた簪は、空になった食器を持って去っていく。
……そういやあいつ、誰と組んだんだろう?
「……あ、一夏」
「ん?よう、葵に紅也。早かったな」
「まあ、こっちは元々教師側の依頼で動いてたからな。報告もすぐ済んだんだ」
「なるほどね。こっちは事情聴取で、けっこう大変だったんだよ?」
次に現れたのは、一夏とシャルルだった。二人ともすでに食器を持ち、席を探していたようだった。一夏は麺類なのに、よくそんなギャンブルをする気になったな。
「まあ、立ち話もなんだから、座れよ」
「それもそうだな、じゃ、失礼するぜ」
一夏は俺の隣に、シャルルは葵の隣に、それぞれ座る。
俺と葵はデザートを食べながら、なんとなく静かにテレビを眺めていた。
『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、全ての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上――』
そんなテロップが画面上に現れる。
「ふむ。シャルルの予想通りになったな」
「そうだねぇ。あ、一夏、七味取って」
「はいよ」
「ありがと」
「「……夫婦か!!」」
思わずつっこみ。しかも葵と
「ふ、夫婦って!ぼ、僕と一夏は別にそんな……」
「そ、そうだぞ!何言ってやがる!」
「……動揺しすぎ」
葵の言うとおり。
「少し落ち着け。男同士でそんな態度とってたら、学園中の腐った女子が興奮するぞ」
とりあえず、こう言っておけば、シャルルへのフォローにはなるはず。
……まあ、別に今更女だってバレたところで、気にする人もこの学園にはいないはずだ。妄想するやつは多そうだが。
「腐ってない!これは新しい文化よ!」
「そうです!美春とお姉様の関係を、否定するというのですか!」
「アナタは今、学園生徒の半分を敵に回したわ!」
「外野は黙ってろ!半分もいるか!あと真ん中の奴、絶対違う学園の生徒だろ!」
具体的には(自主規制)学園の。
騒ぎは止まらない。わいわいがやがやと。
こうなったら……あの方法を使うしかないか。
「いいから、食事中くらい静かにしてくれ!あんまりうるさいと、もう秘蔵写真を売らねぇぞ!」
「うっ……ズルイわ!山代くん!」
「卑怯な……。でも、仕方が無い」
「ここは引くわ。覚えてなさい!」
女子の一団が去っていく。ふう。これで一件落着――
「してねぇよ!何だよ、その写真って!今までのパターンで言うと、ぜってー俺の……」
む、今度はこっちがうるさい。
「……一夏、食事中は静かに」
「そうだよ。そんなことはいいから、早く食べようよ」
「二人の言うとおりだ。麺が伸びるぜ」
ちなみに一夏のメニューは、海鮮塩ラーメン。まだ半分以上残ってる。
「いや、『そんなこと』じゃねえからな、シャルル!おい紅也――」
「あ、箒だ。あんな所で何やってんだろな?」
「話を逸ら――」
「……おや、箒の様子が……」
「山代さん、それだと進化しそうなんだけど」
「――わかった!この話は後で聞かせてもらうからな!」
一夏、撃退。呆然と立ってる箒の方へ、すたすたと歩いていく。
俺はシャルルと葵に対し、ぐっ、と親指を立てる。
「……で、シャルル。今週の分は?」
「はい、これ。今回のは寝起きや出撃前の写真もあるから、ちょっと高いよ?」
「元は取れるから別に構わねぇよ」
一夏に見えないように、メモリーカードとお金を交換する。
……そう。実は俺とシャルルは、グルだ。
元々、俺は一夏の写真や情報などを(学生相手に)売って、小遣いを稼いでいた。しかしシャルルが同室になってからは、同室ならではの写真をこっそり撮ってきてもらい、それを売っている。シャルルには写真データ代と利益の3割を渡し、互いに良い関係を築いている。
ちなみに今一番の売れ筋商品は、訓練後の一夏がシャルルからタオルを受け取る写真。これは、シャル子にも気づかれないように撮ったものだ。
まあ、それはどうでもいい。
箒は、なんであんな状態になってるんだろう。
魂が抜き取られたかのような落ち込みよう……って!いきなり一夏を締め上げ始めたぞ!
「ほ、ほ、本当、か?本当に、本当に、本当なのだな!?」
「お、おう」
あ、手を放した。何をあんなに……。
箒の顔は赤く、腕組みをして、照れ隠しのようにコホンコホンと咳払いをしている。
ピロリロリン!閃いた!!
例の、一夏との約束の話か。たしか、トーナメントに優勝したら、付き合うとかいうやつ。
あのとき既に展開は読めてたけど、さて、どうなるか……。
「な、なぜだ?り、理由を聞こうではないか……」
「そりゃ幼なじみの頼みだからな。付き合うさ」
「そ、そうか!」
「買い物くらい」
「………………」
箒の表情がこわばった。一夏は、地雷を踏んだことに気付かない。
「……そんなことだろうと思ったわ」
そう言った箒は、肩を落とし、うつむいた表情で俺の方へ……って、俺!?
「紅也!」
「は、はいっ!?」
思わず背筋を伸ばし、姿勢を正す。
今の箒……いや、箒さんからは、織斑先生に通じる何かを感じる。
「ちょっと付き合え」
「へい……。ど、どこに?」
「剣道場だ」
「さ、さいですか……」
嫌な予感しかしない。
「行くぞ」
「へ、へい……。葵、デザートあげるから、食器下げといて」
「分かった。……骨は拾う」
妙な覇気をまとった箒さんに逆らうことはできず。
俺は、ずるずると連行されたのであった。