「俺と契約して、モルゲンレーテの操縦者になってよ!!」
企業人としての顔で、俺はシャルルに語りかける。
「えっと……。それは、僕を引き抜きたいってこと?
……でも、僕はデュノアの呪縛からは逃げられない。そもそも、ISコアの譲渡・取引は禁止されて――」
シャルルがごちゃごちゃ言ってるが、俺は気にしない。
かちゃり。
先ほどの会話を録音したものを、無言で再生する。
『僕は、一夏と紅也のデータを盗むために、転校してきたんだ。父親の命令でね』
『僕は……男じゃ、無いんだ……』
「……これで、僕を脅迫する気?」
シャルルから発せられるのは、まぎれもない怒気。
それを受け流しつつ、俺は肩をすくめる。
「惜しいな。脅迫するのはシャルルじゃない。――デュノア社だ」
このときの俺は、かなり悪い顔をしていたと思う。
◆
「――つまり、この音声を使って、デュノア社に『合併』を持ちかける」
「ふふ……。それじゃあ、『吸収』だよ?」
「人聞きの悪いことを言うなよ」
「……事実」
そう言いながら、俺は8をセッティングし、モルゲンレーテ本社へと通信をつなげる。
《よし、エリカに繋がったぞ。モニターに映す》
「サンキュ、8!」
「……エリカさん、聞こえる?」
葵が呼びかける。画面にはまだノイズが走っているが、音声が聞こえてくる。
「……ケロ…の最適…は済んだ…ら、後はマガ…イ……チの調節を…
……あら、葵ちゃん。どうしたの?ブルーフレームの強化装備なら、順調に製造中よ」
映し出されたのは、格納庫。奥の方で、黒い機体が整備を受けていた。
「今日は、それじゃない。紅也が」
「ん?ああ、紅也。どうしたの?」
「エリカさん。実は、例のスパイの件で、進展がありました」
スパイ、という言葉に反応し、シャルルがびくり、と肩を震わせる。が、それを見なかったことにして。
「本人から自白がとれました。デュノア社の社長の差し金であるとの証言も出ています。
……俺としては、彼……いえ、彼女を保護、引き抜きしたいのですが。あちらとの
「……へえ。彼女、IS操縦者よね。ISコアの取引は、禁止されてるけど?」
「アメリカさんとイスラエルがやってるみたいに、ISコアの
「ふふ、言うようになったじゃない。
……いいわ!データを寄越しなさい。――ユン、わたし、ちょっとフランスに行ってくるから、この子の整備、頼むわね」
「ええ!?ちょっと、しゅに~ん!!」
ブツッ。
通信が切れた。
「……さて、これでこの件は大丈夫だ。
デュノア社とモルゲンレーテは合併して、操縦者であるシャルルは、モルゲンレーテに『出向』することになる」
「……そうしたら、何を言われても私たち、モルゲンレーテが守る」
「二人とも……」
「この件の責任は、すべて社長に被ってもらおう。なあに、子供を守るのは、親の義務だぜ」
ククク。
やっぱり悪い笑みを浮かべ、俺は小さく笑う。
葵も……笑いをこらえるような表情。そんなにツボにはまったのか?
「……はあ。紅也はすごいね。僕の悩みを、こんなにあっさり解決するなんて」
「気にすんな。こっちとしても、得るものは大きいんだ。
デュノア社が長年かけて研鑽を続けた豊富な武装データに、それらを適切なタイミングで使いこなすことができる優秀なIS操縦者。お互いの利益が一致した結果だぜ」
「ふふ、そういうことにしておくよ」
その笑顔に、もう影はない。
精神的にも、肉体的にも、完全に開放されたのだ……。
◆
あの後、シャルルは自分の部屋へと戻っていった。
シャワー室で一夏と鉢合わせた後、何も説明せずにここまで来たのだそうだ。
早めにフォローをいれておかないと、面倒なことになるぞ。
「さて、遅くなったけど、飯でも食いに行こうぜ」
「……うん」
俺たちは食堂へと向かう。
これで問題が一つ片付いた。今日は、おいしく夕食が食えそうだ。
さて、何を頼もっかな~?今日くらい、奮発してもいいかな~?
そして、食堂にたどり着くと、ちょうど一夏と箒とセシリアの三人が食事をとっていた。
……ありゃ、シャルルとは入れ違いか?ミスったな。
「……こんばんは」
「よう。お前らも、今飯だったのか」
「うむ、そうだ」
「まあ、箒さんは四食目ですが……」
「シャルルは……胸が……ブツブツ」
――はあ。一夏が壊れてる。このままだと、余計な情報が漏れかねねぇな。
「葵」
コクリ、と頷き、葵は一夏の背後に立つ。
そして。
ゴスッ!
一夏の後頭部に、重い手刀を喰らわせた。
「あ、葵!一体何を……」
「葵さん!一夏さんに何てことを……」
二人が騒ぐが、大丈夫。別に、ケガさせたいわけじゃないからさ。
「……テレビと同じ」
「「………は?」」
「叩けば直る」
「……それは、ブラウン管テレビの話ではなくて?」
「今は、全てデジタルテレビだろう」
「そう決めつけるなよ。世の中には、ブラウン管をこよなく愛する中年おじさんがいるかもしれないだろ?」
……と、そんな会話をしてる間に、一夏は目を覚まし。
「……は!?こ、ここは?何で俺は食堂にいるんだ!?」
「……ほら」
「コイツは、今のテレビ以下の
「い、一夏!そんなことより……」
「わたくしたちと食事に来たことを、覚えてませんの!?……あんなに、がんばりましたのに……」
目に見えて落ち込み始める箒とセシリア。何か……あったんだろうなぁ。
「ほら、何があったかは知らんが、とりあえず食おうぜ。食事中に余計なことは考えるなよ」
「ん?なーんか、思い出しそうなんだけど……。ま、いいや」
「……知らなくていいこともある」
そうそう。
今騒がれても困るから、しばらくはおとなしく飯を食ってくれ。
「……で、一夏にどんな色仕掛けをしてたんだ?おふたりさん」
「い、色……。そ、そんなことするわけないだろうが!」
「そ、そうですわよ、紅也さん!そんなはしたない女だと、思わないでくださいな」
「……挙動不審」
ある意味いつも通りに、今日という日が終わっていく。
◆
「ハーイ、こんにちは。モルゲンレーテの技術主任、エリカ・シモンズよ」
「……デュノア社社長、アルベルト・デュノアだ。
ナメられたものだな。このような取引の場に、技術主任ごときをよこすとは」
「あら、モルゲンレーテは国営企業ですわ。民間企業の社長ごときと、対等に考えないでくださいな」
両者の間に、火花が散る。
――ここはフランス某所、デュノア社、応接室。
「……そもそも、なぜ今更、合併などという話を持ち出したのだ?
知っての通り、わが社には第三世代の技術などない。そんな企業と提携するメリットなどなかろう?」
「あら、何を勘違いしてらっしゃるの?」
「……何?」
エリカは、懐から何かを取り出し、再生する。
それは、紅也と葵が録音した、シャルルの証言データであった。
「あなたの会社にはISコアがあり、娘さんは優秀な操縦者。
「なん……だと……」
「そもそも、あなたは私とですら対等ではありませんわ。この場ではどちらが上か。その程度も理解できないのですから、経営危機などに陥るのです。……まだ、犯罪者にはなりたくないでしょう?」
「ぐうぅぅぅ……」
密約は進んでいく。
「では、こちらからの条件を出します。
①デュノア社保有のISコアを、モルゲンレーテと共有すること。
②テストパイロットの出向およびテストデータの譲渡。
③現デュノア社経営陣の変更。
……以上ですわ。もちろん、呑んでいただけますよね?」
「ふ、ふざけるな!これでは、まるで占領ではないか!第一、このような条件が表に出れば、貴様らとてただでは……」
「ご安心ください。今日のような交渉など、我々にとっては何度も通った道ですから……」
何も特別なことではない。
モルゲンレーテの歴史は、買収と脅迫の繰り返し。
今日の取引もまた、取るに足らない出来事であるのだ……。
フランス政府とデュノア社が手を結んでいる、という描写もあった気がするのですが、フランスも国VS国で国際的に争うよりは、企業VS企業のレベルであるうちに決着をつけた……という判断です。要はしっぽ切り。