「ふあー、すごいですねぇ。二週間ちょっとの訓練であそこまでの連携が取れるなんて。
やっぱり織斑君ってすごいです。才能ありますよね」
「ふん。あれはデュノアが合わせているから成り立つんだ。あいつ自体は大して連携の役には立っていない」
「そうだとしても、他人がそこまで合わせてくれる織斑君自身がすごいじゃないですか。魅力のない人間には、誰も力を貸してくれないものですよ」
「まあ……そうかもしれないな」
ここは観察室。教師のみが立ち入りを許されたこの部屋で、千冬と真耶は第一試合を見ていた。
「それにしても学年別トーナメントのいきなりの形式変更は、やっぱり先月の事件のせいですか?」
「詳しくは聞いていないが、おそらくそうだろう。より実戦的な戦闘経験を積ませる目的で、ツーマンセルになったのだろうな」
「でも、一年生は入学してまだ三ヶ月ですよ?戦争が起こるわけでもないのに、今の状況で実戦的な戦闘訓練は必要ない気がしますが……」
「そこで、先月の事件が出てくるのさ。――あのISの所属は不明だが、山代曰く、今の狙いは織斑だそうだ。だが、今年の新入生には第三世代兵器のテストモデルが多い。万が一を考えると……」
「――あ!つまり、自衛のため、ですね」
「そうだ。各々が自衛して、時間を稼げれば、我々は直ちにあの二人を出撃させる。
――残念ながら、ここのISではPS装甲には対抗できないからな」
◆
「これで決めるっ!」
一夏は、零落白夜を発動。形成されたエネルギー刃が、ラウラへと迫る。
「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去ると聞いているが……それなら当らなければいい」
ラウラのターン。AICを起動。不可視の網が、白式を捕らえんと次々に展開していく。
が、一夏は急停止・転進・急加速を繰り返すことで、なんとかかわしていく。
――これは、ひとえに訓練の賜物であった。
『いい、一夏?AICも衝撃砲も同じような原理だから分かるんだけど、使うには、相当な集中力が必要なの』
――鈴が。
『イメージをまとめるのに重要なのは、ポーズをとることですわ。例えば、そちらに手を向けるとか、目で見るとか、そういった動作があげられますわね』
――セシリアが。
『射撃回避?そんなの、銃口を見ればいい。所詮、どんな武器も直進しかできないからな』
――紅也が。
『等速運動は、読みやすい。緩急をつけ、ジグザグに動くだけでも、狙いはつけにくい』
――葵が。
いろいろなことを、教えてくれた。
全ては、今日、この日のために。
ラウラの右手、左手、目線の動きに注意しながら、俺は回避を続けた。
「ちょろちょろと目障りな……!」
とうとうワイヤーブレードの間合いまで接近。攻撃が、さらに激しさを増していく。
それを補うのは、支援役のシャルルの射撃だった。
「一夏!前方二時の方向に突破!」
「わかった!」
ラウラへの牽制と、一夏の防御。たぐいまれな器用さでそれらをこなすシャルルのおかげで、1+1は3にも4にもなる。
「ちっ……
とうとう、一夏は自分の間合いにラウラをとらえる。後は、一撃入れれば、全てが決まる。
――が、それを許すほど、ラウラは甘くは無い。
「無駄だ。貴様の攻撃は読めている」
「普通に斬りかかれば、な。――それなら!」
一夏は構えを変える。刺突の構え。
確かに読みやすいかもしれないが、最速の構え。斬撃とは、スピードがまるで違う。
これで、腕の軌道を捉えにくくするのが、一夏の狙いだったのだが。
「無駄なことを!」
白式が停止する。AICだ。
腕に限定せず、全体を拘束。これで、一夏は動けない。
――が、思い出してほしい。彼は、一人じゃない。
「ようはお前の動きを止められれば――」
「……ああ、なんだ。忘れているのか?それとも知らないのか?俺たちは――ふたり組なんだぜ?」
「!?」
そう。この瞬間、ラウラの意識からシャルルが消えていた。
目の前での刺突。その動作が、ラウラの注意を一夏だけに向けさせる罠。
――ミスディレクション。
シャルルは、すでに零距離射撃を行っている。
連射されるショットガン。それはシュヴァルツェア・レーゲンの大型レールカノンを撃ち抜き、爆散させる。
――この瞬間ラウラは、遠距離への攻撃手段を失った。
「くっ……!」
これにより、一夏の拘束が再び解ける。
先程もそうだったが、AICは『停止させる対象に意識を集中させないと、効果を維持できない』という弱点がある。この条件を考えると、自らを2対1の状況に追い込んだラウラの選択は、愚かだったと言える。
「一夏!」
「おう!」
再度、雪片弐型を構え直す一夏であったが、そのエネルギーは、急速に消滅していく。
「なっ!?ここにきてエネルギー切れかよ!」
そう。
零落白夜の弱点は、その燃費の悪さ。
ラウラの攻撃によって、エネルギーを減らしすぎたのだ。
「残念だったな」
すかさずプラズマ手刀を展開したラウラは、一気に一夏の懐へと飛び込んだ。
手刀をクロスさせ、振り抜こうとする。
痛みとともに刻まれたあのX字を、ラウラは忘れていなかった。
――そういえば、あの時、誰かが乱入したのを見た気がする。誰かが、私を助けてくれたのだろうか?……それに、私を保健室まで運んだ人物は――
ふと頭をよぎった疑問。が、戦闘中のラウラは、すぐにそれを忘却する。
「限界までシールドエネルギーを消耗してはもう戦えまい!あと一撃でも入れれば私の勝ちだ!」
その通り。白式のエネルギーは、残りわずか。だが、零ではない。一夏は、その『わずか』を守り続ける。
「やらせないよ!」
「邪魔だ!」
援護を試みるシャルルへ、ラウラはワイヤーブレードを放つ。しかも、剣を振るう手は少しも緩まない。さすがは軍人、といったところか。
そしてとうとう、シャルルに限界が訪れる。
「うあっ!」
「シャルル!くっ――」
「次は貴様だ!墜ちろっ!」
「ぐあっ……!」
被弾するシャルル。それに気をとられた一夏は、プラズマ手刀の一撃を受けてしまう。
そのまま力を失った白式は、ゆっくりと床へと落ちていった。
「は……ははっ!私の勝ちだ!」
早くも勝利宣言をするラウラ。――が、それは油断だった。
どんな強者でも、満身は即、敗北につながる。現に、かの英雄王ですら、それが原因で苦い敗北を経験している。
驕れる者は久しからず。
それは、歴史が証明している。
誰が言ったか。「人は、勝利を確信した時こそ油断をする」――!
「まだ終わっていないよ」
ラウラに迫る、超高速の影。それは、先程被弾し、墜落したはずのシャルルであった。
「なっ……!
それは、シャルルが使えるはずのない技術だった。ラウラの表情に、驚愕と狼狽が浮かぶ。
それは、一夏も同じ。彼もまた、その事実を知らなかったのだ。
切り札は、隠すことに意味がある。
「こんな手が来るわけない」と思わせた時点で、切り札は必殺となる。
かの泥門の司令官も、そう言っていたではないか。
「今初めて使ったからね」
「な、なに……?まさか、この戦いで覚えたというのか!?」
そう。シャルルは戦いの中で、瞬時加速を自分のものとして体得したのだ。
まさに見稽古。彼女は、また少し強くなった。
「ふっ……。だが私の停止結界の前では無力!」
ラウラは手をかざし、AICの発動体制に入る。
―――が、そこでまたしても邪魔が入った。
ガガガッ!
「!?」
真下からの、アサルトライフルの斉射。それを放ったのは、一夏の白式が手にした、シャルルのライフルであった。
――そう、この作戦は二段構え。シャルルが捨てたのは、かつて使用許可を出したあのライフルだったのだ。
「これならAICは……って、しまった!」
唯一の誤算は、その弾数が、思ったよりも少なかったこと。
箒の善戦が思わぬ結果を引き起こしたのだが、ラウラはそれに気づかない。
「こ、のっ……死に損ないがぁっ!」
――これで、白式の攻撃手段はなくなった。
しかし、気を逸らすには十分だったようで。
「これで、間合いに入ることができた」
「それがどうした!第二世代型の攻撃力では、このシュヴァルツェア・レーゲンを墜とすことなど――」
そこで、ラウラはある情報を思い出す。
秘密裏に行われたという、デュノア社とモルゲンレーテの提携。
そしてモルゲンレーテの第二世代機が持っていた、必殺の武装を。
(まさか――ビーム兵器!?)
慌ててラウラは後退。……が、少し遅かったようだ。
ラファールの楯が吹き飛ぶ。被弾の衝撃ではなく、内側からの爆発で。
そして、隠された兵装が、姿を現した。
―――六九口径パイルバンカー、
これが盾のなかに隠れているとは、なんという皮肉だろうか。
「「おおおおおっ!」」
シャルルとラウラ、二人の声が重なる。しかし、瞬時加速によって勢いをつけたシャルルは、止まらない。
ズガンッ!!
一発目。
AICは間に合わず、ラウラは杭を直撃する。
絶対防御が発動。シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが、大幅に減少する。
「ぐううっ……!」
殺しきれない衝撃が、ダメージとなってラウラを襲う。
――しかし、ラウラは安堵していた。
ビームじゃない。あの一撃ほど、痛くはない!!
ズガンッ!
即座に二発目。その衝撃で、ラウラは弾き飛ばされる。
そう、灰色の鱗殻の範囲外へと。
「! しまった!」
焦るシャルル。が、もう遅かった。
「停止結界!」
AICが、シャルルを拘束する。対するラウラのISは、まだシールドエネルギーを残していた。
「今のは驚いたぞ……。が、貴様の奇策もここまでだ!」
距離をとり、ワイヤーブレードでとどめを刺しにかかるラウラ。
確かにこの状況では、シャルルの詰みだろう。
――もし、武器が灰色の鱗殻だけであれば。
ラウラのAICは、シャルルの体幹だけを拘束していた。よって、腕は自在に動く。
(こんなの――。本当は、すごく恥ずかしいんだけど……)
しかし、これは、さっき登録したばかりの武器。いつものようには呼びだせない。
だから、シャルルは呼ぶ。
「ビーム・マグナム!!」
瞬間。
シャルルの右腕には、パイルバンカーに負けず劣らず凶悪な鉄塊が出現していた。
(これはギャンブル……!)
引き金を引く。するとカードリッジが取り込まれ―――
ビキュゥゥゥゥン!!!
暴力的な、ピンク色の閃光が、銃身から飛び出した。
その熱量は凄まじく、すでに銃身が融解し始めている。
「なっ!?」
さすがにラウラも驚き、回避行動をとる。おかげで、直撃を避けることはできたが――
「ぐうううっ!?」
かすっただけ。それなのに、シールドエネルギーは大幅に減少し、しかも――
(ひ……引きずり込まれる!!)
今だ放射され続けるビームは、その中心へとラウラを引きずっていく。
黒いISは、ゆっくりと、光の中に呑み込まれていった。
「あああああああああっ!!!」
爆音。
やがて、光は消滅した。アリーナの壁からは、煙がもくもくと立ち上っている。
ラウラの姿は見えない。
「い、生きてる……よな?」
「た、多分……」
AICから解放されたシャルルは、一夏のそばへと降下する。
二人とも、想像以上の破壊力を見せつけられて、冷や汗をかいている。
特にシャルル。下手すれば、人を殺してしまったかもしれないのだ。
その内心の葛藤は……推して知るべし。
◆
(何も……見えない)
煙のせいでも、光のせいでもない。
いつの間にか、ラウラは闇の中にいた。
(私は……ここを知っている。
そうか……。また、戻ってきたのか……)
これは、ラウラの心象風景。自分の心の闇。
思い出すのは、あの日。私に「ヴォーダン・オージェ」が施された、あの日。
常にトップだった私は、あの日から『出来損ない』の烙印を押され、蔑まれてきた。
ある日、研究所の一人が、こんな事を言っていた。
「まったく。これでは、第一号同様、処分するしかないか……」
その言葉に、私は震えた。
第一号。かつてドイツで行われた『人間の後天的強化』の実験において誕生したという、遺伝子強化試験体。最初の一人。
彼女は高い能力を持っていたが、従順さに欠けていたため、秘密裏に廃棄されたという……。
――私も、殺されるのか?
死の恐怖に怯え、今まで以上に必死に訓練を積んでいた私は、そのころ、教官と出会った。
強く、凛々しく、堂々としたその姿に、私は惹かれた。
あの人のおかげで、私は強くなれた。
あの人の近くにいるだけで、力があふれてきた。
それなのに。
あの人は、日本に帰ると言っていた。
「私には弟がいる」
そう言って、教官は話し始めた。弟の話を。
そのときのあの人の顔は、普段と違い、とても優しげで……。
私には、そんな顔が――いや、教官にそんな表情をさせる存在が、許せなかった。
(だから、敗北させると決めたのだ。あれを、あの男を、私の力で、完膚なきまでに叩き伏せると!)
――ならば、負けられない。
こんなところで眠っているヒマなど、ないのだ。
まだ、ヤツは生きていた。早く、トドメヲササナイト……
(力だ……。力が、欲しい)
ドクン!
闇の深い所で、何かが脈打つ。
『――願うか……?汝、自らの変革を望むか……?より強い力を欲するか……?』
ああ、もちろん。
どんな力であろうと、使ってやる。
私の体を使え。この身は、所詮空っぽの器だ。
『馬鹿な奴だ。まだ、懲りてなかったのか。あんなに葵にボコされといてよ』
先ほどとは違う、しかしどこかで聞いたような、男の声がする。
――うるさい。何だ、お前は。
『まあ、いいや。続きは現実世界で。
ただし、役者は代えるぜ。……俺の蒔いた種だ。刈らせてもらう』
声が、途切れる。
Damage Level……D.
Mind Condition……Uplift.
Certification……Clear.
《Valkyrie Trace System》……boot.
そして戦いは、最後のステージへと移る。
次回、決着。