「一夏、今日も放課後特訓するよね?」
「ああ、もちろんだ。今日使えるのは、ええと――」
「第三アリーナだ」
「「わあっ!?」」
一夏とシャルルが並んで歩いているところに、箒が横に並び、突然話しかけた。
気付けよ、幼なじみ&スパイ。
「……そんなに驚くほどのことか。失礼だぞ」
「お、おう。すまん」
「ごめんなさい。いきなりのことでびっくりしちゃって」
「あ、いや、別に責めているわけではないが……」
「
「「「わあっ!?」」」
いつの間にか一夏の背後に立った俺は、某
「これぞ相生拳法・背弄拳。……なんてな」
……そこ。ただ後ろに立っただけとは言うな。
「まあ、ちょうどよかった。今日は、葵が第三アリーナにいるんだ。一緒に行こうぜ」
「う、うん。じゃあ、行こう。ほら、一夏と箒も!」
「お、おう」
「うむ」
ふっふっふ……
一夏め。何も知らずについてくるとは、愚かな。
公衆の面前で完封して、ぼっこぼこにしてやんよ!!
「なあ、箒。俺、なんだか嫌な予感がするぞ」
「奇遇だな、一夏。私もだ」
「僕もそう思うな。だって……」
「「「紅也がああいう笑い方をするときは、たいてい悪だくみしてるときだ!」」」
◆
……おかしい。
なんだか、アリーナの方が騒がしい気がする。
――いや、気のせいじゃない。
確実に、人が増えている。
「なんだ?」
「何かあったのかな?こっちで先に様子を見ていく?」
シャルルは、観客席へのゲートを指す。確かに、そっちの方が手っ取り早く事態がわかるだろう。でも、もし葵が何らかのトラブルに巻き込まれてたら、ピットに行った方が早い。
……待てよ。避難警報が出ないレベルの戦闘系のトラブルなら、葵の心配はいらないか。
「………そうだな、行こう」
「紅也。なんとなくだが、後で葵に謝った方がいい気がするぞ」
最近鋭いですね、箒さん。
「誰かが模擬戦をしてるみたいだね。でもそれにしては様子が――」
ドゴォンッ!
「「「「!?」」」」
突然の爆発音。俺をはじめ全員が、音の発生源に目を向ける。
もくもくと立ち上るその煙の中から、現れた者は――
「鈴!」
「それに、セシリアか!」
二人とも、苦い表情だ。爆発の中心をにらみ、武器を構えている。
その爆心地に立っていたのは、漆黒のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』。操縦者は銀髪の人形、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。
「――ふう、葵じゃなくて良かった」
「よくねぇよ!二人を見ろ!」
凰とセシリアの機体は――あーあ、ヒデェや。修理が必要かな――かなりのダメージを受けていた。シールドエネルギーの残りは知らねぇが、実体ダメージは大きい。
それに比べてボーデヴィッヒは損傷軽微だし、葵は安全地帯にいるから当然無傷……
……って、葵!?何で、見てるだけなんだ?まさかボーデヴィッヒと組んだのか?
まあ、それはないか。むしろ、3対1でも嬉々として戦いそうだ。
「何をしているんだ?――お、おい!」
一夏の声で、俺は二人へと注意を戻す。
凰とセシリアは目配せをした後、再びボーデヴィッヒへと向かっていく。
――ん?葵から通信?
(紅也。あのISのデータを収集して)
(あの、ドイツ軍のISか?)
(そう。私の勘では、面白いものを積んでる)
(レールガン以外の……。第三世代兵装か?)
(うん。さっきから、不自然な状況が何度かある。鈴音たちが負けるまでに、解析しておきたい)
(……負けるのは確定なのか?)
甲龍の肩が開き、衝撃砲が放たれる。しかしボーデヴィッヒは回避行動をとらず、右手を突き出した。
《空間圧、消失――!》
(衝撃砲を打ち消した?……いや、防いだ!?アレはまさか、熾天覆う七つの……)
(違う。……でも、それほど違わない。アレで、衝撃を止めたのよ)
(……その話し方。お前、興奮してないか?)
ヤバイ。葵のやつ、ひょっとして暴走してるのか?
俺の記憶の底から顔をのぞかせたのは、一年前のあのとき。無邪気な笑みを浮かべたかつてのアオイの姿。
もしや、二人をボーデヴィッヒにけしかけたのは――
(それよりアレ、光波防御帯に似てない?)
(……なるほど。応用できるってことか?)
《原理によっては可能だろう。なら、早速観測&解析だ》
通信終了。ブルーフレームから、リアルタイムの戦闘データが送られてくる。
ボーデヴィッヒのISの両肩から、刃が射出され、凰へと迫っていく。
本体とワイヤーで繋がったそれは、凰の迎撃を複雑な軌道で回避しながら、甲龍の右足を捕らえる。
いいな、あの武器。アレにビーム発信機をつけて、ビーム刃やビームを発射できるようにしたら、優秀な兵器になるだろう。
……っと、セシリアが射撃をして凰を援護する。同時にビットを射出するが、動きが鈍い。やはり、まだ同時制御は無理か!?
ボーデヴィッヒがまたも両腕を突き出す。すると、その方向にあるビットの動きが……止まった!?
《……なるほど》
(! 何か分かったのか、8!)
《あれは、物体の慣性を……いや、ベクトルそのものを打ち消している!》
(なるほど。だから、衝撃やビットが止まったのか)
セシリアのレーザーと、ボーデヴィッヒの大型レールカノンの射撃が激突、相殺される。
が、レールカノンは単発なのに対し、ライフルは連射がきく。即座に第二射を放とうとするセシリアに、拘束されていた凰がぶつかる。
さしずめ、ワイヤー版ジャイアントスイングか。運動エネルギーがたっぷりと乗せられたその一撃は、二人の体勢を崩すには十分すぎた。それを好機とみたボーデヴィッヒは、中距離の間合いから一気に距離を詰める。アレは、確か……
「
一夏が叫ぶ。
そうだ。一夏の得意技。そして、レッドフレームの不意打ち技だ。
凰は双天牙月の連結を解き、二天一流の構えをとる。ボーデヴィッヒも両手首のパーツからプラズマ刃を展開し、つばぜり合いが始まる。
……が、突撃の勢いを保つボーデヴィッヒに対し、凰は防戦一方で、後退中だ。攻守の逆転は不可能。しかも、数を6つに増やしたワイヤーが、再び襲いかかる。
――6つのワイヤー付き誘導兵器による同時攻撃。このコンセプトは、何かに生かせるかもしれない。うん、覚えておこう。
凰はそちらにも集中力を割かねばならず、剣筋が乱れる。
そして、再び肩のパーツが開くが……
一秒以下の駆け引きが求められるこの状況で、起動に時間がかかる兵器を使うのは、はっきり言って悪手だ。
衝撃砲が爆散する。ボーデヴィッヒの実弾攻撃が、肩を射抜いたのだ。凰は大きく体勢を崩し、追撃のプラズマ刃がその身に届かんとするも――
それを遮る影。セシリアのライフル、スターライトmkⅢが、剣線をそらす。同時にミサイルを放ち……って、自爆かよ!?スゲェ覚悟だ。
セシリアと凰は床に叩きつけられる。しかし、ボーデヴィッヒは――
無傷、だった。
再び瞬時加速。凰を蹴り、セシリアに砲撃。さらにワイヤーブレードで二人を拘束。拳による乱打が、二人に叩きこまれる。
《シールドエネルギー、急速減少!このままだと
(ここまでだ。葵!止めろ)
(極めて了解)
通信とほぼ同時に、ブルーフレームは飛翔する。三機の間に割って入り、ビームライフルをボーデヴィッヒの顔面に突きつける。
……うわあ、容赦ねぇ。
「…そこまで。勝負はついた」
「フン……」
シュヴァルツェア・レーゲンに、ワイヤーが戻っていく。その間に、セシリアと凰はのろのろと離脱していった。
……あのダメージじゃ、予備パーツなしでの修理は難しいだろう。アイツ、少しやりすぎだ。
「で?ようやくお前か。さっきの二人よりは楽しませてくれるのか?」
「言ったでしょ?口のきき方には気をつけなさい。さっさとシールドエネルギーを補給して、戻ってきなさい」
「くっ……」
葵とボーデヴィッヒの会話が、8を通して聞こえてくる。あちゃあ、やっぱり熱くなってるな、葵のやつ。
シュヴァルツェア・レーゲンはピットへと戻っていく。俺たちも、二人が退避したピットへと急いだ。
◆
「う……。一夏、紅……」
「無様な姿を……お見せしましたわね……」
ブルー・ティアーズと甲龍はボロボロだったが、二人の操縦者は無事だった。
「まったく、何があったんだ?……まあ、アイツがケンカを売ってきたんだろうけど」
「う、うん……。大体、そんな感じ」
「大体?鈴はともかく、セシリアはやすやすと挑発に乗るタイプじゃないだろ」
「一夏!それ、どういう意味よ!!」
一夏のうっかり発言に、凰が噛みつく。そういうことしてるから、挑発に乗りやすいって言われるんだ。
「……で、セシリア。何で葵がキレてたんだ?」
「……やっぱり、怒ってるのですね。おそらくは、自分が侮られたことが原因でしょう。
そういえば、あの女が気になることを言ってましたわ。『脱走兵の
脱走?試作型?
ボーデヴィッヒがそう言ったのか?
アイツはドイツ軍人だ。軍のデータベースを見る機会もあるだろう。
『脱走兵』というのが俺の思った通りの人物なら、ボーデヴィッヒの正体も、葵につっかかってきた理由も説明がつく。
……また、めんどくさい誤解が生じてるようだ。
「それ、関係ないんじゃないか?
そんなことより、なんで葵は見てるだけだったんだよ」
ああいう状態の葵なら、乱入しそうだったが。
「ああ、それは葵さんが、『そうね、セシリアと鈴音、二人と戦って勝ってみなさい。そうすれば、戦ってあげなくもないわ』と言って、わたくしたちを……」
「……ああ。試験扱いか?」
「ま、まあ、わたくしとしても、あの女と決着をつけたかったので、引き受けたのですが」
そうか。三下扱いされたのか。本人は気付いてないけど。
「なあ鈴、調子悪いなら保健室に……」
「いいわよ!それより、葵の試合を見に行くわよ!アイツがボコボコになるところを見ないと、気が済まないわ!!」
「凰は平気そうだけど、セシリアはどうする?一緒に来るか?」
「紅也さんと一緒に……。え、ええ!もちろん!!」
おう!?セシリアのやつ、急に元気になったな。
大丈夫か?空元気じゃないといいけどよ。
「よし、じゃあ箒とシャルルも……。ってオイ、二人とも!?」
「うう……。どうせ私は、空気だ」
「一緒にいたはずなのにね……。アリーナに着いてから、セリフが一言も……」
「……なんかゴメン」
◆
再び観客席。
アリーナの空に浮かぶは、青と白の全身装甲、アストレイ・ブルーフレーム。
そして今ゲートから飛び出したのは漆黒のIS、シュヴァルツェア・レーゲン。
両者共に万全の状態。レールガンとビームライフルを互いに向け、静止状態を保っている。
「貴様……。顔ぐらいみせたらどうだ?」
「断る。これは、装備の一部。
……そもそも、アンタの言うことなんて、聞く訳ないじゃない」
「フン、挑発など無駄だ」
舌戦が繰り広げられるも、すぐに終わる。
互いに、多くを語る者ではない。二人は戦闘者。語るよりも、戦いで多くを示す者。
「……そのようね。うん、冷静になってきたじゃない。
いいわ。すごくいい。これなら―――」
――少しは楽しめそうね。
葵の気配が変化する。
冷たく冷たく、氷のように。
鋭く鋭く、刃のように。
「フン、それは――
こちらのセリフだ!!」
――――本気の戦闘が、今、始まる。
ハーメルンへの投稿から一カ月が経ちました。
まだまだ先は長いですが、今後も本作をよろしくお願いします。