(――山代 葵。そして、山代 紅也……)
暗い闇の中、モニターからもれる光だけが、部屋を照らす。
(あの目……。見たことがある……)
モニターに映されたのは、ドイツ軍の極秘資料。
「極秘」を意味する朱印を押されたその画像には、葵そっくりの女の写真があった。
(やはり同じだ……。『最初の一人』と……)
彼女は、その顔を睨みつける。自分と同じ、造られた存在でありながら、自分を見下したその顔を――
◆
翌日、教室にて。
「ねえねえ、知ってる知ってる?あの噂」
「飯田さん?何の話ですの?」
「それがねそれがね、とびっきりのいい話でね」
「何よ!もったいぶらないで言いなさいよ」
「実は実は、月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君か山代君と交際できるらしいよ」
「そ、それは本当ですの!?」
「う、ウソはついてないでしょうね!?」
「いーや。ウソはついてねぇけど、本当ではねぇな」
「「「きゃああぁぁぁぁ!?」」」
セシリア、凰、飯田さんが叫ぶ。
少し脅かすつもりだったが、どうやら予想以上に効果があったようだ。
「こ、紅也さん?い、いったいいつから……」
「そ、それより紅!あんた、今の話……」
「聞いた、っていうより知ってたよ。一万年と二千年前から」
「え!?そ、そんなに前から……」
「いや、落ち着きなさいセシリア。ただのネタだから、真に受けちゃダメよ。
要するに、ずっと前から知ってたってことよね」
「正解だ、凰。スーパーひとし君をあげよう。
……まあ、俺に関しての噂は否定するが、一夏の噂については知らないな。多分、本人も知らないだろうな」
「じゃあ、本当に、一夏とつきあえ――」
「俺がどうしたって?」
「「「きゃああっ!?」」」
ひょこっ、と。
シャルル(男装)と共に現れた一夏が、会話に乱入する。
俺の時より、驚きが少ないな。……勝った!!
「で、何の話だったんだ?俺の名前が出ていたみたいだけど」
「う、うん?そうだっけ?」
「さ、さあ、どうだったかしら?」
凰とセシリアは変に焦っているせいで、かなり怪しい。
……が、そこは鈍感一夏。どこまで聞いていたかは知らないが、真相にたどり着くことは無く。
「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」
「そ、そうですわね!わたくしも自分の席につきませんと」
「……なんなんだ?」
「さあ……?」
ぎこちない動きで去っていく二人の女子を見て、首をかしげる二人の男子(だが略)が残された。
……ああ、俺?もうとっくに撤退してるよ。
◆
一時間目が終わり、休み時間。
俺は、いきなり箒に襟首を掴まれ、廊下へと連れて行かれた。
……何だ?部活を作るのに協力させられたりするのか?文芸部は廃部寸前じゃないぞ?
「……どういうことだ?」
「どういうことが、どういうことなんだ?」
「ふざけるな!あの噂のことだ!何で、一夏と付き合えるというのを、否定しなかったんだ!」
「いや、だってよ、本当のことを知ってるとしても、言えないって」
だってよ、あの『余計なことを言ったら、コロス』って意思をこめた視線に晒されたら、逆らえないって。
「そもそも、それがお前と一夏の約束だと知れたら、お前、生徒会長よろしく闇討ちされるぜ?」
「む、確かに……。だが!」
「それに、だったらお前が勝てばいい」
「私が……?だが、私はISランクも低いし、専用機も……」
「だったら、ウチと契約して……」
「いや、いい」
ぺちん。ひらひら。
差し出した契約書は、俺の手を離れ、廊下へと落下する。
「そんな!今月中にあと4件以上契約を取らないと、俺はクビだっていうのに!」
「知るか!前にも聞いたわ!!」
さて、気を取り直して。
「……そういえば紅也は、何で自分の噂は否定したんだ?」
「ん?そりゃ、事実無根だったし、そもそも……」
「そもそも?」
「葵が優勝して、禁断の兄妹愛が始まったら、どうすんだ!」
「始まるか!ええい、このシスコンめ!
そもそも、お前を選ぶ保証などないだろう!?もしかすると一夏を……」
「ヨシ、イチカコロス」
殺意の波動に目覚めた今の俺は、さしずめ紅也ACT4。教室を覗いて
右手を左の腰に。最速の、抜刀の構え。さあ、テメエの罪を数え……
「……って、あれ。一夏は?」
「気づいてなかったのか?授業後すぐに教室を出ていったぞ」
「ちっ……。命拾いしたな」
「……本気だったのか?」
刀は持ってないが、血のりを払うような動作をしてから、頭と体を戦闘モードから通常モードへ。……もっとも、落ち着いてはいないが。
そういや今日も、一夏の訓練があったな。なら、葵を呼んで、目の前で一夏を……。ぐへへへへ。
「……はあ。私は戻るからな?」
箒は教室へと戻る。俺は――
「みなさーん!俺の噂はデマだけど、一夏のはホントですよー!!」
嫌がらせを実行。せいぜい困れ、一夏。そして大観衆の前で、俺に倒されろ。
なおこの情報を聞いて、やる気をなくした女子が4組にいたとかいなかったとか。
◆
さて、時は進んで放課後。
俺は葵を呼ぶため、3組の教室に行ったのだが。
「あ、山代君。山代さんなら、第三アリーナで練習するって言ってたよ」
「2組の凰さんが誘いに来てました」
「ねえねえそれより、あの噂って……」
「そっか、ありがとな」
退室。
どうやら、先に行ってしまったようだ。じゃあしょうがない。一夏達と話して、今日の練習は第三アリーナでやるように提案してみよう。
◆
〈side:山代 葵〉
「「あ」」
鈴音と一緒に第三アリーナへ行くと、そこには先客――セシリア・オルコットがいた。
声をあげたのはセシリアと鈴音。お互いの存在が意外だったのか、思わず声が出たみたい。
「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」
「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」
二人の間に火花が散る。私のことは頭から抜け落ちているみたいで、ちょっと寂しい。
……でも、普段は(一夏以外のことでは)仲が良さそうな二人が対立するなんて。……ってことは、原因は一夏に違いない。多分、例の噂を聞いたんだろう。
それにしても、セシリアは紅也狙いかも、と思ってたけど。警戒レベルを下げてもいいかな?
「ちょうどいい機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」
「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりとさせましょうではありませんか」
二人は、それぞれメインウェポンを呼び出し、それを構える。
……ん、これは少しまずい。二人とも、頭に血がのぼってる。
「……そこまで」
ブルーフレームを展開。空を見る。
「なによ葵!邪魔しないで!」
「そうですわよ!戦いに介入するなど、なんて無粋な……」
「……お客さん」
アーマーシュナイダー、実体化。飛来する何かに対し、水平に構える。
キンッ!
飛んできたのは砲弾。その軌道をナイフでなぞり、直撃コースから受け流す。
この程度は、造作もない。
「「!?」」
やっぱり、二人とも気付いてなかったみたい。侵入者の、無粋なドイツ人に。
「……シュヴァルツェア・レーゲン」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
セシリアの表情がこわばる。二人の間に、何かあったのかな?
まあ、紅也から聞いた話だと、クラス中から浮いてるそうだし、私に電波発言してきたり、嫌な相手だってのは分かるけど。
「……どういうつもり?いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」
鈴音は衝撃砲を準戦闘状態へとシフトさせ、連結した大剣、月牙天衝を構える。
「双天牙月よ」
「……そうだった」
それはそうとして。
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』、それにオーストラリアの
……へえ。なかなか活きがいいじゃない。
うん。気にいったわ、これ。でも……。
「何?やるの?わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが
「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのはかわいそうですわよ?犬だってまだワンと言いますのに」
どうやら、二人の方が戦いたいみたいだ。
それにしても、『テメェ……。今、
「はっ……。貴様らはふたりがかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいしか能のない国と、古いだけが取り柄の国はな」
――空気が凍る。
……マズイ、二人が武器の安全装置を外した。どうやら、もうキレてしまったみたい。
しょうがない。コイツは、二人に譲ってあげよう。
「それに、脱走兵の
ボーデヴィッヒはこちらを向き、そう言う。
……私は、確かに試作機使ってるけど、脱走した覚えは無い。何の話をしてるんだろう?
そして何より、許せないのは――
――私より強い、なんて。言ってくれるじゃない。アンタじゃ多分、紅也にも勝てないよ。
「――いいわ、やってあげる」
「ちょっと、葵さん!?あの人はわたくしが……」
「そうよ!そもそもあんたが出たら、すぐ決着ついちゃうじゃない。ここはじゃんけんで――」
「はっ!三人がかりで来たらどうだ?下らん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるもの――」
キン!
何?
三人がかり?笑える。
この程度の攻撃に、反応できないのに。自分と私の実力差も、分からないのに。
「……何をした?」
ボーデヴィッヒのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの背部のユニットには、4本のナイフが刺さっている。当然、投げたのは私。
……まったく、一本くらい防いでよ。はあ。やる気が無くなっちゃった。
「よ、4本同時……」
「そんな……。一発分の音しか聞こえなかったわよ」
……え?ちゃんと、ずらして投げたんだけど。
「……よくも!私に、傷を!!」
怒るボーデヴィッヒだが、私に言わせてもらえば、あんなのは避けられない方が悪い。
そもそも、人を挑発(?)しておいて、やられる覚悟がないって。ありえない。
っていうか。
ムカつく。
「アンタ、自分が散々挑発しておいて、何勝手に怒ってるの?
あの程度を直撃なんて、自分が弱かったせいじゃない」
「……んなっ、あ、葵が……!」
「葵さんが……」
「「まともにしゃべった!!」」
「……貴様ぁ!!」
「言っておくけど、私が本気なら、アンタは7回死んでる。生きてるだけマシだと思いなさい、欠陥品が。上には上がいるものよ」
そう。
私なんて、まだまだだ。全盛期の母さんに比べたら、ひよっこもいいところ。
それを知っている。それだけで、強くなれるのに。
こいつは。
「……欠陥品、だと!?面白い。ならば、さっさとかかってこい!返り討ちにしてやる!!」
「態度がなってないわよ。戦って下さい、でしょ?私がそんな物言いを許してるのは、紅也だけなの。だから、戦ってあげない。
どうしても戦ってほしかったら……。そうね、セシリアと鈴音、二人と戦って勝ってみなさい。そうすれば、戦ってあげなくもないわ」
「ち、ちょっと葵さん!?何を勝手に……」
「まあいいじゃない。葵!あんた、分かってるわね。
……そういうわけだから、私たちが相手よ。かかってきなさい!ドイツ女!!」
「くっ……。ならば、貴様ら二人、同時にかかってこい!!」
「「上等!」」
戦闘が始まる。
ボーデヴィッヒが負けるなら、それでいい。勝ったら勝ったで、私のおもちゃになってくれれば、それでいい。
私に損は無い。紅也的に言うなら、ギブ&テイクだろうか。
さあて。
ショーの始まりだ。
山代 葵、その本性はS。