六月も最終週に入った。
つまりそれは、IS学園において、学年別トーナメントが始まったことを意味する。
試合の直前までこうして関係者が走り回っているほど、慌ただしい現状だ。
そんな中、俺はというと……
――IS学園内、整備室。
「ハーイ。久しぶりね、紅也、葵」
「エリカさん。来てたんですか?」
「ええ、そうよ。……って言っても、アナタ達だけを見に来たんじゃないの。3年生をスカウトに来たのよ。後は……あの子、シャルロットちゃんの様子見よ」
「……シャルロット?」
「ああ、ここじゃ、シャルルって名乗ってたわね。あのフランスの子よ」
そうか。シャルルって、男の名前だもんな。本名はシャルロットか。――シャル子って呼んどけば間違いないだろ。
「……で、パーツは?」
「もう!つれないわね、葵ちゃんは。ここよ」
「……これが……!」
エリカさんのブレスレットが輝く。光が収まると、俺達の目の前には、オレンジ、白、青の三色から成る肩アーマーと、2本の大型アーマーシュナイダーがあった。
「これが葵の新装備か……。俺の注文そっちのけで開発された……」
「ハイハイ、拗ねないの。そっちも鋭意制作中だから。……そもそも、遅れの原因は、可変機能の追加が原因なのよ?自業自得じゃない」
「ぐっ……。何も言い返せない……」
それを言われると弱いな。実際、当初の予定では完成してるはずのものなんだから。
「……紅也。装着をお願い」
気が付いたら、葵はブルーフレームを展開していた。
俺は元の肩アーマーを外し、さらに両脚部にあるハードポイントを開放する。そしてフレキシブルアームズを展開し、新しい肩アーマーの装着作業に入る。
「そういえば。これはどんな装備なんだ?」
「……増加スラスター。これ一つで、バックパックと同等の推力が得られる」
「は!?それって、ヤバくねぇか?」
「……大丈夫。リミッターはつけておく」
「ならいいけどな……。脱臼すんなよ」
「……うん」
ほい、っと。装着完了。後はハードポイントにアーマーシュナイダーの鞘をマウント。これで、最適化を行えば、これらの装備はブルーフレームの一部となる。
「じゃ、元のアーマーは持って帰るわね。……そうそう、紅也には予備の腕パーツを渡しとくわ。もう壊さないでよ。給料から引いとくからね」
「そ、そんな!?シャル子の一件でチャラにしてくれよ!」
「考えとくわ。……じゃ、そろそろ試合が始まるわよ。早く着替えなさい」
「はいはい。……っと、エリカさん」
「ん?何?」
「着替えるから、出てけ」
◆
着替えを終えた俺達は、一夏と合流するべくアリーナへと向かう。
……そろそろ、トーナメントの組み合わせも発表されるころだろう。一夏は、ボーデヴィッヒとの対戦ばかり気にしていたが、俺にとっては、誰と当っても関係ない。どんな奴が来ても、勝ってやる。たとえ箒や簪、シャル子と当っても、手加減などしない。
――そして、この手でIS・ザ・ISの称号をつかんでやるっ!
「ねぇよ、そんな称号」
「……一夏、シャルル」
「紅也、山代さん、遅かったね」
「ああ、本国から新造パーツが届いてな。インストールしてたら遅刻した。
――で、組み合わせは?」
その質問に対し、一夏は笑みを浮かべて答える。
「俺達は一回戦第1試合、対戦相手はラウラだ」
「へぇ、そりゃ……」
「……出来過ぎ」
「でしょ?僕も、そう思うよ」
「ところで、俺たちの対戦相手を知らないか?良かったら、その試合時間も」
「あー、悪い。俺、自分の分しか見てなかったわ」
「やっぱり。僕が見たから安心して。紅也たちは一回戦第12試合、対戦相手は棗さんとグローリーさんのペアだよ」
「……雑魚」
「言うな。専用機持ちは、ほとんどいないんだから」
ちなみに、棗とグローリーは、IS実習の時に俺が指導したやつらである。クラスは一組。語尾に「―」をつけて話すのが棗で、変な日本語を使うのがグローリーだ。
「ありがとな、シャルル。……っと、そうだ。これ、ウチからのプレゼントだ。
試作武装で、しかも弾数は3発だけだが、AICに対抗するための切り札だぜ」
そう言って俺は、シャル子にある武器を渡す。
「これは……」
「まあ、契約の特典だとでも思ってくれ。じゃ、俺は行くからな。……葵」
「うん。二人とも、頑張れ」
「ちょっと待った!契約って、一体……」
「後でシャル子に聞けよ。じゃーな」
「『シャル子』って……。紅也!お前、まさか……」
一夏の声を背に受けながら、俺達は歩く。
12番目か、ずいぶんと後だな。とりあえず、観客席から観戦させてもらおうか――
「山代兄妹、話がある」
「え?」
「……織斑先生」
◆
〈side:織斑 一夏〉
「……え?じ、じゃあ、紅也達は……」
「うん。実はバレてたんだ。僕が、女だって」
「そうだったのか……」
あの日。シャワー室にボディソープを置きに行った時、裸のシャルルと鉢合わせした。
あの時はなにがなんだか分からず、しかもシャルルは逃げるように部屋から出ていったため、状況が分からなかった。
その後、いろいろな話を聞いた。シャルルは、俺の情報を探りに来たスパイで、会社の広告塔で、そして――愛人の子だと。
「あのとき、『ここにいろ』って言われたのは、正直嬉しかった。でも、同時に、申し訳なかったんだ。だってあの時、もう問題は解決してたから」
「申し訳ない、なんて言うなよ。答えが見つかってよかったじゃねぇか。
……で、紅也のやつ、どんな解決方法をとったんだ?」
それは、すごく気になった。同じ学生なのに、俺には思いつかなかったことをあっさりとやってのけた。一体、どんな手品を使ったのやら――
……って、アレ?シャルル?何で、そんなに遠い目をしてるんだ?
「……いつもの悪い笑い方をして、デュノア社を占領しちゃった」
「……は?」
はい?占領?
「ああ、もちろん力ずくじゃないよ!……でも、ある意味力ずくというか……。少なくとも、軍事力には頼ってない、かな」
びっくりした。俺はてっきり、葵あたりがデュノア社を滅ぼしたんだと思ってた。
……まあ、よく考えてみれば、たった1機のISが、企業を破滅させるなんてことはないか。
「……アナトリアの傭兵じゃないんだから」
「何だ、それ?」
「知らない。なんか、紅也がそう言ってた。
ともかく、まあ、平たく言えば父……社長を脅して、モルゲンレーテの傘下に入れちゃったんだ。僕は、所属をモルゲンレーテに移されて、保護された」
「そっか。それが『契約』ってやつか。じゃあ、その武器は……」
「うん、モルゲンレーテの作品。試作品って言ってたけど、ちょっと出してみようか」
そう言って、シャルルはそれを実体化させた。初めて見た武器だからだろうか、シャルルにしては展開に時間がかかってる。やがて光が像を結びそれが実体化すると、一緒に紙が出現して、ひらひらと俺の方へ落ちてくる。
「えーっと……『このたびは我がモルゲンレーテの商品をお買い上げいただき』……決まり文句だな。中略……『なお、この武器は試作品につき、3回に1回は暴発し、IS本体を巻き込んで爆散する恐れが』……って!なんじゃこりゃ!!」
「試作品というより、欠陥品だね」
さすがのシャルルも、顔が引きつってる。
「でも、良く考えれば、それだけ高出力なんだろ、これ」
「……一夏は前向きだね。うん、これは本当にほかの手段がなくなったとき、使おう」
「そうだね。じゃ、作戦の確認をするよ……」
◆
〈一回戦 第一試合〉
「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」
「そりゃあなによりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」
アリーナに、4機のISが浮かぶ。織斑一夏の白式、シャルル・デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、ラウラ・ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲン、そして一機だけ場違いな、篠ノ之箒の打鉄。
「いや、事実かもしれないが!わざわざ言うことか!?」
試合開始まで、あと5秒。各々が、心の中でカウントする。
4秒、3秒、2秒、1秒――
――――始め!!
「「叩きのめす」」
一夏とラウラは同時に言葉を放った。白式は瞬時加速を行い、ラウラへと肉薄する――!!
「おおおっ!」
「ふん……」
が、ラウラはそれを見切り、右手を突き出す。
――そう。AICだ。これを破るべく不意打ちを選択する、という一夏の奇策は、敵に読まれていたのだ。
腕が、胴が、足が、白式の全てが、AICという名の網に囚われる。
……同じ突撃狙いでも、せめて、一夏が『
「くっ……!」
「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」
「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」
「ならば私が次にどうするかもわかるだろう」
シュヴァルツェア・レーゲンの肩に搭載された大型レール
――が、忘れてはいけない。この戦いは、チーム戦であるのだ。
「させないよ」
シャルルが一夏を飛び越えて出現。手にした六一口径アサルトカノン〈ガルム〉が火を噴き、ラウラに
「ちっ……!」
レールカノンの砲身が白式からずれ、弾頭は空を切る。さらに、シャルルはそのままラウラに攻撃を続け、追い払う。
この援護により、一夏はAICから解放された。
「逃がさない!」
シャルルは突撃体制へと移り、左手にアサルトライフルを呼びだす。すると一秒以内に銃が出現し、銃弾を放ち始める。
――これこそ、シャルルの固有技能、『
そう。シャルルは
銃弾が、ラウラに迫る。しかし、繰り返すようだがこれはチーム戦。
「私を忘れてもらっては困る」
箒の打鉄が出現。実体シールドを展開して銃弾をはじき、そのままシャルルへと斬りかかった。が、シャルルは余裕の表情。箒が弱いから?量産機だから?
――否。
「それじゃあ俺も忘れられないようにしないとな!」
シャルルの背後に、瞬時加速を行った一夏が迫る。ぶつかる直前に、シャルルは宙返りをしてポジションチェンジ。一夏と箒の近接ブレードが、衝突して火花を散らした。
キン!ガキン!
白式はスラスター推力を上げながら、何度も打鉄に斬りかかる。箒も全てを防いではいるものの、勢いに押されてじりじりと後退していく。
「くっ!このっ……!」
このままではマズイ。焦れた箒は、刀を上段に構え、振りかぶる。
そう―――彼らの狙いどおりに。
「シャルル!」
「うん!」
左手を峰に添え、一夏は雪片弐型を寝かせて構える。完全な受けの太刀。
その刹那、一夏の背後に隠れていたシャルルが両脇から手を伸ばす。その両手に握られた武器は六二口径連装ショットガン、〈レイン・オブ・サタディ〉。
この距離なら、たとえ黄河が逆流しても外さない。
箒の顔が青ざめる。一連の動きは、全てコンビネーションだったのだ。
フォーメーションS32。あの時は剣を持った方が後ろにいたが、その逆バージョンというわけだ。
チームワークがなければ、成立しない戦い方。箒とラウラでは、成し得ない戦術。
シャルルが引き金を引く。放たれた散弾は、しかし虚しく宙をきる。
そう、箒が消えたのだ。
「邪魔だ」
箒をワイヤーで投げ飛ばしたラウラが、無理やり入れ替わり急接近する。
助けたわけではない。ラウラの独断による行動。その証拠に、箒は地面に叩きつけられ、わずかにダメージを受けている。
が、ラウラはそんな箒を気にもせず、一夏たちへの攻撃を始める。プラズマ手刀を用いて、斬撃、突撃、刺突とバリエーション豊かな乱打を繰り出す。
一刀VS二刀―――。
「数の差で私が有利だな」
「たかが二倍じゃねえか!」
一方、シャルルも同時展開された6本のワイヤーブレードに阻まれ、うまく援護ができないでいた。
(シャルル、無事か?)
(一夏こそ。すぐにサポートに入るからね)
(いや、いい。このまま例の作戦で行こう)
(……。わかった)
ISのプライベート・チャネルによる短いやりとり。ラウラを相手にするため、新たなる策が発動する。
シャルルはラウラの射程から逃れ、箒へと肉薄したのだ。
「相手が一夏じゃなくてゴメンね」
「なっ……!?バカにするなっ!」
激昂する箒は、近接ブレードでシャルルに襲いかかる。シャルルも武器を近接ブレード、〈ブレッド・スライサー〉に変更し、受け止める。
一刀VS一刀。しかし、シャルルには銃があった。
レイン・オブ・サタディ発砲。打鉄の装甲が、鉄塊によって削られていく。
「くっ……!」
唇を噛む箒。剣で、銃で、自在に攻撃を繰り出すシャルルに、箒の勝ち目は少なかった。
ゆえに、箒は地上へと向かう。
「逃がさないよ!」
シャルルの追撃をかわし、防御しながら、打鉄はその二本の脚で、大地に立った。
「これで、お前の攻撃の自由度は半減した!不本意だが、時間稼ぎをさせてもらうぞ!」
奇しくもそれは、箒の指導者である紅也が、好んで使う戦法であった。
「なるほど、いい手だね。でも……箒の腕じゃ、僕に射撃は当らないよ!」
「ふっ……。遠距離攻撃が、銃だけだと思うな!」
ザクリ!
箒は、刀をアリーナの地面に突き刺す。
シャルルは、紅也との交戦経験がない。ゆえに知らない。この技は―――
「先に片方を潰す戦法か。無意味だな」
一方のラウラは、シャルルに向けていたワイヤーブレードを全て一夏へと向け、手数で圧倒していた。一方の一夏は、反撃など考えず、全ての力を防御に回す。
そう。一夏の選んだ戦略も、時間稼ぎであった。
ただし、距離はとらない。この間合いから離れたら最後、もう一度食らいつくのは不可能に近いからだ。
剣は刀で、ワイヤーは足で蹴り続ける。驚異的な集中力で、被弾を最小限に抑えることに成功していた。
「貴様の武器はそのブレードのみ。近接戦でなければダメージを与えられないからな」
ラウラも、一夏の意図に気付く。しかしあくまで自信があるのか、間合いはそのままに剣舞を続けていた。
「うおおおおっ!」
零距離。すでに「とっつき」の間合いで行われる高速戦闘。……が、そんな戦いに飽きたのか、ラウラはプラズマ手刀を解除。AICを起動して、白式を拘束する。
「では――消えろ」
6つのワイヤーブレードが、一夏へと食らいつく。
「くそおおっ!」
斬。
斬。
斬。
斬。
斬。
斬。
白式の装甲は30%以上削られ、シールドエネルギーも半分持っていかれる。
が、攻撃は終わらない。一夏の右手は二本のワイヤーに拘束され、そのまま床へと叩きつけられた。
「がはっ!」
肺が圧迫され、空気が漏れる。
そんな無防備な一夏に、ラウラは照準を合わせる。レールカノン起動。光が臨界し、砲弾が放たれる。
「とどめだ」
弾種は、対ISアーマー用特殊徹甲弾。当りどころによっては、一瞬で勝負が決まってしまう。もはや一夏に、回避するすべは残されていない。
―――そうだ。
一夏は、紅也を思い出す。あいつの刀は、かつて砲弾を切り裂いていた。
やるしかない。雪片弐型を握る手に力がこもり、右腕を動かす。
しかし。
その右手に、先程のワイヤーが絡まっていた。これ以上、手は動かせない。
万策尽きた。一夏がとれる手段は、もう何一つ残っていない。
そう、
「お待たせ!」
ガキン!
シャルルのシールドが、迫る砲弾を防いだ。そして絡まったワイヤーを切断し、白式を解放する。
離脱。
「シャルル……助かったぜ。ありがとよ」
「どういたしまして」
「箒は?」
「思ったより苦戦したけど、お休み中だよ」
土壇場で箒が放った空破斬は、まだ未完成。ヴェントを破壊したものの、紅也が放つほどのダメージは発生しなかったのだ。そしてシャルルに間合いを見切られ、善戦するも、撃破されてしまった。
今は、アリーナの隅で膝をつき、うつむいている。
「さすがだな」
「その言葉はこの試合に勝ってから、ね」
残された一丁のマシンガン、ヴェントを投げ捨て、シャルルは武装を展開する。
「ここからが本番だね」
「ああ。見せてやるとしようぜ。俺たちのコンビネーションをな」
これで2対1。試合はまだまだ、加速していく――――