IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第44話 最初の一人

 ――昔話をしよう。

 

 まだ、戦闘機が軍事力の主だった時代。ISが生まれる前の時代。

 ドイツ軍は、秘密裏にある研究を行っていた。

 

 ――第一計画。

 

 当時盛んだった遺伝子技術だけでなく、薬物投与や人体改造も含めた、強化人間の製造。

 

 被検体となったのは、年端もいかぬ少年少女たち。みな名も分からない孤児であった。

 過酷な環境や、強烈な拒絶反応により、一人、また一人と被検体は減っていく。

 

 そんな中で、たまたま全ての処置に適合し、『成功作』となった者がいた。

 彼女に与えられた名は、アインス・イェーガー。ドイツ製強化人間の、最初の一人であった……。

 

 

 

 

 完成から数年。アインスは、与えられたノルマを順調にこなし、研究者たちの予想以上の能力を得ていた。この結果に軍部は歓喜し、研究所には多額の予算が与えられた。

 これにより、研究は新たな段階へと進む。アインスのような後天的な強化素体ではなく、先天的に強化された素体を生み出す研究――遺伝子強化素体製造プロジェクトが、始動した。

 しかしこのプロジェクトに必要な人工子宮の開発が難航したため、研究所は引き続き『後天的強化』の実験を続けた。

 

 ――そして、事件は起こる。

 

 アインスが14歳になったある日、研究員に反発し、脱走を企てたのだ。

 最も多感な時期であるため、そういうこともあるだろうと考えた研究員は、警備体制の見直しのみを上申し、事件を隠した。

 が、脱走騒ぎは繰り返され、とうとう、研究員に負傷者が出てしまった。

 

 ――事件が、表に出てくる。

 

 上層部の決定は、「研究の凍結」および「アインスの処分」であった。

 一部の研究員は反対したが、研究所の存続のために、結局は首を縦に振った。

 

 こうしてアインスは拘留され、秘密裏に処分される。

 そして研究所は第一計画を放棄。遺伝子強化素体製造プロジェクト専門の施設として、生まれ変わったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 ……とまあ、これが表の歴史。

 実はこの話には、続きがある。

 

 ドイツ軍関連施設に幽閉されたアインス。しかしアインスの処分に反対した研究者の一人が、この情報をある企業にリークしたのだ。

 

 他国が作った、強化人間。

 それを求めた企業は、アインス強奪のために、ある男を派遣した。

 

 彼の名は――ユウヤ・ヤマシロ。

 

 ……ここまで話したら、もう分かるんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

「……うーん、知らねぇな」

「とぼけるな。お前はともかく、こいつの髪や目、肌の色はアインスと同じだ。これが偶然だと?」

 

 葵を指さすボーデヴィッヒ。元気になって何よりだが、しおらしい方がかわいかったぜ。

 

「……嘘はついてない。私の知り合いに、アインス・イェーガーなんて名前の人はいない」

 

 葵の言うとおり、俺の周りにそんな名前(・・)のやつはいない。

 

「……では、お前たちの母親の名を聞いても?」

 

 ちらり、とこちらを見る葵。つられて、ボーデヴィッヒも俺を見る。

 う……。なんつーか、すっごく興味津々な感じだな。

 

「ヒメ・ヤマシロだ。オーストラリアの国家代表なんだが……。知らないのか?」

「ああ、聞いたこともない」

「……第一回モンド・グロッソの、準優勝者」

「何だ。教官に負けたのか」

 

 ……そうだよ。

 エネルギーを無効化し、絶対防御を発動させるという「零落白夜」に、母さんは敗れた。

 

 ――この出来事が、シールドエネルギーの消耗を極力抑えたIS、つまり全身装甲型の開発のきっかけである。

 

「まあ、興味があったら調べてみろよ。すぐ分かることだ」

「む。それもそうか……」

「じゃあな、お大事に。

 俺の言った意味も、考えておいてくれよ」

「……挑戦は、いつでも受ける」

 

 俺達は、保健室を後にする。

 正直、これ以上話しているとぼろが出そうだったし、腹も減ってきた。

 

「……母さんの写真」

「ん?HPにも載ってるし、別に構わないだろ」

「……でも、見る人が見れば……」

「なに、カラコンも眼鏡もつけてるし、そうそうバレないって」

 

 母さんの写真は、髪の色こそ葵と同じだが、目にはオレンジのカラーコンタクトをはめた状態で撮ってある。

 なんでも目を隠さないと、網膜の血管パターンを読み取られ、正体がばれる可能性があるらしい。……難儀な話だ。

 

「それに、万が一バレても、今のドイツ軍にはどうこうできないよ」

「……VTシステムのせい?」

「そういうことだ。さあ、飯にしようぜ」

 

 

 

 

 

 

「……あ。紅也、君。……それに、山代さん……も」

 

 食堂に行くと、見知った顔を見つけた。簪とは、なんだか久しぶりに会った気がする。

 

「……簪」

「……前から、聞きたかったんだけど……。山代さんは……どうして、私を……呼び捨てで呼ぶの?」

「……紅也がそう呼んでるから」

「じゃあ……私も、名前で……いい?」

「……別に、いい」

 

 ――なんだか、今日は葵に驚かされっぱなしだ。

 何と言うか……友好的というか、人間的に成長したというか。

 いつもだったら、「……何故?」とか言って突っぱねるところなのに。

 あのVT-ISとの戦いで、何か思う所があったのか?

 

 とりあえず、席に着く。と、同時に、周りに座っていた女子たちが、一斉に聞き耳を立てる気配が伝わってきた。

 

「あの……さっきの試合のとき……何で、出てきたの?」

 

 簪から問いかけられた疑問。その答えを、聞くために。

 

「ああ……簡単なことだ。不測の事態……ホラ、あの時みたいなのに備えろ、って。織斑先生が」

「……異常鎮圧、あるいは時間稼ぎを頼まれた」

「ああ……。二人とも、強い……から」

 

 ……ううっ!

 不覚にも、目がしらが熱くなってきた!

 だって、セシリアや凰、シャル子といったら……。いつものメンバーの中での俺の味方は、剣の修行につきあってやってる箒だけだと思ってたけど。

 

「……ありがとう」

「? ……紅也、君?」

「簪だけだよ。俺が『強い』って言ってくれるのは」

 

「何か……あったの?葵さん」

「……うん」

 

 まあ、俺のトラウマの話はどうでもいいとして。

 

「そういえば、結局トーナメントって、どうなるんだ?あれって一応、全員のデータをとるためのものなんだろ?」

「……分からない」

「……多分、そのうち指示がある」

「ま、それもそうか」

 

 そう言って一旦会話を切り、食事を続ける。

 トーナメントの話はもう終わり。その後は他愛のない会話をして、なかなかに楽しい食事だった。

 

「じゃあ、ごちそうさま……。先に……行くね」

「ああ。またな、簪」

「……バイバイ」

 

 先に食べ始めていた簪は、空になった食器を持って去っていく。

 ……そういやあいつ、誰と組んだんだろう?

 

「……あ、一夏」

「ん?よう、葵に紅也。早かったな」

「まあ、こっちは元々教師側の依頼で動いてたからな。報告もすぐ済んだんだ」

「なるほどね。こっちは事情聴取で、けっこう大変だったんだよ?」

 

 次に現れたのは、一夏とシャルルだった。二人ともすでに食器を持ち、席を探していたようだった。一夏は麺類なのに、よくそんなギャンブルをする気になったな。

 

「まあ、立ち話もなんだから、座れよ」

「それもそうだな、じゃ、失礼するぜ」

 

 一夏は俺の隣に、シャルルは葵の隣に、それぞれ座る。

 俺と葵はデザートを食べながら、なんとなく静かにテレビを眺めていた。

 

『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、全ての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上――』

 

 そんなテロップが画面上に現れる。

 

「ふむ。シャルルの予想通りになったな」

「そうだねぇ。あ、一夏、七味取って」

「はいよ」

「ありがと」

「「……夫婦か!!」」

 

 思わずつっこみ。しかも葵とW(ダブル)で。

 

「ふ、夫婦って!ぼ、僕と一夏は別にそんな……」

「そ、そうだぞ!何言ってやがる!」

「……動揺しすぎ」

 

 葵の言うとおり。

 

「少し落ち着け。男同士でそんな態度とってたら、学園中の腐った女子が興奮するぞ」

 

 とりあえず、こう言っておけば、シャルルへのフォローにはなるはず。

 ……まあ、別に今更女だってバレたところで、気にする人もこの学園にはいないはずだ。妄想するやつは多そうだが。

 

「腐ってない!これは新しい文化よ!」

「そうです!美春とお姉様の関係を、否定するというのですか!」

「アナタは今、学園生徒の半分を敵に回したわ!」

 

「外野は黙ってろ!半分もいるか!あと真ん中の奴、絶対違う学園の生徒だろ!」

 

 具体的には(自主規制)学園の。

 

 騒ぎは止まらない。わいわいがやがやと。

 こうなったら……あの方法を使うしかないか。

 

「いいから、食事中くらい静かにしてくれ!あんまりうるさいと、もう秘蔵写真を売らねぇぞ!」

 

「うっ……ズルイわ!山代くん!」

「卑怯な……。でも、仕方が無い」

「ここは引くわ。覚えてなさい!」

 

 女子の一団が去っていく。ふう。これで一件落着――

 

「してねぇよ!何だよ、その写真って!今までのパターンで言うと、ぜってー俺の……」

 

 む、今度はこっちがうるさい。

 

「……一夏、食事中は静かに」

「そうだよ。そんなことはいいから、早く食べようよ」

「二人の言うとおりだ。麺が伸びるぜ」

 

 ちなみに一夏のメニューは、海鮮塩ラーメン。まだ半分以上残ってる。

 

「いや、『そんなこと』じゃねえからな、シャルル!おい紅也――」

「あ、箒だ。あんな所で何やってんだろな?」

「話を逸ら――」

「……おや、箒の様子が……」

「山代さん、それだと進化しそうなんだけど」

「――わかった!この話は後で聞かせてもらうからな!」

 

 一夏、撃退。呆然と立ってる箒の方へ、すたすたと歩いていく。

 俺はシャルルと葵に対し、ぐっ、と親指を立てる。

 

「……で、シャルル。今週の分は?」

「はい、これ。今回のは寝起きや出撃前の写真もあるから、ちょっと高いよ?」

「元は取れるから別に構わねぇよ」

 

 一夏に見えないように、メモリーカードとお金を交換する。

 ……そう。実は俺とシャルルは、グルだ。

 元々、俺は一夏の写真や情報などを(学生相手に)売って、小遣いを稼いでいた。しかしシャルルが同室になってからは、同室ならではの写真をこっそり撮ってきてもらい、それを売っている。シャルルには写真データ代と利益の3割を渡し、互いに良い関係を築いている。

 

 ちなみに今一番の売れ筋商品は、訓練後の一夏がシャルルからタオルを受け取る写真。これは、シャル子にも気づかれないように撮ったものだ。

 

 まあ、それはどうでもいい。

 箒は、なんであんな状態になってるんだろう。

 魂が抜き取られたかのような落ち込みよう……って!いきなり一夏を締め上げ始めたぞ!

 

「ほ、ほ、本当、か?本当に、本当に、本当なのだな!?」

「お、おう」

 

 あ、手を放した。何をあんなに……。

 箒の顔は赤く、腕組みをして、照れ隠しのようにコホンコホンと咳払いをしている。

 

 ピロリロリン!閃いた!!

 

 例の、一夏との約束の話か。たしか、トーナメントに優勝したら、付き合うとかいうやつ。

 あのとき既に展開は読めてたけど、さて、どうなるか……。

 

「な、なぜだ?り、理由を聞こうではないか……」

「そりゃ幼なじみの頼みだからな。付き合うさ」

「そ、そうか!」

「買い物くらい」

「………………」

 

 箒の表情がこわばった。一夏は、地雷を踏んだことに気付かない。

 

「……そんなことだろうと思ったわ」

 

 そう言った箒は、肩を落とし、うつむいた表情で俺の方へ……って、俺!?

 

「紅也!」

「は、はいっ!?」

 

 思わず背筋を伸ばし、姿勢を正す。

 今の箒……いや、箒さんからは、織斑先生に通じる何かを感じる。

 

「ちょっと付き合え」

「へい……。ど、どこに?」

「剣道場だ」

「さ、さいですか……」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「行くぞ」

「へ、へい……。葵、デザートあげるから、食器下げといて」

「分かった。……骨は拾う」

 

 妙な覇気をまとった箒さんに逆らうことはできず。

 俺は、ずるずると連行されたのであった。

 


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